月光に導きを求めたのは間違っていたのだろうか   作:いくらう

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ベル君の初ダンジョンに同行、19000字くらいです。

感想評価、お気に入りに誤字報告、何時もお世話になっております。


08:挑戦と再会と

 【始まりの道】を抜けダンジョンの第一層に到達したベルとルドウイークは、しばし足を止めその光を放つ天井をしばし見据えていた。

 

「ダンジョンって、こんな風になってるんですね……話には聞いてましたけど」

「上層の殆どはこのような明るい洞窟じみた場所らしい。ただ、下の層に行けば大きく景色も変わると言うが」

「ふーん……」

「何でも大樹の(うろ)や湖じみた場所もあるらしい。私は、そこまで潜った事は無いがね」

 

 そこで一度言葉を切るとルドウイークは周囲を見渡す。第一層に到着したばかりの二人のそばを何組もの冒険者が通過してゆく。昼を過ぎ、腹ごしらえを終えた者が殺到し始める時間帯ともなれば、この辺りの混雑具合は今の比ではなくなるだろう。

 

「まずは、2層に向かう人達の通らない場所へ向かおう。モンスターが生まれてもここではすぐに倒されてしまうからな」

「はい!」

 

 当面の目標を決めたルドウイークはこのルートを離れるべく歩き出し、ベルはその後に続いた。彼らは少し進んだ後脇道に逸れ、そのまま奥へと進んでゆく。

 前を行くルドウイークの歩みは慎重そのものだ。警戒を怠らず、時折後方の様子も見ながらモンスターを探している。しかし、そこにベルは一つおかしな点を見つけて小さく首を傾げた。

 

「あの、ルドウイークさん?」

「む?」

「どうしてそんなに壁際を歩くんですか? エイナさんは『モンスターの出現があるから道は壁際より真ん中を歩いた方がいい』って言ってたんですけど…………」

「…………………………」

 

 その問いにルドウイークは何かに気づいたように目を丸くして、しばし額に手を当てて考え込んだ。

 

「いや、そうだな……盲点だった…………ここでは、足元のトラップに気を付ける必要性も薄かったな……」

「ルドウイークさん?」

 

 顔を伏せ何やらぶつぶつと呟くルドウイークに、ベルは何かよからぬことを聞いてしまったのかと申し訳なさげに声をかける。しかしルドウイークはそれに対し誤魔化すように笑って、取って付けた様な答えを返した。

 

「いや、昔は道の真ん中を歩くと良からぬ事になったものでね……その時の癖が抜けないんだ」

「あ、そうなんですか……」

 

 その返しに何となく、これは聞かない方がいい事なんだなと直感したベルは苦笑いしながら前を向く。するとかなり先で所在なさげにうろつく一匹の【ゴブリン】が目に入った。そのゴブリンは二人の見ている前で道を曲がり、姿を消してしまう。

 

「丁度いいな」

「そうですね」

 

 二人は顔を見合わせて頷くとそのゴブリンの後を追い、辿りついたT字路から顔を出して様子を伺う。そこでは先ほどの個体と思われるものを含め三体のゴブリンがたむろしており、ベルは過去のトラウマに身をぶるりと震わせた。

 

「や、やっぱりこうしてまじまじと見ると怖いですね……」

「一体ならともかく、三体相手は余りしたくないな」

「ならどうするんですか?」

 

 疑問を浮かべるベルに対し、ルドウイークは小さく笑いかけた。

 

「アレは私がやる。クラネル少年は、一先ず見ておいてくれ」

「……はい! お願いします!」

 

 元気の良いベルの返答を聞き届けたルドウイークは外套に縫い付けられた雑嚢の一つに手をやり何かを取り出した。何らかのアイテムであろうか? 一体何を取り出したか気になって仕方のないベルは、それを間近に見ようと身を乗り出す。

 少なくとも武器では無い。ルドウイークの持つ武器は背負った革袋に隠された何か、腰に佩いた長剣、そして自分と同じ短刀である事は見て理解していたからだ。その為、どんな道具が飛び出すのかと彼は目を皿のようにしてルドウイークの手元を注視していたが、彼が握っていたのはそんなベルの予想を大きく裏切るものだった。

 

「…………石?」

「ああ、<石ころ>だ」

 

 ベルの拍子抜けしたような声に、ルドウイークは手に握りしめたそれを良く見えるよう彼に差し出した。それは、どう見てもただの石であった。ただ、妙に綺麗な球形をしているのがベルには引っかかったが、まじまじと見つめてもそれは石以外の何物でもない。

 

「それで、どうするんです?」

「見ていたまえ」

 

 ベルが首を傾げる前で、ルドウイークは綺麗なフォームで振りかぶって握りしめた石を思いっきり放り投げた。そのまますぐに壁の陰に身を滑り込ませて彼は気配を殺す。次の瞬間何かがぶつかる音と共にゴブリンの『ギャン!』という短い悲鳴。それを聞いたベルは、納得したようにルドウイークに話しかけた。

 

「……もしかして、ゴブリンの注意を引くために?」

「可能な限り、有利な状況で戦うのは狩りの基本だ。三匹を同時に相手するより、一匹を相手する方が容易い…………あくまで我々は【レベル1】。御伽噺に出てくるような英雄では()()()()からね」

 

 笑って言うルドウイークに、ベルは何故か一抹の寂しさと言うか、予想が空振りしたような感覚を覚える。自分をこのダンジョンに導いてくれた眼前の人物に何か期待でもしていたのだろうか。英雄じみたルドウイークと言う男に、実際に英雄らしくあってほしかったのか……。

 そんな子供じみた思いを身勝手なわがままだと振り払って、ベルも気配を殺してゴブリンの接近を待った。5秒、10秒、30秒…………まるでその時間が、無限遠じみた長さに感じ、息を飲む。かつて自分を殺しかけたゴブリン、その一体が今まさに目の前に現れようとしているのだ。ルドウイークが相手をすると言うが、いざとなったら自身も戦わねばならない。

 

 もし、ルドウイークさんじゃ無くて僕の方に襲い掛かってきたら。ベルは短刀を抜いて、万が一の事態の事も考える。そして緊張に滲んだ汗を袖で拭った。

 

 一方、ルドウイークは神妙そうな顔をして、首を傾げて口を開く。

 

「……………………遅いな」

「えっ?」

 

 その言葉に、錯覚ではなく実際にそこそこの時間が経っているのだとベルは気づいてルドウイークへと目を向けた。眼前のルドウイークは長剣に手を掛けつつ、難しい顔をしてゴブリンを待っている。しかし、当のゴブリンが近づいてくる気配はない。

