ちょっとベル君がショックうけるシーン有るので苦手な方はご注意を。
2000お気に入り総合評価3000、本当にありがとうございます。
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良ければこれからもよろしくお願いします。
――――初めてその人を見た時、僕は『まるで英雄みたいだ』なんて、場違いもいい所の感想を抱いた。
それは僕と同じ
その姿は、僕が祖父に幾度となく聞かされた御伽噺に出てくる英雄のような姿だった。
道の真ん中に居たであろうその人に気づかず、思いっきりその背中にぶつかった僕は尻餅をついたまま動けない。驚愕半分、恐怖半分、後羨望がちょっと。そんな感情が渦巻いて尻餅を付いたまま動けぬ僕に、その人は背の包みから手を離して、目の前まで歩み寄ってそっと手を伸ばす。
「立てるかね?」
「えっ……あっ、はい、すみません…………」
僕は震えながらその手を取ると、その人はぎゅっと手を握りしめ一気に引っぱり、立ち上がらせてくれた。そして慄く僕に、厳めしい顔から感じる印象とはどこかちぐはぐに、心から安堵するように微笑んだ。
「えっと……すみません、ぼうっとしてて。前見てなくて……すみません」
「いや、道のど真ん中に突っ立っていた私の方に非があると言えるだろう。すまない」
その笑顔を見て少し安堵した僕は頭を下げて謝罪する。すると、それを否定するようにその人も謝罪した。
よかった。どうやら、この人はそんな怖い人じゃあないらしい。そう思って顔を上げようとした僕は、その人が腰に佩いた長剣を改めて見つめる。それは、何の変哲もない長剣だ。咄嗟に背中の包みに手を伸ばしてたし、きっとこの人の本命の武器はそっちなんだろう。……やっぱり、冒険者なんだろうか。
その時、僕の脳裏に一つの考えが過ぎった。少し不躾かもしれないけど、もう背に腹は代えられない。この人も冒険者なら、何処かの【ファミリア】に所属している筈。それが、僕がまだ訪れていない【ファミリア】なら……!
「あ、あの……!」
「ん?」
「えっと、あの、冒険者の方……ですよね?」
「……そうだが?」
「あの、良ければどこの【ファミリア】か教えて貰えませんか……?」
「……【エリス・ファミリア】だ。それがどうかしたかね?」
【エリス・ファミリア】。その名前は未だに耳にした事の無い、未知のファミリアだ。
――――きっとここが、今日僕が挑む事の出来る最後のチャンス。
そこからは早かった。僕は一度上げた頭を再び勢い良く下げて、その人に向けて大声で叫ぶ。
「いきなりですみませんが、お願いがあります! どうか、どうか僕を【ファミリア】に入れてください!!」
「…………何だと?」
その人は驚きに目を丸くして、それから僕の事を上から下まで推し量るように眺めた。今までの【ファミリア】でも、何度も浴びた視線だ。相手を値踏みするその視線を僕は黙って受け続ける。せめて、もっと体を鍛えてくるべきだったんだろうか。でも、今までの【ファミリア】にもっと体を鍛えて訪れたとして、彼らはきっと僕を受け入れてくれないだろうと言うネガティブな自信がある。
「それは、私の一存では何とも言えない」
その自信を裏付けてしまうような、否定のニュアンスを含んだ言葉。やっぱり駄目なのか。僕は思わず拳を強く握りしめる。でも、この人の言葉はそれで終わらなかった。
「だが、君さえ良ければ主神に掛け合ってみよう。その上で彼女がどう判断するかはわからないが……」
その言葉に僕はバッと顔を上げて、その人に勢い良く詰め寄る。
「神様と会わせてくれるんですか?!」
「あ、ああ……」
その人は驚いたように仰け反ってそのまま一歩後ずさる。だが僕はそれを追うように距離を詰め、両手を握りしめて叫んだ。
「ありがとうございます……! 僕、今日オラリオに来てからいろんな【ファミリア】のところに行ってきたんですけど、どこも門前払いばかりで、今夜の宿もないしどうしよっかって困ってて……!」
「…………喜ぶのはいいが、少年。まだ私の主神が君の入団に許可を出したわけでは無いぞ」
「あっ、そっか……」
唐突に現実を突きつけられ、興奮していた自分に気が付いた僕は溜息を吐いた。……でも、これはやっと巡ってきた大チャンスだ。それを逃すわけにはいかない!
僕はそう自信を奮い立たせて気合を入れた。すると、その人はそんな僕を見てどこか楽しげに笑い、肩を軽く叩いて言った。
「まぁ、先に言っておくがウチは零細【ファミリア】でな。もし入れたとしても、酷く苦労すると思うぞ? それでもいいのか?」
「構いません! 僕には、『夢』がありますので!」
その人の優しげな忠告に、僕は怯む事無く力強く宣言した。そう、夢だ。かつて祖父の語っていた夢。そして僕が心に懐いた、大切な夢。その為に、僕はこのオラリオにやって来た。
村を出てからここまでも、平坦な道程じゃあ無かった。でも、これからはもっと険しい道のはずなんだ。こんな所で躓いちゃあいられない!
