遅くなり申した。後半部分、24000字くらいです。
感想、評価、お気に入り、閲覧、誤字誤用報告をしてくださる皆さまいつもありがとうございます。
今話も楽しんでいただければ幸いです。
<ー>
『オイオイオイオイ追ってくるぞまだ!! どうすんだよ!?』
『ひとまず走れ! 我々の得物では通路で戦うのは無理だ!!』
『何なんだアイツら……
『どう考えてもそれが原因だろうがぁ!!!』
言い合いながら、追われながら、走る。槍を手にした長身の男が黒い烏羽外套を纏った男に向けて叫び、二人の後ろに付いた大剣を二本背負った男がしきりに後方を確認している。
その日、老<ゲールマン>の四人の弟子の内の三人、<ルドウイーク>、<
今まで発見されていた<トゥメル>の区画とは異なり、砂が舞い時折宙を電撃が走る過酷な環境は手練れであるはずの彼ら――――<烏>は物珍しそうにあちこちを見て回っていたが――――の体力や精神力を容赦なく削って行った。しかし、彼らは幾つもの苦難を乗り越え第一階層の番人と思われる銀色の獣を撃破し、その地点で撤退する事をルドウイークが提案したため、二人はそれに従って帰路を歩み始めた。筈だった。
帰還の道中。儀式の要点となっている『灯り』まであと僅かとなった所で、突然<烏>が言い出したのだ。
『そう言えば脇道があるが、あっちは調査しないのか? 後から来る奴らの為にも、少しは調べといた方がいいと思うぜ』
<烏>がそう言う事を言う時は何よりも自分が行きたいだけなのだと良く知っているルドウイークは即座に首を横に振った。一方、同じく<烏>の性格を知っている筈の<加速>は首を縦に振った。より多くの功績を上げて、工房で師と共に朗報を待っているであろうマリアに良い格好をしたかったのだ。
二人は違う意図を持って意見を一致させると、先程までの疲れはどこへやら
そしてこのザマである。
行き止まりの大部屋で発見した棺を、<烏>は二人が止める間もなく乱雑に開け放った。その行為に、<加速>とルドウイークの聖杯ダンジョンに特有の悪意に満ちた罠を警戒したが、心配を他所に罠がある訳でも無く中には強力な<血晶石>が収められているばかりであった。
のだが…………無警戒に蓋を開け放った『音』が良く無かった。
鋭敏な聴覚によって音を聞きつけその場に現れたのは、髪を振り乱した三人の女墓守。二人は両手に鎌めいた得物を、一人は毒々しい瘴気を放つ何かの遺体めいた物体を手に持って、耳を
その余りの勢いに三人は途方もない身の危険を感じて素早く
『『『アアアアアアアアア!!!!!』』』
黒い長髪を振り乱し迫る墓守は、確かに人間的な姿をしていながら明らかに正気では無い。血の気の失せた白い肌、限界まで開かれた口、手にした悍ましき得物、何よりも異様に機敏なその挙動。それが三人の狩人をして驚愕し、恐怖させる要因となっており、彼らは視覚的な脅威と自身の経験から来るこの敵は危険だと言う直感に従って這う這うの体で逃げ出す事になったのだ。
『クソッ! クソッ! <烏>!! 何であんな音立てて開けたんだお前!!』
『理由が必要なのか?』
『君は物事を単純に考えすぎだ、<烏>よ!!』
『どうするルドウイーク! 部屋に出たとして、どうする!?』
『<烏>が二体を足止めして、その間に私と君が一体をどうにかすれば良かろう!』
『おい待てよ、何で俺が一番きつい役割なんだ? 不公平だろ』
『『そもそもお前のせいだろうが!!!』』
<烏>に揃って罵倒を浴びせつつ全力疾走を続ける彼らの行く先に、ようやく開けた空間が見えて来る。だが、しかし。その入り口の陰から、ぬっと姿を現す影。松明を持った異様に肌の青白いその人型はトゥメルの区画にも見られた<遺跡の守り人>と呼ばれる敵だ。
当然対話など不可能であり、侵入者を見つければそれぞれの手に持った得物で以って殺す。しかし、彼ら三人のような手練の狩人にとっては対した相手ではない。今のような、足を止める事が即ち死に直結してしまうような
『くそっ、邪魔な……!』
<加速>が文字通りの障害たる守り人の姿を認め思わず舌打ちして毒づいた。
彼の得物である槍では貫いた守り人の亡骸が次の行動を阻害し、後方の狂乱した墓守に追いつかれる危険がある。味方が横にいる状況で槍を振り回す訳にも行かず、武器に備わった<仕掛け>も足を止めて使う類のものだ。
『………………』
嫌そうに眉を
彼の狩りの技はあくまで速度と技術に特化したものであり、当然のように守り人を細断しうるだけの領域に達してはいるがそれには一撃では足りぬ。一対一ではどれほど強大な相手にも勝利するだけの実力を備える彼でも、一撃一撃の攻撃力には
それ故に眼球や脳髄を引きずり出す
しかし、この場には状況に即した武器と技を持つ者が一人いた。
『どいてくれ二人とも! 私がやる!!』
声と共に有無を言わせず前に出たルドウイークは背の大剣――――<月光>の芯たる
<◎>
その一撃は目前に立ち塞がった【ウォーシャドウ】の上半身を容易く消し飛ばして絶命させ、ルドウイークは崩れ落ちる下半身に一瞥もくれる事無く『加速』の速度を以って7階層へと続く道を駆け抜ける。
ギルドを飛び出した彼は人目を気にしつつ、所々で『加速』も交えた全速力でダンジョンに辿り着き、下級冒険者達を足止めしていたギルド職員にニールセンの許可証を提示してミノタウロスが目撃されたという10階層付近へと向けに突き進んでいた。
それまでの道程で何匹かのモンスターと遭遇していたルドウイークだが、彼はその全てを無視するか、あるいは大剣となった【
途中、【ロキ・ファミリア】の遠征隊と彼は幾度もすれ違っていた。凄まじい規模となる場合が殆どの大ファミリアによる遠征では、幾つもの隊に遠征隊を分割して下の階層で合流すると言う手法を取る事で一般の冒険者達への影響を最小限とするように配慮がなされるからだ。
