月光に導きを求めたのは間違っていたのだろうか   作:いくらう

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お待たせしました。仮面巨人戦、約20000字、半分くらいバトルパートです。

感想評価お気に入り、誤字報告いつもありがとうございます。
今話も楽しんでいただければ幸いです。



25:【仮面巨人】

 ――――【仮面巨人】。

 

 一年ほど前からダンジョン、あるいはオラリオに出没し、主に第二級以上の冒険者に突如として襲い掛かってきた謎の冒険者。

 出没の度に別の得物を使い、狡猾に少数の相手を選んで襲い掛かって来た彼は多くの冒険者に蛇蝎(だかつ)の如く嫌われている。

 

 死者は襲撃の回数に比べそう多くはないものの、問答無用で殺害されたケースも存在するために【ギルド】も彼――幾つかの証言から、恐らく男と思われる――を【要注意人物一覧(ブラックリスト)】に加え捕縛を狙っており、その首にかかった高額報酬を目当てに幾人もの冒険者が彼の行方や正体を捜索したものの、結局確かなものは何も得る事が出来ず、今現在に至るまで、遭遇報告と被害人数は確実に増え続けているというのが現状だ。

 

 神出鬼没、正体不明、凶悪無比。

 

 そのように語られる男が、オラリオ屈指の冒険者である【剣姫】の絡んだ乱戦の場に姿を現した。本来、少数の冒険者のみが居る場にしか現れなかったこの狂人が、何故これだけの人数が集った場に姿を現したのか。周囲で戦う者達――――特に第一級の冒険者達にとって、それは手を止め、彼の動向に注目するのに十分過ぎる出来事であった。

 

 

 

「嘘だろ……まさか、仮面――――」

 

 

 

 ベルと共に、最も近くで仮面巨人の出現に遭遇していた重装の男冒険者が言い終える前に、彼の体は吹き飛ばされて最寄りの民家の窓に突っ込んでいた。奇怪な、そしてあまりにも素早い三連続側転で接近した【仮面巨人】が有無を言わせず彼の腹に蹴りを叩き込んでいたからだ。

 

 仮面巨人の見せた身のこなしは正しく異常と言う他無い。重装の鎧を身に付けたならば、どうあっても動きを害されるのが常であるはずにも拘らず、そんな事など知らぬとばかりに見せた体技は今までベルが相対した者の中でもアイズや先の猫人(キャットピープル)の青年同様一線を画している。

 

 どうやら民家は無人の空き家だったらしく、中の住人が騒ぎ出す事は無い。仮面巨人は家の中へと突っ込んだ冒険者が復帰するのを待ちわびているかのように両手を広げ窓に歩み寄ったが、彼が再び姿を現す気配は無く諦めて窓から離れ、勝利を喜ぶかのように小さく飛びあがって拳を振るう。

 

 その頃には、この場に居る全員が仮面巨人に対して全力で警戒を向けていた。

 

「…………呪われでもしてんのか、今日は」

 

 驚異的な速度でアイズと接近戦を繰り広げていた猫人の男が嫌悪感に(まみ)れた声でつぶやき、小人の四人組も揃って手を止め仮面巨人の出方を伺うようにそちらを睨みつけた。

 一歩下がって油断なく愛剣を構えたアイズ、更にルドウイークと二刀流の剣士も同様に突如現れた乱入者に向けて注意力を割いている。

 

 一方の仮面巨人は、喜びを表現するのもそこそこに、次の獲物を選別するかのように不自然に首を傾けて周囲の冒険者達を睥睨(へいげい)した。

 

 オラリオに雷名(らいめい)(とどろ)かせる【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタイン。彼女を上回る敏捷を見せた、同格と思しき黒衣の猫人。それと同様に正体を隠し、凄まじい連携を誇る四人組の小人と奇怪な湾曲(わんきょく)した曲剣を操る剣士。周囲の相手を退(しりぞ)け主神を守るベル・クラネル。そして――――

 

 

 

 ――――緊張を露わにするルドウイークを見て、体ごと振り向いた仮面巨人は足元の石畳を踏み潰しルドウイークに向けて跳躍した。

 

「なっ!?」

 

 驚愕しつつも素早く飛び退がったルドウイークと高速で迫る仮面巨人。二人の間に居た湾曲剣の剣士は咄嗟にその場を飛び退こうと足に力を込めた。

 

 だが、それよりも早く二歩目の跳躍で加速した仮面巨人が稲妻の如き軌道で銀の剣を振るって彼を容易く吹き飛ばし、それに驚愕したルドウイークの懐へと潜り込み斬撃を寸止めするフェイントからのタックルを仕掛け彼を他の冒険者から引き離すように無様に転がした。

 

「くっ……!」

 

 苦悶の声を漏らしながらルドウイークが素早く立ち上がるも、そこに仮面巨人の姿はない。ルドウイークはしかし一瞬の困惑を見せる余裕も無く、背筋に走った警告に従って即座にその場を飛び離れた。

 

 ビュン、と刃が空を裂く音。再び転がるようにして距離を取ったルドウイークが目を向ければ、先程まで彼が居た場所に剣を突き出している仮面巨人の姿。もしも敵の姿が無い事に困惑などでもしていたら、ルドウイークは今頃自らの名を冠した剣によって串刺しにされていただろう。

 

 なんという身のこなし、そして、攻撃への躊躇(ちゅうちょ)の無さ。

 

 ルドウイークの頬につうと冷たい汗が流れる。一方仮面巨人は突き出した剣を戻し、今の回避を称賛するような拍手をして見せた。ルドウイークはそれを見て思わず歯ぎしりをしたくなったが、小さく息を吐いて狩りの高揚と同様の熱を持ったその感情に冷や水を浴びせた。

 

「何者だ、貴公」

 

 ルドウイークの問いに、仮面巨人は無言の突撃を以って答えた。

 

 激突し、同じ銀剣同士が火花を散らす。ルドウイークが膂力(りょりょく)に任せて剣を弾くも、仮面巨人はすぐさま切り返し、次の斬撃を放つ。更に三歩ルドウイークが後退した。その生まれた距離を一息に踏み越えて更なる連続攻撃を放つ仮面巨人。

 

「ちィッ……!」

 

 引き離されてゆく。最も近くに居たベルとヘスティアの背中も既に小さく、人気の無い辻へと押しこまれたルドウイークはこれ以上追い込まれてなる物かと横薙ぎの一閃を放った。

 

 対する仮面巨人が回転する。後方への嘲笑(あざわら)うかのような宙返りで横一閃を回避した仮面巨人は、跳ね返るように地を蹴ってルドウイークに突撃。彼の横をすり抜けて再び背に長剣を突き立てるべく反転し、弓を扱うかのように引き絞った右腕を一気に前に突き出す。

 

