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やっぱ感想いただけるとうれしいですね……モチベにも参考にもなる……。
また誤字報告してくださる方々、誠に感謝しております。
良ければ今話も楽しんでいただければ幸いです。
【
ガネーシャ・ファミリアを初めとした幾つかのファミリアは後始末に多くの団員を駆り出しているようであったが、かの事案に無関係なファミリアであるエリス・ファミリアの
普段通りリビングのソファに腰掛けた彼は時折目を瞑り、何かを考え込むような仕草を見せている。
それは憂い故だ。あの日、<月光>を開帳した事が生んだいくつかの懸念。
まずは何よりも、エリスの様子だ。あの時
まさか、ヤーナムの血を持たぬエリス神があそこまで月光に強い反応を示すとは。
ルドウイークは頭を抱えた。あの状況、彼女を守るために咄嗟に導きを振るったが、それが却って彼女に害を成そうとは思いもしなかった。更に、彼女があれ程の影響を受けた理由が彼には分からぬ。
<先触れ>の精霊との接触やルドウイークによるヤーナムの情報開示によって多少なりとも啓蒙を得ていた可能性も考えられたが、その程度で前後不覚となる程かと言えば疑問が残る。
……何かがあるはずだ。彼女が、決定的にこちら側に
ルドウイークは再び真剣に唸り始めたが、しばらくの苦悩も虚しく結局彼にその要因が思いつく事は無い。そして悔しそうに唇を噛みながら、別の懸念に思考の矛先を向けた。
次に彼が想起したのは、月光の輝きを察知して現場に駆けつけてきた二人の少女。【ロキ・ファミリア】の【剣姫】こと【アイズ・ヴァレンシュタイン】。そして、彼女と共に現れた一人のアマゾネス。
もしかしたら、彼女らも月光の輝きを目にして駆け付けたのやも知れぬ。だが、彼女らにエリス神のような症状は見られなかった。ならば、やはりエリス神に特別な要因が――――
ルドウイークはそこまで考えて一度頭を横に振った。思考がひどく横に逸れている。子を心配する親か、全く。
……ともかく、あの時アマゾネスの少女が『今のは何だ、<魔剣>か?』、と言うような事を言っていた気がする。それ自体は好都合だ。月光の<奔流>だけを見れば魔剣と勘違いするのは恐らく自然な事だろう。
だがそこで、彼は一つの違和感に気づいた。彼女が口にしたのが『今の魔剣は何だ』と言う問いでは無かったことだ。
本当の意味で魔剣だと彼女が考えたのであれば今彼が考えたように『その魔剣は何か』について尋ねてきていたはずだ。しかし彼女は実際には『魔剣なのかどうか』について尋ねて来た。それは、月光が彼女の知る既存の魔剣の枠組みからは多少外れている、と言う事を暗に示している。
……マズいな。ルドウイークは歯噛みした。エリスは、明らかに【ロキ】に対して警戒を向けていた。知啓に優れたトリックスター。オラリオ最強の二大ファミリアの片割れ、その主神。そんな女神の眷属に僅かでも月光の情報を与えてしまったのは、明らかに失敗であったのだと彼にも理解できる。
さらにはあの場に居たアイズ・ヴァレンシュタインとは初対面と言う訳では無い。以前のミノタウロス騒動で、ルドウイークは彼女と一度対面している。あの時彼女はルドウイークの事を怪しむ素振りを見せてはいなかったが、二度目ともなれば怪しむのが道理だろう。
考えれば考えるほど、ルドウイークは自身の知性がかつての友たちほど高くないことを少し呪った。<
悩む彼に、月光が導きを示す事は無い。当然の事なのだが、ルドウイークは思わずその刃に写り込んだ自身の顔を眺めていた事に気づいて一度溜息を吐いた後、再び思索に戻ろうとする。その時。
「いぃやあああああああああーーーーーっ!?!?!?!?!?」
