月光に導きを求めたのは間違っていたのだろうか   作:いくらう

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初続投稿です。【恩恵】周りだけで約11000字行ってしまいました。まさかこんなに文章量感じるとは思わなかったんで……独自設定ありでお送りします。

早々に赤評価ついてたり400お気に入り頂いてたりして凄いビックリしました。両原作の偉大さをひしひしと感じております。

改めまして、感想評価お気に入り誤字報告等して下さった皆様、ありがとうございました。


02:【恩恵】

 オラリオの朝は早い。……いや、それは不正確な表現だ。

 

 ギルドは昼夜を問わず常に開いているし、夜には眠る者が殆どとは言え、深夜であろうと迷宮へと潜っていく冒険者は少なくない。その理由は様々だ。ただ冒険へと出るのに朝を待ちきれないもの、冒険者の増える昼を避け早い内に浅い階層を抜けたいと考える者、ただ夜でなければ力の出ない者。

 

 そう言った者達が、それぞれの理由で街路を行き交っている時間。その間も惰眠を貪っていたエリスは、陽が既に半ばほどまで登り街も賑わいを見せ始めた時間帯になって、ようやくベッドから起き上がった。

 

「ふぁ………………」

 

 着替えを終えたエリスは、盛大にあくびをしながら階段を降りルドウイークの元へと向かった。そう、昨夜いつの間にやら家に上がり込んでいた、自称狩人の異世界人。今日は彼に【恩恵(ファルナ)】を与え、真に【ファミリア】の一員となって貰わねばならぬのだ。

 

 だが、それも楽しみではある。【眷族】が増えるというのは、今も昔も変わらず嬉しい物だ。そんな逸る心とは裏腹に未だに疲れの取り切れぬ体を引きずるようにして居間の扉を開くと、そこではルドウイークが元在った机やソファーを押しのけ、床に様々な道具と思しきものを並べていた。

 

「…………何してるんですか?」

「ああ、おはよう、エリス神。少し場所を借りている」

「いえ、だから何してるんですか?」

「いや、だから場所を借りている。今の手持ちを整理したくてな……」

「……はぁ」

 

 少し、話の噛みあわぬルドウイークにしばし呆れてから、エリスは床に並べられたものに目を向けた。

 

 まず目についたのは、彼の背負っていた大剣。そこからは変わらず、神威じみた神秘が滲み出ているのを感じる。これは、外に持ち出すならば何かしらで隠すなりしなければなるまい。他の神が見れば、興味を持つのは明らかだ。

 

 その次に彼女が目を向けたのは、皿の上に転がされたやけに刺々しい形をした結晶。放射状の物と、三角形の物と、三日月型の物があり、さらに斑の様に毒々しい泡が浮かんだ物とそうでない物がある。魔石の一種であろうか? だが、それからは何やら不吉な気配を感じる。ただの魔石では無さそうだ。

 

「ルドウイーク。この、なんだか触ると痛そうなとげとげは何ですか?」

「それは<血晶石(けっしょうせき)>だ」

「<血晶石>?」

「ああ。獣たちの体内で凝固した成分で、武器に捻じり込む事でその――――」

「あ、なんだかやっぱいいです。こっちの瓶の青いやつは何です?」

 

 いやな予感がしたエリスは、ルドウイークの説明を遮り咄嗟にその横に置かれた青い液体の入った小瓶を指差した。自身の説明を無理やり中断させられたルドウイークは少し残念そうな顔をしたが、エリスの要求に律儀に説明を口にする。

 

「それは、見た目そのままに<青い秘薬>と呼ばれている」

「……まんまですねえ。ポーションみたいなものですか?」

「そのポーションとやらが良く分からないが、これは一種の麻酔薬でな。本来は被験者の脳を麻痺させるのに使うらしい」

 

 ルドウイークの呟いた被験者と言う言葉に、エリスは思わずその薬から距離を取った。

 

