月光に導きを求めたのは間違っていたのだろうか   作:いくらう

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16000字ちょいです。

感想150、ありがとうございます。
皆様からの感想、特に濃い物は読ませていただくのを大いに楽しみにしております。
また評価お気に入り誤字報告などをして下さる方々、誠にありがとうございます。
これからも応援していただければ幸いです。


11:【豊穣の女主人】

 【ロキ・ファミリア】がダンジョン【深層】への遠征から帰還した翌日、昼下がり。人々の行き交う南東の大通り(メインストリート)を歩くルドウイークの横を、ガラガラと車輪の音を鳴らしながら馬車が駆け抜けて行った。

 

 馬車がその音の聞こえぬところまで遠ざかる事には、人々が馬車の生んだ間隙を埋めてごった返す。その騒がしさは、ルドウイークがオラリオに来てから一番の物だ。

 

 それはやはり、【怪物祭(モンスターフィリア)】を目前に控え外部から来訪した者も混じっているから――――だけではない。おそらく、オラリオ最強の一角【ロキ・ファミリア】の帰還が市民や冒険者達に与えている影響も少なくないのだろうとルドウイークは推測していた。

 

 思案を続ける一方で、ルドウイークは物資の買い出しのためにいくつかの店舗を回っている。火の車であった【エリス・ファミリア】の財政事情はルドウイークの尽力により、彼とエリスが日常生活を送るには不足の無い程度には改善の兆しを見せていた。

 ルドウイークは大通りに立ち並ぶ店に足を踏み入れ、生活必需品などを購入し、背嚢へと放り込んでまた次の店へと向かう。そしてその内最後に訪れる予定だった雑貨屋で今朝エリスが取り落とし砕いた皿の替えを買うと、ついでに店頭に並んでいたギルド発行の新聞を一つ手に取った。

 

 そして買い物を終えたルドウイークはすぐには家へと戻らず、そのまましばらく歩いて中央広場(セントラルパーク)へと向かい、そこのいつも座っているベンチに腰掛けて新聞を広げて紙面に視線を向け始める。

 

 その第一面には、まずロキ・ファミリアの文字。そしてそれには彼らの無事の帰還を喜ぶ文章が続いて――――は居なかった。そこにあったのは、ロキ・ファミリアが今回の遠征において未踏査階層への進出に失敗したという客観的な成果についてと、彼らに撤退を決断させる原因となったらしい新種のモンスターについて。

 

 そして彼らの失態として、ミノタウロスを上層にまで逃がしてしまった件が簡素に記されていた。

 

 ギルドの新聞はオラリオの情勢だけではなく、こう言った冒険者向けのニュースも掲載される事もある。他には新たに決まった冒険者達の【二つ名】だったり、神々の会合のお知らせだったりだが……。

 

 ルドウイークはその新種モンスターについての情報に素早く目を走らせる。芋虫型で、極彩色(ごくさいしき)の魔石を持つそのモンスターとロキ・ファミリアの遠征隊は51階層、及び50階層で激突し、遠征隊に殲滅されるもその特殊な溶解液によって甚大な被害をもたらしたとのことだ。

 ギルドは一応の注意を呼び掛けているが、そもそもその階層にまで到達できる者自体がオラリオでもごく稀なため、注意喚起としては意味を成さないだろう。

 

 そして、ルドウイークも遭遇したミノタウロスの上層への逃亡の件。これは、当のロキ・ファミリアにとっても想定外の案件で、幸いにも犠牲者は居なかったとのことで文量はそれほど割かれていないが…………もし犠牲が出ていたならかなりの批判、そしてギルドからのペナルティなどもあったはずだ。

 

 ――――上位ファミリアにも、それなりの気苦労はある物なのだな。

 

 オラリオにおける権力闘争の一端を推察したルドウイークは一通り第一面を読み切った後、第二面に目を向けた。そこには【怪物祭】の開幕まで一週間を切っている旨とその開催スケジュール、当日の交通規制についてなどが事細かに記されている。

 だが、それがルドウイークの興味を引く事は無かった。怪物祭当日は【エド】の元へ新たな武器を受け取りに行く手はずになっている。その為、彼は怪物祭にそこまで強い参加の意志を持つ事が出来なかったからだ。

 

 そのままルドウイークは新聞を矢継ぎ早にめくって、それぞれの面に目を通していった。

 

 しかし、そのほとんどは彼の興味を引くような物では無かった。新製品の宣伝や加入者を募集するファミリアの広告、ギルド職員によるコラム、商業系ギルドによる会合のお知らせなど…………。

 

 『【ゴブニュ・ファミリア】、新製品開発中との噂』『料理店組合会合のお知らせ』『【ガネーシャ・ファミリア】のモンスター捕縛隊、【仮面巨人】と遭遇。一触即発か』『【ディアンケヒト・ファミリア】、ポーション大安売り開催中!』。

 

 それらの記事に軽く目を通したルドウイークは【ゴブニュ】の新製品とは己の依頼した仕掛け武器の事なのだろうな、とどこか他人事のように思案する。そして新聞を畳んで背嚢に放り込むと、ベンチから立ち上がって帰路につくのだった。

 

 

 

<◎>

 

 

 

「おかえりなさい、ルドウイーク」

「ああ。買い出しの品はこれで良かったかね」

「んー、オッケーです。そっち置いといてください」

「分かった。何か手伝えることはあるかね?」

「えーっと……もう終わるんでだいじょぶです。休んでてもらっていいですよ」

 