悲鳴。上階から、エリスの絶望的な叫びがルドウイークの耳に入った。次瞬、彼の表情は悩む男の顔から一人の狩人のものへと切り替わり、月光を携えて急ぎ部屋を後にする。そして
「エリス神!?」
叫びながら月光に手をかけ突入したルドウイーク。そんな彼の前には、部屋の隅で恐怖に打ち震えて被った布団で身を守るエリスと、彼女の視線の先、ベッドの横の小棚の上で威嚇するように首をもたげる<先触れ>の精霊。
それを見たルドウイークは呆れたように肩の力を抜き、精霊の元へと歩み寄ってそれをひょいと掴み上げた。
「……何かと思えば。朝からあまり叫ぶのは体に良くないだろう、エリス神」
「叫ばずにいられますかこれが!! ちゃんと管理しといてくださいよそのナメクジィ!!!」
「精霊だよ」
苦言を呈するルドウイークに対して、エリスは布団の中から顔だけを出して喚き散らす。その彼女に向けて精霊を向ける事で黙らせると、ルドウイークは雑嚢の中に精霊を放り込んだ。そして腕を組み、エリスに対して諭すように声をかける。
「さてエリス神。脅威は去った。もう、布団から出てきてもいいんじゃないかね」
「ほんっとにもう……朝一番に遭遇すると心臓がヤバイので、あんまり放し飼いにしないで下さいよ」
「……飼っているわけではないんだが」
「知りませんよそんな事……」
腕を組んだまま納得しかねると言った表情を見せるルドウイーク。しかしエリスはそれを意に介した様子も無く、纏っていた掛け布団を八つ当たりするかの如くベッドに向けて放り投げる。そしてそれで機嫌を少し直した彼女は眼鏡を直しながらに彼に尋ねた。
「…………あ、そうだ。ルドウイークは、今日はどう言う予定ですか?
「そうだな、上層の最深部……12階層までは行くつもりだ。あわよくば13階層にも顔を出そうと思う。<聖剣>の試し切りも兼ねてね」
言って、ルドウイークはリビングに置いてきた【エド】の手による<ルドウイークの聖剣>の姿を脳裏に浮かべた。
あの武器は、長剣こそ嘗てのそれとほとんど変わらない物の、変形後の大剣の形態は以前の物とは同じとは言い難い調整を施されている。先日【椿】が語っていた内容を信じるならば【ミスリル】なる銀に良く似た金属と【
そうなれば、以前の聖剣と同様に扱う事は出来ない。再度の慣れが必要であるというのが彼の出した結論である。
ただ、武器としての品質自体は文句の付けようが無い。それどころか此方の素材による物か性能自体は以前の物を上回っている。少々疑ってはいたが、実際にあのエドの腕前は確かな物であったのだと今ならば断言できた。
その上、この武器には<血晶石>による更なる強化が可能だ。ルドウイークの持っていた最高の石はマリアとの戦いで破壊された聖剣と共に在ったために紛失しているが、聖剣自体の性能向上を加味すればほぼ同等の能力を得る事が出来るはずだ。
――――そのためにも、まずは血晶石を武器に捩り込むために必要な<血晶石の工房道具>を調達せねばな。
血晶石自体はこのオラリオで入手できるものではないが、かの工房道具はありふれた木や鉄などで作られた品だ。作り方は頭に入っているし、材料さえ入手できればルドウイーク自身で製作する事が出来るだろう。
そこまで考えた所で、彼は自身がエリスとの会話の只中にあった事を思い出して彼女へと視線を戻した。だがエリスも同様に何かを考えていた様で難しい顔で俯いていて、暫くそれを眺めていたルドウイークが声をかけようとした時になってようやく顔を上げる。
「……わかりました。それじゃあ、その前にちょっと手伝ってほしい事があるんですけど」
「ふむ、手伝ってほしい事とは?」
興味深そうに問い返したルドウイーク。そんな彼に向けてエリスは皮肉たっぷりに口を尖らせる。
「朝ご飯食べながらでもいいですか? 折角早起き『させられた』んですし」
「……そこで私を睨むのかね?」