「えっなんですかそれ……被験者って……」

「さあな。少なくともロクな物では無いと思うが。だが、これは狩人の強い意志を持って服用する事で、一時的にその存在を希薄に出来る。何かと便利な薬だよ」

「自分からそんなのを飲んでいくんですか…………」

 

 話を聞いて恐怖したように、実際声を震わせてエリスはルドウイークからも距離を取った。それを見たルドウイークは、何故これが恐怖されるのかわからないという顔をして、それから少しだけ悲しそうな目をして再び道具の整理に戻った。

 

 エリスはそんなルドウイークの様子に気づく事無く、床に並べられたものを少し震えながら眺めて行った。正直、神としてあるまじき姿ではあるが、そこにあるものを見れば彼女が怯えるのも当然の事だろう。

 

 何せ、そこにあるのはオラリオではとても見た事が出来ぬような奇怪な狩り道具の数々。赤黒い丸薬、毒々しい液体の付着したメス、明らかに真っ当では無い骨刀、鉛色の湯気の滲み出す小瓶、異様な色の何かの血、眼球じみた石ころ、謎の骨、眼球にしか見えないもの、そして――――

 

「ナメクジ!?!?」

 

 素っ頓狂な声を上げて飛びあがったエリスにルドウイークが驚いて鉛色の小瓶を転がし、その大きさからは考えられぬほど重苦しい音を立てた小瓶にナメクジも驚いて触角を引っ込ませた。

 

「……エリス神。突然声を荒げないでくれ。獣の怒号かと思った」

「いやいやいや! 何ですかそのでっかいナメクジ!? なんでそんなのが?!」

 

 うんざりしたように首を巡らせたルドウイークに、部屋の隅に押しこまれたソファーの影に転がり込んだエリスが錯乱したかのように叫ぶ。その様子を見て、ルドウイークは優しくナメクジを手に取りエリスの元へと歩み寄った。

 

「ナメクジでは無い。これは<精霊>。<エーブリエタース>――――上位者の先触れであり…………いや、私も詳しくは知らんのだが…………まぁ、そこまで嫌悪するほどの物では無いさ。そもそも、獣どもに比べればなかなか可愛いものだと思うがね」

 

 言って、ルドウイークは手の上の精霊に笑いかけた。すると、精霊は周囲を伺うようにゆっくりと触角を伸ばして、見渡すように頭をもたげる。そうしてキョロキョロと周りを観察していた精霊はソファの陰で怯えるエリスに気づくと、興味深そうに首をそちらに伸ばした。エリスは悲鳴を上げた。

 

「ああああああダメですダメです!!!! こっち近づけないで下さい殺す気ですかイジメですか!? 無理無理!!! 早く仕舞ってくださいルドウイーク何でもしますから!!!」

「むう…………」

 

 その神とは思えぬ憐れな姿を見て、理不尽だとは思うが申し訳なくも思い始めたルドウイークは、外套の裏に縫い付けられた<秘儀>の数々を収納した袋の一つに<精霊>を滑り込ませた。そして、これ以上整理をしていれば更なるエリス神の不興を買うと直感して、テキパキと床に広げられた品々を仕舞い始めるのだった。

 

 

 

<◎>

 

 

 

「では、これから【恩恵(ファルナ)】を授けますので……うう……」

「……大丈夫か? もし辛いのであれば、無理はしないでくれ。また後でも――――」

「いえ、大丈夫です……。とりあえず、上半身の服を全部脱いでください」

 

 ルドウイークは荷物を仕舞い終えた後、「ナメクジの跡が残った部屋でなんて嫌です!」と駄々をこねたエリスに従い、【恩恵】を授ける儀式の為にエリスの部屋にまで上がってきていた。

 精霊を見てから、暫くひどい頭痛に悩まされていたエリスもようやく調子を取り戻してきたようで、ベッドにルドウイークを腰かけさせその後ろで膝立ちとなり、机の奥に仕舞い込まれていた針を取り出して自身の指先にそれを近づける。

