IS 喜んで引き立て役となりましょう!   作:ゆ~き

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31.タッグマッチ二日目 暗躍

 

 

 

 いい加減俺に慣れたということなのだろうが、かといって付きまとわれるのも閉口する。

 

 

 

「アニータはちょっと受けに回り過ぎだったよね」

「でも佐藤さんが前に出てたからある程度そうなるのは仕方ないと思うんだけど」

「だったら足並み揃えてアニータも攻めて押すべきでしょ。あれだと間に入られて分断されると困るじゃない」

「いやむしろ佐藤さんが一人出過ぎなのが問題なわけで……」

 

 さかんに俺の横で議論が行われている。

 やっているのは俺がベッティのブレーンと呼んでいる、三組の指揮科志望な生徒達だ。

 ベッティと佐藤が試合に行き、菅原さんも自分のパートナーに呼ばれていなくなったのだが、代わりにこの連中が俺の側に寄ってきていた。

 

「アニータはずっとバランスを取ってたんだよ。佐藤さんが前のめりになってるんだから後ろを取らせるわけにはいかないんだし」

「そうそう。アニータの相手はけっこう後ろを気にしてたよ。あれ絶対隙あらば佐藤さんを後ろから攻撃しようって思ってたって」

「でもこんなんじゃ連携できてたとは言い難いと思う。結局佐藤さんが落とすまで一対一になってたじゃない。押し切ったとは言え作戦的には向こうの思い通りで分断されたも同然じゃないの?」

「いやいや、それはそれでいいんだよ。個々の実力は明らかにこっちが上だったんだから、一対一にさせちゃいけないのはむしろ向こうなわけで」

「甲斐田君的にはそのへんどう思う?」

 

 勝手にやっててくれるのであれば放っておくだけなのだが、議論しながらも時折俺に水を向けてくるから面倒だ。

 試合中も散々俺に聞いてきたし、この質問攻めは鷹月さんや四十院さんを彷彿とさせる。

 指揮科を目指すような連中はどいつもこいつも質問、いや議論魔ばかりだ。

 

「えーっと、まず佐藤さんが前に出るというのは最初から決めてたわけで、それ自体は特にどうこう言うことじゃないと思うけど」

「にしてもあんなにガンガン押し込もうとするのはどうなの? 下手すれば挟撃されてたんだし」

「だからそうさせないようにベッティさんが動いてたわけで、その結果ベッティさんの相手はパートナーの方に気を取られて集中できてなかったじゃない。そして救援できずにそのまま佐藤さんが落としちゃったから万事休すで」

「でもそれってアニータが一方的にフォローしてただけで連携とは言わないよね」

「いやいや、役割分担してしっかりその役割を果たすのは十分連携してるって。連携できてなかったらそこをつけ込まれるんだから」

 

 言いたいことは分かった。

 要するに今の試合で佐藤が華々しく活躍してベッティが佐藤のサポート役に見えてしまったのが気に入らないのだろう。

 連中はもっと二人が派手に動き回って華麗に入れ替わったりして無双する姿を想像していたに違いない。

 いや、別にあの二人であればやらせればそういう動きもできるのだろうが、一回戦は作戦からしてコンセプトが違っていただけだ。

 佐藤とベッティのペアはCブロックの決勝、すなわち準々決勝でおそらく篠ノ之・鷹月ペアと戦わなければならない。そして正直なところ篠ノ之さんは近接戦における総合力を言えば一夏以上である。

 よって勝つには何より篠ノ之さんを一人だけで押さえ込む必要がある。二人がかりになってしまうようでは鷹月さんの思う壺できっといいようにされてしまうだろう。

 それで俺はそのミッションを佐藤に課した。ベッティにしなかったのは実力の問題ではなく、佐藤よりベッティの方が器用だからだ。

 一方のベッティには鷹月さんに篠ノ之さんへの援護をさせず、さらに鷹月さんをできる限り早く落としてもらう。時間がかかっては疲労もあるのでこちらに不利だからだ。

 二人の性格的にもその方がいいだろう。実際話したときも納得していたようだったし。

 つまり一回戦は準々決勝を想定した予行演習のようなもので、相手が弱い内に感覚を掴んでおこうという話だ。

 

 というようなことを佐藤とベッティには伝えていたのだが、この様子ではブレーン連中はそこまで聞いていなかったようである。

 全員が参加者なのだしまず自分のことが第一だ。大まかな方針くらいは知っているだろうが、個々の対戦相手のことまでは把握する余裕がなかったのだろう。

 

「うーん……」

「とりあえず二人のところに行こうか。反省会をするのなら本人達がいた方がいいだろうし」

「それもそうか。分かった。みんな行こう!」

 

 言うや待ちきれないと言った風情で立ち上がり彼女達は駆けて行った。

 もちろん俺は微塵も張り切っていないのでゆっくりと腰を上げる。

 振り返ると俺の斜め後ろに陣取るボーデヴィッヒも彼女達を見送っていた。

 

「ふむ、どこも自分のリーダーには華々しさを求めるのだな」

「ドイツでもそうだったの?」

「ああ」

「ちなみボーデヴィッヒさんはどちら側?」

「求められる方だ。リーダーは皆がついていきたいと思える姿を見せるべきだとクラリッサは言っていた」

「リーダーか」

「私は専用機を授けられるという極めて恵まれた立場にある。であるから皆の期待には応えて当然であるし、それにふさわしい人間でありたいと常に思っている」

「へえ」

「ああ、クラリッサと言うのはドイツでの私の親友だ。いや、向こうは私を立てたがっているが、私は親友だと思っている」

「そうなんだ」

「ま、まあクラリッサは時折私を子供扱いするし、敬うつもりがあるのならそのような真似はやめて欲しいと思うのだがな」

 

 言いながら恥ずかしくなったのか、最後ボーデヴィッヒは早口だった。

 

 

 

 

 

 佐藤とベッティのいる控室では大して議論にもならなかった。

 その主な要因としては二人とも上機嫌だったからだろう。

 先に行っていたブレーン連中は俺が着くまでに丸め込まれたらしく、特にヒートアップした様子もなく落ち着いて会話をしていた。

 

 どうやら見るからに佐藤もベッティも手応えを感じたようだ。

 実際の試合も派手さはないが堅実に相手を押さえ込んだという感じだったし、試合中のお互いの認識に食い違いもなかったのだろう。

 そのあたりについては俺もベッティ達に限らず口を酸っぱくして言っていた。実力的に近い相手なら後はプラスアルファで何を出せるかだ。そのための連携であり、連携するためには二人の息が合っていなければならない。そうでなければむしろ味方の足を引っ張ってしまう。

 既にリーグマッチを経験している佐藤とベッティは一人で全部こなさなければならない大変さを理解していた。だからこそ他の連中よりも強い意識を持ってここまでやってこられたのだろう。

 

 また一対一ではなく二対二であることも大きい。一年生はとても熟練者には程遠いためミスがつきものだが、二人ならばお互いにフォローをすることができる。

 不意の予期せぬ出来事への対応というのは何も相手の行動に対してばかりではない。

 むしろ崩れやすいのは自分達のミスからだ。

 作戦というのはどうしてもうまくやれる前提で立ててしまうものだが、一夏の思い通りにいかなさを痛感している俺としては最初からうまくやってくれるなんて信じていない。

 だから俺は同一の目的意識を共有してそれに沿って極端な話アドリブで行動しろと言っていたのだが、二人はまだそこまではできないと決まり事を作って対応するようにしているようだ。

 そしてこの試合でうまく機能させられたこともきっと手応えの一つなのだろう。

 試合でいくつかミスらしきものはあったが全くつけ込まれていないし、そもそも相手に勘付かれてさえいなかった。

 

「ちょっと待ってくれ」

 

