月光に導きを求めたのは間違っていたのだろうか   作:いくらう

20 / 36
20000字ちょっとです。

25万UA、3500お気に入り、総合評価6500、誠にありがとうございます。
同様に感想をくれる皆様方、誤字を修正してくださる方々、感謝してもしきれません。
今話もお楽しみいただければ幸いです。


19:リヴィラ動乱

 

 街中に人食い花の怪物(モンスター)が現れ、大混乱に陥ったダンジョン18階層、【リヴィラ】の街。もはや、そこで起こっていた騒動は完全に一線を越え、あちらこちらで悲鳴と怒号の飛び交う戦場の如き様相を――――否。

 

 今や、【リヴィラ】は完全に戦場と化していた。

 

「クソが! 今朝まで何人かレベル4以上居ただろうがよ! 誰も残ってねぇのか!?」

 

 突如として街を襲った人食い花の軍勢から多くの者が集っていた広場を守るためにフィンとボールスによって急遽結成された無数の即席パーティ。その一つに加えられた犬人(シアンスロープ)の女は、触手めいた蔦を大曲剣を振り回して断ち切りながら不満をぶちまけるように叫んだ。その後方からエルフの男が放った数本の矢が飛び来たって人食い花を貫き、仰け反らせて隙を作る。

 

「隙ありだ!!」

 

 それを好機と見て取った人間の大男が大鎚を力強く振り抜いて人食い花を広場の外に叩き出す。そうして彼が生んだ隙に乗じて、犬人の女は周囲の商店からかき集められたポーションの一つをヴィリーから引っ手繰(たく)り、それを飲む時間も惜しいとばかりに頭から被って瓶を投げ捨てた。

 

「おいヴィリー。どうなんだ? 二級以上の冒険者はどこ行っちまったんだよ」

 

 抱えた苛立ちを紛らわすかのようにヴィリーに女が尋ねる。それに対して、ヴィリーは力なく首を振って自身の知る限りの事を答えた。

 

「【チェスター】は朝まで居たみたいだけど街を出ちまったらしい。【爆散(イクスプロード)】のミヒャエルは昨日から下層の探索に出てる。後は【黒鉄(ブラックアイアン)】のタルカスだけど、あの人は今単独でリヴィラ入口の橋を確保してるらしいぜ」

「つまり今ここで頼れんのは【ロキ・ファミリア】の奴らだけってか。完全にクソだ」

「落ち着けよ、それにクソって何がだ」

「あいつらに頼らなきゃ街も守れない、私自身の無力さがだよ!!!」

 

 そう吐き捨てた女は犬人らしく濡れた顔を振るいポーションを払い落すと、大曲剣を肩に担いで跳躍し再び顔を出した人食い花に襲い掛かる。どうやら人食い花たちは、その表皮によって打撃には強い耐性を持っているものの斬撃に対しての防御力はそれほどではない。証拠に、彼女の出会い頭の斬撃は人食い花の顔に斜めに走る大きな傷跡を残す。

 

 だが倒すには至らない。それどころか鋭い痛みに怒りを見せた人食い花は着地際の彼女に向けその巨体を打ち振るった。

 

「やべぇ!」

 

 咄嗟にヴィリーが走りだそうとするが、彼の敏捷では彼女を救うには到底間に合わない。連携を狙っていた人間の大男も、後方で魔法の詠唱に入っていたエルフの男も同様だ。それでも自身の全速で駆けるヴィリー。

 

 その横を小柄な影が信じられない速度で疾駆し、彼女を抱え上げてその場から瞬時に離脱した。

 

「大丈夫かい?」

「フィン・ディムナ……!」

 

 彼女を横に抱き、安心させるべく微笑みかける【勇者(ブレイバー)】。大多数の女性であれば頬を赤らめてしまうであろうそれに、しかし彼女は舌打ち一つ。素早く彼の腕の中から抜け出すと、礼を述べる事も無くまた人食い花へと向き直った。

 

「すまねえフィン! 助かった!」

 

 代わりに頭を下げたのは慌てて駆け寄って来たヴィリー。フィンは彼に気にしていないと微笑み、再び人食い花へと挑もうとする犬人の女が人間の大男に制止されるのを横目に見つつヴィリーに小声で話しかけた。

 

「……彼女には、あまり前に出過ぎないように言っておいてくれ。君達ならそれさえ守れば十分ここを防衛出来る筈だ。先に他のパーティを援護しに行きたい」

「俺から言っときます。アイツ、上位ファミリア嫌いなもんで」

「頼むよ」

 

 言い残して、フィンは別のパーティの元へと駆けた。オラリオでも最上位の冒険者に数えられる彼の速度は、傍から見ればまさしく風の如く。すぐさま劣勢に陥っている場所へと割って入ると人食い花が咄嗟に伸ばした蔦をあっさりと置き去りにして、口腔の奥に隠された魔石を一撃で貫き打ち倒した。

 

「【勇者】か! 助かった!!」

 

 灰と化す人食い花の前で(やり)を振るい付着した体液を振り払うその様に、救われたパーティの者達が快哉の声を上げる。彼らの声に応え、そして鼓舞するためにも余裕のある顔を作るフィン。そこへ必死の形相のボールスが駆けこんできた。

 

「フィン! 【九魔姫(ナイン・ヘル)】の詠唱が終わるぞ!」

「分かった。 ……皆、下がれ! 派手なのが来るよ!!」

 

 体格からは想像も出来ぬ程の声量で撤退を叫ぶフィンに、戦っていた全てのパーティが全力で踵を返して広場の中央へと集結。遠距離攻撃手段を持たぬ者は衝撃に備え、持つ者は万一の事態に備えてそれぞれの技を構える。直後、護る者の居なくなった防衛線を人食い花たちが我が物顔で突破して来た。

 

 ――――だが。彼らが目にしたのは追いつめられた獲物達では無く、強く輝く魔法円(マジックサークル)と、その中心に立つオラリオ最強の魔導士によって放たれる、比類なき威力の極大魔法であった。

 

「――――【レア・ラーヴァテイン】!!!!」

 

 瞬間、魔力の鳴動と共に地面から何本もの巨大な火柱が生まれ、爆音と共に夜闇に包まれていた街を赤く染め上げて星空の如く火の粉を巻き散らした。広場の入り口で足を止めていた人食い花達は一瞬でその煌々(こうこう)とした輝きの中に呑みこまれて姿を消し、確固たる形を残す事無く焼け落ちて行く。

 

 そして、輝く焔とそれが残した(くゆ)る黒煙が薄れた後の広場に、燃え尽きる事を逃れた人食い花はただの一体として存在しなかった。

 

「うおおおおおお!!!!」

「やった! 【九魔姫】がやった!」

「助かった!」

 

 ふぅ、と息を吐くリヴェリアの後方で、戦っていた冒険者達の歓喜の叫びが爆発した。中には緊張の糸が切れたかへたり込む者まで居る。突然のモンスターの襲撃を耐え、只管に戦い続けてきたのだ。彼らの心的負担は生半可な物ではない。しかし、そんな彼らの喜びに水を差すようにボールスが怒号を上げた。

 

「何喜んでやがるんだテメェら! まだ終わってねぇぞ! 気ィ緩めてんじゃねぇ!!」

 

