いつかボク(日本人)が地球をすくう 〜亜宙戦記デミリアン〜 [ラノベ版] 作:多比良栄一
次の日の朝から国連軍日本支部内は厳戒態勢につつまれた。
朝、登庁してきた職員からは、何事かと不平不満があがったが、ブライトに一任された草薙大佐は手を緩めることはまったく考えていなかった。
とにもかくにも、この国連軍内にヤマトタケルに対して殺意をもった誰かを、特定することが先決だった。セキュリティの強化はその端緒にすぎない。しばらくすれば各所のクレームは、ブライト司令官の耳にもはいるだろう。やりすぎを叱責されるかもしれない。すでにその覚悟はある。そうでなければ、犯人を短期間でいぶりだすことは難しい。
しかし、驚いたことに、退庁時間になっても、ブライトやその周辺からはなんの咎めもなかった。草薙は国連軍の各部署も、さすがにこのことの重要性をわかっているのだろう、と推察した。もしかしたら、案外、寄せられているクレームをブライトがからだを張ってくれているのかもしれない。
もしそうだったとしたら、ブライトに対する評価を改めなければならない。普段は、決断力の鈍さや、責任能力の脆弱さにうんざりとさせられることが多かったが、このような有事において、見事なまでの配慮をみせられれば、草薙も素直に感謝するしかない。
おかげで、いくつかの情報がこちらに寄せられてきて、そのなかから、重要性が高そうな順番に絞り込んでいくことができた。
草薙が特に気になったのは五件。
被害者男性の通勤路で、不審者らしき人物が目撃されていた件。
病理学研究所の所長が本日出社後行方不明になっている件。
生体監視係の男性の生体データが、犯行時間に一時間ほど途絶えたという件。
整備チームのひとりの行方が一時的に不明になって二時間後に連絡があった件。
ヤマトタケルを殺す、という脅迫メールの件。
このなかで草薙は、脅迫メールについては、早々に捜査対象からはずすことにした。ヤマトタケルに対するこのような脅迫は茶飯事で、こない日は一度もない。しかも膨大な量が世界中のことばで寄せられている。
メール・テレパスラインや各種電子掲示板に「ヤマトタケル」専用のトピックがあり、始終、膨大な意見や書込み、思いのたけ、がずっと増殖し続けている。本来なら、ただの個人への中傷にすぎないのだが、世界的な規模で寄せられるため、国連本部では、専用部署を設けて、その処理にあたるほどだ。おおかた、それが当たり前の状態だと知らない、 憲兵隊の誰かが、鬼の首をとったように進言したのだろう。
もうひとつ、不審者が目撃されていた件も、しっくりこなかった。もしなんども下見にきていたとしたら、ヤマトタケル、が本物であることを調査していた可能性がある。なのに犯人は間違えて殺害しているのだ。不審者がたとえいたとしても、本件とはあまり繋がりがないはずだ。
だが、残りの三つの件は、調べてみる価値があるとみた。通常の生活を送っているうえで、脳下垂体に埋め込まれた生体チップからの『生体ビーコン』が途絶えるということはが稀なことだ。
なかでも特に彼女には、病理研究所の所長が行方不明、という情報がいちばん引っかかった。真面目を絵に描いたような人物で、連絡もなしに欠勤するのをいぶかしがる声が複数寄せられている上、前日、被験体の事でおかしなことを言っていた。という証言も気になった。病理研究所での被験体というのは、多くの場合「生きてないモノ」を意味する、と推測すると、それは「何だ?」ということに行き着く。
もしかしたら、その「被験体」なるものが鍵を握っている可能性は捨てきれない。
だが、まずは発見されている、ふたりからヒアリングするのが先決であろう。
草薙はトグサ大佐に、立ち会いの許可を求めることにした。
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「おいおい、ずいぶんものものしいな」
アルがあきれたような顔で言ってきた
今夜未明の国防軍との合同訓練の前に、各自、自分の機体の最終チェックをするようにとアルから連絡があったので、アスカはヤマトとレイと連れだって、出撃レーンに足を運んだ。
ヤマトがうんざりとしたような表情を作ってみせた。
「そうだろ。一人につき三人。九人もの護衛がついてくるんだぜ」
アスカは自分の回りにチラリと目をはせた。銃をもったフル装備の兵士たちが三人をとり囲んでいる。
「いやぁ、アル。お騒がしてすまんね。草薙大佐の命令なんでね」
先頭にいたバットーがアルに詫びを入れた。たわいもない口調だったが、周囲に鋭い視線をむけ続け、あたりの整備員や修理ロボたちから目をはなそうとはしない。
アスカには儀礼的なエクスキューズはどうでも良かった。
「アル、あたしのセラ・ヴィーナスを、さっさとチェックさせてもらうわよ」
「あぁ、いいぜ。たぶん非の打ちどころがないほど、ばっちりメンテナンスされてると思うけどな」
「それでも心配!。自分でチェックする」
アルがなにか不都合があればなくなりと捜してみるがいい、と言わんばかりの余裕の表情を浮べた。
アスカはくるりとふりむくと、後方の警護についていた兵士たちに言った。
「あんたたち、あたしがコックピットをチェック中は、下で待機しててよね。うしろにぴったりくっつかれたりしたら、気が散るから」
その剣幕に兵士たちはどうしたものかと戸惑っていたが、先頭のバットーが彼らのことばを代弁するように言った。
「レイ、わかったよ。彼らにそうさせる。だが、先に内部をチェックさせてくれ」
アスカーはバットーの方を見た。その目が『そこが落し所だぞ』と訴えていた。
アスカは両手を広げて降参のサインをおくった。
「了解。あなたたちにも、任務があるものね」
「でも早くしてちょうだいね!」
最後のことばは、バットーに対するあたしの落し所はここだよ、という宣言にほかならなかった。バットーはその意をすばやく察して、目と手ぶりで、部下達にデミリアンの方へ行くよう促した。
少しの間、待ち時間ができたので、アスカはゲームで時間でも潰そうと、中空に指を這わせようとしたが、その先にある光景に気づいて手をとめた。
出撃レーンの一番奥、今は格納するデミリアンがないので、空になっているドックの脇に、おどろくほどの人だかりができていた。どうやら日本国防軍の兵士らしい。会議の席で見たフィールズ中将と似た制服を着ている。
二百メートルほど離れていたが、人々のざわめきがこちらに聞こえてくるほどで、目につくだけで数百人はいるのではないかと、アスカは推察した。
「教会だよ」
ヤマトが言った。
「教会?。こんなところに」
「すぐ裏手には神社やモスクもある」
「何するの?」
「お祈り」
レイがぼそりと補足した。
「お祈り?」
アスカはそこまで言って、ことばに詰まった。そういう習慣がなかった自分としては、ことばの意味は知っていても、なぜお祈りをするのか理由がわからなかった。
その様子に、ヤマトが苦笑を交えながら言った。
「むかしのパイロットたちは亜獣と戦う前に、それぞれが信じる神にお祈りしたらしい」
「でも、あの人たちはどうして?」
「今夜、実戦形式の亜獣撃滅訓練あるだろ。危険な実弾演習なんだ。だから、神に祈りを捧げている」
アスカはレイの方を見た。レイは今のヤマトの説明に、完全に納得してはいなさそうだった。アスカもおなじだった。行為の目的は理解できても、そうしたから、どうなるのか、という、心情がまったく理解できないのだ。
では、もし前回の出撃の時、神に祈りを棒げていたら、リョウマは助かっただろうか?
そう、助かるはずがない。
もし、それで助かるようなら、亜獣に七十年以上も苦しめられてなんかない。