 次の対戦相手の試合を見るベッティ達と別れてすぐ、アリーナから出たところでボーデヴィッヒが呼び止めた。

 振り返るとボーデヴィッヒは険しい顔になり、進もうとしていた先を見ている。

 

「何かあった?」

「それはむしろこれからある、だな。甲斐田智希君、申し訳ないが引き返して遠回りをして行こう。何、次の試合までまだ時間は十分あるので問題なく間に合う」

「その前にこのまま進むと何はあるかを教えて欲しいんだけれど」

「……おそらく君のことを待ち構えている集団がいる」

「へえ、よく分かったね。ぱっと見集団なんていないけど」

 

 振り返って見渡してもこちらに向かって来るような集団はない。いやそもそも集団と呼べるような塊さえない。

 

「連絡があった」

「連絡……? ああ、シャルルか」

「あのような連中など相手にする必要はないと言っているし私も同意見だ。もちろんいよいよとなれば全力で君を守ってみせるが、相手が相手であるしわざわざ火中の栗を拾うこともないだろう」

「五組かあ」

 

 そういえばデュノアとボーデヴィッヒは専用回線で内緒話ができるのだった。

 たむろしている五組連中をデュノアが見つけて知らせてきたのだろう。

 しかし便利だな。

 

「待ちぼうけさせて頭を冷やさせるのも悪くはないだろう」

「もっと怒りそうな気もするけど」

「何、こちらは相手の姿を見てさえいないのだ。ただ向こうが間抜けだったという話で君に何も責任はない」

「そういう理屈が通用してくれるならこんなことにはなってないんだけどね」

 

 言いながら俺は前へと足を進める。

 だいたい読めた。もはや崩壊しかけの五組など特に怖くもない。

 

「お、おい! 聞いているのか!」

「もちろん聞いた上でだよ」

「なぜわざわざ自ら炎に飛び込もうとする?」

「だって炎じゃなくて燃料が切れかけの焚き火だからね」

「な、なるほど。もはや風前の灯火であるからいっそのことここで吹き消そうと言うのだな?」

「違うよ。こんな早々に火が消えちゃったら困るじゃない」

「なんだと!?」

 

 さすがに一回戦も終わらないうちからクラスごと存在感が消えられては盛り上がらない。

 せめてもう二日、二回戦が終わるまではがんばってもらわないと。クラス代表の杉山には最低四回戦、できれば一夏と当たる準々決勝まで上がって欲しい。

 IS学園的にも自滅ではなく折られた方が今後のためになるだろうし。

 

「まあそれ以前にこんなところで騒いでたらすぐ先生か警備の人達が来るよ」

「確かに大人達の目に触れさせて日の当たる場所に持っていくのは十分ありだな……」

「そうそう。変に見えないところで陰湿なことされるよりも何かしたらすぐ疑われる状態に持っていった方がいいよ」

「分かった。君がそこまで覚悟をしているのなら私に異存はない。ただ今は私が君の前を歩かせてもらおう。万が一があってはいけないからな」

 

 そう言ってボーデヴィッヒは威風堂々と俺の前に出た。

 身長百五十センチもない女子が俺の前を歩く。誰がどう見ても護衛とは思われないだろう。

 

「もし刃物が持ち出されるようならすぐ逃げてくれ。訓練を受けていない女生徒を蹴散らすなど容易いが、それでも集団を相手に一人では多少の時間を要する。そして守るべき君さえいなければいくらでもやりようはあるのだ」

「いや別にそういう方向に持っていくつもりとかないから」

「もちろん万が一の話だ。穏便に済めばそれに越したことはない」

 

 そうは言うもののボーデヴィッヒの口調はいくらか弾んでいた。問答無用で引き離そうとしないあたり、もしかしたらこいつも鈴と同じ種類の人間かもしれない。

 鈴にいい奴とか言われるくらいだ。拳で解決する方が好みなタイプだとしても全くおかしくない。

 まあ、と言ってもこの後ボーデヴィッヒの望む展開にはならないだろう。

 なぜなら五組代表杉山の目的は、この場で俺を潰すことにあるわけではないのだから。

 

 

 

 

 

 現場に着くと始まっていた。

 既に騒ぎになっていた。

 五組の生徒はクラス代表杉山含む十人ほどで、おそらくこれが杉山派の中心となるメンバーなのだろう。

 そして相対しているのは二人、こちらに背を向けているので顔は見えないが、誰であるかはすぐに分かった。その特徴的とも言える声の大きさで。

 

「うわ」

「あれは一組の留学生だな。スペインの方か」

 

 屋外であろうと変わらず響き渡る大声だ。

 

「負け犬がピーピーみっともないですねー!」

「八つ当たりとかほんとかっこ悪いよー?」

 

 スペインからの留学生リアーデさん、に相川さんである。

 

「だからそういうことを言ってるんじゃない!」

「知ってるなら答えればいいし、知らないならさっさと消えろ!」

「この人達何マジになってんの?」

「みっともないですねー」

 

 どうしよう。このまま回れ右しようか。

 一瞬迷って足を止めかけるも、ボーデヴィッヒが構わず突き進んで行き向こうに気づかれてしまった。

 

「あっ、来ました!」

「えっ? あー」

「甲斐田くーん。どうして来るんですかー」

「いやそんなこと言われても」

 

 杉山の取り巻きの声で視線が俺に集中し、相川さん達も振り返る。

 その顔は言葉通りなぜ来るのかと文句を言っていた。

 そんな嫌そうな顔をされても困るのだが。

 

「はっ。まあいいわ。じゃあもうあんたらに用はないからさっさと消えて」

「は?」

「まあまあ清香、こちらもフモーな会話を続けることはありませーん」

 

 リアーデさんがにこやかに相川さんの肩を叩く。遠くに聞かせているのではないかとさえ思える大声で。

 相川さんはよくこの人間拡声器といつも一緒にいられるな。

 

「あー、まあそれもそうか。じゃあ行こうか甲斐田君」

「えっ?」

「ここはアツーいですし一刻も早く日陰に行きましょうー!」

「二人とも何言ってるの?」

 

 足を止めて疑問を返すと、二人は真顔で俺を見、それから揃って深く溜め息を吐いた。

 何だそのこいつ何も分かってない的な動作は。

 

「甲斐田君てさあ、遠くを広く見渡すのは得意だけど目の前のことって全然見てないよねー」

「デリカシーがないのは織斑君もですが、せめて人の好意くらいは察して欲しいものですねー」

「いきなりひどいこと言われた」

 

 会って早々にこれである。

 本当に一組連中は俺に対する敬意の欠片もない。勉強会で俺を持ち上げてバランスが取っているとでも言うのか。

 

「うんうん。じゃあ向こうで説明してあげるから行こうか」

「アリーナのリフレッシュルームでいいでしょうー。まだ次の試合まで時間はありまーす」

「いやいや、行くわけないじゃない。そっちから来たのにわざわざ戻るとかないし」

「あーもう、いいから来て」

「こうなったらもう引きずっていきましょうー!」

「あっ、ちょっと」

「待てっ! 茶番はいい加減にしろ!」

 

 強制連行されそうになったところで、ようやく静止の声がかかる。

 まさか杉山に突っ込みを任せる日が来るとは夢にも思わなかった。

 

「チャバン?」

「違う違う。甲斐田君が本気で分かってないだけ」

「はっ。なし崩して逃げようとかそうはいくか。いいからそこの男を置いてすぐ消えろ」

 

 これ以上話の主導権を渡すかとばかりに杉山が前に出てきた。

 予想通り、相当に余裕がない状態なのだろう。

 

「何か用?」

「甲斐田君、こんなの相手にすることないって」

「そうですよー。時間のムダでーす」

「外野は黙ってろ。私が話をしたいのはそこのモルモットだから」

 