 家に戻ったルドウイークは荷をエリスの指定した場所に並べると、衣服を畳む彼女に、何か手伝う事は無いかと尋ねた。しかしエリスがその提案に大丈夫だと笑いかけると、ルドウイークはソファに座って<月光>の手入れをし始めた。

 

 光を反射するその刀身は、しかしここしばらく戦いの場で抜き放たれたことは無い。単純に必要がないからだ。ルドウイークにとって今まで戦ったモンスターの殆どは数打ちの長剣、あるいは徒手空拳で対応出来る相手であり、特別な装備である月光を抜くほどの相手ではなかった。

 

 唯一、ミノタウロスは長剣では対応できなかったものの、それでも月光を振るうには至らない。更に<ルドウイークの聖剣>が完成してしまえば月光を用いる機会はさらに減る事になるだろう。

 だが、振るう機会がない訳でもない。それ以降、更なる下層に向かえば月光の力を要する事はあるだろうし、月光自身が輝く事を要求する場面もない訳では無いはずだ。

 

 それに、オラリオに居る第一級冒険者と呼ばれる者達。彼らと渡り合うのであれば、ルドウイークの聖剣だけでは足りぬ事もあるだろう。先日ダンジョンで出会った狼人(ウェアウルフ)の青年と人間(ヒューマン)の少女の姿を想起してルドウイークはそう結論付けた。

 

 基本的にルドウイークが『人』に対して月光の<輝き>を見せる事はまず無く、それを向ける事もまた同様だ。ただ、月光の芯たる大剣のみであれば戦いに用いる事はあったし、それだけでも彼の実力は十二分に強大なる物である。

 

 ――――ただ、時と場合によっては『人』に対して月光を開帳する事もある。あの悪夢の中で、<最後の狩人>を相手にそうしたように。

 

「そうだルドウイーク、ちょっといいですか?」

「何だね、エリス神」

 

 思案の海に沈みかけていたルドウイークに、衣服を片付け終えたエリスが声を掛けた。それに首を巡らし、何事かと目を向けるルドウイーク。その彼に、エリスはどこか申し訳なさそうに笑いかけた。

 

「いえ、実は昨晩【鴉の止り木】亭で喧嘩がありまして。その後始末で今日は休み……なんですが、私は後片付けに行かなきゃなんですよ」

「…………昼の内に片付けて夜は営業、ではないのかね? 仮にも商売だろう」

「元々店主の道楽でやってますからねぇ、あそこ。まぁそういう訳で私夜はいないので、今夜の食事はどうにかしてください」

「了解だ。しかしあの眼帯の店主、割と抜け目ない方だと思っていたが」

「んー、実はあの人、店主の代理なんですよねー。店主本人はパン作りに夢中で、別の場所に工房作ってそこであーだーこーだやってるらしいですよ。直接会った事無いんですけど」

 

 どこか不思議そうに答えるエリスに、一方ルドウイークは今宵の食事をどうするか早くも思案し始めていた。そこにエリスが別の話題を、世間話のように気軽に口にする。

 

「所でルドウイーク、一つ提案があるのですが」

「なんだね?」

「そろそろ【レベルアップ】するつもりはありませんか?」

 

 そのエリスの提案に、ルドウイークは一瞬きょとんとした顔をした。

 

 【レベルアップ】。読んで字の如く、冒険者達の強さを明確に示す【恩恵(ファルナ)】の数値だ。彼らは自身の【ステイタス】を鍛え上げ、その上で自身の限界を突破するような特別な経験――――【偉業】を経ることで自身のレベルを上昇させる事が出来る。

 当然、レベルを上げずともステイタスを伸ばす事は出来るが、それだけではいずれ頭打ちになってしまうために、より上を目指すのであればレベルを上げるため何らかの困難に挑む事が冒険者には必要となってくるのだ。

 

 だが、それは一般の冒険者の話だ。レベルは愚か恩恵さえも持たず、その身一つで冒険者を装っているルドウイークにレベルアップという概念は無い。その為、思案したルドウイークは一層首を傾げた。

 

「レベルの無い私にレベルを上げろとは、一体どういうことだ? 何か理由が?」

「ありますとも。基本的に冒険者のステイタス……と言うのは部外秘なのですが、レベルだけは【ギルド】への公開と申告が義務付けられているんです」

「成程。その義務への違反のペナルティが大きいからこそ、【エド】に欺瞞を見抜かれた時に焦った訳か」

「そう言う事ですけど、あんまりアイツの名前出さないで下さい。嫌いなので」

 

 今も仕掛け武器の製造に汗を流しているであろう嫌味な鍛冶師の名を出されエリスは眉を顰めた後、至極面倒くさそうに、ギルドがレベルの申告を要求するその思惑について推察した。

 

「ともかく、ギルドはレベルだけに関しては大真面目に申告義務を要求してきます。オラリオの秩序を担う者達として、全体のパワーバランスは常に把握しておきたいのでしょうね。そう言った努力があったからこそ、【ゼウス】と【ヘラ】の退場後もファミリア同士の内戦なんて事にならずに済んでいるんでしょう。ですけど、レベル2になればもう少し下層まで行っても疑われる事がありませんし、貴方にとっても悪い話では無い……って私は思いますけどね。どうですか?」

「ああ、それはいい。本当にいい話だ」

 

 ルドウイークはエリスの補足に実に嬉しそうに頷く。実際、もっと下へと進出しなければならないとは感じていた。何せ、今彼が探索している上層の前半より更に下に居るはずのミノタウロスを容易く撃破出来るのだ。

