月光に導きを求めたのは間違っていたのだろうか   作:いくらう

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鍛冶屋回、13000字くらいです。

100000UA行きました。多くの皆様に読んでいただけてありがたい限りです。
感想評価お気に入り、誤字報告もいつもありがとうございます。


09:鍛冶師

「………………むぅ」

 

 オラリオに日が昇り、それが天頂に近づいてきた時刻。エリスは夢の世界から半分ほど現実世界に意識を戻して、ベッドに横になったままむにゃむにゃと口を動かした。

 

「んん……」

 

 そこに、雲が晴れたかカーテンの隙間から日光が差し込んできて、彼女の寝顔を一筋照らす。しかし、彼女はそれを嫌う様に寝返りを打ってから僅かに眼を開き、眼を閉じて枕に抱き着いて、次の瞬間突如覚醒してベッドから転げ落ちた。

 

「遅刻!!!!」

 

 叫んだ彼女は弾けるように立ちあがって着ていた寝間着を脱ぎ散らかすと、手早くハンガーに掛けてあった普段着に袖を通し度の入っていない眼鏡をかけ椅子に掛けてあったケープを引っ掴み――――そして今日が休みである事を思い出して、衝動的に手に持ったケープをベッドに向けて叩きつけた。

 

 ……それから、彼女は酷く落胆して肩を落とす。せっかくの休日の始まりをこの様な形でスタートさせてしまった悔しさゆえだ。しかし、自身に喝を入れて飛び起きた彼女は今更ベッドに飛び込もうという気分では無く…………結局、彼女はベッドの上のケープを肩にかけると遅い朝食を取るべく部屋を出て階段を降り、リビングへと足を踏み入れた。

 

「おっと、おはようエリス神……いや、もう昼か。今日は仕事は休みかね?」

 

 エリスが戸を閉めると、その物音に気づいたルドウイークが顔を上げて穏やかに笑いかける。机に向かう彼は目前に大きな製図紙を広げており、そこには何やら二本の剣と思しき図が描かれ、その各所に細かく説明文が記されている。

 

「おはようございます、ルドウイーク…………何書いてるんですか?」

「いや、新しく武器を用立てようと思っていてな。その図面作りだ」

 

 そう言うと、彼は図面の上に乗っていた筆記用具を避けてエリスが座れるようにとソファの端へと寄った。その空いたスペースにエリスは腰を下ろして、図面をまじまじと見つめる。

 

 それは一見、何の変哲もない長剣である。いや、実際その長剣()()特別な物は無い。問題はそれを仕舞うべき鞘の方だ。

 

「…………長剣の鞘にしては、大きくないですか?」

 

 そう言って、エリスは長剣と共に描かれた長大な刃じみたそれを指差した。実際、それは腰に()くものとは思えない大きさだ。図面によれば、それは1.5M(メドル)に迫る大きさを持つと言う。そんな鞘を持ち運ぶことに、意義があるとは思えない。エリスはそう考えて、ルドウイークに少し冷たい視線を向ける。

 しかしその視線を受けたルドウイークはその反応を予想していたと言わんばかりに頷き、身を乗り出して図面の長剣に指を滑らせた。

 

「これは、私がヤーナムで使っていた武器でね。貴女の反応から察するに……どうやらオラリオには無い物のようだな。安心した」

「えっと、つまり……つまりこれ、異世界の武器ですか?!」

 

 ルドウイークの言葉を飲みこんだエリスは彼の耳元でひどく驚き、突如耳元で大声を出されたルドウイークは珍しく、心底驚いたように目を丸くした。一方エリスはそんな彼の様子にも気付く事無く、驚愕したまま図面に食い入る様に顔を近づけ説明文に視線を走らせる。

 

「んん……えっとこれ……長剣を鞘に入れると固定されて…………? これもしかして、鞘ごと振るうんですか!?」

「その通りだ」

 

 この短時間で武具の概要を正しく理解したエリスの驚愕をルドウイークは首肯を持って迎え、そして再び身を乗り出して図面を指差し補足を始めた。

 

「これはヤーナムで私が考案した武器の一つでね。扱いやすい長剣と攻撃力の高い大剣、二つの側面を持った<仕掛け武器>だ。他の仕掛け武器に比べれば単純な構造ではあるが、その分耐久性に優れ整備も行いやすい。それにオラリオの鍛冶師たちの腕を聞く限りでは再現も困難と言うほどの物ではないように思えるし、何よりも私にとって慣れ親しんだ武器だ」