 受ければ死。心臓を背中側から貫こうとするその技に、しかしルドウイークはこの上なく冷静に応じた。咄嗟(とっさ)に長剣を背の鞘に納め、仕掛けを稼働させてそのまま振り返りながらに抜き放つ。大剣と化した得物は長剣の切っ先を綺麗に弾いて、その衝撃で以って仮面巨人を後退せしめた。

 

 ルドウイークは仮面巨人が再び距離を詰めて来る前に素早く仕掛け大剣を背に戻して長剣へとその形を戻す。この手の(はや)い相手に大剣で対するのはあまり好ましくない。隙を付かれるのがオチだ。寧ろ、ここぞという時だけ大剣へと変じさせるのがもっとも良い。

 

 数多の獣とのせめぎ合いの経験から自らの方針を打ち出したルドウイークに、唾棄(だき)すべき三連続側転で距離を詰め仮面巨人が襲い掛かった。

 

 薄暗い中で月明かりを反射し閃く銀剣の連続攻撃、それをルドウイークは弾き、回避し対処してゆく。

 だがルドウイークは、忌々しいまでのしつこさを持つ仮面巨人によってベルやアイズたちとの距離がどんどん開いてしまっている事に内心で焦りを覚えた。大刃を二本背負う自身の機動力ではこの異常者からただ逃げきるのは不可能。交戦して、撃退するなり手傷を負わせなければならない。

 

 一旦大きく飛び退き、仕切り直しを目論(もくろ)むルドウイークを仮面巨人が忌まわしき八連続側転で追跡する。ヤーナムの狩人達さえ見せなかった異様極まりない動きにさしものルドウイークも驚愕を隠し切れない。更に側転しながら背から長剣を抜き、着地と同時に独楽(こま)の如き回転へと動きを変化させ斬撃を放ちつつルドウイークに迫りくる。

 

「チッ!」

 

 退()き続けても追いつめられるだけと舌打ち一つして悟り、足を止めたルドウイークの全霊の切り上げが仮面巨人を弾き上げた。だが、派手な吹き飛び方に比して手応えはない。ルドウイークは攻撃に合わせられたことを瞬時に判断。壁に着地した仮面巨人が恐るべき脚力で跳ね飛び迫り長剣を振り下ろすが一瞬前に何とか回避を成立させてその場から飛び退いた。

 

 先刻までルドウイークの居た場所を弾丸の如く通過した仮面巨人は石畳を滑り土ぼこりを上げながら急制動。そして一瞬の停止から即座に今の突撃と同等の速度にまで加速してルドウイークを追撃する。

 

 だが、ルドウイークも圧倒的な身体能力(フィジカル)を武器としたヤーナムの獣どもを数えきれぬほど葬送して来た狩人の一人。もはや目にも止まらぬ程の仮面巨人の一閃を掻い潜って、その腹目掛け思いっきり右拳を撃ち込んだ。

 

「……!!」

 

 歯を食いしばるような僅かな軋みと共に、今度こそ直撃した攻撃によって弾き飛ばされる仮面巨人。地面に一度二度バウンドして転がり倒れ伏すが、どうにか立ち上がって態勢を立て直す。

 一方、攻撃に成功したルドウイークも無傷では無い。如何にヤーナムの狩人が強靭と言えど、高い防御力を誇る重装鎧に相手の速度をも利用したカウンターを入れれば拳の方にもダメージは来る。

 

 右手の痛みに顔を(しか)めながら仮面巨人の動向を睨み、左手で長剣を抜くルドウイーク。すると仮面巨人は右手に長剣を握ったまま左手を背にやる。

 

 そして、仕掛け大剣の鞘を握るとそれをルドウイークに向け思いっきり放り投げた。

 

「なっ!?」

 

 想定外の攻撃にルドウイークは必要以上に大きな動作で飛んできた鞘を回避する。もし直撃していれば体が真っ二つになっていただろう。だがそれで終わりではない。鞘に追随してきた仮面巨人が小さく跳躍し、膝を畳んだ姿勢から降りかぶった長剣でルドウイークの頭蓋を輪切りにするべく飛びかかる。

 

 何たる真っ当な剣士には到底思いつく事の無い奇抜な二段攻撃か。剣と鞘の両方が十二分に殺傷力を持つ【仕掛け大剣】にのみ許された連携と言えるだろう。

 そんな、オラリオにもたらされたが故にまったく自身の知らぬ使われ方をする己の名を持つ武器を前に、しかし仮面巨人の下を潜り抜けてからの振り向きざまのカウンターを狙うべくルドウイークは姿勢を屈めて前に出る。

 

 驚愕はしたものの、戦いに慣れ切った体は余りにも冷静だ。跳躍によって生まれた足元のスペースを咄嗟の蹴りを警戒しつつ(くぐ)り抜ける。頭上で風を斬る音。跳躍と同時に舞った土が僅かに顔にかかるが気にも留めぬ。次に急制動をかけて反転し、着地際の仮面巨人の背中を――――

 

 

 ――――その時、自身の背中で鳴るガチャリという音と、背負った重みが取れる感覚。

 

 

 常人ではあり得ぬ程の思考速度と全身に染みついた脅威感知に基づいて勢いを保ったまま前方へ跳躍したルドウイークの居た場所を、長剣ではあり得ぬ威力の一閃が切り裂いた。

 

 驚愕と焦り、そして嫌悪感を顔に(にじ)ませながら振り向いたルドウイークの視線の先には、大剣となった【仕掛け大剣(ギミック・ブレイド)】を振り抜いた仮面巨人。その、結合された刃を見て彼は改めて歯噛みする。

 

 あの交錯の一瞬で背の鞘に向けて長剣を突き込み、仕掛けを起動させて大剣へと変じさせる事で奪い取ったというのか。初めての経験にルドウイークの警戒がこれまでに無いほどに引き上げられる。

 

 確かに、この世界における仕掛け武器は【エド・ワイズ】、或いは【ゴブニュ・ファミリア】の手による量産品だ。当然ルドウイークもいつか自身と同じ武器を持つ相手と激突する可能性は考慮していた。

 

 だが、幾らなんでもこれはない。戦闘中の相手から武器の特性を利用して仕掛けを奪い取るなど普通は思いつかぬし、それを可能とするのに必要とされる技量は生半可な物では無いからだ。

 

「………………何者だ、貴公」

 

 思わずルドウイークは二度目となるその問いを呟いた。対する仮面巨人は楽しそうに肩を揺らし、大剣を振り被って突っ込んでくる。

 

 ルドウイークはそれを正面から迎え撃った。振り下ろされる大剣の刃を長剣で流すように逸らし、派生する拳を放たれた傍から片手で叩き落とし、生まれた隙に腹へと前蹴りを突き入れる。よろめいて後ずさる仮面巨人に対するルドウイークの眼は今までに無く怜悧で、感情の揺らぎが見えぬものに変じていた。