 それにレベル1の身ではあまり突飛な事も出来なかったが……レベル2ともなれば13階層以降、レベル2以上が適正とされる区域にも進出出来、今までよりも遥かに行動可能な範囲も広がる。

 

 故に、レベルアップはルドウイークにとって非常に喜ばしい事であった。彼はまだ、ヤーナム帰還への希望を捨ててはいない。その為に出来る事があるならば、それが己の矜持に反せぬ限り彼は喜んでそれを成すだろう。

 

 そのルドウイークの有り様を見てエリスはちょっとだけ憮然とした表情を作った後、ギルドに対して如何なる虚偽の報告を行うかについてを、メモに記し始めた。

 

 

 

<◎>

 

 

 

 そうして、エリスの承認を受けたルドウイークはレベルが上がったという虚偽の報告を行うため、数日ぶりにギルド本部を訪れた。そこには多くの冒険者がたむろしており、皆が何やら一所(ひとところ)に集まっている。

 何事かとルドウイークもその人垣の後ろへとつけば、奥の扉から大柄な狐人(ルナール)の男性職員が現れ、人垣の前に置かれた台に登壇して深々と頭を下げた。

 

「お集まりいただき、恐縮です。それでは今回の『ミノタウロスの上層進出』の件についてですが――――」

 

 頭を上げたギルド職員が話し出す。だが、それはすぐに聴衆の罵声じみた叫びによってあえなくかき消された。

 

「どうなってんだ5層にミノタウロスって!! 俺達もう下に潜れねえぞ!!!」

「ギルドは何か対策をしたんですか!? ロキ・ファミリアは!?」

「奴らにペナルティは無ぇのかよ! せめてすぐにミノタウロスが残ってねえか調べさせろ!!!」

 

 怒号が飛び交い、聴衆の中には丸めたチラシを放り投げる者もいる。しかしギルド職員はそれを首だけを動かして回避すると、落ち着き払ったまま説明の続きを話しだした。

 

「皆様ご安心ください。既にギルドは数名の冒険者に依頼を出し、ダンジョン内のモンスター分布の再調査と掃討を行わせております」

「誰が出たんだ!?」

「まずは【黒い鳥】です」

 

 その名を挙げられた聴衆は、一種の諦めを持って静まり返った。【黒い鳥】。オラリオ最強の冒険者である【猛者(おうじゃ)】に次ぐとされる実力者。そんな彼がレベル2モンスターであるミノタウロスを相手にするためにダンジョンに潜っていると聞いて、誰もが過剰な戦力だと思わざるを得ない。

 

「次に彼のサポーターとして【ハイエナ】のパッチ、それ以外にも【嵐の剣(ストームルーラー)】ジークバルト、【烏殺し(レイヴンキラー)】アンジェ、更に【霧影(フォグシャドウ)】らを初めとした第一級冒険者らが現在【上層】を調査中です。この調査は18時まで行われる予定ですので、それまでミノタウロスに対して応じる事の出来ない冒険者の方々はダンジョンへの侵入はお控えください。後、【象神の杖(アンクーシャ)】こと【シャクティ・ヴァルマ】率いる【ガネーシャ・ファミリア】のモンスター捕縛隊にも同様の依頼を出しましたので、調査は予定よりも早く終わると考えられます。以上ですが、何かご質問等あれば」

 

 ギルド職員の口から語られた錚々たる面々の名を聞いて、一人また一人と聴衆はその場を後にした。それだけの面々が動いているとなれば、下級冒険者である彼らに出来る事は無い。精々良い報告を待つ事くらいだろう。

 そして、殆どの聴衆が去って行ったのを確認し終えてから、ギルドの職員は台を降りて忌々し気に溜息を吐いた。そんな彼に、一人の女性職員がコップに入った茶を手渡す。

 

「ご苦労な事だな、ジャック。私ならば怒鳴り散らしている所だが」

「もしこれ以上の策を打て、などと言われれば私も怒りを覚えただろうな。アレだけの面々を動かすのに私がどれだけ駆け回ったか」

「確かによくもまあ集めたなと言わざるを得ないメンツだ…………本当に良く請け負ってくれたな」

「実際に仕事をしているのは【嵐の剣】と【霧影】だけだろうがね。【黒い鳥】と【烏殺し】はあからさまにダンジョン内でやりあう心算のようだった。昨晩いざこざがあったらしい。…………それでも、夜が来るまでには済むはずだが」

 

 肩を竦めるジャックなる男の言を女性職員は一笑に付した。残っていた僅かな聴衆の中に混じっていたルドウイークは、そんな女性職員――――ニールセンの元へと歩み寄った。

 

「やあニールセン。用事があってきたのだが、構わないかね?」

「ルドウイークか。何の用だ?」

「レベルアップの申請にな」

「ほう……? 応接室9番で待っていろ。書類を用意してくる」

「承知した」

 

 彼女の言葉に従ってルドウイークが応接室へと向かうと、ニールセンはジャックと別れ奥の資料室へ一度引っ込む。ルドウイークは彼女のその動きを横目に見ながら応接室のドアを開けて、そこにあるソファへと腰を下ろした。

 

 すると、それからそう時間も経たずに書類を抱えたニールセンが入室してきた。彼女はルドウイークの向かいのソファに腰掛け机の上に書類を置くと、尊大に腕を組んでソファに寄り掛かった。

 

「さて……私の予想よりも随分早かったが…………レベルアップか」

「ああ、お陰様でね」

「ふん、どんな魔法を使ったのやら」

「短いにしろ長いにしろ、結局は積み重ねだよ。何一つせずに変われる奴は居ない」

「知ったような口を」

 

