月光に導きを求めたのは間違っていたのだろうか   作:いくらう

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15000字くらいです。

感想評価お気に入り、いつもありがとうございます。
誤字報告もとても助かっております。

今話も楽しんでいただければ幸いです。


20:嵐の去ったその後で

 ――――カーテンに覆われた窓の隙間から差し込む陽の光を受けて目を覚ましたルドウイークが最初に見たものは、特段変わった所の無い板張りの天井だった。

 

 彼はぼうとした頭で自らの置かれた状況を思い返す。【リヴィラ】でのモンスター出現、街の冒険者、そして【ロキ・ファミリア】の面々と共にそれの対処に当たり、最終的には<彼方への呼びかけ>の連続使用の後、血液弾の過剰な生成を引き金とした貧血、或いは疲労によって倒れたのだ。

 

 だが、私が生きているという事は、無事戦いは収まったのだろう。

 

 ルドウイークはそう結論付け、上体を起こして拳をぐっと握りしめた。体の調子に特段問題があるようには思えない。次に彼は部屋の様子を見渡した。その部屋はそれほど広くなく、自身の寝ているベッドと荷物を置くための棚程度しか備えられていない。飾り気のない壁の柱に備えられたフックには自身の外套がかけられており、その下には<月光>と<ルドウイークの聖剣>が敷かれた布の上に横たえられている。

 

 ルドウイークはそれを見て一度思案した。今の自身がこうしてベッドに居ると言う事は、誰かが自身の装備を解除し、その際に月光に触れたという事に他ならぬ。

 

 <ヤーナム>では自身以外に触れさせる事も無かった月光を、僅かな間であっても誰かが手にしていたと言う事実に、ルドウイークは少し不安げに唸る。特段問題は起きなかったのだろうか。礼も兼ねて話をしておきたい。

 

 彼がそう考えていると、ガチャリと音を立て戸が開いた。部屋に入ってきたのは青黒い髪をした、不機嫌そうな顔の女性。彼女は目を覚ましているルドウイークの姿を見ると、どこか驚いたように目を(しばたた)かせた。

 

「あら、起きた? エリスが心配してたわよ」

「…………マギー? どう言う事だ? ここは、リヴィラではないのか?」

 

 安堵したように彼女――――マギーが口にすると、ルドウイークは疑問符を頭に浮かべた。リヴィラで倒れたのであれば、目覚めるのもリヴィラだろう。だが、ダンジョンの探索からは既に退いたはずの彼女がここに居るというのは…………。

 事情を知らぬルドウイークはダンジョンに居るはずの無いマギーを見て少々混乱したが、一方のマギーはそれを見てくすりと笑っただけだった。

 

「残念ながらここは地上(オラリオ)、【鴉の止り木】よ。今呼んでくるから、詳しい事はエリスに聞いて」

 

 それだけ言い残すと、マギーはさっさと踵を返し部屋を後にしてしまった。その後姿を見送ったルドウイークが半ば呆然としていた所、すぐに階段を一段飛ばしに駆け上がってくる足音が響いて、戸が力任せに開け放たれる。

 

「はぁッ……はッ……ルドウイーク……!」

 

 扉を開けたままルドウイークに視線をやるのは【エリス・ファミリア】の主神エリス。彼女は息を切らして肩を揺らし、そして真っ赤な顔で口をつぐむと、その表情のままルドウイークに向け駆け出した。

 

 それを見たルドウイークは思わず目を伏せる。どれだけ彼女に心配をかけてしまったのか。彼女は早く帰ってこないと夕食に間に合わないとも言っていた。だが、今は恐らく夜を越えて、少なくとも朝にはなっている筈だ。だとしたら、彼女は今までずっと私を心配してくれていたのだろうか。

 

 ルドウイークは申し訳なさで一杯になった。【ロキ】神に<ヤーナム>の地と、そこで用いられていたもの、跋扈(ばっこ)していたものについての情報が漏れる可能性があると言うだけで、無理を押してまで18階層まで潜った自分。

 

 確かにその秘密が漏れれば、このオラリオ自体を危機に直面させる事になるかもしれぬ。だが、それがどれほどロキ神を恐れる理由になろうか。例えかの神がそれに興味を持ったとて、自身が口を(つぐ)めば知られる事もまず無いはずだ。

 ならば、私の行動は神々の好奇渦巻くこの街で、異分子である自身を目立たせぬようと苦心していたエリス神の配慮を無下にするものなのではないか? それで結局彼女をこれほど心配させてしまうなど……まったく滑稽極まりない。

 

 自嘲するようにふっと笑うルドウイーク。そして彼はまず、顔を上げてエリスに対して謝罪を口にしようとする。だが彼が見たのは、涙ぐむエリスと、彼女が放った右拳が自身に迫ってくる光景であった。

 

「バカ――――――ッ!!!」

「グワ――――ッ!?」

 

 エリスの放った右フックは油断しきっていたルドウイークの顔面に直撃。そのまま彼は元来貧弱であったエリス神の腕力からは到底考えられぬ威力で吹き飛ばされ、派手に回転しつつベッドから転げ落ちた。

 

「何考えてんですか貴方はーッ! 人が泥酔してるからって黙ってダンジョンに行くわ、18階層まで勝手に潜るわ、モンスターの襲撃に巻き込まれるわ!!! どうしてこう心配、いや心配してませんけど、私を不安になんかさせるんですか!? 困るんですよそういうの!! 聞いてます!?」