 そこで、ルドウイークは手ぶりで様子を見るようにベルに促した。それに従い、ベルは顔を曲がり角から覗かせて様子を見る。

 

「………………あっ」

 

 そこには二匹のゴブリンと、その間に倒れ伏して後頭部から血を流す一匹のゴブリンを見る事が出来た。

 

「どうだね?」

 

 ルドウイークの問いに、ベルは難しい顔で振り向いて気まずそうに口だけを歪ませた。

 

「えっと……当たり所が悪かったみたいで……倒れちゃってますね、ゴブリン」

「本当か?」

 

 訝しむような声色で返したルドウイークは自身も角から顔を出しその光景を確認して、頭に手を当て溜息を吐く。そしてすぐさま意識を切り替え、長剣を手に取り曲がり角へと姿を晒した。

 そしてちらと、横目にベルに目を向けるルドウイーク。その試すような視線に、ベルは強く短刀を握りしめた。

 

「クラネル少年、右のは私がやる。左は任せても構わないか?」

「……分かりました」

 

 ルドウイークの指示にベルもまた道へと姿を晒した。しかし、倒れた同胞に気を取られているゴブリン達は未だにこちらに気づいた様子はない。そんな彼らの元へ、一歩、また一歩距離を詰めて行く。

 

 ベルの短刀を握った手に更に力が籠った。イメージは出来ている、練習もした。しかし、実際に命懸けで戦うとなれば話は別だ。一番安全なのはこの場から踵を返しすぐさま立ち去る事なのだろう。だが、彼がそれを選択する事は無い。

 それは、自身の用事を取りやめ付き合ってくれたルドウイークへの義理。ずぶの素人であった自身に知識を与えてくれたエイナへの恩。冒険者として、これが自らが抱いた夢の為の第一歩だと理解している自分自身。

 

 何より、自身を受け入れてくれた大切な神様(ヘスティア)の為に。

 

 ベルは眼前のゴブリンに気づかれぬよう慎重に歩みを進め、その首に狙いを定める。モンスター最大の弱点は魔石だ。だが、それ以外にも生き物を殺すためのやり方は大抵通用する。首を切るのもその一つ。しかし自身の腕では、一撃でゴブリンの首を刎ねられるかと言うと、まだまだ不安が残る。

 だからこそベルは更に慎重を期して彼らへと忍び寄った。もっと。あと五歩。そこまで行ったら、飛び出して首を、あるいは心臓を――――――――彼がそう思案した瞬間、隣で白い影が翻った。

 

 眼を見開いたベルの横から、ルドウイークが先んじて駆け出した。まだ、ベルの間合いには幾分遠い。それに驚き彼もその後を追って走り出そうとする。だが、寸での所で気づく。その疾走の静かさに。

 そして、思わずベルが足を止めている間に気付かれる事無くゴブリンへと肉薄したルドウイークは、自身が狙うと宣言したゴブリンに対し杭じみた勢いの飛び蹴りを撃ち込んで二体を分断するように盛大に吹き飛ばした。

 

『ギギィッ!?』

 

 目前で同胞を蹴り飛ばされたもう一匹のゴブリンが、勢いそのままに自身の前を通り過ぎるルドウイークに気を取られ彼を追おうとベルに背を向ける。それが、ルドウイークのお膳立てした好機である事にベルが気づくのに、それ程の思案は不要だった。

 

 瞬間、ベルは一気に駆け出す。これほど最高の形で迎えられる『一撃目』が他にあろうか。短刀を振りかざし、一気にゴブリンへと肉薄する。その一歩一歩の速度も、オラリオに来る以前の自分よりも確かに速くなっていると確信できた。

 

 それこそ、地上で許された数少ない神の御業。人々の可能性を引き出し、開花させる【恩恵(ファルナ)】の(もたら)す力だ。それを得てからの経験など数えるほどしか無いのかもしれないが、今までの人生で得てきた経験を元にして、恩恵は確実にベルを成長させ始めている。

 

「うおおおーっ!」

 

 そして、混乱するゴブリンの背後へと肉薄したベルは雄叫びと共に短刀を一気に振り抜く。声に反応したゴブリンは、振り向いてその声の主の姿を見据えようとするが、その時には既に短刀の切っ先が喉の皮膚を破り、かき分け、そして血飛沫と共に、首の半ばまでを斬り裂いていた。

 

『ァ……!』

 

 短刀を振り抜きその場で残心するベルの前で口をパクパクと動かして声にならぬ悲鳴を上げたゴブリンは、しばし手を虚空に彷徨わせてから糸の切れた人形のようにその場に崩れ落ちた。それを見て短刀を振り抜いた姿勢のままで硬直していたベルは一気に緊張を切らせて、思わずその場に座り込んでしまった。

 

「はぁ、はぁっ…………!」

 

 座り込んだまま、ベルは荒い息を吐く。そして、手に握った刃渡り20C(セルチ)程のナイフにこびり付いた血を眺めてから、先ほどの斬撃の手応えを反復するかのようにぐっと手に力を込めた。

 

「無事かね、クラネル少年」

 

 その声にベルが顔を上げれば、そこには悠々と歩み寄るルドウイークの姿。最初の不意打ち(アンブッシュ)で決着が着いていたのか剣を抜いた様子も無く、代わりにその手は気絶しているらしきゴブリンを引きずっている。ベルと違い彼は普段と顔色一つ変わっておらず、息切れ一つ無い。

 

 しかし、彼のそんな様子も今のベルにとってそんな事は些末な事で。今はただ、胸の中にこみ上げるこの想いを伝えたいという気持ちで一杯だった。

 

「やりました……僕、やりましたよ! モンスターを倒したんです! 僕はやったんだ!」

「ああ、いい一撃だった」

 

 快哉の叫びを挙げてガッツポーズを決めるベルにルドウイークは短い、しかし心からの賛辞を送った。それにベルは気を良くして短刀の刀身をまた眺めてから勝利の美酒を味わうように眼を閉じ、ついには嬉しくてたまらないと言うように表情をほころばせる。

 その様子を横目にルドウイークは身を屈めて、自身が引きずっていたゴブリンの胸元に短刀を突き立てて肉を抉り、そしてその傷口から魔石を取り出した。

 

「それ、これが【魔石】だ」

「わっ!?」

 

