そんなお話。
どうしてそんな顔をしているの?
唐突にそう聞かれた時、返事に困った。
別に何か意図して表情を作っていた訳でもないし、強いていうなら僕は元々この顔なのである。それとも、バカにされているのか。
顔が気持ち悪いと。
「どうして……って?」
「なんだかとても寂しそうな顔をしているもの。せっかくのお休みなのに、笑顔でいられないなんて勿体ないわ!」
ハキハキとそう言うのは、長い金髪と同じ色の瞳をキラキラと輝かせる高校生くらいの女の子だ。
特に知り合いという訳ではない。相手が僕の事を知っている可能性はあるけれど。そこそこ、有名人ではあるから。
「疲れてるから……か───」
「あら? あのテレビに映っている人、あなたじゃないかしら?」
僕の振り絞った返事を完全にスルーして、彼女は商店街の家電屋さんに置いてあるテレビを指差す。
丁度時刻はお昼頃。テレビの画面には人気バラエティー番組が映し出されていた。
『ぐへへ! ずっと前から好きでした!』
『気持ち悪!』
そんな番組に映っているのは、今流行りの人気女性タレントに変顔をしながら近付く一人の男。
彼はその表情もさる事ながら言動も気持ち悪く、女性タレントは本気で気持ち悪そうな表情で男を拒絶する。
そんな反応に、会場は笑いの声で溢れた。
男は周りの人達にタコ殴りにされて、会場はさらに笑いの渦に巻き込まれる。
アレ、勿論加減してくれてはいるのだが痛い時は痛い。
『キモくてゴメンネー!』
そして男は、自身の代名詞とも言えるネタを披露して画面の隅に戻っていった。
一連の流れが終わり、バラエティー番組は話を続けていく。
そこで再び振り向いた少女は、とても不思議そうな表情で俺の顔を覗き込んでいた。
「うん、僕だよ」
何を隠そう、今番組に映っていた人物は僕なのである。
芸名。キモ崎キモ夫。
特にブレイク中という訳でもない、芸歴数年の若手芸人だ。
言動もさる事ながら、僕の顔は常人からすると見窄らしいらしい。さらに変顔等で気持ち悪い行動を繰り返し、それを叩かれて笑いに変えるという───所謂イジラレ系芸人である。
大体が僕の言動から入り、皆に叩かれた後『キモくてゴメンネー!』に対して謝る気がないだろと誰かに言われて叩かれるまでが一連の流れだ。
勿論そういう芸風だし、周りからの扱いに批判はない。
だけどやっぱり、どうしても考えてしまう。
これで良いのかなって。
「そうなのね! テレビに出られるなんてとっても素敵だわ。でも、どうしてかしら? 周りの人は笑っているのに、テレビの中のあなたも、今ここにいるあなたも笑顔じゃないの」
「変な顔って言いたいのか……」
言われ慣れている事だけど、どうも面と向かって言われると傷付いた。番組のネタでもないのに。
勿論、番組外───例えばSNSとかではよく言われている事だけども。
「変な顔? うーん、そうじゃなくて。そうじゃないの。どうして周りを笑顔に出来ているのに、あなたは笑顔にならないのかしら? それがとても不思議なの」
「どういう事……?」
少女が言っている意味が分からなくて、僕は苦笑いしながら首を横に傾ける。
何が不思議って、君の方がよっぽと不思議な女の子なんだけど。
「だって、周りの人を笑顔に出来るなんてとても素敵な事なのに。どうしてあなたは笑顔になれないのかしら?」
一瞬、横暴だなと思った。だけど、よくよく考えたら彼女の言っている事は正しい。
だって僕は、僕の事を見てくれる皆を笑顔にしたくて
たとえそれが顔を弄られてだとしても、誰かを笑顔に出来るならそれで良いと───
「それは……」
───だけど。
「僕は、笑ってるよ。……でも、僕の笑顔は気持ち悪いっていうか。笑ってても、笑ってるようには見えないんだ」
彼女にこの言葉の意味が伝わるか分からないけれど、僕は苦笑い気味にそう伝える。
僕はよく「笑顔も気持ち悪い」と言われるんだ。だから僕は、笑顔じゃない訳じゃ───
「あ、でも今少しだけ笑ったわ。満面の笑みじゃないけれど。なんだか寂しい感じね」
「僕が笑った……?」
いや、笑うくらい出来る。その笑顔が気持ち悪いって言われるだけで。
でも僕は、自分の笑顔を気持ち悪い以外の表現をした人には初めて会ったんだ。
それに僕は今、ただ苦笑いをしただけ。それがどうして、彼女はそんな事を言ったのだろう。
「あたし、あなたの満面の笑みが見たいわ! 面白い顔も良いけれど、やっぱりあなたが笑顔になれないのは寂しいと思うもの」
「満面の笑みって……。別に、これが僕の満面の笑みなんだけど」
そう言いながら、僕はいつも通りの顔を作った。
皆が気持ち悪いと言って笑う、僕の笑顔。変顔。
「面白い顔ね!」
しかし彼女はそう言って、ニコニコと笑う。
気持ち悪いじゃなくて、面白い……か。そんな事を言われたのは初めてかもしれない。
なんだかそれが面白くて、僕はくすりと息を吹き出した。
