いつかボク(日本人)が地球をすくう 〜亜宙戦記デミリアン〜 [ラノベ版] 作:多比良栄一
アスカは自分の血が粟立つのを感じた。これまで経験したことのない恐怖だった。天井に張りついている、という意味が、敵がまともなものではないことを示していた。
「どうすれば……、どうすればいいの?」
そう訊きながらただの少年が何もできるわけがないと、絶望的な気分も同時に感じていた。武装した精鋭の兵士たちがなすすべもなく殺されたのだ。武器を持たない自分たちにできることなど……ない。
「私が囮になる」
ふいにレイの声が聞こえた。
「レイ?。どこなの?」
「トレーニングルーム。今、ラウンジ入り口のドアのところにいる」
「じゃあ、はやく逃げなさいよ」
「タケルを助けないといけない」
「あんたぁ、ボカぁ!。どうやって助けるのよ」
「わたし、マルチプル銃を持ってる。それで背後から敵を撃つ。そうしたらふたりとも逃げて」
「ふたりとも……」
レイが言ったことばの意味を考えて、アスカはゾクリとする事実にいきあたった。
つまり、今この部屋のどこかに、タケルがあたしと同じ状態でいるということだ。
アスカは目だけを動かして、周りに映しだされている監視カメラの映像を見渡し、タケルの姿を探そうとした。心藏はバクバクと脈うっていたが、最大限の冷静を保って、慎重に目を這わせていった。おかげで、見つからなかったふたりの兵士の姿を見つけることができた。ひとりは正面のソファの脇、もうひとりは自分の足元のテーブルの下……。ゆっくりと視線を自分の足元の方へ向ける。
自分の足先から数十センチのところに、兵士の頭部が転がっていた。
彼の頭は無念そうな、本当に悔しそうな表情を浮かべていた。首から下は割れた窓から放り出されたのか、テラスの方に散乱しているのが見えた。
あたしは……
あたしたちはこうなるわけにはいかない。あと一時間ほどで出撃して亜獣を倒さねばならないのだ。
死んでる余裕などない。
「タケル。今どこ?」
アスカはテレパスラインで思念を飛ばした。インフォグラシズは置き忘れてきてしまったが、通信機器だけでも装着していたのが、せめてもの幸運だ。
「場所は言えない」
タケルからの返事はそっけないものだった。アスカは凍りつく気分で訊いた。
「な、なんで?」
「アスカ、合図をしたら、すぐにその場所から飛びのいて」
「と、とびのくって……、どこに?」
「テーブルの下をくぐり抜けられるかい?」
アスカは心の中だけで悪態をついた。テーブル下にはすでに先客がいる。悔しそうな表情をしたあの兵士の頭だ。ヤマトの命令は、そこに飛びこめと、いうことだ。
「いいわ、わかった」
今はどんな要求も拒否できるだけの選択肢を持ちあわせていない。彼女は現状に合わせる覚悟をした。
その時、むこう正面、部屋の入口側のドアがふいに開いたかと思うと、いきなり機銃の銃撃音が部屋全体に響いた。アスカがハッとしてそちらに体を向けると、そこに機銃を連射するレイがいた。
「アスカ、今だ。飛びこめ」
すぐさまアスカはテーブルの下に飛びこむように潜り込んだ。
まだ固まりきれていない血が胸元にねっとりと付いた。撥ねた血がピピッとアスカの顔に赤い点々を散らす。軽がっていた頭が伸ばした手にあたって、レシーブしそこねたボールのように奥へと跳ね飛んでいく。アスカはつき指の痛みに顔をゆがめた。
「アスカ、こっちだ」
テーブルの下をかいくぐって立ちあがったアスカを奥からタケルが呼んだ。見るとタケルは兵士のジャケットを着ていた。ソファによりかかるように倒れていた兵士はタケルだった。タケルが兵士を装って機会を伺っていたのだとアスカは悟った。
アスカがタケルの方へ向かおうと足を踏みだそうとした瞬間、うしろに、ドンとなにかが落ちる、いや降りてきた音がした。それに反応したタケルがアスカに銃を向けた。タケルの表情に緊張感を感じとったアスカは、今自分と同じ方向、おそらくうしろにターゲットがいるのだと理解した。つまり、今この瞬間にも自分は先ほどの兵士とおなじ末路を迎えてもおかしくない。ということだ。
アスカはゆっくりとうしろをふりむいた。
誰に、いやどんな生物にやられたかもわからずに、死ぬのはごめんだった。
「アスカ、ふりむくな」
