やはり俺が箱庭に行くのはまちがっているのか。   作:ザンザス

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交渉と過去と宣戦布告

夜も更け、夜空には星が輝いていた。一晩遅れの満月が箱庭を照らしている。

街灯ランプは仄かな輝きで道を照らしているが、周囲から人影らしいものは一切感じられない。道中、十六夜は早足なまま空を見上げて呟く。

 

「こんなにいい星空なのに、出歩いている奴はほとんどいないな。俺の地元なら金とれるぜ」

 

「そうだな。俺の地元にもそれなりに建物があったからこんないい星空は見れなかったな」

 

箱庭に来る以前、八幡と十六夜は眠らない夜の街にで生きてきた。

眩いばかりのネオンライトや、昼夜問わず道路を走る車と騒音。

歓声と娯楽。騒音と人波。醜悪な誘惑が蔓延る時代で生きてきた二人にとって、人里で見上げる満天の空は新鮮に感じられたのだ。対照的に、戦後間もない時代からきた久遠飛鳥にとって、この満天の星が見える星空は疑問の対象である。

 

「これだけハッキリ満月が見えているのに、星の光が霞まないなんておかしくないかしら?」

 

「箱庭の天幕は星の光を目視しやすいように作られてますから」

 

「そうなの?だけどそれ、何か利点があるのかしら?」

 

太陽の光から吸血鬼などの種を守ると言うのは理解できる。しかし星の光を際立たせたところで意味なるのとは思えない。黒ウサギは焦るような小走りだったが、歩幅を緩め、

 

「ああ、それはですね」

 

「おいおいお嬢様。その質問は無粋だぜ。"夜に綺麗な星が見れますように"っていう職人の意気込みが分からねぇのか?」

 

「あら、それは素敵な心遣いね。とてもロマンスがあるわ」

 

「……。そ、そうですね」

 

黒ウサギはあえて否定しなかった。納得したのなら今はそう言う事にしておこう。話せば長くなるし、店先までほんの僅かだ。

"サウザンドアイズ"の門前に着いた四人を迎えたのは例の無愛想な女性店員だった。

 

「お待ちしておりました。中でオーナーとルイオス様がお待ちです」

 

「黒ウサギ達が来ることは承知の上、ということですか?あれだけの無礼を働いておきながらよくも『お待ちしておりました』なんて言えたものデス」

 

「黒ウサギ、今はそんな事を言いにきたわけじゃ、ない」

 

定例文にも似た言葉に憤慨しそうになる黒ウサギをレンが止める。

 

「……事の詳細は聞き及んでおりません。中でルイオス様からお聞きください」

 

店内に入り、中庭を抜けて離れの家屋に黒ウサギ達が向かう。

中で迎えたルイオスは黒ウサギを見て盛大に歓声を上げた。

 

「うわお、ウサギじゃん!うわー実物初めて見た!噂には聞いていたけど、本当に東側にウサギがいるなんて思わなかった!つーかミニスカにガーターソックスって随分エロいな!ねー君、うちのコミュニティに来いよ。三色首輪付きで毎晩可愛がるぜ?」

 

ルイオスは地の性格を隠す素振りも無く、黒ウサギの全身を舐めまわすように視姦してはしゃぐ。黒ウサギは嫌悪感でさっと脚を両手で隠すと、飛鳥も壁になるように前に出た。

 

「これはまた……分かりやすい外道ね。先に断っておくけど、この美脚は私たちのものよ」

 

「そうですそうです!黒ウサギの脚は、って違いますよ飛鳥さん‼︎」

 

突然の所有宣言に慌ててツッコミを入れる黒ウサギ。

そんな二人を見ながら、十六夜は呆れながらもため息をつく。

 

「そうだぜお嬢様。この美脚は既に俺のものだ」

 

「そうですそうですこの脚はもう黙らっしゃいッ!!!」

 

「よかろう、ならば黒ウサギの脚を言い値で」

 

「売・り・ま・せ・ん!あーもう、真面目なお話をしに来たのですからいい加減にして下さい!黒ウサギも本気で起こりますよ‼︎」

 

「馬鹿だな。怒らせてんだよ」

 

スパァーンとハリセン一閃。今日の黒ウサギは短気だった。

すると終わったと思った時、レンまで、

 

「皆んな、駄目。黒ウサギの脚は私の!」

 

「え!レ、レンまで‼︎」

 

「本当のことだもん」

 

「それ、昔の話ですよね!」

 

「そうだったんだな」

 

「八幡さんも、反応しなくていいですから!」

 