「成程……じゃあ、この図面を元にこの武器を誰かに作ってもらうつもりって事ですね?」

「ああ。後の問題は、どの【ファミリア】にこの図面を持ち込むかだが――――」

 

 ――――やはり【ヘファイストス】か。ルドウイークはこのオラリオでも最大規模の鍛冶【ファミリア】の名前を思い浮かべて口に出そうとした。しかしそれに先んじて、エリスが悩まし気に腕を組んで口を開く。

 

「……【ヘファイストス】の所に頼むのはちょっと怖いので、まずは【ゴブニュ】の所に持ち込んでみませんか?」

「【ヘファイストス】はダメなのかね?」

「えーっと…………昔、ちょっといろいろあって、彼女には少しばかり借りがありまして……」

 

 ルドウイークの疑問に、エリスはバツの悪そうな顔で答えた。それを見たルドウイークはその借りとやらが『少しばかり』では済まない物なのだろうと看破して、しかしそれを指摘するような事はせずに納得し、図面を巻いて机の横に置いてあった背嚢へと放り込んだ。

 

「ならば、まずは【ゴブニュ・ファミリア】だな」

 

 そう言うと彼は席を立ち、壁に立てかけてあった<月光>を革袋に仕舞い込んで背負いその上から背嚢も背負いこむ。それを見て、エリスは眉を顰めた。

 

「鍛冶屋さんに<月光>も持っていくんですか? それはちょっとまずいんじゃ……」

「家に置いておく訳にもいくまい。心配せずとも、鍛冶師たちには見せぬよ」

 

 エリスの疑問にあっさりとした口調でルドウイークは答えると、そのまま部屋を出て行こうとする。しかし、エリスはそんな彼の背を快く送り出す事はせず、むしろいくつかの心配事で頭がいっぱいだった。

 

 万一、あの<月光>がゴブニュに一目見られでもしたら。それは正しく大問題だ。自分でも容易く察知できたあの大剣の異常性を、鍛冶の神たるゴブニュが見抜けぬはずはない。

 それにルドウイーク、彼は意外に頭も回る男だが、交渉事があまり得意でないのは知っている。ゴブニュの所の職人たちに限ってまず無いとは思うが、もし偉い金額を吹っ掛けられてもあっさりと首を縦に振るだろう。それは良くない。ようやく日常生活が真っ当に送れる様になってきたのだ。ここでの余計な出費は致命的である。

 

 ――――もう、休み無しで出ずっぱりはこりごりです!

 

 一時期の超過労働ぶりを思い出したエリスは、もう二度とそのような目に合って堪るかという、強い決意に満ちた瞳でルドウイークの事を呼び留めた。

 

「ルドウイーク! 五分くらい待っててください! 私も行きますので!」

「突然どうしたのかね? せっかくの休日だろうに」

「そりゃ、ルドウイークさんって割とお人よしなので、不利な取引になったりしないか心配だからですよ! 私の目の黒いうちは断じて無駄遣いは許しませんからね!」

「交渉事が苦手なのは否定しないが…………まぁ、私は構わない。休日をどう使うかは、貴方の自由だからな…………」

 

 

 

<◎>

 

 

 

 オラリオの大通りは、相も変わらず多種多様な人種、職種の人々でごった返していた。丁度昼時と言う事もあってあちこちにある食堂は人々で賑わっており、道に立ち並ぶ屋台の中には行列が出来ているものもいくつかある。

 

 その一つ、ジャガ丸くんなる惣菜を売る屋台にヘスティアらしき店員の姿を見かけたルドウイークは、エリスと彼女の関係性から鑑みてそれを見なかった事にして、隣を歩くエリスに目を向けた。

 

「エリス神」

「……………………」

「エリス神?」

「…………むぐっ?」

「無駄遣いは許さないのでは無かったのかね?」

 

 ルドウイークの冷ややかな視線を受けて、エリスは口の中に詰め込んだ甘味――――『おはぎ』なる、極東の出と思しき少年と義手の男が売り歩いていた品だ――――を一気に飲みこんでから、知らぬ存ぜぬと言わんばかりに視線を逸らす。その様を見たルドウイークは頭痛を堪えるかのように額に手をやって、溜息を吐きながら苦言を呈した。

 

「まったく。我々にそこまでの経済的余裕がないのは、貴女は良く分かっているだろう。無駄遣いは避けるべきだ」

「わ、分かってますよ! でも私は神なので、もっとこう奔放に過ごしていたいというか……」

「口の周りが真っ黒だが。それでは神の威厳も何もなかろうに」

 