そんな僕の意気込みを感じてかその人は僕の肩に置いたままの手を下ろして、どこか懐かしい物を見るかのように微笑んだ。
「分かった。その前に…………私は<ルドウイーク>と言う。【エリス・ファミリア】所属の、レベル1の冒険者だ。少年、君の名前を聞かせてもらっても構わないか?」
「ルドウイークさんですか、分かりました! 僕はベル、【ベル・クラネル】です! ……って言うか、レベル1なんですかルドウイークさん!? そんな強そうなのに!?」
「クラネル少年。このオラリオで、見た目と強さに関係性を求めない方がいい。君もすぐに分かる」
「そ、そうですか……」
目の前の英雄じみたこの人――――ルドウイークさんがレベル1、と言う事実に僕は驚愕して、そんな僕にルドウイークさんは窘めるように肩を竦めた。オラリオは世界有数の冒険者が集うって聞いてたけど、やっぱレベルが違うって事なのかな……。一瞬不安になる僕を他所にルドウイークさんは歩き出して、小さく手招きをした。
僕は慌てて彼に小走りに追いつき、並んで歩き始める。そして、いろいろと気になっていた事を質問してみた。
「えっと、ルドウイークさん」
「何だね?」
「【エリス・ファミリア】って零細って言ってましたけど、実際どんな感じなんですか?」
「…………何でも、ここ十年ほどは新規の入団も無かったらしい。今では、団員は私一人だよ」
「じゃあルドウイークさんって団長さんなんですか?!」
「……いや? エリス神とも、そういう話はした事が無いな」
「へぇ~……そう言うものなんですかね?」
「【ファミリア】によるのだろうな。私は他のファミリアの事をよく知らんから何とも言えないが……」
「そうなんですね……」
「ルドウイークさんって、ダンジョンには潜ってるんですよね? どのくらいの階層まで行ったんですか?」
「4階層だな。何でも6階層以降は敵のレベルも構造の複雑さも跳ね上がるらしい。お陰でエリス神にはそこへの進出は止められている」
「【眷族】想いの神様なんですね」
「……ああ、そうだな。少なくとも悪い神ではないよ」
ルドウイークさんは何やら考え事をしているみたいだったが、それでも僕の質問にはちゃんと答えてくれた。……もし、この人とダンジョンに一緒に潜れたなら、心強いだろうなぁ。レベル1だとは言っていたし、そこまで深い階まで行った事が無いらしいけれど、
前後を挟まれた時でもそれぞれが片方の対応に集中できるし、状態異常になってしまっても治療してもらう事だって出来る。だから、浅い層ならともかく深い層まで行くには仲間の存在は必要不可欠だ。一人でどうにかなるほど、【迷宮】は甘くない。
もし一人でどうにかなってしまうなら、とっくの昔に踏破されてるはずだしね。
何せダンジョンの深層など、有力な【ファミリア】が準備に準備を重ねて大規模なパーティを組み、数週間単位で挑むものだ。いかに能力があっても、単独で辿り付くなんか夢のまた夢。まぁ、【ファミリア】に入れるかどうかも怪しい僕には夢以上に非現実的なレベルの話なんだけれど。
そうこうしている内に、どれほどの距離を歩いたのだろう。僕とルドウイークさんは通りを抜けて何度も曲がり路を通り、そして一軒の民家の前へと辿り付いた。
「……ここが【エリス・ファミリア】の今の拠点だ。少し古めかしいが、ガタが来ているわけじゃあない。そこは安心してくれ」
「えっと……じゃあ、ここが【
「エリス神はそう言いたがらないが、実際にはそう思ってもらって構わないだろう」
……え? これが【
僕はその、年季の入った一軒家を見てそんな感想を抱く。今まで見た【ファミリア】の【本拠地】は、規模の違いこそあれ、そのどれもが最低限ここはどこの【ファミリア】の【本拠地】か分かる様に看板なり、モニュメントなりが設置されていた。だけどここは違う。どう見てもただの民家だ。
驚愕している僕を尻目に、ルドウイークさんは玄関の脇にある鉢植えの前でしゃがみこんでその裏から鍵を摘み出す。そして扉の鍵を空けると僕を手招きした。……なに驚いてるんだ僕は。零細【ファミリア】だって話は、最初にしてくれてたじゃあないか。
僕は意を決して家へとお邪魔した。その内装も、何の変哲もない普通の家だ。だけど一つ。神様の放っているであろう【神威】か、ピリピリとした存在感を感じる。そうだ。僕は神様に会って、【ファミリア】に入れてもらう為にここに来たんだ。
緊張する僕の前にルドウイークさんが立って、奥の扉を開く。すると、美味しそうな香りが僕の鼻を擽った。なんだろう。スープか何かだろうか。そこで僕は自分がお昼から何も口にしていなかった事に気づいて、溢れた涎を喉を鳴らして飲みこむ。その様子を緊張の表れと捉えたのか、ルドウイークさんが少し腰をかがめて僕に笑いかけた。
「……一つアドバイスだが、エリス神は割と感情の起伏が激しい所がある。気まぐれと言うべきか何と言うか……ともかく、何か言われた時には返答には気を付けてくれ。フォローはする」
「ハ、ハイ……!」
「では、少し待っていてくれ。話を付けて来る」
そう言うと、ルドウイークさんは部屋の中へと消えて行った。
うう、緊張してきた。一体どんな神様なんだろう。女神って言ってたけど……そういえばおじいちゃんが言ってたな…………昔このオラリオには【ヘラ】というとんでもなく怖い女神さまがいたらしい。何でも地獄耳って言われるくらい情報通な上滅茶苦茶女性関係に厳しく、ある老神は大変酷い目に合わされていたって。
そんな、怖い女神さまじゃあなきゃいいなぁ……。
僕がそう祈っていると、目の前の扉が開きルドウイークさんが顔を出した。
「クラネル少年。エリス神がお会いになって下さるそうだ。……神は嘘を見抜く。気を付けてくれ」
「は、はぃ!」
ルドウイークさんの忠告に、僕は緊張して変な調子で答えてしまう。しかし、それをルドウイークさんは笑う事も無く、何事も無かったかのように真顔で手招きした。
部屋の中に僕が足を踏み入れると、そこにはルドウイークさんと、ソファに腰掛けた一柱の女神さまが待っていた。