「あーーーっ、笑ったわ。今笑ったわよ!」
「え?」
突然大声を上げる少女に、僕は目を丸くして「笑った?」と聞き返す。
いや、笑ってはいると思うけど。どうも、彼女的には今さっきまで僕は笑ってなくて、今やっと笑ったらしいんだ。
本当によく分からない。
「その笑顔よ。とっても素敵だわ!」
彼女はそういうと、満面の笑みで僕の顔を覗き込む。
少し恥ずかしくなって目をそらすけど、彼女は「どうしてそっぽを向いてしまうの?」と態々僕の正面に回り込んだ。
「僕の笑顔は……皆、気持ち悪いって笑うんだ」
「気持ちが悪いのなら病院に行った方が良いわね! でも気持ちが悪いのにどうして笑うのかしら? 不思議だわ」
ポカーンと頭の中のネジが外れる音がする。
この子は一体何を言っているんだ。
「君は僕の顔が気持ち悪くないの?」
「面白いわ! だって、だから皆笑っているんでしょう?」
再びテレビを指差して、彼女は笑顔でそう言う。
テレビの画面には僕の顔を見て笑っている人達が映っていた。そうか、多分僕は───
「それはそうとあなたの笑顔は素敵よ。もっと見せて欲しいわ! どうしたら笑顔になってくれるのかしら?」
「……っ、あっはは。あはは。おかしな事を言う子だなぁ」
もうよく分からなくなって、僕は腹を抱えて思いっきり笑う。
そうすると、彼女は目をキラキラさせて僕の事を見た。
素敵な笑顔ねと僕の顔を見て笑う彼女の笑みは、とても輝いて見える。
───多分僕は、笑っていなかったんだ。
芸能界でそういう芸を続けているうちに、本当の笑顔を忘れてしまっていたんだと思う。
流されるままに変顔をして、それを笑顔だと偽って、いつの日か本当に笑う事が出来なくなってしまった。
それに気が付けたところで僕の芸風は変わらない。でも、僕の笑顔を素敵だと言ってくれる人に会えた事が今は何よりも嬉しく思う。
「あっはは、ありがとう。僕はこれからも頑張るよ」
「どうしてお礼を言われたのか分からないけれど、あたしも面白い事を思い付いたの! あなたみたいに変な顔をしたらもっと色々な人を笑顔に出来る気がするわ!」
いや、年頃の女の子がそれは辞めた方が良い気がするけれど。
「こちらこそありがとう! あなたの笑顔、とっても素敵だったわ!」
なんて事を伝えようとしたのだけど、彼女は思い出したように駆け出して行ってしまった。
「それと、その笑顔を忘れないで。あなたの顔はとっても面白いけど、笑顔の方が素敵よ!」
なんだか流星のような女の子だったなぁ、と過ぎてしまうとどこか他人事のような一瞬の出来事。
だけど、その日出会いと話は僕にとってかけがえのない物になったと思う。
◆ ◆ ◆
翌日、とあるバラエティー番組の収録。
有難い話で、今回も僕はネタをやらせて貰える予定だ。
「では今回のゲストを紹介します。このガールズバンド時代の流行に乗る新生アイドルバンド!! Pastel*Palettesの皆さんです!!」
最近流行りのアイドルバンドの女の子に詰め寄って、いつも通りのネタをやる。
昨日まで、僕は心の何処かでこのネタが嫌になっていた。
顔を弄られて笑いを取るのが僕の仕事。お笑い芸人は、見てくれる人を笑顔にする。それが仕事だ。
だけど、いつしか僕には観客や周りの人の笑顔が見えなくなっていたんだと思う。
ただ弄られているのが、嫌になって。僕の仕事を忘れていた。
これで良いんだ。これこそが、僕の芸風なんだ。これで良いんだ。
あの子みたいに皆が笑ってくれれば、それで───
──あなたの顔は面白いけど、笑顔の方が素敵よ! ──
───そんな事言ったって、僕の笑顔じゃ誰も笑顔には出来ない。
「どうもこんにちはー! まんまるお山に彩りを。Pastel*Palettesボーカル担当、丸山彩でーしゅ───す!!」
「あー、彩ちゃん噛んだのを誤魔化したー!」
「い、言わないでよ〜」
会場に件のアイドルバンドのメンバーが入場して自己紹介に入る。
今ボーカル担当の女の子を弄ったのに僕が詰め寄るのが台本のシナリオだ。
あの娘、今見ている通りかなりズバッと物を言う態度だから僕の芸風を生かすのに丁度いいらしい。
「ぐへへ、ずっと前から好きでした!」
自己紹介が終わったところで、僕は変顔を作って彼女に詰め寄る。
会場は大ブーイング。ボーカルの娘の表情は青ざめてるし、ベース担当の金髪の女の子はゴキブリを見るような目で僕を見ていた。
でもこれで皆を笑顔に出来る筈。
──その笑顔を忘れないで──
そんな事言ったって───
「あっはは、おもしろーい。麻弥ちゃんみたーい」
───唐突に笑う目の前の女の子。
その反応に、会場は一瞬時間が止まったかのように静かになる。
「ひ、日菜ちゃん。台本と違うわよ」
「えー、だって面白かったんだもーん。ねーねー、もう一回やってよ!」
面白かった。
僕の顔が。気持ち悪いじゃなくて……?
