月光に導きを求めたのは間違っていたのだろうか   作:いくらう

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怪物祭後半、18000字無いくらいです。


14:【怪物祭】(後)

 事態は、切迫していた。

 

 ガネーシャ・ファミリアの行っていたモンスター調教の会場、オラリオ屈指の大きさを誇る建造物である闘技場から、突如モンスターが脱走したのだ。

 

 彼らは何故か積極的に人を襲うような事はしなかったが、血走った眼で街路を跳梁跋扈し、何かを探すように邪魔な屋台などを破壊して暴れ回る。

 

 当然、観光に来ていた多くの一般人に彼らに抗う力は無い。人々はあっという間にパニックとなり、蜘蛛の子を散らすように混乱が広がって行った。

 

「くそっ、どうなっておる……! 我がファミリアの調教師(テイマー)達は何をしているのだ!!」

 

 毒づきながら、コロッセオへの道筋を示す看板を武器代わりに振り回して【蒼大剣士(ブルーブレイダー)】の【バンホルト】は逃げ惑う市民たちの盾となりモンスター達を迎え撃つ。後方では大道芸人として道端で芸を披露していた【道化(ピエロ)】の【トーマス】が彼の代名詞とも言える巨大火球の連続投擲では無く、避難者達を巻き込まぬ規模の小さな火球を放り投げていた。

 

 普段通りのダンジョン内であれば彼らはその実力を発揮し、レベル1や2のモンスターであれば圧倒していただろう。だが今日は地上、それも戦闘など考慮されぬ祭りの日だ。バンホルトのような戦士たちの殆どは愛用の武器を持ち歩く事も無く、トーマスのように強大な魔法を操る者はその破壊力が仇となって満足にそれを振るう事が出来ない。

 

 だが、彼らもこのオラリオで二つ名を得るほどに名を挙げた冒険者達だ。今の自身等が振るえる範囲の力で何とかモンスターを排除し、市民たちを安全と思える方角へ誘導してゆく。

 

 その時、街路に在った屋台の一つが盛大に吹き飛ばされ、一匹のモンスターが姿を現した。

 

 【ソードスタッグ】。中層の最深部分、24階層付近に出現する雄鹿のモンスターであり、凄まじい突進力とその名の由来たる鋭く強靭な角で数多の冒険者を突き殺してきた強力な敵である。だが、本来なら単独でバンホルトとトーマス、二人の相手をできるモンスターでは無い。その突進攻撃こそレベル3にも通用するとされているが、彼らはさらに上の位階に相当する冒険者であるからだ。

 

 しかしそれも、この状況下では大いに話が違う。守るべき市民たちを背にした彼らはその突進に対して回避という選択肢を取る事が出来ず、同時に全力の迎撃も行えない。更に彼らに状況を打開するための思案を与える暇も無く、ソードスタッグは街路の真ん中に固まる彼らに対して邪魔だと言わんばかりに角を突き出して突進を開始した。

 

 本来の武器では無い今の得物(看板)では、防御は困難。市民たちを挟んで反対側に居るトーマスの位置からは援護は期待できない。万事休すか。そうバンホルトが歯ぎしりした瞬間、突進の最中に在ったソードスタッグの前に路地から飛び出してきた一人の女が立ちふさがった。

 

 次瞬、彼女は腰に差した刀に手をやって一切の躊躇なくその暴走と交錯する。そして彼女が刀を鞘に納め小さく音を鳴らした瞬間、ソードスタッグの全身が切り刻まれ盛大に肉と血と臓物が街路にぶちまけられた。その姿を見て、返り血を多少浴びたバンホルトが市民を気遣い呻く。

 

「【烏殺し(レイヴンキラー)】か、助かった! だが少し周囲に気を遣ってくれ!! 救ってくれたのは間違いないのだが、市民たちを怖がらせんで欲しい!!」

「それはすまない事をした。普段の愛剣があれば、もっと綺麗にやれたのだが」

「常在戦場」

 

 【烏殺し】と呼ばれた彼女――――オラリオ一の剣速を【剣姫】と争うとされる女冒険者【アンジェ】の後に続いて、いくつもの刀や剣を突っ込んだ背嚢を背負った白い衣服の男が現れた。アンジェは刃の欠けた刀を彼に放り渡すと、男は背嚢から新たに刀を引き抜いて逆にアンジェに差し出す。

 

「そう怖い顔をするな【真改(しんかい)】。お前と合流出来たのは実際僥倖だった。【蒼大剣士】に剣をくれてやってくれ」

「承知」

 

 そのやり取りの後真改と呼ばれた男はバンホルトの元へと向かい、その背に在った物の内最も大きな剣を彼に手渡した。

 

「いいのか? 今は手持ちも無いが」

 

 バンホルトが尋ねると、真改はアンジェを後ろ手に指差して彼女に支払ってもらう旨を伝える。バンホルトはその答えに安心して剣を受け取ると、市民たちの方を向き腹の底から声を上げた。

 

「皆、安心してくれ! これより我々が皆を護衛し、安全な所まで離脱する! まずはギルドの詰め所に向かおう! さあ、着いて来てくれ!」

「私もか?」

「協力」

「仕方ないな」

 

 バンホルトが剣を掲げて叫ぶと、市民たちが安心したような声をあげる。アンジェは自らも護衛に組み込まれたのが少し不満そうではあったが、真改の言に諦めたように小さく笑った。

 一方、後方にいたトーマスも周囲の安全を確認できたようで片手を挙げバンホルトに合図を送り、それを受けた彼は市民を先導してまず最寄りのギルドの詰め所へと向かおうと思案する。

 

 その時、突如として地鳴りと共に地面が揺らいだ。

 

 直後、いくつか先の区画で凄まじい音を立てて土煙が上がり、そこから女性の悲鳴とも似た、けたたましい叫びが聞こえて来た。その土煙の中から、巨大な大蛇じみたモンスターが一瞬姿を見せ、市民たちの間に酷く動揺が伝播する。

