月光に導きを求めたのは間違っていたのだろうか   作:いくらう

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冒険したり街をふらついたり、12000字くらいです。

投稿から一週間でお気に入り1700とか総合評価3000到達とかもうどうビビればいいか分からんですね……。


感想評価お気に入り誤字報告等して下さった皆様、ありがとうございました。
特に誤字報告してくださった方ね! 前回キャラ名間違えてましたからね!
本当にありがとうございました!


05:【サポーター】

 ――――ルドウイークが初めてダンジョンに潜ってから、二週間が経とうとしていたその日。変わらず、彼は【迷宮】に居た。階層は第三階層。

 既に探索の開始から3時間を過ぎたそこで、彼はエリスの精神に手ひどい傷を負わせぬために外套の雑嚢に隠す事で溜め込んでいた12000ヴァリスを使いようやく手に入れた長剣、それを天井や壁を縦横無尽に移動するトカゲ型のモンスター、【ダンジョン・リザード】相手に振るっている最中であった。

 

 茶色の鱗を持つダンジョン・リザードが天井から跳躍しルドウイークを狙うも、彼は横にステップを踏んでそれを回避し地面に叩きつけられたそのトカゲの首を横薙ぎに切断する。さらに壁を走り抜け、彼の後ろへとすり抜けようとした個体の背に杭じみた蹴りを放ってその胴体を踏みつぶし、またしても容赦なく首を切断した。

 その首が転がるのも気に留めず素早く正面を向いたルドウイークの前には既に跳躍したダンジョン・リザードが2体。しかしルドウイークはその2体の間に出来た間隙をすり抜けるように跳ね抜け、それと同時に放っていた横薙ぎによってその双方を一息に殺害せしめる。

 

 その2体を最後に、彼が相手をしていたダンジョン・リザードは全て殲滅された。だが彼は止まらぬ。すぐさま踵を返すと、後方で7体ものコボルトを相手にしていた二人組の元へと馳せ参じ、その内の一人、ルドウイークと同じく――――と、言っても明らかにあちらの方が『良い』ものであったが――――長剣を握りしめたエルフの少女に襲い掛かろうとしていたコボルトの顔面に一閃を食らわせてたたらを踏ませると、そのまま胸の魔石を切っ先で貫いて灰へと帰した。

 

「ルドウイークさん!」

「後6匹、切り抜けるぞ!」

「はい!」

 

 二人のそんなやり取りに応じるように、残り6体の内4体のコボルトを相手取っていたドワーフの青年が斧槍(ハルバード)を構えて回転し周囲のコボルトたちを弾き飛ばす。それに乗じてルドウイークは一体のコボルトに肉薄し、エルフの少女は逆にコボルトを迎え撃った。

 

 ルドウイークは爪の届かぬ距離から剣を振るいコボルトを追い立て、反撃しようと相手が前傾姿勢になった瞬間にその胸を斬りつけて怯ませた後、懐に潜り込み傷口に右腕を突き立て、返り血を浴びぬよう丁寧に魔石を摘出して殺す。そしてすぐさまドワーフの青年の援護へと向かった。

 

 エルフの少女はコボルトの攻撃に合わせて後ろへと下がる事で間合いを調整しつつ機を伺う。一回、二回、三回。立て続けに攻撃を回避され焦れたコボルトは踏み込みつつの大振りな爪の薙ぎ払いで決着をつけようとした。

 その瞬間、少女は目を見開き爪を紙一重で回避、伸びきったその腕を大上段から振り下ろした長剣で切断する。そしてがら空きの懐に飛び込んで下からその頭蓋を串刺しにしてコボルトを絶命させ、素早く蹴り飛ばし床へと放り出して死体を前に残心した。

 

 少女が踵を返す頃には、ドワーフの青年とルドウイークは残りのコボルトを殲滅しており、二人の無事を走り寄って確かめた少女は安堵の溜息と共に、緊張が解かれた反動で思わず尻餅を付いた。

 

「ハァ、ハァッ…………ふうっ! あの、少し休憩、しましょうか…………」

「ああ」

 