 朗らかに答えるルドウイークに、辛辣ながらも口角を上げてニールセンは言った。しかしすぐに彼女はその表情を神妙な物にして、腕を組んだままその視線を所在なさげに天井に向ける。

 

「…………まぁ、【ラキア】に居た頃からの経験を考えれば遅いくらいか。お前の様に他所(よそ)で経験を積んでいた奴がオラリオに来た途端それを開花させるというのは良くある話だ」

「そうらしいな。エリス神も同じようなことを言っていた」

「まぁ、それはどうでもいい話だ。とりあえずお前の戦歴を教えろ。どんなモンスターと戦ったか、ダンジョンのどこまで潜ったか、どんな【冒険者依頼(クエスト)】を受けたのか……思い出せる範囲でいい」

「オラリオに来てからので構わないか?」

「ああ」

「ふむ…………」

 

 考え込むような仕草の裏で、ルドウイークは正直安堵していた。これが【ラキア】……【アレス・ファミリア】時代の事まで教えろとなれば多くの嘘が必要になる。彼は過去、他のファミリアに居た事は無いのだから。

 

「モンスターか……やはり直近で言えばミノタウロスだろうな」

「やりあったのか? レベル1のお前が? ミノタウロスと?」

「いや、逃げただけだ。ミノタウロスと遭遇して無傷で逃げ切った――――恩恵やレベルの仕組みなど把握出来よう筈も無いが、それだけでも十分偉業に値すると判断されたのではないかね?」

 

 訝しむニールセンに対して、ルドウイークは必死のイメージトレーニングとエリスの指導によって培った演技力で以って真顔で嘘を吐いた。『嘘とか間違いでも自信満々で言えば実際疑われにくい』、エリスの教えである。

 その教えに従ったルドウイークの演技は、今までのそれとは質の違うものであった。どちらにせよその道に長けた者が見れば大根役者の域を出ないものではあったのだが。

 

「…………まぁいい。恩恵やレベルアップの条件に付いて神ならぬ我々がいくら議論しても徒労にすぎんからな。それで到達階層は?」

 

 しかしルドウイーク渾身の演技を受けたニールセンは、結局その出来に殆ど目を向ける事も無く書類に目を通しながらに言った。それを見た彼はどこか残念そうな表情を一瞬浮かべた後、気を取り直して自身の戦歴をでっちあげ始める。

 

「ミノタウロス以外はパッとしない物さ。結局6階層にも少し顔を出した程度だし、冒険者依頼も受けた事は無い」

「…………良くそれでレベルアップできたものだな。それではステイタスの伸びもまだまだだろうに」

「エリス神の意向だ。彼女としては一刻も早く戦力が欲しいようだからな」

「私個人としては、もっとステイタスを伸ばしてからの方がいいと思うがね」

 

 レベルアップを果たした場合、その者が今まで鍛えたステイタスは表記上0にリセットされるのだという。だが、前のレベルで鍛えたステイタスは未表示の数値として確かに能力に反映される。その為可能な限りステイタスを高め、その上でレベルを上げるのがこのオラリオでは常道とされている。

 

 だがそれは常なる道を行くものの話だ。そこから大いに外れたルドウイークにとってそのような前提など意味が無い。故に彼は、ニールセンの指摘に対して苦笑いを浮かべるだけであった。

 

「…………まぁ、大体わかった。【エリス・ファミリア】のルドウイーク。お前のレベルアップをこのラナ・ニールセンがギルドを代表して承認した。これからも冒険者としてダンジョンでの探索に善く励むように」

 

 そんなルドウイークを他所に、書類への記入を終えたニールセンは事務的な、しかし確かな激励を以ってこの件を締める。それを受けたルドウイークはニールセンに先んじて席を立ち、ドアの取っ手に手を掛けた。

 

「礼を言う、ニールセン。君のお陰で、これからも何とかやっていけそうだよ」

「私の事より、お前はこれからの身の振り方…………そうだな、妙な【二つ名】を付けられる事でも覚悟しておけよ。今のエリスでは、真っ当な名前を付けさせるのは難しいだろうからな」

「肝に銘じておくよ」

 

 ニールセンの忠告にルドウイークは笑顔で応じて、その場を後にした。残されたニールセンも書類の幾枚かにサインをすると、ドアを開け他の書類の作成へと向かう。

 

 そうしてこの日、ルドウイークはレベル2――――上級冒険者と呼ばれる者達の一人となった。

 

 

 

<◎>

 

 

 

 星々の輝く夜空の元、ルドウイークは一人西大通り(メインストリート)を当てもなく歩いていた。

 月の無い夜だ。空を見上げたルドウイークは煌めく星々の悍ましさと暗黒の空の広大さに眉を(しか)めて、それを振り払うように速足でまた歩き出す。

 

 レベルアップの申請を終え手持ち無沙汰となった彼は、少し前まで【ゴブニュ・ファミリア】の本拠地(ホーム)に依頼の進捗度合いを確認するため顔を出していた。そこでエドとの会話や製作中の品を確認し、更には実際の作業を手伝う―――とは言ってもエドに小間使いめいた事をさせられただけだが――――などして時間を過ごしていた。

 

 そしてゴブニュの本拠地を離れた後、食事をどうするかに悩んで、こうして西大通りまでフラフラと歩いて来てしまっていたのだ。

 