 次の瞬間、彼の言葉を証明する様に新たに一匹の人食い花が現れ、広場へ踏み込むべく周囲の家屋や壁を破壊し出入り口を開こうと暴れ出す。対して、沸き立つ周囲に気を取られず気を緩める事の無かった数人の冒険者が素早く人食い花の元へと駆け出し戦闘に入った。

 

 先程フィンに助けられていた犬人の女が行く手を阻む邪魔な蔦を斬り飛ばし、その間隙に滑り込んだ人間の大男ががら空きの胴を大鎚で殴りつけて隙を生む。そこへ若いドワーフが投擲した斧が直撃し大きな裂傷を付けると、最後にエルフの男が傷に魔剣を突き立ててその名を叫び、剣から炎を溢れさせて体内から人食い花を焼き尽くした。

 

「やるね!」

 

 自身も別の場所から現れた人食い花を打ち倒しながらフィンは笑った。だが、未だにこの場所へと辿りついていなかった人食い花達が先ほどの魔法に惹かれ再び集結してくるのを見て取った彼は、冒険者達に鋭く指示を飛ばして再度防衛に入らせる。

 

 それに応じて出入り口を固め、迫る人食い花を抑え込む冒険者達。彼らも必死である。先程までの先の見えない状況とは違い、今は【九魔姫】の魔法と言う明確な勝算が見えているからだ。

 

「リヴェリア! もう一発行けるかい!?」

「任せろ!」

 

 フィンの要請に応じ、そして周囲の冒険者達の期待に応えるべくリヴェリアは再び詠唱準備に入る。それによって魔力に反応した人食い花達の更なる侵攻を招くものの、再度奮起した冒険者達と彼らを的確に援護し救援に走り回るフィンが戦況を拮抗させる事で詠唱の為の時間を稼いでゆく。

 

 だが、その時だった。

 

『オオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!!!!』

 

 街の外れから突如として上がった凄まじい咆哮に、冒険者達が思わず反応する。彼らの視線の先で大規模な破壊音と共にもうもうと砂埃が沸き上がり、その中に今まで戦っていた人食い花とすら比較にならぬ巨大な影が浮かび上がる。

 

 巨躯を震わせる怪物は一見蛸じみた輪郭を煙の中に映していたが、煙の外へと抜けると同時にその程度では収まらぬ異様としか言いようの無い威容を現した。

 下半身は何体もの人食い花達が寄り集まって構成されており、一体一体が元々巨木染みていたその体を更に大型化させそれぞれに意思があるかのように暴れ回っている。更に集結点から生えた極彩色の上半身はあたかも美しい女性を象っているかのような形状をしており、蠢く下半身とは対照的にどこか穏やかさえ湛えた依然とした佇まいで熱風に緑色の頭髪を揺らしていた。

 

 それを目にし広場の皆が戦慄した直後、屋根を飛び渡ってアイズがレフィーヤと気絶した犬人の少女の二人を抱え広場に滑り込んで来る。

 

「アイズ!」

 

 詠唱への前準備を進めながらリヴェリアがアイズへと心配そうな声を向ける。対するアイズはレフィーヤを下ろし、更に気絶した少女をそっと地面に寝かせると即座に広場から飛び出して行く。すると広場に迫りつつあった女体型のモンスターは足を止め、広場を離れるアイズに惹かれるようにその進路を変更した。

 

「…………アイズが狙いか!」

 

 リヴェリアによる魔法の行使直後にも拘らず、アイズ以外眼中に無いとも言いたげなその行動にフィンが眉間に皺を寄せていると、そこに入れ替わりになる様に慌てた様子のティオネまでもが飛び込んで来る。

 

「団長! 広場に向けて、新手のモンスターが接近して来ています! 既にティオナが交戦中!!」

「嫌な流れだね」

 

 彼女の報告に、一見冷静に答えたフィンが親指を噛んだ。そんな彼に、今まさに詠唱に入ろうと杖を振るったリヴェリアが叫んだ。

 

「フィン! 広場に迫る残敵は私が何とかする! 皆で先にあの新手の対処に向かってくれ!」

「…………分かった。任せる、リヴェリア。レフィーヤや皆を頼むよ」

「ああ」

 

 端的な会話を交わすと、フィンはティオネを伴ってアイズを置い広場を飛び出して行った。その後姿に、置いて行かれたレフィーヤが(ほぞ)を噛む。だが、戦場が彼女の為に足を止める事などありはしない。彼女を背に、リヴェリアが最強の二文字に相応しい己が法を解き放つべく今再び詠唱を開始した。

 

「――――【終末の前触れよ、白き雪よ】」

 

 詠唱開始と共に咲き誇る巨大な魔法円(マジックサークル)を展開し、二度目とは思えぬほどの膨大な魔力のうねりを生み出す【九魔姫】。それを感じ取る事によって狂乱した人食い花どもは、もはや進路上にある障害物などお構いなしに粉砕しつつ広場へと迫った。

 

「【黄昏を前に(うず)を】――――」

 

 しかしそれも意に介する事無く詠唱を続けて行くリヴェリアはその最中で、広場手前の通りの中心に波紋の如き揺らぎが生まれているのに気づいた。同時に、先程まで広場へと迫っていた人食い花たちがそれに向けて吸い寄せられるように突撃してゆくのに気づく。

 

 そして、そんな状況を生み出す事の出来る魔法の詳細と使用者に――――それだけでは無くこの後如何なる魔法が用いられるかに心当たりのあったリヴェリアは、詠唱を中断してまで己の喉の許す限りの声を上げた。

 

「全員、伏せろッ!!」

 

 彼女が叫んだ、次の瞬間。

 

「――――――【ソウル・ストリーム(ソウルの奔流)】!!!!」

 

 今まで紅く染まっていたリヴィラ全域を再び塗り潰さんばかりの光量を放つ青い閃光と、(つんざ)くような轟音を伴う魔力砲撃が彼女らの後方から放たれた。

 

 光芒は人食い花の集う通りの中央を貫くと、そのまま街の建物の屋根を(こそ)ぎ取るかのように薙ぎ払われ、通りに密集していたものだけではなく軌道上に首をもたげていた人食い花たちの体をことごとく消し飛ばし、断ち切り、殺害せしめる。

 

 そして閃光が収まり、舞い散る灰の中でリヴェリアがまず顔を上げて振り返れば、その視線の先から古びた司祭服を纏い、フードを被った一人の老狼人(ウェアウルフ)が悠然と歩みを進めて来る。彼は彼女の元に辿り着くと、思案するようにうっすらと(ひげ)の生えた顎を撫ぜた。

 

「ふむ、ふむ。どうやら只事では無いようだ。こうなれば、私も加勢するのが最良だろう…………邪魔してしまったか、アールヴ」

「――――驚きだ。まさか、お前がこんな所に顔を出すとはな、【フレーキ】」

「意外かな? 私もだよ」

 

 リヴェリアの返答に肩を竦めて答えたその狼人――――【啓くもの】フレーキは、本当に意外そうにリヴィラの惨状に視線を向けた。するとその隣に屋根から飛び来たった黒づくめの男が着地して、仮面に覆われた顔で疲れたような溜息を吐く。

 

「フレーキ。急ぐのはいいが、少しはこちらにも気を遣ってくれ。この食人花に私の装備では相性が悪い」

「すまない【チェスター】。だが、街を荒らされるのは君も望むところではないだろう? 何、これはオマケだ。それだけの物は貰っているからな」

「貴様と【九魔姫(ナイン・ヘル)】が揃って暴れれば、街ごと吹き飛びかねんと思うがね」

「買いかぶりすぎだ」

 