美しい金髪を首の後ろでまとめ、ファッションだろうか、掛けた眼鏡の奥からは翡翠色の瞳がこちらを見つめていた。肩には精緻な刺繍の施されたケープを羽織っており、首元でそれを留めているブローチに填められている宝石――――多分魔石だ――――が僕の目を強く惹く。
間違いなく、僕が今まで見てきた女性の中でも一番綺麗だと言ってもいいと思う。神様なんだから、当然と言えば当然なんだけど。
そんな風にその女神さまの事を目を皿にして見つめていると、僕の横に立ったルドウイークさんが、促すように女神さまに声を掛けた。
「エリス神、黙っていては始まらない。折角の入団希望者を無下にするつもりかね?」
「むう…………今、何て話し始めるか考えてたんです」
「そうか。では頼む」
どこか咎めるような言葉をかけられた女神さまは、何やら難しそうな顔で唸ってルドウイークさんに反論する。だが、それを言質と取ったルドウイークさんが笑って言うと、また難しい顔で少し考えてから、諦めたように溜息を吐いて僕へと視線を向けた。
「…………どうも、初めまして。貴方が【エリス・ファミリア】への入団を希望したと言う子ですか?」
「は、はい! 【ベル・クラネル】と言います! ほ、本日はお日柄も良く……」
「お日柄?」
混乱した僕の様子に、女神さまは小首を傾げた。その姿がいちいち綺麗で、僕はよりどぎまぎする。すると、肩をポンと叩かれて、思わず僕はそちらを振り向いた。
「クラネル少年、落ち着け。君には夢があるんだろう?」
その一言にはっとさせられて、僕はルドウイークさんを見上げる。その顔は小さく微笑み僕の事を鼓舞していた。
……そうだ。僕には夢がある。その為にここまで来たのに、神様に会っただけでビビってる場合じゃない。僕は拳をぐっと握りしめて神様の方へと向き直る。その様子に、神様は少し驚いているようだった。でもそんな事お構いなしに、僕は早口でまくしたてた。
「すみません! もう一度やらせてください! 僕は【ベル・クラネル】、歳は14で種族は
「ちょ、ちょっと待ってください!」
その静止の声に驚いて口をつぐむと、神様は驚いたような、あるいは少し苛立ったような顔で僕の事を睨んでいた。
「あの、熱意は感じるんですけど、物事には順序という奴があります! 貴方が名乗った以上、私にも自己紹介のタイミングを頂くのが段取りじゃあないですか!?」
「あ、すみません……つい……」
「それくらい許してやってもいいだろうに」
「ルドウイークさん茶々を入れない!」
「失礼した」
謝る僕。一方で、僕を叱咤した神さまをルドウイークさんが咎めると神さまはムッとした顔でルドウイークさんを注意した。それを受けルドウイークさんはあっさりと引き下がる。
僕はそんな【エリス・ファミリア】の一人と一柱を見て、本当に仲がいいんだろうなぁ、なんて些か場違いなことを考えてしまう。……この人達にも、色んな苦労とかあったのかなあ。零細【ファミリア】とそれに所属する唯一の団員なんて、『いかにも』って感じだ。もしかして、ルドウイークさんと神様は僕が思うよりずっと仲が深かったりして。
――――それこそ、別ち難い愛で結ばれてるとか。
「……オッホン! ま、まぁいいでしょう。私が【エリス】。【エリス・ファミリア】の主神です。よろしくお願いしますね」
「あっ、はい! こ、こちらこそよろしくお願いします!」
そう僕がルドウイークさん達の関係についてちょっと邪な考えを巡らせていると、改めて神さま――――エリス様は名乗った。僕はすぐさま姿勢を正して、勢い良く頭を下げる。それをエリス様はちょっと満足げに眺めると、すぐに頭を上げさせて話し始めた。
「では、クラネルくん……でしたね? 貴方には、これから幾つか質問をさせてもらいます。その返答によって、貴方が我が【エリス・ファミリア】に相応しい人材か否か……それを確かめさせてもらうとしましょう。よろしいですね?」
「はい、エリス様!」
エリス様の言葉に、僕は声を張り上げて返事した。するとエリス様は我慢しきれず、と言った様子で口角を上げ、すぐに口元を隠してからルドウイークさんに話しかけた。
「聞きました? エリス『様』ですよ……? やっぱり神様って言うのは、こうすごい勢いで崇拝してもらわないとだと思うんですよね……なんだか懐かしいなぁ……」
「そういうものなのかね、エリス神? 私には、良くわからないのだが」
「そういうものなんです! 全く、デリカシーの無い人ですね貴方は!」
「そういうものなのか……」
本当に良く分からない、と言ったルドウイークさんとは対照的にエリス神は先ほどから随分と上機嫌だ。これなら、いけるかもしれない……! 少なからず光明を見出した僕は、一体これからどんな質問をされるのか、思いつく限りのそれを頭の中で必死にシミュレートする。その内、ルドウイークさんに向けてちょっとムッとした視線を向けていたエリス様は一度小さく溜息を吐くと、僕へと視線を向け直して微笑みながら質問を始めるのだった。
「まぁ、大体の事は貴方が一気にしゃべってしまったのでそう幾つも聞く事はありませんがね。とりあえずはまず一つ。ウチは一応、『探索系』に属する【ファミリア】です。その認識は間違っていませんね?」
「はい!」
……【ファミリア】には、基本的に様々な種別がある。このオラリオにおいて最もメジャーな、ダンジョンを探索してその成果を得る『探索系』、物を売って財を成す、文字通りの『商業系』、魔石製品を初めとした様々なアイテムを作り出す『製作系』、冒険者達の傷を癒したり、製作系の中でも医薬品――――ポーション作りを生業にしたりする『医療系』などだ。
果てには数多の人々を集め、国と呼べる規模にまで巨大化した『国家系』なんてのもあるみたいだけど、この群雄割拠のオラリオでそこまで突出した勢力のある【ファミリア】はいない。まぁ、【ロキ】と【フレイヤ】の二つが今のオラリオの頂点に君臨する【ファミリア】だなんて僕でも知ってる事なんだけど。ちなみにその二つも『探索系』の【ファミリア】だ。