 

 仮面巨人は訝しんだ。只管(ひたすら)に距離を取っていた今までとは別人だ。自身の武器を奪われた怒り……では無い。ルドウイークは先程まで交戦しつつ彼を撃退、或いは自身が離脱する事が出来ないかと思考を巡らせていたが、仮面巨人を強敵と理解し、この異常者には勝つか負けるかしなければ逃げ切る事は出来ないのだと覚悟を固めたのだ。

 

 それを察した仮面巨人は、躊躇なく左側の民家の窓へと飛び込んだ。窓の砕ける音とともに仮面巨人は姿を消し、そして通りにはルドウイークのみが残された。アイズたちの物と思われる剣戟の音が微かに聞こえてくる。逆に、付近に居るはずの仮面巨人の気配は全く感じ取れない。恐るべき精度の隠密であった。

 

 ルドウイークは自身の集中力を極限まで研ぎ澄まし、周囲の家屋に向けて注意を払う。仮面巨人の姿は消えた。だが背にのしかかるような圧力は消えていない。ルドウイークはその出所を探るべく意識を張り巡らせながら、一つの違和感に気づいた。

 

 ……仮面巨人から感じる圧力からは、おおよそ殺意や、敵意と言ったものを感じ取れない。まるで(たわむ)れるような、享楽(きょうらく)的な戦意を向けてくるばかりだ。それでいて、彼の攻撃はどれもが致命に足る威力と精度を持って放たれている。それが意味するものは、何か。

 

 ――――仮面巨人に自分を殺すつもりはない。だが、死んでしまっても構わないと思っている。

 

 その可能性に至ったルドウイークに呼応するように、仮面巨人が飛び込んだ隣の家屋の一階の窓を突き破りルドウイーク目掛け影が飛び出す。彼は即座にそれを毛布を被せられた椅子だと見切って、即座に飛び退いて回避する。

 

 本来であれば大刃を用いて迎撃するところであるが、仮面巨人によって奪われている以上ルドウイークの意識にその選択肢は無い。更にその家の二階から、次は更に隣の家の二階から家具が窓を突き破って飛来すると、さしもの彼も難しい顔をして眉間に皺を寄せた。

 

 これではまるで、狩りのようだ。ルドウイークは仮面巨人が自身の体力を削ろうとしている事を察する。

 

 試しているつもりなのか? 自身が狩るに相応しい獲物であるかを計っているとでも? ルドウイークは飛来した家具が石畳に叩きつけられる音を聞きながら、この状況を打破する手段を模索した。

 

 四つ目の家具が少し離れた家の窓を破ってルドウイークへと吸い込まれるように突っ込んで来る。軽やかな跳躍(ステップ)で飛来物を回避したルドウイークは視線を巡らせると、月明かりを反射する物の存在に気づいた。

 

 自身の奪われた物と同じ、仕掛け大剣の大鞘。仮面巨人が奇襲をかける際に放り投げたものだ。道の真ん中に突き立ったそれを視界に収めたルドウイークは電撃的な思索を巡らせ、鞘に向けて長剣を片手に全速力で駆け出した。

 

 彼の行く先を遮る様に左側から絶え間なく家具が飛び出してくる。しかし、上位者の用いる神秘の中を駆け抜けた経験さえも血肉としたルドウイークにとってそのような乱雑な攻撃など児戯(じぎ)に等しい。彼は長剣を構え、地に突き立った鞘に迫り素早く接合させようとした。

 

 瞬間、窓では無く戸を破って仮面巨人がルドウイークに向けて飛び出した。仕掛け大剣を取り戻そうとする事を読んでルドウイークを投擲攻撃によって誘導していたのか。

 鞘に辿り着き仕掛けを起動させて大剣として、それを以って迎撃するにはまず不可能であるタイミング。仮面巨人はルドウイークから奪った大剣を突き出して彼の背を串刺しにしようと踏み込んでゆく。

 

 

 ――――しかしルドウイークは鞘へと向かう足を止め、左の掌を仮面巨人へと向けた。

 

 

「!」

 

 仮面巨人は魔法の発動を予期し、咄嗟に大剣の腹を盾代わりにして前へ掲げる。だが、彼の予想に反しルドウイークから放たれたのは溢れ出すような勢いの生々しい触手の束であった。

 

 触手は物理的な質量と勢いによって生まれた衝撃で仮面巨人とぶつかり合う。そして、目を見開いた仮面巨人の前で大剣に絡み付くと、腕を振るったルドウイークの動きに連動して大剣ごと仮面巨人を宙へと振り上げる。

 

 仮面巨人は即座に手首を動かして仕掛けを起動、鞘から長剣を分離させて自分から宙へと放り出された。くるくると空中で回転していた仮面巨人。だが、数秒で姿勢を制御して長剣の切っ先を下に向けルドウイークへと落下してくる。

 

 一方、<先触れ>によって鞘を取り戻したルドウイークは、戻ってきたそれに直接剣を突き込んで仕掛けを起動。瞬間的に大剣と成して落ちてくる仮面巨人を迎え撃った。

 

 凄まじい金属音と火花を散らし、衝突するルドウイークと仮面巨人。落下の衝撃で長剣を押し込もうとする仮面巨人の力は生半可な物ではない。だが、エド・ワイズが素材に糸目を付けずに生み出した【仕掛け大剣】の試作第一号と、ルドウイークの持つ狩人の中でも<ガラシャ>に次ぐほどであった腕力はその圧力を見事に跳ね返した。

 

 振り抜かれた大剣によって弧を描くように吹き飛ばされた仮面巨人は、一度地面に手をつくとそこを支点に回転して着地、石畳を滑って丁度地に突き立った自らの【仕掛け大剣】の鞘の元で動きを止めた。

 ルドウイークは油断なく<ルドウイークの聖剣>を構え直すと、真っ直ぐに仮面巨人を見据え、その次の動きを見切るべく彼を注視する。仮面巨人は大剣の鞘を背に負い直すと、ルドウイークの視線を真っ向から受け止めた。

 

「……お前」

 

 ぼそりと、男の声で仮面巨人が呟く。心底から驚いたような声色であった。ルドウイークは声とともに一挙に増した威圧感を受け、緊張を総身に(みなぎ)らせる。

 対する仮面巨人も、最早今までの浮ついたような、何処か享楽的だった雰囲気など影も形も無い。前傾姿勢だった姿勢を直立の物に戻し、一片の隙も無い油断なき立ち姿へと変じさせている。

 

 二人はそのまましばらく、相手の出方を伺った。<ルドウイークの聖剣>を真正面に構えるルドウイーク。【仕掛け大剣】の長剣を右手に握ったまま、無駄な力みのない自然体でそれに対峙する仮面巨人。夜の広がるオラリオの静寂が、二人の均衡を維持している。

