月光に導きを求めたのは間違っていたのだろうか   作:いくらう

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ギルドでの会話とか。戦闘はないです。本当はその後の冒険パートとかも書きたかったけど10000字行ったりやりたい事があったので一旦投稿です。

感想が100件いきました。とてもうれしいです。
皆様の反応が小説更新の大きなモチベーションとなっております。ありがたいです。
評価お気に入り誤字報告してくださる皆さまもありがとうございます。
これからも読んでいただければ幸いです。



07:同行者

「ニールセン」

「何だ?」

「『ハーレム』……と言うのは、一体何だ?」

「は?」

 

 その日のオラリオは雲一つ無い快晴で、とても清々しい一日を迎えていた。既に年明けから一月が経ち、北西第七区の【ギルド】本部も年明けごろが嘘のような忙しさで賑わっている。

 しかし太陽が真上に昇り切った昼食時。幾人かの職員や冒険者達が昼食の為に席を立ちギルド本部を離れてゆく傍らで、ソファーに座ったルドウイークはニールセンの顔をひどく不機嫌に歪めさせていた。

 

「……突然どうした? その様な秩序に反するような物言いを」

「いや。先日知り合った少年がやたら『ハーレム』について拘っていてな。それが如何なるものなのか、物事をよく知る君なら知っているのではと思ったんだ」

「こいつをくれてやる」

 

 眼前の大男を射殺さんばかりの眼差しを湛えながらそう言うと、ニールセンはカバンの中から一冊の分厚い本を取り出しルドウイークに向けて放り出した。それは10C(セルチ)を優に超えようかと言う厚みと頑強さを伺わせる革の表紙を持っており、少なくとも、片手間の読書に用いるような書ではない。その存在感にルドウイークは少し首を傾げて、ニールセンに問いかける。

 

「これは何だねニールセン。辞書か?」

「そうだ。そいつでその秩序を乱しうる小僧の頭に清く正しい恋愛という奴を叩き込んでやれ。物理的に」

「…………物理的に?」

「その通りだ」

「……………………良く分からないが、それは私の『ハーレムとは何か』と言う質問の答えにはなっていないのでは?」

 

 その反論にニールセンはカバンの中からもう一冊の辞書(鈍器)を取り出して凄んだ。

 

「聞くな。次に聞いたらお前の頭にもそいつを叩き込むぞ」

「…………わかった。この話は忘れてくれ」

 

 彼女の余りの剣幕にルドウイークは参ったと諸手を上げて、そのままソファに深く寄りかかった。ニールセンはそれを見て二冊の辞書を再びカバンの中に放り込んで、机に置かれていたグラスを手に取りその中身を口にする。

 

「……ハァ。それで、今日お前は6階層へと挑戦するんだろう? 大丈夫なのか?」

「恐らくは。予習は、君にしっかりと叩き込んでもらったしな」

「知識だけでどうにかなるなら、ダンジョンで死ぬ奴などいるものか」

「そうだな」

 

 どこか捨て鉢に、吐き捨てるかのように言うニールセンの言葉に同意し、ルドウイークも用意されていた水を口にした。そして机に肘を突き、顔の前で両手の指を組んで先ほど聞かされた第6階層についての情報を整理し始める。

 

「6階層からは、モンスターの顔触れが変わると言っていたが……」

「ああ。覚えているだろうな? 言ってみてくれ」

「………………【ウォーシャドウ】。通称【新米殺し(ルーキーキラー)】。影じみた異形の人型モンスターで、頭部は謎の円盤、そして両手に備わった三本の指がそれぞれ短刀のような形状をしており、並のレベル1冒険者以上の剣戟を繰り出す…………合ってるか?」

「まあ、概ね正解だ」

 

 腕を組みルドウイークの解説を聞いていたニールセンは、その内容に満足そうに頷いた。ルドウイークはそれを見て口角を上げ小さく肩を竦める。

 

「やはり、講師の腕が良かったからだろうな」

「……フン、当然だ。今まで何人にこの説明をしたと思ってる」

 

