月光に導きを求めたのは間違っていたのだろうか   作:いくらう

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ようやく原作一巻冒頭に追いつきました。13000字くらいです。

お気に入り2500到達しました。
投稿してる別の小説のお気に入り数超えちゃった……予想外に見ていただけていて困惑しつつも喜ばしいです。ありがとうございます。

そのほか、評価感想誤字報告してくださっても居る皆さま、いつもありがとうございます。
これからも応援していただければ幸いです。


10:運命の陰で

 二月も半ばを迎え、【怪物祭(モンスターフィリア)】まで残り一週間を切ったこの日。ダンジョンに潜るべく中央広場(セントラルパーク)へと現れたルドウイークは、しかしすぐにダンジョンに潜る事は無く、いつものベンチに腰掛けて空に流れる雲を見上げている。

 

 彼がそうして時間を浪費し、休息に充てている理由は二つほどあった。

 

 まず一つ、【ゴブニュ・ファミリア】の【エド】に頼んでいた装備の進捗度合いだ。今朝彼らの工房へと足を運びその様子を確かめたルドウイークであったが、そこで目にしたのは想定外の状況であった。

 

 何かの襲撃でも有ったかと勘繰るような有り様の工房と、そこら中で倒れ伏す鍛冶師達、そして顔中を殴打され気絶していたエド・ワイズその人の姿である。

 

 その様を見てすぐにルドウイークは周囲の者達の介抱を始めようとしたが、すぐに彼らから漂う酷い酒臭さに気づいた。後に目を覚ましたエドによれば、ルドウイークの依頼した<仕掛け武器>、それを巡っての一悶着があったのだと言う。

 

『……俺が設計図に手を加えようとしたらあの馬鹿ども、やれ設計図通りやれだの、どうせならもっと長剣の固定機構を複雑化しろだの好き勝手な事をぬかしやがって。それで結局殴り合いになってあのザマだ。割に合わん』

 

 そう言い捨て流した血を服の袖で苛立たしげに拭き取るエドは、殺意すら込めた視線を周囲の鍛冶たちに向けていた。

 

 …………彼の言を疑ったルドウイークが後々他の者に聞けば、そうして喧嘩になった後、騒ぎを聞き駆け付けて堪忍袋の緒が切れたアンドレイによってその場の全員が成敗され、結果としてあの様な有り様になったのだそうだ。ルドウイークには装備の構造一つでそこまでいがみ合う精神は良く分からなかったが、職人と言う生き物は『そう言うモノ』である事は何となくであるが分かっていた。

 嘗ての<火薬庫>など、意見の対立を発端として結果的に爆発事故を起こした事は一度や二度では無い。つまりどこの世界でも、鍛冶やら職人やらの性根は変わらないらしいとルドウイークは少し呆れ気味に納得した。

 

『とりあえず、お前に渡す一本目の完成予定は【怪物祭】当日だ。本当なら後二日もあれば作れるんだが、素材の手配の都合上でな。しばらくは、その粗製の長剣でも使っているといい』

 

 ルドウイークはそう言い捨てたエドに半ば追い出されるようにしてゴブニュ・ファミリアを後にした。どうやら、まだこの長剣を使って行かなければならないようだと悩みながら。

 

 既に一本目の長剣は摩耗しきって処分したため、今使っているのは都合二本目の長剣となる。だがこの一週間で既にこの剣も相当ガタが来ており、今日の冒険の帰りには、また新しい剣を工面するべきだろうとルドウイークは考えていた。

 

 

 もう一つの理由は単純に昨晩からほぼダンジョンに籠っていた事だ。狩人たるルドウイークはこの世界に来てから久しく安らかな眠りを手に入れていたものの、それでも常人よりも睡眠の必要性は薄い。

 その為彼は昨晩、ダンジョンに比較的人気(ひとけ)の無い深夜にダンジョンへと潜り、集めた【魔石】を使っての<秘儀>の発動の可否をようやく試していたのであった。

 

 今、ルドウイークは5つの秘儀を装備している。

 

 <星の娘、エーブリエタース>の一部を召喚する<エーブリエタースの先触れ>、内の夜空から隕石を撃ち放つ<夜空の瞳>、その身に残された粘液を装備に塗りたくる事で神秘を付与する<精霊の抜け殻>、周囲の者の生命力を回復する<聖歌の鐘>、そして精霊を媒介にして『上』への交信を試み、副次的に星の小爆発を伴う<彼方への呼びかけ>。

 