実際、彼が中央広場に辿り着いた時にはまだ遠征隊が何隊か待機していた。そしてミノタウロス出現の報もルドウイークよりも早く伝わっており、既にミノタウロス掃討の為に幾人かの団員が更にパーティを分割して捜索を開始しているとの事だ。
しかし、露払いとして先行した幹部陣にはまだ情報は伝わっていないと言う話を彼らに聞いたルドウイークは即座に彼らを追う事を決断しダンジョンの暗闇へと身を
……ともすれば彼らが先にミノタウロスと遭遇し、早々に始末してしまったかも知れぬ。
ルドウイークは、心底からそうであってほしいと考えた。だが、この様な状況では往々にしてその様な希望が裏切られる事が多いと、
故に、速度を緩める事は無い。一気に6階層を抜け、そのまま7階層に辿り着きひた走る。走る。走る。
その中で、彼は明らかな『異変』に気づき足を止めた。今し方通り過ぎようとした道端に転がっていたモンスターの死体。最初は、先行したロキ・ファミリアの人間か、或いは遠征隊の先陣に情報を飛ばすべく【
ルドウイークはその死体――――頭を引き千切られた【キラーアント】の死体を前に屈みこみ、素早くそれを見聞する。
【キラーアント】。ダンジョンにおいて7階層から初出現する、【ウォーシャドウ】に並ぶかあるいは上回るとされる悪名高き
そして、このモンスターの最大の特徴として危機に陥った際には人には嗅ぎ取れぬ類のフェロモンを放出し、同種のモンスターを集結させるという行動を取る事が知られている。
新人殺しと呼ばれるのも、このモンスターの強固な防御力に新米程度の冒険者では倒すのに時間がかかり、追いつめる事が出来ても決定打となる攻撃を放つ事が出来ずにフェロモンを放たれ、結局集まったキラーアントを相手に数の暴力で押し潰されるという嫌な、しかし確固とした流れがあるからだ。
このモンスターと戦う際には、多くの冒険者がそうであるようにルドウイークも一撃必殺を強く心掛けている。数の暴力と言うものは、どれほどもの実力差も覆しうるものであると、身に滲みて良く知っているが故に。
そして、その習性等を鑑みればやはりこの死体はおかしい。急ぐ冒険者が始末したのであればこうして死体を残したままなのは分かるが、わざわざ頭を引き千切るという残虐かつ非効率的な手段に打って出る理由はない。それに、無理矢理に引き千切るとなればただ殺すよりもよほど大きい力が必要で、かつキラーアント自身の抵抗にも合うだろうし、何より耐え難い力を受けたキラーアントがフェロモンを放つことにもなるだろう。
だが、この場には他のキラーアントもおらず、その鉤爪の付いた四肢が何かを引っ掻いた様な痕跡も無い。つまり、この死体となったキラーアントは……途方も無い力で、一瞬の間にこのような有り様に
まさか、ミノタウロスはこの階層に? ルドウイークは一瞬疑い、すぐにそれを否定する。
レベル2のモンスターの中では身体性能に特化し、強大な腕力を誇るミノタウロスであるが、その大きな手でキラーアントを引き千切るとなるとむしろ繊細な作業となるだろう。それ程の繊細な作業が出来る知性があのモンスターにあるとはルドウイークには思えなかった。
ならば一体誰が……? ルドウイークは訝しんだ。その視界の端に、光が揺らぐ。
顔を上げた彼の前に
まさか、この階層にミノタウロスが? 8階層手前まで迫るルドウイークの耳に届いた咆哮が、その予感を色濃く彼の脳裏に浮かび上がらせる。そして、叫び声に混じるは剣戟音。誰かが戦っている。導きもさらに光の強さを増してゆく。
光の糸は、目前の8階層への通路がある
その部屋は一見殺風景なありふれたものだ。ルドウイークが踏み込んだ入口とは逆側に8階層に繋がる昇降口があり、平時であれば幾人かの冒険者が行き来していてもおかしくはない。
だが今そこには、この7階層を住み家とする怪物たちの、無残な死骸が積み上げられていて。
『ガアアアアアッ!!!』
「っ……!」
冒険者と見覚えの無い怪物による、文字通りの死闘が繰り広げられていた。
手前側に立ち、怪物と相対するのは軽装の、大剣を握りしめた冒険者。衣服の上から黒いベストじみた防具を装備し、頭には大きな尖り帽子を被っている。その顔は翁の仮面によって覆い隠されていて、表情や性別を伺い知る事は出来ない。
対するは、明らかにこの階層に元から存在するものではない、未知の怪物。
筋骨隆々なその体は、遠目から見れば一見ミノタウロスに見えなくもない。だが明らかにそれよりも小柄で身長は3
だが、それ以上に目に付くのは、両手それぞれに握りしめた異形の
暴力としか言いようの無い連撃を、大剣を駆使して冒険者は必死に捌く。だが、怪物の一撃一撃が技も何もない片手での振り回しにも拘らず、並外れた破壊力を誇っており、故に均衡は長く続く事は無く、防御が破られてゆく。
「しまっ……」
横に寝かせた大剣で左右の大鉈による交互の連撃を凌ぎ続けていた冒険者だったが、怪物側がそれに
振り上げられた大鉈を、横から飛び込んだルドウイークが薙ぎ払った。
「ッ……無事か、貴公!?」
剣を振り回して怪物を飛び退かせると、ルドウイークは足元に転がった大剣を蹴って片膝を着く冒険者の方へと滑らせながら大声で問うた。仮面の冒険者は一瞬驚愕に
「すまない、助かった……! 貴公は?」
「【エリス・ファミリア】の<ルドウイーク>、救援だ。状況を!」
二人並んだ剣士の前で、唸り声を放ちながら焼け付く息を吐き出す怪物。その一挙手一投足を注視しながら、仮面の冒険者は自身を強いて落ち着かせるように一つ一つ話し出した。
「バベルで偶然
冒険者――――その厳つい仮面に反して、女性であった彼女――――は、苛立たし気に声を荒げると剣を更に強く握りしめる。瞬間、予備動作も無く怪物が跳躍した。
「っ!?」
「受けるな! 避けろ!」
振り下ろされる大鉈を【仕掛け大剣】で受け止めようとしたルドウイークは冒険者の声を聞き即座に後方へと跳躍。その眼前に叩きつけられた大鉈が地面に突き立ち、轟音と共に周囲の地面に亀裂を走らせる。
