いつかボク(日本人)が地球をすくう 〜亜宙戦記デミリアン〜 [ラノベ版] 作:多比良栄一
「あぁ……、ああ……、そうだね」
ブライトがたまらず、もう数歩、足を進めた。興奮しているというより、すでに何かに酔っているような目。
ヤマトはブライトのうしろで事態を見ている他のクルーたちの様子にちらりに目をやった。アイダ李子は冷静な視線で、リョウマの状態をあくまでも客観的に分析しているように見えた。人間ではないものの精神分析ができるわけがないのだから、本当にそうしているとしたら、これはもう職業病なのかもしれない。
だが、エドやアルよりはましだった。エドはいつものように、どう対処していいかわからずメガネをいじくり回しているし、アルは何かあった時のためいつでも飛びかかれるように身構えている。だが、手に持つ武器が整備用の工具だということに気づいていない。まったく頼もしいかぎりだ。ヤマトは心の中で毒づいた。
春日リンは冷静な視線で、事態をあくまでも客観的に分析しているように見えた。が、表情ひとつ変えず立ちつくしているように見えながら、指先を小刻みに震わせている。おそらく思念で関係各部署に援護要請や指示をとびしているのだろう。知らず知らず指が網膜に映っているメニューを操作しているに違いない。
ヤマトは、自分の背中にしがみついているアスカの様子をインフォグラシズを通して確認した。教会の入口、リンたちのうしろの方から祭壇を映しているカメラが、自分たちを真横からとらえていた。映像をズームしてアスカの表情を追う。アスカはリョウマを睨みつけていた。その下にどんな感情をおし隠しているかまではわからなかったが、目を離さないことで、彼女なりに現実と対峙していた。
「なぁ、リョウマ、そんなに一人で苦しむ必要はない。私たちにも背負わせてくれないか
ブライトがことさら憐れな様子を強調した口調で言った。
ヤマトは焦りを感じている自分に気づいた。このことはどんなことがあっても公になってはならないことなのだ。自分が、いや自分たち歴代のエースパイロットが、精神を病むほどの苦しみを背負い、気が遠くなるほどの犠牲をはらって、守り通してきた秘密なのだ。
リョウマが口を開いた。
「ぼくはプルートゥと一体化してすべてのことを知った。彼らがいた世界とぼくらたちの世界との関わり……」
「教えられたり、伝え聞いたんじゃない。彼とのつながりが深くなっていくうち、いつの間にか知っていたんだ」
そこまで言って、リョウマはふいに黙りこんだ。
ブライトは苛立つ感情を押し殺すように、ゆっくり噛んでふくむように言った。
「なにを……、なにを知ってしまったんだ」
「なにもかも……」
「リョウマ、言うんじゃない」
ヤマトが押し殺した声で、リョウマに圧力をかけたが、リョウマは続けた。
「彼らが、デミリアンがなにものかを知った。なぜ亜獣があらわれるのかを知った。ヤツラが本当はどこから来るのかを知った」
リョウマが悔しそうに顔をゆがめた。
「本当に知りたくなかった」
「だって、彼らは、ぼくらがデミリアンと呼んでいるものは……」
「リョウマ!!、言うな!!」
ヤマトは今まで出したことのないほどの大声でリョウマを制した。
リョウマはヤマトの方へ目をむけた。
「タケル、キミは、すべて知ってるんだろ」
「あぁ、残念だけど、全部知っている。だから君はそのことを口外しちゃいけない」
「キミは……、キミは、なぜ泣き叫ばずにいられる。なぜ絶望せずにいられる。なぜ気が狂わずにいられる!」
ヤマトはリョウマの目をぐっとにらみつけた。
「ぼくには絶望することは許されてない……。もし、ぼくが絶望したら……」
「人類が滅亡する」
リョウマが自嘲するように口元をゆるめた。
「タケル、まったくその通りだ。君が絶望したら、人類は終わるかもしれない」
「でも、ぼくには君が、いっぱいの狂気で、正気を保っているように見えるよ」
ヤマトは苦笑した。
「リョウマ……。いや、君はおそらくリョウマの意識とつながった素体のようなものなんだろうけど……」
「ぼくの気持ちを代弁してくれて……嬉しかったよ」
「揺るぎないな、キミは。今までキミはそれを一人で抱えていたんだね」