 ゴブリンから抜き出した魔石をベルにルドウイークは投げ渡した。それは小指の爪ほどの小さなものであったが紛れもない魔石であり、核たるそれを失ったゴブリンの死体は、すぐさま色を失い灰の様に崩れ去ってしまう。それを見たベルは、興味深そうにその現象をまじまじと見つめていた。

 

「うわ、ホントに崩れちゃうんですね……」

「私も初めて見た時は驚いたよ」

 

 ベルの驚きに、本当に驚愕したのか疑わしくなるような平然とした態度で答えると、ルドウイークは先ほどベルが倒したゴブリンを顎で指し示す。

 

「折角だ、クラネル少年も魔石を取り出して見るといい」

「いいんですか?」

「もちろん。これからダンジョンを潜るうち、魔石を抜き出す機会など幾らでもあるだろうからな」

 

 それだけ言うとルドウイークは差し出すように脇に避け、ベルの眼前に彼自身が倒したゴブリンの死体が良く見えるように位置取った。先程まで喜びに震えていたベルもスッと落ち着きを取り戻し、死体の前に屈みこんで逆手に短刀を構えてルドウイークに問う。

 

「えっと……胸のどの辺にありますかね、魔石」

「なんだ、チュール嬢から聞いて無いのかね?」

「いや聞いてはいますけど、ちょっと自信が……」

「そうか……。魔石があるのは心臓より少し浅い部位だ。血が付着すると武器の劣化が早まるから、深く刺し過ぎて心臓を破らないように気をつけ」

「わぷっ!?」

 

 忠告したルドウイークの配慮も虚しく、無理に短刀を押しこんだ傷口から血が勢い良く吹き出しベルの顔面を直撃した。そのままベルはまたしても尻餅をつき、真っ白な頭が真っ赤に染まって一見重傷でも負ったような姿になり果てている。

 そんなベルの姿を見たルドウイークは仕方がないと言いたげに小さく息を吐くと、懐から手拭いを取り出してベルの頭をわしゃわしゃと拭き始めた。

 

「あはは……すいません……」

「気にする事は無い。誰しも失敗はある物だ」

「はい…………あ、後は自分で拭きますから」

「そうかね?」

 

 ルドウイークが彼の元から離れると、そのままベルは手拭いを被ったままそれを頭にこすり付け、血を拭ってゆく。その姿を見ながらルドウイークはこの後、いかに行動するべきかを思案し始めた。

 

「クラネル少年、この後もまだ行けそうかね?」

「えっ? あ、大丈夫です! ゴブリン相手も意外と何とかなるってわかったんで……まだまだ行けますよ!」

「そうか、それは良かった」

 

 ――――無事、自信をつけてくれたようだな。

 

 冒険者と言う、死と隣り合わせの職に就くのであれば、まずは自分に何が出来て、何ができないかを把握する事が最も肝要だとルドウイークは考えていた。その為には、まずは挑戦してもらう事が必要だ。障害に挑まずして、自身の能力を見極める事など出来ようはずもない。これは、かつてルドウイークが市井の狩人達を育成する際にも取っていた手法だ。

 

 まずは、自分たちが『戦える』のだと理解させる。それは自信に繋がり、更には成長へと直結している。どんな者でも、スタートラインの地点で大きく他を引き離しているという事は少ない。故に同様の手法が異世界の人間であるベルにも通用すると考えたルドウイークだったが、幸いにもその想像は的外れと言う訳でもなかったようだ。

 

 だが、自信は慢心に、慢心は増長に、そして油断と死にも繋がっている。自身の力を過信して格上の獣へと挑み、その胃袋の中へと収まった――――或いは、ヤーナムの路地裏に転がる死体の一つとなった――――狩人は数知れない。ならばそんな自信のみを手にした彼らに、『上には上がいる』と言う残酷なこの世のルール(根本原理)を教えるためにはどうするか。自信だけではなく、自戒をも身に付けさせるにはどうするのか。その方法にも、ルドウイークは心当たりがあった。

 

「…………さて、クラネル少年。そろそろ出発して大丈夫かね?」

「あ、ちょっと待ってください。この手拭い、思いっきり汚しちゃいましたけど……」

「正直君に譲ってもいいんだが、もし気が引けるのであれば洗って返してくれ。また後でも構わない」

「了解です!」

 

 ベルが取り出し損ねた魔石をゴブリンの死体から手早く取り出すと、ルドウイークは彼にそろそろ出発する旨を伝え魔石を背嚢の中へと放り込んだ。それにベルは元気な返事を返し、手拭いを自身の背嚢に放り込んで立ち上がる。そして二人は、第一層の更に奥へと歩みを進め始めた。

 

 ……さて、と。丁度よく集まってくれていればいいが。

 

 ルドウイークはベルに気づかれぬよう、軽く周囲を見渡す。しかしその視線がモンスターを捉える事は無かった。今日はやけにモンスターの出現が少ない。最悪の場合、口での注意だけに留める事にもなりかねないだろう。

 

 それは良くない。自戒と言う奴は、その身で体感してもらった方が間違いなく身につく。

その為にルドウイークは【コボルト】を探している。ゴブリンよりも手足のリーチが長く、ベルにとっては不利になるであろうモンスター。可能であれば、10匹近い集団が望ましい。

 何故なら、ルドウイークの考える自戒を身に付けさせる手段とは『適度に痛い目に合わせる』事だからだ。

 

 勝利を経て自信を身に付けるのであれば、自戒を身に付けるには敗北を味わうのが手っ取り早い。ニールセンも『冒険者は冒険してはいけない』とルドウイークへと警句を授けていた。故に、ルドウイークもベルに無謀な選択肢を選ぶ無知の愚かを冒さぬよう、あからさまな危険を危険だと判断する能力を身に付けさせるつもりだ。

 

 だが、その為にはそれなりに危険となる敵が居なければな……。

 

 ルドウイークはそう独りごちて、少し悩んで眉間に皺を寄せる。今のベルであれば、コボルトが2体もいれば窮地には陥るだろう。だが、それをただ眺めているわけにもいかないので、ルドウイーク自身が戦うべき相手も同時に用意する必要がある。彼が助けてくれる、と言う意識があっては本当の意味でベルが窮地に陥る事は無い。

 

 しかし、この試み自体に死の危険が伴うというリスクがある。故にルドウイークは細心の注意を払い、万一の場合には必ず助けに入る事が出来る様な状況を作り出すべく苦心していた。

 ルドウイーク個人としては、そのような手痛い敗北を無垢なベルに味合わせるのは心が引ける所だ。だが、自信だけを付けて慢心し増長すれば、この先いつかベルは無謀な冒険に挑み、そこで屍を晒すだろう。

