月光に導きを求めたのは間違っていたのだろうか   作:いくらう

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怪物祭前半、13000字ちょっとです。原作キャラの言動エミュレイション難しい……難しくない?

総合評価5000に到達しました。これも感想評価お気に入り、誤字報告等して下さる皆さまのお陰です。
今後ものんびりやって行きますので、良ければ応援していただければ幸いです。


13:【怪物祭】(前)

 

 

 その日のオラリオの喧騒は、ルドウイークの知るあらゆる人混みを遥かに上回っていた。

 

 空では花火と思しき破裂音が断続的に続き、人々はそれを耳にしながら顔を上げる事も無く思い思いに街を歩んでゆく。そしてこの大通り(メインストリート)に並ぶ店の幾つもが、そう言った潜在客達の眼を少しでも引くために普段よりも店先の構えを派手な物にし、店員に声を張らせていた。

 

 今日は、かねてより準備の進んでいた【怪物祭(モンスターフィリア)】当日。その人々の流れの間に紛れるようにエリスとルドウイークは並び歩いている。

 ルドウイークにとっては、今日はどちらかと言えばかねてより依頼していた装備――嘗てのヤーナムにおいて<ルドウイークの聖剣>と呼ばれたそれの再現品――の完成日である、という意味合いの方が強い。

 

 だが、あくまでも自身は図面を引いただけで、実際の完成品がどのような物になるかはこの武器を製作している【エド】次第だ。あの男、腕は間違いないようだが、性格が致命的に良くない。既に素材や機構などに無断で調整を加えているようで、それをルドウイークが問い詰めても答える事は無いと言う性悪ぶりだ。

 

『そういうのは、受け取ってからのお楽しみの方が俺が楽しい。だから調整については当日説明してやる。お前も楽しみにしとくといい』

 

 仕掛けの部品を調整しながらそんな事を言って自身を適当にあしらったエドの姿を想起して、ルドウイークは少し顔を顰めた。その後『だが要望があるならそれは言え』と言ってきてはいたが、正直心配である。

 

 その心配の表れか、彼らは速足に【ゴブニュ・ファミリア】のホームへと向かっていた。実際の所剣を受け取って多少話をするだけなので、それ程急ぎの用事でもないのだが……それでも彼らが急ぐのには理由がある。エリスが怪物祭を見て回るのを実に楽しみにしているからだ。

 

 何でも、ここ十年ほどは貧困故にこう言った催し事をただ眺めている事しか出来なかったらしく、彼女は安定した収入を得て久しく祭りを満喫できそうなこの機会を心底楽しみにしていたのだ。それこそ、先日酷い腹痛に襲われながらも祭り行きたさからそれを気合で克服するほどに。

 

 その自身の欲望への忠実さにルドウイークも正直舌を巻くと同時に、多少安堵しても居た。自身の料理を食べた後のエリスの苦しみ様は、余りにも痛ましい物だったからだ。偶然<先触れ>の精霊が彼女を気絶させなければきっと一日中彼女は呻いていた事だろう。

 

「どうしたんですかルドウイーク、難しい顔して」

 

 そんな事を考えながら歩いていたルドウイークに、エリスがその顔を見上げながらに言った。それを聞いて、自分はそこまでの顔をしていたのだろうか、とルドウイークは一瞬だけ考えてからその問いに応じる。

 

「いや、エリス神が回復してよかったとね。今日を随分楽しみにしていた様だからな」

「まったくですよ! 主神にあんな料理食べさせるなんて……正直死ぬかと思ったんですからね!」

「いや、確かに作ったのは私だが、作らせたのは貴女だろう」

「さあルドウイークさっさと武器を受け取って街に繰り出しましょう! なんたって折角のお祭りですからね!!」

 

 自身の責任を指摘された途端、エリスはそっぽを向いて速度を速めた。その後姿に、都合のいい主神だとルドウイークは首に手をやって、それから彼女の後を追う。しかし、人混みが邪魔でうまく彼女と距離を詰める事が出来ない。

 

 2M(メドル)近い身長とそれに相応しい体格を持つ彼からすれば、行き交う人々の間を抜けるのは中々に難行であった。それに、基本的に閑散としていたヤーナムより来たった彼には到底人混みを抜ける技術への慣れなど期待出来よう筈も無い。

 一方で、160C(セルチ)半ばのエリスは人々の間をすいすいと抜けて行く。神の放つ特有の神威によって、人々は無意識的に彼女に道を譲るからだ。そんな自身の優位に気付いているのかいないのか足を止める事の無い彼女の姿が少しずつ離れていくもので、ルドウイークは少しげんなりする。