「何と言う……!」
怪物の見せた破壊力に、ルドウイークは思わず
「貴公、レベルは!?」
「2だ! そちらは!?」
「……私もだ」
冒険者の返答にルドウイークは思わず歯噛みした。眼前の怪物は、明らかにレベル2でどうにかなる相手ではない。しかし、ルドウイーク
だが、彼にはその実力を無暗に晒すなと言う主神からの縛りがある故に、他の冒険者が共に居る場で本気を出すのは難しい。ならば連携でどうにかしようかとも考えるも、既にそれなり以上の時間をこの怪物と渡り合ってきたのであろう彼女は消耗激しく、戦う構えを見せるのにも気を張らなければならぬ有り様のようだった。
「貴公、こいつは私が引き受ける。君は一旦下がれ!」
「ッ…………だが、レベル2一人でどうにかなる奴では無い! 私が囮になるから、貴公がとどめを刺してくれ!!」
貴公にも死なれたくないのだよ! その本音を噛み殺しながら、ルドウイークは今行うべき最善を思案する。
彼女にこの場から離れて貰えば後はどうにでもなるのだが、自身がレベル2と説明してしまったせいで今までの交戦状況に基づき一人でこの怪物を相手にするのは無理だと彼女は判断してしまった。
ならばいっそ彼女に手の内を明かすか? しかしそれはエリス神に与えられた縛りを破る事となる。最終手段だ。だったら、どうする。
思索を巡らせても光明の見出せぬルドウイークの事など知らぬとばかりに怪物が跳ぶ。状況を
偶然を装って、仕留める他ない。
そう結論付けたルドウイークは、怪物から距離を取るため冒険者が飛び退いたのを見て素早く前に飛び込んだ。怪物もそれに反応し、大鉈を無理矢理に地面から引き抜いて右手のそれを思いっきり振りかぶる。
早くも訪れた好機。これを躱して懐に潜り込み、逆袈裟で斬殺する。ルドウイークはそう判断して前進しながら身を屈めた。
導きが、彼の背を引いた。
「っ!?」
次瞬、ルドウイークが飛び
導きに従う判断を即座に下していたルドウイークは無事であったが、彼が居た場所は炎を漏らす大鉈に焼き払われて焦げ付いた匂いを感じ取らせている。もし、あのまま飛び込んでいれば即死と言わずとも顔を焼かれていただろう。
「何だ、それは……!!」
後ろで体勢を立て直していた冒険者が仮面の裏からくぐもった呻き声を漏らす。今や怪物はその全身に炎の
……
しかし、真に問題なのはこの怪物を突破するのに時間をかければ、今も上層をうろつくミノタウロスが更なる犠牲者を出す可能性…………今朝見送った、白い髪の友人を死なせてしまう可能性。ルドウイークは、この時点で自身の実力を隠し通す事を半ば諦め……赤熱を纏う怪物を、冷たい狩人の瞳で見澄ました。
――――ルドウイークは、一体の獣を知っている。
あれは、彼の知る獣の中で、最強の獣であった。
あれは、上位者の一体である<大いなる上位者の獣>をさえ、暴力と言う一点では上回っていた。
あれは、自身とマリアを退け、老ゲールマンにその首を落とされるまで、燃え尽きる事の無い化物であった。
……彼は、<聖剣の狩人>にとって
ルドウイークは、全てを煮え滾らせる、炎の獣を知っていた。故に、この程度の熱になど。
咆哮と共に襲い来た怪物の赤く
「ハァッ!」
そして怪物を突破したルドウイークは歩法を駆使し、すれ違いざま、前を向いたままに斜め後方への斬撃を繰り出した。獣と化してなお振るう事の出来た得手であるその技は、人の身ともなれば
『ガアッ!?』
撒き散らされた血が飛び散り、焼けるような音を立てて蒸発する。ルドウイークはそれを周到に外套で振るい払っていた。かつて相手にした<かの獣>の
それに、今の彼には成さねばならぬ事がある。ならば。
「おおおおおおッ!!!」
聖剣のルドウイークは、折れる事は無い。
振り向き、迫り、大上段から振り下ろした光纏わぬ月光は、しかし三日月の如き
その背に――――ルドウイークが先程浴びせた斜め傷に、仮面の女冒険者が渾身の一撃を重ね斬った。
『ガアアッ!!』
「くっ……!」
傷を受け、咆哮する怪物。女冒険者はその傷から吹き出した血の飛沫を僅かに浴びながらも、仮面を身に着けていたが故に大した被害を追う事も無く圏外へと飛び離れた。怪物は痛みを堪えながらに、それを追わんと一歩踏み出す。
だがその時、ルドウイークは既に怪物の後ろに陣取っており、弓矢を放つかのように引き絞った光纏わぬ月光の切先を、自身の怪力を以って怪物の背に向けて叩き込んだ。
衝撃。ヤーナムの狩人らの中でも屈指の
「凄まじいな……!」
彼の放った刺突の威力に、女冒険者が感嘆を以って思わず口にした。実際、その刺突はゴブリン程度であれば血煙と化し、強力な怪物の皮膚であろうと十二分に貫通する事の出来る威力を備えている。例え相対していた怪物がミノタウロスを大きく上回る力を持っていたとして、タダで済む事があろう筈も無い。
だが、ルドウイークは油断なく、<月光>を構えたままだ。
本来であれば背後からの為を伴う強力な一撃によって体勢を崩し、そこから狩人の業たる『致命』へと繋げるのが彼の狙いだった。だが、あの瞬間。怪物は小さな跳躍の動きを見せ、それによって吹き飛ばされたことで攻撃の威力を大きく減じていたのだ。
それが偶然か、あるいは意図していたものだったかはルドウイークには分からない。女冒険者に向け跳びかかろうとした動作が偶然噛み合った可能性もある。
だが、『まだ殺し切れていない』と剣から伝わった感触と己自身の経験からルドウイークは油断なく導きだしており、実際に背を斬られ刺突を受け壁に叩きつけられながらも立ち上がり、地面から新たな【
「まだ倒れんか……!」
その姿を見て再び剣を構えた女冒険者が忌々し気に吐き捨てる。彼女ほど動揺はしていなかったものの、ルドウイークの心中もそれと同様の想いであった。
このような相手に時間をかけてはいられないというルドウイークの考えは変わっていない。故に、自身の実力を晒すのも覚悟で彼は怪物に対して猛攻を仕掛けていた。