 

 しかし、針を持つ指先が随分と震えるのを見るに、本調子にまで体調が戻ったわけでは無いようだ。

 

 それを見たルドウイークは純粋に彼女の事を心配してその様子を横目に見ていたが、ふんすと鼻を鳴らしてから指に思いっきり針を突き刺し悲鳴と共に蹲った彼女を見て、諦めたかのように前を向いた。

 

「で、では行きますよ……動かないでくださいね……」

「エリス神、少し落ち着け。儀式は久々なのだろう?」

「大丈夫です、任せてくださいよ……何せ私、こう見えて地上歴3ケタのベテラン女神なので……!」

「…………慎重に頼む」

 

 ――――未だ【恩恵】を持たぬ【眷族】に対して【恩恵】を与えるのは【ファミリア】の主神がまず行うべき事であり、それを経て初めて【眷族】は【ファミリア】の団員としてのスタートを切ったと言える。何せ、【恩恵】の有無はその力に天と地ほどの差異をもたらす。それが無ければ、【ギルド】に冒険者であるとは認められぬ程に。

 

 指先の痛みを何とか克服したエリスは、ようやく起き上がってルドウイークの背中を見る。そこには大小の傷。一体、如何なる戦いを彼は経てきたのか。それに思いを馳せずにはいられぬような痛ましい背中であった。

 だが、彼女の視線をもっとも集めたのはその首元の二つの傷。首半ばまで凄まじい一撃で抉られたような火傷を伴う大きな傷と、まるで断頭台でも経験してきたかのような――――だがしかし見たことがないほどに綺麗な――――明らかに首を切り離していたであろう傷。そんな傷を受けて、彼はいかにして生き延びたのだろうか。

 

「…………どうかしたかね?」

「あっ、いえ……それでは、行きますよ」

 

 ルドウイークの背をじっと見つめていたエリスは彼の声に気を取り直し、血の滲む指を彼の背の上にやった。

 

 【恩恵】を与える儀式と言うのは、神の血――――【神血(イコル)】を媒介に神々の文字【神聖文字(ヒエログリフ)】を対象に刻み込む事を指す。人々がその身に得た経験の記憶……【経験値(エクセリア)】。本来、不可視であり利用など出来るはずも無いそれを神々は見通して抜き出し、【神聖文字】としてその背に刻み込む事で力を上乗せし、塗り替え【ステイタス】を、【位階(レベル)】を上げる。それは【神の力(アルカナム)】を封じた神々が地上にて操れる、数少ない神の御業だ。

 

 それにより人々は様々な分野にて今までとは比べ物にならぬほどの力を発揮して、凄まじい発展を遂げてきた。そして、エリスの差し出した指から一滴の【神血】が滴り、ルドウイークの背に触れる。

 

「……があっ!?」

「きゃあ!?」

 

 瞬間、ルドウイークの背に触れた血は、じゅっと言う嫌な音を立てて弾けてその背に吸いこまれて行った。同時にルドウイークはまるで熱した鉄でも押しつけられたかのような熱と激しい痛み、そしてその裏に生半な血とは比べ物にならぬ強い<酔い>を感じて飛び退き床に叩きつけられ、エリスもその衝撃でひっくり返ってベッドから転げ落ちた。

 

「ああ、もう! なんなんですかもう……! 頭痛い……」

 

 打った頭を抑えながら立ち上がって口を尖らせるエリス。打ち所が悪くなかっただけ幸運だったが、お陰で先程の頭痛がまたぶり返してきた。おまけにぴちゃぴちゃと、水滴が落ちるような音まで聞こえてくる。過労で耳までやられたのかと一瞬顔を歪ませたエリスだったが、目の前で床に突っ伏すルドウイークを見て慌てて彼の元へと駆け寄ろうとした。

 

「ルドウイーク!? どこか、変な所でも打ち――――」

「近づくな!!!」

 