肝心のルイオスは完全に置いてけぼりを食らっている。

六人のやり取りが終わるまで唖然と見つめ、唐突に笑い出した。

 

「あっはははははははは!え、何?"ノーネーム"っていう芸人コミュニティなの君ら。もしそうならまとめて"ペルセウス"に来いってマジで。道楽には好きなだけ金をかけるのが性分だからね。生涯面倒見るよ?勿論、その美脚は僕のベッドで毎夜毎晩好きなだけ開かせてもらうけど」

 

「お断りでございます。黒ウサギは礼節も知らぬ殿方に肌を見せるつもりはありません」

 

嫌悪感を吐き捨てるように言うと、隣で十六夜がからかう。

 

「へえ?俺はてっきり見せる為に来てるのかと思ったが?」

 

「ち、違いますよ!これは白夜叉様が開催するゲームの審判をさせてもらう時、この格好を常備すれば賃金を三割増しすると言われて嫌々……」

 

「ふぅん?嫌々そんな服を着せられてたのかよ。……おい白夜叉」

 

「なんだ小僧」

 

キッと白夜叉を睨む十六夜。両者は凄んで睨みあうと、同時に右手を掲げ、

 

「超グッジョブ」

 

「うむ」

 

(早く話を進めろよ……)

 

ビシッ!と親指を立てて意思疎通する二人。一向に話が進まず、呆れる八幡とガクリと項垂れてしまった黒ウサギの元に、家屋の外から店員の助け舟が出される。

 

「あの……御来客の方も増えましたので、よろしければ店内の客間に移りましょうか?見れば割れた食器の破片も散らかってますし」

 

「そ、そうですね」

 

「すみません。本当に」

 

一度仕切り直すことになった一同は、"サウザンドアイズ"の客室に向かうのだった。

 

* * *

 

座敷に招かれた五人は"サウザンドアイズ"の幹部二人と向かい合う形で座る。長机の対岸に座るルイオスは舐め回すような視線で黒ウサギを見続けていた。

黒ウサギは悪寒を感じるも、ルイオスを無視して白夜叉に事情を説明する。

 

「––––––"ペルセウス"が私達に対する無礼を振るったのは以上の内容です。ご理解いただけたでしょうか?」

 

「う、うむ。"ペルセウス"の所有物・ヴァンパイアが身勝手に"ノーネーム"の敷地に踏み込んで荒らした事。それらを捕獲する際における数々の暴挙と暴言。確かに受け取った。謝罪を望むのであれば後日」

 

「結構です。あれだけの暴挙と無礼の数々、我々の怒りはそれだけでは済みません。"ペルセウス"に受けた屈辱は両コミュニティの決闘を持って決着をつけるべきかと」

 

両コミュニティの直接対決。それが黒ウサギの狙いだった。

レティシアが暴れまわったと言うのは捏造だが、レティシアを取り戻すにはなりふり構っていられる状況にはない。使える手段は全て使う必要があった。

 

「"サウンドアイズ"にはその仲介をお願いしたくて参りました。もし"ペルセウス"が拒むようであれば"主催者権限"の名の下に」

 

「いやだ」

 

唐突にルイオスは言った。

 

「……はい?」

 

「いやだ。決闘なんて冗談じゃない。それにあの吸血鬼が暴れ周ったって証拠があるの?」

 

「それなら彼女の石化を解いてもらえれば」

 

「それは、悪手だよ。黒ウサギ」

 

「レンの言う通りだ。コイツはレティシアの元の所在を知ってる。それに、物的証拠のない証言じゃ口裏を合わせるという事と元仲間という事で反撃される」

 

「証言だけの証拠じゃ、決め手(カード)にならない。それに、レティシア姉さんは、立場上所有物だから石化をわざわざ解除するとは思えない」

 

「何だ。そこの二人は分かってるじゃないか。それに、そもそもも、あの吸血鬼が逃げ出した原因はお前達だろ?実は盗んだんじゃないの?」

 

「な、何を言いだすのですかッ!そんな証拠が一体何処に」

 

「事実、あの吸血鬼はあんたのところに居たじゃないか」

 

ぐっと黙り込む。それを疲れては言い返せない。黒ウサギの主張も、ルイオスの主張も、第三者がいないという点では同じなのか。ルイオスはヘラっと笑って畳み掛ける。

 

「まあ、どうしても決闘に持ち込みたいというなら調査しないとね。……もっとも、ちゃんと調査されて一番困るのは全く別の人だろうけど」

 

「そ、それは………!」

 

視線を白夜叉に移す。彼女の名前を出されては黒ウサギとしては手が出せない。この三年間、"ノーネーム"を存続出来たのは彼女の支援があったからだ。

今回の一件で更なる苦労をかけるのは避けたかった。

 