だが、手負いの女冒険者に多少なりとも気を取られた故か、あるいは奇妙な偶然の生み出した不運か、戦況自体は間違いなく彼らの優勢に傾いていたものの未だに怪物を倒し切れてはいない。
ルドウイークは覚悟した。もはやこれ以上時間をかける事は出来ぬ。自らの全力を以ってこの怪物を狩る他無い。彼は月光を真正面に構え、強くその柄を握りしめる。
…………その時だ。具足を鳴らす足音を伴って、怪物と二人の冒険者が睨みあう
「どうなってやがる……!? 随分な事になってるじゃあねえか……!」
「貴方は……!?」
驚愕しながらも、無遠慮に部屋へと踏み込んだ男。真鍮色の重装鎧で全身を覆い、大柄に過ぎる槍、あるいは薙刀めいた得物と、これまた凄まじい大きさの鈍色の盾を携えている。その身から滲む威圧感は眼前の怪物など比では無く、ルドウイークの知る者の中ではロキ・ファミリアの【フィン】や【リヴェリア】、特に【ガレス】と似通ったものを感じ取れた。
「なぜこんな所に……レベル6、【
苛立たし気に得物を構える真鍮鎧の男を見て、思わず女冒険者は口走っていた。
【
その様な彼の経歴をルドウイークは知らなかったが、その強さだけは一目見て分かる。そして、彼が何故この場に現れたのか。ルドウイークは自身と女冒険者が課せられている任務の事に思い至って、らしく無く捲し立てるように叫んだ。
「ラップ殿! 我々はギルドから【ロキ・ファミリア】への伝令を任された者だ! だがこの
『ガアッ!!!』
彼が言い切るのを待つわけも無く、怪物はラップに向けて飛びかかった。空中でその姿が赤熱し、全身と両の大鉈に強力な熱を纏う。ルドウイークがまず回避を選択した、恐るべき威力の兜割り。
――――それをラップは、片手に身に付けた大盾を
「なっ……!」
凄まじい破壊力を受け足元の地面に亀裂を走らせながらも、彼自身は揺らぐことも無く健在、何たる防御力と怪力。盾の質については扱った事も無いルドウイークには判断が付かなかったものの、今の一撃を真っ向から受け止めるラップ自身の実力にこそ彼は舌を巻く。
それを他所にラップは力づくで無理矢理に盾を振り抜き、そのままお返しとばかりに怪物に飛びかかった。
「大体話は読めた! こいつは俺が引き受ける! あんたらは自分の仕事をしろ!!」
ラップは叫び返すと大得物を振り回し、或いは盾で攻撃を弾きながら怪物を一気に追いつめて行く。その姿にルドウイークと女冒険者は視線を交わすと、ラップに一度頭を小さく下げた後8階層に繋がる通路に向けて走り出し、
大得物を頭上で風車のように振り回して怪物の大鉈を弾き
「さぁて、と…………」
先程までの快活な声色とは別人のように不遜な声を上げてラップは怪物を睨みつける。そこに在るのはただただ不快感ばかり。
彼にとって今こんな所で足止めを食うのは本意では無く、薙刀じみた大得物である【半葉の太刀】と【黒い鳥】らの主神たる老神が幾つもの
「【
――――蔑むように口にすると、大鉈を振りかざす怪物に向け臆することなく突撃した。
<◎>
ダンジョン【上層】第9階層。今や混乱の渦中となったその場所で、剣戟の音が鳴り響いていた。
必死の形相で剣を振るい、道をこじ開けようとするのは【ロキ・ファミリア】のレベル6、【剣姫】の名を戴く第一級冒険者【アイズ・ヴァレンシュタイン】。
彼女が踏み込み、剣を振るう。音を置き去りにして、空気が断ち切られる。単純なその動作さえ、下手をすれば第一級の冒険者でさえ受けきれぬ速度に達している。そこに辿り着くのに、どれほどの鍛錬があったか。それ程の力を得るためにどれほどの苦難と相対し、どれほどの偉業を成し遂げたのか。
「――――良い技だ、腕を上げたか」
しかしそれを相手は――――大剣を手にした軽装の
「ッ……!!」
その衝撃に【剣姫】は一歩後退、だがそれを利用して体を屈めて、全力の回転切りを放ちながらに再び踏み込む。
再び、防がれる。
「あああああああッッ!!!」
叫び、更なる連撃に繋げる【剣姫】。しかし
「その動き……そうか。更なる高みに至ったな、アイズ・ヴァレンシュタイン」
斬撃の嵐に立ち塞がりながら、彼にとっては浅い階層とは言え半月近くダンジョンに潜り続け、彼女の
まさに別格。比類なき才を持ち、【深層】の【階層主】さえ単独で撃破した
それでもこの男――――正真正銘の『都市最強』、君臨せし『頂天』、【フレイヤ・ファミリア】団長、都市唯一のレベル7――――【
【剣姫】の絶え間ない連撃を前に
「ッッ……!!」
ザリザリと靴底で地面を削りながらどうにか制動をかけ、踏み止まるアイズ。その背後には横たえられたサポーターの少女。傷つきながらも自身のパーティである少年を助けてくれと懇願したその少女の声に突き動かされた彼女は、他の幹部陣を置き去りにするようにしてひた走り、そして立ち塞がった【猛者】によって足止めを食らっている。
早く。邪魔だ。どうして。
アイズの胸中をそんな焦りと憤りが満たす。この階層までなぜか上がってきたと言うミノタウロス、それに偶然遭遇し、恐らくは少女の為に絶望的な戦いに臨んでいるベル、そして救援に向かおうとしたアイズの前に現れ、何故か戦いを挑んできたオッタル。
どうしようもなく理不尽で、どうしようもなく不可解だった。その思考よりも早く、オッタルに向け再び前に出るアイズ。しかし、まるで時間稼ぎでもするかのように待ちの姿勢を見せていたオッタルは彼女の牽制と立ち回りを駆使した横殴りの雨のような斬撃を
完全防御。そう呼ばれる彼の戦闘スタイル。あらゆる攻撃をその胆力と技量と
それをアイズは突破できない。剣技はほぼ互角……いや、僅かにあちらが上。身体能力は間違いなくあちらが上。経験など、遥かに向こうが上――――!!!
それでも、アイズは食い下がる。この数日に渡って触れあってきた少年が、これどころでは無い死地に臨んでいるから。
早く、早く、速く!!
