月光に導きを求めたのは間違っていたのだろうか   作:いくらう

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【ギルド】周り、突貫ですが丁度10000字くらいです。

UA10000!? お気に入り750!? 嘘でしょ!?
息抜きのつもりで書いたものが伸びてて盛大にビビっております。

感想評価お気に入りありがとうございます。そして誤字報告等して下さる皆様、大いに助かっております。


03:【ギルド】

「エリス神。あそこで何やら運んでいるのは何と言う種族だ?」

犬人(シアンスロープ)の男性ですね」

「あちらの女性は……耳の形からして、狐人(ルナール)とやらか?」

「そうですね……と言うかそれ、さっきも話しませんでした?」

「いや、とても興味深い。何度でも聞きたいほどだ。ヤーナムでは、ああ言った獣の特徴を持つ人々など存在しえなかった……何がどうなってああなったのか、実に興味がある」

「……『獣』って彼らにとってはひどい侮辱なので、程々にしといてくださいね?」

「そうか……デリカシーという奴が足りないと昔からよく言われてはいたが……すまない」

「分かればよろしいです」

 

 初めて見るオラリオの街路は、ルドウイークにとって驚きの連続であった。

 

 見た事も無い数多の人種、<ヤーナム>では決してありえぬ人々の活気、ひそひそと言葉を交わすヤーナム民とは対照的な、ざわざわと言う喧騒。その全てが、ルドウイークに新たな経験を与えてゆく。

 それを、彼は心の底から楽しんでいた。あのヤーナムでのみ暮らしていた自身の見識の狭さを痛感しながらも、世にこれほどのものが存在したのだという驚き。そこには少しの羨望も含まれていたが、それを時折見上げるエリスもどこか誇らしそうに微笑んでいた。

 

「そう言えばエリス神」

「なんです?」

「<月光>をこうまで隠す必要が、果たしてあったのか?」

 

 そう言うルドウイークの背に負われた<月光の聖剣>は、それをすっぽりと覆う革袋の中に封ぜられていた。最初、そのままの姿で家を出た彼らだったが、思い出したようにエリスが家から革袋を持ちだして月光に被せて隠したのだ。

 それを疑問に思わざるを得ないルドウイークに、エリスはその外套の襟を掴んで顔を引き寄せた後、周囲の誰にも聞こえぬよう小声でつぶやいた。

 

「大アリですよ……! この剣が特別な物だってのは、私にだって一目で分かりました……! だったら他の神だってわかるはずです。覚えておいてください。この【オラリオ】で特別であるっていう事は、ロクでも無い神様に目を付けられる理由になるって事を……!」

 

 自分の事を棚に上げてエリスは特別である事の危険性をルドウイークに力説した。それを聞いて、彼は納得するように小さく頷く。

 

「なるほど……だからまずはレベル1とやらからのスタートなのだな」

「そうです!」

「分かったから、苦しいので離してくれ。息が詰まる」

 

 ルドウイークが嫌そうに言うと、渋々といった様子でエリスは彼の外套から手を離して少し不機嫌そうに歩き始めた。彼はその様子を見て訝しんだ後、大人しくその後に付いて歩き始める。

 

 道中、朝食をすっかり忘れていたエリスが腹を空かせて屋台へと引き寄せられていった以外は、彼らの歩みは順調なものだった。ルドウイークは歩きながら視線を巡らせる。その先にあるのは巨大な塔。【摩天楼(バベル)】。【迷宮(ダンジョン)】の真上に立てられた50階建ての巨大な塔であり、そこには公共施設、商業施設、神々の住まう階層などがひしめく正しくオラリオの中心とも言える存在である。

 それを横目にした北西第七区。そこに、【ギルド】の本部は存在した。白い柱に囲まれた荘厳な雰囲気とは裏腹に、誰もが足を踏み入れる事の出来る開かれた場所だ。

 

