いつかボク(日本人)が地球をすくう 〜亜宙戦記デミリアン〜 [ラノベ版] 作:多比良栄一
襲撃者からの攻撃を逃れて、可変する入り口をくぐり抜けた先に通路が続いていた。
通路は足元がやっとわかる程度の照明のせいで薄暗い上、通路内はなにか腐食しているような臭いがこもっていた。
アスカはおもわず顔をしかめた。
今まで嗅いだことのない臭い。あらゆるものが徹底的に無菌化され、衛生的で無臭なことがあたりまえとされているこの時代で、このような刺激臭は衝撃ですらあった。通常の生活をしていて出会う機会などめったにない。
アスカは目をこらして通路の奥の方をのぞき見た。だが暗すぎて、この通路がどこまで続いているのか、どういう形状をしているのか、わからなかった。インフォグラシズを装着し損ねたことが悔まれる。暗視モードが使えれば、なんの苦もなく遠くまで見ることができたはずだ。
「行くよ」
ヤマトが握りしめていた手をひっぱって、アスカに先を急ぐように促してきた。アスカはその手から目が離せなかった。せっかく非難通路に逃げ込んだというのに、ヤマトの手からは緊張感が解けていない。まだ、安心していいわけではないのだろうか。
アスカはヤマトに促されるまま、歩きだした。まだ息があがっていたせいもあって、ヤマトも無理にスピードを速めようとはしなかった。
百メートルほど奥まで進んだところで、「ガコーン」とくぐもった音が通路内に響いた。
さきほど抜けてきた入り口のほうからだった。
アスカは思わずうしろを振りむいた。
もしかして、あのぶ厚い壁を破壊しようとしている……。
おそろしい想像だった。
ヤマトとレイが挟みうちにして、あれだけの銃弾を浴びせかけたのだ。どんな生物であっても絶命するか、深手を負うはずだ。だが、もしそれをものともせず、まだ自分たちを追ってきているとしたら、あれは兄、リョウマ……どころのものではない。
すでに生物と呼べるものなのだろうか……。
アスカはヤマトに声をかけた。
「タケル、どこまで行くつもり?」
「このまま出撃レーンまで向う」
「出撃レーン?。このフロアの五階も上じゃない。どうやっていくつもり?」
「あれを使う」
ヤマトは通路の前方を指さした。アスカが目をむけると、十メートルほど奥に何やらゲートが
「あれってなによ?」
「超電動リニアリフト」
「冗談でしょお。そんな大昔の動力って……」
「あぁ、二十二世紀のアナクロ技術だ」
ヤマトが見あげた先には、通路の天井に沿って敷設されたレールが、奥の方まで続いていた。レールは均等に四列、そこからはつり革に似たハンドルがぶら下がっている。
ヤマトはそのハンドルの下にあるテーブルに歩み寄った。テーブルには大仰な装飾がほどこされた幅広のベルトが置かれていた。ヤマトは無雑作にその中のひとつをひっ掴むとアスカに手渡しながら言った。
「でも今はそれでも、これがボクらの命綱だ」
ベルトは埃まみれでわずかばかりべたついていた。
「なによぉ、これ、なんかベタベタする」
「我慢して、腰に巻いて」
そう言いながら、ヤマトが馴れた手つきでベルトを巻きながら「このベルトが床の電磁石と反発して、からだを浮遊させるんだ」と言った。
アスカは一瞬、苛立ちを感じたが素直に従うことにした。今まさに敵が、明らかにリョウマではない何かが、襲いかかってくるかもしれないのだ。だが、ベルトを腰に回した時、
バックルの留め具の部分が、今まで目にしたこともない作りであることに気づいた。
思わず手がとまった。
これ何よぉ?。自動で装着できないの?。
バックル部分からとびだしている二本の爪をいくつもあいている穴に通すことで固定するのだと想像できたが、それをどうしていいのかわらなかった。隣をみるとヤマトは、すでに腰にベルトを装着し終えて、スイッチを入れたところだった。スイッチが入るとすぐに、ヤマトの腰がぐっと持ちあがり、体が浮びあがった。ヤマトが天井からぶらさがっているハンドルに手をかける。
「アスカ、急いで」
アスカはヤマトにそう言われることがわかっていたが、この前時代的な造りのベルトをうまく着けられず苛立っていた。アスカは手助けを求めるように、ヤマトの方を見た。
ヤマトがふいに背後をふりかえった。
そのしぐさに驚いたアスカは、思わず手からベルトがすべり落としてしまった。通路内にガタンという鋭い金属音が響く。
インフォグランズを身につけているヤマトはこの暗がりの中でも、通路内の様子が見えているはずだ。その視線の先に何があるかわからなかったが、ヤマトの神経をとぎすませるような態度からはただならないことが迫っていると感じさせた。
「ごめんなさい」
アスカはひと言詫びると、ベルトを拾いあげようとかがみこんで、手をのばした。その時、自分のからだの上に、何か大きな影がおおいかぶさっていることに気づいた。
屈みこんだ自分の足元のうしろのほうに、誰かの足があることも。