「僕の顔を……面白いって、笑ってくれるのか」
ふと、この業界に入った時の事を思い出す。
最初は皆僕の変顔を見て面白いと言って笑ってくれた。それがいつか、気持ち悪いに変わっていって───
「だって変なんだもん。あっはは、面白ーい!」
───いつか、笑顔を忘れてしまったんだと思う。
そうか。やっと分かった。
──それと、その笑顔を忘れないで。あなたの顔はとっても面白いけど、笑顔の方が素敵よ!──
あの娘の言っていた言葉の本当の意味。そう、僕の顔は面白い。気持ち悪いんじゃない。僕の変顔は、皆を笑顔に出来る。
「あっはは、あはは」
それが分かった瞬間、僕はおかしくなって撮影中なのに笑ってしまった。
いけないとは分かっているのに、どうしても笑ってしまう。
「ステキな笑顔です!」
Pastel*Palettesのメンバーの一人がそう言った。
「そうですね。ジブンもとても爽やかな笑顔だと思います」
「さっきまでズギュギューって感じの顔だったのに、突然シャシャーって顔になってるー! 凄ーい!」
そんな言葉を聞いて、僕は大人気なく泣いてしまう。
勿論、撮影はカット。やり直し。僕はプロデューサーの人達に怒られた。
台本通りの撮影をこなすPastel*Palettesのメンバーに、僕はいつも通りのネタをやる。
「キモくてごめんねー!」
しかしどうも、Pastel*Palettesの───特に氷川日菜という娘は台本に対して不満げな様子だった。
だけど、これが芸能界ってものだし。我慢して貰おう。
僕の考えや他の誰かの考えはともかく、人の扱いというのはそうそう変わるものじゃないの───
───だと、僕はそう思っていた。
『この前共演したキモ崎さんって人、笑顔がシャラシャラでとってもるんって来たんだよねー! でもその人の変顔すっごく面白いんだー!」
別の日撮影の、別の番組のトークにて。
Pastel*Palettesギター担当氷川日菜のその発言で、僕はキモキャラのイメージから爽やかな笑顔から繰り出す変顔が面白いというイメージが上乗せされ、新しい芸風を確立したのはまた別のお話である。
拝啓。いつか出会った金髪の少女へ。
君の言葉のおかげで僕は笑顔になる事が出来ました。
そしてその言葉の意味が分かって、今の芸風を手に入れる事が出来たんだと思う。
願わくば、また僕の笑顔を見て欲しい。そして、僕の顔を見て笑って欲しい。
いつかの商店街に通い詰めてはいるけれど、中々彼女に会えないのが今の僕の最大の悩み───
「どうしてそんな顔をしているの?」
唐突にそう聞かれた時、返事に困った。
聞き間違える訳がないだろう。僕に、笑顔を取り戻してくれた人の声を。
「君に、僕の笑顔を見て欲しかったから」
「あら。ふふ、あっはは、とっても面白い顔だわ!」
君のおかげで、笑顔になれた。笑顔にさせられた。
おわり。
こういう芸風が嫌いなので書きました。人の不幸を笑う番組が増えて最近マジでテレビがつまらない。
バンドリじゃなくて良い?ごもっともでした!
バンドリの恋愛作品待ちの方はごめんなさい……。誠意創作中です……。
読了ありがとうございます。