 既に夕食と言う時間は過ぎ去り、宴会の喧騒が多くの店から聞こえてくる。しかし、【鴉の止り木】も開いていない以上、ルドウイークにはこれと言って突出して戸を潜ろうと思える店は見つかっていないのが現状だ。

 

 ――――せめて、何か他と違う、特筆すべき店でもあればいいのだが。

 

 半ば無気力に大通りを進みながら思案するルドウイーク。そんな彼の前に、その店は現れた。

 

 作りはその他の店とも変わらない。ルドウイークも幾度か通りすがった大通りに面した店。だが、その店がその他の店と違って彼の目を引いたのは、店先に灰髪の狼人(ウェアウルフ)――――ロキ・ファミリアの幹部である【ベート・ローガ】が縛られ吊るされていたからだろう。

 

 それを見てまず、ルドウイークは彼の縄を解き降ろすべきか逡巡した。だが、縛り上げられた彼に『下ろすな!』という張り紙が張られていたことで、何らかの訳があってこの状態になっているのを理解したルドウイークは、それに興味を惹かれて店の看板を見上げる。

 

 【豊穣の女主人】亭。ルドウイークは好奇心に屈するように、その店の戸を潜った。

 

 店は、【鴉の止り木】とは比べようも無く盛況であった。数多の冒険者達が各々食事に勤しんでおり、幾人かの店員――――全員女性だ――――が忙しなくテーブルの間を行き交っている。特に目に付いたのは、店の奥側半分と外のテラスを領有している一団だ。

 外にベート・ローガが居た地点で予想出来ていたが、あの赤毛の少女めいた神を中心に宴会を楽しんでいるのがロキ・ファミリアなのだろう。

 

 ルドウイークがその神や幹部と思しき者たちの顔と名前を一致させていると、ウェイトレスの一人、エルフの女性が彼を視界に捉えその前まで歩み寄ってくる。

 

「いらっしゃいませ。お客様、一名でよろしいですか?」

「ああ」

「でしたら……カウンターの空いてるお席へ。ご案内します」

 

 事務的に言う金髪のエルフの背中を追いながらルドウイークは訝しんだ。只者では無い。見れば、この店で働く少女たちはその殆どが常人とは違う、冒険者に似た――――それも良くある下級では無く、一線級の実力者じみた――――雰囲気を纏っていることを彼の瞳は見抜く。

 

 だがルドウイークはそれに何の感慨も抱かなかった。彼女らには彼女らの事情がある。それほどの実力を備えながらにこうして酒場で働いているとなれば、何らかの理由あっての事なのだろう。

 そんな、何故料理店の店員をしているのか良く分からない者達が集まる店には十分に慣れ親しんでいた彼はこの店も同様なのだろうと考えて、一先ず警戒は保ちつつ食事に集中する事にした。

 

「いらっしゃい、初めて見る顔だねえ! たんまり食ってってくれよ!」

 

 席に着くなり、カウンター内の厨房で料理を作っていた大柄な女性――――この店の中でも、明らかに一線を画した実力を持つであろう――――がルドウイークの内心の警戒など知らぬ風に話かけて来た。その彼女に対してルドウイークはにこやかに程々にしておくと返した後、置いてあったメニューに目を通す。

 

 【鴉の止り木】に比べ全体的に高額なメニューばかりだな、と言うのが彼の第一印象だった。だがそれも店の性格の範疇だ。そこまで顔を青くするほどのものでもない。ルドウイークは手早くメニューを選び終えると顔を上げ、カウンター内の大柄な女性…………は調理中だったため取りやめ、からの食器を抱えて傍を通りかかった猫人(キャットピープル)のウェイトレスに声を掛けた。

 

「すまない、注文いいかね?」

「はいニャ少々お待ちください!」

 

 慌てた様子のウェイトレスは素早く食器をカウンターの裏に置いてくると、伝票を取り出しルドウイークの前に戻ってくる。そんな彼女に向け、ルドウイークは淡々とメニューに指差し自身の注文を伝えた。

 

「『タマネギと鶏肉のスープ』とバゲットを一つずつ。後この店で一番弱い酒を頼む」

「承知いたしましたニャ! ごゆっくりどうぞ!」

 

 猫人のウエイトレスは注文を聞き終えると早足に厨房へと引っ込んでいく。一方、ルドウイークは彼女の『ニャ』と言う言葉遣いに、それが彼女個人の癖なのか、あるいは種族ごとに特定の言葉を会話中に差し込まねばならぬ文化があるのだろうかと真剣に考え始めた。

 

 

 

<◎>

 

 

 

「もうダメやこれ以上呑めん! 誰かこのドワーフ止めたってやー!!」

「応、応。ワシは誰の挑戦でも受けるぞ! 次の酒はまだか!」

「団長、これ以上あの人(ガレスさん)に大きい顔させるのはまずいです。ここは是非威厳を!」

「ティオネ、幾らなんでもそれは無謀だよ。それに僕はもう君に十分飲まされてるし……」

「アイズた~んウチ負けてもうた~ナデナデして慰めてや~」

「…………」

「あーん拒否られたー! でもそんな所もマジ萌え~~!!」

 

 【豊穣の女主人】の閉店も見え始めた夜分。客も少しずつ店を出て、店の中の喧騒もロキ・ファミリアの面々が起こすそればかりになってきていた。彼ら彼女らの起こす喧騒をどこか楽しみながらちびちびとスープに浸したパンを食らうルドウイークに、【ミア】と呼ばれた店主と思しき大柄な女性が声をかける。

 