 遅れて現れ、愚痴をこぼすチェスターに対して気安い態度で返すフレーキ。しかし当のチェスターはむしろ彼と、目前に居るリヴェリアに対して懸念を向ける。それを受けたフレーキはまたしても軽く笑って肩を竦めた。

 

 直後、轟音と共に近くのあばら家を突き破って人食い花が現れる。フレーキによる先程の誘導に釣られ今更やってきたか。二人の魔法使いがその威容に対して身構える。だが次の瞬間、その頭部は三度の爆発を起こし、弾け、その中身をぶちまけた。驚きを以ってそれを見届けた二人の魔法使いの後方で、チェスターは仕事を終えたクロスボウを背に負い苛立ちを露わにする。

 

「空気の読めぬ蛇どもめ。このままではおちおち話も出来んぞ」

「…………チェスター、今のは何かね? 新しいボルトか?」

「そんな所だ。【ヘルメス・ファミリア】の【万能者(ペルセウス)】が作った特殊な油を仕込んだボルトでね。着弾すると爆発する。【爆裂ボルト】と私は呼んでいるが」

「ほう、それはいい。今度少し譲ってくれないか?」

「交渉次第だ」

 

 場の空気を読まずに商談を始めた二人の冒険者。だがその異質感に意見できる冒険者は、オラリオ全体を見てもごく僅かな数しかいないだろう。その僅かな数の中にリヴェリアは入っていた。

 

「お前たち、商談などしている場合か? 今は私達で状況を打開するぞ。まずは――――」

「君はディムナ達と合流するのが最善だろうな」

「何?」

 

 しかし、小言を交えつつ提案する彼女の言葉をフレーキが腕を組み遮った。それに対してリヴェリアはその形の良い眉を僅かに顰めて彼を睨みつける。

 

「小物どもは私やチェスター、リヴィラの冒険者達で十分だ。君にはファミリアの同胞たちと共にあの大物をどうにかしてもらった方がいいだろう」

 

 彼の案に対して、リヴェリアはしばらく唸る様に目を細めて思案を巡らせた。現在の状況。フィン達と自身等は二手に分割され、向こうは未知の大型モンスターの対処に追われている。こちらはこちらで同様のモンスターの対処に手を焼いているが……。彼女はそこで、目の前の狼人の顔をちらと見た。

 

 【啓くもの】フレーキ。このオラリオにおいて数少ない自身に比する魔導士であり、同時にオラリオにおいて最も多くの魔法を修めている男。彼の実力は操る魔法の数だけではなく、多岐に渡るそれを扱いこなす自身の手腕あっての物であり、強さに関しては疑いようも無い。

 

 ――――リヴェリアはその事実を、()()()()良く知っている。

 

「…………任せられるか?」

「私では不足かね?」

 

 リヴェリアの問いに、フレーキは逆に試すような言葉を返した。それを聞いて、リヴェリアは一瞬その血筋に似合わぬ苛立たしげな表情を作ってフレーキを睨みつけるが、すぐさまその場を離れ、後方で目まぐるしく移り変わる戦況に追いつこうと頭を回していたレフィーヤの元へと駆け寄った。

 

「レフィーヤ」

「は、はいッ!」

「着いて来い。お前の力が必要だ」

「…………はい!!」

 

 リヴェリアは弟子を呼び寄せると、彼女を伴って街を我が物顔で蹂躙する轟音の元へと走ってゆく。そして残されたフレーキとチェスターは周囲で戦う冒険者達に目を向けると、それぞれ彼らの戦闘を援護するべく戦いの中へとその身を躍らせて行った。

 

 

 

 

 

<ー>

 

 

 

 

 

『――――誰が一番早く到着するか、競争しないか?』

 

 獣狩りの夜の到来を知らせる鐘の音が鳴り響き、皆が狩場に向かう最中(さなか)で、余りにも場違いな言葉を<加速>は口にした。私も、珍しく顔を隠していない<(からす)>も彼の無神経な発言に耳を疑った。

 

『いや、こうして四人で出る事もこれからは無くなるだろ? 折角だし、な』

『正気か? 今この状況で競争? 正気かよ』

 

 普段誰よりも正気を疑われている<烏>が、蔑むように呟いた。対して<加速>は肩を竦める。

 

『<加速>なんて呼ばれる様になってこの方、人と早さを比べた事はないな、と思ってな……試してみたくなった』

『………………人の命が係っているんだぞ?』

 

 私は彼の言葉に苛立ちを隠せず眉間に皺を寄せる。だがそれを溜息一つついたマリアが諫めた。

 

『皆、止せ。……<加速>。お前はただ皆を急かしたいだけだろう。下層市街は、お前の生まれだ』

『何だ、知ってたのか』

『知らいでか。何度お前の身の上話を聞かされたと思っている』

『ははっ、美人相手には口が緩くなっちまうんだ、俺は…………』

 

 マリアに真意を見透かされ、<加速>はおどけるように笑う。私もそれを聞いて彼に対する苛立ちをさっと収めた。自身と強い(よすが)がある場所で獣が現れたと言うのは、悪夢と呼ぶに相違ない最悪の一つだからだ。彼はこれから見たくも無い、見るべきで無いものを見る事になるだろう。

 

 友の死体? ならばまだ良い。獣と化した友が別の友を貪っているよりは、余程良い。

 

 彼を待ち受けるであろう、余りにもハッキリとした輪郭の悲劇を想像し、思わず私は唇を噛んだ。それは彼も同様であったようで、先程のおどけた様子など嘘の様に沈んだ顔持ちを浮かべる。

 

『……悪い、見栄張った。あそこには、知ってる奴が大勢いる。誰にも死んでほしくないんだ』

『最初からそう言え』

 

 絞り出すような<加速>の本音に、それがどうしたと言わんばかりの辛辣極まりない口調で<烏>が吐き捨てた。彼はヤーナムの生まれで無い事を示すような異国の顔立ちをこれでもかと歪ませている。

 普段から思ったことをすぐに口に出す<烏>ではあったが、ここまで辛辣な物言いをしたのは初めて見た。しかし私とマリアは、それを否定する事はない。

 

『<烏>の言う通りだな。お前の口が上手いのは認めるが、時には直情的な言い回しが好まれる時もあると言う事だ』

『うむ。それに、我々の繋がりはそこまで弱くはない。他ならぬ君の頼みなら、全力で対応するさ。なぁ、マリア?』

『当然だ』

『どいつもこいつも回りくどいんだ。そんな事は解り切ってたろうに』

 

 そうして我々は<加速>に対する協力を惜しまぬと彼に笑いかけた。口調こそ褒められたもので無かったが、同様の感情を抱いていたと見える<烏>も頷いて見せる。それを見た<加速>は、ヤーナム狩人特有の三角帽を目深に被って目元を隠しながらに呟いた。

 

『…………すまん。頼む。俺の友人達を、助けてくれ』

『ああ。皆行くぞ。一人でも多く、救うんだ!』

 