 

 だが、そこは彼もあのヤーナムの夜を戦った古狩人。気を取り直すと、すぐに人々の流れの中に空いた間隙へと体を滑り込ませ、素早く歩く技術をこの経験の中で習得してゆく。

 

 それには彼自身の資質も関係していることだ。その背の高さと、<獣狩りの夜>の内に置いて数多の狩人を指揮する事を可能にした視野の広さ。同期の他の者には無かったその能力を持って人々を率いた彼は、今その能力を人々を避けるために活用している。

 

 向かって来るものの正面に立たぬように立ち位置を調整しつつ、歩く速度の緩急を利用して同じ方へと流れる人々の間を横に流れて追い越してゆく。その途中で、彼の眼にはすれ違う人々が皆程度の差はあれこの祭りを楽しんでいるように映った。

 

 ――――祭りなど、私には無縁だと思っていたが。

 

 脳裏を過ぎったそんな考えに自嘲した笑みを浮かべると、ルドウイークはそのまま、少しずつ近づきつつあるエリスの金色の髪を目印にその背中を追うのだった。

 

 

 

<◎>

 

 

 

 二人がゴブニュ・ファミリアの本拠地(ホーム)にたどり着くと、そこでは団員の鍛冶師と思しき者たちが忙しそうに右往左往していた。聞く所によれば、本日は彼らのファミリアが新たに開発した武器を発表する場を設けているらしい。それは十中八九ルドウイークの注文した仕掛け武器の事だろう。

 

 そんな彼らを眺めながら、ルドウイークとエリスは首を巡らせて当の制作者であるエドの姿を見出そうとした。しかし行き交う鍛冶師たちの中に彼の姿は見えない。

 まだ、工房に籠っているのだろうか――――そんな事を考えてエリスがルドウイークの事を見上げた時、後ろから声をかけられて二人は揃って振り返った。

 

「なんだ、お前ら揃って突っ立ちやがって。武器を受け取りに来たんじゃあねえのか?」

 

 振り返った先に居た男――――ルドウイークの武器製作を請け負った鍛冶師である【エド・ワイズ】は、どこか気だるげに言って腕を組み工房を顎で指した。その体からは、僅かに酒の匂いが漂っている。

 

「安心しな、武器なら出来てる。中に置いてあるから、付いて来いよ」

 

 それだけ言い残すと、エドは二人には目もくれずふらついた足取りで工房へと向かって歩き出す……その後姿を見て、エリスは不満げな顔でルドウイークの事を見上げた。

 

「私、行きたくないんですけど……」

「はは、気持ちは分からなくも無い。だが必要な事だ」

「…………こんな事なら、大人しくヘファイストスの所行った方が良かったのかなぁ」

 

 ぼやくエリスに苦笑いを向けた後、ルドウイークは諦め気味にエドの後を追う。その背中を、エリスが小走りに追いかけて二人は工房の中へと足を踏み入れた。

 

 

 

 この日のゴブニュ・ファミリアの工房では、殆どの炉に火は入っておらず、それでいて多くの団員が外と同様に方々(ほうぼう)を駆けずり回っている。どうにも昼の新武器発表に向け、慌ただしく準備を進めているようだ。その中にあって、その最大の当事者の一人であるはずのこの性悪な鍛冶師はどこ吹く風と言った様子で歩いてゆく。

 

 そしていつだかの打ち合わせに使った工房の隅にある卓にたどり着くと、彼はその上に置かれた、布にくるまれた物を指示した。

 

「コイツだ。アンタの設計図のもんより、ずっといいもんに仕上げてやった。あとリクエストにも応えたし、崇めてもらっても構わんぜ」

「検討しておこう」

 

 ルドウイークはエドの言葉に対して極めてぞんざいに返すと、布を取り払いその内に隠された品を皆の視線の元へと晒す。

 

 そこに在ったのは銀の長剣と、それを仕舞うには些か大型すぎる金属製の鞘だ。剣は刀身をランプの橙色の反射に煌めかせ、鞘には余すことなく技巧の粋を尽くした装飾が彫り込まれている。その美麗な彫刻(レリーフ)を見て、エリスが思わず感嘆の声を上げた。

 

「うわ、まるで美術品じゃないですか……凄いですね。このデザイン、ルドウイークが考えたんですか?」

「いや。私は書いてはいないよ。エド、これも君の独自調整の成果かね?」

「あー、ぶっちゃけ暇つぶしだ。仕掛け部分に使う素材の納品まで時間があってな。折角だしかっこよくしてやろうかと」

「いや暇つぶしで付ける装飾じゃあないですよねこれ……性格と腕前に差がありすぎる……」

「聞こえてるぞ」

 