「……うん、そこは分かってたみたいですね。では次ですが、モンスターと出会った事は有りますか?」
「昔にちょっと……『ゴブリン』に。殺されかけちゃって……」
苦い思い出だ。英雄に憧れていた頃の僕が、たった一匹のゴブリンにも太刀打ちできずに殺されかけた。村の外を探検してみようなんて思って、ゴブリンにボコボコにされて、それで結局助けられたんだっけ。その話をすると、エリス様は少し悲し気に目を伏せた。
「…………それは辛かったでしょう。ですが、ダンジョンにはゴブリンは愚か、それよりも恐ろしい力を持ったモンスターがそれはもううじゃうじゃと存在します。それに立ち向かう『勇気』はお持ちですか? 困難を乗り越えるのに、必要不可欠な勇気は」
同情を見せつつ、エリス様はそんな試練がダンジョンには数多に存在するのだと、それに立ち向かう気概があるのかと僕に問いかけた。その質問に、絞り出すように僕は答える。
「……それは、ちょっとわかりません。地上の弱いゴブリン一匹にどうにもならなかったくらい、僕が弱かったのは事実ですから。でも、御伽噺の英雄にはなれなくても、『夢』を叶えるために、必要なだけの勇気は胸に抱いていたい。そうでありたいとは、思ってます」
「…………なるほど。そういうの、嫌いじゃあないです」
僕の答えに、エリス様はどこか満足そうに頷いた。その様子に僕は内心胸を撫で下ろす。ここでゴブリンにも勝てないような人はお断りだ、なんて言われたらどうしようかと思った。そんな僕の前でエリス神はそれまでの微笑みをスッと引っ込め、これまでに無い真剣な視線で僕の事を射抜いた。
「では、最後の質問です」
その言葉に僕の全身が強張る。目の前の神様から放たれる神威が、その圧をぐっと増したからだ。
「――――貴方が、そうまでして追い求める『夢』とは一体何なんですか? 私は、それが知りたい………………秘密にしたいのなら、いいんですけど」
「僕の『夢』は――――」
少しソファから身を乗り出して、エリス様がその続きを待ちわびる。それを前にして、僕の脳裏に過ぎるのは嘗ての祖父の白い歯を見せた笑顔。
――――そうだ。幼い頃から抱いていた、あの夢。背が伸びるに従って萎んでしまった英雄へのあこがれとは裏腹に、心の内に懐き続けた、大切な夢。それを僕は、胸を張ってエリス様に向けて叫んだ。
「――――僕の夢はこのオラリオでたくさんの女の子と出会って、仲良くなって、『ハーレム』を作る事です!!!」
「………………へっ?」
僕の叫びと共に、エリス様は呆気に取られたように目を丸くした。……言ってやった。言っちゃった。少し自分の顔が熱くなって、頬が赤くなるのが分かる。その眼の前でエリス様は、唖然としたまま二の句を次げずにいた。
失敗したかな。少しゾッとして、段々と僕は紅潮していた頬を青褪めさせ始める。すると、僕の横に立っていたルドウイークさんが物珍しそうな声色で僕に尋ねて来た。
「すまない。その『ハーレム』…………とやらは何かね? 聞いたことの無い単語だ。もし、それが私の学の足りなさゆえであれば謝るが」
申し訳なさげに尋ねるルドウイークさんを前に、僕は心底驚いていた。ルドウイークさん程の人がハーレムを知らないなんて! これは教えてあげないと!
「ご存知ないんですか!? ……えっとですね、ハーレムって言うのは、なんて言うんですかね、その、一人の男の人がいっぱいの女の子と仲良くして、えっとその…………そうだ! ハーレムって言うのはとどのつまり、『男のロマン』です!」
「…………『男のロマン』? では、爆発するのかね。そのハーレムと言う奴は」
「爆発?! なんでハーレムが爆発するんですか?!」
「……いや? 男のロマンとは詰まる所爆発だと、
「絶対騙されてますよ! 男のロマンっていうのはもっとこう、満たされてて、おっきくて……うーん、なんて言えばいいのか……」
どこか的外れな事を語るルドウイークさん。この人は、一体今までどんな生活をしてきたんだろう。とりあえず、男のロマンと爆発が直結するのはおかしい。もしかしてこのひと、僕が考えてるよりずっととんでもない人なんじゃあなかろうか――――
「………………です」
その時、何事かをエリス様が呟いた。それに気づいて、僕とルドウイークさんはエリス様の方へと目を向ける。すると彼女はいつの間にか立ち上がっており、顔を赤くして、わなわなと体を震わせていた。
「……エリス神? どうしたのかね? 何か、ハーレムとやらに嫌な思い出でも――――」
ルドウイークさんがエリス神をなだめるようにそう声を掛けた瞬間、エリス神は僕をきっと僕を睨みつけ、こちらに人差し指を向けて思いっきり叫んだ。
「――――不採用、ですッ!!!!」
その言葉に、僕は口をあんぐりと開けたまま呆然とするより無かった。横に立っていたルドウイークさんも驚愕に目を丸くして、だけどすぐにエリス様を問い詰めようと彼女に歩み寄った。
「突然どうしたエリス神!? クラネル少年に何かよからぬところでもあったか!?」
「だーっ! ありましたとも! ハーレムですよハーレム!? 私はね、ハーレムと言う奴を聞くと、昔の大っ嫌いな知り合いの事を思い出すんですよ!!!」
「何を言うエリス神!? それはクラネル少年とは関係あるまい!」
「無いですとも! でもね、ダメな物はダメなんです!! あー今思いだしただけでも腹が立つ……! あのセクハラエロジジィめ!」
「それほどまでに嫌な思い出があるのかね、エリス神」
「大アリですよ! 事あるごとに尻撫でやがって、その挙句に『尻はいいけど、もうちょい、【デメテル】くらい胸が大きけりゃあなぁ……』とか宣うんですよ!? 最後には私の【ファミリア】の主力貸し出させた挙句全滅させてくれちゃったりしてぇ! 【黒竜】も死ぬほど嫌いだけど、あのジジィは殺したいほどに嫌い! あーもー!! ムカつきます!!!」
顔を真っ赤にして地団駄を踏むエリス様にどう対応するべきか分からぬといった風にその前で困惑するルドウイークさん。その一方で、僕は唖然としていた所から、ようやく状況を理解できる所にまで自身を取り戻していた。…………どんよりとした、冷え切った諦観と一緒に。