「じゃ、さっさと帰ってあの吸血鬼を売り払うか。愛想のない女って嫌いなんだよね、僕。特にアイツは体も殆どガキだしねぇ––––––だけどほら、あれも見た目は可愛いから。その手の愛好家には堪らないだろ?気の強い女を裸体のまま鎖で繋いで組み伏せ啼かず、ってのが好きな奴もいるし?太陽の光っていう天然の牢獄の下、永遠に玩具にされる美女ってのもエロくない?」

 

ルイオスは挑発半分で商談相手の人物像を口にする。

案の定、黒ウサギはウサ耳を逆立てて叫んだ。

 

「あ、貴方という人は……!」

 

「しっかし可哀想な奴だよねーアイツも。箱庭から売り払われるだけじゃなく、恥知らずな仲間の所為でギフトまでも魔王に譲り渡すことになっちゃったんだもの」

 

「……なんですって?」

 

「……やっぱりな」

 

飛鳥は声を上げて驚き。黒ウサギは声には出さなかったが表情にはハッキリと動揺が浮かんでいる。八幡は概ね予想が出来ていたような反応だった。

飛鳥と黒ウサギの様子をルイオスは見逃さなかった。

 

「報われない奴だよ。"恩恵"はこの世界で生きていくのに必要不可欠な生命線。魂の一部だ。それを馬鹿で無能な仲間の無茶を止めるために捨てて、ようやく手に入れた自由も仮初めのもの。他人の所有物っていう極め付けの屈辱に耐えてまで駆けつけたってのに、その仲間はあっさり自分を見捨ててやがる!目を覚ましたこの女は一体どんな気分になるだろうね?」

 

「……え、な」

 

黒ウサギは絶句する。そして見る見るうちに蒼白に変わっていった。

同時に幾つもの謎が解けた。魔王に奪われていたはずのレティシアがこの東側に居るのも、ギフトカードに記されたネームのランクが暴落していたもの、それな理由だった。

魂を砕いてまで–––––レティシアは、黒ウサギ達の元に駆け付けようとしてくれたのだ。

ルイオスはにこやかに笑うと、蒼白な黒ウサギのにスッと右手を差し出す。

 

「ねえ、黒ウサギさん。このまま彼女を見捨てて帰ったら、コミュニティの同士として義が立たないんじゃないか?」

 

「……?どういうことですか?」

 

「取引をしよう。吸血鬼を"ノーネーム"に戻してやる。代わりに、僕は君が欲しい。君は生涯、僕に隷属するんだ」

 

「ちょっと待った」

 

「何だよ。今、僕は君達にとってもいい話をしているんだけど?」

 

「そうか……じゃあこれを見てくれ」

 

そう言って八幡は影の中から"ペルセウス"の騎士達が付けていた兜を取り出した。

 

「これに見覚えは?」

 

「そ、それはハデスの兜‼︎どうしてここに!?」

 

「いや何、お前の部下からこっそりとな」

 

「八幡。どうしてバレなかったの?」

 

「コイツの部下が黒ウサギと口論しているときに口を挟んで威圧してな。一番怯えている奴の意識が一番遠のいた一瞬に俺が作った兜と入れ替えた」

 

「兜を……作っただと‼︎」

 

「俺のギフトの一つに"贋物の本物(偽りの本物)"って言うものがある。これは本当に限りなく性質の近い偽物を作り出すことが出来る。ま、今頃お前の部下が付けている方は消えているがな」

 

「それで、八幡はどうするの?」

 

「このギフトには欠点があってな作った贋物(にせもの)は長く持たない、そして贋物を作るのには実物を見なければ入れない。さらに……」

 

影からボイスレコーダーとスマホを取りだし、録音させれてる音声を流し、写真も見せる。

そこにはゴーゴンの威光を八幡達がいるのにもかかわらず使用している写真と"ノーネーム"に対する暴言などがあった。

 

「コレは外界の道具なんだが、ここにあるものは全部本物だ。さて、アンタはリーダーとしてこのことに関して落とし前をつけなくちゃいけない」

 

「だが、僕達は逃げ出した商品を捕獲するためにやったことだ。何ら問題はない」

 

「そうか……なぁ白夜叉」

 

「ん?何だ?」

 

「捕獲するためとは言え石化のギフトを"ノーネーム"の敷地内でなり振り構わず使うのはどう思う?」

 

「そうだな。些かやり過ぎではないか、とは思う」

 

「だよな。なあ、"ペルセウス"のリーダーさん交渉をしようぜ」

 