 ルドウイークが短く応えると、彼は青年と共にダンジョンの壁に武器で傷を付けてゆく。それは冒険者達の間では常識的な行動だ。ダンジョンには、自身が傷つけられた場合モンスターの生成を後回しにし、自身の修復を優先するという()()がある。

その為、冒険者は休憩中に自身が背を預けていた壁からモンスターが生まれ落ちると言う事故を防止するためにこの様にダンジョンを傷つけ、その修復が済むまでを休憩時間とするのである。

 

「怪我はないかね、【アンリ】」

「ああ、ええ……私は大丈夫です。それよりも、【ホレイス】は大丈夫?」

「………………」

「そう……彼も大丈夫みたいです」

「そうか」

 

 無言のままのドワーフの青年、ホレイスの様子をいかにしてか確認したエルフの少女、アンリは安心したように微笑んでルドウイークに告げた。それを聞いた彼は見張りの為に立ち上がって周囲を警戒する。

 

 

 

 ルドウイークが彼女らと行動を共にしているのは、昨日(さくじつ)のエリス神の言葉による物だった。ルドウイークはこの二週間常に単独(ソロ)でダンジョンへと潜り、そしてそれなりの成果を出している。だがそのやり方は人目の無い場所で自身の強さに任せモンスター達を蹴散らし、それでもって成果を出すある意味強引なものであった。

 

 それを彼から聞いたエリスはいつかその姿を他の冒険者達に見咎められ、他の神の元にルドウイークの強さの噂が届いてしまうのではと急に心配になり、他の冒険者と合同でダンジョンに向かう事で知識だけではなく『レベル1冒険者のあるべき姿』をルドウイークに学ばせようと画策したのだ。

 

 そしてルドウイークはその後、ギルドのニールセンの元に向かい他の冒険者と協力してダンジョンに挑む為の【パーティ】を組む際の注意点についての説明を受け、そして、思案の末冒険者では無く【サポーター】として探索を共にするものを探したのである。

 

 

 

 【サポーター】。読んで字のごとくの存在である彼らは、矢面に立って戦う冒険者達を補助する荷物持ち兼雑用係である。その仕事は装備の運搬、アイテムの使用、マッピングなどと言ったありふれたものから、戦闘中に死体から魔石を回収しての場の整理まで多岐に渡り、冒険者たちの探索の中で重要な役目を担っている。

 

 その重要度は上位【ファミリア】が時折行う深層探索にレベル3やレベル4と言った高レベル冒険者がサポーターとして集められることもある程で、とても軽視出来る物では無い。だが一方で、冒険者稼業から脱落した低レベルの専業サポーターたちは冒険者達に負け犬、役立たずだなどと蔑まれ、奴隷じみた扱いを受ける事も多々あるという。

 

 そんなサポーターについての情報の内、『駆け出しの冒険者が勉強の為ベテラン冒険者のサポーターを務める事がある』という話を聞いたルドウイークはその日の内に大型の背嚢(バックパック)を用意して【摩天楼(バベル)】周囲の中央広場(セントラルパーク)に赴き、『自分は腕利きのサポーターである』とでも言いたげな顔を演じて冒険者からの勧誘を待ち受けたのだ。

 

 しかし、ルドウイークはそう言った行為が行われるのはまず同じファミリアの身内同士である事を知らなかったうえ、その演技は嘗ての同輩たる狩人達が見れば一生ものの笑い話にしていたであろう程お粗末な物だった。が、しかしどこにでもそのような事を気に留めない者と言うのは居るもので。

 

 丁度普段雇っているサポーターが負傷し雇う事が出来ず、代わりのサポーターを探していた二人組、アンリとホレイスが朝から昼まで難しい顔で仁王立ちしていたルドウイークを見かけ、サポーターとして雇い入れたのだった。

 

 彼らに雇われ自己紹介を済ませて『始まりの道』の大階段を降りている時、ルドウイークは随分と安堵していた。それは彼を雇った二人組の冒険者が巷で語られるようなサポーターに対して手酷い扱いをする類の物では無かった事もそうだったが――――ルドウイークはそれがどれほどの幸運だったのかを知らぬ――――かつて<加速>が語った<カインハースト>の<古の落とし子>、いわゆるガーゴイルの如く、あのまま不動の立ち姿を続けずに済んだ安堵だった。