 挑発の言葉に相川さんとリアーデさんの顔色が変わる。

 俺に対する挑発だったのだろうが、これは余計な方向に火を付けてしまったのだから失敗だ。

 相川さんとリアーデさんがてこでも動かなくなってしまう。

 

「あのさあ」

「選ぶ言葉の選択を間違えるのはいただけませんねー」

「事実を述べることの何がおかしい? それにはっきり自覚しておくべきことではないの?」

 

 クラスで佐藤とやり合ってこういう言い合いには慣れているのだろう。

 杉山は落ち着きを取り戻してニヤついている。

 だがその態度は正解だ。最初から議論をする気などないのでむきになった方が負けである。

 この女性上位主義的上から目線状態は会話が成立しないのだ。

 

「まったくもって事実じゃないね。だいたい」

「まあまあ相川さん、そのくらいにしておいてあげよう」

「甲斐田君? あのさ、ここは引いていいとこじゃないよ? 今後IS学園で過ごしていくためにも」

「そういうことじゃなくて、かわいそうだからこれ以上いじめるのはやめておこうって話」

「えっ?」

「はあ!?」

 

 正直俺もやろうとしていることは同じである。

 相手の土俵で話をせず自分の土俵に持ってきて一方的に押し付ける。それも相手が無視できない状況にして。

 杉山の失敗はリアーデさんの言う通り言葉の選択を間違えたことだ。

 モルモットという単語は俺を引きつける言葉ではない。

 

「杉山さんはさ、もう本当に切羽詰まってるんだよ。タッグマッチが始まったばかりなのにクラスメイト達にそっぽを向かれて、もうここにいる人達しか支持してくれなくなっちゃったんだ」

「そ、そうなの?」

「違う!」

「昨日五組は散々だったのが決定打だったんだろうね。義務だけ押し付けられて何も報いてくれないから当然といえば当然なんだけどさ」

「やめろ!」

「だからこうやって僕という敵がいないとまとまれないんだよ。それなのにここで完全論破しちゃったら五組は完全崩壊しちゃうんだ。かわいそうだしこれ以上いじめるのはやめにしようよ」

「甲斐田君って……」

 

 杉山が怒り、相川さんが絶句する。

 この場から離れてくれないのなら相川さんとリアーデさんには観客になってもらおう。

 杉山達も二人の存在を俺の言葉に対する判断材料にできるだろう。

 

「ちょっと待って。こいつ今『これ以上』って言ったわ」

「そんなこと言ったっけ?」

「二度も言っておきながら誤魔化すな! 杉山さん、やっぱりこいつの仕業だよ」

「なんだと!」

 

 取り巻きの一人から声が上がり、俺はしらばっくれてみせる。

 俺を胡散臭く見ているなら効果的であるだろう。

 甚だ不本意ではあるけれど。

 

「やっぱりうちのクラスの人間に手を出してたんだ……」

「その手を出すっていう言い方はちょっと」

「五人引き離して終わりに見せかけて、裏で手を伸ばし続けてたのか」

「なるほど、いつでも爆発させられる状態を作ってたってわけね」

「いやいや、何のことだかさっぱり」

「甲斐田君って……」

「そういえばそう言う人でしたー」

 

 実に腹が立つが、相川さんとリアーデさんの俺に対する疑い目はナイスだ。

 杉山達に自分達の想像の信憑性を高めてくれる。

 本当は一切何もしていないのだが。

 

「おい」

「何のことを言ってるのか分からないけどきっと誤解じゃないかな」

「チッ、白々しい」

「でもまあ、これまでの自分の行動に問題がなかったか振り返って考えてみた方がいいと思うよ」

「お前の行動が見えなかった私を間抜けだと言いたいわけだな」

「とんでもない、全部言葉通りの意味で」

「もういい。はっきりした以上用は済んだ。みんな行こう」

 

 杉山は特に俺を罵ることもなく背を向けて、そのまま歩いていった。

 取り巻き達も俺を睨んでから後を追う。

 

「甲斐田君ってものすごく悪役が似合うよね。こう自然な感じで悪者」

「最後だけ見たらドス黒い黒幕ですねー」

 

 相変わらず好き勝手言ってくれるが、今回に限ってはそういう印象を持たせるためなので何も言うまい。

 五組で具体的に何があったかは知らないが、どういうことが起きているかは理解している。

 とりあえずこれで五組は収まるだろう。

 何もかも全部俺のせいにできるのだから。

 

「さてと、僕も行こうかな。そういえばAブロックの二人は今日の試合がCDブロックだからあんまり関係ないのかな?」

「あー、甲斐田君は知らないか。一組は全員で分担して見てるよ」

「分担?」

「そうそう。自分に関係するところは当然として、それ以外についても情報共有したいし」

「なるほど、自分とは関係なくても使えそうな技術とかあるかもしれないしね」

「そんな感じ。まあ三組だってやってるんだろうけど」

 

 そんなことは全くもって、ない。

 三組は誰もが自分のことに手一杯だ。

 俺がそう仕向けたせいもあるが、ベッティと佐藤以外で四回戦以降のことを考えている生徒はいない。

 いや、実力的に考えていても仕方ないという部分もあるのだが、そもそも一、二回戦を突破すること以上のことを考える余裕がない。

 俺が集めて集約しないと情報などとても共有できない状態なのだ。

 

 もちろん、一組と三組では事情が異なる。

 三回戦から登場の一組は最初の三日間暇であるし、四回戦以降を見据えて動く必要がある。

 だが今の三組が一組と同じ立場だとして、果たして今の一組と同じ行動ができるだろうか。

 おそらく、自主的にはできない。

 俺やベッティやそのブレーンがやらせればやる。だが個々人の意識として、情報共有のため自分に関係ない試合を見に行けと言ったら嫌な顔をするだろう。

 そんな時間があったら自分のことに使いたい、だ。

 ここ一ヶ月の三組はベッティを中心としたトップダウン形式になっているので横の意識が薄い。一組のようなパイロット班整備班的なチーム意識がない。

 それはそれでスタイルの違いなのだからやりようはあるのだが、今回に限ってはどうなのか。そのままでよかったのか悪かったのか、タッグマッチにおいてその意識が吉と出るか凶と出るか。

 

「清香、行きましょう」

「そうだね。あの連中はさすがに戻ってこないだろうし」

「じゃあまた」

「うん。じゃあねー」

 

 相川さんとリアーデさんは手を振ってアリーナに向かって歩いていった。

 俺はずっと静かにしていたボーデヴィッヒを見る。

 

「お待たせ。行こうか」

「あ、ああ」

「どうかした?」

「そのだな……君はもっと自分のことを大事にした方がいいのではないかと思う」

「またそれか」

「いや、これは男性IS操縦者であるからとかそういう意味ではない。もっと根源的な話で、自分の身を最終的に守るのは自分であるということだ」

「なんか哲学的な話に聞こえるね」

 

 そういえばこいつはそういう仰々しい言い回しを好む人間だった。

 

「もちろん私も人に偉そうな口を叩ける身ではない。ただ、クラリッサが常々私に言っていたのはこういうことだったのかと思っただけだ」

「ふうん」

「変なことを言って済まなかった。忘れてくれ。さて、念のため私が前を歩こう」

 

 自分でもよく分かっていなかったのか自ら打ち切り、ボーデヴィッヒは俺に背を向けて歩き始めた。

 

 と、後ろからこちらに走ってくる足音が聞こえたので振り返る。

 見ればリアーデさんが手を振って近づいて来ていた。

 

「甲斐田くーん!」

「何か忘れもの?」

「はい。ちょっと」

 

 俺の目の前まで来たリアーデさんは手招きをする。耳を貸せということらしい。

 声の大き過ぎるリアーデさんにひそひそ話など不可能だと思ったが、そうしろとしつこいのでやむをえず耳を出す。

 