 エリスがボソッと呟いた本音にエドは蔑むように凄むが、対する彼女はエドに視線を合わせようともしない。それを見たルドウイークは一瞬笑ってしまいそうになるが、すぐにそれを気の迷いだと振り払う。

 一方、エリスを睨んでいたエドはその内反応する気の無い彼女に興味を失ったか、机の上で指を組んでルドウイークにどこか伺うような視線を向けた。

 

「それで、折り入って相談なんだがな。この武器……こう言った変形機構を備えた武器の名前の案は何かないか? 考案者の意見を聞きたい」

「私としてはそれよりも武器そのものに対する意見交換をしてほしかったがね…………」

 

 そう言うエドは椅子に寄り掛かって尊大に腕を組み、質問している側とは思えない態度である。そんな彼に対しルドウイークがらしくなく口を尖らせていると、何かを閃いたのかエリスが勢い良く手を上げ立ち上がった。

 

「はいはい! それじゃあ、考案者の名前を取って【ルドウイークの大剣】なんてどうですか?」

「却下だ」

「ねえな」

 

 勇ましく手を上げたエリスの案を、二人はバッサリと切り捨てる。その余りの息の合いように、エリスは唖然とした後真っ赤な顔でがなり立てた。

 

「な、何なんですか二人そろって! 私割と真面目に考えたんですけど!?」

「あのなぁ、人名つけたら分かりにくいし後でややこしいんだよ。それに『ルドウイークの大剣』じゃあどう言う武器かピンと来ねえだろうが。そもそも俺が名前付けたいのは武器の種類にだよ。客に分かりやすいようにしたいからな」

「確かに、新しい装備に相応しい名を付けるのは重要だな……ふむ」

 

 地団駄を踏むエリスに対してエドは呆れたように指摘をし、一方のルドウイークは顎に手をやって少し真剣な面持ちで思案し始めた。

 

 エドが求めているのは武器の種別名……つまりは『剣』や『斧』と言った大きな範囲での名前だ。今回用意した<ルドウイークの聖剣>は『長剣』や『大剣』の性格を切り替える武器ではあるが、確かにどちらかとして発表するのは難があるだろう。

 もし長剣として売り出せば大剣の部分に客は疑問を持つだろうし、逆であっても同じ事だ。素晴らしい武器である事に間違いはないのだが……いい物が(あまね)く売れる訳では無いと言うのを、いつだか<教会>に籍を置いていた雷に魅せられた工匠が嘆いていたのを覚えている。

 

 故に、武器を作り販売する側にとっては分かりやすさと言うのは非常に大事な事である様に考えられた。ならば、この武器を体現するに相応しい名前とは……。

 目を閉じ、神妙な顔で考えようとしたルドウイーク。しかし彼は、そもそもこう言った武器を表す名は最初から付いていたことに気づいて、にも拘らず真面目に悩んでいた自分が愚かしくて小さく笑った。

 

「一つ案がある…………<仕掛け武器>と言うのはどうだね?」

「ほう……? <仕掛け武器>……【ギミック・ウェポン】ってとこか? いいな、それで行こう」

「随分とまぁあっさりと決めますね……」

 

 ルドウイークの案にエドは彼らしくなく素直に眼を輝かせ首を縦に振る。それに怪訝な視線を向けるエリスに、エドはまた尊大にふんぞり返ってフンと鼻を鳴らした。

 

「お前に分かるかなんか期待しちゃいないが、物作り(クリエイター)には咄嗟のインスピレーション(閃き)が大事なんだよ。他人からいいアイデアをもらえるなら万々歳――――」

「おいエド、話は済んだか?」

 

 エリスを見下すように講釈を述べるエドの所に、一人の鍛冶師がやってきて声をかけた。黒い長髪を後ろで結んだ、不健康そうな顔色の青年である。その青年の問いにエドは振り返ると、一度笑ってからそれに答えた。

 

「ああ。まだ途中だが……この武器種は【仕掛け武器(ギミック・ウェポン)】って種別名にしようと思う。ついでに言うなら、こいつは【仕掛け大剣(ギミック・ブレイド)】ってとこか」

「ギリギリまで待たせただけあって悪く無い名前だな。誰からパクった?」

「うるせえな。とりあえずこれでアンドレイも納得するだろ?」

「多分な。俺が旦那だったらOK出すけど」

「そうか…………安心したら気ィ抜けたわ。トイレ」

 