 そうルドウイークが指摘すると、エリスは顔を逸らして懐からハンカチを取り出して口元を拭き、それから何事も無かったかのように歩き出す。ルドウイークは聞き分けの無い子供を見るような目で彼女の背を眺めてからその後を追った。

 

 そうして二人並んで歩いていると、ふとエリスが思い出したように口を開く。

 

「…………そう言えばルドウイーク。あの図面の説明はこちらの共通語で書かれていましたが、いつの間にこの世界の文字を?」

「ニールセンに頭を下げて教えてもらったんだ。何分、読み書きが出来ないというのは些か以上に不便でね」

「ニールセンに……それなら、何で私に聞いてくれなかったんですか? 言ってくれれば一からキッチリ教えてあげたのに」

「エリス神の多忙さを知っていれば、そんな事は言えんよ。毎日夜遅くまで給仕の仕事など……神たるあなたには耐え難い物なのではないか?」

「えっいや……確かにキツイですけど、そこまで嫌いではないんですよあの仕事。いろんなお客さんが居て楽しいですしね」

 

 喧嘩してるところとか、【黒い鳥】やマギーに店の外に放り出されたりするところとか……。

 

 そんな争いの女神としての本音をエリスは飲みこんで、張りつけた笑みをルドウイークに向けた。彼はそれを疑う事は無かったようで、少し安心したかのように微笑むと、また周囲の喧騒に目を向ける。

 

 まだ、彼はこのオラリオの雰囲気に慣れ切ってはいないのだろう。

 

 きょろきょろと様々な店や人に目を向け、時に考え込み、時に目を輝かせるルドウイークを眺めて、エリスは争いを見たときとは別の楽しさをしばしの間感じていた。

 

 

 

 

 そうして歩き続けた彼と彼女は北と北西、それぞれの大通りに挟まれた区画へと足を踏み入れた。更に立ち並ぶ民家の間を潜り抜け、複雑に入り組んだ区画をしばらく進んでいった先で、彼らの前に石造りの平屋とも言える建物が姿を現す。その入り口には、誇らし気に三つの鎚の刻まれたエンブレムが掛けられていた。

 

「ここがそうかね?」

「ええ。知名度や規模は劣る物の職人たちの腕に関しては【ヘファイストス・ファミリア】に並ぶという鍛冶の古豪。神【ゴブニュ】の率いる【ゴブニュ・ファミリア】の本拠地(ホーム)ですよ」

 

 その姿を眺めながら尋ねたルドウイークに、その横顔を覗き込みながらエリスは答えた。彼女の顔には、彼の驚きや好奇心を楽しむ笑顔が浮かんでいる。暫く一人と一柱はそこで足を止めていたが、すぐに意を決し、その入り口をくぐってゆく。

 

 入り口をくぐればそこは正しく鍛冶屋の工房、それをファミリア単位に相応しい規模へと拡大したとでも言うべき巨大な空間へとすぐに辿りついた。

 そこには炉の前で火の粉が散る中赤熱したインゴットに鎚を振るうドワーフ、完成した武具を荷車に乗せ運搬する猪人(ボアズ)、火の気配から離れた位置に無造作に置かれたテーブルに向かって、冒険者と何やら交渉を行う人間(ヒューマン)と、鍛冶仕事全般に従事する者達が(ひし)めいていて、まさしく鍛冶ファミリアの本拠と呼ぶに相応しい場所である。

 

 そんな場所へ足を踏み入れたエリスとルドウイークだが、そんな彼らの作業風景を前に誰に話しかけるべきか分からず、しばらく入り口近くにただ立ち尽くしていた。

 

「…………どこもかしこも、鍛冶師ばかりだ。受付とかは居ないのかね?」

「さぁ……? 私も、ここに来るのは初めてな物で…………」

 

 彼らは顔を見合わせ、そしてきょろきょろと誰か手の空いている者が居ないかを探し始めた。すると、工房の全てを見渡せるであろう場所にあるテーブルで全体を眺めていた一人の老人が、彼らに気づくと立ち上がって歩み寄って来た。

 

 その老人は、周囲の鍛冶と比べても明らかに一線を画した風格を放っていた。何処が境かも分からぬ白い髭と頭髪を長く伸ばし、髪は頭の後ろで一つに纏めている。上半身裸のその赤銅色に焼けた肉体はまさしく筋骨隆々と呼ぶしかないほどに鍛え上げられており、所々に痛々しい火傷の跡。だがその古傷はまさしく鍛冶屋の勲章とも言うべきものであり、それだけで彼の鍛冶屋としての経歴の長さを示していた。

 