 

 転げ落ちたルドウイークに対してエリスは間髪入れず喚きたて、まるで子供がごねるかのように顔を真っ赤にして地団駄を踏む。正しく神の怒りと言って相違無い大声量であった。だがしばらくして、ベッドの向こうに転げ落ちたルドウイークがいつまで立っても出てこないのに気づいて、彼女はサッと顔を青褪めさせる。

 

「ル、ルドウイーク……? もしもーし……」

「エリス?」

「ひゃっ!?」

 

 転げ落ちた彼の様子を覗き込もうとしていた所に突如として背後からかけられた声に飛びあがりそうになった後、石臼じみてゆっくりと顔を背後へと向けるエリス。そこには苛立ちに満ちたマギーが右手を腰に当てて仁王立ちしていた。

 

「ねぇエリス?」

「はいっ!?」

「ウチであんまり暴れられても困るの。喧嘩なら自分の本拠(ホーム)でやってくれる?」

「え、いや、これは喧嘩って訳じゃなくて……」

「へぇ、【彼】が折角助け出してきた奴を殴り飛ばしておいてそれ言う? 貴女の頬も張っておいた方が良さそうね」

 

 そう言うと、顔の前で握り拳を作ってエリスを威嚇するマギー。エリスはそれを見て、慌てて床のルドウイークの元へと駆け寄って必死にその体を揺り動かす。

 

「ちょっとルドウイーク! 起きて! 起きてください! 殺される!!」

「殺しはしないわ。ちょっと痛いだけよ」

「ちょっとの基準が絶対おかしい!!!」

 

 迫るマギーに涙ぐみながら、ルドウイークの襟を両手で引っ掴んでひたすら揺さぶるエリス。その努力が功を奏したか、一度か細い呻き声を上げてから、ルドウイークがゆっくりと目を開いた。

 

「ぐ……エリス神、揺さぶらんでくれ……首が……」

「ああ! 良かったルドウイーク、起きたんですね!」

 

 満身創痍となったルドウイークの復帰を喜ぶように、あるいは先程殴り飛ばしたのも忘れたかのようにエリスが顔をほころばせた。だが彼女の安堵もつかの間、エリスの羽織るケープの首元を掴んで引っ張り上げたマギーが、その耳元に口を寄せ、どすの効いた声で囁く。

 

「それじゃあエリス? 彼も起きたみたいだし、早く荷物をまとめて出てってもらっていいかしら?」

「えっ。ちょ、ちょっと待って、今彼は起きたばかりで……」

「部屋代、タダにしてあげてるの忘れた? あんまり長居されるとウチの経営が傾くんだけど。そうなったらまず切られる首は……」

「すぐに出ていきます!! ルドウイーク準備を!!!」

「ちょ、ちょっと待ってくれ。何が何だか……」

「いいから早く!!!」

 

 無慈悲極まりないマギーの言葉に、切羽詰まった顔で敬礼するエリス。そして彼女は未だに状況が掴めていないルドウイークを引っ張り出すと無理矢理荷物を持たせ、自らも彼の背嚢を背負い込むと慌てて部屋を飛び出していった。一方で彼女に置いて行かれるような形となって部屋に残されたルドウイークは、少し納得いかぬままに手早く装備を行い、それを終えた後マギーに対して頭を下げる。

 

「正直、まだ良く分かっていないんだが…………ひとまず世話になった。まさか地上にまで連れて来て貰った上、無償で部屋まで使わせてもらうとは」

「別に。依頼を請けたのは【彼】だし、頼んだのはエリスだから。感謝するならそっちにお願い。それにこの部屋も空いてたし…………アフターサービスの一環とでも思ってちょうだい」

「ああ、では、私もお(いとま)させてもらおう。あまり長居してはマズイのだろう?」

「ホントは別にいいんだけどね、どうせまだ店も空けてないし…………それよりほら、早くエリス追っかけないと」

「そうだな……では失礼する」

 

 ルドウイークは改めて頭を下げると、部屋を退出しそのまま表へと出てエリスの後を追いかけて行った。部屋に残されたマギーは軽くベッドを整えると自身もまた部屋を出て、一階の店舗へと降りて行った。

 

 時刻は朝。ようやく人通りも激しくなってきた時間だ。朝の陽射しが差し込む店内はまだ肌寒く、テーブルも端に寄せられたままで広々としているのもそれに拍車をかけている。その中で唯一、窓際の日が当たる場所に出されたテーブルの席には普段着の【黒い鳥】が座っていて、日差しの温かみを独り占めしていた。

 

「マギー、どうだった? 常連(ルドウイーク)さんとエリスの様子は」

「問題は無さそうね」

「俺もそう思う。でも、エリスの奴随分必死な顔してたけど、マギー何か言ったのか?」

「別に」

 

 笑いながら尋ねる【黒い鳥】に素っ気なく返すと、マギーは入口の戸に鍵をかけ、片手で器用にエプロンをかけてから箒を手にし店内の掃除に取りかかった。その姿を黒い鳥はテーブルに片肘をついたまま、眩しそうに眼を細めてふっと小さく笑う。

 

「どうせタダで部屋使うと給料に関わるとか言ったんだろ。そんな気なんか無い癖に」

「何か言った? 喧嘩なら買うけど」

「いや何も」

 