「フランスの彼女に、気を配ってあげてくださいね」

 

 思わずリアーデさんの顔を見ると、リアーデさんは何も答えず笑顔のまま頷き、踵を返して走っていった。

 

「どうした? 何かあったのか?」

 

 距離のあったボーデヴィッヒは聞こえなかったようだ。

 これは重大な事実が発覚した。

 

 

 あの女、実は声量を下げられるじゃないか。

 

 

 

 

 

 二日目の午後に入り、最後のクラス代表、四組の更識簪が登場した。

 俺が気になるのは更識簪がどういう生徒と組んだかだが、それについては既に布仏さんから聞いている。結局パイロット科志望で入学前からIS操縦経験のある生徒に落ち着いたとのことである。聞く限りその人選は他人から見ても順当という感じのようだ。

 またその選定にあたっては四組内で一大イベントがあったそうだ。倉持技研がわざわざ休日に打鉄を四組のために貸してくれたとのことである。

 IS学園内の倉持エリアにて一日かけて更識簪のパートナー決めが行われて決まったと、布仏さんが嬉しそうに教えてくれた。

 他のクラスが聞いたら文句を言いたくなるような贔屓ぶりだが、更識簪は元々倉持技研の管轄であり、企業の広告塔でもある。

 堂々とやるあたり倉持的には便宜を図って当然くらいの感覚なのかもしれない。

 

「やった! 勝った!」

「かんちゃんおめでとー!」

 

 そして勝敗が決した。

 普通に、危なげなく四組代表とそのパートナーは勝利したと言える試合だった。

 更識簪は終始落ち着いていて、後衛として相手の攻撃を全てシャットアウトしてみせた。

 地味ではあるが堅実で、細部にまで目の行き届いた確かな技術を持っていると見た者は感じる働きぶりだっただろう。

 またこの試合での更識簪にリーグマッチでの一夏戦や鈴戦のような激しさは一切なかった。何事にも動じない冷静さを持ってパートナーを完璧にサポートし、相手を手詰まりにした上で押し切って文句をつけようのない完勝だった、というのが一般的な評価になるだろうか。

 

「更識さーん! 楓ー! すごかったよー!」

「おめでとうー!」

「楓がこっちに手を振ってる!」

「あはは、更識さんが無理矢理手を振らされてる!」

「もう、更識さんはそういうの苦手なのに楓はしょうがないなー」

 

 横では四組の大応援団が歓声を上げている。

 ぱっと見の人数からして、試合を控えていない四組の生徒はほぼ全員いるのではないだろうか。

 ここまでの雰囲気を見るからに、四組は更識簪を中心にして緩い空気でまとまったと言えそうだ。

 

「あ、更識さんが楓の手を振り払った」

「楓が謝ってる謝ってる!」

「さすがにいつまでもやってたら恥ずかしいよねー」

「楓は嬉しくてテンション上がってる感じだけど」

 

 俺の目に映るのはコミュ障ロールをしているコミュ障だ。

 自分はコミュニケーションをできないんじゃない、やらないだけだ、とでも思っているのだろう。

 だが実際やらせたら奴は確実にできない。やろうと思ってすぐにできるものではないのだから。できる人間は最初から自然にやっているし、俺達のような人間は覚悟を決めてやろうとしない限り一生できないのだ。

 とは言ってもその態度が許されるというのは同じ種類の人間からすると非常に羨ましい。

 更識簪は俺などより遥かに優秀だから、全部自分で何とかできて人に頼らずとも生きてこられたのだろう。あの過保護過ぎる姉もいるし。

 才能あれば七難隠す。芸術家タイプにはよくある話である。

 

「ねーねー甲斐田君的には本音ちゃんの親友はどうだった?」

「あ、それあたしも聞きたい」

「更識さんと楓は優勝できそう?」

「今の見てたらけっこういけるんじゃないか思うんだけど」

 

 一方で緩い空気だからか、四組連中は俺に対してやけに馴れ馴れしい。

 ほとんど初対面なはずなのに、男の俺に対してなぜここまで近寄ってくるのか。

 まあ原因は分かっている。俺の横でニコニコといつもの笑顔を向けている布仏さんだ。

 この親友とは真逆ともいえるコミュ力の塊は、あっという間に四組に溶け込んだ。

 それだけなら俺には関係ない話なのだが、問題は布仏さんが俺のことを四組内で喧伝しまくったのだ。更識簪のために倉持を引っ張り出したのは俺であり、全部俺のお陰だと褒めそやしたらしい。

 結果四組内で俺は、困っているクラスメイトのために骨を折って行動し見事解決までしてみせるとてもいい奴認定されてしまった。

 もちろん俺に関する怪しい噂も届いていたが、布仏さんが全部否定して回ったようだ。

 布仏さんがまっすぐで裏表もなくとても性格がいいことは四組内でも認識されている。それが災いして俺は布仏さんの保証で信頼を得てしまったという結末である。

 俺単体では胡散臭がられてばかりなのに、この差はいったい何なのだろうか。

 

 ともあれ、俺の失敗は布仏さんからお礼を貰わなかったことだ。

 そのせいで布仏さんを申し訳ない気持ちにさせてしまい、結果せめて事実をきちんと広めなければならないと布仏さんが必要以上に駆り立てられてしまった。

 ただより高いものはないという言葉を、俺は別の意味で味わったと言えるだろう。

 

「うーん、優勝は……ちょっと厳しいと思うかな」

「えー!」

「なんでー!?」

「リーグマッチでも一組の織斑君にほとんど勝ってたじゃない」

「それに五組には勝ったし二組ともいい勝負してたでしょー!」

 

 マシンガンのように俺に対して非難の言葉が浴びせられる。

 別にお世辞を言ってもよかったのだが、この発言は更識簪に伝わってしまう。俺の言葉であれば奴は間違いなく勘ぐるだろうから、ここは更識簪を意識して言葉を発するべきだ。

 

「今の試合を見る限り更識さんは全力を出してないし」

「だったらもっといけるってことじゃ?」

「それはつまり全力を出せないってことなんだよ。パートナーの人に合わせようとすると、どうしても更識さんは力を抑えないといけない」

「楓が問題だって言うの?」

「楓ってそんなダメ? うちのクラスじゃ更識さんの次にISを動かせる人なんだけど」

「全然ダメってことはないよ。ただその楓さんが全力でやるにはどうしても更識さんの方が合わせないといけないって話。そして合わせようとする分更識さんの力は抑えられる」

 

 その楓とか言うパートナーの動きを見ていて、ゴーレム戦時の相川さんよりも上だろうとは感じた。

 あの時相川さんや谷本さんの代わりにいてくれたらもう少し一夏や鈴を温存できたと思えるほどではある。

 ただ代表クラスとやり合うには引き出しの数が少ないように見えた。多彩な攻撃手段を持っている更識簪やベッティよりは一夏や鈴や佐藤のように自分の得意なやり方を貫くタイプだ。

 

「うーん……」

「じゃあ、楓が更識さんに合わせるのは?」

「作戦的には十分ありだけど、更識さんの全力についていけるのか、それを続けて体力的に持つのかという問題がある。もちろん更識さんはそんなの分かってて、総合力を考えたらその楓さんに思いっきりやってもらった方がいいと判断したんじゃないかと思うけど」

「はー……」

「そういえばなんかそのへんを訓練してた気がするなあ」

 