 ルドウイークは彼から感じる圧に、一瞬彼こそがこのファミリアの主神【ゴブニュ】では無いかと訝しんだ。しかしすぐに神威を感じぬ事に気が付いてその考えを振り払う。

 そんな彼を気にも留めず、老人はその威厳すら感じる風貌とは裏腹にどこか親しみやすささえ感じるような仕草で尋ねた。

 

「おう、お客さんかい? ちと、もうすぐ【ロキ】の所の奴らが帰ってくるんでよ、皆奴らの武器を修理するための準備に忙しいんだ」

 

 そう言った彼は、【ロキ】という名に一瞬げえっと言わんばかりの顔をしたエリスの姿に人の良さげな笑顔を向けた後、自身が先程まで腰掛けていたテーブルを肩越しに親指で指し示した。

 

「商談か何かなら、とりあえず俺が話を聞くぜ? けど、立ったまま話すのもなんだし、ひとまず座れるところに移動しようや」

 

 エリスとルドウイークはその提案に従い、そのテーブルに向かってそれぞれ席に腰掛ける。そして老人は彼らの向かい側の席に腰掛け、テーブルの隅に置かれていた水筒からコップに水を注いて二人の前に差し出し、それから豪快に自身の分を飲み干してから己の名をどこか楽しげに明かし始めた。

 

「そんじゃ、まずは自己紹介と行こうぜ…………俺は【アンドレイ】。ここの親方衆の頭領をやってる。ま、他のファミリアで言ったら団長みたいなもんか……」

「アンドレイ……貴方があの噂に名高い【薪の鍛冶(シンダー・スミス)】ですか!? お目にかかれて光栄です!」

「ハハッ、よせよ女神さま。俺はこの通りただの口うるさい爺さんだ。とりあえず座りな。んで、あんたらも自己紹介頼むぜ」

 

 立ち上がり、驚くエリスにアンドレイは席に着くように言うと自己紹介をするように促す。それに応じて、ルドウイークとエリスは自身等の素性を明かし始めた。

 

「私はルドウイーク、冒険者だ。こちらが私の主神である【エリス】神」

「どうも、エリスです」

「エリス……【エリス・ファミリア】か、久しく聞くな! てっきり五年前の時に潰れちまったもんだと思ってたが……」

「五年前?」

 

 アンドレイの発言を捉えて首をかしげるルドウイーク。しかしその疑問にアンドレイが答える素振りを見せる間もなく、エリスが会話に割り込んで、別の疑問をアンドレイに投げかけた。

 

「お気になさらず。それより、何故団長である貴方がいきなりやって来た私達に対応してくれるんですか? うれしいですけど、他の者に任せてもいいでしょうに」

「ああ、あんたらウチは初見だろ? そういう奴は、まず俺が見る事に決めてる。で、それから誰に仕事を回すか、或いは叩き出すかを考えるわけだ」

 

 にっこりと歯を見せて笑うアンドレイのその言葉に、エリスは緊張で体を強張らせた。つまり、ここで彼のお眼鏡にかなわなければゴブニュ・ファミリアを利用できない。それだけではなく、今後の依頼を行う際の優先順位やらにも影響するだろう。

 

 何としてもいい印象を得てもらわないと……!

 

 エリスは膝の上に置いた手を握りしめ、緊迫した視線をルドウイークに向ける。彼もエリスと同様、緊張した面持ちでアンドレイの動向を見つめていた。

 

「とりあえず、まずは注文を貰うとするか。何がお望みだい、お客様方?」

 

 そんな彼と彼女とは対照的に、あくまで明るく振る舞うアンドレイ。その言葉にルドウイークが降ろしていた背嚢を開き、中から一枚の図面を取り出してアンドレイの前に差し出した。

 

「……武器の制作を頼みたいのだが、ここに私の書いた図面がある。それを見て、まずは見積もりを立ててほしい」

「おいおい大丈夫かよ。そう言ってくだらねえ落書きを自慢げに見せつけてくる奴、年に両手で数えきれんほど居るぜ?」

「と、とりあえず見てみてください! お願いします!」

「はいよ。じゃ、ちょっと時間くれ」

 

 現れた図面を一瞬アンドレイは訝しんだが、切羽詰まって迫るエリスの剣幕に応えるように図面を広げ、そこに描かれた図に視線を走らせた。

 

「ふーん、ほうほう。成程……んん? こいつは…………」

 

 老鍛冶は図面を見て何やらぶつぶつと呟きながら、それを食い入る様に見つめている。その様子をエリスはガチガチに緊張して見守り、隣に座したルドウイークも顔こそ平静を装っているが、手に汗握り彼の反応を待ちわびていた。

 