 その手前に辿り付いた二人は、すぐにギルドの門を潜り――――はしなかった。ひそひそと話し合い、冒険者として【ギルド】の認可を受けるための最後の確認を始めるのだった。

 

「ではルドウイーク、()()は覚えてますね?」

「…………私はルドウイーク。【ラキア王国】の生まれで、徒に戦火を広げる【アレス】のやり方に耐えきれずに出奔してきた元兵士。レベルは1で、【恩恵】を受けたのは25の頃。【スキル】は無し。先週【オラリオ】にやってきて、【エリス・ファミリア】へと【改宗(コンバージョン)】した……他に何かあったかね?」

「よろしい。大体分かってるみたいですね」

 

 ルドウイークの語る設定が自身の伝えたそれと相違ないのを確認して、エリスは満足そうに頷いた。そして、今度こそ二人はギルドの門を潜ろうとして、エリスが慌ててルドウイークの前にさっと立ち、その外套の襟を掴んで自身の視線の高さにまで顔を引き寄せた。

 

「一つ、言うのを忘れてました」

「人の服の襟を引っ掴んでまで言わねばならぬことかね、エリス神」

「……うちの【ファミリア】担当の職員、ロクでも無い奴なので……不在なのが一番なのですが、もし出てきた時は気を付けてくださいね」

「……わかった。わかったから、手を離してくれ。息苦しい」

 

 

 

<◎>

 

 

 

「へっきし!」

 

 【ギルド】本部に設けられた冒険者達の窓口。そこで働く受付嬢、【エイナ・チュール】は突然の鼻のむず痒さに襲われ、盛大なくしゃみの音を待合室に響かせていた。

 

「どしたの~エイナ~? 風邪でも引いた~?」

 

 彼女の居る窓口の隣で、のんびりと書類にペンを走らせていた同僚が仕切りの影から顔を出して不思議そうに彼女に声をかけた。それを聞いたエイナは大丈夫だとジェスチャーを送り、小さく洟を啜る。

 

 今日の【ギルド】では、盛大に閑古鳥が鳴いていた。普段であれば換金等の為に昼夜問わず訪問者のあるこの窓口ではあるが、まだ年明けムードが残っているのか冒険者たちの足取りはほとんど無い。その為、彼女を初めとした職員達はそれぞれ何かの業務を探して時間を潰しているのだった。

 

 かく言うエイナも自身の分の書類の始末を終わらせた後は暇を持て余し、手慰みに各【ファミリア】の情報を整理している最中であった。急ぎでもない仕事だが、なんだかんだで日々睨み合っているそれぞれの【ファミリア】では、時折小競り合いが起きたりもする。

 その時のために、こうして各【ファミリア】の事をしっかりと頭に入れておくことはこの暇な時間を潰すのには打ってつけの仕事であった。

 

「エイナ~暇~」

「……いや、仕事しなさいよ。書類溜まってるんだから。それが嫌なら、普段から書類はちゃんと処理しておいたほうがいいわよ」

「代わってよ~エイナ~もう終わったんでしょエイナの分~」

 

 先ほどの同僚が無数の書類にひたすらサインを書き連ねる事に耐えかねたか、自身の仕事をエイナに丸投げするべく彼女へとすり寄って来た。エイナはその頬を思いっきり押し返して、心底嫌そうに同僚へと白い目を向ける。

 

「もう……いいけど、そしたらあなたはどうするのよ。()()()と一緒に資料の整理でもする?」

「え゛っ、やだ。あの人怖いし、厳しいし」

「だったらさっさと書類片付けちゃいなさいよ。そしたらもうやる事ってそんなにないんだし」

「先日みたいに、新しい【ファミリア】の創設願いとか来れば、いい感じに時間潰せるんだけどね~」

 

 遠回しに仕事の丸投げを咎めたエイナに、同僚はのんびりとした口調で今日の本業の少なさを嘆いた。

 