 同じように、バンホルトも一瞬だけ垣間見えた知りもしない怪物に対して呻き、そんな彼に流石に切迫した顔のアンジェが並び立って、武者震いに小さく震えた。

 

「随分な物が出て来たな。あれも、お前達の所(ガネーシャ・ファミリア)のか?」

「そんな訳なかろう……! 一体、何が起こっているというのだ……!?」

 

 

 

<◎>

 

 

 

 エリスの前を走るルドウイークがミスリルの長剣を振るう度、立ち塞がるモンスターは致命的な一撃を受け、その命を終わらせてゆく。その死骸の魔石に即座に切っ先を突き立て死体を崩壊させ、ルドウイークは周囲の騒ぎに耳を傾けた。

 

「どうなっている……何かを探しているのか?」

 

 そう呟いて剣を振るい血を払いながらに、ルドウイークは視線を後ろに向けた。そこでは、はぁはぁと息を切らしながらエリスが俯いている。

 

「はぁ、はぁっ……ちょ、ちょっと待ってください……! 死ぬ……!」

「抱えられるのは神としてのプライドが許さないと言うから降ろしたのだが……辛ければ」

「大丈夫です!! それはそれで、死ぬほど恥ずかしいので!!!」

 

 大声を上げ、それによって更に息を切らしつつ胸を張るエリスの様子を見て、見栄を張っている場合か? とルドウイークは眉を顰める。だがすぐに彼は彼女を先導し路地裏から通りへと躍り出た。

 

 その眼前には、目を血走らせた虎のモンスター。ルドウイークはその外見から、ニールセンによる講義の一端を即座に想起する。名は【ライガーファング】。確か、15階層付近に出現するレベル2相当のモンスターだったはずだ。

 

 瞬間、ライガーファングはルドウイークの白っぽい髪を見咎めると咆哮し、勢い良く飛びかかって来た。その名の通りの牙による攻撃では無く、爪による薙ぎ払い。しかし、その爪による旋風に巻き上げられる木の葉のようにルドウイークは穏やかに跳躍、空中で体を捻るとその背に馬乗りとなる。そして剣で首筋を傷つけた後、生物の生命維持において最も重要な場所の一つである脳幹に対して後頭部から抜き手を突き込んで徹底的に破壊しその大虎をあっさりと殺害した。

 

 生命活動を停止し、崩れ落ちるライガーファング。その転倒に巻き込まれる前に背から飛び降りたルドウイークは再び躊躇なく魔石を剣で貫いて、死体を崩壊させる事を選んだ。その様を見ていたエリスが、顔面蒼白になって片手を真っ赤に染めたルドウイークに声をかける。

 

「よ、容赦なさすぎですね……いつもそんな事してるんですか……!?」

「いつもではないがね。絶対に殺しておきたい相手は脳を破壊するのが間違いない」

「ヤーナムの狩人ってそんなのばっかなんですか?」

「いや? 皆は大抵臓物をぶちまける方を好んだよ」

「なにそれこわっ…………そんな精神性が求められるなんて、絶対やばい街ですよね……」

 

 ルドウイークは恐れを露わにしたエリスに対して、何も答える事は無い。しかし何かを感じ取ったか、周囲の様子をくまなく警戒してゆく。その時。

 

『オオオオオオオオオオオオッッ!!!!』

 

 聞くものを恐怖させる、けたたましい咆哮。それが、ごく近い区画から全身に振動が走る程の音量で聞こえてくる。

 

「ひえええっ!? な、何ですか今の!?」

「…………!」

 

 思わずその場にへたり込んで耳を塞いだエリスを他所に、ルドウイークはオラリオに来て以来最悪の状況であると現在の自身等を認識した。今の咆哮を行ったのは、まずヒトでは無い、モンスターだ。そして、姿は見えずともかのヤーナムで数多の獣と対峙したルドウイークは、その声の主が持つ強大さを総身でひしひしと感じ取っていた。

 

 ――――この状況は、拙い。自身だけならばその咆哮の主の元へと向かい一刻も早く葬送を成すべきなのであろうが、エリス神がまだこの場に居る以上それは叶わない。だが、このままでは街の被害は大変な物になるだろう。それを許す事など出来はしない。ならば、やはりまずは彼女を安全な所に送り届けるのが最善……!

 

 幸いにも既に避難したか、周囲に他の人影は無い。だがその代わりとでも言うように、路地から四体のモンスターが姿を現した。

 

 【トロル】、【シルバーバック】、【オーク】、【バグベアー】。いずれも上層の中でも強力なモンスターであったり、中層以降に出現するレベル2相当のモンスター達だ。それを見たルドウイークはどこか諦めたように溜息を吐いて手にしたミスリルの長剣を背の鞘へと仕舞い込んだ。

 

「どうしたんですかルドウイーク!? あ、もしかしてその仕掛け武器の力を……!?」

「見た目こそ似ているが、これにはまだ私は馴染んでいない。新武器など本来修練を経て馴染ませるものだし、何よりまだ『石』を入れていないからな……」

 

 眼前のモンスター達を睨みつけて牽制しながら、ルドウイークはエリスとモンスター達の間を遮るように立ち位置を調整する。そしてルドウイークの聖剣を握りしめていた手を離し、もう一つの彼の武器――――革袋の中に隠された<月光の聖剣>の柄へと手をかけた。

 

「『使う』ぞ、エリス神。状況が状況だ。許可を」

「っ…………わかりました! でも、最速で終わらせてくださいよ!!」

「了解」

 

 <月光>に手をかけ腰を落としたルドウイークの周囲で、突如土ぼこりが舞った。<加速>。ヤーナムの古狩人達に伝わる業であり、己の速度を大きく上昇させて、跳躍(ステップ)の際には夢との境にまで至り己の存在をズラす事さえ可能とする<秘儀>。それを発動させたルドウイークは、モンスター達が一歩踏み出した瞬間既にその懐にまで迫っていた。

 

「オオッ!!」

 