 それ以外にも夢の内の<使者>の姿を借りる<使者の贈り物>と<アーチボルト>の手による傑作、<小さなトニトルス>も所持してはいるが、前者はこの世界の者達に一見悍ましき使者の姿を晒せばどのような啓蒙を与えてしまうか分からぬ危険性、後者は<水銀弾>の使用を前提とした構造故に魔石での代用が効かぬので使用していない。

 

 そして、結果だけ言えば――――この内、<エーブリエタースの先触れ>と<夜空の瞳>の発動に、ルドウイークは成功していた。

 

 ダンジョンの5階層、その内の人気の無い場所まで進み秘儀を試用していたルドウイーク。彼が発動に成功したその二つの秘儀は、かつて<ヤーナム>で彼が操ったそれと寸分たがわぬものであった。だが何故、『二つだけ』発動に成功したのか。

 

 成功した理由はルドウイークにも終ぞ理解できなかったのだが、失敗した理由は明白である。空を見上げていたルドウイークは懐から雑嚢を一つ取り出して、その中に詰まった『色を失った魔石』を空に透かして見た。

 

 <先触れ>と<夜空の瞳>以外の秘儀の発動が失敗したその理由…………それは単純に『触媒が足りなかったから』である。

 

 かつて、ヤーナムにおいて秘儀を発動する時にも、必要とされた触媒の数――――用いる水銀弾の数はそれぞれ異なっていた。1つで済むものもあれば、10近い水銀弾を要求するものもあり、使用する秘儀によっては『銃』に使用する分の銃弾との兼ね合いを常に考えなければならない。

 そして今回使用できた二つの秘儀――――水銀弾を1つ用いれば扱う事の出来たこの二つに必要となった魔石の数は、ルドウイークの想像を大きく超える物だった。

 

 たった一度先触れを用いただけで、50体近いモンスターから集めたはずの魔石は瞬時に色も魔力も失い、ただの透き通った石に成り下がってしまったのだ。

 

 一度家へと戻り就寝中のエリスを起こし見せてみてもなにも感じぬただの石、という評価であったし、睡眠を邪魔された怒りを彼女がぶつけたらあっさりと砕けるほどのもろい物体でもあった。価値は無い。

 処分に困り、殆どは家へと置いてきたが、その内一袋だけは何かに使えぬかと持って来てみた。しかし、いくら思案してみてもこれと言ったものは思いつかなかった。

 

 そして今、ルドウイークは集めていた魔石を幾つかの袋に小分けにして持ち歩いている。彼は幾度かの試用の末に水銀弾一発分の量で袋を分けているのだが、それで用意出来たのは三発分、三袋だけだ。これ以上は持ち運びの邪魔でしか無く、普段の狩りに支障が出る。

 

 ――――やはり、血が介在していないのが問題か。そう考えて自身の血を塗ってみたりもしたが、芳しい結果は得られない。

 最終的には、魔石の質の問題であるとの仮説を立てるに至った。ルドウイークが持っていた魔石は5層までの弱小モンスターの物にすぎない。より『下』に住まう強力なモンスターの魔石であれば少ない量で多くの水銀弾の代替となりうるかもしれぬ。

 

 ただ、それには冒険者としての直接的な収入源である魔石を諦める必要が出てくるというジレンマを抱えていた。色を失った魔石は換金できるとは思えぬし、それ以上に出所を聞かれるのは危険だ。

 故に、今しばらくは現状維持。もう少し時間が経ち、レベルを上げた事にしてより深い階層に潜れるようになってからそれぞれの秘儀については確認するべきだと、ルドウイークは判断した。

 

 そして、失った分の稼ぎ(魔石)を取り戻す為に、ルドウイークは今ここでダンジョンに挑む前の小休止を取っていたのだ。

 

 その周囲では人影疎らだった中央広場にも少しずつ冒険者達が集まり始め、ダンジョンへと向かう姿がそこらで見受けられる。彼らは意気揚々とダンジョンに向かう者もいれば、逆に心底憂鬱そうに歩む者もおり、否応なくそれぞれの事情をうかがわせる。

 

 そうして彼らの喧騒を眺めていると、ルドウイークは行き交う人々の中に一人、迷う事無くこちらに向かってくる人物を見出した。

 

 疲れ切ったような顔の人間(ヒューマン)の男だ。青みがかったチェインメイルを身に着け、長剣と盾、そして大きな背嚢(バックパック)を装備している。

 その男は真っ直ぐにルドウイークの元へと向かいその前で一度立ち止まると、彼に顔を向け、何処か申し訳なさそうに口を開いた。

 