彼女の剣技が、さらに加速した。精神的にも肉体的にも間違いなく焦りの中にありながら、その技が
だが、足りぬ。剣技だけで突破できる程、眼前の男は容易い相手ではない。故に彼女は切り札を切る。対人では封印していた魔法。それを自らの背を押す、風とするために。
「【
まだ、音が聞こえる。猛牛の咆哮と、少年の必死の抵抗。それが途切れぬうちに、早く!!
風を纏った斬撃がオッタルに殺到する。彼は見極めるように目を細め、その手が余りの速度にぶれる。
初撃、気流を伴う斬撃を大剣が横から弾く。二撃、素早く切り返した振り下ろしを大剣の刃がそっと受け流す。三撃、足元の砂を巻き上げた眼潰しを兼ねる斬り上げを、目を閉じて風の音のみを頼りに防ぎきる。
数秒間の交錯で、アイズは衝撃に打ち震え目を見開いた。風を纏い、加速した彼女の攻撃にオッタルは当然と言わんばかりに追随してくる。風の剣の威力は確かに届いている。先程までと違い彼女の一撃一撃を防ぐたびにオッタルの全身には衝撃が走り、数
だがそれだけだ。想像もつかぬ戦闘経験と果ての無い鍛錬、強さへの執念。何よりも、自らの奉ずる女神への想いに基づく、強靭過ぎる意志。それが彼を絶対的な強者としてアイズの前に立ち塞がらせる。
それは、先日37階層で手合わせを行った【黒い鳥】とは別種の強さだった。
【黒い鳥】がどれほど打ち込もうと手応えの無い、『空』を斬る様な相手だとすれば、オッタルはどれほど打ち込んでも揺るがず、打ち破る事の出来ない『壁』の如き戦士だった。
アイズは思わず、オッタルの曇りの無い瞳に【黒い鳥】の底なしの眼を想起して、戦慄した。あの時はまだレベル5だったとは言え、ただ、ただ楽し気に、アイズの剣閃をいなし続けた本物の怪物。
瞬間、思考の逸れたアイズの隙にオッタルの眼がぎらりと光り、大剣を持った片手が攻めに転じる。
剛剣一閃。アイズの斬撃がそよ風のように思える一撃は、風の鎧と
宙を舞いながら、アイズは気づく。耳に届くのは、自らの纏う風の音のみ。少年の叫びと、猛牛の怒号と、剣戟の音が、途絶えていた。
アイズは最悪の状況をイメージして歯を食いしばった。そして、それに抗う様に吹き飛ばされながら地面を殴りつけて体勢を立て直しダンジョンの壁に着地。そして衝撃を足に蓄積し風の流れで自身を壁に押さえつけ――――次の瞬間、溜め込んだ反動を一気に解き放ち、風を反転させて、飛ぶ。
その速度に、今まで目を細めるばかりだったオッタルが思わず目を見開いた。アイズは泣きそうになりながら愛剣を握った右手を矢でも引くように引き絞り、そして、僅かな躊躇を心の中に感じながら――――本当の切り札を切った。
「――――『リル・ラファーガ』ッッ!!!」
放たれるは風の大槍。閃光の如き魔力を宿す嵐が、指向性を持ってオッタルに迫る。これは、本来であれば超大型のモンスターか階層主クラスの強敵にのみ放つべき技であり、絶対に人を相手に使うべき力では無い。
だがそれは、アイズにとってオッタルがそれに値するほどの強敵であるという事であり。
「オオオオオオオオオオオッッッ!!!!」
オッタルが、それを使っても勝ちの目が拾えるかどうか怪しいほどの実力の持ち主であるという事を示していた。
迫る風を、両手持ちに切り替えた大剣でオッタルは迎撃した。即座に大上段に剣を構えて
攻撃の相殺。全く同等の攻撃力を持つ力がぶつかった時にのみ起こるそれによって部屋の中心に転がったアイズは尻餅をついたまましばし呆然としていた。
確かに
「ぐ……」
だが、オッタルも完全に無傷では無かった。得物である大剣は酷く損傷し使い物にならぬ。身に着けていた防具も殆ど弾け飛び、僅かに襤褸切れ一歩手前となった
アイズも我を取り戻して、
その左右を、アマゾネスの双子が駆け抜けた。
「!」
僅かに驚愕を見せるオッタルに、跳び上がったティオナが自らの代名詞たる
だが、更に飛来した
「チッ……!!」
脇を抜けたアイズを捉えようと振り向こうとするオッタル。だそれを、掴まれた足を支点にして更なる蹴りを繰り出すベートが許さない。
「余所見してんじゃあねえよ!!!」
側頭部を狙った蹴りが到達する前に彼を放り投げる事でオッタルは攻撃を中断させる。しかし次の瞬間には復帰したヒリュテ姉妹の連携攻撃が彼に襲い掛かった。
「どうなってんのよこれぇっ!」
「わかんない!! でもやるしかないじゃん!!」
困惑しながらも、アイズの意思を汲んで二人はオッタルに挑む。絶え間ない双湾刀による連続攻撃と、そこに混ぜ込まれる無視できる筈も無い大双刃の破壊力。苛立たし気に眉間に皺を寄せたオッタルが一瞬視線を後方に向けた時、既にアイズの後姿は遠く離れ、オッタルは彼女を止めるのが不可能になったのだと悟った。
「だから余所見してんじゃあねえってんだよ!!!」
慌てて飛び退いたアマゾネスらの後方から弾丸のように襲い掛かる【ベート・ローガ】の体術をオッタルは丁寧に、しかし苛立ちながら防いでゆく。そこに、新たなる人影が現れた。小柄な、金髪の少年――――一見そう見える
「随分と慌ててアイズが居なくなったと思ったら……これはまた随分な事になっているね」
ベートを横一閃で吹き飛ばしたオッタルはその声を聞いて剣を下ろし、声の主へと顔を向けた。
「フィンか」
「やぁ、オッタル。随分と……元気そうだね」