 

「……お前、なんだ?」

 

 先ほどのルドウイークの質問と同様の問いを、仮面巨人が呟いた。ルドウイークは答えぬ。仮面巨人はどこか不機嫌そうに首を小さく傾けて、また何やら問おうとする。

 

「なぁ、お前……」

 

 仮面巨人は何か言葉を選ぶかのように、一瞬言葉を途切れさせた。しかしそれもつかの間の事で、仮面巨人はゆっくりと空いている左手を持ち上げて、自身を睨みつけるルドウイークの顔を指差して、重苦しく問いを発した。

 

 

 

「――――【ギーラ】、【シース】、【闇屠り(ダークスレイヤー)】、あとはそうだな、【月光(ムーンライト)】って聞いたことあるか?」

 

 

 

 真剣な雰囲気で尋ねる仮面巨人。彼の口にした言葉は、どれも何かを指す言葉であり、知らぬ者にとっては特段意味を成す事も無い言葉であった。しかし最後に【月光】と言う言葉が口にされると、途端にルドウイークはこの戦いの中で初めて自分から仮面巨人の間合いへと踏み込んでいた。

 

 大剣と長剣が衝突し、激しく火花を散らす。剛力に任せて剣を押しこむルドウイークに仮面巨人が一歩後ずさり、片足を上げてルドウイークの腹を蹴ろうと試みた。だがガチリと言う音と共に鞘から長剣を分離させたルドウイークは体を捩って蹴りを避け、体の捻じりを回転に転化させて横薙ぎにその仮面を狙いに行く。

 

 だが仮面巨人もそう容易く行く相手では無く、電撃的な速度の後方宙返りで間合いから離脱する。しかしルドウイークは地に落ちた鞘を拾い上げて即座に長剣と接合させるとそのまま伸びた大刃の切っ先を向けて跳び退がる仮面巨人を突きに行った。しかしその間合い以上の距離を飛び退いた仮面巨人を捉える事は出来ない。

 

 着地する仮面巨人。そこへ更にルドウイークは一歩、二歩踏み込む。右下からの全力での斬り上げ。獣の毛皮さえ一撃で断ち切りかねない一撃を前に、仮面巨人は迫りくる大剣の腹に横から拳を打ち付ける事で斬撃軌道を上へと逸らした。今までの捉えどころのない攻勢とは真逆の穏やかで精密極まりない防御。平時であれば大きな驚愕を禁じえないであろう仮面巨人の妙技であったが――――それを見ても、ルドウイークの攻めは止まらない。

 

「オオッ!」

 

 上へと逸らされた大剣を反射的に振り下ろす。仮面巨人は半身になって紙一重でそれを回避、長剣をルドウイークの顔面めがけて突き出す。首を傾けそれを躱したルドウイークは頬に赤い線が刻まれたのも意に介さず一歩踏み込み、仮面目掛け強烈な拳を繰り出した。仮面巨人は咄嗟に空いた手でそれを受け止め、突き出したままの長剣を握りしめてその柄でルドウイークの頭を殴りにかかる。

 

 しかしルドウイークは反射的に大剣を手放した手を滑り込ませて掴み取る事でそれを防いだ。そのまま仮面巨人の手の骨を砕くべくヤーナムの狩人らの中でも屈指の握力を一気に振り絞る。

 

 たまらず仮面巨人は手を振り払って一歩飛び退いた。その際長剣を取り落としたがそれに頓着(とんちゃく)する様子も無い。そこへルドウイークはまたしても踏み込み拳を振るう。仮面巨人はルドウイークの手首を打ち払うようにして防御。自らも拳を繰り出しつつ間髪入れず腰を狙った蹴りから眼球を狙った手刀へと繋いでくる。

 

 流れるような連続攻撃をルドウイークは自らの剛力に任せて振り払いつつ跳躍し距離を取ろうとした。だが仮面巨人はそれを許さない。まるで影の如くルドウイークとの距離を一定に保ち絶え間なく拳を振るい続ける。

 

 次瞬、突然ルドウイークが突如立ち止まった事で互いの距離は一気に近づきほとんど密着しているような間合いとなった。

 その中でも仮面巨人は右手を繰り出すがそれをルドウイークは左手で受け止め防御。左手は右手で手首を掴んで妨害、右足の爪先を左足で踏みつけ固定、左足の蹴りを左手首を掴んだまま無理矢理に右手を引くことで体勢を崩して妨害。

 密着距離での攻防で四肢による攻撃を封じられた仮面巨人はしかし、即座の戦闘判断で仮面の強度任せにルドウイークの額を砕く頭突きを繰り出そうと首を後ろへと逸らす。

 

 それこそがルドウイークの狙いだった。即座に『加速』したルドウイークは仮面巨人をあっさりと開放、相手が対応するよりも早く周囲を回転しながら時計回りに回り、無防備な左のこめかみを全力の裏拳で打ち抜いた。

 

「!」

 

 一気に吹き飛ばされ、石畳を転がる仮面巨人。だがすぐに飛び跳ねるように体勢を立て直して拳を構える。しかし今までのように即座に飛びかかって来る事は無い。今の裏拳が、少なからず平衡感覚を狂わせたのだろう。むしろ油断なく構えているように見せているその精神力こそが油断ならぬ。

 

 対するルドウイークはそう思索を巡らせ仮面巨人と睨みあいながら、以降の行動を決定していた。この男は、月光について何かを知っている。だが、わざわざ聞いてくるあたりルドウイーク自身が背にしているものが月光であるという知識は無い。であれば問い質さねば。この異常者は月光の何を知り、何を求めているのか。どうにかしてこの男を捕縛し、連れ帰る。

 

 強い覚悟を以ってルドウイークは背の<月光>に手をかけた。開帳するつもりは無い。だが、この男に<ルドウイークの聖剣>で挑んでも、相手は己同様にあの剣の使い方を良く理解している。時間をかければ人も集まってくるだろうし、アイズ殿が救援に来るかもしれない。

 

 そうなる前に、仕留めたい。思考を巡らせ、威圧感を剥き出しにするルドウイーク。それに応えるように仮面巨人も放り出されていた【仕掛け大剣】の長剣を拾い上げて構えた。

 

 その時。

 

「【ファイアボルト】ッ!!」

 

 真っ暗な路地裏の闇を引き裂くように、少年の声と赤雷が閃いた。

 

 横合いから放たれた魔法は路地を真っ赤に染め上げて迸り、無防備な仮面巨人の横っ腹に綺麗に直撃した。突然の一撃に反応を見せなかった仮面巨人はそのままぐらりと体勢を崩す。一方でルドウイークは頬に汗を垂らして、目を見開き振り返った。

 

 ――――クラネル少年!?