 次の瞬間、我々は『加速』し、各々の最短経路を駆け始めた。<加速>は誰よりも秀でた最高速度を以って、通りを一直線にひた走る。<烏>と<マリア>はその身軽さを生かして家の壁を駆け登り、妨害の無い屋根を飛び渡ってゆく。そして我々の中で最も速度に劣る私は、市井の狩人らへの召集の鐘を鳴らしつつ彼らの背中を追って下層街への門を目指し、狭い家と家の間を無理矢理に駆け抜け、路地に積まれた木箱を飛び越えて――――――

 

 

 

<◎>

 

 

 

 ――――――家と家の隙間を飛び出した私の前にヤーナムでは無い、リヴィラの景色が戻って来た。眼前には口を開く人食い花。その正面には二人の冒険者。片足を折られた狼人(ウェアウルフ)の男に女エルフが肩を貸している。

 

 必死に逃走しようとする二人に無慈悲に襲い掛かる人食い花。その顎は容易く二人を食いちぎる事が可能だろう。

 

 だが、私はそれを許さない。

 

 瞬時に『加速』に乗った私は弾丸じみた速度で人食い花に肉薄し、横っ面に長剣を深々と突き立てた。それを楔として体表に取り付いた私を振り落とそうと、狂ったような咆哮を上げ人食い花が暴れ出す。

 

「今だ! 広場を【ロキ・ファミリア】が守っている! そちらに避難するんだ!!」

 

 叫ぶ私に感謝の言葉と首肯を返すと、二人は急ぎこの場を離れ、曲がり角に消えてゆく。その間も暴れ回る人食い花に振り落とされぬよう必死に剣を握りしめていた私は、二人が去った事を確認して剣を引き抜き、人食い花から飛び離れた。

 

『アァァァァァ――――――――ッ!!!』

 

 着地し長剣を構えた私に向け全身から怒りを放ち、人食い花が咆哮する。総身が震えるほどの声量だ。しかしそれも、ヤーナムの獣どもに比べれば足りぬ。恐れる事無く、背の鞘に長剣を収納して結合させ、大剣となった【仕掛け大剣(ギミック・ブレイド)】を抜き構える。

 

 瞬間、全身をバネの様にして飛びかかる人食い花。だが既に再度『加速』を発動した私は即座に突撃軌道の一歩外へと躍り出て、本来この体を食いちぎるはずだった奴の顎に向け両手持ちした大剣を叩き込み、裂帛の気合と共に雄叫びを上げた。

 

「おおおおおおッ!!!」

 

 声と共に割れんばかりの力で地面を踏みしめて、それによって生まれた威力で大剣を振り抜いて人食い花の顎を元より大きく斬り開く。そして苦悶し、限界まで開かれた口内に向けて自ら飛び込むようにして踏み込み、魔石のあると思しき喉の上側へ向け躊躇なく右手を突き込んだ。

 

 柔らかな内部組織をかき分けた指に触れる、堅い感触。私はそれを握りしめ、一息に引きずり出して飛び退く。

 

 握りしめた右手には極彩色の魔石。モンスターの存在を確たるものとする核であるそれを奪われた人食い花は、断末魔と共に倒れ込んで近くの家屋に激突し、その身を灰へと変じさせた。

 

 家屋倒壊と怪物の死による粉塵を外套で顔を覆いやり過ごした私は魔石を外套に備えた雑嚢へと放り込んだ。これで、七発分。手持ちの魔石と今手にしたものを合わせれば、<秘儀>の触媒としての魔石は、<水銀弾>の七発分に相当する。

 

 だが、まだ足りない。街中にモンスターが散らばり各所で戦闘となっているこの状況。広場から離れたためにそれほど人目を気にせずに済むのは利点だが、ここまで狩場が広大になると、私一人の力では打開できないと言う問題点のある状況でもある。

 

 一体一体葬送している時間は無い。それは例え<月光>を用いたとて変わらぬ事であっただろう。一体に掛かる時間は短縮出来るかもしれないが、開帳のリスクとそもそもの移動時間を天秤にかければ使う理由も無い。

 

 ならば、この状況下での最善手は何か。……私には一つだけある。このように、方々(ほうぼう)に散らばった怪物どもを一挙に仕留めるその手段が。

 

 立ち止まっている時間など無い。私はその場を発ち、別の導きの糸を辿る。今は、とにかく人食い花の数を減らして、早急に必要量の魔石を収集する事が必要だ。それこそが今の私が可能な最善手。最も多くの人命を救出する事の出来る――――或いは、最も早く多くの人食い花を殺害しうる方法であると私は直感的に理解していた。

 

 『加速』の速度で駆け、景色が溶けて後方へと流れて行く中で、私は手酷く破壊された街を目に焼きつける。このような状況はヤーナムでさえ無かった。ヤーナムの獣は執拗なまでの凶暴性を持って、街に生きる者達を只管に襲い引き裂き貪り喰らう存在だ。逆に一部を除いて、街そのものを破壊する行為に出る事はまず考えられぬ事でもあった。

 

 だが、この街を襲う怪物どもはどうか。内より溢れる破壊衝動に忠実に、その巨体を持って人々の営みの証を叩き潰し蹴散らしている。

 

「――――獣どもめ」

 

 どうしてそれが許せようか。例え奴らがヤーナムの獣どもとは全く別の存在だと頭で理解していても、腹の底から沸き上がる耐え難い熱を感じる。

 

 それを、即座に抑え込む。

 

 狩りとは、葬送だ。ゲールマン翁がそうであったように私もそうでなければならない。私は己の内の激情に駆られてではなく、今を生きる民草の平穏のため、そして死んで行った者達、この手で命を断たねばならぬ者達の静謐(せいひつ)なる眠りの為に狩りに臨まねばならぬのだ。

 

 自らの決意を再確認した私の視界で、導きの糸、無数に広がる光の一つが一際強く輝いた。私はそれに従い十字路を左へ。さらに次の角を右へ。既に耳には、悲鳴を上げる誰かの叫びが届いている。

 

「ああヤバイヤバイヤバイ!!!! 姐さんなんで逃げさせてくれなかったんスか!? こんな街さっさと逃げ出しましょうって!!! 死にます! マジで!!!!!」

「ワケわかんない事言ってんじゃないよ【RD(アールディー)】!! 仕事ほっぽり出して逃げれるワケないでしょ!? てか、アンタが担ぎ出さなきゃ今頃【ロキ・ファミリア】の連中の目の届くとこに居れたかも知れないのに!! 二人で心中でもするつもり!?」

「いやヤバいんスってこの街!!! 人食い花もそうだし【剣姫】もそうだけどなんかそれどころじゃないのが集まってきてるんスよ!!!! ほらまたヤバイのがこっち迫ってきて」

「無事か!?」

 

 私が辿りついた時、二人組の冒険者――――いつだか、そして先程も見た赤毛のアマゾネスと小人(パルゥム)の青年は、二体の人食い花に睨みつけられ八方塞がりの状況であった。それぞれ長剣と短刀を構える二人の抵抗も意に介さず、今まさに飛びかかろうとしていた人食い花たち。しかし彼らは突然の乱入してきた私の様子を伺う様に首を巡らせる。同様に赤毛のアマゾネスもこちらをちらと見てわずかに安堵したように口角を上げたが、一方で小人の青年は私を視界に捉えた瞬間、真っ青な顔になってけたたましい叫びを上げた。

 