 青年の返答に一人納得したエドは、会話を打ち切り席を立ってその場を離れる。残された者達は少しの間その後姿を眺めていたが、ふと苛立たしげにエリスが口を開いた。

 

「…………女神の前で堂々とトイレ宣言とか、下品にも程がありすぎじゃないですかね……?」

「アイツはああ言う奴なので……。許して頂きたい、美しい女神殿」

「美しい…………まぁいいでしょう。貴方は?」

 

 あからさまなお世辞に、しかしエリスは機嫌を少し直して青年に視線を向けた。ルドウイークも彼の事を推し測るように観察している。それに気づいた青年は、何処か慇懃に礼を取って見せた。

 

「ああ、紹介遅れた。俺は【リッケルト】。今回の発表の進行役をやらされる事になってるんだ。ホントは出てくるつもりなかったんだけど、たまには陽に当たれってアンドレイの旦那に引っ張り出されちまって……」

「リッケルト殿か。名うての職人と見たが」

「ええ。【魔剣屋】リッケルト。ひたすら【魔剣】ばっか作って市場に流しまくって、魔剣自体の市場平均価格を1割くらい落としたって方です。その魔剣も品質の均一さには定評があって……今では逆に彼自身の魔剣はちょっと価値上がっちゃったんですけど、多くの冒険者達が愛用しているんです」

「的確な説明助かる、エリス神」

 

 その言葉に、ルドウイークはリッケルトなる眼前の青年をかなりの鍛冶師なのだと推測した。そして次に、未だ直接触れた事の無い【魔剣】について思案する。

 

 ――――【魔剣】。

 

 『疑似的に魔法を放つ事の出来る剣』。その名を唱えそれを振るえば、いかに魔法の才の無い者であれ、剣に封ぜられた魔法を放つ事の出来る特別な剣の総称だ。

 

 その威力は製作者や品質によって大きく上下し、また数回使えば壊れてしまう使い切りの代物。故に信頼性は高いとは言えないのだが、それを差し引いても長い詠唱も必要とせず魔法に類似した攻撃を扱う事が出来るとあって、その有用性は筆舌に尽くしがたい。

 

 ちなみに、常に発動しているような特殊な性質を秘めた武器については【特殊武器(スペリオルズ)】と呼ぶらしい。ならば、<血晶石>を捻じ込んで属性を得た装備もそう呼ばれる種別に入るのだろうか。<月光の聖剣>は、そのどちらの性質も併せ持つという事になるのか……? そう思案を重ねるルドウイークを他所に、リッケルトはエリスに対してバツが悪そうな笑みを見せた。

 

「いや、言いすぎですよ神エリス。俺の打つ魔剣は性能を落として値段を下げた廉価品で、皆のイメージするような威力は無い最低等級品です。褒められるようなもんじゃありませんよ」

「そんな事ありませんよ! 貴方の打つ魔剣……均一の安定した品質を持つ魔剣が、どれだけ冒険者達の助けになっているか! あの値段が何よりの証明ですよ!」

「それに、一日にあれだけの本数の魔剣を生産する等人間業では無いだろう。かの【鍛冶貴族】でも、ああはいかんと手前は思うがな」

 

 謙遜するリッケルトの言葉を否定するエリスの声に、その場にいた誰とも違う女性の声が続いた。皆の視線がそちらへと向けば、いつの間にかそこに立っていた女性は少し意外そうに目を見開く。

 

「……どうした? 手前の顔に何か?」

「いやいや、何でアンタがここに居るんだ【コルブランド】。ここは関係者以外立ち入り禁止だぞ」

 

 リッケルトに咎められ、コルブランドと呼ばれた彼女はふむと顎に手をやり悩むような仕草を見せた。白いリボンで一本に纏められた黒髪を揺らしながら、眼帯に隠された左とは対照的に赤い右目は鋭く、しかし楽しげに周囲の顔色を眺めている。その腰には相当な業物であろう刀を一本佩いており、佇まいも併せて剣士としての高い実力も伺わせていた。

 

 そしてその火に焼けた鍛冶師特有の肌の上に雑に上着を羽織っており、その間から垣間見えるサラシに包まれたその胸は抑えつけられている現状の大きさで評しても十分に豊満である。

 

「何、【ゴブニュ・ファミリア】――――アンドレイ殿の新製品と聞いたら居ても立っても居られんでな。こうして呼ばれても無いのに馳せ参じたわけだ!」

 