 

 ルドウイークが失態に肌を粟立たせる。焦りが生まれる。ファイアボルトの直撃を受けた仮面巨人が、ゆっくりと崩れ落ちる。魔法を放った態勢のままで戦況を見極めようとしているベルに向け、ルドウイークは死に物狂いで声を上げた。

 

「クラネル少年ッ!!」

 

 仮面巨人の目が、ベルを捉えていた。

 

「逃げろ!!!」

 

 倒れ込む仮面巨人が片手を地面に突き、バネで弾かれたかのような前方宙返りを見せて体勢を立て直すとその姿が残像を残して消え去り、と思えば砂を踏む音と共にベルの目前に着地していた。ルドウイークの眼から見ても一瞬の内の肉薄に、当然ベルは反応出来ない。

 

 ルドウイークは咄嗟に輪を作った片手の指を己が眼球の前へと持っていき<夜空の瞳>を発動させようとする。必死に反応しようとしたベルがナイフを振り抜くよりも早く、仮面巨人が長剣を振り抜かんと小さく構える。

 

 死に物狂いの<加速>と極度の集中がもたらした鈍化した時間の中で、ルドウイークには自身が間に合わないことが良く理解できた。そう冷静に状況を分析する狩人としての自身の裏で、人としてのルドウイークが自身の無力への怒りに歯を食いしばらせる。そしてどうにか間に合わせようと全力で足掻くも時間が止まる事はない。彼の抵抗も虚しく、無防備なベルの脇腹へと銀刃が吸い込まれて行き――――

 

 

 

 

 横合いから飛び込んできた(シルエット)がその間に割り込んで長剣を弾くと、大ぶりな回し蹴りで仮面巨人を跳び退がらせた。

 

 

 

 

 石畳を滑りながら片手を地に着き急制動をかけ辻の丁度中心辺りで動きを止めると、顔を上げて乱入者を見据える仮面巨人。それに対して、濃緑の外套を揺らめかせたその男は異様な相手の姿に動じる事も無く笑って、短剣の刃を見せびらかした。

 

「どーもどーも、初めましてだな【仮面巨人】。【霧影(フォグシャドウ)】だ。ギルドからアンタの捕縛依頼が来てる。大人しく来てくれないか?」

 

 【霧影(フォグシャドウ)】。ここ数年で頭角を現してきた第一級冒険者。ダンジョンでの功績は元より、地上での【要注意人物一覧(ブラックリスト)】及び、【危険人物一覧(レッドリスト)】登録者の捕縛或いは抹殺で名を上げ位階(レベル)を上げて来た『対人』特化のレベル6。

 そんな彼がこの場に姿を現したのは、当然要注意人物としてギルドにマークされている仮面巨人の捕縛の為だ。ギルドは先ほど仮面巨人の出没の通報を受けてすぐ、建物内や近場に居た幾人かの第一級冒険者に緊急依頼(エマージェンシー)を与えていたのである。

 

 短剣の切っ先を向けて降伏を勧めるフォグシャドウの構えには一分の隙も無い。相手が提案に応える事は無いとわかり切っているのだろう。それを裏付けるかのように仮面巨人は長剣を構える事で答えた。フォグシャドウは小さく「やっぱりか」と笑って口角を上げる。

 

「じゃあ…………実力行使と洒落込むか!」

 

 その声と共に、フォグシャドウはこれ見よがしに二本目の短剣を抜き構えた。仮面巨人は正面から応じるべく姿勢を落とし仕掛け大剣を見せつけるように構え――――弾かれたように顔を上げ、直後咄嗟に右を向く。

 

 瞬間、何処からか飛び来たった矢が仮面巨人の顔から数センチの位置で静止していた。その矢の中ほどを仮面巨人が(しか)と握りしめており、凄まじい握力による物かそこで矢はへし折れてしまっている。

 

 だがそれで終わりでは無かった。突如として仮面巨人を上方からの剣閃が襲う。気配も無く一人の女が屋根から飛び降りて来て、腰の刀を抜き縦横無尽に刃を閃かせたのだ。

 

 次の瞬間、空気を切り裂く鋭い音と共に石畳に格子状の傷が刻まれた。並の者どころか、第一級冒険者であろうと致死を逃れ得ぬであろう一撃。だが仮面巨人は転がるようにして既にその場を離脱していた。それでも仮面頭部の飾り部分が斬り落とされ鎧は斬り傷で半壊しており、異様なまでの剣閃の速度と鋭さの程が伺える。

 

「ほう、今のを(かわ)すとは。昔【黒い鳥】を一度殺しかけた技なのだが」

 

 飛び降りて来た女は改めて刀を持ち直すと、仮面巨人に対してぎらぎらとした目で獰猛な笑みを向けた。鴉の濡れ羽色の長髪、闇に溶け込む黒い外套、それらと違い、暗がりで滲むような紫の光を放つ長刀。先程までどうやって隠していたのかわからぬ程の威圧感を放ちながら仮面巨人を睨みつける女に、フォグシャドウは仮面巨人に意識を向けつつ気楽そうに話しかけた。

 

「今のを(かわ)すかよ。捕縛だからって手抜いてないか、【アンジェ】」

「いや、殺すつもりだった。だが避けられた。奴め、中々に驚かせてくれる」

「ったく、アンタは楽しそうでいいね……」

 

 油断なく仮面巨人の出方を伺いながら、二人は軽口を叩き合う。不機嫌そうに姿勢を正す仮面巨人。彼は後方から飛来した矢を視線を向ける事さえせずに切り払った。

 

「……驚きね」

 

 小さく声を発したのは後方に立つ、髪を後ろで結んだ白木の弓を構える女冒険者。その横を更に二人の冒険者が固めている。その内、大柄な体格を持った大男が目を見開いて驚きの声を上げた。

 

「見もせずに矢を払うとは何たる腕だ。噂以上の相手のようだが、上手く行きそうかね、【メタス】」

「…………面倒だ」

「【アルフレッド】、目を離さないで。今までやり合ってきた相手とは訳が違うよ」

「そうだな【ウーラン】、いつも通り私が前に出る。援護は任せた」

 

 巨大な大盾とノコギリの様な刃を備えた槍を持つ重装鎧の男が一歩前に出た。その後ろに面倒くさそうな顔をした、しかしながら確かな風格を感じさせる美丈夫が大剣と見まごうほどの長大な刃を持つ長剣を構える。彼らの後ろで弓を構えた女は、未だに視線を前に向けたままの仮面巨人の背中を苛立ちを抑えたような顔で睨みつけた。

 

「【塔の(ジ・タワー)】アルフレッド、【つらぬき(スティンガー)】メタス、【白弓(ホワイトボウ)】ウーラン……かなりの面子だな」

「知るか。仮面巨人は私がもらう。【霧影】、援護してくれ」

「簡単に言うよな……」

 