 その返答にルドウイークは苦笑いして、冗談とも本気とも取れないような称賛を送った。一方、ニールセンはどこか遠い目をしてから小さく鼻を鳴らすと、一抹の寂しさじみた物を滲ませながら答える。

 そこにルドウイークは彼女が今までこの知識を授けて来た者達の後姿を僅かに見出して、その者達が如何なる道を歩んだのか……それに興味を持ちはしたが、彼女に問い質そうと考える事は無かった。

 

「…………さて、では私は行くとしよう。6階層までは、短い道程では無いしな」

「ああ。精々気をつけろ」

「分かっているとも」

 

 笑って言うニールセンに皮肉めいた笑みを返すと、ルドウイークはグラスの水を飲み干し<月光>を隠した革袋と背嚢(バックパック)を背負って席を立った。その腰に()いた長剣が白装束に括りつけられた巾着とぶつかって音を鳴らす。

 

 この巾着の中には、先日の探索の際換金しなかった【魔石】が幾つか詰められていた。今回、ルドウイークの大目的は第6階層への到達と調査ではあるが、同時に魔石を用いた<秘儀>の使用の可否も成すべき事の内に入っている。

 元より、水銀弾を用いるための形状に最適化された<小さなトニトルス>は持ち込んではいないが、<エーブリエタースの先触れ>を初めとした純粋な神秘のいくつか、それをルドウイークはダンジョンの中で試してみる腹積もりだ。

 

 ――――上手く行けばいいが。

 

 ルドウイークは外套の裏に縫い付けられた雑嚢の内、神秘を潜めた幾つかのそれに意識を向けた。秘儀の使用において最も重要な要素は神秘に強い適性を持つ<血>である。だが、神秘に良く似た要素である【魔力】を内包する魔石であればその代用となりうるのではないかという仮説は、当初からルドウイークの内に在った。

 当然、使用できればそこから<ヤーナム>への帰還の手掛かりを探るのが最も肝要ではある。しかしそれに並ぶ程度には、秘儀が使えるという事実は大切だ。

 

 何せ、それは<宇宙>に繋がる生粋の神秘。自由に月光の真を振るえず、全力を出す事の叶わぬルドウイークにとって、その力はとてつもなく有用な物だ。

 それにこの世界には個々人に発現する【魔法】なる業があると言う。その効力は千差万別であり、故に秘儀を他者に目撃されてもそれは彼の習得した魔法であると言い訳できるとルドウイークは踏んでいた。

 

 そしてヤーナムへの手がかりは秘儀のみならず、ダンジョンそのものからも見いだせるかもしれない。ルドウイークは常にその可能性を頭の隅に置いている。そして5階層までの調査が終わった以上、彼が6階層にその焦点を合わせるのは当然の帰結であった。

 

 しかし、既に上層の調査(マッピング)などは過去の冒険者達によって成されている場合が殆どだ。<啓蒙>無き彼らとは言えその情報は幾度と無く検証され、具体的な信頼性を持っている。故に、上層では啓蒙無き彼らが手がかりを見落としていることに賭けるしかルドウイークには無い。

 中層ともなれば未知の区域も出てくると言うが、ダンジョンは下層に向かうほどその面積を増す。であるからして、ダンジョンの調査を進めるほどそれにかかる労力も加速度的に増えていくだろう。

 

 前途多難だなと、ルドウイークは少しげんなりした。

 

 ヤーナムへと繋がる<導き>も未だに見える事は無い。結局、この迷宮都市の人波に紛れ一歩一歩やるしかないと言う訳だ。<聖歌隊>や<メンシス>、そして<ビルゲンワース>の者たちもこの様な果て無き探索を己に課していたのであろうか。で、あればそれは間違いなく狂熱と言うより無いだろう。

 

 …………彼らからすれば、私の持つヤーナムへの帰還の動機も、きっと似たものなのだろうが。

 

 その諦観を一旦脇に置き、立ち上がったルドウイークはニールセンに小さく会釈すると彼女に背を向けてギルド本部の出口へと歩を進め始める。その時、彼らが座していたテーブルの傍に設けられた応接室の扉。そこから見覚えのある白髪紅目の少年と、初めてギルドに来た際に応対に当たった受付の女性が姿を見せた。