 耳ざといマギーの威圧に、黒い鳥は扉の外を眺めたまま薄く笑って答えた。そして、何の気も無しに空に目を向け、雲の流れの速さを眺めてふと呟く。

 

「………………なんか、また荒れそうだなぁ。退屈しなくていいけどさ……」

「そうね。夕方から天気崩れるらしいから、昼の内に稼ぐわよ。掃除手伝って」

「了解……」

 

 気だるそうな声を上げて、黒い鳥は陽の温かみを惜しむようにゆっくり立ち上がった。その時、入口の戸がドンドンと叩かれる。

 

 エリスが忘れ物でもしたのだろうか? マギーは黒い鳥と一度顔を見合わせた後、箒を黒い鳥に預けると先程閉めたばかりの戸の鍵を開ける。そして、開かれた戸の外に立っていた二人のアマゾネスの顔を見て、マギーは少し嫌そうな顔をした。

 

「やっほ、マギー! ひさしぶり!」

「…………久しぶり。こんな朝から何の用?」

「【黒い鳥】は居る?」

 

 マギーに問われたその二人――――【ロキ・ファミリア】の幹部であるアマゾネスの双子の内、姉であるティオネ・ヒリュテはわずかな苛立ちを持って彼女の問いに質問を返した。対して、マギーはその眼を更なる嫌悪に細めて自身の問いにまず答えるように促す。

 

「何の用か、って聞いてるんだけど」

「昨日、リヴィラに現れたモンスターについて調べててね。私達が相手したんだけど、黒い鳥が乱入したせいで仕留めそこなったから……もしかしたらアイツがあのモンスターの魔石持ってないか、気になったの」

 

 それを聞いて、マギーは店内の黒い鳥に確認するべく後ろを振り向いた。だがそこには床に転がった箒があるばかり。僅かに目を離した間に黒い鳥の姿はさっぱりその場から消え失せていた。何を考えているのやらとマギーは頭痛を堪えるように額に手をやって溜息を吐き、再びティオネに向き直る。

 

「残念だけど、彼はどっか行っちゃったわ」

「はぁ!? さっき店の中見たときは居たわよ!?」

「逃げ足速いねー」

 

 声を荒げるティオネとは対照的に、その後ろに控えていた妹のティオナは頭の後ろで両手を組みながらけらけらと笑った。それが気に入らなかったかティオネは鋭くティオナに肘を入れて黙らせると、苛立ちも露わに店の中に踏み込もうとする。だが、彼女の前にマギーが見下ろすように立ち塞がった。

 

「……ロキ・ファミリアの幹部陣はガレス以外出禁なのを忘れた? 勝手に踏み込むなんて許してないけど」

「今日は私達だけ、アイズは居ないわよ」

「そういう問題じゃない」

 

 睨み合い、二人は視線をぶつけ合って火花を散らす。戦闘能力では隻腕のマギーではティオネに及ぶ筈も無いのだが、それがどうしたと言わんばかりの態度だ。だがしばらくして、ティオネも争いを望んでいるわけでもなかったか、気には入らなそうではあったものの一度鼻を鳴らして後ろに退いた。

 

「じゃー、次はアタシなんだけど……」

 

 ティオネが退いた場所に、続いてティオナが滑り込んだ。マギーが首を動かして質問を催促すると、彼女はどこか申し訳なさそうにマギーに尋ねる。

 

「あのさ、エリスって神様、ここで働いてるよね? 住んでる所、教えてほしいなぁって」

「従業員のプライバシーに関する質問は受けてないわ」

「えーっ!?」

 

 彼女の質問をマギーはバッサリと切り捨て、ティオナは思わず不満気な声を上げた。それに対してマギーは首を横に振って、溜息を吐くばかりだ。

 

「あのねティオナ。エリスの住んでる所……【エリス・ファミリア】の本拠はね、今は何処にあるか良く分かんないのよ。あなたもロキに聞いてもわからなくてここに来たんでしょ?」

「うっ、そうなんだけど……」

 

 諭すように言ったマギーの口調と指摘に、ティオナは言い返す事が出来ずに肩を落としてしょんぼりと俯いた。

 

 エリス・ファミリアの嘗ての本拠はギルド本部にほど近い所に居を構えていたが、そこを引き払ってからの彼女の本拠の位置は驚く程に知られていない。単純に、そんな零細ファミリアの本拠の事など興味の無い神が大多数だったというのが大きいが……。探したとしてもあの入り組んだ【ダイダロス通り】の中に紛れた何の変哲もない民家の一軒である。見つけろと言う方が酷な話だろう。

 

 まぁ、本当は知ってるんだけど。

 

 その言葉をマギーが口にする事は終ぞ無かった。この【鴉の止り木】の従業員のほぼ全員が同じファミリアに属している中で、エリスだけは神であり、更には自身のファミリアを持つ主神である。その本拠についての情報など、勝手に口にする事の出来る類の情報では無い…………それだけで無く、エリスがロキの事をさんざ嫌っているのを知っていたマギーは、友人としてもその情報についてティオナに話すつもりは無かった。

 

「うーっ、困ったなぁ。またすぐにダンジョンに潜る予定なのに………………」

「……何か用事があるなら、伝言くらいはしてあげるけど。良ければ教えて貰える?」

 

 ただ、ティオナの性格もある程度知っているマギーは別の形の助け舟を出した。彼女に限って、何か企んでいるとかは有り得ないだろうと判断しての事だ。それを聞いたティオナは、一瞬ばっと顔を上げたものの、すぐに俯き加減になってぼそぼそと彼女らしからぬ声量で話し始めた。