 裂帛の気合と共に、縦一閃。背の革袋から抜かれ、片手で握られた光纏わぬ月光によってシルバーバックの正中線を真っ二つに叩き割る。そしてルドウイークはそのまま横回転。軽く跳躍しながらの回転切りでオークの胸に刃を振るいその上と下であっさりと両断した。一瞬の交錯で四体の内二体のモンスターが殺害され、驚愕に反応の遅れるトロルとバグベアー。その内、素早さに長けるバグベアーが振り向こうとしたときには既に月光による突きがその頭蓋を吹き飛ばしており、その返り血が振りかかるよりも早くトロルの首はねじ切られていた。

 

 一瞬で四体のモンスターを殺害し、その死体達の只中に立ったルドウイークは月光を振るって血を払い落して、なお周囲への警戒を続ける。振動、咆哮。近隣区画でルドウイークの察知した強大なモンスターがどうやら戦闘を始めていたようだ。その声の響き方からして恐らく一体では無い。二体、あるいは三体。それほどのモンスターを相手に一体誰が戦っているのか。彼はすぐさまその場に救援へと赴きたい衝動に駆られたが、まずはへたり込んだままのエリスの元へと駆け寄り、彼女を助け起こす。

 

「無事かね、エリス神。ひとまずモンスターは排除した。行こう」

 

 そう言ってエリスの手を引き立ち上がらせたルドウイークに、彼女はどこか興奮したような様子で目を輝かせて声を上げた。

 

「ルドウイーク、貴方強いとは思ってましたけど、予想よりずっと強くないですか!? すごいですよ! これなら、エリス・ファミリアの再興も夢じゃ……!」

「言ってる場合ではあるまい。とりあえず早くこの場を――――」

 

 その時、ルドウイークの全身を貫くような寒気が走った。ヤーナムでは感じ得なかったそれに、彼は全身を強張らせてその感覚が示す方向――――かの咆哮が響き、強大な何かが暴れ回っているであろう近隣区画へと警戒を向ける。

 

 瞬間、何らかの力の炸裂の感覚と共に、街路を伝って寒波がルドウイークらの居る場所へと吹き荒れて来た。ルドウイークは咄嗟にエリスを抱き寄せて彼女を守るべく背中を冷気へと向け、足に力を込めてそれが通過するのを待った。そして、その背に霜が張り付き白い装束が更に白く日の光に輝くときには先ほどの方向や振動は嘘の様に収まっている。

 

「…………無事かね、エリス神」

 

 白い息を吐きながら、ルドウイークは懐のエリスに対して問いかけた。当の彼女は少し顔を赤くして彼を見上げた後、慌ててその身を彼から離して気丈に振る舞った。

 

「だ、大丈夫です! それよりも今の【魔法】、噂に聞く【九魔姫(ナイン・ヘル)】の【ウィン・フィンブルヴェトル】じゃあないですか!? 余波でこんな事になる程の冷気魔法、他に聞いたことありません」

「今のが、魔法……」

 

 ルドウイークは薄く霜に覆われ気温すらも落ち込んだ周囲に目を向けて、寒気とは別の理由でぶるりと震えた。だがすぐに彼は気を取り直して周囲にモンスターが居ないかを確認すると、月光を握っていない方の手でエリスの手を引き、その場を離れようとする。

 

 しかしその瞬間、地震かとも思えるほどの振動と共に眼前の地面が吹き飛ばされ、その土煙と霜によって日光が遮られる中から巨大な蛇じみた何かが姿を現した。

 

「なっ……!?」

 

 その威容に、驚愕とともにエリスが立ちすくんだ。周囲の家屋すら凌駕する長い体躯。その長さに比べて細いと言えるものの、それでも大樹の如き太さを誇る胴体。太陽の光を反射する艶めいた体表は生半なモンスターとは一線を画す耐久性を想起させ、頭部は花の蕾のような形状で、目や鼻と言った感覚器は存在していない。

 

 そして、淡い黄緑色を帯びたその蛇じみたモンスターは、ルドウイークとエリスが驚く暇も無くその頭部を花の如く開いて凄まじい勢いで飛びかかって来た。

 

「エリス神!」

 

 ルドウイークは叫び、エリスの手を引いてその突進を回避しようとする。だが立ち竦んだ彼女が逃げ出すよりも、明らかに大蛇の突進の方が早い。加速の影響下か、あるいは走馬灯じみた遅延現象か、迫る大蛇の動きが泥のように遅く見える。その引き伸ばされた時間の中でルドウイークはエリスの手を離し、月光を両手で持ち頭の横へと構え、その切っ先を迫りくる大蛇へと向けた。

 

 ――――我が師。

 

 その心中のつぶやきに、月光が応えて震える。その刀身へと、虚空から現れた光の粒子が集い宇宙色の刀身を形成していく。

 

 ……それこそ、月光の聖剣の神髄。翡翠色の輝きに縁どられた、形成す宇宙。嘗てのルドウイークを英雄と称させた、導きの月光。本来秘されるべきそれを、自らの隣に在る恩神を守るために、ルドウイークは躊躇なく開帳した。

 

 ――――導きの月光よ!!!

 

 炸裂。突き出された月光の光が弾け、そこから膨大な光の奔流が放たれる。斜め上へと放たれたその奔流とぶつかり合った大蛇は一瞬でその光の中に呑まれて消し飛び、それが晴れた時には残った体が力を失い轟音とともに地に倒れ伏した。

 

 それを見届けたルドウイークはすぐさま月光を振るい、その光を払い散らした。そして急いでエリスの方へと振り返る。だが、そこに居たエリスは瞳を見開いたままの姿勢で固まっていた。

 

「エリス神? どうした!?」

 

 月光を仕舞い込んだルドウイークがその肩を揺らすも、その瞳は光を失い、呆けたように虚空に目を向けたままだ。ルドウイークは焦る。まさか、月光から何らかの啓蒙を得てしまったのか? ひとまずルドウイークは前後不覚となったままの彼女を小脇に抱えて、その場を疾く離れようとした。

 

「おーいそこの白装束、大丈夫!? 今のは何、魔剣!? ちょっとー!?!?」

 

 そんな彼らにどこか場違いな、とても明るい声がかけられる。今の月光の輝きを見て駆け付けたか、屋根の上に一人のアマゾネスの少女と、嘗てダンジョンで遭遇した金髪金眼の少女の姿をルドウイークは認めた。

 

 アレは確か【剣姫】、【アイズ・ヴァレンシュタイン】。ならばその隣に居る少女も【ロキ・ファミリア】の者か……!