 今までとは打って変わって乱暴に叫んだルドウイークに、エリスは思わず立ちすくんで足を止める。その眼前でルドウイークは顔を上げ、そして止める間もなく思い切り頭を床へと打ち付けた。

 

「なっ!?」

 

 驚くエリスの前で、ルドウイークは更に一度、更にもう一度床に頭を打ち付け、そこまでしてようやく落ち着いたように顔を上げ、そのまま背中から床に倒れ込んだ。

 

「……ハアッ……すまない…………床が割れた様な気がするのだが……」

「そこ心配する所じゃあないでしょう!?」

 

 足を止めていたエリスは慌ててルドウイークの元へと駆け寄り、一瞬逡巡した後近くにあった自身のハンカチを手にとって、彼の血を流す額の傷にそれを押しあてた。

 

「一体どうしたんですか突然!? 変に飛び跳ねたと思ったら頭を床に打ち付けるなんて! 何なんですか!?」

「……すまない、油断した」

 

 自身の額をハンカチで抑えつけるエリスの腕をそっと除けて、自身の手でハンカチを抑え直したルドウイークは上体を起こし確認するように言った。

 

「我々狩人が『血に酔う』と言う話はしていたな?」

「えっ? いやそれ聞いて無いですけど。どう言う事ですかルドウイーク!?」

「そうか、うっかりしていた」

 

 狼狽するエリスに対して彼は申し訳なさそうに苦笑いを浮かべる。

 

「我々狩人は<血の医療>を受けたのち、返り血を浴びるなどして血を摂取する事で傷を癒す業を身に付けていた。それについては伝えていたと思うが……」

「ええ、そこは聞いてますよ。貴方の故郷を牛耳っていた、えー、<医療教会>でしたか? そこが生んだ技術で、<ヤーナム>では当たり前に用いられていた技術だと」

「その通りだ」

 

 エリスの言葉を肯定して、ルドウイークは一度額をハンカチで拭う。しかし先ほどの自傷行為によってどこかに切り傷でも負ったか、その額からはすぐに再び血が滴り始めた。

 

「だが、その医療には一つ、副作用があってな…………血の摂取には多かれ少なかれ、快感が伴う。少量を常習するくらいなら問題は無いのだが、我々狩人の様に<獣狩り>に伴って大量の血を浴びる者達の中にはその快感に酔い痴れる者が現れた。そう言った者はいずれ人間性を失い、本当の意味で獣へと成り下がる」

「でも、さっきのは一滴ですよ!?」

「血の質、<血質(けっしつ)>によって、血の齎す効果も、それに伴う快感も大きく変わる……エリス神、貴女の血は私の知るどんな血よりも特別だ。それこそ、私でさえ一瞬意識が飛ぶ程には」

「いや、特別なのは当然なんですよ神なんですから……じゃなくて、それじゃあどうするんですか!? 血を垂らす度にあんなふうに暴れられたんじゃ、とても【恩恵】なんか刻めませんよ!?」

「その外套の内側、右の三段目、その一番外側に入っている赤黒い液の入った瓶。それを取ってくれ」

 

 ルドウイークの指示に従ってエリスは未だに狼狽しながらも椅子に掛けられた外套の内側の雑嚢を調べてゆく。その内の一つが、妙に湿った感触と共に妙に柔らかい弾力を伝えてきたが、彼女はむしろそのお陰で一気にクールダウンして、むしろ素早く目的の物の入った雑嚢を探し当てることに成功した。

 

「これですか? なんですこれ?」

「ああ、それだ……そいつは<鎮静剤>と言ってな。狂気を抑える効能を持つ。覚悟の上でやれば耐えられるはずだが、念のためこれも服用しておきたい」

「…………大丈夫なんですか?」

「そのはずだ」

 