「当然じゃないですか。あのナメクジちゃんと面倒見てっていつも言ってるのに!」
溜息を吐きながら、忌々しいという考えを隠さずにエリスは毒づいた。それも当然。彼女が精霊によって被害を負うのはこれが初めてではない。
ルドウイークが彼女の元に現れて二か月半余り。あの荷物整理の際の初対面で絶叫させられたのに始まり、ある時は卒倒させられ、またある時は恐怖に震えさせられた彼女からの精霊への印象は最悪そのものだ。しかしそれを知りながら、ルドウイークはお手上げと言わんばかりの諦め顔で肩を竦める。
「そう言われてもね……確かに、やたらと貴女の部屋に侵入するのは憂慮すべきだと思うが」
「ほんっとに何なんでしょうか……」
「まぁ、精霊の思考など我々には到底想像の及ぶ所ではないからな…………とりあえず、スープを温めてこよう。構わないかね?」
「……大丈夫ですか?」
以前の嫌な思い出を想起したか、疑る様な眼差しでルドウイークを見つめるエリス。それに対して彼は心外だと言わんばかりに眉を顰めた。
「酷いな。幾らなんでも完成品のスープを温める程度は出来る。一から作るとどうしようもなくなるんだ」
「はいはい、お願いします。じゃ、着替えるんで出てってください」
「了解した」
そうしてルドウイークは部屋を出て、台所へと向かう。その姿を見送ったエリスは姿見の前に立つと眼鏡を外し、寝間着を脱ぎ放り投げて着替えると、その長い髪を結い始めた。
<◎>
エリスの家は、貧民の多いダイダロス通りにある家としてはそこそこの規模を誇っている。と、言ってもその大きさは二階建ての一般の民家とそう変わらない。
一階にはリビングと台所、階段とその下の物置。二階には部屋が四つ。その内の一つはエリスの部屋だが、残りの三つはほぼ倉庫と化している。
これは嘗ての
「エリス神、この荷物は?」
「んー……うわ、使用期限3年前のポーション!? よくこんなの取ってありましたねえ……廃棄で。とりあえず廊下にお願いします」
「了解」
そこでは、外套を脱ぎ軽装となったルドウイークとエプロンをかけ頭巾を被り手袋を填めたエリスが詰め込まれた荷物を一つ一つ整理していた。
事の始まりは、怪物祭の日にルドウイークの発言した『新入団員を募集した方がいい』との言葉である。それを聞いたエリスはとりあえず新入団員を受け入れる事が出来る場所を確保するため、いつまでもリビングに居座るルドウイークを
ちなみに、今片付けているのは二部屋目だ。一つ目の部屋は数年前まで人が居たとの事で他の部屋に比べ荷物が少なく比較的短時間で掃除を終える事が出来ていた。と、言っても既に時刻は正午になろうとしている。
「…………まさか、今日中に全ての片付けを終える気では無いだろうな」
作業の進捗具合を見てまだまだ完了まで時間がかかると悟ったルドウイークは、危機感を覚えてエリスを見た。彼女はもはや使い物にならぬ錆び付いた剣をしばらく眺めていたが、それを赤塗りの鞘に納めて放り出すとルドウイークに視線を向ける。
「流石に無理ですよ。この部屋の片づけがある程度済んだらまた後日にします。今日は私もお仕事ですしね」
「そうか、安心した」
その返事にルドウイークも一安心して作業に戻った。彼自身、ずっとリビングのソファを領有しているのはいかがなものかと思っていた事もあり、この提案には随分と乗り気である。彼の助けが無ければ、エリスは一部屋目に鎮座していた不気味な美術像の下敷きになったまま出勤の機会を逸し、様子を見に来たマギーによって助け出されその後こっぴどく叱られていただろう。
そんな有り得た可能性など知る由も無い一人と一柱は暫く、黙々と作業を続けて行く。