「交渉だと?」

 

「あぁ、正直黒ウサギの言ったレティシアが暴れ回ったという話は盛っている。が、過剰な捕獲行動をした事と暴言などは本当のことだ。それに対する詫びの交渉だ。内容は簡単だ。一つ、レティシアを売り払う期間を明日から一週間伸ばす。二つ、俺達"ノーネーム"はその期間の間に"ペルセウスの挑戦権"をクリアし、お前達に正当な手順を踏んだギフトゲームを申し込む。でどうだ?」

 

「ふ〜ん、僕は別にいいけどそれで、こっちにはどんな利点があるのかな?」

 

「黒ウサギ」

 

「は、はい」

 

「この交渉にはお前も必要な一部だ、覚悟はいいか?」

 

「ちょ、どう言う事比企谷君‼︎」

 

「……勿論です」

 

「黒ウサギ……」

 

「ならOKだ。この交渉の内容が失敗した場合、其方には黒ウサギの所有権と俺の"恩恵"をやる」

 

「「「「なっ!?」」」」

 

「オイ、小僧‼︎お主自分が何を言っているのか分かっておるのか!」

 

「そうだよ、八幡‼︎」

 

「こんな外道との取引で黒ウサギと"恩恵"を交渉に使わなくても‼︎」

 

「こうしなきゃ交渉が成立しない」

 

「へ〜、良いけど君の"恩恵"を手に入れて僕としてはメリットらしいものがあるのか?

 

「俺の"恩恵"は複製以外にも傷の移し替え、影の使役など使い勝手がいい。此方が失敗すれば其方はただで俺の持つ合計八つの"恩恵"を手に入れることが出来る」

 

「成る程ね。で、こっちは何を交渉材料に出せば良いのかな?」

 

「其方が出すのはギフトゲームが成立し、そのゲームをクリアした場合のみ有効の内容だ。此方がその時に欲しい材料はギフトゲームクリア後の報酬を自由に三つ叶える事、どうだ?其方は"箱庭の貴族"と複製の"恩恵"を含めた俺の命との言える"恩恵"を八つ手に入れることができる。此方は条件を満たした場合、其方には好きな要望をすることができる」

 

「良いねぇ!君達"ノーネーム"如きがクリア出来るわけない条件だがいいのか?」

 

「勿論だ。白夜叉」

 

「何だ?」

 

「改めて聞くがアンタは、今ある意味立会人としている、と言う認識でいいんだよな?」

 

「うむ、その認識で良いぞ」

 

「分かった。なら、交渉成立だ」

 

「そうだね。一週間後楽しみにしているよ」

 

そう言ってルイオスは帰って行った。

 

「あれが"ペルセウス"のリーダーか、完全に名前負けだな。期待した俺がバカだった」

 

「そうだなっ、と!レン、どうした?」

 

「八幡……駄目だよ。"恩恵"なんて賭けちゃ……!」

 

「黒ウサギもよ!本当にあの男のものになってもいいと言うの!?」

 

「–––––––––……っ」

 

スタスタと早足で帰ろうとする黒ウサギに飛鳥は鬼気迫る表情で背中を掴み、釣り上げた目つきのまま、自分たちを召喚した招待状を胸に突き付ける。憤りを抑えないままに、その文面を口にした。

 

「"家族を、友人を、財産を、世界の全てを捨てて箱庭に来い"––––––そうやって私達を炊き付けた本人である貴女がコミュニティを離れるのは、責任の放棄に他ならないわ!」

 

「……そんな、つもりは」

 

「いいえ、嘘よ!今のあなたの顔を見れば分かるわ!貴女は仲間のために自分を売り払って構わないと思っている!だけどそんな無駄なこと、私たちが絶対に許さないわ!」

 

「む、無駄って……どうしてそこまで言われなきゃいけないのですか‼︎」

 

黒ウサギも堪らず叫んだ。ルイオスにせよ、飛鳥にせよ、どうして周りからこんなに責められなければならないのか分からなかった。

 

「確かに、家族や仲間の為に自分の身を犠牲にして守る、と言うのは素晴らしい事だ。だが、それは一部の例だ。自分の"恩恵"を魔王に差し出してまで自分達のことを気にかけてくれていたレティシアの場合は、自分の代わりに黒ウサギ自身が犠牲になって戻って来たところで気は晴れないし、根本的に解決したことにはならないんだよ。そう言うところを言えば発案者の身だが、無駄な事だと思う」

 

「ッ‼︎だったら!八幡は自分の命をかけなければ良かったじゃん‼︎」

 