「隣、いいかい?」

「どうぞ」

 

 彼の言葉にルドウイークはベンチの端へと体をずらした。それに男は小さく会釈すると、ルドウイークと逆側の端に座って、誰かを探すように一度周囲を見渡す。そしてしばらくそうしていたが、目当ての人物が見つからなかったようで、どこかつまらなそうにルドウイークに対して声を掛けて来た。

 

「…………あんた、冒険には行かないのかい? 心折れたわけじゃあないだろうに、こんなとこに座ってても意味ないぜ?」

 

 大いに自虐的な含みを持った言葉を、それに相応しくどんよりとした口調で話しだす戦士。その視線は行き交う冒険者達に向けられてはいるものの、どこか遠くを見ている様な眼差しであった。それを横目に見て、ルドウイークは同じように人ごみに視線を向けたまま穏やかに答えた。

 

「……いや、実は朝方までダンジョンに居たんだが、手持ちがいっぱいになってしまってね。換金を終えたついでに、小休止を取ってからダンジョンに挑もうと思ったんだ」

「なるほど。単独(ソロ)かい?」

「ああ」

「レベル1には見えないが……サポーター位雇った方がいいぜ。効率が段違いだ」

「はは、売り込みが上手いな。ならば何かの縁だ、貴公に頼むのもいいかもしれん」

「ああ、いや、そう言うつもりじゃ無くてだな……俺はもう先約があるんだ。悪いな」

 

 そう言うと、彼はそれきり黙り込んでしまう。気まずい沈黙が流れる。それに耐えかねたか、今度はルドウイークの方からその戦士に向けて話しかけた。

 

「……貴公、見たところサポーターのようだが、この一月ほど広場では見なかった顔だ。何か事情でも?」

「………………実は、前にちょっと怪我をこさえちまってね。まぁ、怪我自体は先週には治ってたんだが……引退するか悩んでたのさ。ただ、いつも雇ってくれてる奴らが良い奴らで、まだ雇ってくれるらしくてね。それで復帰してきた、って訳だ」

「ふむ……」

 

 彼のその物言いに、何処か諦めを感じるルドウイーク。恐らく、彼は所謂専業サポーター……それも、一般の冒険者達の中から脱落(ドロップアウト)した者の一人なのだろう。

 運良く雇い主には恵まれていてそのお陰で帰還出来たのだろうが、それでも諦観が強くその表情に現れている。そんな彼がこのオラリオと言う街をどう思っているのか、それがルドウイークは気になって、周りに聞こえぬよう少し小声で彼に問いかけてみた。

 

「私は、オラリオに来て一月と半分ほどだが……貴公は、この街についてどう思う?」

「生き辛い街さ」

 

 ルドウイークの問いに、男は皮肉めいた笑みを浮かべ小さく肩を竦めた。

 

「強ければ神々に目を付けられ、弱けりゃ歯牙にもかけられねえ。上位ファミリアの横暴のツケを払うのは何時だって俺らみたいな弱小ファミリアか市民たちだ。【ギルド】の連中も市民のガス抜きの為に【怪物祭】なんてやるみたいだが、本当に意味があるのか俺には良くは分からんね…………まぁ、神と共に生きる以上、多少の理不尽はあるもんだとはわかっちゃ居るんだけどよ」

「……そうだな。ダンジョンと言う大目標があるにもかかわらず、ここの人々は少々いがみ合いが多いように感じる。オラリオの最上位ファミリアが力を合わせれば、ダンジョン攻略ももっとスムーズに行くだろうに」

「そう言う時代がない訳でも無かっただろ、【ゼウス】と【ヘラ】が手を組んでの【三大クエスト】への挑戦。あれが最後までうまく行ってりゃ……って、俺は今でも思っちまう」

「世知辛いな」

「まったくだよ」

 

 話し終えた直後、半ば呆れたように同時に溜息を吐いて彼らは顔を見合わせておかしそうに笑った。そしてルドウイークは背嚢を背負い直すと、ベンチを立ち、彼に別れの挨拶をする。

 

「……さて、私は行くよ。暗い話に付き合わせて、すまなかったな」

「なぁに、愚痴の一つたまに言わなきゃ、人は擦り切れて折れちまう。アンタ、その内出世しそうだしな。精々頑張ってくれよ」

「ああ。では失礼する」

 