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いつのまにか、ベルトをつまみあげた手が震えて、カチャカチャとベルトが音をたてていた。
背後の影が動いた。
なにか金属のようなものにかすかな灯りが反射して、光がひらめいてみえた。
何か鋭利なものがそこにかざされようとしているような……。
その瞬間、アスカは腰に手を回され、自分の体が上へ持ちあげられるのを感じた。それと同時にアスカの体はものすごい力で、前へはじきだされていた。タケルが左腕でアスカの体を抱えて、リニアリフトを動作させていた。
二人は宙に浮いたまま、あっという間に十メートルも前に移動していた。すでにかなたに離れた、先ほどまで居た場所から「ガツン」という鈍い音が聞こえてきた。
「アスカ、ボクの体にしがみついて」
ヤマトが苦しげな表情で言った。リニアベルトをして宙に浮いているが、片手だけでひとりの人間を抱えつづけるのには無理があるのだろう。アスカはすこしだけためらってから、タケルの首に手を回して抱きついた。
「へんなとこ触らないでよ!」
アスカは左手だけでお姫さま抱っこされているのが、すこし恥ずかしかったので、タケルから顔をそむけながら言った。タケルはアスカの体をぐっと力をこめて自分のほうに引き寄せながら、「残念。そんな余裕はないみたい」と言った。
先ほどうしろで聞こえた鈍い音は命の音だと、アスカはわかっていた。
あたしの命が助かった音。
もしタケルが一瞬でも自分を引きあげるのが遅れていたら。
リニアリフトのスピードは先ほどより加速していた。時速まではわからなかったが、人間ではとうてい追いつけないスピードなのは間違いなかった。
そう、人間では……。
アスカは間近で見るタケルの表情が、安堵や余裕とは程遠い切迫感で歪んでいるのを見てとった。これほどの猛スピードで疾走していても、まだ気を緩めてはならない、ということなのだ。
ふいに、うしろのほうでカサカサという音が聞こえた。今まで生きてきた中でかけねなしに一番の耳触りな音。ゾワッと総毛立つ。
「アスカ、うしろに向けて銃を撃てるか?」
ヤマトが右肩にひっかけていた銃を目で指し示しながら訊いた。ヤマトの顔には余裕があるようには見えなかった。
「撃てばいいの?」
「あぁ、頼む、一発でいい」
ヤマトの左腕で支えられているアスカが、彼の右肩に下がっている銃を撃つためには、かなり無理な姿勢をとらねばならないことが、すぐにわかった。
アスカはヤマトの左側から正面へからだをずらすと、ヤマトのからだに両足を絡ませ、ぎゅっと挟み込んで位置を固定した。ヤマトの首にまわしていた手を、片手から両手に変え、真っ正面からべったりと抱きついて、からだを密着させた。
まるでヤマトを正面から抱っこしているようなポーズ。アスカの豊満な胸がちょうどヤマトの顔を埋めるような位置になる。ヤマトは苦しそうにすこし顔を反らした。ヤマトは左腕をアスカのお尻の下にまわすと、アスカのからだをぎゅっとひきあげた。アスカはちょっと恥ずかしかったが、ヤマトの目がすぐに行動に移すよう促しているのに気づいて、ヤマトのからだにむしゃぶりついたまま、彼の背中のうしろに手をまわして、銃をもちあげた。
「あたし、見えない。どこにむけて撃てばいい?」
「どこでもいい。一発撃てばわかる」
言われるまま、アスカは引き鉄をひいた。
パンと乾いた音がして、火花が散った。
数メートル先に四本足の生き物が天井を這いながら、迫っている姿が一瞬、見えた。
「もう一発。狙って!」
アスカはすぐさま、先ほどその生き物が這っていた天井にむかって、もう一発放った。弾丸が命中したのか、散った火花に照らされて、その生き物が床に落ちていくのが見えた。
「あたった。あたったわ、タケル」
「とりあえずは、上出来だ」
「もういい?」
アスカは訊いた。ヤマトに正面から抱きついたままなのが、さすがに恥ずかしくなってきた。ヤマトがこくりとうなずいたので、アスカは先ほどまでのお姫さま抱っこの状態に戻ることにした。
そのまま、ふたりは数十メートルのあいだ、なにもことばを交わさなかった。が、長い一本道が終わり、直角に曲がる通路の角が見えてくると、タケルがいきなり叫んだ。
「草薙大佐。今どこ!」
「なによ。タケル、耳元で大声あげないで」
あまりに唐突な叫び声に驚いたアスカは、つい反射的にタケルに文句を言った。
「今、祭壇を降下中よ」
草薙の返答は事実を伝えるだけの淡白なものだったが、アスカには妙に心強く感じられた。
「大佐、急いで!」
「了解」
アスカは今の会話が、安心して良い話なのか、それとも正念場をむかえようとしているのかさえわからず不安が募った。
「ねぇ、いまの……」
アスカがタケルに尋ねかけたが、それをタケルが遮った。
「アスカ、今から縦穴を昇るルートに入る。絶対にボクの体から手をはなさないで!」