「アンタ、そんな少しで良かったのかい? 懐が寂しいなら少しくらいサービスしとくよ?」

「いや、私は大いに満足している。これくらいで丁度いいんだ」

「少食だねえ。そんなんじゃダンジョン生き残れないよ」

「ダンジョンに潜るならそれなりの用意をするさ……それよりも酒がまだなのだが」

「あー……そいつはすまないね。【アーニャ】! こっちのお客さんにお酒がまだだよ!!」

「申し訳ありませんニャー!!!」

 

 店主であるミアの叱咤に、アーニャと呼ばれた猫人のウェイトレス――――最初にルドウイークが注文をした者だ――――が幾つもの酒瓶を携え、その内の一つをルドウイークの前に置き、そのまま大急ぎで残りの酒瓶をロキ・ファミリアの面々に供するべく走り去ってしまった。

 

「ったく、落ち着きのない子だよ」

「まぁまぁ、元気でいいじゃあないか。客としても、アレ位微笑ましい方がいいと私は思うよ」

 

 そう言ってルドウイークは酒を自身のグラスに注いで一息に飲み干した。それを見たミアは何か言いたげな顔をしたが、エルフの店員から注文を伝えられ調理へと戻ってゆく。

 その姿に目を向ける事も無く、矢継ぎ早にルドウイークは酒を注ぎ、そして飲み干して行った。

 

 狩人は酒に酔わぬ。血と狩りにのみ酔うものだ。既に【鴉の止り木】でも幾度と無く酒を注文し、睡眠同様に酒による酔いをも取り戻してはいないかと試していたルドウイークだったが、そちらに関しては店を変える意味も何らなく、無縁なままであるようだと何杯かグラスを空けた頃には結論付けていた。

 

 これを飲み終えたら帰るか。

 

 彼はどこかつまらなそうに、虚空を見つめながらそう思案した。するとその時、ロキ・ファミリアの面々の方から驚きに満ちた声が聞こえてくる。

 

「おおっ!? 急に薄くなったと思ったら、この酒は注文しとらんぞ!? 『ドワーフの火酒』が足らん!!」

「ニャんだって!?」

 

 叫ぶ老ドワーフの声にアーニャが慌てて駆け寄ると、彼女は酒に張られたラベルを見てサッと顔を青褪めさせた。そして彼女は何かを思い出したようにルドウイークの元へと駆け寄って彼が更に注ごうとしていた酒瓶を奪い取ると、そのラベルを見て、蒼白となった顔面をより一層真っ青にしてよろめいた。

 

「やっちゃったニャー!? 出す酒間違えたー!!!」

 

 この世の終わりだとばかりに叫ぶアーニャを前にルドウイークは目を丸くする。一方、彼の目の前で崩れ落ちそうになったアーニャの襟をいつの間にやら現れたミアがむんずと掴み、その顔に向けすさまじい剣幕で凄んで見せた。

 

「アンタねぇ……ちょっと慌てたらこれだ……忙しい時こそ落ち着いて仕事しろっていつも言ってるでしょうが!!」

「ごめんなさいニャー!!」

 

 目の前で繰り広げられる叱咤を目にして、ルドウイークはただ驚くばかりだ。その二人の元に何人かのウェイトレスが駆け寄って事態を収拾しようとしている。そしてそのうちの一人、人間(ヒューマン)と思しき少女が慌ててルドウイークの元へと駆け寄り、深々と頭を下げた。

 

「申し訳ありません! すぐにお下げいたします! それと、お体は大丈夫ですか!?」

「いや、問題ない。だからだね、そこまで彼女を責めないでやって――――」

「『ドワーフの火酒』ですよ!? これってドワーフの皆さんしか飲めないくらい強いお酒で、とてもじゃないですが人間が平気な顔して飲めるモノじゃ…………いえまさか、もうそれ程に深刻に酔ってしまって……!」

「いや、私は別に……」

「本当に申し訳ありません! すぐに代わりの……じゃなくて、お水をお持ちいたしますので! 少々お待ちを!」

 

 ルドウイークは、微塵も酔ってはいない。だがそれは正しく慮外の異常事態であるようで、その少女は彼の言葉を聞く余裕も無く一刻も早く対処する案件だと見做しているようであった。

 確かに、店で一番弱い酒を要求した彼に特別強い酒を供したのは大失態と言っても過言ではないだろう。ただルドウイークにとっては本来頼むべきだった酒とこの火酒の間にそれ程の違いは無く、それ以上にロキ・ファミリアの居る場で騒がれる事の方がよほど迷惑であった。

 

 その彼の願いも虚しく、アーニャはミアに引きずられて店の奥へと姿を消し、人間の少女は足をもつれさせてすっ転び、エルフの店員に助け起こされる。お手本のような負の連鎖にルドウイークは嘗ての友人である<やつし>の如く、頭痛を堪えるように額に手をやった。

 

「おう、隣失礼するぞ」

 

 そんな彼の隣の席に、一人の老ドワーフが腰掛けた。酒精の匂いを滲ませるそのドワーフは、それ以上に体格に見合わぬ凄まじい存在感を醸し出している。

 

「『火酒』を飲んでそうまで平然としているとは、オヌシ相当『イケる口』じゃな?」

「…………いや、そういう訳では無いのですが」

 

 そのドワーフは酒に酔わぬルドウイークの顔を見て、楽し気に酒を飲むジェスチャーを見せる。ルドウイークはその言葉を否定したが、しかしドワーフはそれを豪快に笑い飛ばしてその肩を強烈に叩いた。

 