 更識簪の最大の弱点はクラス内においてはっきりとした権限を持っていないことにある。

 なまじコミュ障キャラとして認識されてしまったため、まあ実際そうなのだが、周囲の意見に押し通されてしまう。

 要望を言うことは可能でも、大勢が決してしまった場合はひっくり返すことができない。

 この場合更識簪のパートナーは単純に一番うまい生徒がいいだろうという流れになってしまったため、はっきりと異を唱えることができなかった。

 まあ本当は普通にできるのだが、なまじコミュ障ロールをしているという意識があるため、更識簪は空気を悪くしそうな行動を取れなくなってしまっている。

 これまで傍若無人に振る舞えたのは他人のことなどどうでもよかったから。だが今はタッグマッチのために周囲を利用してやるのだという意識がある。よって空気を悪くしてそっぽを向かれるのが怖いので、流れができてしまった後はもう逆らうことができないのだ。

 加減を理解していれば普通にできるのだが、これまで他人を遠ざけてきた更識簪にいきなりやれというのはとても無理だろう。

 当の本人もその範囲で最善を尽くすしかないと腹をくくったのが今の一回戦である。

 

「それに優勝は厳しいっていうのも今の状態で考えるとってだけで、今後どうなるかはまだ分からないよ。こういう真剣勝負はすごく成長できるし、場合によっては化けることさえあるんだから」

「なるほど! つまり優勝は楓次第ってわけね!」

「楓が更識さんの足を引っ張らなければいいわけかー」

「優勝まであと六試合もあるんでしょ? じゃあいけるいける!」

 

 元々クラス代表と渡り合える実力はありそうだから、あながち嘘と言うわけでもない。

 更識簪にとってベストなタイプのパートナーではないというだけで。

 今のままでもDブロックを勝ち抜くことまではできるだろう。ただその先の準決勝がきっとベッティ達か篠ノ之さん達になるので、おそらくそこが厳しい。

 ベッティ達には俺がいるし、篠ノ之さんには鷹月さんが付いている。五試合も見せては穴などいくらでも見つかるのは間違いない。

 

「よし、じゃあ楓には後でお説教だ!」

「見た感じ調子に乗ってそうだしねー」

「それじゃ次行こうか。場所はここだっけ?」

「えっと……これは移動だよ。さっきの試合見たとこ」

「またー?」

「あ、うちのクラス次は二試合あった。しょうがない。半分に別れて行こっか」

「どっちもここじゃないんだ。みんなちゅうもーく!」

 

 四組は律儀にクラスメイトの出る試合を揃って応援しているようだ。

 そういえば、五クラスもあって他に四組と同じことをしているクラスがない。

 今回は二人ペアとは言え個人戦なだけあって、自分のことに手一杯なのがほとんどだ。

 

「いやあ、勝った勝った」

「かんちゃんほっとしてた~」

「よく分かるね」

「うん! だってかんちゃんのことだもん!」

「よっ、さすがは幼馴染!」

「まあそれはいいんだけどさ、ずっと疑問だったんだけど」

「はい?」

「どーしたの~?」

「どうしてここに谷本さんがいるの?」

 

 布仏さんを挟んだ向こう側に、俺が来る前から平然と谷本さんが座っていた。

 俺以上に四組との接点などないだろうに、普通に会話もしていて四組の集団に馴染んでいたのが不思議過ぎる。

 そんな話など全く聞いたことなかったのだが、もしかしてこれまでも布仏さんにくっついて四組に出入りしていたのだろうか。

 

「えっ、だって私本音ちゃんとはパートナーですし」

「ゆーことはお部屋も一緒だしいつも一緒だよ~?」

「そういえば同部屋だっけ。いや、谷本さんが四組に縁があるとか聞いたことなかったから」

「確かに知り合いとか誰もいなかったなあ」

「ああ、ということはこれまでに布仏さんと一緒に四組に来てたからか」

「へ? 四組の人と顔を合わせたのは今日が初めてだよ?」

「まじですか」

 

 思わず素で返してしまったが、これは驚きだ。

 単に馴れ馴れしいだけの奴ならいくらでもいるが、人間関係とは相手あってのものである。初対面から一、二時間程度では馴染むと言っても普通は限度があるだろう。

 だが谷本さんはたったその程度の時間で違和感なく四組の空気に溶け込んでいた。俺も初っ端に四組の人間が馴れ馴れしかったこともあって、話しかけられるまでは四組の生徒が布仏さんの横に座っていると錯覚していたくらいだ。

 今の試合中も布仏さんや四組連中と一緒になって騒いでいたし、俺やボーデヴィッヒのようなお客様空間にいるという感じは全くしなかった。

 これは俺と同じく布仏さんに信頼を保証してもらったのだろうか、それとも谷本さんの持つコミュ力のおかげなのだろうか、はたまた女とはそういうものなのだろうか。

 

「かいだー?」

「なんかおかしいことありました?」

「ごめんごめん、谷本さんが四組の人達に迷惑かけてないか心配だっただけだから」

「むー! ゆーこはそんなことしないよ~!」

「そうだよ! 私甲斐田君と鷹月さん以外には迷惑をかけたりしません!」

「へえ。僕に迷惑かけるつもりがあるんだね」

「あっ……」

 

 しまったと谷本さんが手で口を覆う。

 そういえば、鷹月さん以外から谷本さんに対する文句を聞いた覚えがない。

 今まで俺は自分だけがターゲットになっているせいだと考えてきたが、俺相手にしろ普段から谷本さんが教室で騒いでいるのは事実だ。

 それなのに谷本さんはクラスメイトのヘイトを一切買っていないようである。唯一の例外が鷹月さんだが、この人はこの人で谷本さんに対して個人的に含むものを持っているからのように見える。

 これも谷本さんのコミュ力とやらのおかげなのだろうか。まあ元々ちゃんとやろうとすればできる人だ。俺や鷹月さん以外にはちゃんとしているのだろう。

 それはそれで非常に腹の立つ話ではあるのだが。

 

「すいませんでしたっ!」

「お~!」

「相変わらず速いね」

 

 失言を悟るや谷本さんは流れるように土下座の体勢に移った。

 久しぶりに見たが、これまでの動きよりも格段にキレがいい。

 鷹月さんに対しては土下座などしない人なのでこの土下座は完全に対俺用なのだが、もしかして土下座の練習でもしていたりするのだろうか。

 

「えっ、何?」

「あたし土下座って生で初めて見たかも」

「なんかかっこいいね」

「主従関係?」

「そんなプレイとかあるの?」

 

 これをかっこいいと感じる美意識はどうなのかと思わないでもないが、少なくとも見た目が整っているのは間違いない。指先まで揃って完全にシンメトリーであり、相当にやり慣れていることもあって様になっているのは確かだ。

 そして人前だろうがためらいすらなくやってのけるこのクソ度胸。

 

「かいだー」

「はいはい。もういいよ」

「はーい。で、甲斐田君次はどこ行くの?」

「かんちゃんのとこに行こ~!」

 

 さらに数秒前まで土下座していたとは思えない切り替えの速さ。元々何とも思ってはいないのだろうけれど。

 結局馬鹿馬鹿しいと思わされてしまっている時点で谷本さんの術中なのだ。

 

「行かないよ。次の試合までにやることもあるんだから」

「え~」

「ありゃ、行かないんだ。てっきり『その程度で優勝しようとは片腹痛いわ!』とか言いに行くのかなって思ってたけど」

「僕はどこのライバルキャラなんだろうか。しかも主人公と当たる直前で見知らぬダークホースにコロッと負ける系」

 

 せっかくの機会であるからあえて煽りに行くのも考えないではなかったが、今しがた四組の生徒達と話をしたのでその内容が伝われば十分だ。

 更識簪は別に優勝そのものに興味はない。目的は一夏もしくは鈴にリベンジを果たすことだ。

 だが二人とはどちらかかつ決勝まで当たらないという組分けなので、結果的に優勝を目指さざるを得ないというだけである。

 また奴は俺が背後にいるベッティ佐藤のペアを準決勝で破る必要があることも知っている。

 なので更識簪に優勝は厳しいと俺が言っていたと伝われば、それは準決勝で負けることを示唆していると考えるだろう。少なくとも俺の存在を無視はできない。

 そうなれば更識簪の力点がずれる。決勝から準決勝に焦点が移動する。

 俺に対して最大限警戒をしてくれればその分一夏対策にかける時間と意識が減ってしまうだろう。それが俺の狙いだ。

 