――――また、ダメだった。しかも、途中までは悪く無かったのに、僕の最大の動機である『夢』のせいでエリス様に受け入れて貰えなかった。僕は泣きたくなりそうになる自身を堪えながら、がっくりと肩を落とした。すると、それを見たエリス様がしまったというような顔で慌てて僕の前まで駆け寄って来た。
「あ……えっと…………あの、クラネルくん。本当に申し訳ないとは思います。君に悪い所は、何処にも無かったです。……でも私、ハーレムは、昔の事を思い出して、ダメなんです。………………ごめんなさい」
「いえ…………それなら、仕方ないですよ」
そう取り繕いながらも、僕は震えていた。僕の夢が、良くなかったのだろうか。でも、僕にとって夢は、とても大事な物で。それを、エリス様とルドウイークさんが心配そうに見つめている。それが、僕にはむしろ耐えられなくて。
「…………すみません、ありがとうございました。それじゃあ、僕はここで失礼します。……お邪魔しました」
僕はそれだけ言い残して、【エリス・ファミリア】の
<◎>
彼らの前から姿を消すベルの背中を見送ってから、ルドウイークはエリスへと鋭い視線を向けた。それを受け、エリスは気まずそうに視線を彷徨わせる。
「エリス神」
「……何ですか?」
「もう少し、言い方という奴は無かったのかね? あれでは、余りにもあんまりだろう」
「…………そうですね、私の浅慮だったかもしれません」
珍しく、心底落ち込んで口にするエリスの姿に、ルドウイークはそれ以上の批難をやめ小さく溜息を吐いた後、壁に立てかけられた<月光>の入った袋を再び担ぐとドアへと手を掛けた。
「何処か行くんですか、ルドウイーク」
「クラネル少年を放って置く訳にもいくまい。今日オラリオに来たばかりの少年が【ダイダロス通り】から抜けれるとは思えんしな」
「そうですね、そうしてください。…………あの、ご飯とか、どうします?」
「心配せずとも、適当に済ませてくるさ。いつ戻るか分からんから、戸締りだけは気を付けてくれ」
「分かりました。いってらっしゃい」
「ああ」
短く返すと、ルドウイークは足早に部屋を出て行った。そうしてしばらく、エリスは部屋のドアに寂し気な視線を向けていたが、その内台所へ向かい、今夜ルドウイークと食べるはずだった二人分の玉葱スープを温め始めた。
<◎>
僕は【エリス・ファミリア】のホームから出た後、とぼとぼと来た道を戻ろうとしていた。これから、どうしようか。空はもう真っ暗で魔石灯も見当たらないけど、満月の光のお陰で最低限道を歩くのには不自由しなかった。でも、今の僕は文字通りお先真っ暗で、そんな事は何の慰めにもならない。
考えて見れば、当たり前の事だ。どんな夢でも、それを応援してくれる人がいれば、同様にそれを嫌う人だっている。
きっと受け入れてくれると、胸を張って答えた僕が悪かったのだろうか。そんな事は無い、と思う。ただ偶然、エリス様がハーレムに嫌な思い出があっただけだ。だからこそ、僕はどうしようもなくやるせなくなって、涙が零れそうになるのを我慢しながらただただ歩く。
そのうち、どっちに行けば通りに出れるのかさっぱりわからなくなっているのに気付いて、僕は途方に暮れて空を見上げた。
「クラネル少年」
「ひゃいぃ!?」
突然後ろからかけられた声に、僕は驚きのあまり情けない声を上げてひっくり返った。その声の主も僕の行動に驚きを隠せなかったようで、少しの間仰天してたけど、その内、初めて会った時と同じように尻餅を付いた僕に優しく手を差し伸べた。
「立てるかね?」
「あ……ありがとうございます、ルドウイークさん」
また初めて会った時と同じようにその手を取って立たせてもらうと、それからすぐにルドウイークさんは申し訳なさそうに頭を下げた。
「クラネル少年、此度はすまなかった。まさか、エリス神にそんな過去があるとは思いもしなくてな…………」
「いえ、ルドウイークさんは悪くないですよ…………強いて言うなら、僕の夢が悪かったんだと思います」
そう言って僕はまた下を向いて、石畳の網目に視線を彷徨わせる。そんな僕を見かねたか、ルドウイークさんは小さく笑って、その大きな掌を僕の肩に置いた。
「そんな事は無い。君の夢はとても立派な物だ。ただ、それがたまたま彼女に合わなかったというだけさ。君の夢の価値は、君にしか付けることはできない……私も多くの若者を見てきたが、君はその中でも特に希望溢れる、良い少年だ。そんな君が抱いた夢なんだ、きっと、それは素晴らしい物なのだろう。だから、胸を張ってくれ。自分の夢の価値を疑わないでくれ」
「ルドウイークさん…………」
その励ましに、僕は何故だかさっきとは違う理由で涙が出そうになって、それを寸での所でぐっとこらえる。ルドウイークさんはそんな僕の顔を見る事も無く肩から手を離すと、背を向けて少し歩いて、僕の事を手招きした。
「道に迷っていたんだろう? 【ダイダロス通り】は酷く複雑な作りだからな。私も最初は随分と迷ったものだ」
「そうなんですか? 確かに、なんだか曲がり角が多くてよくわかんない道だなって思ったんですけど……」
「ああ。この通りを作ったという【ダイダロス】が奇人と呼ばれるのも素直に納得できるよ」
「あはは……」
そうして並んで二人で歩いていると、3分も立たずに僕らは通りへと出た。なんでも、僕がルドウイークさんと合流した所は通りからほど近い所で、すぐにでも表へ出られる所だったとのことだ。全然表の喧騒も聞こえなかったのに……。僕はしばらく【ダイダロス通り】に近づくのは止そうと、心に決めるのだった。
「さて、こっちだクラネル少年。はぐれるなよ」
「えっ? ルドウイークさん、帰らないんですか?」
「食事もまだ、泊まる所も無いのだろう? ウチに泊められれば良かったんだが、エリス神がいる以上、そうも行かぬしなあ……」
「で、でもそんな! ルドウイークさんにそこまでお世話になる訳には……」