 

「実はさ……その、エリス・ファミリアのルドウイーク、って人と一緒に戦ったんだけど、戦いが終わった後も全然見つかんなくて…………もしかしたら、先に地上に戻ってきてるんじゃあないかなって――――」

「普通に戻ってきてるけど、彼」

「ホント!?」

 

 心配そうに下を向いていたティオナは、マギーの言葉にまた顔を上げて、先程とは逆に喜びと安堵に思わず笑顔を見せる。

 

「よかったー! 死んじゃったんじゃないかって心配だったんだ! ねぇマギー、やっぱりエリス・ファミリアの本拠の場所教えてよ! あの人絶対面白そうだし、一回勝負してみたかったんだよね!」

「それはダメ」

「えーっ! いいじゃんそれくらい!! 減るもんじゃなし!」

「どうせ生きてるんだから、また会う機会もあるでしょ? その時に当事者同士で話を付けてちょうだい。私は店の準備があるから。じゃあね」

 

 聞こえるティオナの抗議の声を無視して、マギーは戸を閉め素早く鍵をかけた。その後もしばらくティオナは店の前で騒いでいたものの、姉であるティオネに(たしな)められて自身の本拠へと戻って行った。

 

 窓から外の二人を眺めていたマギーも、彼女達が去って行くのを見届けてから再び掃除に戻ろうと箒を拾い上げる。すると、厨房からガタリと音がして、調理台の陰からのそりと黒い鳥が姿を現しふぅ、と一息ついた。

 

「やっぱ怖いな、アマゾネス。俺、あいつら苦手だ」

「あっそ」

 

 苦笑いを浮かべる黒い鳥に対して、マギーは全く興味無さげな素っ気ない返事を返すと手にしていた箒を彼に向けて軽く放り投げた。それをキャッチした黒い鳥はコメディアンの持つステッキめいて箒をくるくると回した後、特段余計な事をするでもなく掃除を始めようと埃が溜まっていそうな場所を見定め始める。

 

 すると、突然店の戸が無理矢理開かれようとしてガタンと音を立てた。二人はそれを聞いて驚いたように硬直した後、先程ティオネたちが訪れた時と同様に顔を見合わせて、マギーが戸の元へと近づき外に居る何者かに向け声をかける。

 

「…………どちら様?」

「スマン、私だ。開けてくれ」

 

 外から聞こえて来たその声に、マギーは素早く戸を開けて声の主を中へと招き入れた。その男は、古びた修道服に身を包む老いた狼人(ウェアウルフ)。先のリヴィラの騒動でもその魔法を持って戦い抜いた男――――【啓くもの】フレーキ。彼は、普段と特に相違ない何処かくたびれたような表情で【鴉の止り木】へと踏み込んだ。

 

「朝からスマンな。準備の邪魔をしてしまったか?」

「いいえ、お帰り【フレーキ】。リヴィラでの騒ぎに巻き込まれなかった?」

「いやはや、久々にいい運動をしたよ。部屋に籠るばかりでなく、たまには戦場に出なければダメだな」

「何だフレーキ、アンタもリヴィラに居たのか?」

 

 二人の前で肩を回し、自らの老いをアピールするフレーキに対して、黒い鳥は意外そうな顔で首を傾げる。それにフレーキもまた、予想していなかったと言わんばかりの顔で目を丸くした。

 

「む? 君もか、フギン。気づかなかったが」

「長居はしなかったからな……何やってたんだよ?」

「【チェスター】と取引をな」

 

 言って、フレーキは懐から一冊の本を取り出した。過度とも取れる装飾を施された表紙には題名が載っておらず、厳重に紐で封を施されている。その表紙を見た黒い鳥は驚きに眼を見開いてフレーキの元へと迫った。

 

「おお、【魔導書(グリモア)】か! 久々に見るな、本物かよ!?」

 

 彼の驚きも当然の物である。フレーキは持っていた本は、それ程に貴重な物であったからだ。

 

 ――――【魔導書(グリモア)】。読んだ者に【魔法】を発現させると言う特別な魔道具であり、一度きりしか効果を発揮しないその性質上、オラリオの冒険者達が(こぞ)って手に入れたがる稀少品(レアアイテム)。その効力はただ魔法を習得するだけには留まらず、ある程度の確率で人々に備わった魔法の記録領域(スロット)を増加――人の限界である、三つを越えて増やす事は無いが――させる事もあるという。

 

 それ程の効力を持つこのアイテムは、制作するのには高ランクの【魔導】と【神秘】のアビリティを必要とし、条件を満たす者の少なさ故に絶対数自体が少なく市場に出回れば価格は軽く数千万ヴァリスを越えるほどだ。もしも魔導書を作れるようになれば、それだけで一生食って行く事のも容易いとされる。

 

 一方でその稀少さと高額さから、既に使用済みとなった物を未使用であると偽ったり、全くの偽物を掴ませようとする詐欺はこのオラリオにおいても後を絶たない。当然ギルドも目を光らせており、魔導書絡みの詐取には厳しい刑が適用される。

 

 だが、それは地上での話。ギルドの眼が届かぬリヴィラではそう言った偽物も多く流通している。そして、その中には時折本物の魔導書も紛れている。今回フレーキが重い腰を上げ18階層へと向かったのも、チェスターからそう言った掘り出し物の取引を持ち掛けられたためであった。

