——舞台は数分前に遡る。
風影扮する大蛇丸によって囚われに身となった火影、ヒルゼンはいつ殺されてもおかしくない状況であるにも関わらず毅然とした態度で逆に大蛇丸を叱り飛ばしてみせた。
「いずれはこうなることはわかっておったぞ。大蛇丸!」
「フフフッ!お久しぶり、猿飛先生」
声音を戻しバッと顔の皮をはぎ取り大蛇丸は素顔を曝け出した。どこか悪戯が成功した様に楽しそうにする一方、ヒルゼンは怒気を膨れ上がらせた。
「……貴様、そこまでしてワシの首を」
「それもありますよ。ここがアンタの死に場所だ。それに何より貴方の首を欲しがっている友人がいましてね。その子の為にも人肌脱ぎたいんですよ………。あの子を暗闇に突き落とした報いを受けて下さい」
「なんだと!?お前に友人がいるなど片腹痛くなるわい」
ヒルゼンは顔を歪ませて笑ってやった。それも予想の範疇だったのか、大して気にした素振りもみせず大蛇丸は同意して頷いてさえした。
「でしょうねぇ。ええ、私もこの人生でまさかそのような存在に巡り合うなど考えもしませんでしたよ。でも彼女は愚か者とは違うわ。私の考えに唯一賛同してくれる素敵な子。そんなあの子が貴方を心底憎んでいるのだから。手を貸さないわけにはいかないでしょう?」
その話の内容ですぐにその友人がヒカリであることを悟ったヒルゼンは唾を飛ばして言い返した。
「うちはヒカリか。友人などと、嘘をつくな。所詮お前にとってあの子は実験動物の一種としてしか見ておらんのだろう。グッ!」
だがヒルゼンの首を絞める腕に力が籠められ喋ることを封じられる。このまま首をへし折られるのではないかというくらいに締め上げられる力はその細腕からは到底信じられない力だった。静かな怒り。そう、大蛇丸は怒っていた。
ヒカリを実験動物とみているとのヒルゼンの嘲りに。
「耄碌爺の戯言と流してあげますよ。今のは。……次は、ないわ」
本気の脅しにヒルゼンは悟った。
大蛇丸が自分の発言に怒りを感じているという事実に。本当にうちはヒカリを友人として受け入れているらしい。
ではヒカリが大蛇丸と内通していたという事実は、大蛇丸の部下になったわけではなく交流という名目だったのかと驚かずにはいられなかった。
それから二人はお互いの忍命を懸けて戦うことになった。
大蛇丸は穢土転生でちゃっちゃと殺してしまうつもりだった。だが愚かにもヒルゼンは大蛇丸の琴線に触れた。
ヒカリを実験動物として見た事など彼は一度足りとてなかった。むしろ、木の葉から救い出そうと何度手を打ったことか。あの幼い出会いの頃より、幾度となくヒカリへ誘いをかけた。共に来いと。だがヒカリはイタチの傍を離れる気はないと一度断り、うちは惨殺事件のすぐ後、ヒカリに再度里を離れるよう鳥を飛ばして届いた返事がサスケがまだ幼いからだと断られ次に断ったら本人の意思関係なく攫うつもりだったが、ようやくヒカリが誘いを了承した。それならば前から計画していた木の葉崩しと共に復讐を果たしてやろうという流れとなった。この日の為に色々と手を回し作り上げた舞台。
不死に理解を示し、ヒカリ自身がある意味大蛇丸が欲する不死の真理に最も近しい者。神々からの呪いで転生という形で生死を繰り返す。それはもう不死と言えるのではないか。
その類まれなる能力と天賦の才、そして人を引き付けるヒカリ自身を失いたくないからこそ、無茶をしてまでヒカリを一度、里からこっそりと抜けさせ口寄せの術を学ばせた。自分と同じ忍蛇を契約させたのも独占力の現れでもあり、大蛇丸の弟子としての証でもあった。
理解ある友人でもあり、最高の弟子でもあるうちはヒカリを自分の私利私欲の為に潰す男ではない。意外にも自分の懐へ招いた者は庇護を与える男なのだ。実際カブトにも貢献してくれる分だけ信頼を寄せている。
だからこそ、自分の実力だけで殺そうと決めたのだ。
「私もあまり『時間』がないもので、死んでください。先生」