「なぁに謙遜するな……どうじゃ? わしと呑み比べをせんか? もうウチのファミリアで相手になる奴は居なくてのう……何、タダとは言わん。相手してくれるなら、今日の代金は儂が全額払おう」

「いや、しかしですな……」

「そう言うなて。老人の道楽に付き合うと思って、少し付き合ってはくれんか?」

 

 その老ドワーフの少し寂し気な笑顔に、ルドウイークは口をつぐみ、そして小さく溜息を吐いてグラスに残った火酒を一息に飲み干した。それを肯定と受け取ってその老ドワーフは水を持ってきた店員に火酒のお代わりを持ってくるように伝えて追い返す。そして、ルドウイークの顔を見てにんまりと人の良い笑みを見せた。

 

「自己紹介がまだだったの。わしはガレス。【ガレス・ランドロック】じゃ」

「【ロキ・ファミリア】三傑の一人、【重傑(エルガルム)】ことガレス殿。お目にかかれて光栄です」

「ほう、わしを知っておるか」

「知らない方がおかしいでしょう…………」

 

 呆れたように言うルドウイークに老ドワーフ――――ガレスは心の底から楽し気に笑い、それではと逆にルドウイークの名を聞くべく彼をその穏やかささえ湛えた目で見据えた。

 

「して、オヌシは? あまり見た事無い顔じゃが、何処のファミリアに所属しておる? ぜひ聞いておきたいものじゃ」

「…………【エリス・ファミリア】の<ルドウイーク>と言います。以後、お見知りおきを」

 

 その言葉にガレスはどこか思い出すような仕草を見せ、そして懐かし気に目を細める。一方、カウンターの奥に居たエルフの店員が【エリス】の名を聞いて手にしていた皿を取り落しそうになっていたが、二人がそれに気づく事は無かった。

 

「……【エリス】か……何やら懐かしい名前だのう。あやつ、ようやく表舞台に戻ってくる気になったか」

「ご存知で?」

「まぁ、うちの神が随分と迷惑を掛けたからのう……とりあえずまずは一杯」

 

 言って、ガレスはルドウイークのグラスに火酒を注ぎ、次いで自身のグラスには並々とそれを注いだ。そして、ルドウイークに向けてそのグラスを掲げる。

 彼はそれが乾杯を求めているのだとすぐに気づいた。そして、このオラリオ最強の一角に類する老ドワーフと酒を飲み交わす理由も見出していた。

 

 エリスは、ルドウイークに対して自身と自身のファミリアの過去を語りたがらない。聞いてみてもそれとなく話題を逸らしてしまう。故に、自身の属するファミリアの事をルドウイークは未だに良く知らずにいた。

 それは彼にとって不本意な事である。いずれヤーナムへと戻るつもりのルドウイークではあるが、この世界での寄る辺となってくれた彼女への恩を返すべく、自身の帰還の前にこのファミリアを可能な限り再起、あるいは発展させる事を心に決めているのだ。

 

 少々失礼ながら、ガレス殿から過去エリス神に何があったかを聞き出せるかもしれぬ。

 

 ルドウイークは一抹の申し訳なさを感じながら、いかにこの老人の口を割るかを胸にその乾杯に応じるのだった。

 

 

 

<◎>

 

 

 

「――――それでのう、わしはロキに言ってやったんじゃ。『アイズの服を買ってやるのはいいが、せめて着て貰えるデザインにしろ』とな……それを聞いたロキの奴は…………」

「ああ、ああ……それは大変ですね…………」

 

 その話は既に四度目だとルドウイークは心の中で頭を抱え、同時に自身の見立ての甘さが足りなかったと呪わしく思った。

 初めこそ細やかに、怪しまれぬよう日常的な話題を続けていたのだが、酒が五杯目を越えた辺りからガレスの言葉に愚痴が混じり始め、十杯を越えた辺りから話が一方的になり、二十を越えた所で同じ話を繰り返すに至ったのだ。

 

 おそらく、こちらに来るまでに相当な量の酒を飲んでいたのだろう。彼の空になったグラスに酒を注ぐばかりで自身は十杯ほどから殆ど酒を口にしていないルドウイークはそう結論付けて、既に彼からエリスの過去を聞き出す事を諦め聞き役に徹している。

 

 こんな時間まで帰れぬとなれば、流石にエリス神に何を言われるか分からんな……。

 

 この状況から脱する術も無く、ガレスが再び語り出した主神や団員たちの話に適切に返事を返していると、厨房から現れたミアが大きな声を張って残った者達の注目を集めた。

 

「さあさあ、そろそろ店閉めるよ!! 【フィン】、そこの爺さんどうにかしな!」

 

 その声に応じて、ロキ・ファミリアの面々は荷を整理して、ある者はふらつきながら席を立ち、またある者は酔い潰れた者に肩を貸して店の外へと退出してゆく。そして、ルドウイークの隣のガレスの元へも一人の小人(パルゥム)が歩いてくる。

 

「ほらガレス、もう行くよ。立てるかい?」

「んー、もう時間か。呑み足りんのじゃがのぉ…………」

 

 ガレス以上に小柄なその小人は、一度ルドウイークに軽く会釈すると、小さな体でガレスを軽々と支え歩き出す。その背中をルドウイークは難しい顔をしながら見送って、ふむ、と顎に手をやり思案した。

 

 ――――あれがロキ・ファミリア団長。【勇者(ブレイバー)】こと【フィン・ディムナ】か。

 