 そうしてしばらく彼らがアンドレイの様子を見つめていると彼は突然立ち上がり、近くの壁に設置されていたラッパじみた口を開けたパイプの一つに歩み寄って、その口に向けて工房中に響き渡るような大声で叫んだ。

 

「俺だ!! テメェ暇してるだろ!! ちょっと工房に来い!!!」

 

 体を強張らせた一人と一柱を他所に、何処かへの連絡を終えたアンドレイは椅子にどっかと腰掛け自身のコップに水を注ぎ、それを一息に飲み干してから腕を組んで沈黙した。

 

 ルドウイークとエリスは彼が何者かをこの場に呼びつけたのだとすぐに理解して、片や固唾を飲み、片や周囲をせわしなく見渡してその何者かの到着に備える。そして、すぐにそれらしき男は現れた。

 

 黒いレンズのグラスを掛けた、一見何処にでも居そうな人間(ヒューマン)の男だ。歳はルドウイークと同世代だろうか。しかし良く見ればその肌の一部は鱗じみて硬質化しており、本当に真っ当な人間なのか不安が過ぎる。だがその男はルドウイークとエリスの怪訝そうな視線を無視して、アンドレイに対して不機嫌そうに食って掛かった。

 

「老いぼれめ、人の昼寝を邪魔して一体どうしたんだ」

「いいから見てみろよ。こいつは中々面白いぜ」

「…………ふむ…………ほう?」

 

 図面を投げ渡された男はつまらなそうにそれに目を走らせた後、アンドレイの座る椅子の隣に腰掛けてそれをまじまじと見つめ始めた。その様子を横目に見た後、アンドレイはルドウイークとエリスに向き直って、その男について紹介し始める。

 

「こいつは【エド】。腕は立つんだが、俺以上に偏屈な野郎でな。片手で数えるくらいの冒険者にしか武器を作ってやってねえんだ。あんまりタダ飯食わせるのも癪なんで呼び出したんだが…………おいエド! どうだ? 仕事する気にはなったかよ」

「………………」

 

 しかしエドは黙して答えず、図面に視線を向けたままだ。それを見て、エリスは口元を隠してルドウイークの傍に寄りながら図面を眺め続ける男に訝し気な視線を向けた。

 

「あの……大丈夫なんでしょうか。めっちゃ図面睨んでますけど……」

「私に聞かないでくれ。ひとまず、彼の反応を待つしかなかろう」

「アンドレイ」

 

 ルドウイークがそう呟いた瞬間エドが顔を上げ、隣に座るアンドレイに向け声を掛けた。机に肘を突きその行く末を見守っていた老鍛冶が顔を上げると、エドは不機嫌そうに、しかしどこか興奮した目で図面を見せつける。

 

「何だこの武器は? 今までに見た事の無い発想だ。これを考えた奴は妄想癖があるか、よっぽどろくでもない状況に追い込まれたか、あるいは頭の狂った奴だろう」

「褒められてますよ」

「褒められてないだろう」

 

 苛立ちのような物を見せつつアンドレイに詰め寄るエドの言を聞いて、エリスは先程までとは打って変わりにやにやと楽し気にルドウイークに笑いかけた。それをルドウイークがうんざりと言った様子で受け流していると、エドは不機嫌そうに彼らを睨みつけた。

 

「お前達がこの武器を考えたのか? それほど賢い発想が出来る部類の奴らには見えないが」

「……言いますね、この子。かつては謀略で鳴らした私に、頭のよさで喧嘩を売るとは――――」

 

 瞬間、いつの間にか立ち上がっていたアンドレイがその拳骨をエドの頭に叩きつけテーブルに盛大にキスをさせた。その様子を見たエリスは一瞬呆気に取られたが、すぐにそれを腹を抱えて笑い出す。一方それに驚いて目を丸くしていたルドウイークは、案ずるようにエドへと声を掛けた。

 

「…………無事かね? 貴公」

「無事に見えるか…………!?」

 

 その言葉に、顔を上げたエドは鬼のような形相で額から血を流しつつ答える。そして歪んだグラスを無理やりに曲げ直して掛け直すと、ルドウイークに睨みつけるような視線を向けて尊大に腕を組んだ。

 

「……お前がこの武器の考案者か。今日来たのは、これを形にしてほしいという認識で構わないか?」

「あ、ああ。そう思ってもらって構わない。だが、まずは見積もり……いや、先に怪我をどうにかした方が」

「怪我はどうでもいい。代金もタダでいいぞ」

「タダですか!?」

 