 彼女はそう呵々大笑してから、止める間もなく卓の空いている椅子に腰を下ろした。そこに悪びれた様子などなく、しかしそれがどうにも悪い印象に結びつかない不思議な魅力の持ち主でもあった。そんな彼女に探るような視線を向けていたルドウイークは、対応に困っていたエリスに顔を寄せてそっと耳打ちした。

 

「エリス神、こちらは?」

「えっとですね………………こちらは【単眼の巨師(キュクロプス)】こと【椿・コルブランド】。【ヘファイストス・ファミリア】の団長であり、十人ほどしか存在しない最上級鍛冶師(マスタースミス)の一人…………そして、今のオラリオで名実ともに最高の鍛冶師と呼ばれる方です」

「おっと、他はともかく最後のだけは有名無実だ。手前は()()アンドレイ殿を越えたとは思っておらんからな」

 

 エリスの評を耳ざとく聞き取り、だが変わらずコルブランド――――椿は楽し気に笑うばかりだ。その言葉からは、既に最上級鍛冶師(マスタースミス)と呼ばれる彼女がその領域に至ってなお尽きぬ向上心の持ち主であることが伺える。そして、そのまますぐに会話を打ちきった彼女は勇ましく卓に身を乗り出し、机の上に寝かされた<ルドウイークの聖剣>――――あるいは【仕掛け大剣】を指差した。

 

「それよりも新製品だ! 昼に発表と聞いたがもう待ちきれん、早く見せてくれ! 長剣と大剣の合いの子だと聞いたぞ!」

「いやいや、あと何時間か待ってくれって。今から場所取っとけば最前列で見れるぜ?」

「いいや、もう限界だ。手前がどれだけこの日の発表を楽しみにしていたと思ってる」

「…………発表が終わるまでは口外しないでくれよ?」

「『鍛冶の神』に誓って」

「どっちのだよ」

 

 その言を咎めたリッケルトに対して諦めなど微塵も垣間見せずに食らいつく椿。それにあっさりとリッケルトは折れ、一度口止めした後どうぞと手の平で許可を出す。そしてその合図が出された瞬間彼女は飛びかかるように長剣を手に持って、興味深そうにその刀身を眺め始めた。

 

「うむ、これは…………ミスリル製か……いや、偏執的なまでに強靭性に拘り鍛え抜かれた刀身、もはや並のミスリルと比較するのもおこがましい。大剣部分にもミスリルが……いや、縁の部分は超硬金属(アダマンタイト)か。長剣と大剣二つの性格を併せ持つというのは、そう言う事だったのか。そしてこれが結合部分…………この部品最硬精製金属(オリハルコン)製か。あのオリハルコンをこれほどの部品に加工するとは生半な労力では無い……しかし一般の市場に流通するものにはこれほどの素材は使われないだろうが……いや、そもそもこの構造なら十二分過ぎる強度を確保できるはず……そうか! あくまでオリハルコンの使用は更に念を入れてという事だな……!? 流石はアンドレイ殿……武器自体の品質も紛れもなく第一等級品でありながら、使い手によってはその性能限界を更に引き上げうる可能性、更には複雑な機構部分に最高品質の素材を使う事で強度を底上げし信頼性までも高めているとは…………何たる生半可な鍛冶師には到底到達できぬ領域に立つ者にのみ生み出す事の出来る逸品か! かの二つ名に相応しい業前と感嘆せざるを得ない…………!」

 

 武器のあらゆる部分を穴が開くほどに眺めまわし、椿は炉にくべられた鉄の如くに熱の入った様子でこの品の持つ要素を徹底的に精査してゆく。そしてしばらくの間一人で捲し立てていた彼女は、最終的に素晴らしく満足した様子で溜息を吐いた。

 

 エリスはその剣幕に若干引いていたが、彼女のお陰でルドウイークもこの武器に対する評価をある程度定める事が出来た。その言を聞く限り、武器としては素晴らしいことこの上ない物であると言うのは間違いないだろう。特に強度については折り紙付きとのことだ。それは元来からのこの武器の特徴である頑強さを更に改良した結果得たものなのだと彼は推測した。

 

 ――――エドの腕はなんだかんだで確かだったという事か。

 

 らしく無く皮肉めいてエドを称賛しながら、ルドウイークはさらに思案を進めた。

 

 この強度があれば数打ちの長剣では成し切れなかった自身の筋力を生かした戦い方も出来るだろう。そしてもう一つ、この武器には椿にも思考の及ばぬであろう特別な要素がある。

 

 彼は目立たぬように剣に刻まれた、何かを(よじ)り込むために(しつら)えられた3つの穴に目を向けた。それは、彼の持つヤーナムより持ち込んだ品の一つ、<血晶石>を装着するための箇所(スロット)である。

