いつかボク(日本人)が地球をすくう 〜亜宙戦記デミリアン〜 [ラノベ版]   作:多比良栄一

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第92話 この地獄はバットーに、それさえ許そうとしなかった

バットーはかまえた銃の引き金を引こうとして、ハッとした。

 そこに立っていたのは、先ほど通路からいなくなったあの細面の兵士だった。頭から血を流し、頬がはれあがっていた。あきらかに重篤な傷を負い、体をふらつかせながら、なんとか彼は立っていた。

 ドアが開いた瞬間に通路に飛ばされたものは、彼、だったのか……。

「バットー副隊長……」

 兵士はうめくような声でそれだけ言うと、吐血した。

 バットーは若い兵士を手で制して言った。

「しゃべるな。今、助ける」

 そのとき、兵士のうしろに、あの女がいることに気づいた。兵士は盾にするため、女の前に立たされているにすぎなかった。

「副隊長……、さすが手だれだな」

 兵士を盾にしている女が言った。

 

「きさまは何者だ」

 バットーがスコープで女の頭に狙いをつけながら訊いた。女の答えをきくまでもなく、撃ち抜くつもりだった。

「さぁ、誰だろうねぇ……」

 女は兵士の頭の横から、手を突きだして言った。その手には兵士たちが常に携帯している.『手榴弾』が握られていた。

 バットーがあっと思った時には遅かった。

 女は安全装置をはずしたかと思うと、手榴弾を兵士の胸の防弾ジャケットの奥深くねじこみ、そのまま通路のドアから瞑想室のほうに、兵士を突き飛ばした。兵士はとんとんと数歩前によろめき、前につんのめって、バットーの目の前でうつ伏せに倒れた。

 

 スコープを覗いていたばかりに、バットーは虚をつかれ反応が遅れた。この手榴弾の有効破壊範囲は、直経十メートルをゆうに超える。つまり、今いるこの瞑想室の前室程度の空間では、どこに隠れても確実に吹き飛ぶということだ。

 バットーは倒れた兵士の上を乗り越えて、通路側のドアから逃げようとした。しかし、通路にいたあの女は、兵士を突き飛ばすと同時に、そのドアをすぐに閉めようとしていた。バットーは扉が閉まる寸前に隙間から、女の顔をかいま見た。その顔はさきほど見ていたあの女のものから変貌していた。

 バットーはその姿に「あっ」と思ったが、すぐに(きびす)をかえすと、まだドアが開いたままになっている中央の瞑想室に、飛び込むようにからだを踊らせた。からだを反転させ、ドアを急いで閉める。その隙間から、うつ伏せで倒れた若い兵士が、哀願するように、自分のほうに手を伸ばそうとしているのが見えた。

 ドアがしまりきる寸前、猛烈な爆発音とともにドアの隙間から爆風が吹き込んできた。その風の勢いにバットーが、うしろにもんどりうって尻をつく。その脇の壁に隙間から吹き飛んできた血糊や肉片がびちゃびちゃと飛び散った。

 ドアが完全に閉まると、外の音がまったく、気配すら感じられない静寂な空間になった。

 間一髪だった。あの兵士を救えなかったのは残念だったが、腹立たしいことに、そんな余裕すらなかった。バットーは天井を仰いで、嘆息した。

 まずはここを抜け出て、追撃しなければならない。

 バットーはドアの把手を握った。が、ピクリともしなかった。あわててドアの周辺を見回した。するとドアの脇の壁に、『生体認承装置』があるのに気づいた。バットーは、べっとりと塗布している血糊を指でぬぐいとると、祈る思いでそれに手を置いた。

「Access Denny」というアラートが目の前に投影されただけだった。バットーは網膜デバイスを注視したが、当然なことに何も映ってなかった。

 外のカメラ映像もなければ、音声も聞こえなかった。テレパスラインの呼びかけも、ニューロン・ストリーマによる共有思考も感じられない。

 バットーは呆然とした表情で、血で汚れた側の部屋の壁面を見つめた。

 そこにはこの部屋における注意事項が掲載されていた。

 

『この部屋は音波・電波・マイクロ波・光波、電磁波、超音波、放射波、電磁気超伝導粒子波などすべての波形を遮断します。ドアを閉めると外部との一切のコンタクトがとれなくなりますのでご注意下さい』

 

 バットーはその場に崩れ落ちるようにへたりこんだ。

「くそおぉぉ」

 バットーは心の底からの雄叫びをあげたが、その声がバットーの耳に届く前に、逆位相の音波によって完全に打ち消され、部屋のなかはまったくの無音のままだった。

『大失態』ごときで片づけられるレベルではないしくじりだ。

 

 バットーはぎゅっと目をつぶり、拳を床に何度も打ちつけた。だが、どんなに強く打ちつけても、なんの音も聞こえなかった。せめてこの「痛みの音」だけでも聞こえたら、いかばかりか贖罪になったかもしれない。

 

 だが、この地獄はバットーに、それさえ許そうとしなかった。

 

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 レイは渡されたマルチプル銃を馴れた手で子細に点検すると、ランチャーミサイルのマガジンをカチリと装着した。隣で護衛の兵士が感心したような目つきで見ていたので、レイは言った。

「なに?」

「あ、いや、すごい手馴れているなって」

「銃に手馴れてたら、おかしい?」

「そ、そうじゃないけど」

「だったら、あなたも銃を準備して」

「オールマン中尉、何を?」

「ヤマトタケルを救出にいく。わたしはあの人の盾になるために、ここにいるのだから」

「盾に……って……」

「タケルが死んだら、人類が終わるのよ」

「いや、でも、君たちがいるじゃないか?」

 