 確かに、今日は異様にお客さんが少ないのはわかるけど、もうちょっとしゃんとしなさいよ…………。エイナがそんな考えを思いっきり顔に滲ませた瞬間、同僚ははっと顔を上げ、【ギルド】の入り口へと目を向けた。

 

「ありゃ、こりゃ珍しいお客さん」

「ん?」

 

 同僚のちょっと驚いたような声にエイナも釣られるように視線を向けると、そこには此方へと向かってくる一人と一柱の姿が目に映った。

 

 一人は背の丈2(メドル)近い大男。波打つ灰色の長髪と恵まれた体格、そして頑なそうな表情。首から下は露出の皆無な白装束で覆い、さらに厚手の外套を着こんでいる。何より目を引くのがその背中に背負った革袋だ。恐らくは、あそこに彼の得物が仕舞い込まれているのだろう。正しく、歴戦の戦士と言った雰囲気だ。

 

 一柱は彼女が初めて見る女神だ。その背丈は隣の男よりは頭二つほど小さく、しかし神特有の美貌を持ち、その体からはハッキリと神威が滲みだしている。

 

「ここが【ギルド】で間違い無いかね?」

 

 エイナが一人と一柱を観察している内に、彼らは窓口へとやってきて、男がエイナの前に立つ。その身長と醸し出す雰囲気に一瞬気圧されるエイナだったが、そこはプロの受付嬢。すぐさま気持ちを切り替えて営業スマイルを浮かべ、男に対して応対し始めた。

 

「ようこそ【ギルド】へ。本日はどのようなご用件でしょうか?」

「ああ、すまない。冒険者としての申請をしたくてね」

「神様が付き添って下さっているなんて珍しいですね。どちらの【ファミリア】ですか?」

「【エリス・ファミリア】だ」

「少々お待ちくださいね……えーっと担当は……」

 

 彼の言葉を聞きエイナは先程までめくっていた資料に手を伸ばす。

 しかし、神様が新規の【眷族】の申請にこうしてギルドに顔を出すというのは珍しい。神様が【ギルド】に顔を出すというのは何らかの手続きが必要な時や【ギルド】からの依頼をこなした時くらいで、新たな【眷族】の登録に【ギルド】まで同行してくるのは『保護者みたいでみっともない』とかそんな理由で稀である。神様とは、そういう所でメンツを気にする生き物なのだ。

 

 そんな事を考えている内にエイナは目当ての資料を見つけ、そこに書いてある担当者の名前を見つけた。そして、隣で暇そうにしていた同僚に声をかける。

 

「ねえちょっと、資料室に行ってあの人呼んで来てくれない? 私、この人と神様に話聞かなきゃいけないし」

「ええっ!? やだよ! あの人の仕事の邪魔したら何言われるか分かんないじゃん!」

「これも仕事だからそんな事言う訳無いでしょ! 怖がり過ぎよ」

「ええ~……ハイハイ了解、ちょっと待っててもらってね~」

 

 それだけ言い残すと、同僚は足早に受付の奥へと消えて行った。その姿を見送って、エイナは資料の履歴と、大男の隣に立つ女神へと目を向けた。

 

「【エリス・ファミリア】への加入者はしばらくぶりですね。【恩恵】はもう?」

「授けてあります! 彼は【ラキア王国】の出身で、【アレス】のやり方についていけなくなって出奔してきた……」

「エリス神。聞かれても無いのにそんなことまで話す必要があるのかね?」

「……そうですね」

 

 そんなやり取りをする一人と一柱を見て、エイナは仲の良さそうな人達だなと少しほっこりした。そう思っていると、受付の奥から同僚が顔を出してエイナの元へと駆け寄ってくる。

 

「えっとね、すぐ行くから2番の応接室で待っててもらってくれって」

「あ、了解。……と言う訳ですので、応接室にご案内します」

「ああ、よろしく頼む。行こう、エリス神」

「やっぱ行かなきゃなんですかね……」

「当然だろう」

「はぁ~…………」

 

