いつかボク(日本人)が地球をすくう 〜亜宙戦記デミリアン〜 [ラノベ版] 作:多比良栄一
レイは暗闇の中で身じろぎもせず座禅を組んでいた。
頭の中を無にして、数時間後に迫った亜戦との戦いに集中したいという思いがあったわけではない。パイロット全員が行動範囲を制限されたため、出撃までの時間をわずかでも有意義になるように、費しているにすぎなかった。
ヤマトを狙う殺人者が基地内をうろついている可能性があるのだから仕方がない。
集中をたかめて、頭の中を無にするように努力していたレイだったが、母の幻影のことが、どうやってもチラついて集中力が続かなかった。
前回に続いて再び出現することがあれば、戦いの邪魔をしてくるのは間違いない。
今度また同じようなことをされたら、前回のように冷たくあしらうことができのだろうか……。どこかで張りつめた糸が切れたら、自分はどういう行動にでるのか想像できない。今度はすみやかに排除するという行動以上のことをするかもしれない。
幻影相手に、それが具体的にはどんな行為をさすものなのか、自分でもわからなかった。
目をつぶって心を集中しているレイのうしろに、ぼんやりとした灯りがうかんだ。その灯りに照らしだされるように、レイの背後に青白い手が浮びあがった。
その手はゆらりと伸ばして、無防備のレイの肩をつかんだ。
レイはその感触にふっと目をひらくと、ゆっくりとうしろをふりむいた。
そこに恨めしそうな目をむけ、大きな口をぱくぱくとさせる男の顔があった。呻くように顔をゆがめ、その目はレイに何かを訴えかけているようにも見えた。
レイはうすぼんやりとした灯りに浮かぶ男の顔をまじまじと見つめていたが、やがて大きく嘆息すると、座禅を組んでいた足をといてすっくと立ちあがった。
レイが暗がりの中を数歩歩いて壁にいきつくと、壁面に手のひらをすべらせた。
すると、すーっと室内が明るくなりはじめ、同時に、声が聞こえはじめた。
「ーーーですから、そろそろトレーニングの時間……」
そこまで言ったところで、レイのうしろに待機していた兵士は自分の大声におどろいて、しゃべるのをやめた。
レイは兵士を見た。
「そんなふうに肩を叩かれたら、瞑想している意味がないのだけど」
兵士は真険な顔つきでレイに苦情を言われて、おもわず頭をたれた。
「す、すみません」
「でも、そうでもしないと何も伝わらないものですから」
「当然。瞑想室だから」
「いやあ、ぼく、はじめてだから焦っちゃって……」
「なにを?」
「だって何も見えないし、聞こえないし、外と完全に遮断されて何のデータも入ってこないから、誰とも連絡とれないし……」
兵士は自分の装備にぶらさがったカラビナフックを揺らして、ジャラッと音をさせた。
「それにこれ……」
「どんな音をたてても聞こえない。自分の声すら聞こえなくなるんですから」
「だってそれが瞑想室」
レイは壁に貼付された注意書きを手で指ししめした。
そこにはこの部屋における注意事項が記載されていた。
『この部屋は音波・電波・マイクロ波・光波、電磁波、超音波、放射波、電磁気超伝導粒子波などすべての波形を遮断します。ドアを閉めると外部との一切のコンタクトがとれなくなりますのでご注意下さい』
「そ、それはそうですけどーー」
それだけ言って口をつぐんだ。何を言っても自分がただ一人でバカ騒ぎしただけ、というのに気づいたのだろう。
「いやぁー、こんなとこ閉じこめられたら、死ぬまで行方不明になってしまいますね」
それを聞いて、レイはふと思った。
草薙大佐が容疑者が見つからないと漏らしていたが、そのことがどうも気にかかっていた。だが瞑想室の中にいれば、その間は生体チップでの生命維持状況の把握も、ニューロン・ストリーマでの意識共有も、テレパスラインでの脳への直接連絡もできない。
この部屋のなかにいるのは、AIによる生体管理システムの
レイは兵士の方を見た。
この時点でバットーたちからすれば、この人は死人同様なのだ。
レイが壁に手をおいて、生体認承をすると、ドアが開きはじめた。すぐに、いくばかりかの光と音、そして空気圧によるかすかな空気の動きが感じられた。
「さぁ、生きかえる時間」
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人工の街の終端まできたところで、草薙はついに右手里美の乗るバイクに追いつくことができた。だが間にあわなかった。右手里美のバイクは、なんのためらいもなく樹海へと、車体をとびこませていった。
夜の
目の前に暗闇に沈む樹海の森が迫ってくる。
草薙は一瞬逡巡したが、そのまま右手たちのバイクのあとを追って樹海に突入した。