 

 ルドウイークは普段からのエリスの言動を考慮して、その声に反応する事無くエリスを抱えて走り出した。その背にアマゾネスが大声で静止を呼びかけるものの、彼はそれに反応する事も無く、昏い路地裏へと飛び込んでいった。

 

 

 

<●>

 

 

 

 …………気づいた時、私は中央広場のど真ん中で、一人立ち尽くしていた。

 

 周囲を見渡しても人っ子一人いないその広場は、心なしか幕が下りたかのように赤く染まって見え、私はふと空を見上げてみる。

 

 そこに広がっていたのは青ざめた、血のような空。そして、驚くほど大きな満月。そんな異様な光景を前に、私はどうしてこの場所に自分が居るのかを、どうにか思い出そうと頭を抱えた。

 

 そう、あれは怪物祭の途中、モンスター達が街に溢れてきて。それからルドウイークが手にした【仕掛け大剣】を、そして<月光の聖剣>を振るい私を守っている最中、地中から巨大な蛇が現れて私達を食らうべく襲い掛かった。

 

 そしてその事態を打開するべく彼は常から秘匿していた<月光>の真の力を垣間見せ、翡翠色の光の奔流の中にかのモンスターを消し飛ばしたのだ。

 

 そこまで思い出して、私は違和感に眉を顰める。あの月光は、本当に()()()()()()()()()()? 私は何か、別の物を見た気がする。あの月光の奔流の向こうに隠されたもの……宇宙色。煌めく星々の輝き。広がる無限遠の暗黒。

 

 …………そして、向こうからこちらを覗き込んでいた、何かの視線。

 

 それを思い出した私は、全身を奔る怖気に体を震わせた。あの時、確かに向こう側から何かが私を見ていたのだ。この世界ではない、別の宇宙からこちらを覗き込むだけの(すべ)を備えた何か。そして、その瞳が私を捉えた事に思い当たって、私は恐怖のあまり自分の体を抱きしめるかのように腕を回した。

 

「……ルドウイーク?」

 

 無意識にこぼれた私の声に応える者はいない。

 

「居ないんですか、ルドウイーク……?」

 

 恐る恐る、周囲を見回しながら人に呼び掛けているとは思えない小声で私は呟く。大きな声を出せば、見つかってしまいそうな気がしたからだ。

 

 ――――何に?

 

 思考がまとまらない。頭が痛む。水滴が落ちるような音が、何処からともなく聞こえて来る。

 

 私は走り出した。とにかく、ここに居るのはまずい。家に戻らないと。そんな強迫観念じみた思いに縛られて、脇目も振らずにオラリオの街区を駆け抜ける。

 

 べちゃべちゃ、ぐちゃぐちゃ。堅い地面の上を走っているはずなのに変な音がする。考えるな。踏んでいるのはただの水たまりだ。そのはずだ。慣れ親しんだオラリオの通りが、そんな水っぽい音を立てるはずがない。

 

 耳を塞いで街を行けば、いつの間にかオラリオには無かった時計塔がその視界に映り、そこに一瞬、何かが張り付いていたように見えて、私は足元だけに目を向ける。あれはなんだ。蜘蛛? いや、もっと悍ましい――――

 

 見るな。理解しようとするな。知ってはいけない。

 

 その時、路地裏から何かが飛び出した。薄汚い襤褸(ぼろ)を纏った、浮浪者じみた人影。私は一瞬、人が居たのかと足を止めそうになったが、その手足の病的なまでの白さと細さ、そして被った襤褸の顔の部分から覗く(ひげ)じみた触手を見て、泣き出しそうになりながら足を速める。

 

 あの蠢くものは何だ。考えるな、走り続けろ。

 

 息を切らしながら、ただ走る事に集中し、何一つ考えないようにして私はオラリオの大通りを駆け抜けた。そして私がダイダロス通りに飛び込むと、すぐに見慣れた背中を見出せる。大剣を背負った白装束。ルドウイーク。私は躊躇なく、その背中に飛びついた。

 

「ルドウイーク! 無事だったんですね!? 心配させないで下さいよ! と言うか、一体何がどうなってるんですかこれ!? とりあえず、早く家に戻りましょう! そこら中、変なのがうようよしていて……」

 

 私は、無意識に見栄を張って、心配するように彼に捲し立てた。自分から飛びついていた時点で、誤魔化せてなどいなかったろうに。またきっと、どこか呆れたような優しい視線と言葉を向けてくるのだと思って、私は彼から身をもぎ離して一歩離れる。だが、彼は微動だにせずに立ち尽くしたままだ。

 

「……ルドウイーク?」

 

 私はそんな彼の様子に、無意識に一歩足を引いた。この狂ったオラリオで、唯一真っ当な姿を見せた目の前の彼。だがそれがうわべだけの物でしかないように感じて、私は涙を浮かべながら目の前のモノの動きを注視する。すると、彼はそれまでの不動が嘘の様にあっさりと振り向いて、私のささやかな抵抗を粉々に打ち砕いた。

 

 先程見た襤褸の如き、病的に白い肌。変形し、歪み狂った恐るべき顔。馬を悪意を持って百倍醜くした様だとも言えるその顔の横に、首から生えた口だけの器官が蠢いている。そしていつのまにか彼はズタズタになった白装束を纏う、四本を大きく超えた本数の手足を生やした巨体の獣へと変じており、その本来の口から薄汚れた息を吐いて腰を抜かした私の事を見下ろしていた。

 

 ――――<醜い獣>。そんな言葉が私の脳裏に思い浮かぶ。そして、それを前にして、私はその恐ろしさに涙をこぼしてただ震える事しか出来ない。

 