八幡が言ったことに対して、初めて会った時から小声だったレンが初めて大声を出した。

 

「……え?」

 

「自分の命を賭ける?」

 

「どう言うことだ、比企谷?」

 

「…………」

 

「八幡の命は「やめろ……レン」ッ……‼︎」

 

「そのことに関してはペルセウスの試練をクリアしてから話す」

 

そう言って八幡は一人コミュニティに帰って行った。

 

* * *

 

八幡は"ノーネーム"に着いてすぐ荷物をまとめ、置き手紙を書いて部屋を出て行く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから約一日が経過し、八幡は"ペルセウス"の旗が掛かっているある場所、海魔(クラーケン)とグライアイのいるところに向かった。

 

「さて、ここか」

 

「挑戦者よ、よくぞ参った」

 

「汝、試練を乗り越え我らを打倒せよ」

 

『ギフトゲーム名 "ペルセウスの挑戦権"

 

・プレイヤー一覧

比企谷八幡

 

・クリア条件 海魔とグライアイの打倒

・クリア方法 海魔とグライアイを打ち負かす

・敗北条件 降参か、プレイヤーが上記の勝利条件を満たせなくなった場合

 

宣誓 上記を尊重し、誇りと御旗の下、"ノーネーム"はギフトゲームに参加します。 "ペルセウス"印』

 

「時間が無いんだ。さっさと終わらせてもらう」

 

「我々がそう簡単に終わるものかッ!」

 

「影技《ドッペルゲンガー》、拳の構え・鬼神 一ノ技《clown stage (道化師の舞台)》」

 

影で分身を作った八幡は、右拳を前に左腰に構え、影と同時に同じ攻撃を繰り出す。

音も立てない初速だったのだが、一歩踏み出すと二歩目から速度が急激に増し、分身も同じ速度で突撃して行く。

それはさながら道化師とそれに操られたマリオネットのような光景だった。

数は優っていたが、八幡の圧倒的な戦闘センスの前には手も足も出なかった。

勝負は一瞬でついた。

 

「ま、まさか我々がこうもあっさりと」

 

「さ、挑戦権の報酬をくれ」

 

「分かった」

 

八幡は挑戦権の報酬を受け取ると無言でコミュニティへ帰って行った。

 

* * *

 

"ノーネーム"では、交渉のことを知ったジンが黒ウサギを謹慎処分にし八幡も同様の処遇を与えようとした。しかしその時には既に部屋には居らず現状は黒ウサギだけが罰を与えられている。

外は、雨が降っており自室の窓に滴る雫を指でなぞりながら、黒ウサギは雨の降る箱庭を見る。

 

(ああ、定期降雨の時期でしたっけ。南側と違って東側は天幕の開放がないですものね)

 

人工的に作り出したあるはずのない雨雲を作った上で雨を降らせているのだ。

これほどの奇跡の御技で趣味趣向で振るうことが許される懐の広さも、箱庭らしいと言えばらしいのだが。

 

(まあ、箱庭の機能なんて娯楽で設置される物が殆どですし、気にしたら負けかな)

 

雨風は風物詩を彩る大事なファクターの一つ。古来天運天災に身を潜める修羅神仏にとって、雨雲の有無というのは意味合いが大きい。

 

(そういえばレティシア様は雨が苦手でしたっけ?血の臭いが湿気と共に立ち籠めるのは宜しくない、とか何とか)

 

吸血鬼のくせに何を言っているのやら。思い出して黒ウサギは苦笑した。

憂鬱そうに窓の外を見ていると、コンコンと控えめなノックが響く。

 

「はーい、鍵もかかってますし中に誰もいませんよー」

 

「……。入っていいという事かしら?」

 

「そうじゃないかな?」

 

声は飛鳥と耀のものだった。『誰もいない』と主張しているのに『入って良し』と判断するのはいかがなものだろうか?

 

「あら、本当に鍵がかかってるわ」

 

「ん……ホントだ。こじ開ける?」

 

「それは流石に修理が面倒になるからダメ。アリス」

 

「了解!」

 

どうやらアリスとレンもいたようだが、二人が一緒にいる事に黒ウサギはある事を思い出した。

 

「レ、レン!アリス!だ、ダメですよ、ラッチだけを壊すして部屋に入ろうとするのはダメですからね‼︎」

 

「アリス、go」

 

「ラジャー」

 

レンが指示をするとアリスは指を一本細い刃物に変えて扉の隙間に通しラッチを真っ二つにした。

 

「手慣れてるわね」

 

「うん」

 

「昔、レンが黒ウサギと遊びたいと言い出した時にこの手口で部屋に入って居たからな」

 