 

 ともあれ、これで間近から『普通』の冒険者達の姿を見て、自身がどれほどの節度を保つべきなのかを知る事が出来るだろう。

 

 だが、そんなルドウイークの展望虚しく、彼は途中からサポーターとしての役割を放り出して剣を振るう事になってしまっている。ルドウイークは人のいい男であった。故に、利害の一致にすぎぬとは言え、共に(くつわ)を並べた冒険者達の窮地を見過ごす事が出来なかったのである。

 

「しかし、『サポーターなりに動けるつもりだ』とは言っていましたが、随分と腕が立つのですね」

「偶然さ」

 

 一息つきながら、純粋にルドウイークの事を称賛するべく笑うアンリに、背を向けて警戒に当たっていたルドウイークは苦々しい顔をした。しかしそれに気づかず、アンリはあくまでルドウイークを称賛し続ける。

 

「まさか! あれ程動ける『サポーター』さんは初めてですよ! 良ければ、今度は冒険者としてパーティを組みませんか?」

「有り難い申し出だ。だが、主神から釘を刺されていてね。しばらくはサポーターに徹するつもりだ」

「そうですか。でしたら、もし冒険者としてダンジョンに潜る時は一声かけてください。ホレイスも楽しみにしているそうです」

「ああ。その時は是非、頼むよ」

 

 とは言うものの、彼らは互いに自身の主神すら明らかにしていない。それは知らぬ者同士でパーティを組む際に好まれるやり方の一つだ。互いの所属を知らせぬ事で、無用な軋轢や対立を避け円滑に冒険を行う。有名な冒険者ともなればそうは行かないだろうが、レベル1の無名冒険者が野良のパーティを組む際はむしろ当然の考えだろう。

 仲間同士で争っている所をモンスターに襲われるなど、ダンジョンでの死に方の中でも下から数えた方に入るというのは皆重々承知しているからだ。

 

「……今日は、まだ行きますか?」

 

 先程までの快活さとは打って変わって、ぼそりとアンリが呟いた。判断に迷う所ではある。実力を詐称している自身はともかく、10体近いモンスターを退けたアンリやホレイスの疲労はそれなり以上に溜まって居るはずだ。しかし、彼女が意思決定の権利を此方に投げてきたのは、それなりに重みを増し始めたこの背嚢の事も気遣ってだろう。

 

 ――――危険を冒す必要は無い、な。

 

 これ以上探索を続けたところで持てる魔石やドロップアイテムの限界も近い。それに何より、また二人が窮地に陥れば自分は間違いなく彼らを救うため剣を振るうだろう。

 それでは意味が無いし、彼女ら――――いや、ホレイスは良く分からないが、アンリから私についての話が広まってしまう可能性もある。そうなれば、エリス神はいい顔をしないはずだ。

 

 そう判断したルドウイークは今日の探索を切り上げることを提案し、アンリとホレイスもあっさりとそれに同意するのだった。

 

 

 

<◎>

 

 

 

「では、本日はどうもありがとうございました。是非また、一緒に冒険しましょう」

「そうだな、君たちのような相手に雇って貰えると、私も助かる。また、声を掛けてくれ」

「それはもう是非! では…………ほら、行くよホレイス」

「………………」

 

 夕刻。魔石やドロップアイテムを分配した後手を振るアンリと小さく頭を下げるホレイスと別れたルドウイークは、すぐに【ギルド】には向かわず中央広場(セントラルパーク)を少し歩き、ダンジョンへと向かう摩天楼(バベル)の入り口にほど近い馴染のベンチに座り込み、のんびりと行き交う冒険者達を眺め始めた。

 

 今日は小人(パルゥム)が目立つな。

 