 どうして、こんな事になっているのだろう。あの月光の輝きの向こうに居た何かが、私にこんなものを見せているのか。あるいは、この目の前の怪物が、本当のルドウイークだとでも言うのか。わからない。なにも、わからない。

 

 その時、何かの影が目の前に落ちる。月の光を浴びながら、何かが私の後ろに降りて来たのが分かった。振り返る間もなくそれは私の背中に寄り添うと、そっと首に腕を絡めて来る。その感触は、一瞬ぬめる触手じみた悍ましい物に感じたものの、すぐに人肌の優しい感触に取って代わった。そして、私が凍り付いた顔で僅かに首を巡らせ振り向こうとして見たのは――――私そのものの姿をした何かだった。

 

「……つらい? こわい? 逃げ出したい? それなら、いいですよ……わたしが助けてあげます」

 

 私にそっくりな彼女は、そう囁くとぎゅっと抱きしめる力を強めた。でもそれは苦しい物では無く、柔らかいその肢体の感触が、私を少し安心させる。

 

「眼をとじて。こうして、怖いものから瞳をそらしていればいいんです。見なくていいの。ずっと、そうしていればいいんですよ」

 

 そう囁きながら、彼女は私の眼鏡を外して、両目を撫でるように掌で覆った。その慈しむような感触と自分と同じ声に、こんな意味不明な状況にも関わらず私はぼんやりと安心して、言うがままに瞼を閉じる。

 

「ほら、まっくらですけど、怖いものは見えないですよね……? さぁ力をぬいて……眠ってしまいましょう……。そうすれば、怖いものの声も、聞こえなくなりますから……。ずっと頑張ってきたんですし…………夢の中でくらい、ゆっくり休んでいていいんですよ……。さあ、力をぬいて……深呼吸して……手足をだらんと投げだして……そのまま、昏くてあたたかいところで、ぼーっとしていましょうね…………」

「ぁ…………」

 

 私の耳元でぼそぼそと囁くその声に誘導されるようにして、私は全身の力を抜いて彼女に寄り掛かるように身を預ける。彼女はそんな私の様子に満足げに笑うと、その柔らかい掌で髪を梳くように頭を撫でた。それが心地良くて、私は半開きの口から呆けた声を上げて安心感に溺れて行く。

 

 揺蕩(たゆた)う意識の中で、私は自分の思考が薄れて行くのを知覚していた。私と言う灯が、ふっと消え入りそうな小さなものになってゆく。「でも、それでいいんですよ。何も、こわくなくなるし、とっても安心できて、きもちいいんですから」。もう、それが自分の心の悲鳴なのか、私を抱き留める彼女の声なのかの区別もつかない。相変わらず頭を撫でる手が、頬に降りてきてぬるりと粘液の跡を残す。そして沈んでゆく意識の中で、彼女が楽しげにつぶやくのが聞こえた。

 

「いいこいいこ……ふふ。そのまま、休んでいていいですよ………………その間、わたしが私をしていてあげるから」

「…………っ!!」

 

 その言葉を聞いた途端、私は瞑っていた目を見開き、四肢に鞭打ってその抱擁から力づくで抜け出した。転げるように前に出れば、いつの間にかそこにいたはずの醜い獣は消えている。私はふらつく足取りで獣が――ルドウイークが――居た所までよろめいてから、浮遊感の抜けない頭を巡らせて振り向いた。

 

 そして、ソイツと相対する。私そっくり、いえ、まったく同じ顔の何か。私の行動に驚いていたそいつはしばらくどこか驚いたような顔をしていたけど、すぐに立ち上がって服の埃を払い、そしてにっこりと微笑んだ。

 

「うふふ。おはよう、私。どうして起きちゃったの? もう少しで、私の代わりに、私になれそうだったのに……ちょっと残念です」

「何ですか……何なんですか、あなたは!?」

「んー……? 見ての通りですよ?」

「ちゃんと質問に答えなさい!!」

 

 私はまるで怒ったようにそいつに向けて叫ぶ。いや、確かに怒りはある。だがそれ以上に私の心を占めていたのは恐怖だ。この狂ったオラリオの街。怪物となったルドウイーク、あの異様にも程がある満月。その全てがこの目の前にいる何かに繋がっている気がして、その底知れぬ何かを少しでも払拭しようとしての叫びなのだ。

 

 だがそんな私を前にして、それは微笑ましい物を見たようににっこり笑い、そして小首を傾げて、質問の意図が良く分からない、とでも言いたげに答えた。

 

「わたしはエリス……ですよ?」

「エリスは私です!!」

「そうですよ? だから、わたしもエリス」

 

 意味不明なことを言ってからそいつは少し考えるように頬に人差し指を当てて、ちょっとだけ悩んだような仕草を見せながら言葉を続けた。

 

「んー、なんて言うんですかね……わたしは貴方に見出されたから、私になった……だからわたしは私。でも私にとってはそうじゃないかもしれない……だから、わたしは私になりたいんです」

「意味が……分からない……!」

「むむっ、結構頑張って説明してるんだけどなぁ。えっとですね、だって、私が、あの宇宙からわたしを見出してくれたので。元々のわたしは、<あの人>に狩られて取り込まれて、悪夢の宇宙に消え散ってしまいましたから…………だから、何か収まりのいい形が欲しかったんです」

 

 まるで、ヒトの形になった自身を楽しむかのように、そいつはその場でくるりと回った。神の美貌を持つその私と同じ姿に少し身惚れそうになって、けれど己に喝を入れて目の前の物を睨みつける。だけどそいつはそれを意にも介していないのか、ぱんぱんと私の着ているのと同じ服の埃を払うと、ぐるりと首を巡らせて、青ざめた空の月を見上げる。

 

「そう。彼の導きの月光が、ほんの(かす)かに私とこの世界の(よすが)を繋いでくれた。ルドウイーク自身が、あの人と月光の導きによってこの世界にやってきたみたいに…………それは本当はありうべからざることなんですけど、でも、それだけじゃ本当はダメだったんです。あの導きの光の向こう側……こっちを覗き込める人が、この世界にはいなかったから」

