私の妹が監察官なわけがない 作:たぷたぷ脂肪太郎
獣神将試作体ムラカミが、傷ついた体に鞭打って駆け出す。それでも人間より余程速く力強い動きで、鋭い拳打を目の前の獣神将へ繰り出そうとした。だが対峙しているのは正規獣神将のプルクシュタール。そう簡単に間合いは詰められない。例え彼が片腕だとしても、だ。
「むん!」
プルクシュタールが残った右腕を額のゾア・クリスタルにかざし、そのまま気合と共に腕を薙げばクリスタルからは多量の電撃を含むエネルギーが照射される。
「くそ…!やはり
ムラカミはステップを踏みながら必死に避けるが、お世辞にも華麗にとは言えない。試作体であるムラカミの体力はとうに限界を迎えていたし、最初にプルクシュタールの雷撃を一発貰った時点で瀕死と言える重傷状態なのだ。本来は立っているのが不思議なくらいだ。
接近戦を仕掛けたいムラカミと、本人の特性と現状…片腕という理由でも遠距離戦をしたいプルクシュタール。両者の戦いは平行線を辿り長期戦の模様を呈し始めていたが…もしムラカミに持久力があればそうなっていただろうが、いかんせんムラカミはダミー・クリスタルを埋め込まれているプロト・ゾアロード。獣神将の力が彼自身の肉体を蝕んでしまう体質で戦いが長引けば自滅するしかない。
(…プルクシュタールに致命傷を与え得る俺の技は切断波だけだ…しかし、後一発撃てるかどうか…もし撃つことができても、その後俺はとても戦えないだろうな…一撃で、確実に息の根を止めなくては…)
確実を期する為にも接近し、切断波を浴びせるしかない。でなければ、プルクシュタールは回避してしまうだろうし、バリヤーに防がれる可能性すらある。最初の奇襲では人間形態のプルクシュタールだからバリヤーを破れたのだ。獣神変した今のプルクシュタールのバリヤーは出力が違うだろう。
「…ふっ、焦っているな…マサキ・ムラカミ。戦ってみて分かったぞ。お前は長期戦に耐えられる肉体ではないようだな。状況は私に有利だ。このまま長引けば増援がくるのは私の方だろう…アヤツの卑劣な性格を鑑みれば危険を犯してお前を助けに来るとも思えぬ」
「ギュオーについてはその通りかもしれないな…だが!俺を舐めていると痛い目を見るぞ…!」
「そうだな…所詮試作体と舐めて私は片腕を失った。侮るなどとても出来ん。…だから、私は徹底的に貴様を近寄らせん!私の距離で
額からレーザーが、そして胸部クリスタルから収束した雷撃が交互に撃たれてはとてもムラカミは接近できない。それどころか徐々にムラカミの足は後退してしまっている。ビームと電撃の猛烈な弾幕に思わず距離を空けてしまっていた。
(ダメだ…!やはりプルクシュタールは強い!このままでは…)
攻めあぐねていたその時、風を切ってこちら方面へ高速で迫る物体を二人のゾアロードは感知する。その物体は激しいエナジーの奔流を纏い、放電するかのように攻撃的なエネルギーを周囲へ放出していた。
「む!?」
「あ、あれは!」
両者がそちらへ視線をやる。その影は猛烈な速度のまま二人の間を横切って背の低い丘陵の崖へと轟音を立ててめり込んだのだった。その影の正体…それは組み合う2体のゾアロードだ。ギュオーと李剡魋が満身の力を込めながら互いの掌を合わせてパワーで押し合っていた。
「ぐふふふっ!どうだリ・エンツィ!!肉弾戦に持ち込めば…貴様の厄介な空間切断は使えぬだろう!こうして組み合ってしまえばその腕の大剣も無用の長物!寧ろこの近距離では取り回し難かろう!!」
「く…!やはり、プロフェッサー・ヤマオカから獣神将の情報を聞いていたな!我ら獣神将の特性を…さすがにプロフェッサーは良く理解している!忌々しいが…優秀だな」
獣神将同士のパワーのせめぎ合いが力場を生み、溢れ出たエネルギーが二人の周囲に球形状のフィールドを形成していた。ゴリゴリと超高速で地形を削りながらギュオーと李剡魋は辺りの大地を虫食い状に荒らしていく。
「ぐ、く…っ!この、パワーは…!!」
「ふはははははっ!!最新型の俺に、旧式の貴様が力比べで勝てるものか!!貴様が恐ろしいのは防御不可能の空間切断のみ!それさえ封じれば…!!このギュオーが勝つ!!」