 そう挨拶して、ルドウイークは喧騒の中に消えて行った。彼の後姿を、その戦士はどこか羨ましそうに眺めている。すると、ルドウイークの消えた方向と逆側から二人組――――エルフとドワーフと言うオラリオでも珍しい組み合わせの冒険者が戦士の元へと歩いてきた。

 

「どうも、お久しぶりです。お元気そうで安心しました……ほら、ホレイスも」

「……………………」

「すみません、こう言う奴なので……」

「知ってるよ。ま、それじゃ行こうぜ……前みたいに欲かかんでくれよ」

「アハハ……とりあえず、今日は3層くらいまでにしておきますか。我々も少し強くなっているので、大船に乗ったつもりでいてもらっていいですよ」

「だといいけどな」

 

 

 

<◎>

 

 

 

 ダンジョンに潜って2時間ほど。第5階層で魔石集めを続けていたルドウイークは最後のコボルトの頭に握り拳を落とし頭蓋を凹ませて昏倒させると、素早くその魔石を抉り出して雑嚢へと放り入れた。

 

 既に水銀弾一発分に等しい量の魔石を収集し、目的は達成したと言える状態にはなっていたが、ルドウイークは普段よりも更に気を張り絶え間なく周囲を警戒している。

 

 ――――今日のモンスター達は、明らかに緊張しているな。

 

 ルドウイークは普段とのモンスター達の雰囲気の差異に、強い警戒を向けていた。どうにもモンスター達も何やら不穏な気配を感じ取っているようで、しきりに周囲を警戒し、明らかに苛立ちを持ってダンジョンを徘徊している。

 

 頭上から襲い掛かったダンジョン・リザードの顔面に振り払うように裏拳を与え首を270度回転させつつ、ルドウイークは今日の雰囲気を訝しむ事を止められなかった。

 

 今日はもう切り上げるか。

 

 第5階層の端まで来ていたルドウイークは最大限のリスクを考慮して、今日の探索を切り上げることを決定する。既にひと月以上親しんだとはいえ、彼にとってダンジョンはまだまだ未知の塊である。<聖杯ダンジョン>の如き悪辣さをこの場所が見せる事はまだ無いが、もう少し下層に行けば天然の(トラップ)じみた構造や、陰湿なモンスターも出現するとはニールセンからよく聞かされていた。

 だが、ここから第4階層に戻るには少しばかり離れすぎてしまっている。あまり端に来すぎるべきでは無かったかとルドウイークは後悔した。

 

 ――――その時、ルドウイークの聴覚は遠方からの、誰かの叫び声を察知した。入り組んだヤーナムで助けを求める者を素早く発見するために鍛えられた彼の聴覚は、このダンジョンでも遺憾なくその力を発揮している。

 ルドウイークは即座にその場を駆け出し、声のする方に向かった。通り掛けに徘徊していたモンスターを鎧袖一触の勢いで処理して、凄まじい勢いで声の元へと向かってゆく。

 

 その内、悲鳴の声がどんどん近づいてきた。何やら喚き散らすその声は、最早この世の終わりだと言わんばかりな悲痛な響きを持って、支離滅裂に現状の危険性を叫んでいる。

 ルドウイークは更に速度を上げ、その声の元へと迫る。すると、声に近づくにつれてその叫んでいる言葉も明確になって来た。

 

「ヤバイ、ヤバイヤバイヤバイ! 姐さん今日はマジで帰りましょうって!!! 何かすごいヤバイのが来るんですよ!!」

「今日はまた一段とうるっさいねぇ…………【RD(アールディ)】、もーちょっとシャンとしなよ」

「無理無理無理!! 何で姐さん解ってくれないんですか!!! ああもう来る! 来ます! 来てます!」

「なんかの宣伝かい? まったく……」

「無事か貴公ら!?」

 

 彼らの元へとルドウイークは飛び出し、その姿を視界に捉えた。そこに居たのはうんざりとした表情の赤毛のアマゾネスと、その足に縋りついて涙を流す頼りない小人(パルゥム)の男。ルドウイークの声にその二人は揃って振り向いて、次の瞬間小人の方が絶望したかのように目を見開き、今までで一番大きな叫びを上げた。

 

「ギャ――――――――ッ!!!!!! ヤバ、ヤバーイ!!!!! 姐さん無理です、もう無理! 俺ら終わりです!! 何でこんな人がここに居るんですか!? 死ぬ!! 今死ぬ! 俺死んだ! 死体ですから!! 俺死体なんで殺さないで!!! 死ぬーッ!!!」