「ギ、ギャ――――――――ッ!!!! ヤバイの来た―――――ッ!!!!! ってかこれなんか前も同じような事あった気がするんスけど夢ですかそうッスよねいやいやマジで勘弁してくださいって言っても聞いてくれないんスよね――――ッ!? どうかマジでやめてください俺美味しくないんでとりあえず俺と姐さんは見逃してもらってあっちのデカい花の方行ってホント死ぬ死ぬマジで死ぬ俺死ぬのだけは勘弁……いや俺もう実は死んでる? じゃあ俺とは……死とは…………死…………」

 

 人間の肺活量の限界を容易く突破しているとしか思えぬほどの絶叫を上げた青年は、突然クールダウンして生気の無い瞳を虚空に向け何やらぶつぶつと呟き始めた。理解しがたい行動に私、そして意外にも人食い花さえ次の行動に移りかねその様子を伺っている。

 

 すると余りの事態に目を丸くしていた赤毛のアマゾネスがはっと我に帰り、青年の後頭部を剣を持たない方の手で思いっきり引っぱたいた。余りの威力に膝から崩れ落ち両手を地面に突いて、土下座めいた姿勢を取らされる青年。その背中に向け顔を真っ赤にした彼女が怒鳴り散らした。

 

「折角の救援に何言ってんだいRD!! 状況見ろ!!! (わめ)いてないで手ぇ動かしな!!」

「でっ、でも姐さん!」

「でもも何もあるか!! 死にたくないなら、今出来ること考えろっての!!!」

 

 全くの正論をぶちまける彼女に対して真っ青な顔の青年は怯えるばかり。更に苛立った彼女は、その後頭部に今度は拳骨を落とすべく腕を振り上げる。

 

 瞬間、私は高く跳躍した。遅れて、人食い花の一体がその体をバネの様に伸縮させて飛びかかる。死地において意識を逸らした二人に対しての容赦ない突進。だが既にそれを予測していた私は跳躍の着地点――――人食い花の通過地点へと向け大剣の切先を突き出し、想定通りに直下を通過しようとした人食い花の頭部、魔石の存在する箇所を貫いて破壊。そのまま灰と化した頭部を貫通して着地する。

 

 死亡した人食い花は突進の勢いを保ったまま灰と化して、私の後方に居た二人にぶちまけられる。同時に同族が倒され激昂したもう一体の人食い花が雄叫びを上げ、我々三人を一挙に押し潰そうと(もた)げたその巨体その物を武器として振り下ろした。

 

「姐さんッ!」

 

 青年の叫びが聞こえる中で私は迫りくる巨体を見上げ、極度の集中によって遅延した時間の中で思索を巡らせる。回避は可能。だがそれは私のみの話だ。位置的に私の後方となった上、灰によって視界を遮られた彼らは成す術も無く巨体に押し潰され、死ぬだろう。

 

 ではエリス神を守った時の様に<月光>を開帳するか? 否。あの時は目撃者が他に()らず、なおかつ守るべきエリス神が身内であった事が大きい。人の口を塞ぐことは出来ぬ。彼らの前で月光を開帳すれば、遅かれ早かれかの<聖剣>の存在はオラリオ中に知れ渡る事になるだろう。

 

 ならば、方法は一つ! 私は再度跳躍し、空中で迫る人食い花の首に当たる部分に大剣を叩きつけ、刃をその半ばまで到達させる。足場があれば斬り落とす事も出来ただろうが、踏ん張りの効かぬ空中ではこれが限界だ。

 

 だが、それでいい。私は右手で剣を握りしめたまま、左手を破壊された家屋の柱へ向けて強く突き出す。

 

 瞬間、左手が<先触れ>の精霊との交信を通じて<エーブリエタース>の触手と化し勢い良く伸長した。それは家屋の柱へと巻き付き、取り付いた私の体ごと人食い花をそちらへ引き寄せる事で攻撃の軌道を二人の居た場所からズレた地点へと無理矢理に変更させる。

 

 そして手首の動きで大剣の仕掛けを起動し鞘から長剣を引き抜いた私は人食い花が地面に接触する寸前に跳躍し離脱。触手が縮むのに任せて空中を移動し、崩壊した家の前に滑るように着地。派手な音を立て灰を更に撒き上げた人食い花と、恐らく巻き込まれずに済んだであろう二人の様子をどうにか見通そうとする。

 

 舞い上がった灰はすぐに降り積もり、視界は張れた。そこに横たわっていた人食い花は先程私が与えた以上の深手を負っている。恐らく、地面に叩きつけられた際の衝撃で体に残された鞘がより深くその身を斬り裂き、瀕死の状況に追い込んだのだろう。私は万一にも復帰される事の無いよう素早くそちらへと駆け寄って頭部を長剣で斬り付け、上から右手を突き立てて魔石を摘出した。

 

 魔石を抜かれた人食い花はすぐさま灰となって崩壊し、周囲に舞うそれと区別が付かなくなる。私は視線を外し魔石を雑嚢へと放り込み、そして地面に転がっていた大剣の鞘を回収すると、二人の無事を確認するためその姿を探した。

 

 しかし、二人の姿は無い。聞き及んだ二人のレベルからして、あの視界も通らぬ咄嗟の状況に安全を確保できたとは考えにくい。

 

 ――――まさか、灰に埋もれてしまったか? 私は積み重なったそれを少し払ってみようと、特に大きな灰溜まりへと近づく。すると。

 

「だぁーッ! こらRD、アンタどこ触ってんのさ!! は、な、れ、ろ……!!!」

「あいだだだだだ!!!! ちょっ、ワザとじゃないワザとじゃ!! 首もげ、もげる……!! あいだぁっ!?」

 

 眼前の灰溜まりとは別方向。崩れた瓦礫によって生まれた隙間の暗がりから放り出された小人の青年が、別の灰溜まりに頭から突っ込んでそれを盛大にぶちまけた。同時に、同じ暗がりから窮屈そうに赤毛のアマゾネスが顔を出す。

 

 私は驚いていた。あの一連の攻防の僅かな間にこれほど周到に身を隠しているとは。奇跡的な幸運の助けがあったか。それとも異様に動き出しが早かったか。気にはなるが、それを知る手段も無い。一先ず彼らの無事を喜ぶべきだろう。私は瓦礫から抜け出すのに苦労しているアマゾネスに手を貸して、彼女をそこから引っ張り出した。

 

「大丈夫か?」

「ああ、なんとかね……って、アンタ確か、ミノタウロスの事件の時の」

「ルドウイークだ。無事で何より」

「お陰様で。デカい借り作っちゃったわね」

 

 言ってアマゾネスは皮肉めいた笑みを浮かべ、肩を竦める。それを私は首を振って制した。

 

「気にするな。それよりも、ここを早く離れた方がいい。【ロキ・ファミリア】が守る広場までに居た人食い花はほぼ掃討されている筈だ」

「そうね。やっぱそれが最善策か……よしRD、行くよ! こんな所に居たら命が幾つあっても足りないからね!」

 

 私の提案を吟味した彼女は、すぐに判断を下して、未だ灰に頭を突っ込んだままの小人に声をかけた。しかし彼から返事は無く、それに溜息を吐いた彼女は無造作に彼の足を掴んで引っ張り出すと、少し悩んだ後頬を思いっきりつねり上げた。

 