 彼らはルドウイークからすれば幼い子供ほどにしか見えないが、その実立派に成人しているものである事が殆どだ。そんな彼らが時に身の丈に合った、あるいはその背丈を大きく超える武器を持ちダンジョンへと潜っていく様は、ここ数日ダンジョンでの探索帰りにここで休憩を取っているルドウイークにとっても眺めていて未だに新鮮なものであった。

 

 このオラリオには、数多の人種が(ひし)めいている。ルドウイークと同様の人間(ヒューマン)だけではなく、小人(パルゥム)を初めとしたエルフ、ドワーフ、アマゾネスと言った異種族。あるいは犬人(シアンスロープ)猫人(キャットピープル)を初めとする獣人たち。彼らの殆どはルドウイークにとって未知の存在であり、故に彼らを眺めるのは新たな知啓を得る良い機会であった。

 

 特に、ルドウイークの目を引いたのは獣人たちだ。その名から、最初ルドウイークは<獣憑き>の如き人型の獣を想像したが、実際の彼らはより人に近く、どちらかと言えば獣の部位を持つ人間、とも言うべき存在であり、ルドウイークはその事実に全く安堵したものだ。

 

 ――――獣の如き姿をされていれば、殺意を向けずにはいられなかったやも知れんからな。

 

 それが、ルドウイークの取り繕う事無き本心であった。本来、狩人達にとって獣とは姿形だけではなく、その有り様までもを表す言葉だ。だがそれでも、多くの狩人は獣の姿をしたものに対して強い拒絶感を覚える。本人の嗜好以前に、日々そんな姿をした者と殺し合いを続けていればそうなるのも当然であろう。

 

 ただ、人の姿をしていても、その内面が獣に堕ち切ったものも存在するのは確かだが。

 

 そう言った者を『始末』するのが役目のものも居た。異邦の狩人、<(からす)>を始祖とする<狩人狩り>達である。彼らは獣では無く、その名の通りに狩人達を狩る特殊な立ち位置に居る狩人達だった。

 度重なる<獣狩り>の中では、如何様にしても狩りの喜び、血を浴びる歓喜に溺れ、いつしか人をも手にかける者、人間性を喪い、<獣>へと堕ちる者が現れ始める。それを処理するのが彼らの生業であり、故に彼らは獣相手では無く『対人戦』に特化した<仕掛け武器>や業を身に付けていたのだ。

 

 だが、故にそんな彼らの中から獣に堕ちた者が現れると、それは例外無く凄惨なる過程と結末を迎える事になる。

 

 狩人狩りに優れるという事は、すなわち人狩りに優れる事と同義であり。並の狩人がなまじ獣狩りに優れるが故に、狩るために全く違うやり方を要し手に負えぬ彼ら、いつしかそんな堕ちた狩人狩りを狩るのが<烏>の役目となっていた。

 

 <烏>は他の狩人と比べ、何を考えているのかよく分からない奴だった。

 

 ルドウイークは嘗て共にゲールマンに学んだかの狩人の事を想起する。誰よりも自由であったが故に、誰よりも重い、人狩りの役目を請け負った狩人。だがあれは最後まで心折れる事も無く、当初予定していた通りの期日を以って、自らの故郷へと帰って行った。

 

 あれが去った後は、その意志を継いだ幾人かの狩人がその羽根装束と<慈悲の刃>を受け継ぎ、連綿と狩人狩りの業を伝えていた。かの<最後の狩人>の時代も、その伝統は残っていたのだろうか? せめて、最後に問うておくべきだったか…………。

 

 ルドウイークがそんな思案に浸っていると、広場の冒険者達の間から争う声が聞こえて来た。そちらに目を向ければ、大柄なドワーフと背の高いエルフが互いにいがみ合い、今にもそれぞれの武器を抜き放とうとしている。

 

 ドワーフとエルフは古くからのいざこざからして、種族レベルの対立関係にあるらしい。詳しい事はルドウイークも知らぬが、同じファミリアの所属であろうと罵り合う彼らが強い友誼を結ぶのは、極めて珍しい事なのだと何故か楽しげに語るエリスには聞かされていた。