 新たに現れた三人の冒険者に目を見張るフォグシャドウ。対して苛立たし気な口調で彼らに目を向けながらも、仮面巨人にのみ凄まじい殺気を叩きつけるアンジェ。辻の中心に立つ仮面巨人を挟んで逆側に立った三人も、彼ら二人の存在に気づいて足を止めた。

 

 同じ獲物を狙う冒険者がかち合った事による、一瞬の視線による牽制が宙を飛び交う。その時、それをこそ隙と見て取った仮面巨人は突如として素早く背にしていたもう一本の大剣――――橙色に縁どられた刀身の【魔剣】を抜いて、即座に振り下ろしながら名を唱えた。

 

 

「――――【怒鎚(いかづち)】!!」

 

 

 巨大な落雷が、轟音を轟かせた。

 

 

 衝撃によって周囲の家屋の窓を砕き、閃光がその場に居た者全員の視界を奪う。そして視界が元に戻るころには仮面巨人の姿は既に無く、残された者達の前には捲れ上がった石畳とぽっかりと空いた穴だけがあり、フォグシャドウとアンジェが奇襲に気を配りながらその大穴に駆け寄ると、中からは僅かに水の流れる音が聞こえてくるばかりだった。

 

「マジかよ……魔剣を逃走用に使うとは……見事な引き際だな、くそっ」

「どうやら下水道に逃げ込んだようだな…………追撃するかフォグシャドウ。追撃しよう」

 

 ぎらぎらと目を光らせながら提案するアンジェ。対するフォグシャドウは気だるげに短剣を鞘に仕舞う事でそれに答えた。

 

「…………いや、俺はこの辺で降りるぜ。地下じゃ【ロスヴァイセ】さんの援護も望めんし流石にリスキー過ぎる。咄嗟にこんな逃げを打つくらいだし、(やっこ)さんはオラリオの地下構造も知り尽くしてるっぽいしな」

「なんだお前、意外と臆病なのだな」

「勇敢だったダチは大体死んだよ」

「そうか」

 

 素気無くフォグシャドウにあしらわれたアンジェは、残念そうに刀を鞘へと納めた。

 

「逃がしたか……どうする?」

「諦めるのが筋だろう。俺は面倒が嫌いなんだ」

「メタス、お前は少しやる気を出しなさい……って言っても確かに追っかける気にはならないね」

「メタスの言う通りにするのは(しゃく)だが、我々に地下下水は不利だ。撤退するぞ」

 

 後から現れた三人の冒険者も追撃を諦めて武器を収めると、早々に大穴に背を向けて立ち去ってしまった。アンジェは彼らの背にも剣呑な目つきを向けていたが、フォグシャドウもその場を去ろうとすると溜息を吐いて外套の前を閉める。そしてちらと、一連の流れを見守っていたルドウイークに視線をやった。

 

「ところで、そこのお前」

「…………何かね」

「【鴉の止り木】で幾度か見かけたが、名は聞いていなかったな。私はアンジェ。お前は?」

「……ルドウイーク。【エリス・ファミリア】のルドウイークだ」

「ルドウイークか、覚えた。いずれ戦場(いくさば)で会えることを願っている」

 

 楽し気に一度笑うと、アンジェは民家の屋根へと飛びあがってそのまま姿を消してしまった。残されたルドウイークはしばらく周囲を警戒するように視線を巡らせていたが、完全に脅威が去ったと見ると力を抜き、仮面巨人に肉薄されへたり込んでいたベルの元へと歩み寄った。

 

「立てるか、ベル?」

「ど、どうも……」

 

 ベルに手を貸してルドウイークがその小柄な体を軽々と引き上げると、屋根を飛び渡ってアイズが現れ、それに次いで息を切らしたヘスティアが姿を現した。

 

「はぁ、はあっ……ベル君、ルドウイーク君、無事かい…………?」

「ヘスティア神、お気遣い痛み入ります。何とか二人とも無事ですよ」

「それは、ふぅ、よかった……安心したぜ…………」

「【仮面巨人】はどうなりました?」

 

 疲労と安堵の息を激しく吐くヘスティアとは対照的に、普段通りの怜悧(れいり)さを保ったままのアイズがルドウイークに尋ねた。ルドウイークは肩を竦め、交差点のど真ん中に空いた大穴をちらと見て顎で指す。

 

「逃げたよ。どうやら彼は、私が思っているよりも人気者らしい」

「人気者…………?」

「他の冒険者が彼を狙って現れたんだ。それで不利と見たのだろうな」

 

 言って、ルドウイークは仮面巨人に対するために現れた冒険者達の顔を反芻(はんすう)した。誰も彼もが生半可な雰囲気では無かったが、特に最初に現れた【フォグシャドウ】と【アンジェ】、後から現れた三人のうち気だるげな雰囲気を醸し出していた【メタス】。彼らは第一級冒険者の中でもさらに上位に位置する、レベル6の冒険者だろう。

 

 だが。戦ってみたからこそ分かる。仮面巨人、あの男の実力は別格だった。ルドウイークが知る者達の中でも、師である<ゲールマン>翁や比類なき対人の名手であった<烏>と肩を並べうるだろう。ルドウイークはあの男の常軌を逸した立ち回りを想起して、このオラリオと言う街の、あるいはこの世界に生きる人々が辿り付きうる領域の高さをその身を以って痛感していた。

 

「でも、ルドウイークさんも無事でよかったです。僕、心配で……」

 

 剣呑な思考を続けるルドウイークの耳に、安堵したようなベルの声が届く。それを聞いて、ルドウイークは今まで続けていた思考を中断して、いつか子供たちに向けていたような優し気な笑みを己に強いて顔に浮かべた。

 

「流石に、無傷とはいかなかったがね…………ベルやアイズ殿の方はどうなった? どうやら、深手を負うような事は無かったみたいだが」

「僕が魔法を撃った後すぐ、襲ってきた人たちは皆帰って行きました…………怖気づいたとか、そういう感じじゃ無かったですけど」

「そんな事無いぜ! 彼らはきっと、ボクのベル君に震えあがったのさ!」

「か、神様……」

 

 彼の心配に控えめに笑って返したベルに抱きついて、ヘスティアは会心の笑みを浮かべた。だが、ルドウイークはそんな彼女から隠し切れぬ緊張を見て取る。彼女なりに、ベルや自身を安心させようと気を張っているのだろう。ルドウイークは彼女のそんな善性をとても好ましく思った。そして、黙ってベルと彼に抱きつくヘスティアを見つめるアイズへと声をかける。

 

「アイズ殿も無事そうで何よりだ。こういう事には、慣れているのかね?」

「……はい。闇討ちは、割とよくある事ですから」

「よくあるんですか!?」

「うん」

 

