オリ主注意です。
満月が座るふたりを照らしている。視線の先には、絢爛と咲き誇る千年桜。
舞い散る花弁は薄闇の香(いろ)を纏っている。
「色は匂えど、散りぬるをか……」
ふと思い浮かんだ歌をなんの気なしに口ずさんでみる。
雪の季節は終わり、桜の季節も咲き誇ってしまえば、あとは散るのみだ。
誇らしげな桜の影に、既に衰退を感じてしまい、なんとも侘しい気持ちになる。
けれど、今だけは……今だけは、隣に彼女がいる。
それは奇跡と呼ぶべき逢瀬であった。
レティ・ホワイトロック。
冬の妖たる彼女は、格段に冷え込んだ今日だからこそ、辛うじてこの春山に降り立つことができたのだろう。
「あなたも物好きな人ね」
ガタガタ歯を鳴らしながら桜を眺める僕を、彼女が横目に見て笑う。
それを言うなら彼女だって……雪女がわざわざ春に出向いてくるのだ。物好きでなくてなんなのだ。
そう告げると、拗ねたような瞳で「あなたに逢いたかったの」と返してくる。
彼女の熱にあてられて、思わず僕の頬も紅潮してしまった。
ごまかすように盃を手に取り、酒をあおる。
食道を通り抜けた酒が、肺を熱気で満たし「げほんげほん」少し咽てしまった。
「大丈夫? あんまり強くないんだから、無理しないでね?」
そういう彼女は僕よりずっと酒に強い。
「僕も、君みたいに強ければよかったのに……」
妖怪は人より頑丈にできてるのよ、と彼女が寂しそうに笑う。
舞い散る花弁が、盃の中で溶ける。
薄紅色よりも、なお白い。
そうか、これは……雪だ。
どうりで寒いわけだ。
彼女という存在は、現象にも影響を与えてしまう。
「春にしては寒い」夜も、「寒い」夜に変わってしまったらしい。
同様に舞う雪に気づいた彼女がバツの悪そうな顔を見せた。
彼女の身体を引き寄せて、そんなこと気にしてないよ、と囁きかける。
柔らかくて温かな身体が欲望を刺激する。
優しく頬に手を添え、目をつむった彼女の柔らかい唇を味わう。
甘くて、苦い、酒の香り。
震える身体を気付かれないように抱きしめる、強く。
零れる涙を見られないように、もっと強く。
「痛い……よ」
ああ、どうして僕は人間なのだろう。
どうして彼女は妖怪なのだろう。
あの日……初めて彼女に会った日から、僕は格段に歳を重ねていた。
変わらない少女のままのレティ。僕たちの時間軸は、絶望的なまでに違っていた。
それだけではなく僕たちは、頻繁に会える間柄でもなかった。
「だって、真冬にあなたに逢ったら……きっと殺してしまうから……」
「それでも構わないと思っているよ」
「私が構うのよ。あなたには……幸せになってもらいたい」
「あと何度、君に会えるだろう。あと何度、君を抱けるだろう。
僕の幸せは、君の隣にしかないのに……」
泣き言を告げる僕の頭を、優しく彼女が撫でてくれている。
彼女の肩越しに見える、咲き誇る千年桜。
「約束を覚えてる……?」
「ええ、あなたの命が尽きるときには、私が連れて行ってあげる。雪女らしく……」
「ごめんね……。でもこれだけは譲れないんだ。
僕は死の瞬間まで君のものでありたい。君の中に、僕を刻み付けたい」
「いいわよ、それくらい」
再び口づける。
心の奥底まで冷えてしまうような悲しい味がした。
酔いもすでにどこかへ行ってしまったようだ。
――君の夢みし、酔いの中
歌の最後を口ずさみ、新たに液体を注ぎ込んだ盃を一口に飲み干す。
火照った身体の勢いに任せて、彼女を巻き込んで倒れ込む。
仰向けの空には満月と、雪と華の花弁が舞い散っていた。
いや、そんな風景が見えたのも一瞬で、僕と彼女は互いの存在を焼き付けるように貪りあう。