「……」

「ん?」

「本音ちゃんっ!」

「うんっ!」

「私、やったよー!」

「おめでとー!」

 

 その瞬間俺は察した。

 完全に油断して、谷本さんと普通に会話してしまった。

 

「今のすごく自然だったよね!?」

「うん!」

「そうそう。こういう流れでやりたかったんだよ!」

「うんうん」

「師匠に弟子入りして特訓した甲斐があったー!」

「ゆーこはがんばったよ~」

 

 全身で感動を露わにする谷本さん。

 よしよしと手を伸ばして谷本さんの頭を撫でる布仏さん。

 そして敗北に打ちひしがれそうになる俺。

 何度俺は繰り返してしまうのか。心底分かっていたはずなのに。

 

「じゃ、僕は行くね」

「あっ、はーい!」

「かいだーまたね~!」

 

 大喜びの谷本さんとにこやかな布仏さんに手を振られ、俺は背を向ける。

 せめて何も発さないのが俺の最後のプライドだ。

 敗者はただ黙って去るのみ。

 唇をかみしめて前を向くと、目の前でボーデヴィッヒが首を傾げていた。

 

「ふむ……今の会話のどこに勝負の要素があったか全く分からないのだが、とにかく君は負けたのだな?」

 

 

 やかましい。

 

 

 

 

 

「もう、智希は無茶し過ぎるよ」

「別に大丈夫だって分かってたからね。それにボーデヴィッヒさんもついててくれたし」

「それでもわざわざ自分から突っ込んでいくことなんてないんだからね」

 

 ベッドに腰掛けたデュノアは開口一番説教を始めてきた。

 と言っても篠ノ之さんの説教とは全く次元が違う。いい悪いの差ではなく、文字通り全然別物だという意味である。

 篠ノ之さんの説教は啓蒙でもしようとしているというか、教師的な空気だ。

 一方でデュノアのは一夏をたしなめている時のような、家族に対するそれだ。

 弟がいるのだし、姉が弟を叱るような感覚なのだろう。

 

「でも放っておくわけにもいかなかったんだよ。こっちは五組の人達を数人抱えてるんだし、その人達の安全のためにも」

「あっ、そういえば……」

「その人達が八つ当たりされる可能性がある」

「五組って昨日ひどかったみたいだけど、今日はどうだったの?」

「あれ、シャルは知らないの?」

「一組は夜に会議で共有するから、いいかなと思ってそこまで確認はしなかったんだ」

「ああ、今一夏が聞いてるわけか」

「うん」

 

 昼に相川さんから聞いたことだが、一組は担当を決めて試合を観戦しているそうだ。

 さらに一夏とデュノアが言うには夜にそれらの情報を持ち寄って分析を行っているとのことである。鈴やベッティや更識簪といった要注意人物に対しては夜竹さんが撮影を行って対策まで共有しようとしているようだ。

 なんだかんだで鷹月さんと四十院さんがバラバラになりかけたクラスを再度まとめあげたのだろう。

 元々人としてのスペックは俺よりも遥かに上な人達だ。やることが分かっているのなら俺などよりも高いレベルでやってのけられる。

 俺のように強権発動などしなくても理屈で納得させられるのだろうし、実際離れかけていた相川さん達も従わせていた。

 やはり俺がIS関連で何かをできるのは今だけ、せいぜい一学期だけのようだ。二学期以降はきっと徐々に差をつけられていくのだろう。

 

「じゃあ今日の結果だけ言うと、今日は十四試合あって二組が二勝、三組が五勝、四組が二勝、五組が五勝だった」

「それなら五組は盛り返せたんだ」

「数字上はね。ただし五勝のうち三勝は僕ら側の人達」

「あっ」

「正確に言うと三組と五組で組んだペアが二つあって、今日どちらも勝ったから便宜上三組一、五組一で計算してる」

 

 佐藤に菅原さんのことである。

 クラスの違う佐藤とベッティを組ませたため菅原さんは三組の生徒と組んだ。

 

「それって……」

「五組を抜け出した六人が得をしたっていう結果だね」

「行動を起こしたからこそ成果を得られたってことだと思うけど」

「理屈では納得しても、感情はまた別ものだから」

「そうだよね……」

 

 思い当たることでもあったのか、デュノアが俯く。

 それは自分のことか、それとも自分に近い誰かのことか。

 

「そんなわけで五組が実質惨敗であることに変わりはない。五組の中核メンバーですら半分しか勝てなかったくらいだし」

「じゃあ三組は……昨日七勝してるから足して十二勝!?」

「五組分の三勝を足すと十五勝。二回戦三十個の椅子のうち半分取れたね」

「それはまた……明暗がくっきり分かれちゃったわけなんだ」

 

 正直ここまでとは思っていなかった。

 平均値で七勝だから十勝くらいが目標だろうと考えていたのだ。

 ところが三組の生徒達は思いの外奮戦してくれた。最初に俺が負荷をかけたのが効いたのか、それとも鈴に瞬殺された二人の姿が焼き付いていたのか。

 その二人は初日の最初の試合で敗退して以降クラスメイトのサポートに走り回っていた。きっと切り替えられたわけではなく別のことをして頭を一杯にしていたかったからだろうが、それでもその懸命な姿は周囲に何かを感じさせるには十分だったと思う。

 

 俺は一回戦の三分の一しか見ていないが、ほとんどの試合は技術的にそこまで差があるわけでもなかった。となると勝敗を分けたのはメンタル面の要素が非常に大きい。焦ったり動揺したりすると一気に不利になる光景が数多く見られた。

 また二人組なため自分のことだけを考えていればいいわけではなく、相方への注意も払わなければならないのだ。

 同時に考えなければならないことが多過ぎて、マルチタスクを実行できる生徒でなければいきなり二対二のタッグマッチは厳しいと思わざるを得ない。

 ISにおける初めての真剣勝負という緊張もあるし、まず何より手を付けるべきだったのは精神面だったと今さらながら痛感したというのがこの二日の感想だ。

 

「タッグマッチの間は僕の方に矛先を向けておく必要があった。変にちょっかい出されたりしてつまんないことに意識を囚われてほしくないからね」

「それは……分からないでもないけど、だからってあんなに刺激しなくても」

「同時に発奮してもらう目的もある。この後負けた後にきちんと折れてもらわないといけないから」

「折れてもらう? どういうこと?」

 

 理解できなかったらしくデュノアが眉を寄せる。

 そういえばこのことを知っているのは三組関係者と鷹月さんくらいだ。

 一組のデュノアが知らないということは、鷹月さんはあえてクラス内で共有することをしなかったのだろう。せいぜい指揮班仲間の四十院さんに話す程度か。

 鷹月さんは気を引き締めさせるよりは勢いで押す方を選んだのだろうか。俺の目にはクラスメイト連中が緩んでいたように見えたが、下手にブレーキを踏ませない方がいいと判断したか。

 鷹月さんの性格的には締めにかかると思っていたが、四十院さんの意見を汲んだか、それともまた何か別の方法で締めたのか。

 

「聞いてないのか。じゃあ鷹月さんに聞いてみるといいよ。シャルが知ってていいと判断したら答えてくれるかもしれない」

「鷹月さん? 五組の話なのにどうして一組の鷹月さんが出てくるの?」

「別に五組だけに関係する話じゃないからね。シャルが知らないのなら僕の口から言っていいことなのか分からないから僕は言わない」

「どういうこと?」

 