 

「まあ、偽物であればチェスターを絞り上げるだけだ。マギー、部屋を借りても?」

「二番がちょうどさっき空いたところよ。好きに使って」

(かたじけな)い」

 

 フレーキはマギーに頭を下げると、魔導書を読み明かすために二階へと向かって行った。その背中を羨望めいた眼差しで見送った黒い鳥は、マギーに対して皮肉る様に肩を竦める。

 

「羨ましいな。フレーキの奴、魔導書を読めば読むだけ魔法を習得できるんだろ? 酷いスキルだよな」

「記録領域が増えなきゃ、覚えられるはずだった魔法も、魔導書までも無駄になるらしいけどね…………って言うか、よく自分を棚に上げて言えるじゃない限界突破野郎の癖に」

「俺に言われてもな……それより、アイツ魔導書の取引なんてやってたら破産しないか? 一冊ウン千万だろ?」

「何言ってるの? 彼はウチのファミリアで一番の稼ぎ頭じゃない。ちょっと見習った方が……あなたはまず借金どうにかする方が先ね」

 

 辛辣な言葉に、黒い鳥は知らぬ存ぜぬと言わんばかりに明後日の方向を向いてしまう。それを見たマギーは一度大きく溜息を吐いてから、眉間に皺を寄せつつ彼の持つ箒を指差した。

 

「とりあえず、私達も開店準備を始めるわよ。私は仕込みやるから、掃除任せる」

「了解」

 

 指示を出した後、厨房へと向かうマギー。その背中を目で追いかけながら箒を振るっていた黒い鳥は、ふと何かを思い出したかのように動きを止めて、マギーの背中へと声をかけた。

 

「なぁマギー、そういや相談があるんだけど……今日俺、知り合いと飲みに行くんだ。そういう訳で、夜休んでいい?」

「ちょっと倉庫に来い」

 

 

 

<◎>

 

 

 

「ルドウイーク!」

「ああ」

「聞かせてもらいましょうか。何故私に無断でダンジョンに潜ったのか、何故ロキ・ファミリアと共同で事に当たっていたのか! そしてあのリヴィラで一体何が起こっていたのか!」

 

 【エリス・ファミリア】の本拠である一軒家のリビング。そこでは、ソファの上にふんぞり返ったエリスが自主的に正座したルドウイークをこれでもかと言わんばかりに見下ろしていた。彼女の苛立ちは頂点に達しており、それを察したルドウイークが自ら姿勢を正した形である。だが、そんな姿勢を取った彼はむしろエリスを諭すように声を上げる。

 

「待てエリス神。一つ訂正させてくれ」

「何ですか?」

「私は、きちんと貴女に許可を取った。無許可と言うのは間違いだ」

「そんな覚えないですけど???」

 

 記憶に無いとエリスはルドウイークの事をすさまじい目つきで睨みつけた。嘘を見抜ける神である彼女は彼の発言の真贋を容易く判断する事が出来るはずだが、その事もすっかり忘れたような物言いである。一方で、突き刺さる視線に思わず顔を伏せたルドウイークは、意を決したように顔を上げ自身の潔白を主張する。

 

「いや、ロキ神に対する対策を話そうとした時に気分の悪くなった貴方は、眠りにつくと部屋を出て行った後に戻ってきて、そこで私は許可を取ったはずだ」

「えっ何それは」

「神には嘘は通じないのだろう、エリス神。ならば信じてくれてもいいのではないか?」

「私達の力はあくまで嘘を見抜くだけです。前も言いましたけど、何を隠してるかとかは分かりませんし……そうだ、言った本人がそう思い込んでいれば嘘を吐いてないって感じちゃうんですよ」

 

 ルドウイークが嘘をついていないというのを暗に認めつつ、しかしそれでも彼の言い分が間違っているとエリスは主張する。しかし、対するルドウイークはやはり納得が行かぬという風に眉間に皺を寄せた。

 

「…………つまり、私の思い込みだと?」

「じゃあなんですか!? 私は寝た後知らない間に置き上がって貴方と長話していたって言うんですか!?」

「いや、そうとは……」

「嘘ですねっ!? 本音は!?」

「正直、それ以外考えられん……」

「やっぱり!!!」

 

 難しい顔で告白するルドウイークを指差しエリスは声を荒げた。そして、更に畳みかけるように要求を彼に突きつける。

 

「っていうか、証拠はあるんですか証拠は!? やっぱルドウイークさん、疲れで幻覚でも見たんじゃないですかね!?」

「いや、証拠ならあるが」

「えっ」

「これだ」

 

 予想外の返答に、目を丸くするエリス。それに対してルドウイークは、羽織った外套の内側から赤い液体の入れられた試験管を取り出して彼女に差し出した。試験管を受け取ったエリスは自身の目の前にそれを掲げて、中でちゃぷちゃぷと揺れる液体を目を細めて睨みつける。

 

「これは……?」

「貴女の血だ。私がダンジョンに向かう際、治療薬代わりに持たせてくれたものだ」

「えっなにそれは……知りませんよ……こわ……」

「その反応こそ意味が分からんぞ。やはり酔いのせいで忘れていただけでは?」

 

 決定的な証拠だと考えていた彼女自身の血を見て知らぬと困惑するエリスに対して、だんだんとルドウイークの対応がどこか呆れたような物になって来た。それを敏感に感じ取ったエリスは試験管の蓋を抜き、指先に一滴液体を垂らすとそれをぺろりと舐め取って、顔を(しか)めて呻いた。