 その幼くさえ見える体に見合わぬ風格をルドウイークはひしひしと感じ取ってグラスを握る手に込めた力を僅かに強くした。彼の見ている前で、フィンはガレスを支えて店の出口へと向かうが一人のアマゾネスが彼に走り寄るとガレスの支えられて居ない側に肩を貸して共に歩き出す。二人の間に身長差がありすぎてむしろフィンの負担は増したようにも思えるが、彼は笑顔で礼を言うとアマゾネスは顔を赤くして俯く。

 

「そこの。<ルドウ()ーク>と言ったか」

 

 そんな二人を眺めていたルドウイークは駆けられた声に振り向いた。そこに居たのは豊かな緑の長髪を持つ、気品ある一人の女エルフだ。彼女は振り向いたルドウイークに対して小さく頭を下げると、懐から硬貨の入った袋を取り出して彼の前に置く。

 

「ガレスの相手をしてくれていた様だな、礼を言う。奴の呑み相手が出来る者はウチのファミリアにも居なくてな。手間が省けたよ」

「いや……私も都市屈指の実力者の話が聞けて大いに参考になりました。礼を言うなら私の方です」

 

 ルドウイークは彼女に向け、出来うる限り優雅な礼を見せた。それを前にして、そのエルフはどこか感心したような顔を見せる。

 

「ほう。大抵の冒険者は、我々を見れば大抵委縮するものだが……」

「敵に回すならばともかく、ここは地上の酒場で互いに客でしかありませんので」

「確かにそうだ……その硬貨だが、ガレスの言っていた呑み代だ。良ければまた相手してやってくれ。では失礼する」

 

 自身を恐れぬルドウイークの言葉に納得したように微笑んだ彼女は、ガレスの代わりに代金を渡すとそのまま店外へと出て行った。その後を何人かのエルフが追い、その内の幾人かがルドウイークに剣呑な視線を向けて来る。

 

 オラリオ最強の魔法使い。【九魔姫(ナイン・ヘル)】の名を持つ【リヴェリア・リヨス・アールヴ】か。噂通り、随分とほかのエルフに慕われているようだ。

 

 ルドウイークはそんな彼女らの敵対的な視線にどこかいじましさを感じて小さく笑う。そして店の中に誰が残っているのかを見渡した。彼の目に映ったのは幾人かの無名の団員。そして金糸の如く煌めく髪を持つ人間の少女と、それにべったりとすり寄る赤毛の女神。

 

 【アイズ・ヴァレンシュタイン】と【ロキ】神か。ルドウイークは、彼女らと顔を合わせるのはエリスとの関係も鑑みてまずいと直感的に考え、机の上の硬貨袋を手にして人間の少女の店員に代金を支払うと早々に店の戸を潜って大通りに踏み出した。

 

 

 

 

 

 

 

 月の無い空の元を、酒の酔いも無くルドウイークは歩く。『導かれた』訳でもないのにとても収穫の多い時間であったと、彼は【豊穣の女主人】での出来事を想起した。

 

 オラリオ最強と謳われる、二つのファミリアの片割れ。そこに所属する強者たちを『見て』理解したが、彼らの実力は凄まじい物だ。<月光>以外に真っ当な武具も無く<秘儀>も十二分に扱えぬ今の自身では、勝利をもぎ取るのは簡単な事ではないだろう。

 

 幾ら彼が己より強大な敵を相手取って来た狩人とは言え、ルドウイークは『対人』に関しては経験はあるとは言え専門ではない。その上、『獣』でない『人』相手に月光を抜く事が()()無い以上、彼らに対して全力で相対する事自体が有り得ぬ事だ。

 

 出来るだけ、敵に回らぬよう……そして、万一にも月光の事を知られぬよう努力するしかない。だがしかしルドウイークの目的はヤーナムへの帰還であり、彼らがその邪魔をする理由も無いはず。

 

 ただ、心配事があるとすればエリス神だ。彼女がロキ神に対してあからさまに拒絶的な反応を見せていた以上、そちらの方面で利害が発生する可能性がある。そうなれば、私はエリス神に従い、彼らと刃を交えねばならなくなるだろう。

 

 ――――出来れば、そうはならぬといいのだが。例え彼らのうちの一人を討ったとて、ファミリアの規模に差がありすぎる以上エリス・ファミリアがロキ・ファミリアに勝る可能性は一切ない。そのような何も残せぬ戦いは彼の本分では無かったし、同時に彼の目的、自身の帰還までにエリス・ファミリアを再興する事にとっては最悪の結末と言ってもいい。

 

 帰ったら、エリス神に釘を刺しておくとするか……。だが、もう眠ってしまっているだろうな。明日起きたら、彼女に今宵の事を伝えるとしよう。そんな事を考えながら、ルドウイークはオラリオの夜闇の中を歩いて行く。

 

 

 

 ルドウイークの帰りを待ちわび、眠たげな眼をこすっていたエリスに夜遅くの帰宅を果たした彼が叱咤されるのは、もう半刻ほど後の事であった。




ルドウイークが酒飲んでいるころ、ベル君はダンジョンで特攻中です。

エリス・ファミリアの再興云々言ってるけど新規の団員これっぽっちもアイデアないんですよね。
皆様に募集とかかけた方が手っ取り早いかしら。どちらにせよ暫くはルドウイークにソロで頑張ってもらうつもりですけど。

しかし難産だった……ロキ・ファミリアの面々の口調エミュレイションが甘いですね……外伝の方も早く買って読破しなきゃ(危機感)

あとフロムキャラのゲストについてはまだ募集中です。
よろしければ活動報告からリクエストください。

今話も読んで下さって、ありがとうございました。

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