 短く応えたルドウイークは<鎮静剤>の蓋を開き、一気にそれを飲み干した。すると荒かった息はすぐに落ち着きを見せ、脂汗を流し紅潮していた肌からもスッと赤みが引いていく。ルドウイークはその後しばらく息を整えていたが、意を決したように立ち上がり、ベッドの先程まで自身が腰掛けていたのと同じ場所に座り込んだ。

 

「……大丈夫なんですね?」

「ああ。頼む」

 

 それを聞いて、エリスは先ほどと同様に――――しかし可能な限り少量となるように――――ルドウイークの背へと一滴の血を垂らした。するとその血も先ほどと同様に焼けるような音を立てて弾け、そうしてから彼の背に吸いこまれて行った。ルドウイークはそれに耐えるべく俯き、目を閉じて歯を食いしばっている。

 それを見て、エリスは慌ててその背に指を這わせて【神聖文字】を刻もうとした。だが――――

 

 

 

 

「……【恩恵】が刻めません」

 

 ――――そう、絶望的な顔で声を上げるのだった。

 

 

 

 

「…………何だと?」

 

 先程よりも早く血の齎す感覚が引いたのか、眼を見開いて首を巡らせたルドウイーク。額の傷は、いつの間にか塞がったのか既に血も止まっている。だがその視線に少なからず驚愕が込められているのをエリスは悟って、自身の潔白を主張するかのように両の掌を彼に向けた。

 

「いや、冗談とかじゃないんですよホントに! 【神聖文字】が書けないんですよ、貴方の背中!!」

「どういうことだ……? 手順を間違ったりは――――」

「してませんよ!!」

 

 訝しむルドウイークに対して狼狽して叫ぶエリス。そして揃って考えては見るがその理由は共に分からず、二人で俯いて考え込む。

 

「…………えっと、とりあえず整理しましょう。何故【神血】があんな反応を見せたのか、何故貴方の背中に痛みが走ったのか、何故貴方に【恩恵】を与える事が出来ないのか!」

「私にはさっぱりだぞ」

「うむむむ…………」

 

 その時、エリスは突然何かを閃いたかのように、不安に凍り付いた表情で顔を上げた。

 

「あの、ルドウイーク。正直に答えてください」

「何だ?」

「…………貴方、もう【恩恵】を受けたりしてないですか?」

「いや、馬鹿な。私がこの街――――いや、この世界に来たのは昨晩の事だ。その間私は貴女以外の神は愚か、貴女以外には誰とも出会ってはいない。【恩恵】を受けるタイミングなどどこにも……」

「――――<血の医療>」

 

 エリスはぼそりと、極めて複雑そうな顔でその単語を呟いた。

 

「貴方の住んでいた<ヤーナム>では、特別な血を使った医療が発展していたと言っていましたね?」

「ああ、そうだ…………いや、待て。まさか、そのような事が……?」

「多分、きっと、そのもしかしてだったりしませんか?」

 

 エリスの言わんとする事を理解したルドウイークは、口を抑え眼を見開き、先程とは全く違う理由で脂汗を流した。

 

 まさか。そのような事があってなるものか。だがしかし、<血の医療>と【恩恵】、どちらも血を用いるという共通点がある。もしもそれが、我々ヤーナム人の血に混じる<呪い>と関係しているとすれば――――――

 

「――――――――ありうる」

「ああ~…………」

 

 愕然としながら肯定したルドウイークの前で、気の抜けるような声を上げてエリスはベッドに崩れ落ちた。

 

 ……その後しばらくして、なんとか気を取り直したエリスの語った推理はこうだ。

 

 ルドウイークら、ヤーナムの民が受けた<血の医療>。それは本質的に【神の恩恵】と類似した行為であり、故にエリスは彼に【恩恵】を与える事が出来ずに弾かれたのだろう。【恩恵】を二重に施すことなど出来ようがないからだ。

 

 それを聞いて、ルドウイークはますます頭を抱えた。確かに、神の血を受けてこの額の傷が治癒している事もそれを裏付ける現象の一つではないか……? しかしまずい。【恩恵】が無ければ【迷宮】に潜る事は出来ぬ。【迷宮】に潜れなければ<ヤーナム>への、ひいてはあの世界への帰還の方法を探す事さえ叶わぬ。彼女への恩も返せぬ。