 せっかくだから鷹月さん個人への援護射撃でもするかと思って言って、気づいた。

 そういえば、二十四時間ほど前に知ったばかりの事実だが、デュノアは男装している女だ。

 しまった。これはまずい。俺は敗北確定の恋愛に首を突っ込んでしまっている。

 しかも今の俺は真実を知りながらけしかけているという非難確定の所業を行ってしまった。

 どうしよう。実はデュノアが同性愛者だったりしないだろうか。いや駄目だ。それ以前に鷹月さんがそうではない。

 俺は心底どうでもいい内容についての爆弾を抱えてしまった。

 

「タッグマッチ全体に関わることで、気づくか気づかないか的な話なんだよ。一般の生徒向けのことだからシャルは教えてもらってもいいかもね」

「僕には関係ない話なの?」

「専用機持ちクラスなら当然考えてること、くらいかな」

「うーん、ちょっと見当がつかないけど、とりあえず明日鷹月さんに聞いてみるよ」

 

 釈然とはしていないようだが、デュノアはそれ以上突っ込むことはしてこなかった。

 このあたりが空気を読める読めないの違いだろうか。

 いいから言えと押し通そうとする一夏、言うつもりがないのなら素直に引くデュノア。

 

「まあそんな感じだから僕のことは心配しなくて大丈夫。何の考えもなしにやってるわけじゃないって理解してもらえれば」

「それはもちろん智希がしっかり考えてやってることくらいは分かってるつもりだけど、わざわざ危ない橋を渡ることはしないで欲しいな。さっき智希が言ったように理屈と感情は別物なんだから」

「それも込みでちゃんと顔を見てやってるよ。いざとなったらボーデヴィッヒさんもいるし、ここはIS学園なんだし」

「それでも、無茶をしないで欲しいと僕個人は思ってる」

 

 デュノアは心底気遣っているかのように俺の目を覗く。

 確かにデュノアの立場からするとそうだ。俺の思考はそちら側に使って欲しいだろうから。極端な話デュノアは自分の弟以外のことはどうでもよく、俺に余計なことをして欲しくない。

 

「まあそのへんは毎日ボーデヴィッヒさんから散々言われてるし、注意してやるよ。それよりも大事な話をしようか」

「う、うん」

 

 ようやく来たとデュノアは背を伸ばし、膝の上の拳を握りしめて体を固くする。

 わざわざデュノアを呼んだのはこのためだ。タッグマッチのことなど正直どうでもいい。

 本当は一夏も連れてきてどこまで理解しているか反応を見たかったのだが、生憎と今は一組の会議に出ている。正確にはあえて一夏に会議を任せてデュノアはやって来た。

 一夏に全てを話せない事情がある以上、込み合った話をするためには仕方ないと言えば仕方ない。

 

「まず話をする前に、今のこのことをボーデヴィッヒさんは、ドイツは知ってる?」

「ううん、言ってないから知らないはず。専用機も置いてきてる」

「フランスとドイツって監視し合ってる関係?」

「そこまではやってない。そもそもお互い同じ立場にあって目的も一緒だし、切羽詰ってて駆け引きをしてるような余裕もないから」

「温度差はあるようだったけど」

「それは僕と彼女の立場による違いだよ。向こうは任務の一つでしかないけど僕はなんとしてでも解決したい。その差が智希にはそう見えるんだと思う」

「うん、きっとそうだろうね。じゃあ今ボーデヴィッヒさんがシャルを尾行してる可能性は?」

「それは……少なくとも昨日今日はないと思うよ。だって智希も知ってるだろうけど、彼女はしょっちゅう同じクラスの人達に部屋に上がり込まれて遊ばれてるでしょ? 僕が部屋を出る前もそうだったよ」

 

 専用回線越しに聞いていたであろうデュノアが苦笑する。

 人形のようなボーデヴィッヒの姿はかわいいもの好きの女子高生にとってはたまらないとでも言えばいいだろうか。

 気を抜いた時に見せるボーデヴィッヒの子供っぽいしぐさが彼女達の心を掴んで離さないそうだ。また普段の軍人のような言動も背伸びをしているようで微笑ましいらしい。

 

「それならもう一つ突っ込んで聞くよ? シャルはこのことをドイツには知って欲しくない?」

「それは……」

「あるいは、フランスにも知って欲しくない?」

「!」

 

 俯きそうになっていたデュノアの顔が反射的に上がる。そしてその目は大きく見開かれている。

 その素直な姿に思わず俺は笑ってしまった。

 なるほど、デュノアは自分の母国すら信頼できなくなっている。

 つまりこの一連はデュノアの個人的な行動だ。もしかしたら一夏との関係も含めて。

 

「うん、分かった。じゃあ突っ込まれた時は僕が一組についてスパイしてるってことにしようか。中身は実際を適当に話してくれていいよ。スパイしてるのは事実だから」

「智希……」

「さて大枠が決まったところで本題に入ろうか。と言っても話をするのは僕じゃない。シャルだ」

「僕!? え、えっと、ちょっと待って」

 

 少し話を速く進め過ぎたか。

 デュノアが追いついて来ていない。

 仕方ないのでデュノアが落ち着くを待つ。

 

「ごめん、ようやく消化できた。それで、僕は何を話せばいいの?」

「たくさんあるよ。シャルのこと、シャルの家族のこと、ここ一年のこと、フランスのこと、ドイツのこと。あとは日本や一夏のこととかね」

「一夏のこと?」

「まあそのへんはおいおい。とにかく僕の知らないことを聞きたい」

「そうは言っても……智希ならだいたいは知ってるんじゃないかな? 僕の名前まできっちり抑えてる時点でもう十分詳しそうだし」

「いやいや、外から見える話じゃなくて、当事者ど真ん中にいる人の視点から知りたいんだよ。さっき温度差の話とかあったけど、やっぱり外側から見るのと内側から見るのじゃ全然違うんだからさ」

「な、なるほど」

 

 納得したようにデュノアが頷く。

 そんなことを言いながら俺は何も知らないのだが、結果知ってしまえば一緒だ。

 昨日まで知らなかった事柄も今日知ればそれからはもう常識になる。

 決して今さら何も知りませんとは言いづらいとかそういう話ではないのだ。

 

「別に今日全部話せとは言わないし、後で思い出したら付け加えてもいいよ。幸いこの一週間はタッグマッチで時間もあるし」

「わ、分かった。じゃあ何から話をすれば……」

「何より知りたいのはシャルの家族の話だね」

「それはエミールの、弟のこと?」

「も含めた家族の話。たとえば親子関係を姉弟は最初から知っていたのかとか」

「そういうこと」

「そういうのは本人じゃないと分からない話だよね? そのへんを時系列で話してくれれば嬉しいかな」

 

 デュノアが真剣な、いや少し怒りの篭った顔になって俺を見る。

 もちろんその怒りは俺に対して向いているわけではない。

 

「うん、分かった。じゃあ最初から話すと、僕達は三人で、お母さんとエミールと僕の三人でずっと生きてきた。父親なんて書類上の存在でしかないと思ってた」

「フランスでもごく一般的な家庭と言えるのかな」

「あるべき論で言えばよくない話だけど、実際男の人の数の方が少ないんだから大多数はそうなっちゃうよね。かといって父親のいる家庭の方が上だみたいな風潮はどうかと思うけど」

「そのへんはフランスも変わらないか」

「あ、ごめん。話が逸れちゃったね。でも少なくとも別に僕達は何とも思ってなかったんだ。お母さんは働きながらしっかり僕達を育ててくれたし、エミールもいい子だし、三人で幸せに暮らしてた」

「うん」

「お母さんはいつも落ち着いてる人であまり喋る方じゃなくて、僕が喋ってることの方が多かったかな? でもきちんと聞いてくれてたし、笑顔で頷きながら優しく僕の疑問なんかに答えてくれた。エミールもお母さんのことが大好きで、小さい頃は甘えん坊でずっとお母さんの手を離さなかったくらいなんだ」