 ルドウイークの問いにあっさりと答えたアイズの平然とした態度に、ベルが驚きの声を上げた。ルドウイークはその様に自らの主神が喚くときの事を想起し小さく肩を震わせるが、周囲の誰一人としてそれに気づいた様子も無く話を続けて行く。

 

「流石に、ダンジョンの外でここまで大規模な物は珍しいけど……」

「じゃあ中では……?」

「割とある」

 

 恐る恐る聞くベルに人形の様な無表情のまま答えるアイズに、やはり名を上げるというのもいい事ばかりではないのだなと、ルドウイークはいつだかエリスが懸念(けねん)していた事柄について今更ながらに納得した。

 

 すると、周囲から人の足音が向かって来るのをルドウイークは聞き取った。それも一人や二人では無く、十人や二十人が慌てて走ってくる音だ。流石に騒ぎが大きくなりすぎたかと判断して、ルドウイークはアイズに視線を向ける。

 

「アイズ殿、人が集まってくる。我々はあまり一緒に居る所を見られるべきではない」

「そうですね……ルドウイークさん、彼とヘスティア様を」

「任された」

「ありがとうございます…………じゃ、またね」

 

 それだけ言い残すと、アイズは素早く民家の屋根へと飛びあがってその場から早々に立ち去ってしまった。名残惜しそうに彼女の飛びあがった先を見つめるベルの脇腹をヘスティアが肘で小突く。

 

「ベル君……? ほら、ボクらも行こうぜ。騒がしくなる前にさ」

「あ……はい。行きましょうか」

 

 歩き出すベルとヘスティア。その背を追いながら、ルドウイークは再び思案に耽り始める。

 

 今宵の襲撃者達。明らかに、対象である我々の個々の実力に拮抗するように担当の襲撃者が選ばれていた。ならば、その目的は何だ? アイズ殿についた者達の目的は分かる。アレは足止めだろう。彼女を自由にする事はあまり彼らにとって好ましい事では無かったはずだ。

 

 自分に付いたあの湾曲剣の剣士はどうだ。彼もあまり積極的では無かった。で、あれば彼らからすれば、私も真に標的とするべき相手では無かったのだろう。となると、考えられるのはクラネル少年かヘスティア神。

 しかし、ヘスティア神はそもそも現在大きな影響力を持っている神では無く、ここで始末しようとする理由はないはずだ。更には『神殺し』はこのオラリオにおいて途方もない重罪である事はルドウイークでさえも知っている。

 

 そこまで考えたルドウイークは、突然立ち止まって摩天楼(バベル)へと目をやったベルに合わせて歩みを止め、その白い髪と赤い瞳をまじまじと見つめる。

 

 彼を、クラネル少年を狙っていた? 一体なぜ? 彼に執着する美の女神の思惑も、彼の成長速度が異常な域にあるという事実も知らぬルドウイークは、手がかりの無い思索を経て思わず空を見上げる。そして――――

 

 

 ――――小さく鳴った自身の腹の虫に驚いたように振り返ったベルとヘスティアの顔を見て、誤魔化すように白い歯を見せた。

 

 

 

<●>

 

 

 

 既に日付も変わろうとする深い夜の下、ルドウイークは【エリス・ファミリア】の本拠(ホーム)である民家の戸を潜って少しアルコールの匂いが残るリビングへと上がり込み、<ルドウイークの聖剣>を壁際に下ろし、<月光>をソファに立てかけて自身もソファへと座り込んだ。

 

 彼の脳裏ではヘスティアらと小さな酒場で食事を取っていた時から続けていた思索が今だに渦巻いている。此度の襲撃者達の目的、そして何よりもあの【仮面巨人】の思惑だ。

 

 彼……仮面巨人は、<月光>について何らかの情報を掴んでいる。そしてなお<月光>についての情報を求め、ルドウイークに問いを掛けていた。それを聞いたルドウイークは、ヤーナムの秘密を知るのやも知れぬと反射的に彼に挑みかかっていたわけなのだが……今やルドウイークはそれを大きな失敗だと断じていた。

 

 そもそも、彼の口にした【月光】と、ルドウイークの知る<月光>が同一の物であるという保証はどこにも無い。ルドウイークの持つ月光が彼と共に異なる世界より来たりし物であると考えれば、むしろその可能性は低いだろう。

 

 彼がルドウイークの知らぬいくつかの単語を共に上げていたのもその証拠だ。一体何であるかも見当が付かぬ謎めいた呼び名。彼の求めた月光について知るのであれば、まずはそこから調べる事が必要だろう。

 

 ルドウイークがそう結論付けて虚空を睨みつけていると、階段を降りてくる足音が彼の耳に聞こえて来た。ルドウイークは一度目を閉じて、眉間に寄った皺を指でほぐす。彼が手を下ろすのとエリスが部屋の戸を開いたのは、ほとんど同じタイミングであった。

 

「おかえりなさい。遅かったですね、ルドウイーク」

 

 そう言って小さく笑うエリスは、いつものように髪を束ねてもいないうえ眼鏡もかけておらず、寝間着の上にケープを羽織っただけの簡素な出で立ちであった。それを見たルドウイークは、少し申し訳なさそうに口を開く、

 

「ああ、遅くなった…………起こしてしまったかね?」

「うーん、そうですね。いい感じに寝れそうだったんですが、貴方が帰ってきたので目が覚めちゃって」

「それは……すまない。邪魔をした」

「お気になさらず」

 

 微笑みを顔に浮かべたエリスは小さく肩を竦めてその笑みを深くした。そして、小首を傾げてルドウイークに提案する。

 

「あ、そうだルドウイーク。今日夕食に作ったスープが、まだちょっとばかり残ってるんですけど――――」

「いや、それには及ばない。腹ごしらえは済ませて来た」

 

 エリスの申し出を、ルドウイークは素早く断った。気遣い自体は好ましかったが、寝起きの彼女にそのような労働はさせられない。しかし、それを聞いたエリス神はなんだか可笑しそうに笑って、それから彼に言い聞かせるように穏やかな声で語りかける。

 

「ふふ、そういう意味じゃないですよルドウイーク。貴方の為にスープを用意してたんじゃなくて、食べ切れなかった分がもったいないんで食べてくださいって話です」

「…………そうか。気遣い、痛み入る」

「だから違うんですけどね、とりあえず温めちゃいますよ」

「ああ」

 

 エリスの行動を気遣いによる物だと判断したルドウイークが頭を下げる横を、おぼつかない足取りでエリスが通りすぎる。彼女の通った後に隠しようのない酒精の香りを嗅ぎ取ったルドウイークは、最後に顔を合わせた時に比べて彼女の機嫌が格段に良くなっている理由を何となく理解した。

 