そうして二つ目の部屋の片付けがちょうど半分程度まで進んだ頃。息も絶え絶えなエリスが顔色一つ変えないルドウイークの様子を盗み見て作業中断のタイミングを伺っていると、小さな箱を抱えようとしたルドウイークがその想像を遥かに上回る重さに箱を取り落とし、落下した箱が盛大な音を立てて床にひびを入れた。
「あ―――――っ!?!?!??!」
ちらちらと彼の様子を伺っていたエリスはその出来事に大声を上げて彼を思いっきり指差した。その次に床を指差し、そしてまたルドウイークを指差して口をパクパクと動かす。一方、当のルドウイークはあくまで冷静に再度箱を持ち上げると、床のひび割れを難しい顔で見聞してからエリスに向けて頭を下げた。
「すまない、エリス神。随分重い荷物だな……」
「なぁーにしてるんですかウチ貧乏だって知ってるでしょうが! これじゃあ床の補修費用まで……うぇっ!?」
ルドウイークを糾弾しようと勇ましく近づいてきたエリス。だが彼女はその箱を良く見ると驚いたように飛び退いて、そしてだらだらと嫌な汗を流し始めた。
「……エリス神?」
甘んじて彼女の怒りを受け入れるべく粛々と姿勢を正していたルドウイークは、想定とはいささか異なる彼女の様子に訝し気な視線を向ける。それを受けたエリスは、明らかに誤魔化すように引きつった笑みを浮かべてわたわたと両手を不格好なダンスの様に振り回した。
「いえ、何でもない何でもないのですよ! それよりルドウイークそろそろ休憩にしましょうか! ちょっと先に下行っててもらえますかちょっとやるべき事がありますので!!」
しかし、それに対するルドウイークの反応は冷ややかな物であった。
「…………………………エリス神」
「はひぃ!?」
「言いたくない事があるのと同様、見せたくないものがあるのは分からなくもないが……そろそろこのファミリアの過去について教えてしてくれてもいいんじゃないかね?」
「せ、『詮索好きの
「『
溜息を吐きながらルドウイークは言って箱のふたに手をかけた。それを止めようとエリスが一歩踏み出すが、それを彼は視線だけで封じ込め苛立たし気に口を開く。
「…………私はあくまで部外者で、いずれ居なくなる者だとも確かに言ったよ。だが、エリス・ファミリアを立て直すという目的は一致している筈だ。それに必要な情報の提供位求める権利はあると思っている。それに……貴女に限って無いとは思うが……上の者の思惑も知る事無く、ただ都合良く使われると言うのは……もう懲り懲りなんだ」
ルドウイークは語気を強めながら、最後はどこか悲し気に遠い目で呟いた。英雄と称されかのヤーナムで人々を率いながら、自身が身を置いていた<教会>こそがあの街の悲劇の原因、その一端を担っていた事に気付く事の出来なかった過去への悔恨。あの時の二の轍を踏みたくはないと言う、彼のネガティブな望み。そしてそれはこの世界でエリスの元に付いて以来、初めてルドウイークが心底から見せた不満であった。
一方で、その視線を受けたエリスは致命的に難しい顔で頭を抱えていた。ルドウイークは、彼女のその唸り様にそれほどまでに重要な事なのかと推理して恐る恐る声をかける。
「エリス神、もし気を悪くしたなら謝る。だが…………」
「いや。えーっとですね…………それは無関係な……いや、そうじゃない、そうじゃなくてですね……それは何と言うか、言いたくないのは同じなんですけど、それはエリス・ファミリアの傷と言うより、私個
絞り出すように言葉を選んでエリスは答える。その内容はルドウイークが予想していたような語り難い苦悩、傷を開くような苦悶を感じ取れたが、同時に何かを誤魔化そうとする彼女の往生際の悪さをも感じ取れた。そんな彼女の様子を見て、彼は何かに気づいたような顔で困ったような視線を向ける。
「エリス神、まさか……この箱の中身とエリス・ファミリアの没落には関係が無く、貴女の個人的な知られたくない過去、と言う事か?」