 エドの予想外に都合のいい発言に、今まで彼を笑い続けていたエリスがそれを止めテーブルに身を乗り出して声を上げた。それにエドはアンドレイに対して一度目を向け、彼が黙したままなのを確認するとテーブルに肘を立てて指を組み、エリスの言葉に頷いた。

 

「ああ、タダだ。しかし、何の対価も無しと言う訳では無い」

 

 その言葉にエリスとルドウイークの目に緊張が走った。一体何の対価を彼は要求しようと言うのか。素材集め……それなら分かる。だがその必要な素材がルドウイークに手の出せぬ階層にて出土するものであれば、一気に道は閉ざされてしまう。他にもいくつかの対価の可能性は考えられたが、もっともあり得そうで、もっとも彼らが心配するのはそれであった。

 

 しかし、エドの口から語られたものは彼らの予想とは全く別の物だった。

 

「…………その図面の権利をよこせ。そして、他のファミリアにこの武器の構造を口外しないことを誓ってもらおう。そうすれば、この武器の試作や完成品をタダでお前に卸してやる」

「えっ? そんなのでいいんですか?」

「そんなのとは何だ。新武器の図面など鍛冶ファミリアが欲しがるのは当然だろう。それにこの武器、図面では大剣だが、先端をメイスや鎚のような物に変えたなら斬撃と打撃攻撃の切り替えなども出来るだろう……そう言った意味では将来性も見込める。俺としては、まずここで手に入れておくべき品だと思うが…………お前もそう思うだろ、アンドレイ」

「ああ、俺もそう思うぜ…………って訳で、こっちとしてはそう言う感じで話を進めたいんだが、どうだ?」

 

 このオラリオにおいては、数々のファミリアが切磋琢磨し、成長を続けている。

 

 …………と言えば聞こえはいいが、実際には互いのファミリア同士で争う事で結果としてそれぞれの勢力を、そしてオラリオ全体の技術を伸ばしてきていた。このゴブニュ・ファミリアも例外ではなく、日夜鍛冶と言う面で他のファミリアとの競争を続けているのだ。

 そんな彼らが市場に無かった新種の装備に興味を示すのは至極当然な流れと言えるだろう…………しかし何よりも、エドの推論にルドウイークは驚きを隠せなかった。何せ、ヤーナムにはそう言った武器が実在していたからだ。

 

 <教会の石鎚>と呼ばれるそれは、今回ルドウイークがエドやアンドレイに見せた大剣と同様、長剣を元に大槌型の装備を装着する事で巨大な石槌とする武器である。

 教会、という言葉が示す通り教会の狩人達に愛用されたそれは、扱いやすい長剣で様々な状況に対応し、一方巨大で頑強な肉体を持つ相手に対して破壊力の高い石槌で対抗するというコンセプトの武器だ。

 

 それと同様の武器をすぐさま考え付いたエドの頭脳はルドウイークを感嘆させるには十分だった。そしてそれは彼らとの取引を肯定的に進めたいと思う格好の材料となり、ルドウイークはエドとアンドレイの提案に、何ら異論なく首を縦に振る。

 

「私としては、それで構わない…………エリス神はどうかね?」

「いや、タダで作ってもらえるって言うなら文句ないです! ぜひぜひ!」

「ハッハッハ! 決まりだな!」

 

 エリスとルドウイークの反応に気を良くして、アンドレイは白い歯を見せて豪快に笑った。そして、未だに額から血を垂らしながらも尊大そうに眼を細めるエドの肩を今度は軽く叩く。

 

「じゃ、頼むぜエド」

「…………俺が? お前がやれよアンドレイ。引退考えてるからって、人に仕事を丸投げするな」

「俺はロキ・ファミリアが帰ってきた時の準備に忙しいんだよ。お前も仕事しなきゃそろそろマジで怒るぜ?」

「チッ…………おい、移動するぞ」

 

 アンドレイに食って掛かるもあっさりと言いくるめられて、エドは席を立ち、人気のない工房の隅に置いてある円卓を顎で指し示した。それに従いルドウイークとエリスはアンドレイに礼を言ってからエドの後に続き、彼と共にテーブルの上に広げられた図面を囲むのだった。

 

「…………改めて自己紹介と行くか。俺は【エド・ワイズ】、鍛冶師だ。そっちの女神は?」

「【エリス】です。そしてこちらが<ルドウイーク>」

「よろしく頼む」

「ああ、とりあえずルドウ()ーク。その腰の剣、そいつを見せてくれ。冒険者の人となりを知るなら、話を聞くより武器を見る方が早い」

「私はルドウ()ークだよ」

「フン、紛らわしい名前だな」

 