そう言って大蛇丸は大口を開けて草薙の一太刀をずるりと吐き出した。大蛇丸の本気を知り、ヒルゼンも素早く印を結ぶ。
「口寄せの術!」
ボン!と現れたのは久しぶりの顔ぶれとなる猿猴王・猿魔。
「久しぶりだのう、ヒルゼン。あの時逃がした獲物がさらにデカくなりやがったな」
過去、大蛇丸を逃がしてしまった失態を皮肉られ、やや苛立ち気にヒルゼンは言い放った。
「一言余計じゃ。猿魔!金剛如意となれ」
「分かった!次でけりつけろよ」
叱咤激励を飛ばし猿魔は姿を変化させた。
『金剛如意』
ヒルゼン専用の武器であり、老体には荷が重すぎる大きさを持つ如意棒だった。ズシリと加わる重さを歯を食いしばって持ち上げつつ、ヒルゼンは心の片隅でもしかしたら、あの禁術を使わねば勝てないかもしれんと考えていた。
勝負の行く末に不安を抱いている内情を看破するように大蛇丸はニヤリと余裕そうに口角を上げた。
「では先生。始めましょうか」
「猿飛ヒルゼン、参る!」
師匠と弟子の譲り合えぬ戦いの幕が切って落とされた。
火影殺害の瞬間を多数の目撃者がいた。
月光ハヤテもその多数の忍の内の一人だった。
未だかつであれほどの衝撃を受けた事はなく、同じ世代の者は皆そうだろう。ハヤテはいつもの青白い顔をさらに真っ青にさせて視線を釘付けにされる。とある者に。最後の瞬間まで。
「当着~!」
おどけた言い方をしてふわりと屋根の上に降り立ち場を乱すのは一人の少女だった。自分よりも一回りも年下のはずの少女は周囲に存在感を知らしめこの騒然とした場にあっという間に君臨し、なおかつその類まれなる力で蹂躙したのだ。
「フフフ、結界かぁ……どうしようかな?」
独特な模様の万華鏡写輪眼を発動させた状態で妖艶に微笑み、蝶の刺繍が施された他の里の衣服を身に包んでいた。ゆっくりと手を動かし、指先で四角を作り上げ片目を瞑り、んーと標的を見定める先は、四紫炎陣の向こう側に囚われた火影、ヒルゼンと大蛇丸の姿がある。
二人はまだヒカリの存在に気が付いておらず強固な結界の中で互いの因縁の戦いに集中していた。
そんな二人をじっくりと観察しつつ、赤い唇をぺろりと一舐めし、ヒカリは獲物を見定めた。他の忍から視線を集めている事など一切気にする素振りも見せず、そのまま戦いの場へ一気に突っ込むつもりだった。だがそれを邪魔するようにある男の声が会場に響く。
「ヒカリ!?なんでここに!」
ヒカリはちらりと興味無さそうに一瞥した。
顔なじみであるカカシがヒカリの元へ跳んで行こうとするが、砂の忍に阻まれ思うように動けず歯がゆい思いを強いられ苦渋に顔を染める。
だがヒカリはウザったそうに目を細めるだけで言葉を返すことはなかった。今のヒカリにとってカカシは眼中にあらず。
目下、ヒカリが心躍らせる人物は一人だけ。
火影、猿飛ヒルゼン。
ヒカリはすぐに外野の事など無視して唐突に親指を噛み切った。屋根に片膝ついてしゃがみ込み術を組み立てる。
「いいや、ちゃっちゃと済ませよう。……口寄せの術!」
力ある言葉に導かれてヒカリのすぐ背後に他の忍びらが息を呑むほど会場を遥かに凌駕する巨大な白蛇が姿を現したのだ。ヒカリが契約する兄蛇、マンダの弟イオウである。普段のイオウならばヒカリの召喚に喜んで力を貸すだろうが今は状況が異なるようだ。なんせイオウが知るうちはヒカリではないからだ。見た目は瓜二つでもイオウが慕いパートナーとして選んだヒカリは自ら血に濡れることを喜びはしない。
イオウは憮然とした面持ちで問いかける。
「……我を呼んだか」
対してヒカリはイオウと視線を交わそうともせず、結界の方を指さしてぶっきらぼうに命令をした。
「あれさ、あの結界マジで目障りだから体当たりして揺らがして」
イオウは内心イラッと来ただろう。だが顔に出すことはせず、これはヒカリ、まだヒカリだと己を納得させつつ、苛立ちを無理やり抑えて不承不承に頷いた。
「……承知……」
ズゥゥンとイオウの胴体が振り子のように大きく横に揺れて勢いよく結界へ体当たりをした。
ドスゥン!!