そこまでしてもらうなんて、流石に悪い。だが焦って捲し立てるばかりの僕を見て、振り返りながらルドウイークさんは困ったように笑った。
「そう言うなクラネル少年。本当なら、君は今頃暖かいベッドに身を躍らせていてもおかしく無かったのだからな。それに、これは謝罪でもあるんだ。エリス神も気まずそうにしていたし、今夜の食事と一泊を私がどうにかするから、どうか彼女の事を嫌いにならないでやってくれ」
「そ、そんなにしてもらわなくても僕は別に気にしてないですし、お金も……あんまりないですけどどうにかなりますし、エリス様の事だって嫌いになりませんよ!」
「いや、私が気にする。君が首を縦に振ってくれるまで、私は梃子でも動かないぞ」
「ええ……」
僕が断らないと確信しているのか、何処か茶目っ気を感じさせる笑顔でそう言うルドウイークさんに僕は困惑した。でも、この提案は実際渡りに船だ。お腹だってもうペコペコでスープのおいしそうな匂いで涎がやばかったし、寝る所だって最悪野宿を覚悟してた。
……他に無いかぁ。割と短い時間でその結論に達した僕は、早々に諦めてルドウイークさんに頭を下げた。
<◎>
「凄い賑わいですね」
「君もそう思うかね? 私も、初めてオラリオの人混みを見たときは随分慄いたものだよ」
人混みの中を、ルドウイークさんを見失わないように僕は急ぎ足で歩いていた。オラリオの西
……【豊穣の女主人】亭、【黒い象牙】亭、【赤い宝玉】亭……どこもすごそうなお店だなぁ……。
僕の故郷の村では想像もつかぬ程に賑わい、煌びやかな姿を見せるそう言った店に視線を向けていれば、ルドウイークさんは途中で一本の横道に逸れその先に進んでゆく。僕が慌ててその姿を走って追いかけると意外とルドウイークさんはすぐに足を止めて、僕を手招きしていた。
「あの、ここですか……?」
「ああ」
彼が足を止めたのは二階建ての建物だった。壁にかけられた看板を見上げると、酒場と宿屋それぞれの看板が吊り下げられており、もう一つ、樹にとまって羽を休める鳥の絵が描かれた看板がある。名前は【鴉の止り木】亭。
…………酒場と宿屋、両方やってるって事なのかな? 僕は少し首を傾げたけど、ルドウイークさんがドアを開けて中へと足を踏み入れるのを見て、慌ててお店へと飛び込んでいった。
店に入ると、ランプの淡い光に包まれた店内が僕らを出迎えた。全体的に木目が目立つ内装で、法則無く並べられた四人掛けの丸テーブルとカウンター席、それと奥の階段が目につく。多分、満員になれば30人くらいは入れるだろうか。
そんな店内の中には僕ら以外にお客さんは片手で数えれる程度しかおらず、少し寂れた様な雰囲気を感じさせる。店の隅でお酒を飲んでいる二人組の片方が何やら弦楽器の物悲し気な音色を響かせていて、それもこの雰囲気の原因なのかな、と僕は思った。
「いらっしゃい」
店内を眺めていると、テーブル席の一つに腰掛けていた女性が僕らの顔を見て立ち上がりそう言った。青黒い髪とどこか鋭い目をしているその人は、カラスと思われる黒い鳥のアップリケが縫い付けられた無地のエプロンを掛けていて、テーブルに座っていなければ一目で店員さんだとわかっただろう。でも一番目を引くのは首元からその強気そうな顔の左頬あたりにまである火傷の跡と、肩口より少し先で縛られたシャツの、中身の無い左袖だった。
「やあ【マギー】。ここまで客がいないとは珍しいな、今日はどうした?」
「さぁ? そういう日なんでしょ。……貴方こそどうしたの? 今日はエリス神は休みだけど。喧嘩でもした?」
「いや、そう言う訳ではないがね。いろいろあったのさ」
「ふぅん……」
【マギー】と呼ばれたその人は、ルドウイークさんと話し終えると次は僕の方に目を向けた。その気の強そうな美貌に僕はちょっとドギマギして、慌てて頭を下げて自己紹介した。
「は、初めまして! 僕は【ベル・クラネル】と言います! よろしくお願いします」
「…………ウチは初めてでしょ? なら自己紹介なんか必要ないわ。何度かウチに来てくれれば、自然と覚えるから」
「おうマギー、折角の客なんだ。そういう事言うもんじゃあねえぜ」
僕の自己紹介にドライな対応を返したマギーさんを咎めるように、カウンター裏の厨房から一人の男性が顔を出した。歳を感じさせる白髪の短髪、少し恰幅のいい体と片目を覆う黒い眼帯。でもその姿に不潔さは無く、にっこりと笑うその顔の皺からは人の良さと温かみが溢れている。
「簡単に言うじゃない。ただでさえ癖の強い常連が山ほど居るっていうのに、一見さんの名前なんて覚えてらんないわよ」
「ハハ、それもそうだがな。とりあえずお冷くらい出してやれ。仕事だぜ?」
「ハイハイ了解。それじゃ、すぐ持ってくから好きな席に座っていいわよ」
そう言い残し、カウンターの裏へとマギーさんは消えて行った。ルドウイークさんと僕はそれを追うようにカウンター席に付きメニューを眺める。
「好きなものを食べてくれ。私の奢りだ」
「いいんですか?!」
「ああ。見た所、随分と腹を空かせているようだしな」
「で、ではお言葉に甘えて……」
笑うルドウイークさんに、僕は遠慮していたことなんてすっかり忘れて食い入るようにメニューを眺め始めた。どれもお手ごろな値段で、僕一人でも気兼ねなく頼めそうだ。と、なると量と味はどうなのか……そんな事を考えていると、目の前に良く冷えていそうな水の入ったグラスがコトンと置かれて、僕は顔を上げてお礼を言った。
「ありがとうございます!」
「ありがとうマギー…………そう言えば今日は姿が見えないが、【彼】はどうした? まさか、喧嘩でもしたのかね?」
先ほどの仕返しとばかりにルドウイークさんが笑って言うと、マギーさんはあからさまに不機嫌そうな顔をしてルドウイークさんを睨んだ。それに彼がまあまあとジェスチャーで返すと、マギーさんは溜息を吐いて苛立たしげに話し出す。
「別に。喧嘩なんかしてないわよ。彼が急に休みやがっただけ…………ねぇ! 彼がどこ行くとか聞いてた!?」
「んー? 【フギン】か? アイツならそうだな……」