 台所でスープの入った鍋に火を入れたエリスがすぐに戻ってきて、ルドウイークの向かいのソファに腰掛ける。眼鏡のレンズを通さぬ瞳で自身を見つめてくる彼女にルドウイークが物珍しそうな視線を返すと、エリスは不思議そうにそれを見つめ返し、すぐに目を閉じてルドウイークに問いかけた。

 

「今日は、ずいぶん遅かったみたいですけど……何かあったんですか?」

「……ああ、少し、ヘスティア神に厄介になってな」

「ヘスティアに?」

「食事の出来る酒場を一つ、紹介してもらってね…………怒らないのかね?」

「はい?」

「余りヘスティア神と仲良くするなと、普段から言っているだろう。それでな」

 

 申し訳なさそうに、あるいは恐る恐ると言った様子でルドウイークはエリスに告白した。彼としては、折角治った彼女の機嫌をまた損ねるような事は口にしたくなかった。だが、口にしないというのも誠実さに欠ける。それ故の正直な白状であった。

 

「正直に答えてくれたので、別に。それに、夕食を作らないって言い出したのはこっちですからね」

 

 しかし彼の危惧とは裏腹に、エリスはあっさりとそれを許した。しかも自らの非まで認めて。ルドウイークはそんな彼女の様子にらしくないなとも思いながら、穏便に済むのであればそれに越した事は無いと、安堵の溜息を吐く。

 

「良かった。ともすればまた君に怒鳴られるのではないかと戦々恐々としていた所だよ」

「うわ、ひどい! 言い方ってものがありますよぉルドウイーク」

「すまない」

「謝らなくたっていいんですけどね」

 

 そう言って小さく笑うエリスにルドウイークもまたつられて笑う。彼と彼女はそのまま穏やかに口を閉じて、しばしの間心地の良い沈黙を共有した。

 

 

 しばらくして、リビングに温められたスープの香りが流れてきた頃。今までとは違う、何処か思い詰めたような覚悟の見える目をしたエリスが、ルドウイークの顔を真っ向から見つめて、慎重な様子で口を開いた。

 

「あの、ルドウイーク」

「何かね?」

 

 対すルドウイークは、あくまで自然な様子でそれに応じる。エリスは彼から帰ってきた視線の真っ直ぐさに一瞬気圧されるように黙ったが、すぐに気を取り直して身を前に乗り出した。

 

「以前、ここに来た時に貴方は<ヤーナム>の街についてや<狩人>、それに<獣狩りの夜>について話してくれましたよね」

「ああ」

「でも、あれって全部じゃあありませんよね? まだきっと、表面上の事しか貴方は口にしていない。教えたくない事が、多分たくさんあると思うんです」

「………………つまり?」

「貴方が、何を秘密にして、守ろうとしているのか。出来れば、その事も教えてくれないかなって」

 

 エリスは酔いの力によってか、あるいは別の要因によってか。今まで踏み込もうとしなかった、ヤーナムでのルドウイークにこれまでに無く踏み込もうとした。対するルドウイークは、僅かに絆されそうになる自身を自覚しながら、憮然とした顔で言葉を選んで口を開こうとする。

 

「…………それは」

 

 言える訳が無い。その返答を、ルドウイークは寸での所でどうにか飲み込んだ。

 

 知識と言う物は一度知れば際限がない。知れば知るほど気づきが生まれ、取り返しの付かない蒙を(ひら)く事になる。それが連環の様に連なればどうなるか、彼はその眼で目撃してきた。だからこそ言えぬ。特に自らの恩神たる彼女は、絶対にヤーナムの地に継がれてきた悲劇に巻き込むわけにはいかぬのだ。

 今までも頑なにヤーナムについて隠匿してきた理由を、ルドウイークは再び認識した。故に彼は二の句を継がず、視線を下へと向け(うつむ)くばかり。しかし、彼の沈黙を否定と受け取ったエリスは、それでも穏やかに手を伸ばして、(いつく)しむようにルドウイークの頬に触れた。

 

「ふふ、構いませんよ。いつか、貴方が自分からそれを教えてくれるように……()()()、頑張りますから」

 

 エリスはどこか熱っぽく言ってその()()()()()を細めて笑い、そっとルドウイークに触れていた手を戻す。そして、一度小さく欠伸をすると眠たげに目を擦って立ち上がった。

 

「それじゃ、そろそろ寝ます。スープは全部食べ切ってください。あと、お皿は水に浸けといてくださいね」

「…………ああ。ありがとうエリス神。良い夢を」

「ルドウイークも。おやすみなさい」

「おやすみ」

 

 自室に向かうエリスの背を笑顔で見送ったルドウイークは、彼女の姿が見えなくなるとその表情を厳しいものに変じさせ机に肘を立てて顔の前で指を組んだ。

 

 彼女もまた、自身の事を心配してくれている。同じ世界の生まれでさえも無い自分をこうまで気にかけてくれる彼女の恩に、どうにか報いるべきだとルドウイークは決意を新たにした。そして同時に、自らがこの世界に悪い影響を残してしまう前に一刻も早くヤーナムへの帰還の手段を見つけるのだと意気込む。

 

 だがもし。その過程でもしもヤーナムに関連のある悪影響が、この世界のどこかで起きる様であれば。自身は責任を取らねばならない。その全てを狩り滅ぼして、まっさらな状態にして帰るべきだ。禍根を残す事はまかりならぬ。

 

 ならば余計に、帰還の方法を早く見つけ出さねばな。

 

 ルドウイークは<獣狩りの夜>の暗闇以上に先行きの見えぬ自らの境遇に乾いた笑いを零して、ソファに立てかけられた<月光>に触れる。しかし、導きの輝きが彼の前に姿を現す事は無い。今は、その時ではないのか。何か、足りぬ要素があるというのか。

 

 ひとまず、明日は訓練の後知り合いの元を巡って、【仮面巨人】についての情報でも漁るとするか。ニールセンあたりであれば、今までの出没情報も知っているかもしれん。

 

 (わら)にでも(すが)りたい心境のルドウイークは今現在、自らの前に現れた最も大きな疑問を解決するべく動く方針を固めると、思索を巡らせながら台所へと向かい、煮立ったスープを皿に移してソファへと戻る。

 そして、心ここにあらずと言った様子で明日の予定を脳内で整理しながらスプーンでスープを掬い取って口に含み、盛大に口の中を火傷してスプーンを取り落とした。

 

 




ベルたちとの訓練は一段落です。

もっと筆力がほしい……バトルをもっと重厚に描きたい……難しいもんです。
ただルド聖剣の仕掛け奪取はやりたかったのでそこは満足……。
あと【つらぬき】のルビがペネトレイターじゃないのはスティンガーを出したかったからです。本当に申し訳ない。

フロムゲーからのゲストキャラ募集行為を活動報告で行っております。
よろしければご協力よろしくお願いします。

今話も読んで下さって、ありがとうございました。
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