 

 故にルドウイークは我が子を谷底へと突き落とす獅子めいて心を鬼と化し、自身の運命を知らぬベルを連れてモンスターの集団を捜索した。だがそう都合よく集団でモンスターが現れる事も無く、しばらく彼らは遭遇した少数のモンスターを指したる危険も無く倒して回るのだった。

 

 

 

<◎>

 

 

 

「……それで、結局どうなったんだい?」

「最初のゴブリンを倒した後はルドウイークさんに付いて回って、コボルトとも戦いました。けど本当に凄かったですよ! ルドウイークさん、現れるモンスターを片っ端からささっと倒してっちゃうんですもん。同じレベル1でもここまで差があるんだなあ、ってビックリしちゃいました!」

「……そうじゃなくて、ベルくんの戦いはどうだったのかって話!」

 

 ムッとして怒る神様に、僕は初めての挑戦となったダンジョンでの自分をどんなふうに彼女に伝えればいいか少しばかり頭を悩ませた。

 

「僕の戦いかぁ……」

 

 呟いて、ダンジョンでの出来事を思い出す。脳裏に浮かぶのは、ルドウイークさんとの実力差を痛感したシーンが殆どだ。最初の頃こそモンスターに自分の攻撃が通用するのが嬉しかったのだけど、僕が一体のコボルトとにらみ合っている間にコボルト二匹の魔石取りまで終わらせられてると気づいた後は、モンスターと戦う事よりルドウイークさんの動きを見る事の方がメインになっていた。

 

 まずはともかく攻撃力。ルドウイークさんの長剣は何の変哲もない数打ちの品で、質としては僕の短刀とそう変わらないと思う。ただどの攻撃も的確に急所を狙っていたみたいで、モンスター一匹に対して一回の攻撃であっという間に仕留めていた。

 

 次にその見切りの巧さ。僕がゴブリンなんかと組み合って引っかかれたりしている一方、ルドウイークさんはニールセンさんの言っていた通り最後まで傷一つ負う事も無くダンジョンを後にしてる。そういえば、探索の途中で一回だけルドウイークさんの戦いを注視出来たタイミングがあったけど、動きのレベルが違うのかびっくりするくらい良く分からなかった。

 僕が見たのはコボルトが降りかぶった爪が間違いなく当たると思った次の瞬間、ルドウイークさんはその爪の届かない位置に下がっていて、眼前で攻撃を空振った相手に対して斬撃を放って勝負を決めるという流れ。正直、これは経験もあるんだと思う。相手の攻撃がどこまで届くのかをちゃんと理解できてなきゃああいう避け方は出来ない。

 

 後、一番驚いたのはそのいわゆる『気配』ってやつの少なさ。ルドウイークさんはあんないろんな装備を身に着けてるのに、軽装の僕よりずっと静かに動く。走ってる時も全然音がしないから不意打ち(アンブッシュ)の成功率だってめちゃくちゃ高い。

 多分あれはレベルとかは関係ない、ルドウイークさん自身の技術だと思う。あれは、ぶっちゃけ僕も欲しい。手足が長いわけでもなく、武器も短刀で間合い(リーチ)の短い僕にとって、敵にどう接近するかと言うのは死活問題だ。

 ……そこに来てあの静かな動き。あれを体得できれば、生き残るチャンスもぐっと増えるだろう。

 

 今度、時間ある時に教えて貰えないかなぁ。

 

 そんな事を考えて上の空になる僕にしびれを切らしたのか、ヘスティア様は顔を上げ、ちょっと不機嫌そうな表情で僕の手首を掴んで引っ張り始めた。

 

「もう! そろそろ急ぐぞベル君! このままじゃ待ち合わせに遅れちゃうぜ!?」

「わわっ?! ちょっと神様!?」

 

 女の子――――それも女神さまに手を引っ張られるなんて生涯初の事態に直面して、僕は顔が赤くなりそうになる自分を懸命に抑えた。これが普通の女の子だったら心置きなく顔真っ赤にしていたのかもしれないけど、何せ相手は神様だ。そんな事したら流石に不敬が過ぎる。

 

 でも、自分からその手を振り払うなんてことは僕には出来なかった。そんな畏れ多い事なんかできないと言うのが最大の理由だったけど、曲がりなりにも女の子と手を繋いでいるという状況が僕にとって魅力的に過ぎたというのもあっただろう。そのまま僕らは、待ち合わせの場所である中央広場(セントラルパーク)へ向かい、そして相手の姿を探す。

 

 分かりやすい風体(ふうてい)の人だからすぐ見つかると思うけど……。そう僕が首を巡らせるのと、ヘスティア様がその人を見つけて僕を引っ張るのはほとんど同時だった。

 

「おーい、ルドウイークくーん!」

 

 僕を引っ張ったまま、神様は空いた手でその人――――ルドウイークさんに向けて大きく手を振った。ベンチに腰掛けていたルドウイークさんはその声を聞いて立ちあがり、こちらへと歩み寄ってくる。そして僕たちの前で足を止めた彼は、まず神様の姿を見て丁寧な礼の姿勢を取った。

 

「どうも。ご無沙汰しております、ヘスティア神」

「やぁ! 半月ぶり…………かな? 元気そうで安心したよ。エリスも元気かい?」

「ええ、お陰様で。少し仕事疲れを見せる事はありますが、基本的には健康そのものですよ」

「仕事かぁ……アイツも大変なんだなぁ……」

 

 出会い頭、何やら世間話を始める二人。以前からの知り合いが互いの近況を確認するその会話の内容に、僕は少し困惑して神様に声を掛けた。

 

「神様、ルドウイークさんとお知り合いだったんですか?」

「ん? ああ、前にちょっとね。彼の事をファミリアに勧誘したんだけど、断られちゃってさ」

「あ、それで神様が入団者募集してるって知ってたんですね……」

 

 肩を竦める神様の説明に、僕は納得して頷いた。それはルドウイークさんも同様だったようで、ついこの間の事をどこか懐かしむように語り始める。

 

「その通りだ。あの時はいろいろあったし、クラネル少年も結局宿無しとなりそうだったからな……あの時ヘスティア神の事を思い出したのは正に<導き>とでも――――」

「ちょっと待った!」

 

 ルドウイークさんの言葉を、何かに気づいたような顔の神様が大声を出して遮った。そしてすぐ、何故かちょっと震えながらルドウイークさんを問いただすように何事かを尋ねはじめる。