イオウの動きに観客席など会場の一部が巻き込まれ建物がガラガラと音を立てて盛大に崩れてしまう。その崩壊に忍同士の戦いも中断され皆逃げることに必死になった。
「ウワァァアア!!」
「逃げろ逃げろ!!」
敵味方関係なく蜘蛛の子散らすように逃げ惑う様は見ていて滑稽だわとヒカリはせせ笑った。
「ハハハ!これじゃあせっかくの木の葉崩しも無駄に終わっちゃうわね……だったら、私だけでも成功させてあげなくちゃ」
ニヤリと笑い、一気に屋根の上を走って結界に向かって屋根を蹴り天高く跳躍する。
イオウの体当たりにより、大蛇丸の部下によってつくられた結界を結ぶつなぎ目が本のほんの少しズレた事をしっかりとヒカリにしか見えない目で確認し、足先にチャクラを宿して全力で蹴りを叩き込む。
「ハァァアア!!」
ガギィィン!!キィィン!!
その蹴りは一度で止まらず何度も体勢を変えて必ず同じ場所へ強烈な蹴りを叩き込む。
何度も何度も繰り返すことで結界に僅かな隙間を作り上げようとしているのだ。
まるでカカシオリジナルの千鳥の蹴りverである。ヒカリ自身はカカシの千鳥を数回ぐらいしか目にしていない。それだというのにいとも簡単に再現しつつ自分なりに改良を加えて自分自身に負荷が掛からないように制御しているところが流石うちはの血筋と称えるしかない。威力はオリジナルよりは劣るが使える数に制限がない、もしくは身体に影響がそれほどない様子。
ヒカリの思惑通り、攻撃を重ねた箇所から僅かばかりの罅が入り、すかさずヒカリが「やれイオウ!」と命令を出し、仕方ないとイオウがその命に従い連携プレイで結界へその巨体でタックルをかました。
「なんだと!?」
「まさか四紫炎陣が突破されるなんて!」
パリーンと結界は霧散するように破かれてしまう。防御態勢を取る四人は中の結界も解いてしまうことになった。
ヒカリはこれぞ好機と喜び獲物(ヒルゼン)目がけて飛び込んだ。
風が強く吹き抜ける。
さらなる嵐の前触れを予兆するように襲撃により甚大な被害を被った里から天へと立ち上る黒煙を背後にしてヒルゼンは立ち尽くす。先ほどまで高ぶっていた炎はくすぶりをみせ、金剛如意を手から離し戦意を根こそぎ奪い取られていく。
それどころか目の前の人物に背筋が凍っていた。
「……ヒカリ……」
ヒルゼンが知る少女はそんな『歪に笑ったりしない』。
もっと素直に喜怒哀楽を表現し、時々自分を憎々し気に睨むのだ。過去を振り返ってはぶつけることのできない感情をうまく昇華しようとした結果なのだろヒルゼンは受け止めている。だがその少女の面影は残されていない。
「……ヒカリ、じゃろ?」
つい尋ねてみるほどにうちはヒカリは様変わりしてしまった。雰囲気も表情も視線も何もかも。
いつか、いつか自分がした報いを受ける日が来ると覚悟を決めていた。だがそれがこんな形で果たされようなどと望んではいない。ヒルゼンは望んではいないのだ。
うちはヒカリが、ヒカリでない状態で自分に止めを刺すなど。
万華鏡写輪眼の発現者として木の葉の為にその力利用しようとダンゾウが提案した暗部への派遣は予想以上にヒカリを追い詰めたことだろう。まだ幼かったサスケを守ろうと提示した条件を全てのんだ時齢11歳になったばかりの少女にどれだけ過酷な道だったことか。
……イタチが二人を守る為に全ての罪を背負って里を出ていった理由をヒカリは知らない。ヒカリはイタチの陰を求め、イタチは愛する二人の為にうちはを殺したようなもの。
特にヒカリに関してタンゾウの執着は並々ならぬものがあった。幼少時から目をつけていたのだろう。アレは手を掛ければ必ず大物になると豪語していたくらいにヒカリに注目していた。さぞ、自分の手元に置けて満足かと思えばそうでもない。自らが接触することはなく、傍観に徹していたかと思えば、思いがけない所で口を挟んでくる。