「RD、起きな! 移動するよ!」

「あ、あが……あがっ!? ね、姐さん!? 何するんスか酷いっすよ~!」

「そっちこそいきなり人担ぎ上げてあんな狭い所押し込んで……無事だったからいいけどさぁ……」

「だったらいーじゃないスか! さ、逃げましょう姐さん!」

 

 何かをやり遂げたような顔で、背嚢を背負い直し歩き出そうとする彼。だがその足は街の出口の方を向いており、それに気づいた彼女は背嚢を思いっきり引っ張り彼に尻餅を付かせた。

 

「何言ってんのさ。広場に戻るよ」

「ええっ!? 無理無理無理!! あんなとこ居たら戦わされますよ!? 無理ですって! さっきの剣士さんみたいにバケモノじみて強けりゃいいですけど、姐さんも俺の弱さ知ってるでしょ!?」

「バケモノ、か」

 

 ふっと私は自嘲的な笑みを浮かべた。彼にそのような意図は無いのは分かってはいるが、かつて市井の人々に怪物だと罵られた記憶が鮮明に蘇る。

 どれほど必死に戦っても、守り切るという事は出来ず失うばかりの日々。あれ程自身を磨り減らした時間など、他にあるまい。

 

「アンタなんて事言うんだい! 命の恩人に向かって!!」

「げはぁ!?」

 

 私がそんな感傷に浸る一方で、彼は今度こそ後頭部に一撃拳骨を食らって痛みに悶え苦しんでいた。

 

「悪いね。こいつ、ビビリが極まって、強そうな奴何でもかんでも怖いっていう様になってさ」

「いや、構わんとも。彼の言う事もあながち間違ってはいない」

「…………悪いね」

 

 肩を竦める私に、心底申し訳なさそうにアマゾネスは頭を下げた。それに大丈夫だと返し、私は広がる導きの糸に目をやる。

 

 少し、時間を取られてしまったな。未だに街で暴れるモンスターは数多い。すぐに、そちらに向かわなければ。

 

「では、私も失礼する。他の怪物にも対処せねば――――」

「ちょ、ちょっと待った!」

 

 導きを手繰り、次の狩りへと赴こうとした私を青年が呼び留める。振り向けば、視線の合った彼は小さな悲鳴を上げるが、勇気を振り絞るようにして私に対峙した。

 

「ア、アンタ相当強いんだろうけど、今回は逃げた方がいいッスよ……なんか、滅茶苦茶ヤバい気がするんス……!」

「どう言う事だ?」

「なんつーか、説明しづらいんスけど、目茶目茶怖い事が起きそうな予感が…………」

 

 その時。彼は突然あらぬ方向を振り向いて硬直した。

 

「マジかよ」

 

 ぼそりと、目を見開いたまま青年は呟く。その顔に先程までのような怯えは無い――――いや。自身の許容を超えるほどのものを感じ取り、逆に冷静になってしまったのか。私は彼に何を感じたのか声をかけようとする。だがその時彼は既に息も吐かせぬ速さでアマゾネスを担ぎ上げ、全速力で走りだしていた。

 

「姐さん行きますよ!! 広場に避難ッス!!!!」

「なっ!? 突然何だい!? アンタ、さっきまで街出る気満々だったじゃないの!!」

「街の外の方が今スゲェ怖いんス!!! とにかく戻りますよ!!!!」

「てゆーか人を担ぐな!!! 降ろせ、降ろしな!!!!」

「今回はマジ無理ッス――――――――!!!」

 

 言い争いながら、走り去って行く彼らを私は見送る事しか出来ず、ただ立ち尽くす。そして一つの可能性を思案した。

 

 ――――もし、先刻予想したように、彼が脅威を恐怖として感じ取る能力の持ち主だとしたら。その感知の範疇が、今起きている事だけではなく、これから起きる脅威にも対応しているのだとしたら。

 

 直後、凄まじい轟音と共に街の広場から巨大な火柱が幾つも生まれ天を()いた。その輝きによって街が、18階層の天井が煌々と照らされ、黄昏時の如く世界が赤く染まる。

 

 あれも、【魔法】か。私はその恐るべき威力に思わず小さく呻き、頬に流れる一条の汗を意識する。しばらくすると、その輝きは徐々に収まり、風に乗って木を焼いた時特有の焦げた匂いが私の元へも流れて来た。

 

 恐らく今のは、広場に残った【ロキ・ファミリア】の――――【九魔姫】の放った魔法に相違無いだろう。ニールセンから聞いていた情報の一つと、その威容が合致する。

 

 あそこの戦いの決着は付いたか。残るは広場に迫っていなかった、そう多くない残敵のみ。そう判断した私は、更に魔石を収集するべく幾つもの導きの中から特に強く輝くものを手繰った。だが――――

 

『オオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!!!!』

 

 ――――その時、街のどこからか今まで対峙した人食い花のものとは質の違う凄まじい咆哮が聞こえてくる。聞きようによっては女性の声にも似た響きを持つそれは、私にこれまでにない危機感を与えた。

 

 まさかこれが、彼の言っていた『怖い事』なのか? であれば、魔石を集めている余裕など、私には残されていないのではないか?

 

 焦燥が私を苛む。だが、先ほど<先触れ>を使用した結果、魔石は水銀弾六発分の量しか残されていない。これでは、数が足りない。何か、何かないか? この騒動の趨勢を決めるために、大量の触媒を用意する方法は――――

 

 ――――ある。触媒を水増しし、必要数に届かせる方法が。リスクを伴う方法ではあるが、これ以上思案する余地はない。後は場所だ。かの秘儀を使用したとしても、場所が悪ければ意味は無い。

 

 その気付きがもたらしたか、新たな一本の導きが眼前に現れ、それが私を強く引きつける。

 

 導いてくれるのか。私は背の<月光>に意識をやるが答えが返ってくる筈も無く、ただ武骨な大剣の重みが感じれるだけだ。しかし迷いはない。私は縋るように導きを手繰り寄せ、それが示す場所へと向かって全速力で走り始めた。

 

 

 

<◎>

 

 

 

「そぉれぇーッ!」

 

 溌剌(はつらつ)とした掛け声と共に、ティオナの大双刃(ウルガ)の極厚の刀身が女体型のモンスターの足を過剰とさえ言える攻撃力で両断する。

 

「まだよ!」

 

 あまりにも威力のある攻撃を放った直後僅かに隙を晒したティオナを貫くべくモンスターが振るった腕の触手が、瞬く間にティオネによって切り刻まれる。

 

 【ロキ・ファミリア】と街に突如として現れた女体型のモンスター、彼らの戦いは時間が経つにつれてロキ・ファミリア側の優位が色濃くなってきていた。

 

 合流したリヴェリアとレフィーヤ、二人の魔導士師弟による高度な連携詠唱によって発動した炎の矢を降り注がせる【ヒュゼレイド・ファラーリカ】の直撃、圧倒的な攻撃力を誇るティオナの大双刃による斬断、その隙を突く事を許さぬティオネの双曲刀の連撃。

 そして【勇者】たるフィンがその全てを指揮、カバーする怒涛の攻めに、モンスターは焼かれ、斬られ、裂かれ、貫かれ…………既に満身創痍の有り様となり果てていた。

 

 だが、彼らは攻めの手を緩める事は無い。先程突然乱入してきた赤い髪の女――――ハシャーナ殺害の犯人と思しき敵がアイズと一対一で激突している今、可及的速やかにこの女体型と化したモンスターを殲滅するのがフィン以下ロキ・ファミリアの面々の目標であったからだ。