 

「………………ホントに【神血(イコル)】ですね……なんか甘いですけど」

「味など私は知らんが、これで分かってくれたかね?」

「えっちょっと待ってくださいよそれじゃあ私無駄に【黒い鳥】に救出依頼出してお金無駄にしたって事ですか!? うわーっ!!!」

 

 論戦における自身の敗北を理解したエリスは、椅子から立ち上がって頭をわしゃわしゃとやり始めた。その錯乱したような行動に、同じく立ち上がったルドウイークが肩を軽く叩いて慰めるように声をかける。

 

「いや、それに関しては本当に助かった。だからそう気を落とさんでくれ」

「うっ……うう……」

 

 床に崩れ落ち、先程までとは打って変わってぐずるエリスを慰めるように彼女の背をさすり、ルドウイークは優し気な笑顔を見せた。するとエリスは暫く肩を震わせていたものの、突如として何かを思い出したかのように立ち上がり、ルドウイークに対して勢い良く人差し指を向ける。

 

「そうだルドウイーク!!」

「何かね?」

「その、18階層まで潜ったんですよね!? だったらそのう、収穫は、どうでした……?」

 

 エリスはルドウイークが18層までの探索で手に入れたであろう魔石に、幾ばくかの希望を見出したのだ。普段から、上層を軽く回るだけでも1万以上のヴァリスを稼いでくるルドウイークである。彼が18階層まで強行軍を行ったのであれば、もしかしたら十万ヴァリス近い金額に換金できるほどの魔石を入手している可能性があり、それは半月分の給料を前借りして【黒い鳥】を動かした彼女にとって、心から縋りたくなるような可能性であった。

 

 だが彼女のその思いから生まれる眼差しを受けたルドウイークは、驚くほど暗い表情でそっぽを向いた。

 

「………………………………」

「えっ、何でそこで黙るんです!? ちょっとー!?」

「…………いや、エリス神。本当に言いにくいんだが……」

「ちょっと待ってちょっと待って何ですかその不穏なのやめてください、いやちょっと少し覚悟をさせてください」

 

 彼の醸し出すあからさまな不穏さを感じ取ったエリスは、一度ルドウイークに背を向け胸に手をやってすーは―すーは―と深呼吸を繰り返し、考えうる限りのあらゆる最悪に対する備えを行う。そして最後に長い息を吐くと、意を決したようにルドウイークへと振り返った。

 

「よしおっけーです、お願いします!」

「…………ゼロだ」

「は?」

 

 呆けた顔をしたエリスの前でルドウイークは立ち上がると、外套に備えられた魔石用の雑嚢を取り出して中に詰まっていた色を失った魔石をその場に投げだし、念を押すように言った。

 

「全て、リヴィラでの戦闘で使い切ってしまった。換金できる魔石は、ゼロだ」

「……………………はへぇ」

 

 それを聞いたエリスは、喉から気の抜けるような音を発してその場に崩れ落ちた。ルドウイークは突然ダウンした彼女の体を慌てて受け止めて、うめき声を上げる彼女を必死に揺り動かして励ます。

 

「エリス神!? どうした、しっかりしてくれ! エリス神!」

「は、ははは…………か、家計が……借金が……やばい……」

「心配するな! すぐに私がダンジョンで稼いでくる! 今は少し休んでいてくれ!」

「そ、それよりも今はおとといの夜からやり残してた家事を……お皿洗いとか……」

「ああ、分かった任せておいてくれ。心配をかけてすまなかった。だから気を取り直してくれエリス神! エリス神? エリス!?」

 

 しばらくの間ルドウイークは必死に彼女を励ましていたが、虚ろな目で乾いた笑いを零すばかりの彼女の有り様にこれ以上の励ましは効果が無いと理解し、彼女を背負って自室のベッドに運び横にした後、すぐに台所へと降りて山積みになった食器達と格闘を始める。

 

 その後、ルドウイークは慣れぬ家事に手こずり5枚もの皿を割って、【鴉の止り木】への出勤の為に起きてきたエリスの胃に再び大ダメージを与える事になるのだった。

 

 

 

<◎>

 

 

 

 一度は街を照らした月が雨雲に隠され、既に人通りも途絶えたオラリオの裏通りの一角。不自然に人の眼の無いその道を、雨避けのフードを目深に被って素性を隠した男が迷いの無い足取りで歩いていた。彼はしばらく真っ直ぐに道を進んでいたが、慣れた様子で人がすれ違う事も出来ない程の幅の小道へと踏み込んで、いつかエリスがロキと密会するのに使った酒場の扉を、無遠慮に何度かノックした。

 

「俺だ。開けてくれ」

 

 しばらくすると内側から鍵の開くカチャリという音がして、髪を編み込んだ浅黒い肌の精悍な男が顔を出す。フードの男は彼に向けて、友人がそうするように気軽に話かけた。

 

「【ンジャムジ】、久しぶり。元気か?」

「…………【黒い鳥】。もう、相手は、待ってる」

「そっか。失礼するぜ」

 

 軽い挨拶を【ンジャムジ】と呼ばれた店員と交わした男――――【黒い鳥】は、彼の催促に従って戸を潜り、少し階段を下りた。そこは通称【箱舟(アーク)】と呼ばれる酒場で、【ギルド】の職員の一人である【ジャック】と言う狐人(ルナール)の男が個人的に経営しており、主に神々や立場ある冒険者らによる密会の場所として提供されている。