「その度に、先生達に怒られたけど」

 

「当たり前です!修理する部分が一部だけで面倒くさいんですから‼︎」

 

綺麗に切られたラッチを見てどこか懐かしく、どこか悲しくなった。

そんな事を心の底で思いながらも、自前の湯沸かし器でお茶を入れる。その間に四人は持ちこんだ布袋を小皿に広げる。中には手作りと思われるお菓子が入っていた。

 

「……まさか御四人が?」

 

「私とアリス、子供達が作った」

 

「あの子達がこれ持って『お願いですから、黒ウサギのお姉ちゃんと仲直りしてください!』–––––––っリリや他の年長組の子がな」

 

五人はなんともいえない複雑な表情に顔を歪ませる。

三日前、"サウザンドアイズ"での事を話した時。案の定、ジンも耀も黒ウサギを引き止めた。ジンはコミュニティのリーダーとして、耀は新たな友人として引き止めた。アリスに至っては八幡が己の"恩恵"を賭けたと聞いて暫く放心状態になった。

互いに悪気があったわけではない。ただ互いにカッとなってしまって言い過ぎてしまった。そこに飛鳥も参戦して大事になり、結局、全員頭を冷やすために謹慎になったという事なのだ。

ただ一人傍観していた十六夜は「ちょっくら箱庭で遊んでくる」と言い残したまま一度も帰ってこない。皆が"ノーネーム"に愛想を尽かしたのかと思った。

そんな雰囲気を子供達は察したのだろう。

自分達に出来る事を、と必死に考えたのがこの小皿だった。

 

「子供って卑怯だわ。あんな泣きそうな目でお願いされたら、断れるのは鬼か悪魔ぐらいよ」

 

「ダメだよ飛鳥。きっかけをくれたんだからちゃんと仲直りしないと」

 

フン、と顔を背ける飛鳥となだめる耀。

それを見た黒ウサギも、困ったように笑った。

 

「そうですね……黒ウサギ達がしっかりしないと、コミュニティのみんなが困りますよね」

 

「そういうこと。だから貴女には悪いけど、他所に行かせるわけにはいかないわ。コミュニティの中心はジン君でもなければ私達でもない。私達を招き入れ、ずっと一人で支え続けた貴女なのよ、黒ウサギ」

 

「……はい」

 

それはジンにも言われた事だ。今黒ウサギが脱退しては、コミュニティが持たないと。

任された子供達。招き入れた八幡達の事。

それら全てを背負っているのは、他でもない黒ウサギなのだ。

 

「……飛鳥達から聞いた話だけど。黒ウサギのいう"月の兎"ってあの逸話の?」

 

「YES。箱庭の世界のウサギ達は総じて同一の起源を持ちます。それが"月の兎"でございます」

 

––––––"月の兎"。傷ついた老人を救うために、炎の中に飛び込んで自らを食べるように捧げた、仏話の一つ。仏門における自殺は本来、大罪の一つにあげられるが、その兎の行為は自己犠牲の上に成り立つ慈悲の行為として認められ、帝釈天に召され"月の兎"と成る。

箱庭の兎はその"月の兎"から派生した末裔なのだ。

 

「我々"月の兎"は箱庭の中枢から力を引き出している為、力を行使した際に髪やウサ耳が影響を受けて色が変わるのですよ。個体差はありますけれどね」

 

「そうなんだ」

 

「それに一部の兎は創始者の眷属だから、インドラの武具の使用権限がある。

黒ウサギも持ってるぞ」

 

「はい。そんじょそこらの相手には負けませんとも!まあ、出場制限があるのでギフトゲームには参加しにくいですが」

 

「昔は私達と互角だったけど」

 

「そうなの?」

 

「レンの"恩恵"は攻守どちらにも使えて応用が効きますし、アリスは他人の動きに合わせるのが上手かったので」

 

「まあ、今じゃブランクもあるから多分負けるな」

 

「けど驚いた。"月の兎"と言えば万葉集にも載っているぐらい有名だもの。私の世界じゃちょっとした有名人だよ」

 

「そ、そうですか」

 

「うん。–––––––だけど私達は、黒ウサギを炎に飛び込ませるつもりはない。勿論、八幡も。それに、私達五人は……黒ウサギの書いた手紙に招かれたんだもの」

 

耀は黒ウサギの手にそっと手を重ねる。その手には例の招待状があった。

"家族を、友人を、財産を、世界の全てを捨てて箱庭に来い"。

召集された八幡とアリスを除いた三人は皆、このフレーズを何より気に入っていた。

世界に飽いていた三人を奮い立たせたのは、他でもない黒ウサギの口説き文句なのだ。その彼女が居なくては何の為に箱庭の世界にきたというのか。

黒ウサギは決意したような、諦めたような笑顔で答える。

 