 

「――――ベル君。確かに君は【神の恩恵(ファルナ)】を身に付けて冒険者になったけど、でも、だからこそ気を付けなきゃダメだからね? 最初の冒険が、最期の冒険になっちゃった人だって居るんだから」

「は、はい……」

 

 恐らく、その受付嬢が何度も何度も口にしたであろう戒めを改めて受けた少年は、目に見えて緊張しながら彼女の言葉にブンブンと首を縦に振っている。真新しいギルド支給の軽防具にこれまたギルド支給のルドウイークも未だに携帯する短刀を身に付け、小さな背嚢を背負った姿はまさしく駆け出し冒険者の典型と言った所か。

 

 それを見てルドウイークは、初めてこのギルドの門を潜った時の事を思い出して小さく笑う。一方、おどおどと縮こまりながら受付嬢と共に歩いていた少年はルドウイークの姿をその視界に認めると、それまでの不安げな顔が嘘の様に満面の笑顔を浮かべてルドウイークに向けて大きく手を振った。

 

「ルドウイークさん!!」

「おっと」

 

 彼と彼女の邪魔をしては悪いだろうと思い、早々にこの場を立ち去る腹積もりであったルドウイークはその声に足を止め改めてそちらへと向き直った。その彼の元に白髪の少年が小動物めいて駆け寄ってきて、元気良く頭を下げる。

 

「お久しぶりです! 先日はどうもありがとうございました!」

「ああ。と言っても二日ぶりだが……その様子を見るに、【ファミリア】には入る事が出来たようだね、クラネル少年」

「はい! ルドウイークさんが教えてくれたおかげです! お陰様で無事【ヘスティア・ファミリア】に入れて頂く事が出来ました!!」

「それは喜ばしい事だ。それで、今日はギルドで何を?」

「えっと、昨日【ヘスティア】様と登録には来たんですけど、今日まで【エイナ】さんにダンジョンについての講習を受けてまして。ようやくダンジョン挑戦にOKが出た所です」

「成程……で、これからダンジョンに向かおうと言った所か」

「はい!」

 

 元気よく事情を詳らかにするベルに、納得したようにルドウイークは頷く。そして、こちらに歩み寄って来たハーフエルフの受付嬢へと視線を向け小さく会釈をした。

 

「どうも、先日は世話になりました。<ルドウイーク>です」

「ああ、どうも。ニールセンさんからお話は伺ってます。【エイナ・チュール】です」

「よろしく」

「こちらこそ」

 

 そのまま二人は友好的な笑顔を浮かべたまま軽く握手をした。それをベルは横から少し不思議そうに見つめている。

 

「ルドウイークさんとエイナさん、お知り合いだったんですか?」

「私がギルドに来たときに最初に応対してくれたのが彼女でね。顔は覚えていたが、まぁ名前は今まで知らなかった」

「私はニールセンさんから聞かされてましたけどね。『この数年で担当した冒険者の中では一番死ななそうだ』、と珍しく褒めてましたよ」

「チュール、余計な事を言うな」

 

 エイナがルドウイークへのニールセンの言葉を暴露すると、三人の様子を眺めていたニールセンが不機嫌そうな顔で会話へと割り込んで来た。それにルドウイークとエイナは実に意外そうな顔をし、ベルは突然の乱入者に目を白黒させる。

 

「え、えっと、どちら様ですか……?」

「【ラナ・ニールセン】。【エリス・ファミリア】の担当だ。それよりお前、短刀以外に武器が無いなら腰の後ろではなく左右どちらかに身に付けろ。背嚢が邪魔になるし、今のままでは右手でしか掴めんぞ。左手しか空いてなかったらその時如何するつもりだ?」

「あっ……はい、仰る通りです、すみません…………」

 

 勇気を持って彼女に名前を聞いたベル。だがしかし、端正な顔から繰り出されるその苛烈な物言いにあっという間に委縮し、先ほどの元気さも見る影なくしょんぼりと肩を落とした。それを見て、エイナが少しムッとした表情でニールセンに口を尖らせる。

 