 

 血晶石。獣や眷族どもの血の中に生まれる血石の一種であるそれは、武器に取り付ける事でそれぞれの石に対応した能力を付与する事が出来る。火や雷と言ったいわゆる属性や、特定の対象に付ける傷が深くなる、手にしているだけで体力を回復する等だ。その原理については嘗ての狩人達も随分と調べ回ったものだが、結局それを暴く事は出来なかった。当然、ルドウイークの知る所でもない。

 

 しかしその原理を知らぬままでも、その力は確かに振るう事の出来るものだ。多くの戦士が、自らの武器が如何様にして生み出されているのかを知らぬのと同様に。

 

 そんな事をルドウイークが考えている間にも、椿は興奮冷めやらぬという風に何度も武器を調べ上げ、ついには仕掛けの起動を試みようと金属製の鞘に長剣を押しこみガチャガチャとやり始める。

 だが、初めて触れる仕掛け武器の変形機構に彼女は苦戦し始め、その内腕を組んで武器に対してどこか怪訝な視線を向け始めた。

 

「むう……意外と難しいな。アンドレイ殿らしくない。あの人ならば、もう少し簡易な機構にする気もしてきたが……」

「そりゃそうだ…………コルブランド。盛り上がってる所悪いけど、それ作ったのアンドレイの旦那じゃあないぞ」

 

 変形が上手く行かずに首を傾げる椿に、リッケルトが呆れたように話しかける。すると椿はその眼を訝しげに細めて、思案するような仕草を見せた。

 

「何? しかしあの人以外にここまでの物を作れる者と言えば……」

「俺だぜ」

 

 その声に皆が振り返ると、手布で濡れた手を拭いながらエドが戻ってきていた。その姿を見て椿の顔が隠しきれない嫌悪に歪む。それはエドも同様だったようで、グラスの奥から覗く瞳は実に攻撃的であった。その二人の視線が空中でぶつかり、火花を散らすかのようにルドウイークとエリスは錯覚する。

 

「……何故お前がここに居るのだ、【ねじくれ】エド公」

「俺の二つ名は【ひねくれ(シニカル)】だ。……お前こそ何でここに居やがる鍛冶狂い(キチ)女。またアンドレイ目当てに人んちのファミリアの敷地に勝手に上がり込んだのか? 常識ねえのかよ……」

「むむ……実際間違っていないが…………お前に言われると腹が立つ!」

 

 そう言い切ると椿は席を立ちエドの前に仁王立った。その威圧感はすさまじい物で、咄嗟にエドはファイティングポーズを取って身を引く。

 

「待て暴力反対だ。俺は弱い!」

「だったら態度を改めろ。それだけの腕があるのだから、少しは真面目に鍛冶仕事に精を出せ!」

「知るか! 俺は好きに武器を作るんだよ! つかテメェこそ見境なしにぽこじゃか第一等級品量産しやがって!! お前と比較されたせいで俺がどんだけなぁ!!」

「何を言うか! お前なら手前に及ばずともそれなりの評価をされただろう!?」

「テメェのそう言う自分が上である事を信じて疑わねえところが嫌いなんだよ露出過多鍛冶女!!!」

「何だと貴様!?」

「ハッ、折角だしここらで白黒つけてやろうか!? かかって来やが――――あっ待て今の嘘おいマジでグーはやめろ!!!」

 

 互いが互いの言に耐えきれなくなったか、エドの挑発を皮切りに二人の鍛冶師の取っ組み合いが始まった。突然の喧嘩に慌ててリッケルトが止めに入ろうとするものの、工房の隅だったこともあってか、溜まっていた灰が巻き上がってその子細な様子を覆い隠してしまう。

 だがどうやら二人の間には致命的までに力の差があったらしくすぐに取っ組み合いは終わり、舞っていた灰が晴れるとボロボロになって突っ伏すエドとその上に跨って腕を組み鼻を鳴らす椿の姿が露わとなった。その姿に、呆れたようにリッケルトは溜息を吐く。

 

 すると、大柄な一人の人影が呆れたような表情で彼らの元へと歩いてきた。

 

「…………何やってんだ、お前ら?」

「げっ」

「アンドレイ殿!?」

 

 彼と彼女の起こした騒ぎを聞きつけたか、その場にのそりと現れたのはゴブニュ・ファミリア頭領、【薪の鍛冶】アンドレイ。彼の視線を受けた椿のそこからの動きは早かった。

 

「げっふぁ!?」

 

