いつかボク(日本人)が地球をすくう 〜亜宙戦記デミリアン〜 [ラノベ版] 作:多比良栄一
レイはてのひらにじっとりと汗がにじむのを感じた。
すでにセラ・サターンに乗り込み、亜獣出現予定場所のツインタワー付近でスタンバイをしていた。住人たちはすでに避難済で、部屋や通路等に電灯はついてはいたが、ひとっこ一人いないゴーストタウンと化していた。
なにひとつ息吹を感じない街中に、今、ひとりレイだけが居るのだ。その場所から数百メートル離れた場所には、日本国防軍の兵士たちが、夜陰に身を潜めてその時間がくるのを待っている。
レイは不安だった。
孤独だからなのではない、ヤマトがどうなったのか、さきほどから誰も教えてくれないので、不安で仕方がなかった。不安で汗が吹きだすのをとめられない。
『タケルはどうなったの?』
レイは司令部に尋ねた。これでもう何度目だろう。
「レイ、ごめんね。まだ報告がきてない。わからないの」
ヤシナ・ミライ副司令官がモニタのむこうから、おざなりの返事をよこした。レイはかるいため息をついた。あと一時間もすれば戦闘がはじまる、というのに、ずっとおなじ返事ばかり。
最悪、ひとりで戦うことになるのかもしれない。
それはそれで仕方がない。
だが、その時は日本国防軍との連携だの言っている場合ではなくなる。確実に倒せるのはこのデミリアン『セラ・サターン』しかいないのだから。
レイは、先ほどからずっと気になって仕方がないことがあったので、モニタ越しに司令室本部の様子を見ながら、ミライに訊いた。
「司令室から、人がどんどん少なくなってるけど、みんなどこに行ったの?」
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ヤマトはアスカの手をひきながら、階段を駆け上がっていた。
リニア・リフトのレールは、階段の手前百メートルで終了していたため、そこから自分の足で走ってきた。浮遊して運ばれるのも便利だったが、ヤマトは足が地面についている状態のほうが安心できた。
幾重にもつづら折りになった階段をあがっていくと、上から射し込む光が徐々に強さを増してきているのがわかった。出口が近い。アスカのほうをみると、彼女も出口が近いことを予感して、表情が晴れやかになってきていた。
ふたりが出口から外へでてみると、そこは教会の祭壇脇にある地下への階段だった。
ヤマトは、思わず教会をぐるりと見回した。
今まで興味がなかったので、出撃レーン間近に併設されていたにもかかわらず、一回も足を踏みいれたことがなかったので、これだけ立派な施設だとは知らなかった。
「へぇ、ここ、あの時の教会なんだ」
アスカが手でひさしを作りながら、教会の天井を見あげていた。先ほどまでほとんど光のない穴蔵のような場所を走り回っていたので、天井から降り注ぐシャンデリアの光は、相当にまぶしいようだった。
だが今こうやってピンチを脱して、たどりついたこの教会をあらためて見てみると、意外にも本格的な造りであることがわかった。窓に貼られたステンドグラスや正面のキリスト像は投射されたり、ホログラフで再現されたような疑似的なものでなく、本物であることは素人目にもすぐにわかった。
祭壇の前に左右にわかれて並んでいる長椅子も、どこかしら雰囲気を感じさせるアンティーク調で、教会の装厳なたたずまいを演出する役割を担っていた。ヤマトは本物の教会を見たことがなかったが、これで信者が納得しないなどと言うことはないだろうと感じた。
ヤマトが天井の装麗なデザインに目を奪われていると、教会の入口の方から声をかけられた。
「ヤマト、カオリ!」
聞きおぼえのある声はリンのものだった。
「メイ、メイなの?」
ヤマトよりも先にアスカが反応したのは、当然と言えば当然だった。アスカはリンの顔を見るなり、頼をゆるめた。ほんの少し前には命の危機すらあったのだ。並の神経なら、その場にへたりこんで動けなくなってもおかしくはない。リンが教会のなかに入ってくるるころには、そのすぐうしろからブライトやミライたちも姿をみせていた。
ブライトはヤマトの顔を見るなり、「ヤマト、もうあまり時間がない。急いで搭乗の準備を」と事務的に言った。
ヤマトは心の奥で嘆息した。あいかわらずブライトらしい。こちらの安否を尋ねるでもなく、命がけの脱出劇をねぎらうでもない。
「大丈夫ですよ。まだ余裕があり……」
その時、背後で強烈な爆破音が轟いて、ヤマトたちの上に木っ端とほこりが石つぶてのように飛んできた。思わず顔を覆ったが、小さな木っ端の直撃を免れきれず、額や頬に小さな傷を負った。切れたキズからじわっと血がにじむ。