「ニールセンさん、言いすぎです。ベル君はまだダンジョンに潜った事無いんですよ」

「ならばむしろ幸運だったな。怒られただけで死から遠ざかる事が出来たのだから」

 

 しかしニールセンはその反論もどこ吹く風と言った様子でベルを睨むような目つきで見据え、更に鋭く彼に向け口を開いた。

 

「クラネルと言ったか。チュールにも聞いただろうが、ダンジョンで最も近しい隣人とは死そのものだ。だからこそ常に最適化は怠るな。初期は可能な限り短い間隔で【ステイタス】を更新し、それに合わせて装備や動きを最善のものに組み直せ。これは装備の交換だけじゃなく、そもそもの装備位置、持ち込むアイテムの配置、自身のステイタスに即した行動選択肢の模索と言った物も含まれる。ダンジョンの中だけでなく、地上ですらやるべき事は多い。その事を忘れれば、死はすぐにでもお前の首に手をかけるぞ」

「………………むぅ」

 

 ニールセンの論を聞き終えたエイナは、納得は行かなそうな顔ではあったが反論する事は無かった。一方ベルは最初こそ下を向いて暗い顔をしていたものの、彼女の話を聞き終えるや否やまず短刀の位置を腰の横へと直して他の装備の位置を確かめ始めた。

 

 確かにニールセンの物言いはお世辞にも褒められた口調では無かっただろう。しかし、それは新人に向け経験から導き出した彼女なりの激励であるのだろうと、ルドウイークは好意的に考えた。そして、場の空気を取り成そうと穏やかに笑って、苛立ち気味のニールセンに声をかける。

 

「ニールセン、随分とクラネル少年には手厚いな。君は私に対して、そこまでしっかりとしたアドバイスはしてくれなかった気がしたが」

「心配が必要か? 今までロクに傷一つ負ってきた事も無いお前に?」

「………………ぬぅ」

 

 どこか冗談っぽさを交えて言ったルドウイークは、帰ってきた言葉と視線の冷たさに気まずそうに顔を歪め、何かを誤魔化すかのように視線を彷徨わせた。

 事実、ルドウイークは未だにダンジョンで手傷を負った事は無い。迷宮上層のモンスター達では、とてもではないが彼に太刀打ちする事など出来ぬ。

 それ以上に、ヤーナムでの経験が彼にそれを許さない。熟練の狩人が僅かな傷から調子を狂わせ、獣に貪り食われる姿をルドウイークは幾度と無く目撃してきた。そして、彼自身もそうなりかける事などもはや数え切れぬ程経験してきた身である。

 

 故に、回避に特化した軽装の装束を狩人達は好む。無事に帰還するには、無傷が一番の近道だからだ。…………実際の所は、そもそも獣ども相手に重装の防具など何の頼りにもならぬと言うのが最大の理由なのだが。

 

 ふと、今まで相対してきた獣どもをルドウイークは想起する。ヤーナムに跋扈する異形の怪物ども、<聖杯>を用いて<地下>へと潜った先で待ち受けていた<トゥメル>の<番人>たち。そして、現実とも悪夢ともつかぬ深奥にて見えた、真なる<上位者>ら。

 

 ――――この【迷宮(ダンジョン)】の奥にも、彼らの如き存在が居るのだろうか。

 

 その思索に、ルドウイークは未だに果てを見せぬという迷宮都市(オラリオ)のダンジョンへの畏怖を新たにした。この様な神秘がヤーナムに存在すれば、それこそ<教会>は屍の山を築いてでもその深淵へと手を伸ばしたであろう。だが、この世界ではそうはなっていない。

 未だに陽の目を見ぬ秘密は数多にあるのであろうが、少なくとも、表向きはそれが取りざたされる事も無い。故にこのオラリオは、ヤーナムに比べてずっと気楽に過ごす事が出来るのだろう。ルドウイークはそのように納得した。

 

「ルドウイークさん、ダンジョンで傷一つ負わないってホントですか?」

 

 その時、不意に投げかけられた声にルドウイークは振り返った。視線の先にはベル。ルドウイークが思案を重ねている内に調整をしていたのか、その装いは先程までの見かけの物とは違い最適な物へと近づいている。