笑顔で、しかし油断の無い眼で自身を見る小人族の青年。自身を取り囲み臨戦態勢を取る若き第一級冒険者たち。そして、その後ろに続いて現れた緑髪のハイエルフ――――【リヴェリア・リヨス・アールヴ】の姿に、オッタルは観念したかのように構えを解いた。
「一体、何が起こっているのかと思えば……!」
頭痛でも堪えるように額を抑えるリヴェリアに、何かに気づいたような顔をしたティオナが慌てて声をかける。
「リヴェリア! それよりあの子! あのサポーターちゃん治療してあげて!!」
「何……?」
「事情は後! 死んじゃうよ!」
「くっ、すぐに見る!」
急ぎ、リヴェリアがリリの治療に当たる中でそれを見届けたティオナとベートが素早く部屋を飛び出していった。
「ベートこっち! 早く追いつかないと! 良く分かんないけど、マズい気がする!!」
「うるせえ! 何が何だかこっちだってわからねえんだよ!!!」
部屋を飛び出し、ティオナとベートはアイズの後を追いかけて行く。オッタルは二人を追いはしなかった。部屋に残ったティオネ、少女の治療を【魔法】を用いて行うリヴェリア、敵対する様子は見せずとも
「僕もまだ状況を把握してはいないんだが……なぜ僕達に戦闘を挑んだのかな、オッタル。理由を聞いても? 『遠征』に挑む【ファミリア】に対して攻撃を仕掛けるというのは、ギルドの業務を妨害する事に等しい……【
「俺の独断だ。敵を討つ事に、時も場合も関係ない」
追いつめる様に自身等の優位を提示するフィンに、オッタルは事もなげに言い切った。それを聞いたフィンは、納得するようなふりをして小さく頷く。
「ふむ、ごもっともな意見だ。だが今、君は戦闘の構えを解いている。それは、もう交戦の意思が無いと判断してもいいのかい?」
「ああ。流石にお前達全員を同時に相手すれば、俺に勝ち目は無い。この件については後日――――」
「何やってんだお前ら」
その声に、今後についての言葉を途切れさせてオッタルが振り返る。曲がり角から歩み出て目を丸くしているのは、黒い髪に黒い瞳の印象の薄い顔をして、大剣を二本、長剣一本、手斧を一振り、短剣一つ、盾一枚と言う常識外の過剰装備をした、一人の男。
全てを焼き尽くし、死を告げるもの。
「…………別の勝ち目が出て来たな」
眼を見開く【ロキ・ファミリア】幹部陣を他所に、オッタルは自身の口座に溜め込まれたヴァリスの総額を素早く計算し、どう言った報酬内容で彼にアイズらを追わせるか考えながら小さく呟いた。
<◎>
「ハァッ、ハァッ……!」
息を切らす女冒険者の声を背に、ルドウイークはダンジョン9階層を突き進む。その視界には、光の糸。<導き>に引かれ、彼は一心にその導く先を目指していた。
「……貴公。あの怪物との戦いで、消耗している筈だ。無理はするなよ」
先行するルドウイークは彼女を気遣って背中越しに声をかける。自身が到着するまでも明らかに格上の怪物と長らく戦っていたようであり、既に限界近いように彼には見受けられた。
「ハァッ、大丈夫だ……私も、レベル2だしな……!」
「…………無理はせんでくれよ」
だが、女冒険者は意地を張る様にルドウイークに空元気を返した。彼は彼女に自らを
……正直に言えば、今の状況において彼女は
だが、ルドウイークに彼女を置いていくという選択肢は存在しなかった。レベル2とは言え、消耗もある今の状況でこの階層から単独で戻れと言うのは、少々危険がある。本来であれば7階層の地点で、怪物との戦闘が終わり次第戻ってほしかったのだが……状況の流れがそれを許さなかった。
致し方なし。ルドウイークにとって万全ではないが、このような状況は初めてでもない。ヤーナムの<夜>に手負いの後進を庇いながら獣を葬送した事など数え切れぬほどある。
そのまま、彼らは行く手に立ち塞がるモンスターを捌きながら先を目指す。ふと、女冒険者が不思議そうな声色で以ってルドウイークに尋ねた。
「ッ、しかし、貴公……こちらで合っているのか……? 目撃報告は、10階層と聞いていたが……!」
「………………ああ、大丈夫だ。任せてくれ」
彼女の質問に、ルドウイークは正しく答える術を持たなかった。自身にのみ見える<導き>など根拠として挙げる訳にも行かぬ。だからこそ彼は先行し、彼女を無理にでも引っ張ってゆく必要があった。
だが幾つかの
猛牛の怒りに満ちた咆哮と、少年の腹の底から絞り出すような雄叫び、剣戟音。ルドウイークは無言で更に速度を速め、そして、ついに辿り着いた。
………………世界には、常識と言うものが存在する。
物は上から下に落ちるとか、日が沈めば夜になるとか、神々は下界の子供たちの嘘を見抜く事が出来るとか。他には――――――――駆け出しの
「ああああああああああっ!!!」
『ヴモオオオオオオオオオッ!!!』
【ロキ・ファミリア】の面々が見守る前で、その不可能に、ベル・クラネルは挑んでいた。本来であれば9階層で自身の力が通じるかどうかだけを確認し、すぐに戻る予定だった冒険の最中に遭遇した、片角のミノタウロス。
手に掛けた冒険者から奪い取ったのであろう、まるでその巨体に
「…………どういう事だ?」
その光景に、ルドウイークは【ロキ】の面々の様に圧倒されるでもなく、僅かな苛立ちを以って口にした。本来ミノタウロスは、あの少年の
ならばここに居る彼らは、何故助けない? 何故、傍観者のように死地に立つ少年の背を眺めている?