 

 そこまで言い切ったそいつは、首を巡らせるのを止めて私の方へと振り返る。その眼は、あの月と同じように、青ざめた血の色に染まっていた。

 

「でも私には出来た…………ふふ、聖剣のルドウイークに感謝ですね。夢に招待した事も無い彼が、こんな形でわたしを導いてくれるなんて……ね」

「何者ですか、あなたは……」

 

 もはや怒りすらも萎び切り、震えるような声で私は呻く。それさえも楽し気にそいつは笑うとぺこりと丁寧なお辞儀をして、そして話し始めた。

 

「えっとね、わたしは…………わたしは<繝輔Ο繝シ繝ゥ>。あるいは<髱偵*繧√◆縺。>。<繝ュ繝シ繝ャ繝ウ繧ケ>達の<譛医?鬲皮黄>。あの人に狩り殺されたモノの、わずかに残ったそのかけら…………ふふ、聞き取れました? もし聞き取れたなら、私も立派にこっち側なんですけど」

 

 目の前のそれの発した言葉。そのうちのいくつか、それ自身の事を指し示す音は、確かに私の耳に届いていた。だが、それが何と言う意味なのか分からない。理解してはいけないと、私の全てが私に懇願しているようだった。そんな戦慄に身を竦ませる私にそいつは上目遣いに尋ねて来る。

 

「……ね、私。一応聞いておきたいんですけど、全部わたしに譲ってくれるつもりって、無いですか?」

「ふざけるな!!!」

 

 その傲慢極まりない言葉は私の逆鱗に触れ、それによって息を僅かに吹き返した怒りに火を付ける事で、私は何とか大声を上げてそいつを拒絶した。そして、今はもういなくなってしまった者達の事をまた思い返して、全力で啖呵を切る。

 

「誰が譲ってやるモンですか……! 私はエリス・ファミリアを必ず再興させるって、皆に約束したんです……! 私の下界での生は、もう私だけの物じゃあないんですよ!!」

「ふぅん…………じゃ、いいです」

 

 私の言葉を聞いてそいつはあっさりと背中を見せて諦めの言葉を口にした。そして首だけを此方へ巡らせて微笑んで見せる。

 

「今回は、私の気丈さに免じて諦めます。でも、わたしは常に私と共にありますから、全部から逃げ出したくなった時はいつでも呼んでくださいね。目を覚ました私が、この夢で見た事をちゃんと覚えていてくれるかはわからないけど…………」

 

 また、訳の分からないことを目の前のそいつが話している内に、街の景色が歪み始め、全てがねじ曲がり、薄れ、ぼやけ、真っ白になって消えてゆく。

 と同時に私は強い眠気を覚えてその場で酔っ払いのようにふらふらとたたらを踏み、慌てて家屋の壁に寄り掛かろうとした。ところがその瞬間その家は薄れ消えてしまい、支えを失った私は呆気無くその場に倒れ込む。

 

 結構な勢いで倒れたと思ったけれど、不思議と痛みは無い。それよりも眠気に抗えず瞼がどんどん閉じて来る。

 

 真っ白になる視界と対照的に、瞼は私の意思に反してゆっくりと目を塞いでいった。その僅かに残った隙間から目の前の女がこちらに歩み寄ってくるのが見える。そいつは私の事を覗き込んだ後、満面の笑みを浮かべてしゃがみこみ、半ば意識を手放しかける私の頬を楽しげにつついていた。

 

「ふふ。それじゃあおやすみ、私…………また来てね」

 

 その声を聞いたのを最後に、私の意識は真っ白な闇の中に暗転した。

 

 

 

<●>

 

 

 

 暖かい、ふかふかとした感触の中。目を覚ましたエリスは、自分が家のベッドに横たわり、天井を見上げていることをまず知覚した。

 

「目が覚めたかね、エリス神」

 

 エリスがその声に首を巡らせると、そのベッドの隣で椅子に座ったルドウイークが心底安心したかのように彼女に笑いかける。

 

「正直心配したよ。月光の<奔流>を見た途端、意識を失ってしまうのだから。何か、良く無いものを見なかったかね? もしそうであれば、少し話を……む?」

 

 穏やかに、しかし淡々とエリスに状況を問いただすルドウイーク。しかし彼のその心配から来る行動は、エリスの不可解な様子によって止められてしまう。

 

 彼女は、その翡翠色の瞳からぽろぽろと涙をこぼしていた。

 

「どうした、エリス神……」

 

 彼が身を乗り出してその様を訝しんだ時、エリスは必死な様子で彼を引き寄せてその胸に顔を埋めて必死に叫んだ。

 

「ああ、ルドウイーク! 良かった無事で! 本当に良かったです、私、貴方が……あれ?」

 

 有無を言わせぬ剣幕で泣き叫び、彼に縋りついていたエリスはそこでふと彼から身をもぎ離し、何かに気づいたようにきょとんと悩ましげな顔をした。

 

「私、貴方の何を心配してたんでしたっけ……?」

 

 小首を傾げ、真剣に訳が分からぬと困惑するエリス。その普段通りの様子に、ルドウイークはまた安心したような溜息を吐くと立ち上がって扉の取っ手に手をかけた。

 

「ひとまず、喉が渇いていないか? 水を取ってこよう。貴女はそこで休んでいてくれ」

「あ……」

 

 エリスの見ている前で、ルドウイークは扉を開いて部屋から出て行ってしまう。その背に手を伸ばして引き留めようとしたエリスは、何故か声をかける事が出来ずに泣きそうな顔で俯く。

 

 その時彼女の脳裏に過ぎったのは、振り向いた姿、覚えのない怪物。醜い獣。彼に声をかけて振り向いた時、そこにルドウイークではない怪物が現れてしまうのではないかと言う出所の分からぬ不安を抱いてしまい、彼女はベッドのシーツをぎゅっと握りしめる。

 

 眠っていたのでしょうか、私は。

 