 

 この短い間に、よく調整したものだ。素直であるのは彼の美点だろう。ルドウイークは感心し、そして質問にどう答えるべきか策を巡らせた。無視するのは悪い。だが正直に『出会った敵は大抵一撃で殴り殺すなりしているからな』などと答える訳にも行かぬ。何と答えるべきか………彼はこの時、自身が<ローレンス>や<加速>程に頭の回る人間であればと少しばかり悩んだ。

 

「この男は確かにお前と同じレベル1だが、全くの新米と言う訳ではないからな」

「そうなんですか?」

 

 眉間に皺を寄せ、何と答えるべきか思案していたルドウイークの心中など知らずにニールセンが助け舟を出した。その言葉にルドウイークは内心で安堵し、一方ベルは首を傾げる。

 その姿を見かねたニールセンは、淡々とエリスがルドウイークに与えた『設定』通りの話をベルにも教え始めた。

 

「こいつは【ラキア王国】……【アレス・ファミリア】の元団員でな。戦場での経験は10年近くあるはずだ。幾らオラリオ外でのレベルアップが困難な物だとしても、それだけの経験があれば迷宮上層の内更に浅い階層なぞ片手間で切り抜けられるはずだ。そうだろう?」

「ああ、その通りだニールセン。助かるよ」

「これで一つ貸しだな。今度何か奢れ」

「喜んで」

 

 ニールセンのフォローにいたく感動したルドウイークはその厳めしい顔に似合わずバツの悪そうな苦笑いを見せた。それを見たニールセンは腕を組み、どこか楽しげに笑う。しかしベルはその説明を聞いて、少し不思議そうに首を傾げた。

 

「…………あれ? でもルドウイークさん、確か前に『他のファミリアの事はよく知らない』って……」

 

 ベルのそのつぶやきを捉えて、ルドウイークは彼と初めて出会った日の会話を即座に思い出し絶句した。そう言えばそんな事を語っていた気がする。完全に考え事をしながらの雑談であったので、真実を何気なく口にしてしまったのだろう。ルドウイークには演技が分からぬ。彼は誠実な男であった。眉間の皺を更に深くし、どうやってこの状況を脱するべきか必死に思索を巡らせる。

 

 しかし、あの時雑談で語った事をキッチリ覚えているとは……素直で吸収が早い彼の美点を、ルドウイークは小さく恨んだ。そして先程よりも悪化したこの状況を自身の拙い演技力でいかに乗り切るか――――<導き>は何も示さない。

 

 …………もはや、万事休すか。活路を見いだせず、ルドウイークが勝手に深刻さを増していたその時、蚊帳の外にいたエイナがふと時計を見て口を開いた。

 

「……ねぇ、ベル君。そろそろ出発してもいいんじゃない? 早くしないとお昼を終えた人達が一気に戻ってくるから、その前に行こうって話だったよね?」

「っそうでした!」

 

 彼女の言葉に、ベルは慌てて時計に目を向けた。まだギルドの職員達は戻ってきてはいないものの、ここからダンジョンに向かう間にその状況は一変するだろう時間帯だ。彼は慌てて装備の調整のため降ろしていた背嚢を背負い直す。その様子に、ふとルドウイークは疑問を感じて横のエイナへと問いかけた。

 

「なぜそれほど急ぐのかね? 他の冒険者が多い時間の方が、安全は安全だろう?」

「他の冒険者さんたちが居たら【経験値(エクセリア)】が溜まらない……経験になりませんからね。確かに冒険者の半数はレベル1ですが、ダンジョンの第1階層に苦しむ人と言うのは流石にその中でも多くありません。ベル君くらい駆け出しだと、他の冒険者さんたちに先にモンスターを倒されてロクに戦う事も出来ずお金だけが減っていくなんて事もあるんですよ。まぁ、周りに人が居ればいるだけ、助けて貰える可能性は上がりますけどね」

「成程。それは、確かに世知辛い――――」

 