ルドウイークは冒険者では無く、狩人であった。ひたすらに
だからこそ、一歩足を踏み出す。戦いの渦中に、身を投じようとする。その前に立ち塞がる少女。アイズ・ヴァレンシュタイン。
「ルドウイークさん、待ってください」
「……何故だ?」
ルドウイークはその意図をこそ尋ねた。何故だと。何故助けないのかと。強者が窮地にある弱者に手を貸さぬのは、
「邪魔しちゃ、ダメなんです……お願いします」
「…………」
ルドウイークは彼女の言葉に眉を
続く裏拳を、狩人のそれに似た跳躍で身を翻し回避する。いつだか私が触りだけ教えた事から良く学んでいる。冒険者となって短い期間でありながら
だからこそ。
「……分からん」
ルドウイークは歯噛みする。
「確かに、大切な戦いなのかもしれん。だが……だが、命を賭ける理由になるか? 死の淵に立つ理由になるのか?」
「彼が、望んだ戦いなんです」
絞り出すようなアイズの一言にルドウイークは口を
――――悪夢の時計塔で立ち塞がったマリアの
人知れず拳を握りしめるルドウイーク。彼を前に、アイズも先ほどのベルとのやり取りを思い出していた。子供が意地を張る様に、少年が一歩踏み出すように、声を震わせ、ミノタウロスに挑んだ彼。いつか見た、父の背に似た彼の覚悟に水を差される事だけは、彼女はさせる訳には行かなかった。
そんな彼らの葛藤を他所に、ベルとミノタウロスは互いの全てを絞り出し、激闘を繰り広げる。
大剣が振るわれる度に周囲に破壊が広がり、ベルの装備が弾け、晒された肌に血が滲む。ベルがナイフを振るう度にミノタウロスの肌は傷つき、赤い血が流れる。一進一退。実力伯仲。満身創痍。既に互いに、大小問わず数多の傷を負っている。既に戦いが長期間に及んでいる証左だ。しかし今、どちらが不利かと言えばベルだろう。一撃でもまともに喰らえば、彼は死ぬ。
だが、そうはならなかった。彼はそのナイフ――――【ミスリル】に主神たるヘスティアの血を宿し、鍛冶神たるヘファイストスの手によって生み出された神の武具を以って、大剣の側面を打ち払い、受け流し、僅かに生まれた隙に反撃を重ねて行く。
その戦いを睨みつけていたルドウイークは、彼の戦い方に、ふと二人の狩人の影を見る。嘗ての友であった<
――――そして、自らが正真正銘最後に相対した、名も知れぬ狩人の影を見る。<烏>同様、絶望的な相手に怯む事も無く、臆する事も無く、自らの出来る最高最善を只管に成し続け、共に在った官憲の狩人の手を借り獣となった自身を打ち破り、そして葬送を成し遂げた<最後の狩人>。
彼ら同様に、ベルは絶望を打ち破る事が出来るのか? ルドウイークはいつの間にか、ある意味ではこの場にいる誰よりも手に汗握ってこの戦いを見つめていた。
ベルが再び、ミノタウロスの懐に飛び込まんとし、駆ける。その速度は実際、レベル1の範疇をとうに越えて十分にミノタウロスにも通じている。だがそのミノタウロスには、ただのミノタウロスには無い、気迫と知性があった。
『ッ……ヴモオッ!!!』
咆哮と共に、ミノタウロスは
以前の模擬戦の際、ルドウイークに対してティオナが放ったのと同じ類の攻撃だ。あの時はルドウイークはその後に待っていた攻撃に対する手段があったために防御を選んだが、ベルはそうは行かぬ。
迫る
詰み。尋常の手段では、ベルに打つ手など無い。しかし、ベルにもただの
「【ファイアボルト】ォッ!!」
眼を見開いた彼が叫ぶと同時に、突き出した左手から赤い炎雷が迸る。それは迫りくる礫の壁を吹き飛ばした――――だけではなく、そのまま
『ヴモオオオオオッッ!!!』
衝撃にミノタウロスが叫び、焼かれた顔を片手で抑えて天を仰ぐ。もう片方の手で握りしめた大剣を
だが既に、戦いの
「うおおおおおおおっ!!」
大剣による狂乱と死の嵐に突っ込み、小刻みな
「【ファイアボルト】オオオオオオオッッッッ!!!!」
魔力を良く伝導するミスリルの刃を通して頭蓋の中に叩き込まれた赤雷によって、ミノタウロスの、ベルに比して圧倒的に強靭だった肉体がゆっくりと崩れ落ちた。
<◎>
その後の事は、ルドウイークには与り知れぬ事だった。信じられぬ光景に、今まで【ロキ・ファミリア】の面々に圧倒され声を出す事も出来ずにいた女冒険者が驚愕の声を漏らし、ベートが呆然と伏したベルの晒された背を見つめ、すぐに何かに思い至ったかのように、怒りに歯をむき出して拳を握る。
倒れ伏したベルはどうやら【
そして今、意識の無いベルはルドウイークに抱えられ、女冒険者と彼女が抱えるリリと共に帰路を歩んでいる。
「………………」
「………………」
彼らの間に言葉はない。ベルの勝利を見届けたリリは緊張の糸が切れたかのように気を失い、女冒険者はレベル1が単独でミノタウロスを討伐したという明確な偉業に圧倒されていたからだ。
「…………なぁ、貴公」
その沈黙の中で、ルドウイークは口を開いた。どうしても、この世界の住人に聞いておきたい事があったからだ。女冒険者は気を失ったリリに向けていた視線をルドウイークに向け直し、彼の二の句を待つ。
「『冒険者は、冒険してはならない』と言う。だが、彼は命を賭けていた。それほどまでに、『冒険』は大事な物なのか? 必要のない危険に挑んでまで、成し遂げるべき事なのか?」
「………………そう考える者は、少なくないな」
女冒険者は、言いづらそうに答えた。
「昨今では、【ギルド】は
「……そうか」
ルドウイークは憮然とした、しかしどこか悲しげな表情で答える。多くの命が危ぶまれる事の無いようにと願いあの<夜>を戦い続けたルドウイークにとって、あえて危険に飛び込んでゆくなど真逆の考え方だ。
しかし、外から見れば彼ら狩人も途方もない危険に身を投じ続ける狂人であり、故に狩人はヤーナムの人々の信頼を失い、蔑まれ、心折れて夜の闇に消えて行ったのだ。
……戦う理由は違う。いや、理由しか違わぬのか。我ら狩人と彼ら冒険者にそう違いはない。否。血に穢れた我ら狩人より、栄光に殉ずる彼らの何と
だが。
「本来、一度でも死ねば人は終わりだ…………やはり、私にはよく分からんよ」
気を失ったベルの重さを――――彼にとっては軽々と持ち上げられる、だが途方も無く重い命を確かに感じながら、ルドウイークは誰にともなく呟いた。
<◎>
ルドウイークがベルとリリをロキ・ファミリアから預かり帰路についたのと、ほぼ同時刻。同じく9階層の一角で、オッタルと【黒い鳥】は不本意ながらに並んで座り込み、壁を睨んで時間を無駄にしていた。