 彼女はふとベッドから降りて、カーテンの開かれた窓から景色を見た。そこからは既に日の沈んだオラリオの夜景が広がっており、普段見るそれと変わらぬ光景に、彼女は少し安心して溜息を吐く。

 

 そして彼女は忘れていたかのようにベッドに戻って、枕の横に置かれていた度の入っていない眼鏡をかけた。

 

「失礼する」

 

 その時、声と共にルドウイークが戻って来た。その手の上には木製の御盆と水の注がれた二つのコップ。エリスは手渡された一つ目のそれを一気に傾けて流し込むと、もう一つの方にも少し口をつけてベッドの横の小棚の上に置く。

 

「少し落ち着いたかね?」

「……はい。お陰様で」

「そうか」

 

 息を整えたエリスを前にして、ルドウイークは安心したように頷き再び椅子に腰掛けた。

そして、エリスが落ち付いてきたのを見計らって、昼の大蛇との戦いの中で何があったのかを問い始める。

 

「……エリス神。貴方は私の振るった月光の奔流を目にした後、魂が抜けたかのように気を失っていた。何か、月光に見出してしまったのか? 良ければ、小さなことで構わない。深く考えないようにして聞かせてくれ」

「うーん、何か見出したか、ですか……」

 

 エリスは首を傾げて、真面目にその時の光景を思い出そうとした。だがダメだった。その時の記憶が何やらぼんやりとしていて、霧を掴もうとするかのように憶測無いのだ。そして、深く考えないように、と言うルドウイークの言葉。その言葉が何を危惧しているのかわからなかったが、その記憶にかかった霧を晴らそうと集中すると、全身が総毛立つような不安に襲われる。

 

「……すみません。どうにも、思い出せないです」

「そうか……」

 

 それを聞いたルドウイークは、神妙な顔で腕を組み、少しの間思案した。だがすぐに首を振って、諦めたかのように席を立つ。

 

「いや、すまない。変な事を聞いた。もし思い出したらでも構わない。何かあれば聞かせてくれ」

「……はい。わかりました」

「それでは、もう寝た方がいい。祭りに参加できなかったのは残念だが、貴女の体の方が大事だからな……では、失礼する」

「あ、ルドウイーク!」

「何かね?」

 

 部屋を去ろうとしたルドウイークを、エリスは今度こそ呼び留めた。その声におかしい事も無くルドウイークは振り向いて、エリスの元へと戻ってくる。そんな彼に対して、エリスは心底申し訳なさそうに、小さな声で呟いた。

 

「その……なんだか、ちょっと怖いので…………私が寝るまでの間でいいので、そこに居て貰えませんか…………?」

 

 その言葉に、一瞬ルドウイークは驚いたように目を丸くする。そして、その後彼らしくなく、肩を震わせて笑い出した。

 

「ふふふ、はははは!」

「な、何ですかルドウイーク、突然笑い出して……」

「いや、らしくないと思ってね。エリス神。普段の貴女であれば、そこは見栄を張って私を追い出している所だろうに」

「なっ、なんて事言うんですかルドウイーク! 見栄を張るだなんて! ちょっと最近不敬じゃあないですか!?」

「親愛の表れと受け取って欲しい物だ」

 

 肩を竦めて、楽し気に笑うルドウイーク。その皮肉じみた笑顔にエリスがムッとした視線を向けていると彼はベッドへとまた歩み寄って、椅子にゆっくりと腰かけ微笑んだ。

 

「安心してくれ。私はここに居るよ」

「そう、ですか……」

 

 その笑みに毒気を抜かれたか、エリスは眼鏡を外してぼふりと上体を倒し頭を枕に預ける。そして目を閉じると、すぐにすぅすぅと心地よさそうな寝息を立て始めた。その様を微笑ましげに見てまた一度笑った後、ルドウイークはしばらく、そこで彼女の事を見守っていた。

 

 

 

<◎>

 

 

 

 怪物祭での混乱もある程度収まった、その日の夜。後始末に右往左往する職員たちの騒ぎとは裏腹に、静寂を湛えたギルド本部の地下祭壇。

 常に祈祷を捧げ、地上へのモンスターの進出を抑え込んでいるギルド――――否、【ウラノス・ファミリア】の主神たる老神【ウラノス】の元に、三人の人影が集まっていた。

 

 一人は黒いローブに身を隠し、徹底的なまでに露出を減らした男か女かの判断もつかぬ者。一人はギルドの制服に身を包み、書類をめくる狐人(ルナール)。そしてもう一人、部屋の隅で暇そうに座り込んでいるのは何処にでも居そうな黒髪の青年であった。

 

「……以上が、今回のフィリア祭におけるモンスター脱走の顛末です」

 

 話を終えた狐人の男が書類を眼前に抱えていた手を下ろすと、ローブの者とウラノスは、忌々し気に溜息を吐く。

 

「負傷者が少なかったことが幸いだな。だが、これで市民から我々への心証は大いに悪化するだろう」

「由々しい事態ですね」

「まったくだ。ダンジョンでの異変調査も行わなければならんと言うのに…………ひとまず、これについては後で【ガネーシャ】と相談する事にしよう。【ジャック】、次を頼む」

 

 頭痛を堪えるように眉間を抑えたウラノスの言葉にローブの人影が追従する。そして、ウラノスはジャックへと次の報告を催促した。そしてそれに応じてジャックは新たな報告書をめくり上げる。

 

「それでは次の報告ですが……モンスターの脱走と時を同じくして街区に出現した計五体の巨大モンスター、仮称【大蛇花】についてです」

 

 その名を聞き、ウラノスと黒衣の人物は緊張も露わに報告へと耳を傾けた。一方、部屋の隅で所在なさげにしていた青年は退屈そうに欠伸をして、眠たげに目をこすっている。それを無視して、ジャックによる報告はつつがなく進行した。

 

「……まず、最初に現れた三体はロキ・ファミリアの【剣姫】【怒蛇(ヨルムンガンド)】【大切断(アマゾン)】そして【千の妖精(サウザンド・エルフ)】による連携で撃破されました。【千の妖精】が用いた魔法による損害も……まぁ、軽微なようです。それと同時期に出現した一体。それは【黒い鳥】の手で討伐されました」