 だが、そう言った者はかのオラリオ最大派閥【ロキ・ファミリア】に所属する【リヴェリア・リヨス・アールヴ】と【ガレス・ランドロック】などを初めとした、ほんの一部にしかいないと言う。

 

 そう言えば、先程のアンリとホレイスもエルフとドワーフと言う組み合わせだったが、彼女らからはそう言った嫌悪感だとかは一切感じ取れなかった。一体、どう言った関係だったのだろうか。

 

 ――――詮無き事だな。

 

 他者の関係を無為に覗きこもうとする思考を頭を振ってかき消したルドウイークは、争うドワーフとエルフをそれぞれ幾人かの冒険者が羽交い絞めにしているのを見て、少し安心してから立ち去ろうとした。

 

「そこの方、そこの方。白い外套のお兄さん」

 

 その声にルドウイークが正面を向くと、彼の前には小柄な人影。身長はルドウイークの半分より大きい程度。クリーム色の少し色褪せたローブを身に付け、そこからは明らかな軽装が垣間見える。そのフードの隙間からは栗色の前髪が覗き、その大きく丸い瞳が、その背丈以上に幼い印象を見るものに与えて来る。

 何より、その体の二倍、あるいは三倍はあろうかという巨大な背嚢(バックパック)。それが彼女がどのような役目を負っているかを、ルドウイークにはっきりと認識させた。

 

「……私に何か用かね?」

「突然申し訳ありません。この様な所で独りでぼうとしているものですから、サポーターでもお探しではないかと思いまして」

 

 その少女はあくまで穏やかに、ルドウイークの腰の長剣を指差して言った。

 

「あなた、冒険者様ですよね? でしたら、是非とも今宵の探索に、この【リリルカ・アーデ】をお供させて頂けないでしょうか?」

 

 リリルカは小首を傾げて、満面の笑みで彼に提案した。しかしそれに対して、ルドウイークは申し訳なさそうに頭を下げる。

 

「すまないが、それは出来ない」

「何故ですか? もしや、リリに何か落ち度でも――――」

「いや、そう言う訳ではないさ」

 

 ルドウイークは言って、自身の膝の上の背嚢を指で指し示した。今回の冒険ではアンリとホレイスはルドウイークの貢献の大きさを考え、当初の契約より多くの取り分を渡してくれていた。おかげで、分配した魔石やドロップアイテムがそれなりに詰まっている。

 

「私はもう、今日の冒険を終えていてね。帰りがけ、ここで休息をとっていたんだ」

「ああ……そういう事でしたか。でしたら、落ち度も何もありませんね」

 

 リリルカはそれを聞いて背嚢にちらと目をやり、残念そうに――――或いはどこか安心したように溜息を吐いた。それを見てルドウイークは改めて立ち上がり、背に背嚢と<月光>の隠された袋を背負う。

 

「すまないな、時間を無駄に使わせて」

「いえいえ、こちらこそすみませんでした。ですが次リリを見かけたら、ぜひお声がけを」

 

 ぺこりと頭を下げ、リリルカはそのまま彼の前から去って行った。小柄なその背中は冒険者達の喧騒にあっという間に紛れて見えなくなる。

 

 訳アリか。

 

 ルドウイークは彼女をそう評した。表情こそ明るい物だったが、所作の所々から不安、あるいは不満のような物が滲み出ていて、彼女が自身の現状を快く思っていない事をルドウイークは見抜いていた。

 だが、それよりも彼が興味深いと考えたのは、彼女に纏わりついていた、一本の光の糸。その糸は強く、強く、それでいて何処へも伸ばされていない、まるで何かを待ち望むかのような導きであった。

 

 そのような他者の導きを見たのは、ルドウイークにとっても初めての事であった。今まで見た導きとは、例外無くルドウイークの前に現れ彼の道を指し示すものであり、どんなものでも彼は少なからずそれに引き寄せられる引力のような物を感じていた。

 

 だが彼女のそれからは、そう言った引力を一切感じぬ。まるで、ルドウイークではなく、他の誰かに惹かれるべき運命があるとでも言うように。

 