「昨日は【ムニン】とか呼んでなかった? ちゃんと本名で呼んでやりなさいよ」
「俺はどっちでもいいけどなぁ……奴なら【リヴィラ】に用があるとか言ってたぜ。飲みにでも行ってんじゃねえか?」
「ふぅん。人が仕事してるのを尻目にサボって宴会か。笑わせてくれるじゃない……」
厨房の男性と会話し、怒りに満ち溢れた口調とは裏腹に笑顔を見せるマギーさん。その姿は、今まで見たどの女性よりも恐ろしく、僕はその【彼】という人が今後どんな目に合ってしまうのか、想像するだけでぶるりと身震いする。
しかし、そんなマギーさんに対して物怖じせずにルドウイークさんが話しかけたせいで、僕の緊張は更に高まった。
「お怒りの所悪いがねマギー。部屋は一つ空いてないか?」
「……やっぱりエリスと喧嘩したんじゃないの?」
「違う、そうじゃない。実は訳あってクラネル少年の寝床を探していてね。ここなら、食事と寝床が同時に確保できると思って来たのだが……」
その言葉に、明らかに苛立ったマギーさんは口をへの字に曲げながらカウンターにあった帳簿を手に取って紙を幾枚か捲る。そして目当てのページに目を通した後、近くの棚に掛けられていた鍵の一つを手に取って言った。
「二番の部屋は今日誰も使ってないわ。好きにして」
「恩に着るよ」
下手に投げられた鍵を片手でキャッチしてルドウイークさんは礼を言う。しかし、マギーさんはそれに目もくれず厨房へと引っ込んでいった。それを見たルドウイークさんは少し苦笑いして、そしてその鍵を僕にそっと手渡す。
「よし、これで君の寝床の問題もクリアだ。寝室は二階にあるから、食事が終わったら向かうといい」
「……珍しいですね。酒場と宿が併設されてるなんて」
「酔い潰れるヤツが多かったからな、ウチの客は」
マギーさんと入れ替わりに厨房から顔を出した眼帯のお爺さんが楽し気に僕らの話に割り込んで来た。しかしその笑顔のおかげか不快感は無く、むしろその語り口に興味を持った僕は更にその人に向けて質問をぶつけてみた。
「酔い潰れるって、そんなになるまで飲んじゃうんですか?」
「そりゃあ坊主、冒険者ってのはそう言う奴らが多いからな。そいつらに店の中でグダられてもめんどくさいから、空き部屋に放り込んで後から金を取ってたのさ。いい商売だろ?」
「…………凄い商売だと思います」
そのおじいさんがニカッと歯を見せて笑うのを見て、僕は苦笑いしながらそれに応えた。商売の上手い人だな……でも、この人の笑顔を見てると、何だか祖父を思い出す。全然顔は似てないんだけど、雰囲気と言うか明るさと言うか……そう言うものが、何処か似通っているように感じるのだ。
「さて、クラネル少年。お喋りもいいが、そろそろこちらの方にも仕事をして頂こう。私はコショウと鶏肉のスープ、後バゲットを」
「了解。坊主は?」
「えーっと……悩みますね……」
「ちなみに俺のオススメは『テイク・ザット・ユー・フィーンド』ランチだ。後悔はさせねえぜ?」
「じゃ、じゃあそれでお願いします!」
「了解。じゃ、ちょっと世間話でもして待っててくれ」
ルドウイークさんに促された僕がメニューを眺めれば、お爺さんがオススメのメニューを教えてくれたので僕はそれに決めた。しかし変な名前だなあ。勢いでつい頼んじゃったけど、変な物じゃあなきゃいいな…………。
「……しかし、今日はすまなかったね、クラネル少年」
「えっ?」
「【ファミリア】入団の事さ。君はあれだけ期待していたのに、それを裏切るような事になってしまったからな……」
また、ルドウイークさんは寂しそうに先ほどの事を話し出した。僕はそんなルドウイークさんを慰めるように、慌ててその話を遮った。
「もう大丈夫です。僕は気にしてないですから……」
「そう言ってくれると助かる……ああ、そう言えば【ファミリア】の事なんだが…………【ヘスティア】と言う女神が先日、新設したファミリアの団員を募集していた」
「それ本当ですか!?」
ルドウイークさんの話を聞いて、僕は一気にその話に食いついた。思ったよりも大きい声が出て、僕は自分でも驚いて周囲を見回した。しかし、今は僕ら以外のお客さんは店の隅の弦楽器をかき鳴らす詩人と陰気そうな剣士の二人だけで、その二人もさして此方を気にしていないようだった。僕はそれにホッとして、少し声を抑えてルドウイークさんに話しかける。
「そ、それって本当の話なんですか……?」
「ああ。前もこの近くで姿を見たから、明日は彼女を探してみるといい」
「ありがとうございます……! 本当に何から何まで……!」
僕はもうルドウイークさんに頭が上がらず、ただ頭を下げるばかりだ。それをルドウイークさんは一度嫌味なく笑って、それから穏やかな口調で話し始めた。
「いや、気にしないでくれ。これは謝罪の気持ちと……あとは、未来への投資かな」
「投資、ですか?」
「ああ…………私には、君がきっと『英雄』になる素質の持ち主だと思えてね。そういう<導き>が、君には見えるんだ」
「そ、そんな! 僕が、英雄なんて……」
「本音さ」
否定する僕に、ルドウイークさんはあくまで真剣な面持ちで対応する。でも、いくらルドウイークさんの言う事でも、僕が英雄になれるなんて流石に言いすぎだと思う。僕はあれだけいろんな【ファミリア】に拒否されて、今日の寝床にも苦労するくらいだったのに……。でも僕のそんな沈んだ気持ちを他所にルドウイークさんは真剣な顔を崩さず、だがどこか寂しそうな顔をして呟いた。
「だが、気を付けるといい。英雄と言う奴は、『なるまで』よりも『なった後』の方が難しい…………らしいからな」
「それって――――」
その言葉に僕がどう言う事なんだろうと尋ねようとしたとき、
「よう、待たせたな。そんじゃ『
「わっ、凄い量ですね!」
ドン、と大きな音を立てて僕の前に置かれた皿の上には、ライスとソースのたっぷりかかったハンバーグ、瑞々しいサラダに切られたオレンジと彩り豊かな品々だ。それがお皿の上にこれでもかと乗せられていて、正しくより取り見取りと言った感じだ。でも、量が流石に多い。これ食べ切れるのかな……?