 自身が名前を間違えても悪びれる様子も無く、あまつさえその名の判別のしにくさに口を尖らせるエドにルドウイークはただ苦笑いを返し、エリスもムッとして彼を睨みつける。

 だがエドはそんな彼らの反応もどこ吹く風と言わんばかりに鞘ごと剣を受け取って、それを抜いてみたり柄を握り手に力を込めてみたりと慎重に剣を検めていた。

 

 そしてそれが一通り終わると、彼は剣を抜き放ったままにルドウイークに確認するように尋ねる。

 

「…………数打ちの、普通の剣だな。アンタレベルは?」

「1だ」

「嘘つけ」

 

 ルドウイークの答えに瞬時に否定を叩きつけ、エドは苦虫を噛み潰したような顔で彼を睨みつけた。確かに、ルドウイークの実力は到底レベル1に収まる物ではない。だが看破されていいものでも無い。万一ギルドにレベルの偽装の件が露呈すれば、まず間違いなく多額の徴税など大きなペナルティを受ける事になるだろう。

 故にそれを聞いたエリスは内心の動揺や驚愕を一歳表に出さず、ふてぶてしい態度を保ったままにその否定に対して否定で受けて立つ。

 

「何を言ってるんですか? ルドウイークは正真正銘レベル1の冒険者ですよ?」

「謀略で鳴らしてた割に三文芝居だな、エリス神」

 

 しかしエドはエリスの悪あがきをバッサリと切り捨てて、抜き身の剣を二人に向けて見せつけた。

 

「隠そうとしてるとこ悪いが、レベル1の腕力じゃこう言う摩耗の仕方はしないんだよ。普通剣ってのは相手を切り裂く刃から摩耗するもんだが、こいつはそれより先に柄の方がイカれ始めてる。持ち主が身の丈に合わない――――自分の力を大きく下回る武器を加減抜きに使うとこう言うガタが来るんだ。心当たり、あるだろう?」

 

 その武器職人の見地からの物言いに、エリスとルドウイークは一つの反論もする事が出来なかった。実際にルドウイークは武器の摩耗を感じてこの場へと足を踏み入れており、むしろ彼の指摘に対して舌を巻く思いであった。エリスに至っては渾身の演技を三文芝居と評価されたことで怒りで眉間に皺を寄せていてとても理性的な反論ができるような雰囲気ではない。

 

 そんな二人の様子を見て自身の見解への自信をさらに強めたエドは、しかし一度溜息を吐くと今までに無かった友好的な表情を浮かべて、一人納得するように頷いた。

 

「だが、悪くない」

「……何がですか?」

 

 そんな彼の様子に、怪訝そうに眉を顰めたエリスが声を掛けた。それに対して、彼はまたどこか楽しげに、安心したように椅子へと深く寄りかかりコップに入った水を口にする。

 

「…………何。俺は、武器を作ってやる相手に一つ条件を課しててな。偶然だが、アンタ合格だ」

「……すみません。あの、条件って?」

「『弱み』だよ」

 

 もう一度コップに口をつけて中身を飲み干したエドは、エリスの問いにひねくれた笑みを見せながらに言った。

 

「『俺に弱みを一つ握らせる事』。それが俺が武器を作ってやる相手に求める条件だ」

「この男……初めて見た時から思ってましたけど、マジでロクでも無い男ですね……!」

「俺の武器で下手な事されちゃあ堪らんからな。そうならないように釘を刺しとくのは当然。悪趣味って言うよりも、ちゃんと責任感が強いって言ってほしいね」

 

 怒り心頭のエリスの恨み言をあっさりと竦めた肩でいなしたエドは、自身が絶対的優位にあるという確信を持った笑みを彼女に向ける。それがもう限界近くにまで癪に障ったのか、エリスはそっぽを向いてもはやエドの顔を見ようとしない。

 

「まあ、そう邪険にするなよ。折角やる気になったんだ。あんたらが気に入ろうが入るまいが、俺はこの図面の武器を完璧に仕上げてやる。それでいいだろう? ビジネスライクに、ドライに行こうぜ。【黒い鳥】の奴みたいにな」

 

 言ってエドは心なしか非協力的になりかけている二人の意向を一切無視して立ちあがると近くの棚から紐を取り出して、まずルドウイークの手の大きさを計る所から作業を始めるのだった。

 

 

 

<◎>

 

 

 

 【ゴブニュ・ファミリア】の本拠に足を踏み入れてから五時間後。どこか疲労に染まった表情でエリスとルドウイークは石造りの平屋から外へと踏み出した。

 既に夕方も近い時間帯ではある筈だが、いつの間にやら暖かい日の光は消え、空を灰色の雲が覆い隠している。

 