 彼女を追うべきだったか? そう一瞬考えたルドウイークであったが、すぐにその発想を否定する。確かに、彼女の纏う導きは珍しい物だ。だがそれが別の誰かによって成されるべきだと言うのなら、私が自ら干渉する意義もあるまい。

 

 一人納得したルドウイークはそれ以降振り返ることもなく、確固たる足取りで薄闇の広がり始めたオラリオをギルドに向かって歩み始めた。

 

 

 

<◎>

 

 

 

 ギルドでの換金を終え、3900ヴァリスを手にしたルドウイークはニールセンとの世間話もそこそこに、エリスの待つ家へと向かって街路を歩んでいた。

 ルドウイークの収支は基本的に、同階層で戦う冒険者達よりずっと良い。まず傷を負わぬので摩天楼(バベル)の治療施設やポーションの世話にならず、一人であれば素手で事足りるために武具の消耗も無いからだ。

 

 そのため、徐々にではあるが懐事情が上向いてきたと言うエリスは今日珍しく休みを取り、家でルドウイークの帰りを待っているとのことだ。サポーターとしての活動であれば、命の危険もそうないだろうとタカを括っているのだろう。

 

 そこまで、甘いものではないのだがな。

 

 ルドウイークはダンジョンの危険性を思い、そう結論付けた。目の前の敵と戦うのに集中する冒険者に比べ、サポーターの仕事は細かく、多岐に渡る。この稼業をこなし続けるには、ダンジョンやモンスター、冒険者の装備に至るまでの深い知識に広い視野、何よりもそれらの情報を整理し、その時々に何をするべきかを冷静に見極め実行する判断力が必要となるだろう。

 

 ともすれば、それは補助者と言うよりパーティのリーダーとして必要な資質であるようにも思える。

 が、実際には戦闘を受け持つ――――より直接的に危険に晒される冒険者達の方がパーティ内での地位が高く、サポーターはあくまで補助者、あるいは小間使いめいた存在であり、最悪の場合には冒険者達が生き残るための囮として、モンスターにその身を差し出された、と言う話まであるというのをルドウイークは先ほどニールセンより聞かされていた。

 

 そのため、余計なリスクを回避するために明日からは冒険者としてパーティを探そうとルドウイークが考えていると、目の前を一条の光がちらついた。

 

 光の糸、導き。先日【ヘスティア】と出会った時のそれに良く似た、か細く淡い輝きを放つそれはすぐ先の角を曲がった先へと続いてゆく。

 それは先ほどリリルカに見たような何かを待つ糸ではなく、弱いが、確かにルドウイークを手繰り寄せる導きであった。

 

 先日とは違い、ルドウイークは慎重にその後を追う。余り派手に動いてヘスティアに見咎められた時のような事は避けたいからだ。

 あの時は彼女が善良と言える神であったから助かったものの、ろくでなしの神や良識の無い冒険者に遭遇してしまえば、余計なトラブルになる事も考えられる。そうなれば、限りなく低いとは言え、自身の素性が明らかになる可能性も危惧しなければならない。

 

 そうで無くても、エリスに目立つことは避けるよう、ルドウイークは言いつけられている。故に、ルドウイークは周囲の人々の様子を伺いながら、慎重にその光の糸を追った。

 

 

 行き交う人々の間をすり抜けてゆらゆらと揺れる糸。それは通りを曲がり裏路地に出て、しばらくするとまた通りへと戻る――――何か作為的な物を感じる軌跡で、ルドウイークを導いていた。

 これも、先程のリリルカの導きと同様、ルドウイークにとっては初めての現象だ。

 

 導きは常に、彼の向かうべき場所に最短の距離で導いてきた。故に、このように彼に遠回りを強いるというのは、全く想像だにしなかった事だ。まるで時間を稼ぐような、あるいは、この道順でなければダメなのか……。ルドウイークには、その意図ははっきりしない。

 

 ――――そうして、導きを追っている内またしても通りから路地に入った所の十字路で、導きは途切れていた。

 

 ルドウイークはその結末に顔をしかめた。導きが何をさせようとしているのか、それが全く読めぬ。<ヤーナム>で見た導きは、その向かう先には善い物であれ悪い物であれ何かがあった。しかし、此度、そしてヘスティア神との邂逅の際はその先には何も無い。それが、ルドウイークには分からぬ。

 

 何故ここに私を導いた? ここで何か起こるのか? あるいは、ここに私が居るというのが導きの意図した事だと言うのか。

 ヤーナムで見た、自らを手繰り寄せる光の糸だけではなく、このような形での導きが起こるのは一体何故か? 世界を渡った事で、導きが何かしかの変質を見せているのか?