 同意を口にしたその時。ルドウイークは導きではない、閃きとでも呼ぶべき思索を見出した。

 自身が逆の立場であれば、詮索を止める理由は何がある? 思い出せ。アレは確か<マリア>が<ゲールマン>翁の元へと転がり込んでから、そう経っていなかった頃だ。彼女はいかにして、自身の出自への詮索をかわしていたか。

 

「…………なら、折角だ。君の初挑戦に、私も同行させてもらえないか?」

「いいんですか!? ぜひお願いしたいんですが!」

「おい待てルドウイーク。お前、今日は6階層に挑む予定だったはずだろう」

 

 驚愕し、そして喜ぶベルに対して、ニールセンは予定の変更を強く咎めて来る。しかし、ルドウイークはその追及に肩を竦め、それが的外れの物であるとでも言いたげに笑った。

 

「ニールセン。そう慌てずとも、ダンジョンは逃げも隠れもしないだろう?」

「確かに……そうだがな」

「それにこれも何かの縁、という奴だ。あとは――――」

 

 そこで一度言葉を切ってから、ルドウイークは少し寂しそうな目をしてベルを見た。

 

「――――顔見知りに死なれてしまうかもしれないと思うとな」

「下らんセンチメント(感傷)だ」

「君が言うかね」

 

 不満げに、しかし満足に反論できなかったニールセンの姿に目を細めた後、ルドウイークは改めてベルに向き直る。そしてその顔を真っ向から見据えてから、自身を納得させるかのように一度頷いた。

 

「……ついでに言えば、彼に【ヘスティア・ファミリア】について教えたのは私だからな。ある程度責任は取っておかねば、かの女神にも示しがつかん…………まぁ、そう言う訳だ。構わないかね、チュール嬢?」

「えっ。あ、いえ、私からすれば、願ったり叶ったりではありますが……」

「決まりだな」

 

 彼女の同意に頷いて、ルドウイークはベルの前に歩み寄った。その体格差にベルは僅かに気圧されたようだったが、彼が自分に向けて手を差し出すと、少しだけ迷った後にしっかりと握手を返して、力強い目でルドウイークを見上げた。

 

「ではクラネル少年、よろしく頼むよ」

「はい、こちらこそよろしくお願いします!」

 

 ルドウイークは彼の手を握りながら小さく笑いかけ、ベルもそれに笑顔を返す。そうして二人は見送るエイナとニールセンを背に、ギルドを後にしてダンジョンへの道を歩み始めた。

 

 

 

 

 

 

 

「…………やっぱり、緊張しますね」

 

 ダンジョンへ向かう道すがら、通りすがる冒険者達の威容をまじまじと見てベルが呟いた。すれ違う彼らは皆が皆それぞれ全く違う装備で身を固めており、更にはその多くが使いこまれた物である事が見て取れる。

 その姿は、今だ傷一つ無い新品の装備を手にしたばかりのベルにとっては緊張を持って見据えるべきものなのだろう。それを横目に、ルドウイークは神妙な顔で呟いた。

 

「私も最初は緊張したものだ。不必要に気合を入れすぎて、やる気ばかりが空回りしてしまったものだよ」

「ルドウイークさんでもそうなんですか?」

「ああ」

 

 ルドウイークは目を伏せ、ベルの言葉に小さく頷く。

 

「何せ、初めての冒険と言うのは初めての事だらけだ。命だってかかっているし、緊張するのは当然の事だろう」

「そうですよね…………ちょっと安心しました」

 

 胸をなでおろすベル。その姿を眺めながら、ルドウイークは幾つかの思案を並行して進めていた。この同行で、本当の意味でのルーキーの立ち回りを見て覚える事が出来るという打算。ベルへの同行による<秘儀>の試運用の中断。6層から1層への挑戦階層の変更による今日のスケジュールの変更。

 

 ――――そして、彼に詮索をさせぬ方法。実の所、ルドウイークのベルによる詮索に対する警戒は些か過剰に値するものであったのだが、彼はエリス神の指示を律儀に守ろうと考える余りその事に気づいてはいなかった。

 そんな発想に至らぬルドウイークは、かつての同輩である<マリア>がその素性を探られずに済むために取った方法に今一度思いを馳せる。

 