「ちょっと黙ってなRD!!!!」

 

 ギャン! と言う悲鳴と共に、振り下ろされた拳によって小人は沈黙させられその場に死体じみて倒れこんだ。

 

「……悪いね。コイツ、普段はここまでならないんだけど、今日は一段と騒がしくて」

「いや…………ひとまず、無事で何よりだ」

 

 気まずそうに、見せたくないものを見せてしまったと表情を歪めるアマゾネスにルドウイークは苦笑いを浮かべる。そして、僅かに沈黙した後、思い出したように雰囲気の違和感を伝え始めた。

 

「だが、彼の言っていた事にも一理ある。今日は何かおかしい。私も冒険を切り上げた所なんだが、君達も戻った方がいいと思う」

「そうさね……こいつもそんな事を叫んでたし、多分今日がヤバイのは間違いないみたいだ」

 

 溜息を吐き、アマゾネスはピクリとも動かぬ小人を雑に指差した。その仕草に、だが確かな信頼をルドウイークは見て取って眼を閉じ、腕を組んでしばし思案する。そこに、アマゾネスの女が待ちきれぬという風に一つの提案を投げかけた。

 

「アンタも帰るって言うのならどうだい? 即席のパーティを組んで上を目指すのは? 一人で動くより、よっぽど安全だと思うけど」

 

 そうだな……。と、ルドウイークは彼女の提案に乗ろうとして眼を開いた瞬間、視界に一筋の光を見る。

 

「……すまない、用事が出来た。君たちだけでも戻ってくれ。失礼する!」

「ちょっとアンタ!?」

 

 言い終えた瞬間、ルドウイークは呼び留めるアマゾネスの声も無視してこれまで以上の速度で駆け始めた。光の糸、<導き>。このような状況下で現れるのであれば、間違いなく何かが起きている!

 

 ルドウイークは覚悟を決め、走りながら背の<月光>を仕舞い込んだ袋の口を開いた。緊急となれば、これを振るう事もあるやも知れん。エリス神との関係の為にも、抜かずに済むのがもっとも良いのは間違いないが。

 そう思案するルドウイークの耳に、今までこの階層では聞いた事も無い何かの叫び声が届く。正しく、ルドウイークが知る獣の如き咆哮。それに危機感を新たにしながら、彼は導きに従いダンジョンを駆け抜けて行った。

 

 

 

<◎>

 

 

 

『ヴォオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!』

「ほああああああああああああああ!?!?!?」

 

 その時、ベルはルドウイークと同じ5階層の隅で、この階層に居るはずもない中層のモンスター、【ミノタウロス】の脅威を前に、絶体絶命のピンチに陥っていた。

 

 レベル1、それもまだ駆け出しのベルとギルドからレベル2に認定されたミノタウロスの間には、文字通り天と地ほどの差がある。

 それだけではなく、ミノタウロスは階層ごとに評価されるモンスターの危険度の評価で、当該層である15階層での最高ランク、星三つの危険度を有する強力なモンスターだ。同じレベル2の冒険者でもそう容易く無い相手がレベル1のベルとぶつかればどうなるか…………その答えは、火を見るよりも明白な物であった。

 

『ヴモオッ!』

「うわぁっ!?」

 

 その筋骨隆々の腕がベルの先瞬まで居た場所の地面を易々と殴り砕き、触れても無いのに衝撃だけでベルを放り出して無様に地面を転げさせる。そして壁にぶつかり、動きを止めたベルの前でミノタウロスは彼をヒトから肉塊へと変じさせるであろう拳を引き絞った。

 

「ひいっ!?」

 

 ベルは咄嗟に腕で防御の姿勢を取る。だが、そんな物が何の助けになろうか。その腕ごと彼を叩き潰さんとしてミノタウロスが拳を放とうとして――――

 

 ――――瞬間、一筋の白閃が閃いた。

 

『ヴォ?』

「へっ?」

 

 その身に感じた違和感にミノタウロスが、次いでその声を聞いたベルが怪訝そうに疑問の声を上げる。するとその閃光――――余りにも研ぎ澄まされた斬撃が、胴体、腕、大腿、首、全身を奔り抜け、次の瞬間にはミノタウロスは断末魔の叫びと共に、盛大に血を撒き散らしながら肉塊へと変じていた。

 

「…………大丈夫ですか?」

 

 血のシャワーを浴び、その白い髪だけではなく上半身を真っ赤に染めたベルに、鈴がなるような可憐な声で斬撃を放った少女は話しかけた。

 