 

「……えっとだね、ルドウイーク君。つまりだよ? ベル君は人づてに聞いてボクのファミリアに来てくれたって言ってたけど、それってもしかして……」

「ええ。ルドウイークさんに教えてもらって僕は【ヘスティア・ファミリア】に入ろうって決めたんです」

「なんだって!? それは本当かい!?」

「ヘスティア神。貴方も神ならば、嘘かどうかはお分かりになるでしょうに」

「いやそうだけど、そうだけどね!?」

 

 僕らの言葉に神様は落ち着きを失い大声を上げ、その後下を向いて何かぶつぶつ言い始めた。その声を僕は聞きとる事が出来ず、仕方なくそっとルドウイークさんに耳打ちする。

 

「あの、ルドウイークさん?」

「何だね」

「とりあえず、行きませんか?」

「…………それがいいか」

「僕はそう思います…………神様、行きますよ!」

「へっ?」

 

 僕の呼びかけにようやく気付いた神様は、驚いたように目を丸くして顔を上げた。それを僕は手招きして、ルドウイークさんと並んで歩き始める。それから、10M(メドル)くらい歩いた頃には神様がパタパタと駆け足で追いついてきたので、僕達三人はそのまま並んで中央広場を後にした。

 

 

 

<◎>

 

 

 

 そうしてベルとルドウイーク、そしてヘスティアの二人と一柱が揃って辿りついたのは【鴉の止り木】亭。元々は、無事に帰還したお祝いとしてルドウイークがベルを誘ったのだが、彼はヘスティアが帰りを待っているとのことで一度は断った。

 

 …………のだが、「だったらヘスティア神も連れてきては?」と言うルドウイークの言葉と、ノリノリで付いてきたヘスティアに押し切られる形で彼らは今に至っている。

 

「へぇ、こんな所に店なんてあったんだね。結構駆けずり回ってたのに全然気づかなかったぜ」

 

 その軒先まで来て、店の構えを眺めながらヘスティアが呟いた。確かに、【鴉の止り木】は大通りから少し入った所にあり、表の数々の料理屋に比べれば知名度は低い。しかし、そこそこの味と食事の量、そして駆け出しの冒険者にも手の届く価格と、この街の主役である冒険者達にはあり難い店として知られている。

 

 そんな【鴉の止り木】の中からは先日ベルとルドウイークが訪れた時とは打って変わって賑やかな喧騒が聞こえてくる。どうやら、冒険を終えた者達がその帰りに立ち寄り、半ば宴会と化しているようだ。

 

「とりあえず中へ。席が空いていればいいんですが」

 

 そう言ってまずルドウイークが店の戸を潜り、ベルとヘスティアもその後に続いて入店した。

 

 外まで聞こえる喧騒からも予想出来ていたが、店内は多くの冒険者達でごった返していた。私服である者も多いが、それ以上に防具、あるいは鎧を身に付けたままの物の姿が目立つ。そんな店内の様子を彼らが見渡していると、酒瓶とジョッキを運んでいた一人の店員……術師めいたローブとフードを身に着け、その上から無地のエプロンを雑に身に付けた壮年の男が悠然と彼らの元へと歩み寄って来た。

 

「おお、済まない。お客様方、何名かね?」

「三名だ。しかし【フレーキ】殿、貴方まで駆り出されているとは、今宵は随分とお忙しいようで」

 

 気遣うようなルドウイークの言葉に【フレーキ】と呼ばれた男性はどこか諦めたようにふっと笑って、これ見よがしに肩を竦めた。

 

「何、これも一つの探求と言えるだろう。それに放っておけば後でマグノリアに何を言われるか分からんし、【フギン】の奴のような目に合わされるのも御免なのでな。……カウンター席でも構わないかね? ちょうど、三人分の空きがある」

 

 彼の言葉にルドウイーク達は顔を見合わせて頷き、案内されるまま並んでカウンターに着く。

 

「ごゆっくり」

 

 彼らを案内し終えたフレーキはそのまま注文を待つ客の元へと去って行ってしまう。そして残された二人と一柱は、ひとまず注文を決めようとメニューを手に取った。

 

「ヘスティア神、クラネル少年。私は何を頼むか決まっているので、じっくり考えてもらって構わない」

「あ、ありがとうございます」

「むう」

 

 そう言ってルドウイークは隣のベルへとメニューを手渡し、ベルはそれをじっくり眺め始める。一方、ベルと一緒にメニューを眺めるべく表を手に取っていたヘスティアはその空気を読めぬルドウイークの行動に人知れず頬を膨らませた。

 

 その時、人数分の水の入ったグラスを乗せたトレイを持って店員が三人の元へとたどり着いた。美しい金の長髪をうなじのあたりで結った彼女は、まず一番近くのルドウイークの前に良く冷えた水の注がれたグラスをコトリと置く。

 

「お冷です、お客様……なんちゃって。思ったよりずっと早く戻ってきたみたいですね、ルドウイーク」

「ああ、少し予定に変更があってね」

 

 畏まった応対を見せたかと思えば、すぐに茶目っ気を覗かせ普段通りの口調でエリスはルドウイークに笑いかけた。そのエリスに、ルドウイークも普段通りの態度で対応する。

 

「とりあえず、こちらの方々にもお冷を頼めるか?」

「ええ、仕事ですから」

 

 ルドウイークの言葉に嫌な顔一つせず対応して、エリスはまずベルの前に水を置こうとした。しかし、彼女を気遣ってかベルはそれをさっと受け取って小さく頭を下げる。

 

「ありがとうございます!」

「いえ、その……元気そうで、安心しました」

 

 にっこりと笑顔で答えたベルに対し、エリスはこれ以上無くやりづらそうだ。彼女の中では先日の叱咤が気まずく残ってしまっているらしい。その為か、彼女はベルの視線から逃れるように最後のグラスを手に取って、ヘスティアの顔も見ずカウンターへとそれを置こうとした。

 

「どうぞ、お客様。ごゆっくり――――」

「エリス!」

「えっ」

 

 その時、ヘスティアが彼女の名前を呼び、それに気づいてエリスは顔を上げた。そして、目の前の神物(じんぶつ)が一体誰なのかにようやく気付いて、驚愕に顔をこわばらせながら震える声でヘスティアを指差した。

 

「な、なななな、あな、貴女は……!」

「久しぶりじゃあないか! ボクだよボク! もう百年以上ぶりじゃないかい!? とりあえず、元気そうで安心したよ!」

「ヘスティア?! な、なんでこんな所に居るんですか!?」

「実はルドウイーク君の発案で、ベル君と誘われてね!」

「ルドウイーク!?」

 