「そいつはとにかく『腹一杯食いたい』って奴向けのメニューでな。俺の気分次第で、とにかくたんまりと皿に乗せてやるんだ。好きなように食って、好きなように味わうといいぜ」
「あ、ありがとうございます……」
その威容に僕が恐れおののき、何処から手を付けたものかと悩んでいると隣のルドウイークさんの元へとマギーさんが片手で器用にお皿を運んできた。そのお皿には、琥珀色のスープの中に幾切れかの鶏肉が沈んでおり、散らされているコショウの香りが隣の僕の食欲までもをそそった。
……何だか、いける気がする! 僕はルドウイークさんと一緒に手を合わせ、食材へと祈りを捧げる。
「……それでは、食べるとしよう」
「はい。じゃあ、いただきます!」
「いただきます」
祈りを終えた僕達は、それぞれの食器を手に取ってそれぞれの食事に手を付け始めた。
<◎>
「では、私はここらで失礼させてもらおう」
「もご……んがっぐ…………ごく、ごく……ぷはっ! 今日はありがとうございました、ルドウイークさん!」
「ああ。それではクラネル少年、またどこかで会ったらその時はよろしく頼む」
「はい!」
「それではまた、な」
早々に食事を終えたルドウイークさんは僕の食事代や宿泊費を含めたお金をマギーさんに支払うと、足早に店を去って行った。
凄い人だったなぁ。ルドウイークさんに対する僕の感想は、結局そんなところだった。冒険者としての腕前は知らないけれども、良く気遣いが出来て、誰を相手にも物怖じしない。少し顔は怖いけど、その笑ってる所はむしろ親しみが持てるし……。多分、モテるんだろうなあ。
僕はそんな羨望を胸に少し物思いに耽った後、再び目の前の『これでも喰らえ』ランチに目をやる。その皿の上の食事は最初出てきた時の威容をとうに失ってはいたけど、それでもまだ四分の一くらいは残っていた。
お腹の調子を鑑みて、僕はその力の前に屈服するべきか本気で悩んだ。だけど明日は、ルドウイークさんの言っていた【ヘスティア】様と言う神さまを探してここらを駆けずり回らなくちゃいけない。なら、こんな所で食べ物相手に降参してる場合じゃあ無いはずだ!
僕は気合を入れ、一気にその残りを口の中に流し込んだ。バター風味の付いたライス、濃厚なソースのかかったハンバーグ、そして瑞々しいシャキシャキ感のあるサラダが僕に強い満足感を与え、元から得ていたそれとお腹の中で激突して一瞬戻ってくるような感覚を感じるがそれを何とか抑え込んで口の中の残りを飲みこんだ。
「おお、やるじゃあねえか坊主。正直食いきれないと思ったぜ」
「冒険者は、体が資本、ですから…………!」
僕は、脂汗の浮かんだ顔で苦々しいサムズアップをお爺さんに向けた。するとお爺さんは、満面の笑みでにかっと笑い、お皿の上に乗った分厚い豚肉を差し出してきた。
「気に入ったぜ。こいつはサービスだ! もう好きなだけ食いやがれ!」
「ウワーッ!?」
叩きつけられた暴力的な善意に、僕は思わずその場でカウンターに突っ伏した。流石にもう無理だ。残りのオレンジの清涼感で何とかやり過ごす僕の計画が、根底から覆された。
しかし次の瞬間、苦悩にまみれた僕の脳細胞が突如としてなんかすごい勢いで回転し、ダンジョン内で起きるというモンスターの同時多数発生、【
――――追いつめられたところからの敵の増援。これはきっとダンジョンでも遭遇する事象だ。だったら、これはその時の予行演習! 負けてなるものか!
僕は全ての力を振り絞って起き上がり、その豚肉の塊と睨み合う。そしてそこから溢れる湯気が一瞬揺らいだ瞬間隙を突くようにナイフを手に取り、一気に豚肉を真っ二つ。それを口に運んですさまじい速度で咀嚼し呑み込んだ。
「うお、すげえ食いっぷりだな……ま、無理すんなよ」
そんな僕を他所にお爺さんはさっさと厨房へと引っ込んでしまった。それに気づく事も無く豚肉を切っては食べ、切っては食べて行く僕。そして五分近い格闘の末、僕は恐るべきモンスター級の肉料理を討伐する事に成功していた。
――――次の日、僕はお腹の痛みでお昼前までベッドから出る事が出来ず、【ヘスティア】様と出会うのも予定よりずっと時間がかかってしまい、それは結局夕方あたりの事になってしまうのだった。
・【彼】:二つ名は【黒い鳥】。
ベル君はこの後無事【ヘスティア・ファミリア】初の団員となります。
マギーとか彼とかあの人とかいろんな人を出すの楽しいです。
逆にベル君のキャラをしっかりつかめてるか不安ではありますが……。
ルドウイークとベル君のコンビで迷宮浅層とかやりたいですね。
今話も読んで下さり、ありがとうございました。