いつかボク(日本人)が地球をすくう 〜亜宙戦記デミリアン〜 [ラノベ版] 作:多比良栄一
草薙があてがわれた新しい観覧席は、取調室の一番端に置かれた椅子だった。
それでもまだ取調室の中に入れられただけましなのだろう。
ワンランクアップというとこだろうが、取り調べの任をこちらに譲るという選択肢は、トグサ大佐にはないようだった。
証人の「イズミ・シンイチ」が部屋にはいってきた。
彼の第一印象は、ひょろっとしたからだつきをしている、というものだった。日々、研究や検査に明け暮れている理系男子なのだから当然、という見方もあったが、生体チップの管理下で、これだけ不健康そうに痩せるのは、むしろ難しいのでは、とさえ思える。
「イズミさん。本日は御足労いただきありがとうございます」
まずはトグサ兄が謝辞を述べた。
「あ、はい」
けっして広いとは言えない取調室で、草薙にはイズミ・シンイチがかなり緊張しているように見えた。数人の刑事に取り囲まれているうえ、部屋の隅には武装した女性兵士が座っているのだ。無理もない。草薙は網膜デバイスに照射されていたイズミ・シンイチのプロフィールを見た。そこには漢字で『湖・紫単(イズミ・シンイチ)』とあった。
草薙がぼそりと呟くように言った。
「イズミって名前なのに、なんで『湖』っていう漢字なのかしら?」
草薙の狙いどおり、イズミがその呟きに気づいて答えた。
「あ、いえ、名前はどう読んでもいいって聞いて『湖』って書いて、イズミ、と読ませるように……」
「あなた、『リ・プログラム』を受けて、改名したのね」
「えぇ、そうです。前職は……」
「いえ、説明は不要よ。わたしの知っている人にも『メイ』っていう名前なのに『春日』っていう名字に『置換』した人がいるしね……」
「へぇ、そうなんですか……」
イズミ・シンイチの顔がだいぶほころんできたように見えた。リラックスしたとまでは言えないが、すくなくとも硬さはとれたようだった。
「で、右手所長はどんな人だったの?」
イズミは目の前のトグサ兄弟ではなく、奥にいる草薙を意識しながら言った。
「右手所長は、真面目を絵に描いたような方で、連絡もなしに欠勤することは今まで一度もありませんでした」
「ところが、昨日はあきらかに様子がおかしかったんです。あのひと、一昨晩、研究室に泊まり込んでたんです。そんなことなかったんですよ、今まで」
「緊急事態でもあったんじゃあないの?」
「そんなもの、ぼくら聞いてないですよ。それにあの人、猫を二匹飼っているから、どんなに忙しくても一回は帰宅するんです」
「そんなの、AI給餌機や掃除ロボットが面倒みてくれるだろう」
トグサ兄が口を挟んだ。草薙に取り調べの主導権をとられまいという意図がみえた。
「まぁ、そうですけど……」
「ただ、右手所長、その次の日、一日中様子がおかしかったんです」
「どういう風にだね?」
「なにか思い詰めた様子で、ぶつぶつと呟いていて……徹夜明けのせいですかね?」
「なんと呟いていたか覚えているかね?」
「いえ、それが……」
イズミが言いよどんだ。草薙は彼の顔をじっと見つめた。どうも彼は戸惑っているように見えた。
草薙が助け船を出した。
「どうせバカバカしい話しなんでしょ」
「あ、えぇ。そう、そうなんですよ」
「どんなバカ話だったの?。すてきな男の人の話、それとも猫ちゃんの話?」
「あ、いえ、そういうんじゃなくて……。その……ホント、バカバカしい話しなんですけど、右手さん……」
「わたし、死体に命令された……って呟いてて……」
トグサ兄は思わず椅子から腰をあげかけた。草薙は聴取中の相手に動揺を与えないようにと、「大佐」と強めの声をなげかけ、自制をうながした。だが、イズミはそのやりとりに、それほど注意をはらうこともなく証言を続けた。
「死体が……、殺せってわたしに命令するのよ、とか、言うことをきかないと、わたしも殺されるんだ、とか、支離滅裂なことを……」
トグサ兄はゆっくりと着座しながら、噛み砕くような口調で言った。
「その……所長は……、誰を、殺せ、と命じられてたのかね?」
「いやぁ、ぼく、冗談だと思って『右手さん、誰を殺せっていうんですか』って、笑いながら訊いたんです」
「そしたら……」
イズミがまた口をつぐんだ。草薙はその口元に視線を集中させた。
「そうしたら……、右手さん、どろんとした目つきで……」
「『決まっているだろ、ヤマトタケルだよ』って」
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イズミシンイチの証言を受けて、容疑者が右手里実所長に絞られた。
だが、捜査三日目の捜査会議でも、これといった成果はもたらされなかった。
捜査員たちはライブカメラやテレパスラインを通してとは言え、一人あたり数十人にもおよぶ聞き込みをおこなっている。ほとんどの犯罪が未然に防がれるこの時代において、今どき『聞き込み』などという、前時代的なことをよくこなしている。
草薙は各員からの捜査報告を会議室の最後列に座ってききながら、そう思った。
会議を正面の真中の席に陣取って、とりしきるトグサ兄が最前列の分祈官に声をかけた。
「まだ、右手里美の生体チップのビーコンは見つけられないのかね」
その分祈官はこの二日間答えてきたのと同じ口調で答えた。
「ええ、見つかりません。おそらくヘルメット型のジャマーか何かを装着して、電波や起磁波が漏れないようにしていると思われます」
トグサ兄は面倒くさそうに、手のしぐさだけで分祈官に着席を促した。
兄の横に立つトグサ弟が捜査員たちをひとしきり見渡すと、正面に大きく投影された支部の館内図を指さしながら言った。
「支部内のほとんどの部署内の捜査は終ったので、明日からは外部の納品業者や委託会社の方へも捜査範囲を広げる」
「各員、本日も遅くまでご苦労だったが、明日もよろしく頼む」
そう言われて何人からの捜査員が正面横に設置されている、デジタル時計に目をやるのがわかった。時刻は二十二時をとっくに回っている。早朝から駆り出されているはずなので、なるほどなかなかに良くやっていると、草薙はひとりごちた。
その時、ビーッというが高い音とともに、正面に投影されている館内のマップ上に赤い点が点滅をはじめた。
トグサ兄が大きな声で怒鳴った。
「なんだ。これは」
問いかけられた捜査員もわけがわからず、回りの仲間たちの顔色をさぐっている。
草薙はその中で先ほどの分析官だけが呆然とした表情で、マップを見あげているのに気づいた。彼とは面識もなく、テレパスラインやニューロンストリーマで、脳に直接語りかけることもかなわなかったので、草薙は大声で直接問いかけた。
「分析官、どうした!」
分析官はふいにうしろの方から呼びかけられて、ふらふらとした様子で、草薙の方をふりむいて言った。
「右手里美が見つかりました」
彼は正面のマップを指さして言った。
「シミュレーションエリア内の人工の街の中にいます!」