 ヘスティアの告白にエリスは怒りも露わにルドウイークを睨みつけた。しかし、当のルドウイークはその視線もどこ吹く風と言った様子でグラスを傾け水でのどを潤す。それを見たエリスはさらに怒りを迸らせてルドウイークの外套の襟を掴み、額がぶつかりそうな距離まで彼の顔を引き寄せた。

 

「どういうことですか!? 何で貴方がヘスティアと一緒に!? どう言う関係ですか!?」

「待てエリス神。顔が近い」

 

 ルドウイークがその剣幕にうんざりしたように言うと、エリスは外套の襟を離してしかしルドウイークの事を眉間にしわ寄せ睨み続ける。それを見て、ルドウイークは薄く笑って事情を説明しようとした。だがその時、席を立ったヘスティアがエリスの背中に抱きつき、驚いた彼女は手に持っていたトレイを盛大に取り落とした。

 

「ひゃあっ!? 何するんですか?!」

「いやいやぁ、ちょっと説明をね? 実は今日、ボクのベル君の初めての冒険にルドウイーク君が同行してくれたみたいでさ! その上、無事生還したお祝いも兼ねて一緒に食事でもどうかなって提案してくれたんだよ!」

「ルドウイーク、貴方何よりにもよってヘスティアのファミリアに塩送っちゃってるんですか!? それと抱きつくな! 離れてください!! 無駄に大きい胸押し付けるな!!!」

 

 苦笑いを浮かべるルドウイークに声を荒げながら、エリスは無理矢理にヘスティアを振り払う。その勢いでヘスティアは足をもつれさせ、床に尻餅をついてしまった。それを助け起こそうと、ベルが慌てて彼女の元へと駆け寄る。しかしヘスティアはそんなベルの手をやんわりと押し返した後、そのまま手を口元に持っていき眼に涙を浮かべてよよよと泣き真似をした。

 

「ううっ、酷いぜエリス……【天界】じゃあんなに仲のいい、誰もが認める神友(しんゆう)同士だったじゃあないか……」

「私と貴女が!? まさか! いっつもいっつも貴方がおせっかい掛けてくるせいで、何度私の計画が崩されたことか……!」

「まぁまぁ、最後は皆笑顔で終わってたんだからいいじゃないか。終わり良ければ全て良し!」

「私が良くない! この際だからはっきりさせちゃいますがね、私は貴女の事が――――」

「エーリースー?」

 

 その時、エリスの肩に手が置かれ、同時に声がかけられた。それは深淵の底から相手を引きずり込まんとするかのごとき、底冷えのする声だった。瞬間エリスは全身の毛を総毛立てびくりと縮み上がり、震えながら後ろを振り向いて、声の主をその視界にとらえて呻いた。

 

「マ、マ、マギー……!」

「ねぇエリス? 私はね、一応あなたの事を神として最低限の敬意を払っているつもりよ。でもね…………」

 

 恐るべき満面の笑みを見せたマギーは、そのまま流れるようにエリスの肩に乗せていた手を滑らせて、有無を言わせずその首根っこを引っ掴んだ。

 

「仕事中は別!! 知り合いが来たからってサボるな!!! 行くわよ!!」

「くっ首ーッ! 締まる締まる……! ルド、助け…………」

 

 一瞬でその顔を怒りの表情に変貌させたマギーに引きずられ、苦し気にルドウイークに助けを求めようと手を伸ばすエリス。しかしルドウイークは一度すまなそうに謝るそぶりを見せた後、再びグラスを手に取って水でのどを潤した。

 

「いいんですか、ルドウイークさん?」

「何がかね?」

「いや、エリス様、めっちゃ助け求めてましたけど……」

 

 そのままマギーによって連行され客達の喧騒の中に姿を消したエリスを見て、ベルが恐る恐るルドウイークに尋ねた。しかしベルの心配をよそに、ルドウイークは落ち付いた様子で、特段あの光景を気にしているという風ではない。

 

「私が手を出した所でどうにかなる訳では無いさ。それに、これも彼女の仕事だからね。それは、ちゃんとこなして貰わなければ…………ですよね、ヘスティア神?」

「そうだよ。当たり前の事だぜベル君。知らなかったかい? 仕事からは逃げられないって……!」

 

 至極真っ当に、しかし主神を敬愛する眷族らしからぬことを言ってルドウイークはヘスティアに同意を求めた。それに便乗した後、大魔王めいた悪い顔をして薄ら笑いを浮かべるヘスティアにベルは苦笑いを浮かべるしかない。

 すると、カウンター裏の厨房から眼帯を掛けた老いた男が顔を出し、二人と一柱に向け白い歯を見せて笑いかけた。

 

「おう、そこの。注文は決まったか? 今日は大繁盛だからよ、早く決めねえと、どんどん後回しになっちまうぜ?」

 

 その言葉に、ベルとヘスティアは慌ててメニューへと目を走らせた。一方注文を既に決めていたルドウイークは、落ち着き払って彼に自身の注文を伝える。

 

「玉葱のスープとバゲット、後、この店で一番弱い酒を」

「おいおい、いっつも思うが、もうちっと食わねえと力出ねえぞ?」

「そう言ってくれるな店主、私はこれが良いんだ」

「それじゃ、俺から口出しする事は無えな」

 

 ルドウイークの言葉に諦めたように笑った店主は、次いでベルとヘスティアに目を向けた。彼らはメニューを見て、何やかんやと慌てて、しかし楽しげに語らっている。

 

「神様! この『これでも喰らえ!(Take That, You Fiend!)ランチ』はお勧めですよ! 値段の割にすごい量が多くて、その上普通に美味しいんです!」

「なんだって、それは本当かい!? 店主! この店、お持ち帰りは!?」

「んー、容器さえ持参してくれりゃ構わんぜ」

「なっ!? し、しまったよベル君! 容器を忘れて来た!」

「えっ!? じゃあどうします?」

「安心しな、容器ならある。特別に100ヴァリスでどうだ?」

「しょ、商売が上手い……!!」

 

 店主の抜け目ない商人の眼とその語り口に愕然とするヘスティアの姿にベルは笑って、自分はバゲットと旬のサラダ、そして『ニダヴェリール牛の秘伝たれステーキ』なる注文を店主へと伝えた。それを見たヘスティアも意を決したようにメニューに指を差して店主へ注文を伝え始める。

 