 

 ――――あるいは、変わっているのは己自身か?

 

 そんな思考の海に潜っていたルドウイークの背に、誰かがぶつかったような衝撃があった。彼はそれに驚いて飛び退き<月光>に手を伸ばす。

 このように後ろを取られ背に触れられるとは、ルドウイークにとって初めての経験であった。今のが獣による物であれば、彼はまずこの場で屍を晒していただろう。

 

 …………だが、振り向いたルドウイークが見下ろす先に居たのは、尻餅を付き、驚愕に顔をこわばらせた白髪の人間(ヒューマン)の少年であった。

 

 それを見て、ルドウイークは過剰に反応した己を恥じ、月光から手を離した。そして、その少年の元へと歩み寄り彼へと手を差し出す。

 

「大丈夫か? 立てるかね?」

「えっ……あっ、はい、すみません…………」

 

 少年がおずおずとその手を取ると、ルドウイークは力強く彼を引っ張り上げる。その手の力はお世辞にも強いとは言えず、体も軽い。白い髪と赤い瞳は、ヤーナムでは図鑑の中でのみ語られた兎のそれを思わせ、さらに今し方の『事故』に際しての物であろう申し訳なさそうな表情が、その小動物めいた印象を加速させた。

 

「えっと……すみません、ぼうっとしてて。前見てなくて……すみません」

「いや、道のど真ん中に突っ立っていた私の方に非があると言えるだろう。すまない」

 

 頭を下げ謝罪をする少年に、ルドウイークも小さく謝罪を返した。そして、自身がこの少年の接近に気づかなかったのは、少年の方もルドウイークに気づいていなかったからだと納得し、少し安堵した。

 しかしルドウイークがそう安堵している前で、少年は一度、ルドウイークが腰に()いた長剣を少し見つめ、それから意を決したように力を振り絞って口を開いた。

 

「あ、あの……!」

「ん?」

「えっと、あの、冒険者の方……ですよね?」

「……そうだが?」

「あの、良ければどこの【ファミリア】か教えて貰えませんか……?」

「……【エリス・ファミリア】だ。それがどうかしたかね?」

 

 おずおずとルドウイークに問いを投げていた少年は、彼の所属ファミリアを聞くと、突如機敏に頭を下げ、それまでの様子が嘘のような大声で叫んだ。

 

「いきなりですみませんが、お願いがあります! どうか、どうか僕を【ファミリア】に入れてください!!」

「…………何だと?」

 

 その大声に、驚愕したルドウイークは思わずたじろいだ。これは初めてのケースだ。彼は判断に悩む。

 見た所、田舎からオラリオに出てきて、所属する【ファミリア】を探している…………そんな所だろう。そして、まだこの少年はエリス神の所には顔を出していない。それも当然か。あの様なただの民家に神が住んでいるなど、普通はわからないはずだ。

 それに【ダイダロス通り】はそこに住まうルドウイーク自身も辟易するほどの複雑怪奇な構造をしている。知っていれば、オラリオに来たばかりの人間がそんなところに足を踏み入れるはずも無い。

 

 そう判断した彼は、次に頭を下げたままの状態で硬直し答えを待つ彼の体をまじまじと眺めた。それほど大きいわけでもなく、線の細い体。素質があるとは思えない。もしルドウイークが狩人達を率いていた時代に彼がその仲間入りを志望して来ても、ルドウイークは断固として認めなかっただろう。

 

 だが、今ルドウイークは【エリス・ファミリア】の唯一の団員であり、そしてこの判断は彼の権限だけでどうにかなる物では無いことを重々承知していた。

 