「……はい。無責任な事を言って申し訳ありません。もう大丈夫デス」

 

「ま、こればっかりは黒ウサギだけが悪いわけじゃないからな。八だって悪い」

 

「うん」

 

「そうだね。ならそろそろ作戦を考えよう」

 

「そうね。何か建設的なプランがあるといいんだけど」

 

–––––––へ?と間の抜けた声を上げる黒ウサギ。二人が気にせず話を続けようとして、アリスとレンが話に入り。

 

「多分、必要ないと思うよ」

 

「そうだな。八の事だ無責任な事は言わないだろう」

 

「じゃあ比企谷君は何か考えがあって、あんな交渉をしたの?」

 

「その可能性が高い、が私達は未だに"恩恵"を賭けた事には怒っている」

 

「うん」

 

アリスとレンは何も考え無いでいた訳ではないと話していたその時。

 

「黒ウサギ、居るか?」

 

「は、八幡さん‼︎」

 

「居るのか。なら、失礼するぞ」

 

「邪魔するぞ」

 

八幡が部屋に入ると一緒に十六夜も部屋に入ってきた。

 

「い、十六夜さん!二人とも今まで何処に……‼︎」

 

「八、良くのこのこと入って来れたな……」

 

「……そうだね」

 

「ふ、二人共。説教は後にしていただけます?先ずは話さなくちゃいけない事があるから」

 

「わかった」

 

「サンキュー」

 

「……話さなくちゃいけない事って?」

 

「交渉の際に言ったペルセウスの挑戦権を入手した」

 

「ほ、本当ですか!」

 

「あぁ、置き手紙にも書いていたろ。挑戦権を入手して来るって」

 

「まさか本当に……」

 

「俺は入手しに行く途中でちょうど終わった比企谷に会ってな」

 

「十六夜さんも行こうとしていたのですか」

 

「先を越されちまったけどな」

 

「十六夜君、こういう面白い事を企むなら……次からちゃんと一声かける事。いいわね?」

 

「そりゃ悪かったな。次は声をかけるぜお嬢様」

 

二人は悪戯っぽく笑みを交わす。

 

「今回ばっかしは時間との勝負だったからな」

 

「あ、そうだよね」

 

「……で、話は終了か?」

 

「八幡、お説教」

 

「りょ、了解……」

 

重要事項を話し終えた八幡はアリスとレンからこっ酷く説教を受けた。

 

* * *

 

「さて、説教も終わったし。黒ウサギ、今から宣戦布告しに行くのか?」

 

「いえ、その前に八幡さんにお聞きしたい事が……」

 

「あの夜、レンが命を賭けなくても。と言った事についてか?」

 

「……はい」

 

「––––––––…………正直なところ余りいい話じゃないから話したくなかったが、コミュニティの同志として話そう」

 

「俺は、お前達と同じで生れながら他の人とは違う力を持っていた。最初は無意識のうちに使っていたが、五、六歳位の頃に己の意で使える様になっていった。同時に自分以外の人間はこんな力を持っていない事を認識するようになり、両親には話そうかと思っていたが、結局力の事は胸の内に隠して生活していた。だが、それから二年後俺は失態を犯した」

 

「失態?」

 

「最初に持っていた力は傷の移し替えと影を操る事。俺は、傷を移し替える力を傷ついた猫に対して使っちまったんだ」

 

「それの何処が失態だというの?」

 

「見られてたんだよ。その頃通っていた小学校の同級生の一人に」

 

「……ッ‼︎」

 

「それからはこの目と見られてしまった力の所為で化け物だ。と、言われ過剰な虐めを受けた。ま、力を見られなくても余り酷くはない虐めは受けていたと思うがな」

 

「ど、どうしてですか?」

 

「俺の態度が気に入らなかった奴もいたからな?余り人と関わらず本を読んで大人ぶっている事が気に食わなかったからっていう理由。話に戻るが、それで虐めが酷くてな。カッターで切りつけられたり、階段から突き落とされたり、見えないとこを火で炙られたり、な」

 

「おいおい、それ虐めどころか犯罪じゃねえか。良く黙っていられたな」

 

「辛かったけど、周りが力の事を知っているから無理に手を出せなかった。力を使ったら最悪何処かの研究所で実験される可能性があった。それに、俺が耐えれば両親に迷惑がかからないからな」

 

「で、でもそれじゃあ比企谷の心身が保つはず……!」

 

