では、どうぞ。
羽沢つぐみは悩んでいた。つぐみが悩むということは別段珍しいわけでもなく、それこそ生徒会長の言動には頭を抱えることは少なくない。けれど今日のつぐみの悩みの種はそういった類ではない。端的に言うならば、恋愛だ。
「こんな時間にどうしたのつぐみ、なんか元気ないじゃん」
放課後、生徒会もバンド練も無いということで、教室で悩んでいたつぐみを蘭がたまたま見かけて声をかけた次第だ。
「あ、蘭ちゃん。なんでもないよ…」
「絶対なんかあるでしょ…」
蘭は苦笑をした。つぐみが所謂『いざ大丈夫じゃなくても、大丈夫と言ってしまう人種』であることはAftergrowのメンバーはもちろん知っていて、蘭もそれを幼い頃から何度も感じているからこそ今はそうやって苦笑することができる。
そうして、蘭はつぐみの前の席に向かい合うように座る。
「話すだけでも話して欲しい。つぐみがそうやって悩んでる内はあたしつぐみに付き纏う。多分他のみんなもそうするし。巴なんかすごいかもね」
蘭は冗談めかしたように言った。けれど、その心は本気であり、欠片でもつぐみの力になれないかとそうやって色々するのだ。
つぐみが塞いでる時は扉をこじ開けて、一人になりたい時はそっとして、少なくとも蘭はかけてきた迷惑の分、それ以上につぐみを助けたいのだ。
けれど、つぐみは口を開こうとしない。
「…もしかして紗夜さんのこと?」
びくりとつぐみの肩が震えた。つぐみはその性格から嘘をつく事が苦手だ。出来ないわけではない。ただめっぽう下手くそなのだ。だからこそこうやって肩を揺らしてしまう。
「分かりやすいね。つぐみは」
「うぅ…」
「ほら、話してみて?」
「…誰にも言わない?」
「言わない」
「本当に?」
「本当」
「じゃあ笑わない?」
「笑わないよ」
少しだけ沈黙が続いた後、つぐみの息を吸う音が閑静な教室に響いた。
「紗夜さんとお付き合いさせて貰ってるのは蘭ちゃんも知ってるでしょ?」
「うん。去年からだっけ?」
「うん。それで、最近Roseliaのライブにもリサさんの好意で呼んでもらったりしてて」
「うん」
「けど、紗夜さんって結構人気で、ファンの間でもファンクラブとかあったりするの」
「あ、なんか少し前の昼休みの時間にそんな話聞いた覚えある」
「それでね、この前ライブが終わった後に紗夜さん待ってたんだけど、その時に紗夜さんがファンの子から告白されてるの見ちゃって。それでその後紗夜さん置いて逃げちゃって…」
蘭は察した。そして、それに気付いて、抱いていた不安が消えた。いつも通りのつぐみだと。
「自分が本当に紗夜さんに釣り合ってるのか気になって仕方がないんでしょ?」
「なんで分かったの!?」
「10年も幼馴染してれば分かるよ。けど、そっか、それはあたしにはどうにもできない」
「うん…」
つぐみはまた落ち込んだように顔を下にする。
「けど、一つ言うなら、つぐみは…すぐに心変わりしちゃうような人を好きになっちゃったの?」
つぐみはパッと顔を上げた。何かをしなければいけない焦燥感にかられるつぐみを見て蘭は微笑んだ。
「それだけ。あたしもう帰るね」
「うん!ありがとう蘭ちゃん!今度またお礼するね!」
「いいよ。つぐみが元気でいればそれだけでいい」
蘭はそう残して教室を後にした。すぐその後、つぐみはおもむろに鞄から携帯を取り出して、電話をする。相手は勿論、表示されている通り、氷川紗夜だ。
何回かコール音が鳴ったのちに、その凛とした声が電話の向こうから聞こえる。
『もしもし、つぐみさん?どうしたのかしら』
つぐみはその愛おしい声を聞いて、思わず涙をこぼした。紗夜もその様子に気付いたようで驚いた声を上げた。
『つぐみさん!?どうしたのですか!今どこに!?』
「…会いたいです」
『え?』
何かに巻き込まれたのかと紗夜は心配していたが、その心配も杞憂に終わり、拍子の抜けた声を思わず漏らした。
「会いたいです。紗夜さん、今、会えますか?」
『えぇ、今から行きます。どこにいますか?」
紗夜は少し微笑んで答えた。
「羽丘にいます」
『待っていて下さい。すぐ行きます』
そうして電話が切れた。つぐみは荷物をまとめて走り出した。普段生徒会役員として廊下は走らないつぐみだが、今は、今だけは走らずにはいられなかった。愛おしい人に会いたいと走る気持ちを誰が止めることができようか。
途中、先生がいたような気がした。けれど、少しの会釈をしてそのまま走り去る。無礼だろう、失礼だろう。そんなことはつぐみは分かっていた。けれどそれよりも優先しなければならないものがあった。
先生の心配したような声を背にして、急いで下靴に履き替えて校舎を出る。
校門の前には道が通っていて、左右どちらから紗夜が来るのかが分からない。
つぐみは一旦膝に手をついて呼吸を整える。