「それは、私の一存では何とも言えない」

 

 その一言に少年は息を飲み、拳を強く握り締める。しかしルドウイークは、そんな彼の様子を目に留めて、更に言葉を続けた。

 

「だが、君さえ良ければ主神に掛け合ってみよう。その上で彼女がどう判断するかはわからないが……」

 

 その言葉に少年はばっと顔を上げ、凄まじい剣幕でルドウイークに詰め寄った。

 

「神様と会わせてくれるんですか?!」

「あ、ああ……」

 

 その剣幕にまたしてもルドウイークはたじろぎ、それだけでは無く一歩引きさがる。しかし少年はそれに気づいた様子も無く、まさに子供のように両手を握りしめ感極まったように叫んだ。

 

「ありがとうございます……! 僕、今日オラリオに来てからいろんな【ファミリア】のところに行ってきたんですけど、どこも門前払いばかりで、今夜の宿もないしどうしよっかって困ってて……!」

「…………喜ぶのはいいが、少年。まだ私の主神が君の入団に許可を出したわけでは無いぞ」

「あっ、そっか……」

 

 ルドウイークの指摘に、少年は一気にクールダウンして肩を落とした。その表情をコロコロ変える様子がエリスのそれに重なって、ルドウイークは小さく笑い、少年の肩を軽く叩いた。

 

「まぁ、先に言っておくがウチは零細【ファミリア】でな。もし入れたとしても、酷く苦労すると思うぞ? それでもいいのか?」

「構いません! 僕には、『夢』がありますので!」

 

 今し方落ち着いたのが嘘の様にそう力強く宣言する少年を見て、今度はルドウイークは笑って首を縦に振るだけだ。

 この子は、恐らくその夢の為に、覚悟を決めてこの迷宮都市(オラリオ)に足を踏み入れたのだろう。ならば、私がそれに対してどうこう言うべきではない。そう考えて、ルドウイークは彼の肩に置いていた手を下ろし穏やかに笑いかける。

 

「分かった。その前に…………私は<ルドウイーク>と言う。【エリス・ファミリア】所属の、レベル1の冒険者だ。少年、君の名前を聞かせてもらっても構わないか?」

「ルドウ()ークさんですか、分かりました! 僕はベル、【ベル・クラネル】です! ……って言うか、レベル1なんですかルドウイークさん!? そんな強そうなのに!?」

「クラネル少年。このオラリオで、見た目と強さに関係性を求めない方がいい。君もすぐに分かる」

「そ、そうですか……」

 

 引きつったように笑うベルを見てルドウイークもふっと笑った。そして付いてくるよう彼を手招きし、二人で並んで歩き始める。

 

 ――――【ベル()】、か。

 

 隣で様々な事を質問してくるベルに答えを返しながら、彼は懐にしまい込んだヤーナムの<狩り道具>、<狩人呼びの鐘>に意識を向ける。他の世界の狩人と繋がりその協力を得るその道具。実際の所彼とは無関係ではあるのだろうが、どうしても連想せずにはいられない。

 

 彼もこのオラリオで、<鐘>を用いた狩人達と同様、多くの出会いを経験するのだろうか? 多くの別れを経験するのだろうか。数多の狩人達を募り、教え、共に戦ったルドウイークは、そんな想像をせずにはいられない。

 

 ――――ともあれ、まずはエリス神との出会いが良いものになればよいのだが。

 

 そう独りごちたルドウイークとそれに気づかず楽しげに話を続けるベルは、そのままエリスの待つ家に向かって街路を進んでいくのだった。

 

 




ダクソから彼女や彼が登場したり原作から彼女や彼が出ました。
原作のストーリーは大きく変わらないです(再三の宣言)

早くあのキャラとかあのキャラも書きたいな……。
でももし今後の原作と被ったりしたら怖いけど、完結まだの作品の二次創作ってそんなもんだし(別作品でもそう言う経験あったし)
とりあえず原作も読み進めないと……。

今話も読んで下さって、ありがとうございました。


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