 

 オラリオ最強の一角たるファミリアの圧倒的な攻勢に防戦一方となり追いつめられた女体型のモンスター。その、口以外に感覚器官の存在しない無貌の顔をだが確かに苦痛と怒り、そして屈辱に歪ませた彼女は、懐に潜り込んだフィンの連続刺突を受けて穴だらけになった下半身から突如として上半身を切り離して離脱させ、当初泰然としていたその様からは想像も出来ぬようなおぞましい声を上げながら這い回るような恰好で逃走を図った。

 

「うぇっ!? 何それキモッ!?」

「逃げる気だ!」

「アイツ、湖に飛び込もうって言うの!?」

 

 三者三様の声を上げその後を追おうとするティオナ、フィン、ティオネ。しかし切り離された下半身が最後の力を振り絞ったか、突如として蛸じみた触手を嵐の如く周囲に叩きつけ、最も近くに居たフィンの道を塞いでしまう。

 

 一方で最も危険な相手の追撃を阻んだと見た上半身は腕の力で一気に跳躍し、街の外壁をぶち破る。そして斜面を転げ落ちて、湖の上に浮かぶこの島から身を投げた。

 

 重力と浮遊感に身を任せた彼女は、未だに体を苛み続ける火に顔を顰め、だがしかし逃走の成功に安堵を顔に浮かべる女体型のモンスター。強靭な皮膚を持ち、生命力に長けた人食い花達を素体とした自身であればこの高度から墜落しても十二分に生き延びれる。

 

 だが、彼女の希望を打ち砕くように、その顔に二つの影が落ちた。

 

「逃がすかァ!」

『!!』

「おおおッ!!!」

 

 追撃してきたのは二人のアマゾネス。既に逃げきれたのだと油断していた彼女に対して、ティオネが双曲刀を振るい彼女に残された最後の攻撃、そして防御の手段である両手をズタズタに引き裂く。

 

「いっくよぉ――――――ッ!!!」

 

 そして、勢い良く飛び出したティオナが、トドメの一撃とばかりに空中で大きく縦回転。頭上に構えた大双刃を相手を真っ二つにするべく振り下ろした。

 

 

 

 

 ――――だが、その時。横合いから突っ込んできた影が凄まじい衝突音を響かせながらその爪先を女体型の脇腹へとめり込ませ、そのまま湖のほとりへと蹴り飛ばした。

 

「んなーっ!?」

 

 思いっきり振りかぶった上、回転の勢いまで乗せた縦切りを空振りしたティオナが素っ頓狂な声を上げる。一方でその影、黒い髪の冒険者の男も、勢いそのままに女体型に追従するように岸辺へと吹っ飛んでゆく。一瞬の交錯で男の印象の薄い無表情を見咎めたティオネが、驚きも露わに叫んだ。

 

「【黒い鳥】ッ!?」

 

 彼女の驚愕に一瞥をくれる事も無く乱入者――――【黒い鳥】は勢いを緩める事も無く、女体型に追従するように湖のほとりに生い茂る森の中へと飛び込んでいった。その様を見届けたティオネが怒りのあまり顔を歪ませて、心中の熱の赴くままに叫ぶ。

 

「あの【黒い鳥】(馬鹿野郎)、何考えてんのよ!? 他人(ひと)の獲物を横取りしやがって!! ってかどっから飛んできた!? 湖の端から跳躍してきたとでも言う訳!? ふざけ――――」

「ねぇティオネ!!」

 

 だがその言葉は、真っ逆さまに落ちながら首を傾げるティオナの声によって遮られた。ティオネは思わず、怒りの矛先をティオナへと向ける。

 

「あぁ!? 何よ突然!?」

「こういうの、確かあったよねことわざに!」

「だから何よ!?」

「それって何て言うんだっけ!?」

「今それ重要!? それよりもあのモンスター、どうにかしないと……!」

「あ、そうだ思い出した!」

 

 突然場違いな事を云い出したティオナに、ますます苛立ちを募らせるティオネ。だがティオナはそんな彼女を他所に、一人合点がいった様に手をポンと鳴らして、胸のつかえが取れたような笑顔で笑った。

 

「【猟師の一人勝ち】*1――――」

 

 そう彼女が言い終える前に、二人は揃って派手な音を立てて湖へと着水した。

 

 

 

 

 

 二人のアマゾネスが湖へと叩きつけられたのと同じ瞬間。女体型の上半身も湖のほとりの森の天蓋たる木の枝を突き破り、地面に強かにその体を打ち付けられていた。

 

『ガ、アアッ……!?』

 

 彼女は衝撃を受け、息を絞り出すように苦悶の呻きをあげる。だがすぐに、その顔に生気が戻って来た。

 

 あの恐ろしい二人の女からは逃げ切った。ならばまだ生き残る目がある。

 

 その様な事を考えて、彼女は両腕を再生させ、そして仮初の下半身を構築してこの場を離れるべく、魔石の力を全身に巡らせた。

 

「……ダメだ、こりゃ」

 

 そして顔を上げると、彼女はいつの間にか自身の眼前に一人の男が立っているのに気が付いた。

 

 男は何処にでも居そうな人間の、烏の濡れ羽色の如き、黒々とした髪の青年だった。取り立てて特徴の無い、平凡な外見。だがそれは彼自身の話だ。彼の装備する武具の量は、オラリオの冒険者の常軌からは外れた所にある。

 

 モンスターの革から作られたと思しき外套を纏う背には、ミスリル製と思しき盾と大剣が二本。黒々とした鞘に納められた一振りと。鞘の上から更に布を巻かれ秘匿された一振り。そして腰には手斧が二振り、長剣が一本、刀が一本。だが刀は既に抜かれており、彼は抜き身の刀身を眺めて不服そうに唇を尖らせていた。

 

「【アンジェ】みたいにゃ行かないか」

 

 男は――――【黒い鳥】は少し曲がった刀身を眺め、悔し気な声を上げた。そしてそれを無理に鞘に納めて、溜息を吐く。余りにも隙だらけだ。彼女は眼前の人間の体躯を虫けらの如く叩き潰さんと再生した両腕の触手を振り上げた。そこで突然、世界が横に傾く。彼女は流れて行く視界を目にして困惑する。

 

 これは何だ? 何が起きた? 目の前の男の、何かの魔法か?

 

 否。そのような事は有り得ない。彼女には――――彼女の素材となった者達には、元より魔力を敏感に感知する力が備わっている。そしてその感覚は魔力と言う物を一切感じ取れなかった。ならば一体?