 随分と応接室に向かうのを渋るエリス神であったが、男に促されて嫌々と言った具合で歩き出し、その後を男が追う。そんな二人をエイナは部屋へと案内してお茶を出すと、あとを訪れるであろう担当者に任せ、自身の仕事へと戻るのだった。

 

 

 

<◎>

 

 

 

 応接室のソファーに並んで座り込んだエリスとルドウイークは、担当者が来るまでの間、これからの展望について話を重ねていた。

 

「で、ここで認可が得られれば私はもう【迷宮(ダンジョン)】へと潜れると言う訳だな?」

「そうですね。ただ【迷宮】への出入りはキッチリチェックされますから、どうあがいてもギルドに無断で【迷宮】に潜るのは無理ですよ」

「無断で潜る必要もあるまい。出入り自体を隠す理由は私には無いからな」

「まぁそうですけどね…………あと、許可がもらえても最初は【迷宮】についてのレクチャーがあると思いますから、それはキッチリ受けてもらう事になりますね」

「基礎的な知識は既に貴方に教えてもらっているから問題は無いと思うが……丁度いいか。私も【オラリオ】の常識(ルール)はキッチリと理解しておきたいし――――」

 

 そう話していると、ドアの取っ手が捻られ一人の人間(ヒューマン)の女性が部屋へと足を踏み入れて来た。

 

 先ほどこの部屋に案内してくれた受付嬢より少し短い黒髪に、血のように赤い瞳を持つ女。【ギルド】の制服を一部の隙も無く着こなし、その身長はちょうどエリスとルドウイークの中間程で、おおよそ170(セルチ)程度か。脇には幾つもの資料を抱えており、それを机の上に置くとルドウイーク達の向かい側のソファへと腰掛け、まずエリスへとその怜悧な視線を向けた。

 

「久しいな。まさか、お前が新しい【眷族】を連れてくることに成功するとは。少々驚いたよ」

「久しい、って3日くらい前に会ったばっか……っていやいや、神様に対してお前ってちょっと生意気じゃないですか!? 私貴方の神様じゃありませんしー!?」

「3日前と言っても、それはお前の職場での話だろう。こうしてお前と【ギルド】で出会うのが久しい、と言ってるんだ。後、神らしく崇めてほしいなら昔のお前に文句を言っておく事だな」

「むう……」

 

 唸るエリスにその女職員は皮肉っぽく笑いかけ、ついでルドウイークの方へと目を向けて立ち上がり、手を差し出して自己紹介した。

 

「ああ、失礼したな。私はニールセン。【エリス・ファミリア】担当の【ラナ・ニールセン】だ。この【ファミリア】にとっては10年近くいなかった新規加入者だが……お前がエリス神の新しい【眷族】か? 名前を聞こう」

「<ルドウイーク>だ」

「ルドウ()ーク?」

「ルドウ()ークだ」

「言いづらいな」

「よく言われる」

 

 立ち上がって自己紹介を返しながらその手を握り返すルドウイークに、ニールセンはどこかで聞いたような反応を返してからその頭の先からつま先までを眺めるように視線を動かし、それからまたソファーに腰掛けて資料を開いた。

 

「そうか……ふむ、最近見た新米の中では、一番真っ当な顔をしているな。悪くない。あんまりすぐに死なれてしまうと、私も寝ざめが悪いからな」

「そうなんですよ! 【ステイタス】もそれなりですし、きっとこの先彼は大きく名を――――」

「お前は少し黙っていてくれ。さて、ルドウイークと言ったか。冒険者になりたいとの話だったが、【恩恵】はもう受けてきているんだろうな?」

 

 来たか、とルドウイークの膝の上に置く手に力が籠った。設定自体は頭に入れて来てはいるが、自身はこうして嘘を吐くのに慣れていないのが実情だ。元来他者には誠実に接するように心がけてきたし、マリアや<加速>には何度『ルドウイークは腹芸に向かない』と笑われたことか。