「あぁ、その通りさ。そしてこれからも一人で抱えていく」
「さよなら、リョウマ」
ヤマトはくるりとリョウマに背中をむけると、うしろにいたアスカの体を抱きかかえて、リョウマから離れるように空中に飛んだ。
その瞬間、リョウマが炎につつまれた。
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リョウマが炎につつまれた瞬間に、ブライトは大声で叫んでいた。
自分でも意識していない狂気が入り交じったような悲鳴。
目の前で自分の希望が燃えていく。手に入れかけた「力」が「夢」が「将来」が灰になっていこうとしている。
ブライトは前につんのめりながらリョウマに走り寄ると、ジャケットを脱いで、その火を煽いで消そうとした。が、目の前でのたうち回っているのは、すでにリョウマではなかった。炎に苦しむあまり、本来の姿にもどっていたそれは、見たこともない女性とも男性ともつかない人物だった。火をふりはらおうとするあまり、その手を大きな羽のようなものに変形させて、ばたつかせている人間大の鳥のような生物にすぎなかった。
だが、そんな姿になっても、まだ情報は聞きだせるはずだ。
ブライトはジャケットを押しつけようと近づいた。が、横からだれかにぶつかられて、勢いよくうしろにひっくり返った。ふいをつかれて倒れたブライトは、自分にぶつかってきた人物を見あげた。
草薙素子だった。
黒くすすけた顔には、頬や額にキズを負い、その右肩口が赤く染まっていて、その手に握られたマルチプル銃の先からは、炎があがっていた。
ブライトはぼう然として、その姿を見た。
草薙大佐がマルチプル銃をその場に荒っぽく投げ捨てると、腰から銃をひきぬいて構えた。
ブライトは大声で「やめろ!」と叫んだが、間に合わなかった。
草薙は瞬時に六発の弾丸を放っていた。
ブライトにはそれが全弾命中したのがわかった。彼女が至近距離で一発でもはずすことを、自分に許すわけがない。
一瞬ののち、リョウマが頭と胸から血を吹きだして崩れおちた。
草薙がゆっくりと近づいていく。
すでに炎は消え、くすぶるだけになっていたが、まだ銃を構えたままで、警戒を解こうとはしない。
「草薙大佐!。なぜ撃った」
ブライトは大声で怒鳴りながら立ちあがると、死体を牽制している草薙の元に近づいた、
草薙は構えていた銃を、胸元のほうにひいた。
「なぜ撃った、とは?」
「君はなにをしたのか、わかっているのか」
「はい。ヤマトタケルの命を救いました」
よどみなくそう答えた草薙に、自分のなかの落胆や怒りをどう発露していいかわからず、。ブライトは大声を出していた。
「ちがう!」
「君は今、『
「それが何か?」
「ふざけるな。『四解文書』の解明は国連軍の最優先事項だろうが!」
草薙は怪訝そうなまなざしでブライトを見た。
「私の任務は、ヤマトタケルを命がけで守ることです。それ以外はありません。先ほど、あなたはわたしをそのことで責められましたよね」
ブライトは二の句が告げなかった。奥歯をぐっと噛みしめた。噛みしめていなければ、この場で狂ったような咆哮をあげてしまいそうだった。
その様子をみて、草雉はブライトからそれ以上の言葉はないと判断したのだろう。くるりと踵を返すと、床に座りこんだままのヤマトのほうへむかい「大丈夫?」と声をかけた。
「大佐、助かったよ」とヤマトが答えた。
ブライトはその心から安堵したようなヤマトの横顔をみて、ふたたび苛立ちをつのらせた。その『助かった』には、文字通り命が助かった。ことよりも、四解文書の内容がばれなくて助かった、という意味の方が大きいはずだ。
もうすこしで、あともうちょっとで、世界中の誰もが手に入れたがっている究極の「切り札」を手中にできたかもしれないと思うと、残念や悔しいというありきたりの表現では、自分を納得させられないなにかが胸にわだかまって仕方がなかった。
ブライトはふと、頭の中でリマインダーのアラート音が鳴っていることに気づいて、我にかえった。網膜デバイスに出撃時間がさし迫っていることが表示されていた。
ブライトは嘆息した。
気持ちはおさまらなかったが目の前にやらねばならないことがさし迫っている。