ヤマトが傷口を指でぬぐいながら祭壇のうしろに目をむけると、舞いあがるほこりの中に何かがいた。
リョウマだった。
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「まずい」
ヤマトはアスカのほうに駆けよった。アスカの目はすでにリョウマにくぎづけになっていた。ぼう然とした面持ち。ショックのせいなのだろうか唇がわなないている。
「アスカ、あれはリョウマじゃない」
ヤマトはことさら力強い口調でアスカを正気に戻そうとした。しかし、司令室の面々も大きな衝激を受けていることに気づかなかった。
「リョウマ君なの?」
春日リンが思わず漏らした。ヤマトは顔をしかめた。せっかく疑念を払拭したというのに、リンのことばが間違った事実を追認しようとしている。
「リンさん、ちがいます。あれはリョウマに化けているだけです」
リョウマがどーんと人間離れをしたジャンプをして祭壇をとびこえた。
ヤマトとアスカの前に立ちふさがった。
この間合。リョウマが腕を刃物に変化させて一閃しさえすれば、ひとたまりもなく、ふたりとも消し飛ぶ。そんな近さだった。
「アスカ……」
リョウマがふいにアスカの名前を呼んだ。ヤマトは顔を見るまでもなく、アスカがハッとしたのがわかった。ヤマトはすっとブライトたちの方の視線をむけた。誰かしら武器を携帯しているのなら、このリョウマに化けたヤツを撃ってほしいと願った。だが、ブライトたちは目の前で起きている、不可解な現象に呑まれて身動きできずにいた。
「ヤマトタケル」
リョウマがヤマトの名を口にした。ヤマトは動じることはなかった。彼は、いや、目の前にいるコイツは、ヤマトタケルを殺しにきたのだ。名前を口にして当然だ。
だがリョウマは予想もしないことばを続けた。
「ぼくも知ってしまった……」
「知りたくもないのに……、ヤツに……、頭の中に……、ねじこまれた……」
そのことばに、ヤマトは鼓動が高まるのを感じた。ごくりと唾をのみこんだ。本能的にこれはとてもやっかいな状況になりそうなことがわかった。
「君はリョウマじゃない」
ヤマトは明瞭に否定した。もしこのあとに続くことばがあったとしても、何者かの戯言に過ぎないと印象づけたかった。
「あれは……、人間が知ってはいけない、踏みこんではならないことだ……った」
「そうだろ。タケル」
その言葉づかい、声色、表情はまさにリョウマだった。
「おまえはリョウマじゃない」
もう一度鋭い口調で否定すると、ヤマトは祭壇の上に置かれた燭台に手を伸ばし、リョウマにむかって投げつけた。リョウマの腕が一瞬にして硬化し、鋭利な刃物へと変化し、投げつけられた燭台をまっぷたつにした。
「ほら、おまえはリョウマじゃない」
ヤマトはそこにいる化物の正体を晒してみせ、どうだという表情をブライトたちのほうに向けた。
だがブライトの表情はヤマトが期待したものとは違っていた。
恐怖、驚愕、落胆、それらのうちのどれか、もしくはそれと同等のネガティブな感情がそこにあるべきだった。だがそこにあったのは、まったく逆の反応だった。ブライトの頼はいくぶん紅潮し、目は期待と希望にぎらぎらと輝いているように見えた。
「リョウマ、ブライト司令官だ。わかるか」
ブライトが数歩よろよろと前に歩みでた。それでもこちらとは十メートル以上離れている。やさしげに声はかけているが、信用はしていないのだろう。だが、思わず前のめりになってしまっているのも事実だ。
ヤマトは急いで否定する必要があった。
「ブライトさん。あいつはリョウマじゃない!」
だが、リョウマに化けた化物は、リョウマの実直そうな笑顔をつくって言った。
「やあ、ブライト司令」
ブライトはにこりと笑いを見せると、もう数歩だけ歩を進めた。
「リョウマ、教えてくれないか?。君が知ってしまったこととは何だ?」
「人間が知ってはならない真実だよ。ブライト司令」
ヤマトはブライトの口元があからさまにほころぶのがわかった。
「もしかしたら、それは『四解文書』と関係があるのか」
リョウマの目が急にうつろに沈んだようなものに変わった。落胆したのか、おびえているのかからない。
「教えてくれないか、それを」
「教え……られない」
「なぜだ。君ひとりで抱えきれない内容なら、私に、いや、私たちでわかちあおう。きっと心の重しが軽くなるはずだ」
「だめだ。知りたいと、知っていいは、同義語ではない」