「なぁ、オッタル」
「…………なんだ」
「今のアンタ、滅茶苦茶情けない顔してるぜ」
「言うな」
複雑そうな面持ちで尋ねる【黒い鳥】の言葉を聞いて、オッタルは歯噛みしながらに自らの失態を戒めて呟く。
「……この不覚、一生の傷だ。呪うぞ【剣姫】。そして……」
ちらと、オッタルは横に目をやった。そこに座る【黒い鳥】は【引き合う石の剣】を分解し、その刃の一つ一つを丁寧に磨いている。改めてその様を確認したオッタルは、呆れたように彼に話しかけた。
「……何故依頼に応じてくれなかった、【黒い鳥】」
――――顛末はこうだ。フィン達ロキ・ファミリアの幹部陣と相対して戦う構えを解いたオッタルはしかし、偶然現れた【黒い鳥】に『依頼がある』と持ち掛けたのだ。
当然フィン達はその言葉に身構えた。確かにオッタル自身はもう戦闘の意思がないと示してはいたが、【黒い鳥】への依頼と言う形で状況をひっくり返そうとするのは流石のフィン達にとっても寝耳に水であったからだ。
しかし、全くもって状況を理解していなかった【黒い鳥】は、狼狽しながらも依頼の受託を拒否。
今まで自身の頼みであれば大抵の事には首を縦に振って来た【黒い鳥】が依頼を拒否した事で、オッタルは思わず目を丸くした。そこでフィンが咄嗟に『僕らがここを離れてからしばらく、
その為、オッタルは現在【黒い鳥】の監視下にある。特段、見張る以外に何も指示されなかったために【彼】は武器の整備をしたり寝転んだりと自由にやってはいるが、オッタルも事ここに至っては【黒い鳥】を出し抜いてまでロキ・ファミリアの面々を追う事は無い。
それに、今の彼にとっては自らが手を加えてやったあのミノタウロスや、それに遭遇したはずの【ベル・クラネル】がどうなったかも気になる所であったが、【黒い鳥】が何故自身の頼みを聞かなかったかも気にはなっていた。
「…………【黒い鳥】。私の依頼では不足だったか? 報酬ならば、それなりに出すつもりだったんだが」
「……いやさ、金の問題じゃあなくてさぁ。俺にだって考えとか都合はあるんだよオッタル。いつでも、どんな依頼でも請けてやれるわけじゃないの。それくらい分かれよな」
【黒い鳥】は口を尖らせて面倒そうに答えた。
今回、ロキ・ファミリアの遠征を利用して深層未踏査階層への偵察を行おうとしている【彼】にとっては、フィン達の妨害となりそうな行動を取る事は論外だ。故に、例え状況を理解していても首を横に振っただろう。
そんな事情など、オッタルは知らぬ。だが、【黒い鳥】と付き合いの長い彼は、自身の依頼を請ける事によって【黒い鳥】が何らかの不利益を被る事になったのであろう事を理解しており、故に、彼が何かを企んでいることにも気付いていた。
「何が狙いだ、【黒い鳥】。かの神の眷属であるお前が【ロキ】の遠征と同時にダンジョンに潜っているなど…………何らかの意図を感じずには居られん」
「さぁ、何の事やらな。俺はただ、気まぐれにそこらをほっつき歩いてただけだぜ」
「私の頼みより大事な事なのだな? お前の今回の冒険は」
「だから、何でもねえんだよ。何でもない。今回俺は、何をするつもりもない」
「そうか」
何も無い、との一点張りを繰り返す【黒い鳥】。対するオッタルは、仏頂面のまま視線を向けずに呟いた。
「友人とは、そう言う物を越えて協力してくれるものだと思っていたが」
「……………………それでもダメな時はダメなんだよ。アンタだって、俺とフレイヤならフレイヤを優先するだろうが」
「様だ」
「は?」
「『様』を付けろと言っている」
「…………今だけは嫌だね」
苛立ちを隠さずそっぽを向く【黒い鳥】を見てオッタルはいつかの様に口うるさく説教をするべきかとも思ったが、それよりも、あのミノタウロスと少年の戦いがどうなったかに思いを馳せ、燐光を放つ迷宮の天井を見上げる。
既に戦いの音が途切れてからしばらく経った。少年は勝利したのか、それとも敗北したのか……フレイヤ様の寵愛を受けるに相応しい姿を見せられただろうか。満足いく結果が出ただろうか。
期待はあった。あのお方に見初められた以上、あの少年にはそれに応える義務があるし、オッタル自身、この試練を彼が乗り越えれば、よりあのお方に相応しい物になると考えていた。だがもし、【剣姫】が乱入したなどしてそれが叶っていなかった場合…………それを考えるとオッタルは自らの無力がどうしようも無く憎たらしくなって、今まで上に向けていた顔を無意識に俯かせた。
「あの方が、落胆するような事になっていなければいいが……」
「アンタ、そればっかだよな。俺を巻き込んだ事については何とも思ってねえのかよ」
「今更何が起こったとて、心配が必要か? お前に?」
「まぁ、要らんよな。アンタに心配されるなんて思うと、心底怖気がする」
「私も、お前の心配などしようとしたら、間違いなく気分が悪くなってしまいそうだよ」
「珍しく意見が合ったな」
「全くだな」
ははは、と。【迷宮】の通路に座り込んで憮然とした表情を浮かべる都市最強と都市最悪は、それぞれどうしようも無く感傷的になって空虚に笑うと、それから揃って大きく溜息を吐いた。
ルド対山羊頭、アイズ対オッタル、ベル対ミノタウロスでお送りしました。
前話投稿地点で10000字くらい書いてたんですけど、そっから友人にゲーム誘われたり身内であーだーこーだしたりいろいろあって全然進んでんかったのでこの三連休で10000字以上書きました。なので誤字とか多そう。何度か見なおしてはいるんですけど毎回ガッツリ出るので心配です。毎回誤字報告を入れてくださる方々には頭が上がりません。
偉業と言う壁、人種の壁、レベル差の壁……ダンまちの世界にもいろいろな壁がありますが、ルドウイークと彼ら彼女らの間にもまた、大きな価値観の壁がありますね。
次はエリスへの帰還報告と神会かな。
フロムゲーからのゲストキャラ募集行為を活動報告で行っておりましたが、前話のあとがきに記した通り今話の投稿を持って一旦打ち切り……とするつもりだったんですけど、明日までにキャラ募集のコメント返信をするので、それを以って〆切とさせていただきます。
代わりと言っては何ですがゲストモンスターの募集をしてますので、注意事項をお読みの上ご協力していただければありがたいです。
今話も読んで下さって、ありがとうございました。