ブライトはヤマトとアスカに出撃準備にはいるように命令しようとしたが、ヤマトがアスカに呼びかける声にはっとした。
ブライトが声の方に目をむけると、祭壇のヘリにしがみついて、ガタガタと震えているアスカの姿があった。顔色は青白く、目が細かく動き、視線はそこかしこに飛んでいた。おそらくあらゆるところを見ているが何も目にはいっていない目つきだ。体は床にへたりこんだまま、小刻みに震え、まともに動けるどころか、一人で立ちあがることさえ困難なように思えた。
ブライトは、まだわずかに煙がくすぶっている、リョウマだったものの死体に目をやった。アスカの異変は、これが原因なのはすぐにわかった。
たったいま、自分の兄が炎に包まれたうえ、射殺されたのだ。
それをいくら違うと否定しても、アスカにとっては、それが目の前で起きたことなのだ。
残念だがアスカはもう使いものにならない、とブライトは判断した。
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「アスカ!。アスカ、しっかりしろ」
ヤマトは叫び声をあげ続けるアスカの肩を掴んで、アスカの名前を何度も呼びながら大きく前後に揺さぶった。
とてつもない衝撃をうけてショック状態の人間に、さらに刺激を与えることは、さらに事態を悪化させる可能性があった。だが、正気を取り戻させるのにほかに方法が浮かばない。だが、アスカは引き攣れた悲鳴をとめようとはしなかった。目はうつろになり、からだはガタガタと小刻みに痙攣していた。
アスカのかん高い悲鳴が教会内に反響し続ける。
ヤマトはアスカに呼びかける声をさらに大きくした。
「戻ってこい、アスカ。あれは、あいつは、君の兄さんのリョウマじゃない」
そう言いながらアスカの顔にとびちった血の飛沫を指でぬぐった。
「アスカ、目を覚ませ。今から出撃するんだ。そうだろ!」
それをうしろでみていたブライトは、目の前にモニタ画面を呼びだすと、司令室で待機しているミライにむかって言った。
「現時点をもって、リュウ・アスカをパイロットから解任。本日の作戦はヤマト・タケル、レイ・オールマン、両名だけでおこなう」
「ミライ、作戦プランDに変更だ。国防軍のシン・フィールズ中将に連絡を」
「ちょっと待って下さい」
ヤマトが背後から大きな声で異議を唱えた。
「アスカはもうダメだ。間にあわん」
「ぼくが間に合わせてみせる」
「無理よ。あきらめなさい」
ブライトに追随するようにリンも言った。
「すまねーな、タケル。もう時間がねぇ。今回はおまえとレイだけで行くしかない」
アルまでもがつっけんどんな反応だった。
「あきらめるわけにはいかない」
ヤマトは力強く宣言した。
ヤマトは両方の手のひらで、やさしくアスカの頬を包み込むと、ゆっくりと顔を近づけ、彼女の目をのぞきこんだ。その目の奥にまだ希望の光があるのを、すくいとろうとでもするようなしぐさだった。
ヤマトはアスカの顔から手を放すと、アスカの左手首をつかんだ。そして、その手を思いっきりヤマト自身の右頬にむけて、打ちつけた。
パーンと乾いた音が教会に響く。教会にいるブライトやリンたちが思わず目をむけるほど大きな音だった。
だが、その一発でアスカの叫び声が消えた。
きょとんとしたような目つきでヤマトを見つめている。
「ごめんね。痛かっただろ、アスカ」
アスカが頭を横にふった。
「ううん……。だって、叩いたの、あたし……」
「でも、アスカ、君の手……、真っ赤だ」
そう指摘されて、アスカはヤマトを叩いた自分の手に目をむけた。てのひらがすこし赤くなっていた。じんじんと手が痺れているのに気づいた。
「あ、本当だ……。痛い……」
「だから……、ごめんね」
「あんた……ボカぁ。痛いの、あんたでしょ。頬っぺた、真っ赤にして……」
ヤマトは少し弱ったように笑った。
ヤマトはやさしく肩をつかんで
「おかえり、アスカ。戻ってこれた」
アスカはちょっと不満気に顔をそむけた。
「おかえりって……、なによ」
「君はさっき、兄さんが射殺されたと思って、取り乱して……心神を喪失しかけた」
「だから、おかえり、だよ」