ギュオーの言う通りだった。李剡魋の顔が僅かに歪む。組み合った掌は僅かでも気を抜けば握り潰されそうな程で、実際、李剡魋の手は既に表皮が裂け…肉にギュオーの爪がめり込んで骨まで軋んでいる。筋増加率も骨格強度もエネルギー総量も…変換効率に至るまでギュオーが上を行っていた。そしてとうとう、李剡魋の肉体に限界が来てしまう。
「うぐ…っ!?」
「このまま…!!砕け散るがいい!!!!」
李剡魋の掌が砕け散り、その瞬間にギュオーの超重力が乗った拳が李剡魋の腹に叩き込まれる。ミシミシと李剡魋の肉体が悲鳴をあげて、
「っっ!!!」
マッハを超える速度で李剡魋は地面に叩きつけられた。
「李剡魋っ!!?」
ムラカミと対峙していたプルクシュタールの意識がそちらへ逸れる。攻めあぐね、隙を伺っていたムラカミがそれを見逃すはずはなかった。
「余所見をしている場合か!がら空きだぜ…プルクシュタール!」
「っ!?しまった…!」
手刀の出力を最大にしムラカミは駆け出した。超常の化け物同士の戦いは、一瞬の隙が致命傷を産む。このタイミングならばムラカミの手刀はプルクシュタールの首に叩き込まれる。それが二人には分かった。ムラカミは勝ちを確信し、プルクシュタールは己の死を予感した。
プルクシュタールの首筋に手刀が決まる…まさにその時だった。プルクシュタールを庇うように、咄嗟に躍り出てきた影がムラカミの手刀を白刃取りし、獣神将へ迫る凶刃を止めた。
「なっ!?」
「…!」
ムラカミもプルクシュタールも、その顔を驚愕に染めた。試作体とはいえゾアロードの一撃を止める。こんな真似はゾアノイドにすら出来ない。同じゾアロードだけだ。そして両者の知識に、ゾアロードに当てはまる眼前の超人は存在しない。だが、生体兵器のノウハウを持つのは地上にクロノスただ一つ。この者がクロノスに関係することだけは間違いないというのは共通の認識だった。
その超人は、見るからにプロテクターと思える有機的な外骨格に身を包み、額に鈍く光る金属球。額部から後頭部方向へ伸び反ったブレード角、瞳孔の無いモニターのような鋭い目、左頬に小さな金属球体が縦並びに2つ。右頬には呼吸器と思われるダクト状器官。肘部外骨格は刀剣のように鋭く変化していた。
「な、なんだお前は!!?新手の獣神将か!?しかし、お前のような奴の情報はどこにも…!」
(お、俺の腕が…動かない!何て力だ!!)
ムラカミを、そいつが表情の無い顔で見つめていた。闖入者の額の光輪がキィィンというつんざく金属音を響かせて輝き、右頬の呼吸ダクトがピストンし体内の余剰熱を排気する。機械的な瞳孔無き鋭い目がギラリと光った。
「ふふふ…買いかぶってくれるなよ。私は、唯の監察官さ…ミスタームラカミ!」
独特のエコー掛かった声がそう答え、白刃取りの形で受け止めていたムラカミの手刀へゼロ距離のプレッシャーカノンを炸裂させる。
「ぐわぁっ!?」
ムラカミの手刀が破裂し手首から先が消失する。そして間髪入れずに強烈な蹴りがムラカミの顎へと突き刺さり彼の脳を揺らしながら軽く数mふっ飛ばしてしまった。プルクシュタールは呆気にとられた顔で自分を庇った超人を見ていた。
「まさか…お前は、その声は…リスカー監察官!?」
吹き飛び、てっきり死んだものと思っていた部下の生存に喜び、そして喫驚する。聞き慣れた声の持ち主であり、背後の己に無防備を晒すその姿にプルクシュタールは味方であることを確信したのだった。
李剡魋との戦いに決着をつけようとしていたギュオー。彼は宙に浮かび地に叩きつけた李剡魋に特大の重力弾で止めを刺そうとチャージを行い今まさに撃ち出そうとしていた手を思わず止めて、突然現れた怪人に目を奪われていた。
「ま、まさか…!!」
ギュオーとそいつの目が合う。無機質で鋭い目が光り、額の金属球が怪しく輝いた。
「その額のメタル…!ガイバー!!!?ふ、はははははっ!!!失われてはいなかったか…!!」
「いいや、失われたさ。少なくとも貴様の手の中からは、な!ギュオー!!」
有機外殻をまとう怪人…ガイバーが超高速で駆け出す。地が砕け舞い、僅かながら衝撃波が発生する程の脚力と速度。
「は、疾い!」
ギュオーは即座に重力弾のターゲットを李剡魋からガイバーへと切り替え、そして地上へ発射した。地表を抉る大きな重力場が着弾地点周辺を破砕して飲み込むが、既にガイバーは重力場の射程内にはいない。ガイバーの腰部