 これは降るな。

 

 指先をすり合わせて湿気の度合いを計ったルドウイークが今後天気が崩れるだろうと言う事を予測していると、それよりも早く怒りのタガが外れたエリスは口から大声で八つ当たりの雷を放った。

 

「あーもう何なんですかねあの鍛冶師! ほんっっとムカつきます! 確かに武器の問題も解決してゴブニュ・ファミリアの鍛冶師とのコネも出来ましたけど、それがあんな奴ってのは腹立ちますよ!」

「……そうだな。だが、武器が工面出来たのはあまりに大きい。彼も私の本当の実情を知っているわけでもないし、言いふらす気も無いようだからな。我慢のしどころだろう」

 

 確かに、エドはルドウイークの真実を知らぬ。まさか、レベル1ではありえない戦闘力を持つこの男が実際には【恩恵(ファルナ)】も得ていないなどと、このオラリオの人間であればまず夢にも思わないだろう。だがエリスはそんなルドウイークの意見を楽観視だと溜息を吐く。

 実際の所恩恵があろうとなかろうとレベルの偽装がばれれば結果は同じなのだ。故にエリスはどうにもあの鍛冶師に対して納得しきれぬようで、思い付く限りの辛辣な言葉を口にした後、溜息を吐くようにして言った。

 

「うー、しかも武器の完成まで半月ちょっとかかるなんて……それまでどうしましょうか……」

 

 エドは、武器の完成まで半月以上…………丁度月の半ばを過ぎて数日経った日に行われるという【怪物祭(モンスターフィリア)】なる催しの辺りまではかかるとルドウイークに告げていた。

 彼はその言葉に嘘は混じっていないかと一瞬訝しんだが、嘘を見抜けるエリスが特に反応を見せなかった事、そしていつか自身達であの武器――――<ルドウイークの聖剣>――――を試作した際はその倍近い期間がかかった事を思い出して、その言葉をひとまずは受け入れたのだ。

 

 しかし、余計な作業も要求した以上、予定よりは遅れるかもしれないな……。

 

 ルドウイークはエドとの会話の中で設計図には書いていなかった要望(リクエスト)を一つエドに伝えていた。それは細かい作業であり、実際成功するかも分からぬものだ。

 彼はその内容を想起しながら、懐の雑嚢に入れていた刺々しい石――――<血晶石>を摘みだして指先で転がす。

 

 ……彼がエドに要求したのは、血晶石を捻じ込むための(スロット)を武器に細工する事だ。成功すれば、かつて自身が使用していた武器とほぼ同じ性能の物が手に入る。

 エドには彫刻(エングレーブ)の一種だと説明しておいたし、失敗時のリスクも無いに等しいとあればその要求は理にかなったものであったろう。まぁ、成功した所でこの世界の素材が血晶石と適合するかどうかはわからないのだが……。

 

 その時、血晶石を弄んでいたルドウイークの手にぽつりと冷たい感触。それを受けた彼が血晶石を仕舞い両掌を上に向けてみると、少しずつではあったが、雨粒が降り始めるのを感じる事が出来た。

 

「雨か。早く戻ろう、エリス神」

 

 そう言ってルドウイークが歩き出そうとすると、いつの間にか落ち着きを取り戻していたエリスは足を止めたまま、申し訳なさそうにルドウイークに謝る仕草を見せた。

 

「あ、すみません。私ちょっと寄りたい所があるので、ルドウイークは先に戻っててください! ご飯も食べちゃって構いませんよ!」

「何処へ行くのかね?」

「ふふ、秘密です。それじゃ!」

 

 それだけ言い残してエリスは走り出し、ルドウイークに一度大きく手を振ってから街の中へと消えて行った。一方、その場に残され彼女の後姿を見送ったルドウイークも、今宵の食事や、そもそもこれからの時間をどうするかなどと考えながら大通りへと向かって歩みを進めて行く。

 

 ――――とりあえず、替えの長剣を用意しておくとするか。

 

 そう思い立ったルドウイークは大通りに出た後、一先ずギルドの本部へと足を向けて歩き出すのだった。

 




ルド聖剣の血晶石強化の幅本当にすき。
お気に入りの他の武器もそうだけど各属性分揃えて使ってました。

エドはラストレイヴンの彼とデモンズソウルの彼の折半です。

登場キャラのリクエストとかはまだまだ活動報告で受け付けております。良ければご協力お願いします。

今話も読んで下さって、ありがとうございました。

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