「じゃあボクは『これでも喰らえランチ』を一つ。それとね、デザートにプリンを四つ頂けるかな!」

「四つぅ? おいおい、ふたつで充分だろ?」

「いーや、ボクは四つがいいんだ!」

「解ってくれよ……」

 

 呆れたような店主に対して、ヘスティアはその注文をゴリ押した。…………結局店主の方が折れ、ヘスティアの注文を了承して厨房へと引っ込んでゆく。それを見届けた後、ルドウイーク達は食事が来るのを待ちつつ世間話に興じるのであった。

 

 

 

<◎>

 

 

 

「ま、待てカーチス殿! 私は冒険者の中ではかなり控えめでこの店にも迷惑はかけていない! その私が何故!」

「椅子潰しといて何を言う! 今後、鎧を着ての入店はNG! と言うか、自分が何て呼ばれてるか知らない訳じゃないでしょうね!? 【オラリオ一重い奴】、【脳筋権化大戦士】、つーか二つ名【岩のような(ザ・ロック)】!!」

「知っているがまさか、座っただけで椅子が潰れるとは……」

「当たり前だ!」

 

 誰がどう見ても重厚極まりない鎧の戦士に対して切れ散らかすマギーの姿を、かき入れ時を過ぎ人も疎らになり始めた店内で既に食事を終えたルドウイークとベルはそれぞれ酒やデザートを口にしながらのんびりと眺めていた。

 

「……あの戦士さんも、やっぱ凄い人なんですか?」

「ああ。【岩のような(ザ・ロック)】こと【ハベル】。オラリオでも随一と言われる耐久性から、ソロでの深層探索を幾度と無く繰り返す大戦士だ。30層あたりから出現する【ブラッド・サウルス】に噛み付かれたが、結局歯が立たずに退散させたという噂もある。……しかしその彼も、マギーの逆鱗に触れてはそうも行かなかったようだが」

 

 怒り狂うマギーを前にすごすごと退散していく大戦士の姿を見て、ルドウイークは苦笑いした。ベルもそれに倣い、小さく愛想笑いを浮かべる。その横で、調子に乗って店で一番強い酒を口にしたヘスティアは幸せそうな顔で寝息を立てていた。

 

 それにベルは一度暖かい目を向けてから、また店で騒ぐ冒険者達に目を向ける。そしてその視界に映った内の一人、大きなテーブルについた冒険者達をまとめて乾杯の音頭を取る一人を指差し、その者についてルドウイークに尋ねてみた。

 

「じゃあルドウイークさん、あそこで乾杯の音頭取ってるあの人、タマネギみたいな……」

「シッ。クラネル少年、あの鎧を着ている者達はその形を揶揄されるのを猛烈に嫌う。トラブルを避けたいなら覚えておくんだ」

 

 何やら深刻な顔で話すルドウイークにその様子を見て、ベルは少し畏怖の混じった眼で陽気に自前の木製ジョッキを振りかざす戦士に目を向ける。それを見たルドウイークは一度咳払いをすると、ベルの要望に応えてその玉葱めいた鎧の戦士について話し始めた。

 

「……話を戻すが、彼は【嵐の剣(ストームルーラー)】こと【ジークバルト】。見た目はああだが、神は愚か、ファミリアの枠を超えて彼を敬愛する者達が現れるほどに人の良い、オラリオ屈指の人格者だ。たまに彼と同じ鎧を着たパーティがダンジョンに潜って行くのを見た事がある。本人の強さも折り紙付きで、何でも深層で出会った身の丈数十M(メドル)の巨人の相手を単独で引き受けて、その後無事に生還した事もあるらしい」

「……このお店、凄い人多すぎじゃあないですか?」

「私も来るたびそう思うよ」

 

 ルドウイークの説明を聞き、その畏怖をさらに強めたベルが息を飲みながらルドウイークに問う。それに笑って酒を口にして、ルドウイークはどこか諦観めいた言葉をつぶやく。

 

 冒険者達をおもにターゲットとした【鴉の止り木】亭には、当然の事ながら冒険者たちが集う。料理の味、量、値段、そこに不満に思う点も無く、更にその店の店主やスタッフたちの持つ独特の雰囲気を気に入って常連となる者は数多い。エリスがこの店に勤めている、という理由もあるがルドウイークもその一人だ。

 

「……そうだな、確かにこの店に訪れる高レベル冒険者の数は驚くべき所だろう。多分、常連の【レベル】の高さはここか【豊穣の女主人】が一番ではないかね?」

 

 ルドウイークは、未だ店に残る者達の顔を手早く眺めてから考え込むように口にした。実際、この店の中においてはオラリオの冒険者達の半数を占めるというレベル1の冒険者はごく少数だ。今居る者達も殆どがレベル3や4。中にはレベル5以上の【第一級冒険者】さえも紛れている。そこで、ベルは一つの危険性に気づいた。

 

「あの、ルドウイークさん。このお店で喧嘩とか起きたら、凄い事になるんじゃあないですか? だって皆、凄いレベル高い人達ですし……」

 

 そのベルの懸念は確かな物だ。ここに居る者達の何人かは、比喩無くこの店を滅茶苦茶にするだけの力を秘めている。そんな者達が揃って喧嘩など始めれば、この店どころか周辺の民家や店舗にも被害が及ぶだろう。

 だが、ルドウイークはその懸念に対して、それは無いと言わんばかりに小さく笑うだけだった。

 

「…………何か、大丈夫な秘密でもあるんですか?」

「ああ。この店には優秀な用心棒が居てね。【彼】が居る限り、この店は平和そのものさ」

 

 不思議そうにその様子に首を傾げるベルに、ルドウイークは店の隅を指差した。ベルがそちらに目を向けると、そこには椅子に縛り上げられた上に紙袋で顔を隠され、首からは『私は二日連続で仕事をサボりました。助けないで下さい』と荒々しく書かれた板を下げている青年と思しき男の姿。その姿をベルが見て困惑していると、またルドウイークは笑って、【彼】についての話を語り始めた。

 

「……【彼】がこの店の用心棒兼店員、ついでに冒険者でもある【黒い鳥】の二つ名を持つ男だ。本名は知らないが、店の者からは【フギン】や【ムニン】と呼ばれている」

「……やっぱり、強いんですか?」

「【闘技場の覇者(マスターオブアリーナ)】、【沈黙させるもの(サイレントライン)】、【九頭竜破り(ナインブレイカー)】…………そんな、二つ名以外の異名だけでも分かる程度には強いらしい」