やってしまった。そんな心中をがありありと見て取れるような申し訳なさそうな顔でルドウイークは尋ねた。嘗てマリアの素性を暴こうとした者達と同様の事を自らもしてしまっていたのか。
ルドウイークは自らの愚かさと主神たる彼女を信じきれなかった信心の無さに愕然とする。一方で、エリスは彼の心中などこれっぽっちも知らず、言葉の内容からそれに便乗するのが最善だと閃いて、また彼に向けて勢い良く人差し指を向けた。
「そう! それ! それが言いたかったんですよ! それは私の過去に関係ある物なので見せたくないんです!! ……いやまぁ、ウチのファミリアの零落に無関係って訳でもないんですけど」
「…………無関係ならば不躾だったと頭を下げ謝る所だったのだが、無関係ではないのだな」
「あっ」
一旦は頭を下げ、深刻な顔で女性の秘密に土足で踏み入ろうとした責を受け止めんとしていたルドウイークは彼女が最後に小声でぽろりと零した言葉を聞き逃さなかった。一方エリスは、しまったという顔をした。
言い逃れはもう出来なかった。
<◎>
「…………整理しよう」
リビングのソファに腰掛けたルドウイークが普段とそう変わらぬ声で告げる。その前では、自主的に床に正座したエリスがバツの悪そうな顔で俯いていた。
「つまり、『これ』は嘗てエリス神が他の神々――――所謂『美の女神』達に対してちょっかいをかける為に【ヘファイストス】神に頼んで作ってもらった物で……その際の負債が15年前の団員の減少で支払えなくなって、
尋ね終えたルドウイークは手に持ったそれ――――黄金に輝く林檎を弄びながらエリスに視線を向ける。一方俯いていたエリスはおずおずと片手を上げ、それにルドウイークが頷くと沈んだ顔で補足の説明をし始めた。
「えっと……ヘファイストスには正式に頼んだというより、個人で飾りたいって嘘ついて作ってもらったので……その後めっちゃくちゃ怒られました…………」
「それに加えてこれの代金は未だに払い切れてないんだろう? それで良く【エド】とヘファイストス神を天秤にかけて『ヘファイストスの方が良かったかな』などと言えたものだ」
呆れて物も言えぬルドウイークは、改めてその果実と箱を見聞し始めた。どうやら果実自体は見た目通りの材質では無いらしく、軽々しく持ち上げられる程度の重さしかない。そして、箱の中には
「読んでもらっても?」
「えっ……ルドウイーク、読み書きは勉強したんじゃ?」
「
「あはは、左様で……」
愛想笑いしながら紙を受け取ったエリスは、ルドウイークの睨みを受け慌ててその内容に目を走らせる。そして少しだけその顔を歪ませた後、その内容を口にし始めた。
「えーっと……『エリス神へ。この度のご注文ありがとうございました。少々遅くなりましたが、貴女の美貌に相応しい品が完成したと――――』」
「エリス神。本当にそんな事が書いてあるのか?」
「…………『エリスへ。今回は注文ありがとう。一応だけどサンプルを送るわ。重さの確認の為に同じ程度の重さの鋳塊を付けておいたから、持ち運ぶ時は気をつけて。当然本物を運ぶ時もだけれど……それは希望通り、今度の【神の宴】の日に会場に届ける事になってるから、そこで受け取って頂戴。でも、あんまり自慢しちゃダメよ? 追伸:今度こそローンの払い忘れが無いように。ヘファイストス』………………以上です」
読み終えたエリスは、神聖文字の書かれた紙を箱へと戻した。それを神妙な顔で聞いていたルドウイークは、首を傾け睨むように彼女を見下ろす。
「……それで?」
「それで、宴に到着する寸前の包みに張ってあった宛先の紙を『オラリオで一番美しい女神へ』って
「いい趣味だな」
「褒めてませんよねそれ」
「当然だとも」
溜息を吐いてエリスを皮肉るルドウイーク。そしてそれに肩を落とす彼女に、彼は更に質問を投げかけた。
「……それで、その後はどうなった? 事は丸く収まったのか?」