「プルクシュタール閣下も、李閣下も…お前のような下賤な裏切り者にはやらせはせん!」
制動を無視した急停止から、即座にロケットのように天へ加速し跳ねる。自身を弾丸に見立て超高速でギュオーへ迫るガイバー。ギュオーへ迫りながら上半身をひねると、不安定さが全く無いブレのない姿勢でガイバーは肘部のブレード状装飾を伸長し展開。超振動の剣と化した肘部ブレードを、肘鉄を食らわすようにギュオーへ見舞った。一連の動きは流れるように鮮やかで淀みない。全ての速度がギュオーの予想を超えていた。
「なっ!なにぃ!?うおおおっ!!」
ギュオーが僅かに頭を反らす。
「ちっ…仕損じた…!」
ギュオーの首には薄っすらと切り裂かれた斬撃跡が刻まれ、たらりと血が数筋垂れる。ギュオーの双眸に怒りと、そして僅かな恐怖が揺らめいた。
「貴様…!調子に乗るなぁーーーッ!!」
左右の指にエネルギーを収束させ、マシンガンのように極小の
「この程度ならば!」
リスカーは重力制御球の出力を上昇させると同時にギュオーの重力弾の重力値、引力方向をセンサーメタルで即座に解析、自分を取り巻く重力を操作反転させて逆方向の引力壁を展開したのだった。ギュオーの指弾がガイバーの重力壁に当たった瞬間、指弾は煙のように散って消えた。
「ば、バカな…俺の重力指弾を…!!」
ギュオーが愕然としながら歯軋りをする。重力制御の限界値は〝最強の重力使い〟と謳われるギュオーが圧倒的に上だが、小手先の技程度ならば強殖装甲の重力操作で充分いなせる。が、それには殖装者の研鑽とセンスが必要だ。そしてリスカーにはそのセンスと、
「これが…ユニットの力ッ!!」
ギュオーは戦慄する。そして、同時にその心は歓喜に満ち溢れてもいた。
(素晴らしい力だ!!こやつ程度がユニットを纏ってこれ程の力を得る……ユニットの可能性は充分見せてもらった…!この俺がユニットを纏えば…まさに敵無し!!!神将メンバーも…そしてアルカンフェルでさえ俺の敵では無くなる…!!やはり俺の目に狂いはなかった!こいつが纏った無事に起動したユニットGが存在したのだ…他にもきっと無事なユニットがある。それは必ずこのギュオーが手に入れてみせる!)
「…だが、その前に!目障りな貴様を片付けてやろう!」
ユニットはきっとまだ無事でこの辺りに転がっている。ギュオーが安全に、そして丹念にユニット探索を行うには目の前のガイバーを迅速に排除し、そして手負いの獣神将2人を抹殺する必要があった。それは最新型であり最強の戦闘力を誇る自分でも困難だ……ギュオー自身そう思っていたが、それでもこのチャンスを逃すわけにはいかない。拳に重力波動を纏わせ、一気呵成に超高速でガイバーへと襲いかかる。
(この状況でまだ向かってくるだと…?なるほど…私をすぐに始末できれば、確かに残る敵はダメージを負い疲弊したゾアロード2人だ。可能性はある…あながち愚かと断じることは出来んが…私のユニットへの理解度を知らぬのが貴様の不幸だ、ギュオー)
リスカーには今のギュオーの動きがハッキリと見えていた。ギュオーとて李剡魋との戦いで既に消耗しているのだ。獣神将同士が戦って無事で済むわけがなかった。それに対してリスカーは強殖装甲システムによって先程の爆発で負った瀕死の傷は再生されて万全の状態であり、
向かってくるギュオーを見て、リスカーは即座に重力操作を切り替える。こちらへ突撃してくるギュオー目掛けて、瞬時にギュオー以上の速度でこちらからも突撃仕返すと、またも計算違いだったのだろう…ギュオーの目が驚愕に見開かれた。
「っっ!!!?がっ!!」
ギュオーの拳を潜り抜け、彼の分厚い筋肉で覆われた腹に深々とガイバーの拳がめり込み獣神将の体がくの字に曲がった。
「ギュオー
カッ、とガイバーの鋭い瞳が光ると、ギュオーの顎をガイバーの爪先が猛烈なスピードで蹴り上げた。
「おごっ!?」
ギュオーの視界が揺れる。ガイバーの蹴り抜いた脚が、最高到達点でピタリと止まるとそのまま彗星のような速さでギュオーの頭目掛けて蹴り降ろされた。
「っっっ!!!!」
踵がギュオーの頭にめり込む。言葉にならぬ悲鳴をあげて獣神将は音速を超える速度で地に叩きつけられたのだった。
(地上には負傷した閣下達がいる…。片肺のスマッシャーでいくしかないか…!)