 

 その徹底した秘匿主義は利用者には信頼されており、従業員も先ほどの異国の男、ンジャムジ一人しかおらず、予約が無ければそもそも店も空いていない。更にはンジャムジは共通語(コイネー)をあえて習得しておらず、挨拶や注文程度ならばともかく長い会話などの意味は殆ど理解する事が出来ないなど、その情報管理は徹底的だ。

 

 そう言った整えられた条件と、ジャックと言う稀代の謀略家によって庇護されているこの店は、用途の後ろ暗さに反して多くの顧客、常連客を抱えている。【黒い鳥】も、そんなお得意様の一人であった。

 

 彼が階段を降りると、カウンター席のみの小さな酒場があり、その一つに大柄な猪人(ボアズ)の男が座っている。そして彼は一度黒い鳥にその威圧感溢れる風貌を向けると、待ちくたびれた様に鼻を鳴らした。

 

「遅かったな」

「悪い、マギーに倉庫に閉じ込められてよ。抜け出すのに苦労したんだこれが……」

「大方、お前のせいなのだろう? 後で、甘んじて責めは聞いておくことだ」

「【ジョシュア】みたいな事言うなよ【オッタル】…………ンジャムジ、スタウト頼む」

 

 黒い鳥は彼――――【フレイヤ・ファミリア】団長にしてオラリオにおける最強の冒険者と称される【猛者(おうじゃ)】、オッタルに対しながらも、気の置けぬ友人であるかのようにその元へと歩み寄って隣の席に腰掛ける。対するオッタルも、現在のオラリオで最も関わり合いになりたくない冒険者とさえ言われる【黒い鳥】を前に普段通りの泰然とした態度を崩す事は無い。

 その内、黒い鳥の眼前にンジャムジが注いだ黒々とした麦の発泡酒の入ったグラスが置かれると、彼はオッタルに向けてそれを掲げて、オッタルもそれに応じて蜂蜜酒の入ったグラスを掲げる。

 

 そして軽くグラス同士を打ち鳴らして乾杯を終えると、彼らは酒を飲みながら世間話に興じ始めた。

 

「…………リヴィラは、随分騒がしくなったようだな」

「俺もビックリしたよ。終わり際に顔出しただけだけどいいとこ半壊って感じだったな。しばらく、あそこに世話になってたファミリアは苦労するだろうぜ」

「例の【極彩色の魔石】のモンスターも現れたと聞いたが?」

「俺も一応戦ったけど、手負いだったし大したことなかった。フィンなんかは数人がかりで慎重にやってたらしいが…………お前の所の奴らならアレンは当然として、ヘグニやヘディンとかでもまあ倒せると思うぜ」

「レベル6をぶつけなければならん程か?」

「んー、多分な。レベル5なら二人か三人は欲しい」

「そうか」

 

 そこで一杯目の酒を飲み干した黒い鳥はンジャムジに対してお代わりを要求する。そして彼は、カウンターの向こうでンジャムジが黒々とした酒をグラスに再び注ぐのを眺めながら、頬杖を突いてオッタルに話しかけた。

 

「そんじゃ、世間話はこれくらいにして……話ってなんだ? 大体予想はつくけどさ」

「……依頼がある。受けてくれるか?」

「分かった」

 

 グラスを受け取りながらあっさりと了承の意を示した黒い鳥。オッタルは、それに対して驚いたように黒い鳥の方を振り向いた。

 

「……内容を聞かないのか?」

「アンタに騙されるなら、それはそれで面白い。で、何すればいいんだ? 曖昧な奴は勘弁だぞ」

「【エリス・ファミリア】のルドウイークと言う男、彼の素性を洗ってもらいたい」

 

 オッタルの言葉に、今度は逆に黒い鳥の方が意外そうに目を丸くした。今までオッタルからの依頼は幾度と無く請けた事のある彼ではあるが、その内容はオッタル自身のダンジョン探索への同行や訓練相手、フレイヤ・ファミリアのダンジョン踏査の下調べと言った戦闘力を要するものが殆どで、冒険者の素性調査と言うのは初めての経験だった。更にルドウイークと言う表向き実績のある訳でも無い男がその対象であるというのが、一層その困惑に拍車をかけていた。

 

「ルドウイーク、ねぇ。ありゃ、お前達からすれば数居る冒険者の一人だろ? それがどうして」

「フレイヤ様が気に掛けておられる。それも、お前と同様の性質の持ち主だと」

「…………やっぱいい目してるなぁ、フレイヤ……様は。でもあれは、俺とはまた違うタイプだよ」

「違う、とは?」

 

 黒い鳥の言に、オッタルは訝しむように眉を顰めた。対する黒い鳥はグラスを思い切り傾けて一気に酒を腹に流し込むと、少し考え込むように腕を組む。

 

「そうだな、言葉にはし辛いんだが……」

「お前の見解だ、今更疑いはせん」

「そっか。でも先言っとくけど、あれは深入りしない方がいい奴だ。あんな血生臭い奴見たの、生まれてこの方三人目だよ」

「お前がそう言う程か」

「んー。たぶんレベルは、偽装じゃあねえかなぁ。俺やアンタに及ぶかはわかんないけど、レベル5程度じゃ手に余るだろうぜ」

 