 マリアがその秘密を守るべく取った方法は、これ以上無く穏やかな物だった。それは詰まる所単純に『恩を売る』事である。かつて彼女は自身の素性を探ろうとする者達を尻目に、狩人達へ余りに多くの貢献を成していった。<加速>や<烏>と共に挑んだ<双黒獣>との戦い、突如現れた<銀獣群>の殲滅、<僻墓>の最深における<番人長>との壮絶な剣戟戦………………彼女の逸話は語り始めればきりが無い。

 その内、その美しさも相まって彼女を支持するものの数は加速度的に増えて行った。小さな疑念などそれが霞むほどの功績の前には余りにも無力で、いつのまにか彼女を訝しむ声も聞かれなくなったものだ。

 

 

 

 だが、時を経て時計塔の最上部で相対した彼女は秘密を守るためならば他者の殺害さえも躊躇せぬ番人と化しており、その刃の前にルドウイークは死を迎える事となったのだが。

 

 

 

 ルドウイークは嘗ての彼女の行動に倣い、自身を疑ったベルに対して誠意を持って対応し続けようと考えていた。

 それで疑念が消えるわけではない。それは疑念を『どうでもいい』と思わせる類のやり方だ。本来であれば何らかの方法で彼に詮索しない方がいいのだと理解させるのが良いのであろうが、ルドウイークにはそれの上手いやり方は自身がやりたくないと思えるものしか思いつかず、結局はこうしてベルと並んでダンジョンを目指している。

 

 だが、ルドウイークはそれを悪く無い事だと捉えていた。確かに彼にとって無用な詮索は避けねばならぬ。しかし同時に、同じ道の先達故の後進を思いやる心もある。それが自ら導いた結果であるのならなおさらだ。

 

 畢竟(ひっきょう)、ベルの詮索を止めさせる事が出来ればいいのだ。ならば、善意によってそれを成す事が出来れば、それは正しく最良の結果であろう。

 

 ルドウイークはそう、ベルの疑念に対する対応への結論を出して、次にこれから始まる彼の初めての冒険に対し、自身がどう関わっていくべきかを考えはじめた。

 

 ……あまり、私が前線に立ちすぎても意味が無い。実力から更なる疑念を持たれる危険もあるし、彼の『経験』にもならないだろう。やはり程よく彼を窮地に追い込むべきか…………いや、彼は<狩人>では無い。とりあえずは、【ゴブリン】あたりと戦わせて様子を見るとするか。

 

 かつて<ヤーナム>にて市井の物から狩人を募り彼らを鍛えた経験から、ルドウイークはベルに対してどこまで戦わせるかを慎重に計画してゆく。本来、ルドウイークは後進の命を心配するあまり少しばかり訓練が過度になるという悪癖があったが、ここはオラリオ。ヤーナムと違い<血の医療>も無く、<輸血液>の手持ちも無い。

 せめてポーションでも大量に持っていれば話は違ったのだろうが、元来一人でダンジョンに潜る予定だったルドウイークの手持ちには大した在庫は用意されていなかった。

 

 慎重を期してやるより無いか。ルドウイークがそう結論付ける頃、二人は摩天楼(バベル)直下の中央広場(セントラルパーク)へと辿り付く。目前には、幾人もの冒険者が姿を消して行くバベルの入口。それを見たベルが緊張につばを飲み込み、一方ルドウイークはどれほどの間地下に潜り続けるべきかを思案している。

 

 二人の冒険は、今まさに始まろうとしていた。

 




やっぱ原作主人公とパーティ組ませるのは二次創作の醍醐味だと思うでございます。
ベルくんビビらせたい(小学生的発想)

フロムの新作ダークファンタジー発表ありましたね。
宮崎さんと『氷と炎の歌』のマーティン氏とか完全に覇権でベストマッチでグランドクロス現象でしょ……。
ニンジャヘッズとしても見逃せない(逆噴射クラスタ)
絶対買うからそのお金をアーマードコア6の開発費に回して(懇願)

あと活動報告で少しリクエストとかアンケート的な物をやっております、良ければご協力ください。

今話も読んで下さって、ありがとうございました。
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