 女神にも引けを取らぬ美貌、光をそのまま形にしたかのごとき金の長髪、あどけなさを残す表情、宝石にも劣らぬ金色の瞳、なにより、圧倒的なまでの剣の冴え。都市最強の一角、【ロキ・ファミリア】の幹部にして【剣姫(けんき)】の異名を取るレベル5、【アイズ・ヴァレンシュタイン】がそこに居た。

 

「…………ぁ」

 

 その彼女を前に、真っ赤になったベルは何も口にする事が出来ず、ただ呆けたように目を丸くして彼女を見上げるばかりだ。

 

「………………大丈夫、ですか?」

 

 念を押すように問いかける彼女の言葉も、呆然自失としたベルには届かない。それを訝しんで、より一歩ベルに近づくアイズ。瞬間、少年は血塗れの顔を更に赤くして、震える唇で何か声にならない声を上げた。

 

「――――だ」

「……だ?」

 

 アイズが形の良い眉を顰めると、尻餅をついていたベルはがばっと跳ね起き、そして。

 

「だあああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!」

 

 叫びながら、脱兎のごとく彼女から逃げ出してしまった。

 

「………………」

 

 それを見たアイズは、ベルと立場が逆転したかのように口をぽかんと空け、その後姿を見届ける。すると、その後ろからくぐもった笑い声と足元が聞こえ、アイズは其方へと振り向くと、そこには灰色の髪の狼人(ウェアウルフ)の青年が立っていた。

 

「くっ……くくっ……お前、あんなチビにビビられちまって……折角助けてやったのに、ひでえ仕打ちだなぁ、おい。くくっ……」

「…………ベートさん」

 

 彼女の前にいたのは、同じくミノタウロスを追跡してきたロキ・ファミリアのレベル5。【凶狼(ヴァナルガンド)】こと【ベート・ローガ】だ。先程の一部始終を目撃していたのか、おかしくてたまらぬと言った彼の姿にアイズはその形の良い眉を顰めて、咎めるように呟いた。

 

「…………笑わないで、ください」

「ハッ、笑わずにいられるかってんだ。……ともかく、ミノタウロスは後一匹残ってんだ。雑魚どもがくたばらねえうちに、さっさと叩き潰すぞ」

「…………うん」

 

 アイズの返事が終わらぬうちに、狼人の優れた嗅覚を生かしてミノタウロスを追跡し始めたベートに彼女は続いた。先ほどの少年の姿に、少し、後ろ髪を引かれるような思いを感じながら。

 

 

 

<◎>

 

 

 

「成程。実際、上層のモンスターとは比べ物にならないな」

 

 そう呟きながらルドウイークは一歩身を引き、眼前を通過するミノタウロスの拳をじっくりと観察した。

 

 光の糸に導かれルドウイークがたどり着いた小部屋(ルーム)では、この階層に居るはずもないミノタウロスが獲物を探すように、或いは何かを警戒するように周囲を見渡していたが、ルドウイークを見つけるなり咆哮を上げ襲い掛かってきたのだ。

 

 その攻撃能力はこの階層のモンスターとは比べ物にならず、それだけではなく、耐久性も比べ物にならない。その証拠にルドウイークの握りしめた長剣は柄の部分だけとなっており、その刃はミノタウロスの脇腹に深々と食い込んでいた。

 

 ルドウイークはまず、襲撃してきたミノタウロスに自身の肉体だけで対応するのは軽率と考え、その耐久力を試すため長剣でその脇腹に一撃を加えた。だがそれさえも軽率であったようで、摩耗した長剣はミノタウロスの筋肉に食いこんで、彼の手元には柄だけが残ってしまったのだった。

 

 さて、どうしたものか……。

 

 その後、ルドウイークはミノタウロス相手に月光を抜くべきかを思案しながら、その動きを淡々と『解剖』し続けている。動きも力も、確かにレベル1とは比べ物にならない。だが、それを更に上回るルドウイークにとっては問題が無く、故に悩みどころでもあった。

 

 『狩人は油断してはならぬ』。当然の警句である。そして狩人は同時に『相手を獲物とせねばならない』。故にルドウイークは慎重に、ミノタウロスの力を推し量っていた。

 

 ――――おそらくは、自分自身の身体能力でまだ対応できる範囲。だが、万一と言う事もある。

 