 そう結論を示した黒い鳥は、いつか見たルドウイークと言う男の姿と、そして彼の持つ、盟友【エド】が携わった【仕掛け武器(ギミック・ウェポン)】を想起しながらどこか楽しげに口元を歪めた。

 

「…………ありゃあ相当な修羅場を、これでもかって潜って来てる風格だ。ああいうタイプは単純な実力以上の強さを持ってる……アンタと同じでな」

「そうか。ならば、お前にはその戦闘能力も含め調べてもらった方が間違いないだろう」

「…………戦っていいのか?」

「願っても無い話だ」

「よし!」

 

 自らの質問に是と答えるオッタルを見て、黒い鳥は楽しそうに手を打ち鳴らす。そして、すぐに頭の中でルドウイークの実力を想像し、如何に挑み力を計るべきかを思案し始めた。

 

「それじゃ、やり方はこっちに任せてくれ。期限は特にないんだろ?」

「ああ。それでは頼むぞ、【黒い鳥】。フレイヤ様がお与えになった、その名に恥じぬ働きを期待している」

「別に、そんな名前くれなんて言った覚えはないけどなぁ。気に入ってるけど」

「【天敵】などよりはずっとマシだろう」

「ん、確かに」

 

 黒い鳥はそこで三杯目のグラスを空にすると早くも席を立った。そして懐から財布を取り出してヴァリス硬貨の数を数えながら、オッタルに声をかける。

 

「じゃ、俺はもう行く。今度は【鴉の止り木(ウチ)】で呑もうぜ。安くしとくから」

「そうだな。この依頼が済んだら考えよう」

「おう。そんじゃ、すぐにでも仕掛けるか。どの装備で挑むかな……」

「………………そういえば」

「ん?」

 

 金勘定を止め、黒い鳥はオッタルへと向け顔を上げた。対してオッタルは顎に手をやり、何かを思い出すかのようにしばし目を閉じる。黒い鳥がその様子を訝しんでいると、オッタルは眼を開いて思い出したかのように口を開いた。

 

「ロキ・ファミリアに【ウダイオス】が討伐されてから、そろそろ三か月だろう。こちらの依頼に精を出すのもいいが、お前はアレと戦いたがって居なかったか?」

「………………悪い、依頼後回しでいいかな」

「構わん」

「この店の支払いも任せていいか?」

「断る」

「そこは断るなよ!」

 

 どさくさに紛れて支払いをオッタルに押しつけようとした黒い鳥は、彼の素気無い返事に笑いながら声を上げた。そしてカウンターの裏に立つンジャムジに少し多めのヴァリス硬貨を握らせると、自身の肩越しにオッタルを見ながら、店の入り口に向かって階段を昇り始めた。

 

「じゃ、とりあえずまた戻ったら顔出す。話はそれからな」

「ああ。次は摩天楼(バベル)をよじ登るような真似はするなよ」

「そりゃそっちが居留守使うせいだろ…………それじゃ、また」

 

 軽口を叩き終えると、早々に黒い鳥は店を去って行った。恐らくは、これから【ウダイオス】――――深層37階層に君臨する階層主の元を目指して、ダンジョンに潜るのだろう。そうなれば流石の黒い鳥とはいえ、一週間以上は地上に顔を出す事は無いはずだ。

 

 フレイヤ様に報告しておかねば。

 

 オラリオにおける美の女神の代名詞たる彼女の利になるであろう情報は、常にその耳にもたらさねばならぬ。オッタルはそう普段と変わらぬ結論を出すと、蜂蜜酒の注がれたグラスを素早く空にして、自らも席を立つのだった。

 

 

 

<●>

 

 

 

 【黒い鳥】とオッタルが別れ、それぞれの帰路についたその頃。

 

 全てのモンスターが駆逐され、僅かずつではあるが落ち着きを取り戻し始めたリヴィラの街。夜を迎え、被害の確認の為に幾人かの住人が眠る事無く作業を続けるそこで、ルドウイークが<呼びかけ>を発動した見張り台の上に僅かな揺らぎが生まれる。

 

 その揺らぎ、遥か別宇宙、暗黒の高次元と繋がる穴は、誰も気に留める間もなく肥大化し――――そして消えた。街に何の変革も齎さず、誰一人気付く事の無い異変。

 

 

 

 だが、その揺らぎを通り抜けた者が居た。

 

 

 

 それは腐った果実の如き頭部に、無数の閉じられた瞳を持つ存在であった。その者は奇妙な猫背めいた姿勢を取る存在であり、頭部に比べ細い胴体は枯れ木のような質感を想像させながら、体高7M(メドル)に届こうかと言う巨体の持ち主でもあった。そいつは物珍しげに初めて見るリヴィラの景色を見回した後、無数の腕を器用に使いリヴィラの建造物の上を軽快とも言える速度で進んでゆく。

 

 そして普段は他者の眼には映る事の無い特性を備え、現と夢の境を渡る力すら持ったこの世界にはありうるべくも無いそれは、誰一人にも気取られる事無くリヴィラを離れ、静かに18階層のどこかへと消えて行った。

 

 

 




リヴィラ動乱編(今考えた)エピローグでした。
今後不穏になりそうな要素を設置していく作業です。
いつ爆発するかな(そこまで書けるとは言ってない)

そろそろロキとご対面かな……どうしよう。アイデアにモチベと筆力が付いてくれば……!

今話も読んで下さって、ありがとうございました。

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