 

 自分の家族を語るデュノアはとても楽しそうで、そして幸せそうだった。

 きっと何もなければそのままごく普通の家族として過ごしていけたのだろう。

 

「エミールってどんな子?」

「あ、ごめん。そのあたりも話さないとね。エミールは智希も知っての通り今十四歳で、僕と年子って言うのかな? 性格はお母さんによく似てて、僕と違って外で体を動かすよりも部屋で本を読んでるのが好きなんだ。ちょっと引っ込み思案なところがあるけど、とても優しい子だよ」

「なるほど」

「あ、今全然似てない姉弟だとか思ったでしょ? 一夏もそんな顔してた」

「いやいやいや、そんなわけないじゃない」

「本当に~? 一夏も今の智希みたいに焦ってたけど」

「いくらなんでも勘ぐり過ぎだよ。別にこんなとこで茶化そうとか思ってないから」

「そ、そう。ごめん」

「それよりも続き。家族の事情に突っ込むけどどうしてそれが変わっちゃったのか」

 

 別にデュノアの方にも一夏の方にも問題があったわけではない。

 実親のいない一夏が実親とはそんなものなのかと思っただけだろう。実でない親や姉妹ならたくさんいるのだが、子供の数が多いのでどうしても親を独占というわけにはいかない。

 俺の場合は片方でもそういう親がいるなら十分幸せだろうと思った程度である。

 

「うん……。エミールが十二歳の時に、ふと自分のお父さんはどんな人だろうって口にしたんだ。僕は特に興味もなかったんだけど、お母さんが困った顔で笑ってごめんねって言って、その時は何か触れちゃいけないものがあるような空気だった。エミールは昔の本を読んで自分の父親という存在が気になったらしくて、それから自分で調べてたみたい。しばらくして僕に笑顔で言ったんだ。お姉ちゃん僕達のお父さんが分かったよって。それがテレビの向こうでインタビューを受けてるあの人だった」

「十二歳で自分の父親を突き止めたのか」

「お母さんの部屋を漁ったらいろいろ出てきたんだって。写真とか手書きのクリスマスカードとかいろいろ。今までそういうことをしない子だったし、お母さんも油断してたんだと思う。僕は特に興味もなかったし」

「にしてもよく今と結び付けられたなあ」

「それは僕も思ったけど、その時は友達と一緒にやってたんだって。まさかもうガールフレンドができたのかと思ったけど全然そんなんじゃなかった。小学生の遊び感覚だったんみたい」

 

 それは別にどうでもいい。

 

「もちろん僕は怒ったよ。いくら家族と言ってもやっていいことと悪いことがあるって。エミールもちゃんと理解してくれた。でも、その後にエミールは言ったんだ。一度でいいからお父さんと話をしてみたいって」

「うん」

「その時僕はお母さんの顔が浮かんだんだ。エミールが父親のことを聞いた時、笑顔の奥で悲しそうだったお母さんの顔が。それで僕は腹が立ってきた」

「え?」

「お母さんを捨てて今もあんなに悲しい顔をさせているあいつを許せないって。せめて一発ひっぱたいてやりたいって」

「それは……」

「別に今さら責任を取れとかそういうことじゃないよ。僕達は幸せに暮らせてたんだし。ただ恨み言の一つと一発叩くくらいはしてやりたいと思ったんだ」

「なるほど」

「それで僕はエミールに分かったと言った。一度でいいなら合わせてあげると」

「また無謀なことを」

 

 相手はそのへんの一般人ではない。

 フランス有数の大企業の社長だ。

 全くもっていきなり突撃して会えるわけがない。

 まあ子供特有の無鉄砲さなのかもしれないが、それはそれとして今の姿も見ると、もしかしたらデュノアは一度こうと決めたら難易度など考えずに突き進む人間なのかもしれない。

 

「それは最初から分かってるよ。ただ相手の正体もはっきりしてるんだ」

「大企業の社長さんだね」

「そう。ISを作ってる会社。そしてちょうどその時、中学生向けのIS代表候補生募集があったんだ」

「まさに渡りに船だと」

「うん。同じ場所に入り込めればいつか機会はあると思った。と言っても募集要項を見たら自分の力じゃどうしようもない大きなハードルがあったんだけどね」

「ハードル?」

「IS適正Aランク限定という努力ではどうしようもないハードル」

 

 遺伝すら関係ないとされるIS適正は、本当の意味で運と言えるかもしれない。

 

「確かにそれはどうにもできないね。だけどシャルはそれを乗り越えられたんだ」

「本当に幸運なことに、だね。適性検査を受けたらAランクが出て、僕は試験に臨む権利を得ることができた」

「それはおめでとうと言っていいのかな」

「ふふっ、確かにAランクが出なかった方が結果的にはよかったかもしれないね。いや、どのみち一夏と智希が出てきてたんだから、結局一斉検査されて一緒だね」

「一緒ではないかな。だってそのおかげでISの世界に入ってエミールのために何かができるわけなんだし」

「確かにそうだね。ありがとう」

 

 俺に何を感謝するのかと一瞬思ったが、自分のやってきたことは無駄じゃないと俺がフォローしたように感じたのだろう。

 ただデュノア個人にとって、ISの世界に入ったことがよかったのかどうかは分からない。

 

「それから僕は猛勉強して、ついに代表候補生の座を勝ち取ることができた。エミールも協力してくれて家事とか家のことをすごく助けてもらったんだ。お母さんはもしかしたら察してたかもしれないけど、何も言わずにがんばれって背中を押してくれた。本当に二人のお陰で僕は代表候補生になれたと思ってる」

「うん」

「ISパイロットのお給料はすごくいいし、将来お母さんに楽をさせてあげたい。エミールには約束通り父親に会わせてあげたい。願いの方は十年先の話だけど、約束の機会はすぐにやってきた」

 

 それまで楽しそうに話していたデュノアの口調が変わる。

 一言一句聞き逃すなとばかりに俺を見据えた。

 

「代表候補生の任命式があったんだ。その時は家族も呼んでよくて、さらにあの人もラファールの会社の社長として出席していた。僕達は初めて一堂に会した」

「それで話はできたの?」

「結果的にはできたみたい。僕はその場にいなかったけど」

「どういうこと?」

「電話越しにエミールがそう言ってたから。あれ以来僕はエミールの顔を見てない」

 

 そういえば昨日そんなことを言っていた。

 

「あの日なぜかエミールは迷子になって、どうしてだかISの格納庫にいたんだって。セキュリティ上絶対に一般人に行けるはずのない場所だよ。そしてさらにエミールは男子なのにラファールを起動して、任命式の行われている広場に飛んできた」

 

 どこかで聞いたような話だ。

 

「うん、一夏の時と全く同じだよ。一夏もよく覚えてない気がついたら目の前にISがあったって、エミールと同じことを言ってた」

「僕もそんな話を聞いたね」

「これは偶然? それとも必然? 智希はどう思う?」

「僕の場合はそうじゃなかったからなんとも言えないけど、四人目の人がそうならきっと必然じゃないかな?」

「なるほど……」

 

 デュノアが下を向いて考え込む。

 まあ、何となく分かった。

 やはりそのエミールはこちら側と同類の人間だ。

 

「でもね」

 

 ほんの数十秒の間だったろうが、思い出したかのようにデュノアが顔を上げる。

 

「確かなこととして、あのときのエミールはこれ以上ないくらいの笑顔だったんだ。それだけは間違いない」

 

 つまり、今のエミールは笑顔ではないというわけだ。

 果たしてそれは、誰のせいなのか。

 

 

 そこまで見えると、『不利益』の内容が分かった気がした。

 

 

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