 そして、回避の繰り返しの中でルドウイークはいかにしてこのモンスターを殺害するかについてを決定した。拳でも倒す事は出来るだろうが、耐久力の程までは分からぬ。無為に反撃を食らえばそれが元となり死亡する可能性はいくらでもある。それゆえ一撃で殺す。

 

 真面目腐った顔でそう結論付けたルドウイークは、眼前をミノタウロスの大振りな右フックが通りすぎた瞬間一歩前に出る。それに反応して、ミノタウロスは拳の動きを留め、反転させ、強烈な裏拳をルドウイークへと叩き込もうとした。

 

 それを、ルドウイークは容易く足掛かりにする。跳躍し、自身の下を通り過ぎる拳を踏んで瞬時に再跳躍した彼はそのままミノタウロスの左肩に着地すると、そっと左掌をミノタウロスの側頭部に向けて開いた。

 ミノタウロスはその行為を手酷い挑発だと判断して振り抜いた右手を戻し彼を握りつぶそうと鼻息を荒くする。そして、その眼は向けられたルドウイークの左掌を見た。

 

 ――――それが、そのミノタウロスが知覚出来た最後の光景となる。

 

 直後、ルドウイークの掌から爆発的に触手の奔流が躍り出てミノタウロスの顔面を破壊した。眼窩を貫き、鼻孔をこじ開け、耳から脳をぶちまける。そしてその威力に耐える事など敵わぬその頭部はまるで爆ぜるように吹き飛んで、ダンジョンへと盛大に脳漿を撒き散らした。

 

 頭部を失ったミノタウロスが、力を失いあっけなく崩れ落ちる。その転倒に巻き込まれぬよう離脱し着地したルドウイークの背後で、ミノタウロスの死体は地面に叩きつけられて盛大な轟音を響かせるのだった。

 

 振り向いたルドウイークはさも当然の光景だという風に動揺も無く、その魔石を抉り出そうと短刀を抜いた。彼にとって、自身の挑めぬ階層のモンスターがこうして現れたのは幸運であった。秘儀の触媒として、よりよい物を手に入れる事が出来るからである。

 それに魔石を抜いてしまえば死体も残らず、彼が暴れた証拠も残らない。

 

 まこと、都合のいいものだ。そうルドウイークが一人ごちた瞬間。

 

「オイそこの白装束!」

 

 背後からかけられた声に、ルドウイークは焦って振り返った。

 

 そこに居たのは苛立たし気な狼人の青年と、人形めいた美しい人間(ヒューマン)の少女。その身に纏う雰囲気と血の匂いから、ルドウイークは彼らがミノタウロスなど比べ物にならない強者だと判断し、緊張を持って正対する。すると、青年の後ろに控えていた少女が、表情を動かさずにルドウイークに問いかけて来た。

 

「…………大丈夫ですか?」

「………………あ、ああ。何とかね」

 

 その質問の意図を一瞬理解できなかったルドウイークだったが、ふとここは5階層でミノタウロスはここには存在しえぬモンスター、そして自身がレベル1を装っているのだと今更ながらに気が付いた。

 

 ――――まずい。見られたか? ルドウイークは適当な答えを返しながら冷や汗を流す。恐らく、彼らはこのミノタウロスを追ってきた冒険者だ。そのレベルは最低でも3はあるだろう。

 そんな彼らからすれば、レベル1であるはずの自分がレベル2のミノタウロスを手玉に取る、と言うのは些か不自然な事態である。怪しまれても無理はない。

 

 いかにしてこの状況を切り抜けるか、ルドウイークは友好的な顔の裏で必死に思案してゆく。だがこう言った状況に滅法弱い彼はいい方法を思いつく事が出来ぬ。その内、悩んでいるのが顔に出て、それに気づかぬままルドウイークはうんうん唸り始めた。それを見た狼人の青年は苛立って声を上げる。

 

「おいそこのテメェ。お前がミノタウロスを()ったのか? 所属はどこだ?」

 

 その言葉を聞いて、彼らが事の一部始終を見ていたわけではないと理解したルドウイークは、咄嗟に手ひどい嘘を吐いた。

 

「…………いや? 私ではない。私が来た時にはもうミノタウロスは斃れていたよ。大方、どこかの高レベル冒険者が通りがかりに始末していったのではないかね?」

 

 折れたままの剣の柄を雑嚢に滑り込ませつつ、ルドウイークはあっけらかんと言い放った。それを聞いて少女はミノタウルスの死体を検め始めたが、一方で青年の方が納得が行かないと言った顔でルドウイークを睨みつける。

 