 だがしかし、今回はそうは行かぬ。自身の為にも、エリス神の恩に報いるためにも、この嘘は必ず吐き通さねば。先程まで騒いでいたエリスも今や固唾を飲んでその様子を伺っている。それを見てルドウイークは自身に喝を入れて、自然体を心掛けながらニールセンの質問に答えていった。

 

「…………ああ。今朝【エリス・ファミリア】への【改宗】を終えて、後は【ギルド】の認可を待つばかりだ」

「【改宗】? すると元々別の【ファミリア】に居たのか?」

「【ラキア王国】……いや、【アレス・ファミリア】の所属でな。戦争という奴に疲れてね」

「ああ……私もあそこは好かん。徒に戦火を広げ、秩序を乱す愚か者どもだ。まぁ、全盛期の戦力も失った今、その内痛いしっぺ返しを食らうだろうがな。そこから抜けたのは賢明な判断だと評価しておこう」

「そう言ってくれると助かる」

 

 資料にルドウイークの証言を書きこみながらも疑う様子を見せないニールセン。覚悟していたよりも些かあっさりと窮地を切り抜けたルドウイークは、大物狩りとも呼べる激戦を制したかのような安堵を感じ、心中で胸を撫で下ろした。

 エリスもルドウイークの嘘をニールセンが疑わなかったのを見て、安心しきったようにソファにへたり込んでいる。だが、ニールセンはそんなエリスにちらと目を向けると、資料に視線を戻しつつどこか気遣うように言った。

 

「ところで、いいのかエリス神?」

「えっ!? えーっと……何がですかね?」

「もう昼を過ぎるぞ。もし遅刻したら、またマギーの奴に説教を食らうんじゃあないか?」

「…………あっえっもうそんな時間!? すみませんニールセン後お願いしちゃっていいですか!?」

 

 一瞬前までの訝しんでいた顔から一転、急に顔面蒼白となってあたふたしだすエリス。それを見てニールセンは口元を歪め、愉快でたまらないといった風な顔をして一度茶を口にした。

 

「ふぅ……いいだろう。だが、タダと言う訳には行かん。今度【鴉の止り木】で何か奢れ」

「えっ!? そんな事したらまた給料から天引きされちゃうじゃないですか!?」

「秩序を守るには多少の犠牲は必要だ。今回はそれが、お前の所持金だったと言うだけだ。それとも黙っていればよかったか? その時は手ひどく大目玉を食う事になっただろうが……」

「あーっやっぱ来るんじゃ無かった! ルドウイーク私は行きますからね!? 後はとにかくなんとかしてください!! じゃ!」

 

 それだけ言い残すと、エリスは脱兎の如く駆け出して部屋を飛び出し、あっという間に居なくなってしまった。その場に一人残されたルドウイークは、どう対応していいか分からず開けっ放しのドアを見つめるばかり。一方その姿を見たニールセンは、愉快でたまらないと言う風に口元を隠して笑った。

 

「まったく……お前も苦労するだろう? あのような主神では」

「………………付き合いがそう長いわけでは無いが、彼女には大恩がある。あまり悪くは言わないで貰いたい」

「律儀な男だな、良いだろう。ではそうだな……」

 

 その返答に満足そうに頷くと、ニールセンは開けっ放しのドアを閉めてから資料を一枚取り出し、ルドウイークへと差し出してソファーに座り机に両肘を立てて指を組んだ。

 

「まずは、【迷宮】についてお前がどれほどの知識を持っているか。それから試させてもらおうか」

 

 

 

<◎>

 

 

 

「成程、それなりの知識はあるようだ……認めよう、その資格を。今この瞬間からお前は冒険者だ」

 

 昨日(さくじつ)エリスから教えられた知識を総動員してニールセンの質問攻めを何とか捌き切ったルドウイークは、体をそう動かしたわけでもないと言うのに肩で息をしながら机に置かれた茶を一気に飲み干した。それを見てニールセンは楽しげに笑い、傍らのポットの茶をカップに注いでやる。