 

「だめか……すまない、エリス神。まさかこのような事態になるとは…………」

 

 もはや頭を下げるよりないルドウイーク。だがしかし、そんな彼を尻目にエリスはむしろほんの少し希望を持った表情でその絶望を否定した。

 

「いえ…………でもそれでしたら、もともと【恩恵】に近い物を持っているという事ですよね? だったら何とか誤魔化せるかもしれません」

「……本当か?」

「ええ。念のため聞きますけど、貴方が戦っていたと言う<獣>とやらのなかで、一番弱いと思うものと一番強かったと思うものについて教えてくれませんか?」

「…………? ああ、すまない。そうだな……」

 

 エリスの言葉に少しばかり絶望から脱したルドウイークは、自らの記憶の中から彼女の要求に相応しいものを引き出し、伝え始める。

 

「弱かった者だが、あれは単に<患者>と呼ばれていた。<獣>へと成り立ての者をそう呼んでいた。恐らく、駆け出しの狩人でも一対一ならば遅れを取る程の物では無かったはずだ」

「えーっと……じゃあ、ここにある物ではどれを壊せそうですか……?」

「ふむ……それなら、ドアを何とか破れる位だろう。時間はかかるだろうが」

「なるほど……聞く限りでは【コボルト】などと同レベル……かな? まあ、多分同じくらいだと思います。それじゃあ、強かった者はどんな感じでしたか?」

「強かった者、か――――」

 

 その言葉に、ルドウイークは自らがもっとも窮地に追い込まれた一つの狩りを思い出す。

 

 ――――あれは、<最初の狩人>最後の狩り。マリアを打ち据え、決死の彼女が生んだ隙に左眼を頭蓋ごと破壊し勝利を確信したルドウイークを容易く吹き飛ばし咆哮した、あの獣。地に伏したルドウイークには目もくれず、()は自身の最も信頼した知己であった、一人の狩人に目を向ける。

 

 燃え盛る大聖堂の中対峙する二()。汗さえも煮え立つような熱を放つその獣と、その灼熱にも、殺意にも動じず、手に持った大曲剣を背に負った仕掛けと結合させ大鎌へと転じさせた老狩人。獣の肥大化した腕に膨大な炎が集まると同時に老狩人は<加速>に乗って飛び出し、そして――――

 

「――――私の知る最も強かった獣は、炎を操る獣だった。少なくとも、この家ぐらいは容易く破壊出来るであろう膂力の持ち主でもあったよ」

「うえっ…………でしたらレベルは少なく見積もっても5……いや6は行ってますかね……」

 

 ルドウイークの言葉を聞いて何かを想像したのか、身をぶるりと震わせて呟くエリス。その様子に、ルドウイークは少々不安げに疑問を口にした。

 

「その……レベル、とやらがこの世界における強さの指標なのか?」

「ええ。多分詳しい事は【ギルド】で教えて貰えると思いますが………………ああ、でもですね! とりあえず、そんな<獣>とやり合って生きている貴方もレベル5か6くらいはあると思っていいと思いますよ!」

 

 先程までの怯えっぷりが嘘の様に、大喜びで立ち上がったエリス。それを前にしてルドウイークは首を傾げるばかりだ。

 

「それは、それほど喜ぶべき事なのか?」

「当たり前じゃあないですか! レベル5や6なんて並の冒険者には一生届かない領域! 5でも十分に第一級冒険者、6であればこの【オラリオ】でも最上位の実力者と言ってもいいんですよ!」

「そう言う物なのか?」

「そう言うものなんです!」

 

 喜びを露わにしたエリスは拳を握ってルドウイークに向き直った。それは当然の反応である。あれ程求めた眷族が手に入り、しかもそれが並の冒険者とは一線を画する最上級冒険者に匹敵する実力者だと分かったのだ。