 

 そこまで男が言い終えると、部屋の隅に座り込んでいた青年――――【黒い鳥】がアピールするように片手を上げた。一瞬その場にいた者達は彼に視線を向けるが、すぐに興味が無いとでも言いたげに視線を戻して報告を再開する。

 

「残りの一体は?」

「はい。ロキ・ファミリアの面々が対処に当たった三体の付近に新たに現れた一体は、目撃者によれば何らかの第一等級以上の魔剣によって討伐された模様です」

「ほう、魔剣か…………どのような魔剣だ? その使用者は?」

 

 黒衣の人物が興味深そうに尋ねるとジャックは手元の報告書に目を向ける。

 

「どうやら使用された魔剣はすさまじい光を放つ物だったようです。使用者については現在捜索していますが、発見できておりません」

「あれ程のモンスターを討伐するとは……もしや【鍛冶貴族】の手による物か?」

「鍛冶貴族と言えば、炎の魔剣というイメージがあるが」

「ヘファイストスの所に一人、未だに魔剣を打てる血族の者が所属しているとの事です。その者がその場に居たのかも知れません」

 

 その報告を聞いた黒衣の人物は考え込むように腕を組み、ウラノスも興味深そうに己の意見を口にした。そんな一人と一柱に対し自身の知る情報を開示して話題を終わらせた後に、ジャックは報告を再開する。

 

「それとガネーシャ・ファミリアの者によれば、アレは彼らが地上に連れて来たモンスターでは無く実際無関係であるとのことです。実際、その戦闘能力は予定にあったレベル1や2のモンスターとは別次元の物でした」

「市民はそうは思わんだろうな。やはり、何らかのペナルティが必要か……?」

「それについても、ガネーシャ様と話し合った方がよろしいかと思われますな」

 

 この事件を如何に穏便に終息させるかに対して、ウラノスは心を砕く。彼はこのオラリオの統治の中心となるギルドの長であり、同時に各ファミリア間の諍いを調停し、秩序を守るべき立場にある。

 そんな彼がオラリオの中でもかなりの上位ファミリアであり、かつ市民にも友好的でギルドとも協力関係にあるガネーシャ・ファミリアの戦力を大きく削るような事態を避けたいと考えるのは当然の事であった。

 

「ひとまず、ガネーシャ殿とは明日会談の予定を取りつけてあります。その場で、じっくりと話すのが良いかと」

「そうだな…………よし、ジャック。報告ご苦労であった。下がってよいぞ」

「はい」

 

 ウラノスが退室を促すと、ジャックはそこで一度礼をして祭壇から立ち去って行った。その姿を見届けると、ウラノスと黒衣の人物はまた新たな話題について会話を始める。

 

「下層を調査中の冒険者……【ハシャーナ】と【ハベル】から何か報告はあったか?」

「ハベルからは何も。ですが、ハシャーナは数日中に18層、【リヴィラ】に戻るとのことです。何か発見があったのかもしれません」

「良い発見であればいいが」

「悪い発見でも、それを元に対策を立てる事が出来ますので……」

「そうだな……」

 

 ウラノスは黒衣の人物の言葉に深く思案し、これからの展望に当たりを付けた。

 

 まずは、調査の報告を確認し、そして動く事の出来るファミリアか冒険者へと依頼して、その問題を追及する――――中立を示すためにギルド員たちに【恩恵(ファルナ)】を刻んでおらず、更には数多の秘密を抱え表舞台に立つ事の出来ぬウラノスは、そうしてこれまでも数多の問題を解決してきた。

 

 嘗て、【ゼウス】や【ヘラ】の協力を得ていた時期であれば、この様な歯がゆい思いをする事も無かったのだが……今では彼が真に信頼できる戦力はこの黒衣の人物だけだ。ジャックが退室した後も退屈そうに部屋に残る黒い鳥のような傭兵気質の冒険者を使う事もあったが、ウラノスとしてはあまり彼らに依存したくはないというのが本音である。

 

 そこで黒い鳥の顔を見たウラノスは、ふと思い出したように黒衣の人物へと視線を向けた。

 

「そう言えば、件のモンスターの魔石はどうした?」

「それならば一つ確保してあります……黒い鳥。例の魔石を」

 

 黒衣の人物の声に反応して、黒い鳥は懐から取り出した魔石をウラノスに向けて無造作に放り投げた。その軌跡の先に黒衣の人物が立ちふさがってそれをキャッチすると、ウラノスに対して恭しく魔石を差し出した。

 

 その魔石は中心が毒々しい極彩色(ごくさいしき)に染まっており、他の魔石とは違う忌まわしい雰囲気を纏っている。今まで発見されたことの無い――――否。先日、遠征から戻ったロキ・ファミリアの報告にあった深層で遭遇したモンスター。この手の内に在るモノと酷似した魔石を、それらが持っていたという話をウラノスは思い出す。

 

 一体、ダンジョンで何が起ころうとしているのか……。

 

 ウラノスはその魔石を明かりに透かすように掲げた後、ダンジョンで起き始めている異変に如何に対処してゆくのが最善か、それを思案して難しい顔で溜息を吐くのであった。




お待たせしてしまいました。
椿さんやフェルズさんのキャラがつかめず、滅茶苦茶苦労しました。
違和感あったらごめんなさい……それほどまでにエドが嫌いと言う事で、一つ。登場部分しっかり読み直したら改稿するかも。

あと軽くではありますがルドの全力が書けて楽しかったしやっぱもっと戦闘させたいな……。第一巻終わったけど、原作二巻と外伝二巻、次からはどっちを元にしようかな……。

ゲストとしてのフロムキャラの募集については次話の投稿を一区切りにして、一旦打ち切ろうかと思います。
まだ外伝2巻を手に入れてないので次の投稿までちょっとかかるかと思いますが、よろしければ活動報告の該当記事から注意事項をお読みの上リクエストください。

今話も読んで下さって、ありがとうございました。

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