再不斬とハクの件もそうだ。本来ならば処罰の対象になるところを任務の数を倍に増やすという条件で受け入れてもいいのではないかと助言してくるものだからヒルゼンは当然訝しんだ。誰よりも里を愛し、里や忍の未来の為に誰の犠牲を厭わない男が里に危険分子を入り込ませ、なおかつ反乱の兆しさえ見せたヒカリを擁護するなど。
必ず、タンゾウが動く時がくる。ヒルゼンは目を光らせるようにヒカリを自分の傍に仕えさせた。時に無理難題与えて癇癪を受けようとも。それがヒカリを守ることに繋がるならクソ爺と文句ぶつけられようが構わなかった。
うちはヒカリ。
不思議な少女だ。
誰もが手を差し伸べず一人きりだったナルトを救い出し、あの大蛇丸に友人と言わしめ、イタチから確かな愛情をもらい、再不斬ならびにハクを里に連れ込む。
タンゾウから歪んだの執着心を持たれ、それぞれに複雑な事情を抱える忍との交流関係を築きあげ木の葉の忍であることを毛嫌いする。
全て、一言で表現するなら愛という関係で繋がっている。
愛情深いうちはならではの業か。それとも血がそうさせるのか。だが今のヒカリは以前のヒカリではない。
普段のヒカリが陰ならあのヒカリは陽。抑圧された感情をそのまま曝け出し欲望のまま殺戮を快楽と楽しむ狂気を宿している。
「お邪魔しまーす。私も混ぜてよ、殺し合い。ね?」
「……なんということじゃ……」
大蛇丸はヒルゼンと対峙しながらも草薙の一太刀をそっと下ろした。まるで戦意喪失したように。焦りを含んだ声で呟いた。
「人格汚染が始まった様ね」
その呟きをヒルゼンは聞き逃さなかった。息を吐くように激高する。
「大蛇丸!貴様ヒカリがこうなることを見越していたのか!?だから呪印を授けたのか?答えよ!」
「五月蠅いわね。元々ヒカリから望んだことよ。先生にとやかく言われる筋合いはないわ。———悪いけど爺の相手をしてる暇は無くなった。死んでもらう予定だったけどその時間を惜しむほど私はヒカリが大事なのよ」
大蛇丸は苛立ちを隠そうともせず、まくし立てるように言い返しヒルゼンに背を向けヒカリに向かって歩いていく。
もはや、戦う気はないとその背中は語る。ここまで追い込んでおいてあっさりと放棄するほど、ヒカリを大切にしている事実にヒルゼンは言葉を失った。
(………やはり、ヒカリから影響を受けて変わったのはお前だけではなかったのか)
火影でありながらいつか贖罪のチャンスが巡ってくることを密かに願っていたヒルゼン。今がそうであったならばどれだけ良かったことか。自分だけの犠牲一つでヒカリが満足するなら喜んで差し出すだろう。
ヒルゼンが知る、ヒカリならばの話だ。
今のうちはヒカリは狂っている。呪印の影響によりまともな思考も働かないようでは復讐の本懐を遂げる意味さえも理解しないだろう。
ならばヒルゼンがやることは一つしかない。
戦うのだ。再び金剛如意を背負いチャクラ尽きようとも、忍としての矜持よりも木の葉の民を守る為。———家族を守るために、ヒルゼンは再び足腰に力を込めて金剛如意を構えた。
「ヒカリ、もう用事はおしまい。一緒に行きましよう」
大蛇丸の手をヒカリはじっと見つめしばらく間を開けてからパシンッと手で叩き突っぱねた。
「いや!私が殺すのよ、だってほら!向こうが殺る気になってるわ。大蛇丸は十分楽しんだはずよ。私だって戦いたい」
子供のように無邪気に振舞ってヒカリはヒルゼン目がけて大蛇丸の脇をすり抜けて腰を低くして走り出した。
「ヒカリ!」
大蛇丸がすぐにその背を追い、印を唱えだす。ヒカリの行動を阻止しようと動き出したのだ。だが果たして間に合うかどうか。