だが、草薙は飛びこむやいなや、たちまちその判断を後悔した。
大きく張り出した大木の幹や枝が、我がもの顔で草薙のバイクの行く手をはばんできた。先ほどのチェイスで防風カウルを失っていたため、小さな枝の先や葉っぱが、草薙の顔や体を容赦なく打ちのめす。もし誤って、枝や幹に激突すれば、ひとたまりもない。
ヘルメットのバイザーに映る映像を、サーモグラフィー映像に切替えれば、森の中でも見失わないと思っていたが、この状況では諦めざるを得なかった。
森の上空から追いつめるしかなかった。
草薙はバイクを上昇させて、森の上空に躍り出た。
ふーっと大きく息を吐きだす。
いまでは希少な原生の自然の草木ならではの草いきれと、じとっと体にまとわりつくような土いきれに晒され、すくなからず気分が悪くなっていた。ひとの手が加えられていないというのは、これほどまでに容赦がないのかと思い知らされた。
常緑針葉樹の上を飛びながら、草薙は生体ビーコンの信号をチェックした。
信号だけを頼りに、高速で逃げるバイクを追いかけねばならないのは至難だった。市街地ならば、各所に取り付けられたカメラを呼びだして、多角的に相手の位置を把握することが可能だったが、この原生林のなかにはそんな便利なものは設置されていない。圧倒的不利を覚悟せねばならない。
だが、しばらく飛んでいると、突然、森の木がいくぶんまばらになりはじめ、下の様子が肉眼でもかいま見れるようになった。
この程度余裕のある隙間ならば、森のなかにふたたび飛び込んでも大丈夫かもしれない。
草薙はそう判断すると、ぐいとハンドルを前に倒して、地面から5メートルほど上空の位置にまで車体を沈み込ませた。
目の前、十数メートル先を右手里実のバイクが飛んでいた。地面すれすれの位置で、枝や幹を回避している。
見つけた!。
草薙は張り出した枝を避けながら、バイクのスピードをあげて右手里実のバイクとの間を徐々にせばめていく。テールランプが目の先までに近づいてきた。
敵のバイクを眼下にして、どのような攻撃をしかけるべきかを思案した。
先ほど自分がやられたように、AIドロイドの上からバイクごとのしかかるか。
もう一発残っているグレネードランチャーを見舞ってもいい。
どのような攻撃を仕かけても、相手を倒すのはたやすかった。だが問題は、どの作戦をとっても後部座席にいる、右手里美まで犠牲にしてしまうということだった。まだ容疑者なのだから、怪我さえもさせるわけにはいかない。
草薙はふっとため息を吐くと、「やっぱり、肉弾戦するしかなさそうね」と呟くなり、ぐんと高度を落して、相手のバイクの真横にぴたりと横づけした。
すぐにAIドロイドが銃をこちらに向けて弾丸を発射した。草薙は瞬時にハンドルを切ってバイクを横倒しにし、弾をソリ部分のプレートを盾にして受けた。
「そんな攻撃は折り込み済みよ」
チュンという金属音がして弾がはじけとぶ。
すぐに草薙はバイクを縦に戻そうとした。
が、バイクの下部から炎があがりはじめてるのに気づいて、舌打ちをした。
『しくじった』
下部のタンクを狙い撃たれたのだ。自分がバイクの車体を盾にして避けることこそが、むこうにとって、折り込み済だったにちがいない。
炎があきらかに勢いを増しはじめた。これではへたに超流動斥力波を吹かすことは、命とりになる。しかし、このまま乗車していてもまちがいなく爆発するにちがいない。
目の前に大木が迫ってきているのが見えた。ぶつかるか爆発するか。
草薙はバイクのハンドルから手を放すと、体を大きくふって右手里実のバイクにむけてジャンプした。
からだが空を舞う。
草薙は翔んだ勢いを利用してとびかかろうとしたが、AIドロイドにバイクを横に倒されかわされた。だが、それこそが計算通りだった。バイクが横倒しになったおかげで、下部のソリのプレート部分がむき出しになった。草薙はプレートをバシッと掴んだ。
手がかかったと同時に、草薙のバイクは大木に撃突した。後方で爆発音が響き、まっ暗闇の樹海に立ちのぼる炎が、まばゆい光をあたりに投げかける。
バイクのプレートにぶらさがった草薙はすぐに体をひきあげようとした。だが、ソリにうまく足が引っかからなかった。足が滑ってからだが再び宙ぶらりんになった。
バイクの上に這い上がろうとするのに苦闘している草薙の姿をみて、AIドロイドがすぐにバイクの高度を下げてきた。
草薙の足が地面に接地する。
草薙はバイクにぶらさがったまま、地面についた足を動かし必死で走りはじめた。
「とめて!!」
草薙が哀願した。
「それ以上、下げないで!!」
さらに悲痛な声をあげた