 

 そう思考を巡らせる彼女の知性とは反するように、世界はゆっくりとその速度を落として傾いてゆく。そしてその角度が90度に達しようとした所で、衝撃と共に横合いに叩きつけられた。そこでようやく、彼女は灰と化していく自らが既に二度斬られており、斜めに走るその傷によって首から上と上半身、更にはその上半身も胸から上と下に別たれている事を認識した。

 

「やっぱ【エド】か【アンドレイ】に打ってもらわなきゃ、ダメだ。【真改】の打った奴もいいけど、俺の為のものじゃない…………」

 

 反省するように呟きながら、【黒い鳥】は手の内の極彩色の魔石を弄ぶ。【黒い鳥】は、後方で灰へと化していく彼女の事など一切気に留める事は無い。先日、アンジェとやりあった際に考案した技、それの()()()()試し斬りで、既に殺し終えているからだ。彼は手にしていた魔石を懐に仕舞い込み、未だに喧噪飛び交うリヴィラへと振り向いた。

 

「…………常連さん(ルドウイーク)、あそこにいるかな?」

 

 思い立った事をぽつりと口にして、【黒い鳥】はその場から跳び去る。彼の居なくなった後には、リヴィラを半壊せしめたモンスターの灰と化した亡骸だけが、寂しく残されていた。

 

 

 

<◎>

 

 

 

 導きを追ってルドウイークが辿り着いたのは、戦いの幕を開ける鐘を鳴らした、屋根の吹き飛ばされた見張り櫓だった。ここからは周囲で戦う者達の様子が良く見て取れ、広がる導きの糸が彼へとモンスターの位置を知らしめていた。

 

 そこで彼は周囲を確認して、一つの懸念を覚える。あれ程の咆哮と戦闘音を響かせていたはずの、別格とも言えたはずのモンスターが影も形も無い。まさか、ロキ・ファミリアが既に殲滅してしまったのか。その結論に至った彼の中で、ロキ・ファミリアの脅威度が更に高まった。

 

 だが、そのような思索に没頭しかけた彼の意識を街を未だに破壊し続ける人食い花と抗う冒険者達の怒号が引き戻した。状況は未だに芳しくない。それを打開する手段が自分にはある――――ならば、使うしか無いだろう!

 

 ルドウイークは自らの胸に手を当て、血流を強く意識する。瞬時に熱が掌からあふれ出し、それはルドウイークがかつてヤーナムで慣れ親しんだ、銃弾に良く似た形を成した。

 

 <血液弾>。自らの血と遺志、体力を凝縮させ、銃弾の形を成した<水銀弾>の代用品。それは長らく形を保ち続ける事の出来る物ではないが、その性能に関してはあらゆる面で水銀弾と同一だ。それは、<秘儀>の触媒としても同様である。

 

 ルドウイークはそれを握りしめたまま、壁を駆けあがるかのごとき動きで見張り台の上に飛び移る。そして元来持つ狩人達を率いるに能う程の視野を全力で用いて自らを強く引きつける光の糸の導きを見定めた。それによって、彼の眼には視界に入る全ての人食い花に光点が灯って見え、それを以って怪物どもを標的として認識する。準備は整った。

 

 瞬間、彼は自身の手持ちの魔石と、血液弾を合わせた総量を再確認した。魔石が六発分。血液弾が五発分。これで十一発分。あの秘儀を用いるためには、十二分。

 

「『成功』など、してくれるなよ……!」

 

 口に出してそう願うと彼は両手を頭の上で合わせ、視覚と導きを限界以上に酷使する苦痛の中で<交信>を試みた。

 

 ――――それは、遥かなる星界との交信を行わんとした、教会による儀式の副産物。ただの一度として成功した事の無かった無為なる試み。だがそれは何も生まなかった訳では無く。その失敗をこそ求め、彼は頭上に宇宙を啓いた。そして、星が降る。

 

 ルドウイークの頭上に開け放たれた暗黒の揺らぎより、全方位へと数多の流星が飛び出しリヴィラの空を駆ける。それは容赦なく街中の、人食い花たちに過たず着弾し、星の爆発によって命中箇所を大きく抉り、吹き飛ばした。

 

 秘儀の名は<彼方への呼びかけ>。教会の有する秘儀の中で最も高位に位置するそれは、精霊を媒介に高次元暗黒に接触し、遥か彼方への交信を行う秘奥。しかしそれに答えが返ってきた事はただの一度として無く。すべてが徒労に終わった。

 

 しかし儀式はその過程において降り注ぐ星の小爆発を生み、それは<聖歌隊>の特別な力となった。本来であれば、未知なりしものと繋がるための崇高なるそれを戦いの場に持ち込む事など、ありうべからざる事ではあるが…………有効ならば使うと言うのは、人の歴史における当然の選択肢であったのだろう。

 

 現に、星の炸裂をその身に受けた人食い花たちの体は(むご)く抉れ、或いは弾け飛び、また或いは魔石を吹き飛ばされ灰と帰す者さえいた。だが、まだ健在のものも多い。故にルドウイークはまた強く手を握りしめ、苦悶と大きな喪失を自らに強いながら血液の弾丸を再度生成すると、もう一度頭上で手を組んで高次元暗黒への穴を穿った。

 

 再び降り注ぐ流星雨。それは一度目の攻撃を切り抜けた人食い花たちの命を今度こそ

穿ち、抉り、弾けさせて行く。それでも、流星より逃れ生き残った個体は幾体か存在していた。

 

 だが、今まで守勢を強いられてきた冒険者達がその余りに大きな機会を見逃すはずが無かった。

 

「今だ! 行くぞお前らーッ!」

 

 突然降って湧いた援護射撃に戸惑う幾人かを、ボールスが声を張り上げて鼓舞する。そして自ら頭部の抉れた傷から露出する魔石に剣を突き立てて一体の人食い花を灰に帰すと、腕を振るいその戦果を周囲に見せつけた。すると、他の冒険者達も堅い表皮を避けて肉の露出した部分に狙いを定めて徹底的にそこを攻撃する事で人食い花たちを追い詰めて行く。

 

「は、はッ……ははッ……! 後は……ハッ、任せられるか……」

 

 手負いの人食い花たちに集団で襲い掛かり、次々と灰にしてゆく冒険者達の姿を見下ろしてルドウイークは肩で息をしながらも喜ばしげに笑った。そして自らも戦線に向かおうと足に力を込めるが、頭に走る痛みとめまいに思わず膝を突く。

 

「流石に、無理を、しすぎた、か…………」

 

 血液と<遺志>の消費による血液弾の精製、そして自身の許容を越えた視野の酷使と導きの併用は、彼の脳に非常に大きな負担をかけていた。更にはこの18階層に来るまでの強行日程が祟ったか、急激な眠気に襲われ彼は両手を突き、そのままその場に突っ伏して意識を失ってしまう。

 

 それを見下ろすかのように、一体の人食い花が首をもたげ姿を現した。その頭部には先の<呼びかけ>によってか血を流す抉れた跡がある物の、未だに動きを損なう事も無い。その人食い花はむしろ傷を受けた怒りに満ちて下手人たるルドウイークを食らわんとその顎を開く。

 

 だが、その顎が閉じられる事は無かった。いつの間にやらルドウイークの横に現れた一人の冒険者が、刀身が幾つもの部位に分かれる石の長剣――――【引きあう石の剣】を用いて人食い花の頭部を貫き、口内に隠された魔石を破壊して殺害せしめたからだ。彼が腕を振ると分かたれた石剣の刀身は糸に手繰られるように宙を舞い、小気味よい音を立てて青い文様の浮かぶ長剣の姿へと戻る。

 

 そしてそれを腰の鞘に仕舞うと彼――――【黒い鳥】は、横たわるルドウイークを無言のまま担ぎ上げて、誰にも見咎められる事も無く見張り台から飛び降りていった。

 

 

 

*1
『漁夫の利』




やはりバトルパートすき(根っからの傭兵)
次話は事後の後始末かな。

今話も読んで下さって、ありがとうございました。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。