「…………きっと、本当の意味での英雄なんですね」

「【彼】自身、英雄と呼べる人物であるかは些か疑問符がつくらしいがね」

 

 そう言ってルドウイークは酒の入ったグラスを傾け、僅かにその中身を口にする。その様子はどこか楽し気で、ベルも無意識にヘスティアから貰ったプリンの残りをスプーンですくい取って口に含んだ。そこに、エプロンを脱ぎ普段通りの服装に戻ったエリスが疲れ切った顔で歩み寄って来た。

 

「おや、エリス神。仕事は終わったのかね?」

「ええ……まったく……【彼】があのザマじゃあなければ、もう少し楽できたんですがね……」

「お疲れさまです」

 

 愚痴を言う彼女にベルは苦笑いしながら頭を下げる。それにエリスもぺこりと小さく頭を下げた。そしてルドウイークの元へと近づくと、彼が手を付けていなかったプリンの皿を取ってあっという間に食べ尽くし、幸せそうに机に突っ伏すヘスティアを見て一度鼻を鳴らしてからルドウイークに席を立つように促した。

 

「さ、帰りますよルドウイーク。私疲れましたので……」

「おや、ヘスティア神を放っておくのかね? 神友なのだろう?」

「ち・が・い・ま・す! …………クラネル君が居るなら彼に任せればいいじゃないですか。眷族なんですし」

 

 言って、エリスは無遠慮にヘスティアの事を指差した。それに対し、ルドウイークは少し申し訳なさそうにベルへと口を開こうとしたが、それに先んじてベルが立ちあがり胸を張ってエリスに応える。

 

「大丈夫ですよ! 神様は僕が家まで送るのでご心配なく! 今日はお世話になりました!」

「ほら、クラネル君もこう言ってますから。帰りましょう?」

「むう」

 

 我が意を得たりと笑うエリスに、少し納得の行かないようにルドウイークは唸る。だがそれもしばしの事で、彼も諦めたように席を立ち、伝票を手に取って歩き始めた。

 

「では、クラネル少年。ヘスティア神は任せた」

「はい! 今日は本当にありがとうございました! また、よろしくお願いします!」

「ああ、こちらこそまた頼むよ」

 

 手を振るベルに片手を上げて答えたルドウイークはカウンター越しにフレーキへと代金を支払って、そのままエリスの後を追い【鴉の止り木】を後にした。

 

 

 

 

 外へ出れば、もうすぐ日を跨ごうかと言う時間帯だ。そんな街の中を、エリスは早急に家に戻るべく速足で歩んでゆく。ルドウイークはその背に小走りで追いつくと、彼女の横に並んで、帰路につき始めた。その途中、エリスが少し不機嫌そうに、憮然として口を開く。

 

「ルドウイーク」

「何かね?」

「仲良くするのはいいんですけど……万一【ヘスティア・ファミリア】に負けるような事があれば、私怒っちゃいますからね」

 

 ――――負けるも何もあるまいに。その、子供の意地のような言葉にルドウイークは思わず小さく吹き出して、エリスの視線から身を逸らした。それを見たエリスはますます苛立って彼に突っかかってゆく。

 

「ルドウイーク! 何で笑うんですか! バカにしてませんか!?」

「いや、エリス神が随分可愛らしい事を言うのだと思って、ついな」

「なっ……!」

 

 少し身を震わせて、涙目になりながら笑うルドウイークにエリスも顔を赤くして、怒りに顔を歪ませるように彼の外套の襟を引っ掴んだ。

 

「あのですね、私は神様ですよ!? 神がメンツを大事にするのは当然! だから、私はぽっと出のファミリアに過ぎないヘスティアのとこなんかに負ける訳には行かないんですよ! クラネル君には悪いですけど!」

「わかった、わかったとも。だから、苦しいから手を離してくれ」

「…………ふん!」

 

 ルドウイークの懇願に、エリスは不機嫌そうに鼻を鳴らして彼を突き飛ばすように手を離した。しかし彼女の腕力では大柄なルドウイークをどうこうする事など出来ず、彼はさほど動じずにまたエリスの横に並んで歩き出す。

 へそを曲げてしまったエリスはそれからルドウイークに話しかける事も無く、ずんずんと大股で帰路を急いだ。しかし元々の歩幅が違うためにルドウイークを置き去りにする事は出来ず、その位置関係が帰宅まで変わる事は無い。その歩みの中で、ルドウイークは空に浮かぶ月に目を細め、そしてベルとヘスティアを結んでいた、強い強い<導き>の糸に思いを馳せる。

 

 ――――やはり、彼らの事は気に留めておくべきなのだろうな。

 

 あの自身の関連の無い導きの糸。ヤーナムでは見る事の出来なかったそれに何らかの光明がある事を期待して、ルドウイークは今後の方針を一つ決定した。

 

 自身の素性が知られぬよう、程々に彼らと友好的な関係を築いてゆく。ヘスティア神と因縁のあるエリス神には悪いが、彼女もヤーナム帰還の為には協力してくれるという言質は取っているし、いざとなればそれを盾に彼女を説き伏せることも出来るだろう。

 

 後は、そろそろ武具の調達も必要だな。

 

 彼が腰に佩いた長剣も、かなり酷使していたが故に少しずつ劣化が見られてきた。それに、これも所詮は数打ちの品。ルドウイークには難なく使える物ではあったが、真に彼に符合した武器だとは言い難い。

 ならば、自身に合った武器を探すためにはどうするのか……。一応の案が、ルドウイークの内には既に有る。溜め込んだヴァリスも一週間程度ダンジョンに潜らずとも問題無い量には到達していたし、故に明日から数日は、その案の実行に邁進しようとルドウイークはまた一つ今後の方針を決定した。

 

 そしてしばらくの帰路の後、家に到着した一人と一柱は短い就寝の挨拶を交わすとそれぞれ寝室とリビングに分かれ、その日の予定を終える。

 だが、ルドウイークはすぐにソファーに横になる事は無く、ベルたちとの合流前に購入しておいた製図紙とペンにインク、そして定規を背嚢から取り出すと机に向かい、そこに何やら複雑な図面を描き始めるのだった。

 

 





原作主人公との同行は二次創作の醍醐味。
戦闘シーンはやっぱ難しいです。二人の間に実力差があるのでなおさら。

まあエリスとヘスティアの絡み書けたしいいか……。

登場キャラのリクエストとかはまだ活動報告で受け付けております。良ければご協力お願いします。

今話も読んで下さって、ありがとうございました。

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