大蛇丸の術をかいくぐるようにヒカリは素早い動きで火影へ突き進む前へ木の葉の忍達が火影の前へ身を挺して守ろうと立ちはだかった。
「火影様!」
「お逃げくださいっ」
「うちはの裏切り者が!」
忍三人がヒカリを打倒そうと印を組みだす。だがヒカリは余裕そうに「馬鹿だね」と呟いた。火影はヒカリが何かを仕掛けてくることに気づき、息を呑んだ。
「あの目は…!?」
ヒカリの両目に宿る万華鏡写輪眼の模様がぐるりと動き出す。
「喰らってよ!」
途端に黒く禍々しい炎が忍達の体を覆いつくす。
「ギャァァアア!!」
「ひ、火がぁぁあああ」
「ウワァァアアアア!!」
悶え苦しむ忍達は火だるまとなって火影の前でそれぞれ必死に黒炎から逃れようとのたうち回る。だがこの天照は対象者だけを狙う確実に逃れられない瞳術。
万華鏡写輪眼発眼者のみ使用でき普通ならばコントロールが難しく連発できないがヒカリの場合は、特別製の万華鏡写輪眼なので後に代償として起こる痛みを我慢し続ければ半永久的に使用可能となる。
圧倒的な力の前に木の葉の忍達は戦々恐々とし、誰もがヒカリを止められないと絶望した。いや、地に足を縫い付けられたがごとく体さえ動かすことも不可能だった。
この場を確実に支配しているのは、大蛇丸ではない。
まだまだ小娘と侮られる一人の少女、うちはヒカリだ。
デモンストレーションは終わったと言わんばかりにヒカリは硬直してい動けない火影へ視線をやった。
にっこりと微笑みながらヒカリは火影へ死刑宣告を言い放つ。
「死んじゃえよ、火影」
「っ!」
これが最後かとヒルゼンは覚悟を決め身を竦ませた。
ついに天照が発動しようしたその時、ヒカリは眩暈のような症状に襲われ頭を片手で抑えた。
「……なに、これ………頭の中が、かき乱される……!?」
ふらりと体をぐらつかせたたらを踏んで踏ん張るも、その表情は先ほどまで余裕そうだったのが嘘のように青ざめていく。
「誰、だれだ!?」
腕を振り回して追い払おうとする仕草をし、ついには
「邪魔、するなぁ!う、ぐぁぁあああああ―――!!」
四つ這いになり頭を抱え込んで呻き出した。まるで何かから必死に抗って見せるようだと命の危機に瀕しながらもヒルゼンはそう感じた。
フーフーと荒い息を繰り返しながらヒカリはゆっくりと顔を上げる。驚いたことにヒカリの瞳は万華鏡写輪眼から通常の状態へ戻っており、その口から漏れる息は途切れ途切れで苦しそうだった。だが先ほどまでの狂人の雰囲気が消えていた。
「……かん、たんにころされて、たまるか!アンタにふ、くしゅうをはたすのは、……わたしなんだっ!クソジジィ」
常々悪態づく際、ヒカリはヒルゼンをくそ爺と呼んでいたことを知っている。まさにそのクソジジィだった。
確かな怒りが宿っている。その瞳はヒルゼンが知るヒカリのもの。
ヒカリは苦しみに耐えながらゆっくりと印を組んでいく。その印はヒルゼンも大蛇丸も知らないものだった。ただ高度な術であることは間違いない。
印を結びあげながらヒルゼンだけに視線を向けておぼつかない足取りで歩き出す。
術が完成しヒカリの右手に光り輝く剣が現れた。強く剣の柄を握りしめ、ゆっくりとした歩みがタッタと小走りになりヒルゼンへぶつかる勢いに変わる。
「ヒルゼン……!」
ヒルゼンはついにこの瞬間が来たとゆっくりと呼吸をし両腕を大きく広げてヒカリを迎えた。
自分を殺しに来るであろう少女を抱きしめる為に。
「今その報いを受けろ!」
ヒカリは光る剣をヒルゼンの腹に突き立てた。
どすっ、と刃がヒルゼンの体にめり込んでいく。ヒルゼンは痛みに顔を歪めるがヒカリを優しく包み込むように抱きしめた。そしてヒカリの頭を優しく撫で耳元で囁いた。