「あン? 適当な事言いやがって。他に誰の匂いも感じねえぞ! つーかやたら……何の匂いだか分からねえが…………あー、面倒くせえから、何がありやがったか正直に答えろよ」

 

 そう言って、青年は前かがみになって凄んだ。必要とあれば何時でも飛びかかれる態勢だ。それを見たルドウイークは、どうやって彼を欺くべきかさらに思案を重ねる。すると、死体を検めていた少女が座り込んだまま、青年に声を掛けた。

 

「ベートさん、ちょっと」

「あン? んだよアイズ」

「この死体、凄い事になってます」

「はぁ?」

 

 青年はそれを聞き、一度ルドウイークに睨みを効かせると少女の元へと歩み寄って、その横に屈みこんだ。

 

「ンだよ、今忙しいってのに」

「この傷、凄い力で、頭を打ち抜いたみたい。それも同時に、原型が無くなるくらいの回数を。よっぽど特殊な武器か魔法じゃなきゃ、こういうのは出来ないです」

「…………何が言いてえんだよ」

「多分、あの人じゃない。変な武器も持ってなかったし、マナの残滓も無かった」

 

 そこまで言って、少女はルドウイークの方に目を向ける。青年もそれに釣られてそちらを向けば、そこには既にルドウイークの姿は無く、まるで最初から誰も居なかったかのような空間があるだけであった。

 

「クソッ、あの野郎いつの間に……!」

 

 怒りに顔を歪め歯ぎしりする青年。その姿を見て、少女は少し愉快そうに笑った。

 

「ふふ、ベートさんも逃げられた」

「うるせえ!」

「ビビらせる、からですよ」

「うるせえぞ、何度も言わせんな! ……畜生、とりあえず戻るぞ!」

 

 少女――――アイズの言葉にいきり立って言い返すと、彼――――ベートはミノタウロスの魔石を手早く抜き出して、その場を後にするのだった。

 

 

 

<◎>

 

 

 

「ふぅ……追っては来なかったな…………」

 

 地上へ戻り、中央広場のいつものベンチに疲労困憊して寄り掛かったルドウイークは、此度の冒険での成果を頭の中で整理した。

 

 ミノタウロスの魔石を得る事は出来なかったが、そのミノタウロスの戦闘能力を学習でき、更に<先触れ>にはレベル2のモンスターを容易く殺害できる程度の威力がある事を知れたのは決して悪い成果ではない。ただ、まさかあれ程の有名冒険者に出くわすとは思わなかったが……。

 

 【ベート・ローガ】、そして【アイズ・ヴァレンシュタイン】。このオラリオで最強とされる探索系ファミリアの一角【ロキ・ファミリア】の中核メンバーだ。エリスがロキの名にあからさまに嫌な反応を示していたことからして、出会ったと知れればエリスはいい顔をしないだろう。

 

 とりあえず、しばらく休んだら換金して、家に戻るか……。

 

 そう考えたルドウイークの思索を、大歓声が遮る。何事かと思ってそちらに視線を向ければ、冒険者たちがある集団に道を開け、彼らを羨望の眼差しで眺めているのが見えた。

 

 小人の男性を筆頭にしたその集団は、誇らしげにファミリアのエンブレムを掲げて中央広場を横切ってゆく。その中には今し方ルドウイークが想起していた灰髪の狼人と金髪の少女の姿も含まれていた。

 

 ロキ・ファミリア。しばらくギルドの遠征クエストによってダンジョンに潜っていた彼らが、この度地上へと凱旋(がいせん)したのだ。その威容は長い戦いの後とは思えぬほどに誇り高く、周囲の冒険者達に熱を持たせるには十分過ぎた。

 そして同時に彼らに対していい想いを持っていないであろう者たちが、確かに緊張感をあらわにするのをルドウイークは感じ取る。

 

 ――――これから、少し騒がしくなりそうだな。

 

 彼らの姿を見て、ルドウイークはこの先のオラリオに何らかの波乱が待ち受けているような言いようのない予感を抱きつつ、その場を後にしてギルドへと向かうのだった。




原作の時系列に突入しました。ここまで長かった……。
ロキ・ファミリアも登場し始めたし、ルドウイークにも原作キャラの皆と程々に絡ませたいですね。

今回も何人か顔を出しましたが、フロムキャラの登場リクエストを活動報告で受け付けております。
その他のご要望共々、良ければご協力お願いします。(遂行できるとは言ってない)

今話も読んで下さって、ありがとうございました。

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