リスカーが己の胸の肉を引きちぎるようにして胸部外殻を剥がすと、剥き出された胸部臓器はゼラチン質のエネルギー収束体。地上最強級の粒子加速砲であり、ビッグバンの縮小版とも例えられる規格外のパワーを秘めたガイバー最強の兵器だった。巻き添えを懸念したリスカーは、両胸に搭載されているメガ・スマッシャーの片方だけのチャージを完了させ、
「死ぬべき時ですよ…ギュオー閣下!」
そして放った。
「ぐ…っ!きさ、ま…!!獣神将を、舐めるな、よ…!!!」
だがギュオーもさすがにゾアロードだ。一瞬、リスカーの踵落としに意識を持っていかれたようだが地に叩きつけられながらも直様態勢を立て直すと、未だ揺れる視界でありながらバリヤーを全力で張り巡らす。
「ぐ、ぐぐ…ぐぐぐっ…!おの、れぇぇぇっ!!」
「…っ、さすがはゾアロード…片肺では仕留めきれんか!」
ギュオーのバリヤーフィールドがスマッシャーを辛うじて防ぐ。だが、その攻防の僅かな時間を稼げた時点で勝負は決していた。リスカーが両門のスマッシャーを使えなかった理由…プルクシュタールと李剡魋は、リスカーの意図を汲み取りすぐにその場を退避していたのだった。空中へ逃れた2人の獣神将が叫んだ。
「リスカー!全力で放て!我らも合わせて放つッ!!!」
プルクシュタールが残った腕を、暗雲目掛けて振り上げる。李剡魋も、額のゾア・クリスタルへとパワーを収束させ…
「裏切り者め!!灰になれ!!!」
プルクシュタールが腕を振り下ろすと、山を割れる程のエネルギーが込められた特大の雷が天より降り注いだ。
「プ、プルクシュタールっ!!お、おのれええええ!!!!」
叫ぶギュオーのバリヤーが激しく軋み、そして障壁が崩壊した。
「ぐわああああああっ!!!!」
全身が焼けゆくギュオー目掛けて、リスカーもメガ・スマッシャーを両門解放。そして李剡魋もフルパワーでクリスタルビームを撃つ。三者のエネルギーが絡み合い、全てを焼き尽くす光の渦となってギュオーを飲み込んでいった。
大爆発。
そして閃光が広がる。
衝撃波が周囲の木々を薙ぎ倒し、熱波が焼いていく。
それらが数秒にも渡って続いた後、無音の世界になったのかと思うほどの静寂が場を包んだ。とてつもないクレーターが形成されていて、そこにはギュオーもムラカミの姿も存在していなかった。
「………跡形もなく消し飛んだか」
荒野と化した戦場痕を見渡してプルクシュタールが呟く。リスカー、プルクシュタール、李剡魋の3人の超人らの目で見ても、自分達以外の生命は愚か動くものさえ一つしてない。
「だが、電離現象が著しい。我らの超感覚にも影響を及ぼしているのを感じる」
李剡魋が油断を見せずに周囲の気配を今も感じ取ろうと気を張ってそう言った。帯電し、そこら中でバチバチと放電しているのを見てリスカーも同意し頷く。
「ガイバーのセンサーメタルでも周囲数Kmには動体反応は見当たりません。ですが、念には念を入れ探索させた方が良いでしょう。ギュオーはゴキブリ以上にしつこい。生きていても私は驚きませんよ……それに、私の
2人の進言に、
「そうだな…そうしよう。………
プルクシュタールが目を閉じる。思念波で基地へと指令を飛ばしているのだろう。ややあって目を開けたプルクシュタールは、李剡魋とリスカーへ向き直り、僅かに疲労を見せながら微笑んだ。
「二人共…感謝に堪えぬよ。本当にありがとう。貴公らのどちらが欠けても私はギュオーとムラカミに敗れていただろう。まずは、我らの疲れと傷をゆっくり癒そうではないか。特に、リスカー…お前が、取り敢えずはユニットを一基でも確保してくれて安堵している。すまぬが、帰投し次第解析を行わせてくれ」
「無論です、閣下。私の疲労と傷は強殖細胞が癒やしてくれているので、お気になさらず。分析が終了すれば直ぐにでも現場に出られるコンディションですよ」
自らそう軽口を叩いてくれた
「お前ばかりに苦労をかける…いつか、お前に報いねばならんな。だが、今は頼まれてくれるか?万が一ギュオーが生きていれば、ゾアノイドだけでは支配思念で相手にならん」
ガイバー姿でリスカーは「お任せを」などと言って砕けた様子で敬礼をしてみせる。それを見るプルクシュタールと李剡魋の顔には〝頼れる奴だ〟という全幅の信頼の念が浮かんでいたのだった。