ヤマトのことばが耳をついた。
だが遅かった。アスカは敵の顔を、正体を見てしまった。
そこに兄、リョウマが立っていた。
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アスカはぼう然として立ち尽くしていたが、ヤマトは構わず銃を発射した。
アスカが敵の正体を見てしまうのを止められなかったのは残念だったが、悔やんでいる時間はなかった。やや側面から撃つことになったが、銃弾は見事に敵の顔をとらえた。そう見えた。
だが、瞬時に敵は腕の形を盾のように変形させて、着弾を防いでいた。弾丸をはじく強固な盾。ヤマトは目を見張った。その変形し、硬化する腕は先ほど兵士が戦っているときに見ていた。だが、その時は鋭い刃だった。今度は平たく硬化し防御の道具に変形している。
「いくつ変形パターンがあるんだ?」
ヤマトはもう数発、弾丸を送りこんで叫んだ。
「アスカ!。こっちへ来い!」
だが、アスカは見動きしなかった。まずは彼女を正気に戻す必要があった。ヤマトはアスカの方へ駆けよると彼女の手をとり力強く引張った。
「アスカ、そいつは兄さんじゃない。君の兄さんに化けた刺客だ。逃げるよ」
ヤマトに引きずられるようにしてアスカはよろよろと歩きはじめた。
「レイ、援護を頼む」
アスカの手を引きながら、二階にむかう階段に足をかけてヤマトが言った。
「了解」
その声が聞こえると同時に背後で、銃撃音が響いた。
ヤマトにはふりむいている余裕はなかった。レイの渾身の援護射撃も、おそらく数秒程度の足止めにしかなっていないのはわかっていた。
「レイ、そのままゲートの方から出撃レーンにむかってくれ」
「タケルは?」
「アスカと一緒に非常用の通路から、出撃レーンにむかう」
「非常用の通路って?」
「こういう事態を想定して作られた脱出ルートさ」
「大丈夫なの?」
ヤマトはレイの自分を守るという使命感に、あまりに執着してすぎることに、いらだちを覚えた。
「大丈夫さ?」
「わたし、タケルを守れなくなる」
「構わない」
「今は一人でもパイロットが出撃できる状態にいることのほうが重要だ」
一瞬、レイが返答に困っているような間ができた。だが、すぐに返事があった。
「わかった」
レイがやっと納得してくれてヤマトは心底ホッとした。
ヤマトはアスカの手を握りしめたまま、一気に階段をかけあがった。一瞬、足手まといになるのでは、と危惧したが、アスカはヤマトの駆けあがるスピードについてきていた。 階上まであがりきったところで、ヤマトはアスカの方をふりむいた。
アスカはショックの色を顔のそこかしこに残していたが、それでもしっかりと前をむいていた。あれが兄であっても、そうでなかったとしても、自分たちの命を狙っている『何か』だということは理解している。そんな顔つきだった。
レイの援護射撃は階下でまだ続いていたが、さらなる数秒分の目くらましにすぎない。そうヤマトは心得ていた。間髪をおかずにあのリョウマに化けた何者かは必ずこちらに追いついてくるはずだ。
ヤマトは二階の通路を走りながら、壁のつきあたりにむかって大声で「ヤマトタケル、ゲートオープン!」と叫んだ。すぐさま、ヤマトの声に通路に設置されたセンサーが反応して、一斉に稼動しはじめた。廊下の上部にある各センサーがチカチカとまたたく。
正面の壁の真中が大きく開きはじめた。
ヤマトは走るスピードをいっときも緩めることなく、通路の突きあたりの壁に突進した。ヤマトはふりむいてアスカを見た。アスカは隠し扉に当惑しているように見えた。重要な脱出経路をまったく聞かされてなかった、ことに戸惑っているのだろう。
半分ほど開いた入口へ、体を精いっぱいかがみこんで、ふたりはくぐり抜けた。
「ゲート・クローズ!」
ヤマトはふりむきもせず叫んだ。呼応したシステムがすぐに扉を閉じはじめた。
ふりむいて敵がどこまで迫っているか確認する必要はなかった。インフォグランズに映っているカメラの映像で位置は把握していたし、たとえここで振り切れたと思っていても、体の一部を硬化できる化物だ。あの通路入口の壁を破壊して、この通路に必ず侵入してくる。
だから自分たちにできることは、さらに遠くへ逃げ続けることしかない。