いつかボク(日本人)が地球をすくう 〜亜宙戦記デミリアン〜 [ラノベ版]   作:多比良栄一

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第83話 わたし、死体に命令された

 草薙があてがわれた新しい観覧席は、取調室の一番端に置かれた椅子だった。

 それでもまだ取調室の中に入れられただけましなのだろう。

 ワンランクアップというとこだろうが、取り調べの任をこちらに譲るという選択肢は、トグサ大佐にはないようだった。

 証人の「イズミ・シンイチ」が部屋にはいってきた。

 彼の第一印象は、ひょろっとしたからだつきをしている、というものだった。日々、研究や検査に明け暮れている理系男子なのだから当然、という見方もあったが、生体チップの管理下で、これだけ不健康そうに痩せるのは、むしろ難しいのでは、とさえ思える。

 

「イズミさん。本日は御足労いただきありがとうございます」

 まずはトグサ兄が謝辞を述べた。

「あ、はい」

 けっして広いとは言えない取調室で、草薙にはイズミ・シンイチがかなり緊張しているように見えた。数人の刑事に取り囲まれているうえ、部屋の隅には武装した女性兵士が座っているのだ。無理もない。草薙は網膜デバイスに照射されていたイズミ・シンイチのプロフィールを見た。そこには漢字で『湖・紫単(イズミ・シンイチ)』とあった。

 草薙がぼそりと呟くように言った。

「イズミって名前なのに、なんで『湖』っていう漢字なのかしら?」

 草薙の狙いどおり、イズミがその呟きに気づいて答えた。

「あ、いえ、名前はどう読んでもいいって聞いて『湖』って書いて、イズミ、と読ませるように……」

「あなた、『リ・プログラム』を受けて、改名したのね」

「えぇ、そうです。前職は……」

「いえ、説明は不要よ。わたしの知っている人にも『メイ』っていう名前なのに『春日』っていう名字に『置換』した人がいるしね……」

「へぇ、そうなんですか……」

 イズミ・シンイチの顔がだいぶほころんできたように見えた。リラックスしたとまでは言えないが、すくなくとも硬さはとれたようだった。

 

「で、右手所長はどんな人だったの?」

 イズミは目の前のトグサ兄弟ではなく、奥にいる草薙を意識しながら言った。

「右手所長は、真面目を絵に描いたような方で、連絡もなしに欠勤することは今まで一度もありませんでした」

「ところが、昨日はあきらかに様子がおかしかったんです。あのひと、一昨晩、研究室に泊まり込んでたんです。そんなことなかったんですよ、今まで」

「緊急事態でもあったんじゃあないの?」

「そんなもの、ぼくら聞いてないですよ。それにあの人、猫を二匹飼っているから、どんなに忙しくても一回は帰宅するんです」

「そんなの、AI給餌機や掃除ロボットが面倒みてくれるだろう」

 トグサ兄が口を挟んだ。草薙に取り調べの主導権をとられまいという意図がみえた。

「まぁ、そうですけど……」

「ただ、右手所長、その次の日、一日中様子がおかしかったんです」

「どういう風にだね?」

「なにか思い詰めた様子で、ぶつぶつと呟いていて……徹夜明けのせいですかね?」

「なんと呟いていたか覚えているかね?」

「いえ、それが……」

 イズミが言いよどんだ。草薙は彼の顔をじっと見つめた。どうも彼は戸惑っているように見えた。

 草薙が助け船を出した。

「どうせバカバカしい話しなんでしょ」

「あ、えぇ。そう、そうなんですよ」

「どんなバカ話だったの?。すてきな男の人の話、それとも猫ちゃんの話?」

「あ、いえ、そういうんじゃなくて……。その……ホント、バカバカしい話しなんですけど、右手さん……」

「わたし、死体に命令された……って呟いてて……」

 トグサ兄は思わず椅子から腰をあげかけた。草薙は聴取中の相手に動揺を与えないようにと、「大佐」と強めの声をなげかけ、自制をうながした。だが、イズミはそのやりとりに、それほど注意をはらうこともなく証言を続けた。

「死体が……、殺せってわたしに命令するのよ、とか、言うことをきかないと、わたしも殺されるんだ、とか、支離滅裂なことを……」

 トグサ兄はゆっくりと着座しながら、噛み砕くような口調で言った。

「その……所長は……、誰を、殺せ、と命じられてたのかね?」

「いやぁ、ぼく、冗談だと思って『右手さん、誰を殺せっていうんですか』って、笑いながら訊いたんです」

「そしたら……」

 イズミがまた口をつぐんだ。草薙はその口元に視線を集中させた。

「そうしたら……、右手さん、どろんとした目つきで……」

 

「『決まっているだろ、ヤマトタケルだよ』って」

 

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 イズミシンイチの証言を受けて、容疑者が右手里実所長に絞られた。

 だが、捜査三日目の捜査会議でも、これといった成果はもたらされなかった。

 捜査員たちはライブカメラやテレパスラインを通してとは言え、一人あたり数十人にもおよぶ聞き込みをおこなっている。ほとんどの犯罪が未然に防がれるこの時代において、今どき『聞き込み』などという、前時代的なことをよくこなしている。

 草薙は各員からの捜査報告を会議室の最後列に座ってききながら、そう思った。

 会議を正面の真中の席に陣取って、とりしきるトグサ兄が最前列の分祈官に声をかけた。

「まだ、右手里美の生体チップのビーコンは見つけられないのかね」

 その分祈官はこの二日間答えてきたのと同じ口調で答えた。

「ええ、見つかりません。おそらくヘルメット型のジャマーか何かを装着して、電波や起磁波が漏れないようにしていると思われます」

 トグサ兄は面倒くさそうに、手のしぐさだけで分祈官に着席を促した。

 兄の横に立つトグサ弟が捜査員たちをひとしきり見渡すと、正面に大きく投影された支部の館内図を指さしながら言った。

「支部内のほとんどの部署内の捜査は終ったので、明日からは外部の納品業者や委託会社の方へも捜査範囲を広げる」

「各員、本日も遅くまでご苦労だったが、明日もよろしく頼む」

 そう言われて何人からの捜査員が正面横に設置されている、デジタル時計に目をやるのがわかった。時刻は二十二時をとっくに回っている。早朝から駆り出されているはずなので、なるほどなかなかに良くやっていると、草薙はひとりごちた。

 その時、ビーッというが高い音とともに、正面に投影されている館内のマップ上に赤い点が点滅をはじめた。

 トグサ兄が大きな声で怒鳴った。

「なんだ。これは」

 問いかけられた捜査員もわけがわからず、回りの仲間たちの顔色をさぐっている。

 草薙はその中で先ほどの分析官だけが呆然とした表情で、マップを見あげているのに気づいた。彼とは面識もなく、テレパスラインやニューロンストリーマで、脳に直接語りかけることもかなわなかったので、草薙は大声で直接問いかけた。

「分析官、どうした!」

 分析官はふいにうしろの方から呼びかけられて、ふらふらとした様子で、草薙の方をふりむいて言った。

「右手里美が見つかりました」

 彼は正面のマップを指さして言った。

 

「シミュレーションエリア内の人工の街の中にいます!」

 

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