 そして、その勢いのまま眼を細めるルドウイークを尻目にエリスは楽し気にこれからの予定をルドウイークに語り始める。

 

「ともかく、それなら多分【迷宮】でも十分に通用しますから、早速ギルドに向かって登録を済ませてしまいましょう!」

「……【恩恵】が無ければ【ギルド】の承認は得られないのではなかったのか?」

「えっ? いや言いましたけど、アレはあくまで【恩恵】を持っているっていうのが最低限の能力基準ってだけであって、それよりずっと強いのであればきっと誤魔化せますから……とにかく大丈夫ですよ!」

 

 言ってエリスは満面の笑みでサムズアップした。もはやすべて解決したと言わんばかりの笑みである。それを見て、ルドウイークは何やら嫌な予感がするのを禁じえなかった。

 

 しかし、この世界については自分はエリス神には到底及ばぬ程に無知なのだ。従う他あるまい…………導きの糸も、見えぬしな。そう自身を納得させ、ルドウイークは肩を竦めた。

 

「まあ、大丈夫なのは分かった。では、早めに【ギルド】とやらに顔を出してしまおう。手続きがどれほどかかるかも分からんし……」

「ああ、ではちょっと待ってください。地図を書きますので……」

 

 言ってエリスは机に飛びついていそいそとノートにペンを走らせ始めた。だがしかし、上着を纏い終えたルドウイークはその肩を掴んで顔を寄せ、息が掛かる程の距離で凄んだ。

 

「エリス神。まさか私一人で【ギルド】に向かわせるつもりではなかろうな?」

「えっ……いや、神である私がわざわざ【ギルド】にまで出向くってなんだかみっともないし……」

「私はこの世界の文字一つ読めないんだぞ? 野垂れ死にさせる気かね?」

「あっそっかぁそうでした…………そっかぁそうでしたねえ…………」

 

 興奮に今までルドウイークがこの世界に来て二日目の新参者であるという事実をすっかり忘れていたのか、エリスは心の底から【ギルド】に向かいたくないと誰が見てもわかるような気だるげな表情を浮かべた。しかし、それをルドウイークは許さぬ。

 

「分かったら貴女も準備をしてくれ。出来る事なら、今日中に一度【迷宮】をこの目で確認しておきたい」

「ええ……うう、【ギルド】、いくのやだなぁ……」

「困った神様だな……」

 

 ――――彼は知らぬことであったが、この家がある【ダイダロス通り】は知らぬ者が迷いこめば抜け出すことは叶わぬ、とさえ言われるほどに複雑な作りをしており、幾ら大通りに近い場所にあるとは言え、この家の周囲も例外とは言えぬものであった。

 故にエリスを無理やりにでも同行させようとする判断は間違いなく正しいものであったし、それを理解しているエリスも渋々ながら外出着の袖に手を通し始めた。

 

「そういえば、【ギルド】の手続きとやらはどれほどかかる物だ? 夜までには終わるのか?」

「……多分、昼の内には手続き終わると思いますけど。年明けで人も居ないでしょうし」

「ならば尚更だ。普通は【迷宮】にはそれなりに長く籠る物なのだろう? どこまで潜れるか、と言うのにも興味がある」

「それはダメですよ!」

「何?」

 

 意気込むルドウイークの言葉をいきなり遮ったエリス。それに眉を顰めるルドウイークであったが、エリスはその視線に気付いた様子も無く必死な顔で力説し始めた。

 

「いいですか? 登録したばかりの冒険者がいきなりそんな深い階層まで潜ったりしたら絶対に目を付けられます! 【レベル】だってそう! 最初っから強い人なんて本当は居ないんですから、貴方にはレベル1だって【ギルド】には申告してもらいますし、しばらくは浅い階層から始めてもらって、【オラリオ】の常識を理解してもらいますからね!」

「……私も、最初から強かったわけでは無いのだが。というか、それはまずい事なのか?」

 