「神の宴では。【フレイヤ】が果実を手にして、彼女の名は美の女神の代名詞となりました」
「……なるほど。美の女神が何人もいるであろうはずのこのオラリオで、彼女が特別扱いされているのはそう言う理由か。てっきり、一番勢力の強いファミリアを率いているからだと思っていたが」
「当時から彼女は美の女神最強でしたけどね。ただ、この話はここで終わりじゃなくて……」
エリスはそこで一度言葉を切ると、傍のテーブルに置かれたグラスを手に取りその中身を飲み干してのどを潤し、そしてつらつらと話の続きを語り出す。
「……【イシュタル】。同じく美の女神の一柱にして、その中でもフレイヤに次ぐ権勢を誇るオラリオ繁華街の主。元よりオラリオにおける美の女神の頂点に立とうと目論んでいた彼女が、フレイヤの躍進に目くじらを立てるのは当然の事でした」
「神の宴でフレイヤ神に負けたイシュタル神が納得いかずに突っかかっているわけか」
「あ、いえ。イシュタルはその時は宴を偶然欠席してたんです。それで『自分の不在の間に決めるなんて何のつもりだ!』って」
「……当然の考えだな。むしろそういう事情なら、貴女こそイシュタル神に恨まれているのではないか?」
「それは私も危惧しました。実際に喧嘩吹っ掛けられそうにもなったんですけど……なんでかフレイヤがフォローしてくれたんです。『それは美しくないわよ』ってフレイヤがイシュタルに言ったら彼女もう私には目もくれなくなりました」
「フォローと言えるのか、それは?」
「うーん、結果的には……」
疑問を呈したルドウイークに、同じく疑問符を頭の上に浮かべるエリス。彼女はそうして少し考え込む仕草を見せた後、諦めたように溜息を吐いて首を横に振った。
「……はぁ、私、
「ふむ。私も美の女神と類される者達には、多少気をつけておくとしよう。フレイヤ神の健在は知っているが、イシュタル神もまだオラリオに居るのだろう?」
「ええ。ですからルドウイークも南の繁華街には近づかないようにしてくださいよ。イシュタル本
「何だエリス神。褒めてくれているのか?」
「そーゆー意味じゃないです!! 危ないからですよっ!!!」
「冗談だよ」
「ったく……! なんか最近口が達者になってきてませんか貴方……!?」
「ははは、私もオラリオに来て少し変わったかな。こういうのは元々、<加速>の役だというのに」
ひとしきり笑うと、ルドウイークは立ち上がって外套を纏い、<ルドウイークの聖剣>と<月光の聖剣>を背に負った。そしていくつかの狩り道具を身に付けるとその具合を確かめ、そしてドアの取っ手に手をかける。その後姿を、エリスはきょとんとした顔で見上げた。
「……あれ、ルドウイーク。もう怒らないんです?」
「貴女も正直に話してくれたしな、必要ないだろう。それにもう時間だ。これ以上貴方にかまけていては帰りがどうしようもなく遅くなる」
「あ、ダンジョンですか……そう言えばそういう予定でしたね」
思い出したように頷くエリス。彼女は立ち上がって膝の埃をぱんぱんと払うと、ダンジョンに向かうべく部屋を後にしようとしたルドウイークの背に声をかける。
「そうだ。私今夜は居ないので、食事はとにかく何とかしてください」
「わかった。仕事が長くなるのかね?」
「いえ、別件です。仕事が終わり次第用事があるんで。多分ルドウイークより帰りは遅くなりますよ」
「ふむ……ひとまず夕食は【鴉の止り木】にするつもりだが」
「居るかどうかは微妙なラインですね……ま、頑張ってください。おーかーね、期待してますから!」
言ってエリスはルドウイークに向けてウインクし、片手を突き出して親指を立てた。そんなエリスの稼いで来いアピールに、しかしルドウイークは素気無く肩を竦める。
「現金な主神殿だ。期待しないで待っていてくれ」