今までの負担が少しでも解消されるように。ヒカリの幸せを願って。
「………ヒカリ、すまんかったのぅ」
「……今更、今更そんなこというな!アンタは卑怯だ…!最後まで……私はもう、木の葉にはいられないっ!木の葉の忍じゃない」
憎しみに表情を歪ませていたヒカリの目元は涙をため込んでいた。顔を横に振って声を張り上げて叫ぶ。
様々な感情が沸き上がって来たのだろう。その中で少しでもヒルゼンとの過ごした時を偲んでくれるなら命を張った甲斐があるというもの。
それはヒルゼンはヒカリを木の葉に留めようとは考えていない。むしろ、その背中を押した。
「好きに生きよ」
「!?な、んで」
ヒルゼンの言葉が信じられずヒカリは驚いてすぐ近くにある顔を見上げる。ヒルゼンの眼差しはまるで慈しむように慈愛に満ちていた。羽ばたこうとする孫を見守る祖父そのもの。
「それがヒカリの選択なんじゃろう?」
「………そうだ、これが私の、うちはヒカリが選んだ道だっ!」
「なら自分が想う道を行け。今まで面倒掛けた分、ワシがお主の苦しみを背負って逝こう……だから」
だから里の者を恨まないで欲しいと乞われる。
だが簡単にそうですねと頷けるほどヒカリが受けた心の傷は浅くはない。
「………簡単に逝けたら、な」
グリッと剣に力を込めるとヒルゼンはうめき声を上げた。
「グフッ!」
ヒルゼンの体が重心を保てずヒカリに寄りかかるように倒れた。ヒカリは煩わしいと言わんばかりにヒルゼンの体を押しのけて屋根に転がした。
「火影様ぁ!?」
「まさ、か」
一部始終を見ていることしかできなかったカカシ達も呆然と戦意を削がれ立ち尽くす。砂の忍達も同様に。
ヒカリは前髪を大きく手で掻き揚げまた万華鏡写輪眼を発動させてニヤリと口角を上げた。
「ハハハハッ!死んだ死んだぁ!火影サマははシンダァア――――」
また人格が入れ替わったのだ。
大蛇丸がこれ以上はマズいと判断し、ヒカリの傍へ走る。その際部下の名を呼びつけた。
「カブト!」
「はいっ!」
大蛇丸が言わんとする指示をすぐに理解し、カブトが火影の遺体に近づき己の背に軽々と背負った。
「悪いわね、ヒカリ」
「クッ!?」
対して大蛇丸も素早く防御の態勢を取ろうとするヒカリの腹に拳を打ち込み気絶させ軽々と抱き上げた。そしてイオウへ合図を送る。
「イオウ!」
心得たと言わんばかりにイオウは応えた。
「動くでないぞ」
イオウが大口を開けて勢いよく二人をガバッと飲み込んだ。息を呑む一同にイオウはゴクリと飲み込んだ振りをして
「ではな、愚かな里の忍達よ」
と別れを告げボフンと大きな煙を巻いて消え去り、カブトは皆がイオウに気を取られている隙に煙幕を張りその場から逃走を計った。しっかりと火影の遺体を担いで消えた。
「すぐに追いかけろ!!」
怒号が飛び交う中、カカシは目の前が真っ暗になり思考が追い付かず、ガイに揺さぶられても反応できなかった。
「カカシッ、おいカカシ!!」
(ヒカリが、ヒカリが火影様を殺した……)
ガイは舌打ちし強烈な拳をカカシの顔に打ち込んだ。
「グッ!」
仰け反るカカシの首元を乱暴に引っ張り上げ、凛々しい眉をキリリと吊り上げ唾を吐きつけて怒鳴りつけた。
「カカシ!今は追いかけろっいいな!まだ間に合うはずだ」
「…あ、ああ……」
まだ、間に合う。その言葉に心動かされ何とか調子を取り戻しカカシは言われるがままガイや他の忍達と共に連れ去られた火影を追う為、その場から走り出した。
だが必死の捜索も空しく、火影の着ていたであろう忍服が裏路地に捨てられていたと報告があり火影の遺体はどこにもなかった。
うちはヒカリが火影ヒルゼンを手に掛けたと里中に情報が流れるのは暫くしてからのことになる。
【抜け忍うちはヒカリ】