 その捲し立てるような言葉にルドウイークがどこか憮然とした様子で対応すると、先程までの力強さが嘘の様に、エリスは身を縮こまらせ、弱弱しい声になって言った。

 

「それは……えっと、割と本気でマズいので、ここに関しては従って貰えませんか……?」

「………………わかった。他でもない主神の言葉だ、従おう。その代わり、【ギルド】での手続きには同行してもらえるな?」

「わかりましたよ、だからあんまり力をひけらかしたりしないで下さいね?」

 

 そう、ルドウイークがエリスの頼みを了承すると、安堵したかのように彼女は胸に手をやって小さく溜息を吐いた。そして、もう一度悪目立ちしないよう念押しをすると、部屋を出て階段を降りていき、ルドウイークもそれに続く。

 

「しかし、ヤーナム以外の都市を見るのは初めてだな……正直、楽しみだよ」

「そうなんですか? だったら幸運ですよルドウイーク。【オラリオ】はとてもいい所ですからね!」

「ああ。期待している」

「驚いてひっくり返ったりしないで下さいね? ……ささ、行きましょう!」

 

 そう言って玄関から出て行ったエリスに続いて、ルドウイークはオラリオの街路へと足を踏み出す。その顔を、殆ど登り切った太陽が照らした。

 何時振りかも知れぬその眩しさに彼は思わず眼を細め、感極まって立ち尽くすルドウイーク。なんと、暖かい光だ。この光を、あの悪夢の中でどれほど求めたことか。

 

 ――――思えば、長い長い夜だった。ゲールマン翁も、同輩の狩人達もそのほとんどが姿を消し、己一人で市井の狩人達を率いて獣どもへの対処を続ける日々。あの頃の私は、まさかこれほど穏やかに陽の光を浴びる日が来るなどと、想像する事も出来なかっただろう。

 

 ルドウイークは何となく、ずっとここで立ち止まっていたい、そんな気分に襲われた。いや、ずっととは言わぬ。本当にもう少しだけ、この日の光を意味もなく浴びていたい。それほどまでに、彼にとって陽というものは久しく味わっていない物だった。

 

「どうしたんですかルドウイーク、こっちですよ!」

 

 そんな彼に、既に先を行っていたエリスがちゃんと付いてくるように促すべく手を振った。……先程まであれ程嫌がっていたと言うのに。神と言うものは、果たしてああも気まぐれなものなのだろうか?

 

 打って変わって明るく振る舞うエリスの姿に、そんな疑問を一瞬浮かべるルドウイーク。だが、すぐに彼はそれを無為な物だと判断して歩き出した。それも、この街で自分が知るべき事の一つなのだろう。だがまずは【迷宮】だ。あそこに踏み出さぬ事には、ヤーナムへの帰還など夢のまた夢。

 

 だが、それに至るまでの道程……この【オラリオ】が、そして待ち受ける【迷宮】とやらに向かうのが、今は少し楽しみであった。一体どのような場所なのか。どのような者達が居るのか。どのような文化が息づいているのか。

 それはまるで、正しく世を知らぬ少年が抱くような冒険心だ。血に濡れた狩人であり、青年すら疾うに通り越した年齢の自身が、余り抱くような物ではないのだろうが……。

 

「あの悪夢に足を踏み入れる時よりは、よっぽど悪く無い気分だな」

 

 ルドウイークはそう独りごちて、年甲斐も無く新たなる景色への期待を胸に秘めながら石畳に靴音を鳴らし出すのだった。

 

 

 

 




次回はギルド行って手続きこなしてダンジョンに潜るとこまで行くと思います(書くとは言ってない)

すきな仕掛け武器を3つ挙げるなら王道を往くノコギリ鉈、重みを感じずにはいられない葬送の刃、金切り声のような咆哮がすきな獣の爪です(月光は殿堂入り)

今話も読んで下さって、ありがとうございました。


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