 情けない悲鳴をあげてエドが転がる。椿が即座に尻に敷いていたエドを壁際に蹴り飛ばしたのだ。そして彼女は何事も無かったかのようにアンドレイの前に仰々(ぎょうぎょう)しく正座し、両手を膝の上に置いて深々と頭を下げた。

 

「お久しぶりです。突然の訪問の上、見苦しい所をお見せしてしまい誠に申し訳ありません。椿・コルブランド、ゴブニュ・ファミリアの新武器が完成したと聞いて居ても立っても居られず、こうして参上した次第です。アンドレイ殿も、相変わらずご健勝のようで何より」

「おう。ウチのエドが迷惑かけちまったみてえだな」

「クソが…………! 迷惑かけてるのはどう考えてもこのグワーッ!?」

 

 吹き飛ばされていたもののしぶとく復帰したエドが彼ら二人の最上級鍛冶師(マスタースミス)の会話に割り込もうとした瞬間、突如として凄まじい衝撃により視界外へと吹っ飛ばされた。そうして消えて行ったエドの軌跡をアンドレイは裏拳を戻しながら横目に見て、腕を組んで椿にどこか呆れたような目を向ける。

 

「ま、事情は大体わかった。……新製品を楽しみにしてくれたのはうれしいけどよ、お前だって今やファミリアの団長なんだ。もうちっと落ち着いた方がいいと思うぜ、お転婆め。ハハハ」

「はい、ご忠告痛み入ります」

 

 エドに対するそれとは180度違う態度を見せる椿と、娘を見る様な面持ちでそれに対するアンドレイ。ルドウイークが、どこか楽し気にその様を眺めていると、何やら我慢の限界を迎えたように焦るエリスが彼にそっと耳打ちしてきた。

 

「あの、ルドウイーク。そろそろですね、時間が本格的にですね……」

「本格的? 何かあったかね?」

「ガネーシャ・ファミリアの公開モンスター調教(テイミング)の時間ですよ! 確か昼過ぎからスタートですから、まだ何とか席を確保できるかもしれません」

「そうか。失念していたな」

 

 その言葉にエリスがちょっとムッとするのを見て、ルドウイークはすぐに行動に移った。会話を続ける椿やアンドレイの脇を抜けて素早く仕掛け武器を布に包み背負い込んだ彼は、その場の鍛冶師たちと相対して礼儀正しく頭を下げる。

 

「それでは、我々はそろそろお暇させてもらおう。エドに世話になったと伝えて置いていただきたい」

「おう。その試作品、後で使い心地を教えてくれ。流通品にフィードバックさせてくからな。刃こぼれとかがあったらあの野郎に頼むぜ」

「了解した」

「エド公でなくとも、手前の所に持ち込んでくれても構わんぞ」

「ご厚意は嬉しい限りだが……契約上難しいな」

 

 首を横に振るアンドレイを見て、ルドウイークは椿に対して申し訳なさげに否定を返した。それに対して椿はアンドレイに視線を向けるが、彼はダメだと言わんばかりに首を振り椿はあからさまに肩を落とした。すると、その様子を伺っていたルドウイークを見て我慢できなくなったか、エリスがルドウイークの腕を引っ掴む。

 

「ほら! もう行きましょうルドウイーク! 祭りですよ、祭り!」

「そう急がずとも祭りは逃げんよ、エリス神」

「何言ってるんですか! 時間は待ってくれませんよ!」

「……そうだな」

 

 そうして引きずられるまま、一人と一柱は工房を後にしようとする。だがその背に思い出したようにアンドレイが声をかけ、ルドウイークに楽しげな顔で話しかけた。

 

「そうだルドウイーク、アンタすげえ()()なんだってな。ガレスの奴といい勝負したって聞いたぜ。良ければ俺とも今度どうだ?」

「勝負したつもりは無かったが……それについてはまた後で詳しく話しましょう」

「応。それじゃ、祭り楽しんで来いよ!」

 

 

 

<◎>

 

 

 

 ゴブニュ・ファミリアを後にしたエリスとルドウイークは、このフィリア祭の最大のイベントであるガネーシャ・ファミリアによるモンスターの公開調教を目撃するべく、一路闘技場へと向かっていた。その道中、いつぞやの少年と従者の屋台でおはぎを購入したエリスは、甘いそれを時折幸せそうに頬張って、そしてルドウイークに楽し気な感情を隠さぬ笑顔を向ける。

 

「うーん、おいしい! やっぱり、食べ歩きは祭りの華ですね!」

「あまり食べ過ぎない方が良いのでは? 折角の催しを前にしてお腹を壊してしまえば、悲しいぞ?」

「確かにそうですけど……楽しく無いはずがないじゃないですか! それにやっと、ルドウイークもちゃんとした武器が手に入ったんですから、もっと楽しそうにしましょうよ!!」