 

「すまない、礼を言う」

 

 そう言ってその二杯目もすぐさま空にしたルドウイーク。ニールセンはそれを見て三杯目を注ぐことはせず、代わり机の資料を何枚か手に取って自身の目の前に広げて見せる。

 

「ふむ……エリスの奴も最初は浅い階層までにしておけ、と言っていたのだったな? とりあえずその程度の知識があるならば、私も最低限の安全は保障できる」

「そうか…………安心した」

「だが、これからすぐに【迷宮】に潜る気か? 確かに戦闘向けの服ではあるようだが……鎧などの用意はしてあるのか?」

「ああ。だが鎧やらを用意するのはひとまずは浅い階層でどんなものか試してみてからだな。昔からこの装束を着て戦って来たもので、鎧と言う物には不慣れなんだ」

「鎧に不慣れとは、本当に戦士だったのか? 珍しい男だ」

 

 ニールセンは知らぬことではあったが、ルドウイークが渡り合ってきた<ヤーナム>の獣たちは多くが恐るべき膂力を誇り、生半な鎧や盾など容易く引き裂くほどの怪物であった。故に<ヤーナム>の<狩人>達はその爪牙を躱すための軽装を重視し、鎧と言った重装の防具を身に付けることは無かったのだ。

 

 この世界特有の、特別な鉱石とやらで作られた防具であればまた違うのかもしれないが――――

 

 エリスから伝えられた知識から、ルドウイークは幾つかの可能性を思案する。だが、それでもルドウイークは慣れ親しみ、そして十二分な性能を持つこの装束を鎧に着替えようなどと言う考えを持ってはいない。

 しかしそれを揶揄されたことが自身の素性の露呈に繋がるのではという可能性に気づいて、彼は慌てて取り繕った。

 

「いや、私は鎧を着て自由に動けるほどの力を持っていなくてね。それについては置いておいて欲しい。ともかく、この装束が気に入っているんだ。なので問題は無い」

「あ、ああ……まぁ、どのような服装で冒険に出るかまでは、ルールに無い事だ。好きにするといい」

 

 その剣幕に押されたニールセンがあっさりとそれを認めるのを見て、ルドウイークは胸中で安堵した。しかし、ニールセンは更に質問を重ねて来る。

 

「それで武器は? その……大剣か? とにかく、その大きさの得物一つでは取り回しが悪いだろう。何か買っていくつもりなのか?」

「いや……あー……実は、【オラリオ】に来るために路銀は使い果たしてしまってな。今はほとんど無一文なんだ」

「ほう? 主神と揃って貧乏人か。悲しい話だ」

 

 そう皮肉るニールセンにルドウイークは曖昧な愛想笑いを返す事しか出来ない。すると、ニールセンは何かを思いついたかのように立ち上がって一度部屋を後にする。

 

 そして数分ほどして帰ってきた彼女は幾つかの包みを抱えており、早速机の上に包みを並べ出した。そこには短刀や軽防具を初めとした装備と、安物の治療薬(ポーション)を初めとした幾つかの消耗品が用意されている。

 

「これは餞別だ。持っていくといい」

「いいのか?」

 

 驚いたようにその品々を検めるルドウイーク。確かに、この装備があれば駆け出しの冒険者もある程度安定した狩りが見込めるのだろう。しかし、この世界に渡ってきたばかりの彼にこの装備の代金を返す余裕も保証もない。それをニールセンに伝えようとルドウイークが口を開こうとすると、それを察したかのように彼女は肩を竦めた。

 

「何、案ずることは無い。冒険を始める者への、ギルドからの支給品さ。だが、慈善事業でやっているわけでは無いからな。可能な限り返済してくれ。その代金の内訳は、今度エリス神に奢ってもらう時にそれと無く伝えておくよ」