「えーっ、頑張ってくださいよ! ルドウイーク、多分深層に行ける程度には強いんですから」
「今回の目的はそれではないからな……まぁ、幸運に恵まれる様に努力はする。ではな」
それだけ言い残して、ルドウイークは家を後にする。残されたエリスは少しの間不満げに頬を膨らませていたが、その内諦めて、廃棄する予定の品の幾つかを片付けてから服を着替え、そして家の戸締りをして出勤して行った。
<◎>
「――――
迷宮、12階層。中層の第一階層たる13階層で幾体かのモンスターの実力を検証し、問題なしと判断して上層の最深部である12階層へと戻ってきたルドウイークは、11階層へと向かう途中の
彼の前には、琥珀色の鱗を持つ、体長4
【インファント・ドラゴン】。上層に存在するモンスターの内、最強の名を
『ゴガアアアアアアッッ!!!』
『オオオオオ――――ッ!!!』
それが、2体。
もはや遭遇する事は不幸を通り越して幸運だとさえ呼ばれるモンスターによる
瞬間、後方のインファント・ドラゴンが動く。咆哮と共に一歩後ずさり、そのまま激しく体を回転させた。その勢いによってその体の末端――――尻尾の先端が勢いをつけ、ルドウイークの体を粉砕するべく迫る。しかしルドウイークは振り向く事も無く。
「ハァッ!」
彼の声と共に、迫ったインファント・ドラゴンの尾が切断される。その尾が届かぬ高さまで跳躍しつつその足元へ向け振り抜いた長剣による斬撃だ。回避と攻撃を両立させる狩人の業の片鱗とも言える一撃だった。
『ゴオオッ!?』
悲鳴をあげるインファント・ドラゴン。しかしルドウイークはその巨体が振り返る暇を与える事も無く、既にその体に迫りながら背の鞘に長剣を結合させ、大剣と化したそれを小竜の胴へと振り下ろした。
その一撃で、体高1.5Mはあろうかと言う丸太のような太さと下級冒険者の剣戟など容易く弾く鱗に覆われた胴体が一撃で両断される。即座にルドウイークは飛び退いて、吹き出す血飛沫を極力浴びぬ様に距離を取った。
過剰に血を浴びる事による酔いへの恐れとも言えるその動きだが、それによって彼は倒れ込む小竜の死骸を回避して残る一体へと殺意を向け走り出す。
その途中で対応力に優れた長剣に武器を切り替えようとするルドウイーク。しかし、剣を結合させている仕掛けの機構がガチガチと音を鳴らし、噛み合ったまま離れない。ルドウイークはエドへの
『ガアッ!?』
瞬時に切断された腕に悲鳴を上げ狼狽するインファント・ドラゴン。ルドウイークはその隙を見逃さぬ。痛みにのたうち回ろうとする小竜の動きを察知して一旦距離を取ると、普段は高く上げられた頭部、それが振り回され高度を下げた瞬間に狙い澄ました突きでその頭蓋を貫いた。
『ガ……ア……』
頭部を破壊され、断末魔のうめきと共に倒れ伏すインファント・ドラゴン。それを慈悲深く看取ると、ルドウイークは鞘に納められたままの<ルドウイークの聖剣>を背に負って、腰の短刀を抜き彼らの死体から魔石を取り出そうとする。
だが、ギルド支給の短刀では彼らの鱗には刃が立たず。結局、面倒になったルドウイークは勢い良くその胸に腕を突き立てて魔石を摘出した。
<◎>
既に夜分遅くとなった、オラリオのとある一角。不自然に人気の無いその通りを、仕事帰りのエリスは歩いていた。周囲をしきりに確認し、誰にも見咎められていない事を念入りに確かめている。
その内、ついに魔石灯すらなくなった区画まで彼女は踏み込むと、するりと人がすれ違う事も難しいであろう小道に身を滑り込ませ、その先のあまり大きくない、ありふれた扉の一つをコン、コン、コンと規則正しいリズムで三度ノックした。
「……どちら、さん?」