そうして夕の風に当てられて、少し体温が下がるような感覚になる。
「紗夜さん…」
「つーぐちゃん」
「ひゃあっ!?」
冷たい感覚を首筋に感じてつぐみの背筋が張った。
「日菜先輩…」
「すっごい走ってたね〜。はいこれお水」
「あ、ありがとうございます…」
「…行ってらっしゃい」
「え?」
「おねーちゃん、今日はバンド練だから最短距離考えると左の方から来るよ。なにより双子の感がそう言ってる!」
「なんで知って…」
「はいはい!行っておいで!もう一踏ん張りだよ。つぐちゃん」
日菜はつぐみの背中を優しく、ポンっと叩いた。そして、振り向くつぐみに笑って見せた。いつもよりかは柔らかい笑顔で。
「さ、さよなら日菜先輩!ありがとうございます!」
そう言って、足を前へと振り出した。
「紗夜さん…紗夜さん…!」
点滅している信号を渡って、そのまま走る。上がる息が苦しくて、思わず足を止めたくなる。けれど、気持ちはそれを許そうとしない。
向かいから走ってくる人影が見えた。遠目からでも見覚えのある、愛おしい人影。
「つぐみさん!」
「紗夜さん…!」
二人は足を止めて、互いの眼前へと立った。つぐみが紗夜の顔を見上げる。
「つぐみさん、私も、会いたかったです」
その言葉につぐみはとうとう涙をこぼした。そうして、紗夜に抱き着いた。深々と、離さないように、離れないように。
そんなつぐみの背中に紗夜は手を回して、ポンポンと優しく叩いた。
「紗夜さん…紗夜さんっ!」
「はい、私はここにいますよ」
「私、一つ紗夜さんに謝らなくちゃいけないです…」
「えぇ、何かしら」
つぐみは紗夜の胸に顔を埋めていった。紗夜はつぐみを抱きしめながら頭を撫でた。その顔は優しくて、その声音からつぐみもそれを感じ取っていた。
「この前のライブの後、紗夜さんに告白した人を見ちゃって」
「ふふ、それで私の隣に居ていいのか不安になったのですか?」
「ええ!?なんで…」
「つぐみさんは、その、分かりやすいので」
紗夜は笑って言った。
「それでつぐみさん」
「はい…」
「私の隣はあなたしか有り得ない、そう思っています」
「たしかに貴女には未だ敬語で話してしまっていますし、色々と誤解させるようならことをしてしまっているかもしれません。この前のことに関しても申し訳ありませんでした」
紗夜が謝ることじゃない、つぐみはその旨を伝えようとすると、紗夜は人差し指を口の前で立てた。そして、微笑んでこう言った。
「けれど、私が貴女と二人きりの時につぐみさんと呼ぶには一つの理由があるんですよ?」
そういえば、とつぐみは気が付いた。大勢でいる時は決してつぐみさんと呼ぼうとはせずに、自身のことを羽沢さんと呼んでいたことだ。
しかし、理由までは分からなかった。
「私からの貴女への愛は、貴女しか知らなくていいのよ」
そう言って紗夜はつぐみの額にキスをした。
「紗夜ーー!!つぐみは!?」
遠くから今井リサの声が聞こえた。
「えぇ、羽沢さんならここにいますよ」
リサはそのまま走ってやってくる。その少し後ろから燐子やあこ、友希那が歩いてきた。
「良かった〜。はい、これ紗夜のギター」
「わざわざありがとうございます。今井さん」
「あと、氷川さん、その、これ」
追いついた燐子が紗夜のカバンを渡す。
「白金さんもありがとうございます」
「リサ、燐子、邪魔しちゃ悪いわ。帰りましょう」
友希那は落ち着いた声で言った。そうして、リサは紗夜に手を振って、燐子は会釈をした。
「紗夜さん!つぐちんもバイバーイ!」
あこはそう言って燐子とリサとで先に帰路に着いた。
友希那は残っていた。
「羽沢さん、うちの紗夜をこれからもよろしく頼むわ。どうやら貴女がいないとダメみたいで」
「湊さん!」
紗夜の顔が赤面する。
「ダメだったかしら?」
つぐみが口を開いた。
「友希那先輩!その、練習中に申し訳ありませんでした!」
「えぇ、それはもういいわ。紗夜の調子も今日は良くなかったの」
「それと紗夜、この埋め合わせはきちんとしてもらうわ」
「はい」
「じゃあ、さっきも言ったけれど、邪魔になりそうだから帰るわ」
そう言って後ろを向いてそのまま歩き出した。
「つぐみさん、私達も帰りましょう」
「はい」
そう言うと、紗夜はつぐみの手を繋ぎ、指を絡めた。つぐみは嬉しそうに紗夜の方を向く。
「紗夜さん、大好きですっ!」
「えぇ、私もよ」
つぐみが指を絡め返した。固く繋がれた手はもうしばらく離れそうにない。
街灯に照らし出された二つの影は、ピタリとくっ付いていた。
さよつぐはどうでしたか?僕はひたすらにこのCPが愛おしくてしょうがないです。このままもっとイチャイチャして欲しい…
そういうわけで、次はろくあすを書こうかなと思っています。
では次もよろしくお願いします。