「いや……ここまでしてもらえるとは、驚きだ。礼を言う、ニールセン。……もし私が死んだりしたら、その借金はどうなる?」

「理想としては生きて全額返済してくれる事だが、死んでしまったならある程度をエリス神に請求してそこまでだな…………まぁ、奴の懐事情は私も知っている。つまるところ、お前の頑張り次第、と言う事だ」

 

 あくまでドライに生死を語るニールセン。その姿勢にむしろ好感を抱いて、ルドウイークは彼女に対し出会った時とは逆に握手を求めた。ニールセンはそれを見てほんの一瞬呆気に取られるが、すぐに微笑を浮かべてその手を握り返した。

 

「ニールセン、貴方が担当で助かった。お陰で、何とかこの街でもやっていけそうだよ」

「それほどの事はしていないさ。お前の冒険に幸運がある事を…………そうだ、最後に警句を一つ伝えておこう」

「警句?」

 

 『警句』と聞いて、ルドウイークの体に緊張が走る。嘗て、<ビルゲンワース>の<ウィレーム学長>からゲールマン翁とローレンス殿に伝えられたという、ある『警句』が脳裏を過ぎったからだ。初代教区長ともなったローレンス殿が獣の愚かに呑まれたのも、その警句を見失ったからだとされている。

 

 しかし、当然の事ながら、ニールセンの語った警句はそれとは全く異なるものであった。

 

「――――『冒険者は、冒険してはいけない』。矛盾しているが、まぁ、死んだら終わり、と言う事だな。未来ある駆け出しに徒に死なれると、それだけこの街の秩序が乱れる。それを常に胸にして、冒険を謳歌するといい」

「承知した……では、私はここで失礼する。本当に助かった」

「ああ。早速死なぬよう、精々気を付けるといい」

 

 そう言って大仰な礼を見せるルドウイークに、腕を組んでいたニールセンは小さく手を振った。満足そうに顔を上げてルドウイークはニールセンに背を向けて部屋を後にして、彼女はそれを追い、荷物を持って応接室を後にする。

 

 すると、ギルドの入り口から外に抜けようとしていたルドウイークが速足でこちらへと戻ってきた。何事かと身構えるニールセン。その目前にまで迫ったルドウイークは自身の無知さを恥じるように少し顔を赤くして、ニールセンに頭を下げた。

 

「…………すまない。【迷宮】への道筋を教えてもらってもいいか? 如何せん、この街にはまだ不慣れでな……」

「そう言う事は先に言え……主神同様、世話の焼ける男だ」

 

 とんぼ返りして申し訳なさそうに言うルドウイークにひとしきり呆れた後、ニールセンはメモとペンを取って机に向かうのだった。

 

 

 

<◎>

 

 

 

 

―――――――――――――――――――

 

 

 

【名前:ルドウイーク】

【Lv:―(1)】

【二つ名:無し】

【所属:エリス・ファミリア】

【種族:人間】

【職業:冒険者、狩人】

【到達階層:0階層】

 

【スキル(狩人の業)】

・<加速>

 

【装備】

・<月光の聖剣>

・短刀

 

【防具】

・ルドウイークの狩装束

・ルドウイークの手甲

・ルドウイークのズボン

 

【アイテム】

・ポーション×1

・青い秘薬×3

・鎮静剤×1

・石ころ×10

・鉛の秘薬×2

 

・水銀弾×0

 

【秘儀】

・<エーブリエタースの先触れ>

・<精霊の抜け殻>

・<夜空の瞳>

・<聖歌の鐘>

・<彼方への呼びかけ>

 

 

 




原作勢で初めての登場となったのはエイナさんでした。

今回一人と名前だけ一人出ましたけど、今後もちょくちょく(?)フロムキャラを出してくつもりです。

好きなオペレータはファットマンとマギー、セレン姉貴、2AAのオペレータです。

今話も読んで下さって、ありがとうございました。

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