扉ののぞき穴――それも、内側に金網の仕込まれた防犯性の高い物――が僅かに開かれると、そこからたどたどしい、強い訛りを持った男の声。その声には、強い警戒感が露わとなっていた。相手が神であるエリスであっても、一切緩められる事の無いその鋭い視線。しかし彼女は、普段の様にそれに怖気づく事も無く、こともなげに口を開いた。
「『こんにちは。狐さんに、ここでいいお仕事があると聞いて伺ったのですが』」
「………………」
しばらくの沈黙の後、扉の鍵がガチャリと音を立てた。エリスはそれを聞き、取っ手に手をかけ力を込めると、大した抵抗も無く扉は内側に開く。そして彼女が戸を潜ると、そこには髪を編み込んだ、浅黒い肌の精悍な男。彼は彼女の空けた扉を閉じて鍵を閉めると、訛りの酷い共通語で彼女を奥へと案内した。
そこは建物の外観に相応しい、小さな酒場であった。淡い橙色の魔石灯に照らされた店内にはカウンター席しか無く、店員と思しき者も、彼女を案内した浅黒の男以外には居ない。だが、客の姿がない訳では無かった。フードを目深にかぶり外套でその姿を画した人影――――エリスが今宵この隠された店を訪れた目的である
「おっ、ようやくお出ましかいな」
その人物は、場にそぐわぬあっけらかんとした態度で身を反らしエリスを出迎えた。一瞬、その姿勢のせいで重心を崩してぐらりと後ろに倒れかかるが、膝をカウンターに引っ掛けて何とか踏み留まる。そして力を込めて姿勢を立て直すと、エリスを手招きして隣の席に座らせ、そして手にしたグラスの中身を一気に飲み干すと身を乗り出して彼女に笑いかけた。
「
「貴女こそ相変わらず無駄に露出の高い服を着て……【剣姫】にも似たような格好させてるって聞きましたけど」
「アイズたんは何着せても似合うからなぁ~。自分で言うのも何やけどウチの
「ふっつーに興味無いですね」
「何や何や冷たいわ~。ウチと自分の仲やん。愚痴くらい聞いたってぇな」
「私、昔貴女が口滑らせたせいで酷い目に遭ったのはまだ許してないですからね…………って言うか何ですか『ゼウスとヘラの失敗に私が一枚噛んでる』って。あれ信じてマジで動いちゃった奴ら全員スカポンタンですよ」
「いやなぁ、まさかウチも『エリスが何かやらかしたんとちゃうん?』って酒の席で
「それよりも自身の発言力を自覚してくださいよ。当時でさえ、【
「あーあー、やめたってぇな説教は。あの時はウチも割と本気で反省して、一月くらい禁酒したんや」
「へぇ、それは初耳ですね」
「あの時は皆にめっちゃ心配されたんやで。ガレスも飲み相手居らんくて暇そうにしとったなぁ」
「それでも禁酒できたのは一か月……ってそれはどうでもいいんです。今日はそんな思い出話をしに来たんじゃないんですから」
「あらうっかり。忘れとったわ! いやー、久々に友
「友神、ねぇ…………まぁいいです」
溜息を吐いてその女神を一瞥すると、エリスはカウンター裏で佇む男に棚の酒の一つを注ぐように促した。男はそれに片言で答え、エリスに新しいグラスと豊潤なスタウト酒を、隣の女神のグラスには彼女が今まで飲んでいたものと思しき琥珀色のミード酒を注ぐ。
そして彼女らはそのグラスを互いに掲げると、にこやかな笑顔と共に剣呑な神威を交わしながら、小気味いい音を立ててグラス同士をぶつけ合った。
実はここ1週間位風邪ひいてズッタンボロンでした。
とりあえず本編外伝両方7巻まで揃えたんで読むフェーズを挟むために次はまた遅れそうです。
ゲストキャラの募集は一旦終えましたが、それとは別の、新入団員に関するアンケートを設置しました。
こちらの数値を見て、何人の新入団員を入れるか、その内訳をどうするかなどを検討します。(あくまでサブキャラになるとは思いますが)
たぶん次話投稿くらいまでは置いておくと思います。
良ければ投票していただけると幸いです。
お試しで注釈とか触ってみたりしたけど個人的には楽しかった。
今話も読んで下さって、ありがとうございました。