「そうだな……これで探索もやりやすくなる。と言っても、深度が進むにつれてダンジョンは著しく高難易度化すると言うから、そう容易い話ではないのだろうが」

「そう……ですね」

 

 祭りが終わった後の事、ヤーナムへの帰還へと邁進しようという意思を隠さぬルドウイークに、エリスは少しだけ寂しそうな顔で俯いた。しかし、彼女はそんな顔をすぐに笑顔で覆い隠して普段通りの態度で彼の前に回り込み、上目使いに(たず)ねる。

 

「……ね、ルドウイーク。一つ相談があるんですけど」

「何かね?」

「新しい武器も手に入って、格好もついてきたことですし……そろそろウチの団長の肩書き、名乗るつもりはないですか?」

「いや、それは私には相応しくない看板だよ」

 

 その団長と言う地位への誘いを、ルドウイークは即座に辞した。その答えに……と言うより、その逡巡の無さに驚いたように目を丸くするエリスに、彼はどこか申し訳なさそうに笑って腕を組んだ。

 

「……なんだかんだで、私にはファミリアへの忠誠心は無いに等しい。貴女への恩義で動いているだけだ…………このファミリアに何があったのかという事情も、未だに知らないしな」

 

 その言葉に、笑顔を浮かべていたエリスは一瞬呻いて痛い所を突かれたとばかりに表情を歪める。一方ルドウイークはそれを見て少し笑みを浮かべた後、一転して真剣極まりない顔で首を横に振った。

 

「それに、結局私は異邦人だ。いずれ去る者に重要な役職を任せてしまうと、後が面倒だと思うよ」

「じゃあ、ダメですか?」

「……ああ。それよりも、新入団員を募集して、その者に団長を任せた方がよっぽどいいだろう。第一、私は人の上に立てるような()()()()()()よ」

「……………………そっか」

 

 下界の子らの嘘を見抜く力を持つ神であるエリスは、ルドウイークの言葉に一切の偽りがない事を本能的に見抜いてしまい、少し悲しそうに呟いた。

 

 彼の言う事は、実際に正しい。もしも彼が団長となったとして、エリス・ファミリアを軌道に乗せた後ヤーナムへと戻ってしまえば、団長の席は空席となる。それはつまり、穏便であろうとなかろうと、他に団長の座に相応しい者を選出しなければならないことを意味している。その為の人員は彼女の元には居ない。

 

 彼の言う通り、新しい眷族を増やすのが賢明な判断なのだろう。だが、ルドウイークに団長と言う座を与える事で万一ヤーナム帰還の術が見つかった時に引き留めるための口実を作っておきたかったエリスは、彼の意思の強さを再び見せつけられたことで心の中で肩を落とした。

 

 ――――まあ、そう簡単には見つからないと思いますけど。でも、万一の為に彼を捕まえておく手をまた考える必要がありますね……。

 

 そう自分に言い聞かせてすぐにエリスは気を取り直したように手を叩き、その心中の企みをルドウイークに悟られぬよう、普段よりも三割増しの笑顔を見せた。

 

「解りました! それでは団長云々は忘れまして、今日はフィリア祭を楽しみましょう! なんたって、一年に一度のお祭りですからね!」

 

 その時、街を歩く人々の間に大きな声が沸き上がった。一瞬、歓声だと思えたそれにエリスは闘技場での公開調教が早くも開始されたのかと驚きに困惑した表情を見せる。だが、必死の形相で道を戻ってくる市民や観光客の姿を見て、ルドウイークは苦虫を噛み潰したような顔で背の【仕掛け大剣】――――<ルドウイークの聖剣>に手をかけた。

 

「お祭りのー…………アトラクションですかね?」

「……そう言う感じでは無さそうだ。エリス神、一先ず戻っていてくれ」

「ええっ!? それじゃあ祭りはどうするんですか!? 公開調教(テイミング)は!? それに私が戻った所で、ルドウイークはどうするんです!?」

「言ってる場合では無さそうだ。恐らく、ロクでも無い事が起きているぞ……!」

 

 そう言うとルドウイークはまずはエリスを逃がすべく腕を引っ掴んで走り出――――そうとして、それでは彼女に大いに負担をかけると判断し、その体を素早く小脇に抱えると、それに対する抗議の声も無視して路地裏へと飛び込んで走り出すのだった。

 

 





後半は明日までにはあげられると思います。

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