「無いんだよな、保つ筈」

 

「!?」

 

「……虐めは小学六年まで続いてな、流石の俺も心身が保たなかった。なぁ、死の受容のプロセスって知ってるか?」

 

「ああ、第一段階が否認・第二段階が怒り・第三段階が取引・第四段階が抑うつ・第五段階が受容って言うエリザベス・キューブラー=ロスが説いた説だよな」

 

「ああ、最初の頃は自殺程度では死ぬ筈がない。その次はどうしてこんな力を持って生れたんだ、どうしてこんな目に合わなくちゃいけないんだという怒り。まだ生きていたいという願望。そして、暫い絶望感故の無気力感に襲われ、もう死んでもいいと思い自殺を図り死んだ筈だったが、俺は……何故か、生き返った」

 

「はぁ?」

 

「い、生き返った?」

 

「ハチの言っていることは確かだ」

 

「八幡は一回死んで生き返った」

 

周りが驚くなか、アリスとレンが事実だと言う。

 

「箱庭から外界に来て、数日が経過した時に拠点にしてた場所の付近で頭から血を流していた八幡を見つけて病院に名前を伏せて通報しようとした時に重症のはずなのに起き上がった」

 

「それが私達と八幡の出会い」

 

「そ、それは……なんと」

 

「まあ、この話には続きがあってな」

 

「ま、まだあるの」

 

「その時、重症の状態だった俺の身体は見る見るうちに治っていって元の状態に戻った。それからだ、俺はどんなに虐められて傷を負っても勝手に治るし、どんなに死ぬような行為をしようが死ねない体になった」

 

「つまり、比企谷は不死になったって事か」

 

「そんな事って……」

 

「辛すぎるよ」

 

「だが、この力のおかげで俺はアリスやレン、そして俺と言う存在を必要としてくれる人に出会えた」

 

そう言って八幡はアリスとレンに多分家族にも余り見せた事のない微笑みを浮かべた。

 

「なら、比企谷の"恩恵"を差し出すって事は……」

 

「自分の命を差し出すって事になる」

 

「ま、そういう事だ」

 

「は、八幡さんはどうして自分の"恩恵"も賭けたんですか……」

 

「なんでだろな」

 

「え?」

 

「正直、自分でもよくわからない。でも、自分ではどうにもならないんだと思う」

 

「……それは、八幡は優しいから」

 

「自己犠牲の精神の塊みたいなものだからな」

 

「らしい」

 

「……そうですね」

 

「うん。比企谷は優しい」

 

「ええ、こんな短期間でも分かるくらい比企谷君は優しいわ」

 

「普通の人間じゃ、まず自分の保身のことを考えるからな」

 

「……そうか、ありがとう」

 

(箱庭に来てよかった)

 

八幡はそう思い俯いて微笑んだ。

そして、八幡と黒ウサギは宣言する。

 

「条件は満たした。あとはペルセウスに勝利するのみ」

 

「我々の同士・レティシア様を取り返しましょう」

 

* * *

 

–––––––二六七四五外門・"ペルセウス"本拠。

 

白亜の宮殿の門を叩いた"ノーネーム"一同を迎え、謁見の間で両者は向かい合う。

テーブルには"ゴーゴンの首"の印がある赤と青の宝石が置いてある。

目の前にいるルイオスは何処が苦い顔をしている。

 

「よお、ペルセウスのリーダーさん。条件を満たして参ったぜ」

 

「ま、まさかのノーネーム如きが魔海とグライアイ打倒したと!」

 

「まあな。さて、"ペルセウス"への挑戦権を入手したんだ。ラストゲームと行こうか」

 

「決闘の方式は"ペルセウス"の所持するゲームの中でも最も高難度のもので構いません」

 

「何?」

 

ルイオスは拍子抜けしたように声を上げた。

 

「お前らのプライドを壊し、此方はそれに加えて相手の力量も分からない可哀想な雑魚にハンデをくれてやるって事だ」

 

八幡がそう言うとルイオスの不快感は絶頂に達していた。

 

「ハッ……いいさ、約束通り相手してやるよ。もともとこのゲームは思い上がったコミュニティに身の程を知らせてやる為のもの。二度と逆らう気が無くなるぐらい徹底的に……徹底的に潰してやる(、、、、、、、、、)

 

華美な外套を翻して憤るルイオス。

それを睨み、黒ウサギは宣戦布告する。

 

「我々のコミュニティを踏みにじった数々の無礼。最早言葉は不要でしょう。"ノーネーム"と"ペルセウス"。ギフトゲームにて決着をつけさせていただきます」


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