「いる?。そうね、そう、いるだけ……」

「わたしたちはあの人の、タケルの足元にも及ばない」

 

「でも先日の戦いは見事だったって聞いたよ」

 レイはかぶりをふった。

「技術じゃない。わたしたちには覚悟が足りない」

「覚悟?」

 

「ヤマトタケルは全人類を犠牲にしても、この地球を救う覚悟で戦っている……」

 

 レイの迷いのない表情を見て、兵士はたじろいで、思わず一歩うしろにさがった。

 その時、トレーニングルームが、ずずーんという響きと共に揺れた。右側の壁に下がっている器具や掲示物が勢いよく床に落ちた。

 右隣の『瞑想室』でなにかがあったのは確かだった。

 兵士が驚愕の表情でその壁を見つめていたが、レイは落ち着いた様子でマルチプル銃の安全装置をカチッとはずして、入り口にむけて身構えた。

 

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「くそぅ、くそぅ、くそぅ!」

 草薙はエアーバイクをフルスロットルで疾走しながら、自分のなかに怒りの感情をぶつけていた。シミュレーションエリアのビル群は、すでにかなりの地面に沈みこんでおり、ほとんどが平地になっていたので、斜めに横切って最短コースをとることができた。だが、それでも時間が足りないと感じていた。

 その焦りは最高潮に達していた。もはや恐怖というレベルかもしれない。

 敵の陽動作戦にまんまと(はめ)められ、要警護者からひき離されたという、自分に対する怒り。これから将来が嘱望されたであろう伸び盛りの兵士の命を、いとも簡単に奪ってのけた犯人に対する怒り。ブライト司令のこれまでの仇をとろうとするような、あてこすりめいた叱責に対する怒り。

 いや、ブライトの怒りは当然だ。

 草薙はふと思い直した。自分だって、易々と敵に侵入を許してしまったバットーに、苛立ちを覚えているではないか。彼の責任ではないのにだ。

 今の私にブライトを責める権利なんぞない。

 目の前にシミュレーションエリアの出口が見えてきた。そこを抜けると本部の事務所棟別館や生活エリアがにつながっている。

 草薙は出口のドアの横で、だらしなく足を投げだして眠っている係員をみつけて大声で呼びかけた。エアーバイクの性能について、ひとしきり講釈を垂れていた係員だ。

「おい、係員。そこのドアを開けろ!」

 係員はよほど深い眠りにおちいっているのかピクリともしなかった。考えてみれば、現在、直夜中の一時になろうとしている。つい寝入ってしまったといって、係員を責めても仕方がない。

 草薙は網膜デバイス上に彼の顔を間近にとらえている映像を呼びだした。

『彼のIDを解析』

 彼の顔の上からワイヤーフレームが網状は貼りついて解析をはじめると、一秒も経たないうちに係員の個人を特定し、網膜デバイス上に彼の軍の登録データが表示された。

『コネクト』

 草薙はそういうなり、大声で思念を飛ばした。

『ドアを開けろ!』

 脳内に直接大声で呼びかけられて、係員があわてて跳ね起きるのが見えた。椅子からすべり落ちて、したたかに尻を打ちつけたが、すぐに立ちあがり、辺りをキョロキョロと見まわしはじめた。

『ドアを開けろ!』

 今度は係員が気づいた。

 係員は自分のほうへエアーバイクで突っ込んでくる草薙の姿に、これ以上ないほどの慌てふためきっぷりをみせた。彼は両手を前に突き出して、ストップのサインを送った。が、草薙がとまる意志がないと見てとると、自分の後方にあるドアの開閉ボタンにとびつくようにして押しこんだ。

 間一髪、ドアがシュッと開くと同時に、草薙のバイクは事務所棟へのドアをすりぬけていった。

 

 実はそこからが最大の難関だった。

 ヤマトとアスカの元へ最短ルートを通るために、難所がふたつあった。

 ひとつは『隔壁扉』。各エリアを厳重に仕切っている頑強な扉が、すくなくとも十箇所は立ちはだかる。

 もうひとつは、人だった。

 ふだんの基地であれば真夜中のため、深夜番、もしくは見廻りの者しかいない。だが、今日はこれから二時間後に控えている亜獣との本番にむけて、おびただしいまでの職員がスタンバイしている。こちらで算出した最短ルートを通るためには、食堂の前の通路を通らなねばならない。この時間なら職員たちでごったがえしていることは、想像に難くない。

 草薙は導線になる部署や関係各所に連絡を送るように、司令部に協力を要請していたとはいえ、それがどれだけ守られているか不安だった。あの怒りっぷりでは、その意図を汲んでもらえてないのではないかと危惧がつのる。

 草薙のバイクが事務所棟に突入した。

 すぐさま、百メートル先の通路に『隔壁扉』が見えてきた。

『開いて!』

 草薙が祈るような気持ちで、心で囁いた。もしあのドアが開かないとしたら、ランチャー弾で吹き飛ばしていくしかない。それでも吹き飛んでくれれば、の話しだ。

 草薙は背中に担いでいた銃に手をかけようとした。

 が、ありがたいことに、数十メートル手前で、すっと両側に開いて草薙に道をあけた。

 ブライトはどうだかはわからなかったが、少なくともミライか、誰か側近がこちらの意図を把握してくれていたらしい。

 

 草薙はバイクのスロットルをひねると、スピードをあげた。

 

 

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