逆転裁判 ~東方法闘録〜   作:タイホくん

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法廷1日目 その11

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 「その証拠品はこの現場写真です! この写真の被害者の服のボタンに注目してください!」

 裁判長がまじまじと写真を見る。それを確認してぼくは説明を続ける。

 「被害者が着ている服のボタンは左側にあります」

 裁判長は、それを見て頷いた。

 「では、裁判長。次に、ご自身のボタンを見てください」

 裁判長は、自分の服についているボタンを確認しようとする。年のせいなのだろうか、下を向くのに、少々苦労しているように見えた。

 「私のボタンは……被害者と同じように、左側についていますね」

 「では、最後に証人のボタンを見てください」

 裁判長は、目を細めながら管さんの服をじっくりと見つめる。こちらも年のせいなのか、少し見辛そうだ。……今度、眼鏡でもプレゼントするか。

 「証人のボタンは……どうやら右側についているみたいですな」

 「そのとおりです。ここで情報をまとめてみましょう。男性の裁判長のボタンは左側に、同じく男性である証人のボタンは、右側に。そして、女性である被害者は、ボタンが左側についていました」

 「ふむ。同じ男性である私と証人のボタンの場所が違うことが少々疑問ですね」

 「そのとおりです、裁判長と、証人のボタンの位置は違っているのに、なぜか女性である被害者は、裁判長と同じ左側でした。ここが、今回のポイントとなってくるのです」

 「はあ……」

 

 「裁判長は、服についているボタンに、法則性があることをご存知ですか?」

 「はて、どのような法則でしょうか?」

 「男性用の服のボタンは、左側に。女性用の服のボタンは、右側に付くようになっているのです」

 「なるほど。しかし、そうなると妙ですな。証人の着ている服と、被害者の服のボタンは、二人とも本来つくべき位置の反対側にボタンが付いています」

 「そのとおりです。では、なぜこの二人のボタンはそれぞれ逆の位置に付いているのか。その理由は一つだけです」

 息を吸い、机を叩き付け、人差し指を思いっきり突きつけながらぼくは続けた。

 「被害者の服と、証人の服が入れ替わっている。それ以外に考えられません!」

 「な、なんですと!」

 「ぐふぉっ!」

 裁判長は目を見開きながら驚き、管さんは銃弾で体を貫かれたような呻き声を上げた。傍聴席から、どよめきが聞こえる。

 

 「静粛に!」

 裁判長が木槌を慣らし、傍聴人を黙らせる。

 「そ、そんな奇天烈な発想が認められるか!」

 管さんが、喉も張り裂けんばかりの怒声で反論する。額には脂汗が浮き、目が血走っている。どうやら、彼ももう限界が近いようだ。畳み掛けるなら今、このまま手を緩めずに行くしかない!

 「異議あり!」

 管さんの発言を抑え込みぼくは続ける。

 「いいえ、管さん。あなたにしか、被害者の服を着替えさせることは出来なかったのです!」

 「なぜだ、なぜそう言い切れる!」

 「事件発生当時、現場にいた人間は、全部で三人でした。被害者の女性。容疑者である岡瑠波さん。そして、目撃者である管椎名さん。この中にいる男性は、管椎名さん。あなただけなのです!」

 「ぐぐぐ……」

 

 「根拠はもう一つあります。もう一度現場写真を見てください。被害者の着ている服は、袖が余ることなく、サイズがほぼピッタリです。そして、被害者の身長は、百八十センチほどあります」

 ぼくは、管さんに視線を送る。

 「証人、あなたの身長は何センチですか?」

 その質問に対し、管さんは苦しそうな顔をした。

 「こ、断る。俺に答える義務は無い!」

 「証人、答えなさい。私からの命令です」

 裁判長が、管さんを睨みつけながら、そう言った。 

 気が立っている管さんも、裁判長の言葉にはさすがに逆らえなかったようだ。管さんは渋々と、口を開いた。

 「ひゃ、百八十三センチだ。これでいいか!」

 「証人の身長は、百八十三センチ。被害者と身長差はあまりありません。さらに、被告人の身長は、百五十センチです。もしも、被告人と被害者の間で、服の入れ替えをすると、被害者の着ている服は、袖が足らないことになってしまいます。しかし、この二人の間で、服の入れ替えがあっても、お互い服のサイズが合わないということはありえないのです。

これが、被害者と証人の服が入れ替わっていることを示す二つ目の根拠です!」

 「ぐへらぁ!」

 管さんが、何かに殴られたかのように、のけ反る。のけ反った衝撃で、ワイシャツのボタンが、一つ弾け飛んだ。

 

 「と、ということは、本当の警備員は、証人ではなく……?」

 裁判長がぼくに尋ねてくる。

 「お察しの通りです。そう、全ては“逆”だった。警備員、管椎名の正体は、証人ではなく、被害者だったのです!」

 一息おいて続ける。

 

 「ここからはぼくの推測になりますが、事件の流れを追って見ましょう。まず、証人。あなたは、現場近くの民家で空き巣を働きました。そこで何が起こったのか、ぼくには分かりません。恐らく、盗みの最中に家主が帰ってきたのでしょう。慌てたあなたはそのまま民家から逃げ去り、近くにあった東深見高校に逃げ込んだ」

 管さんが、苦しそうな顔でぼくの話を聞いている。恐らく図星だろう。

 「白昼堂々と空き巣をしているところを見られたあなたは焦ったはずです。学校に逃げ込んだあなたは、あわてて校舎の中に入ろうとしました。しかし、監視カメラの存在に気づき、あなたは校舎内に入ることが出来なかった。しかし、あなたは監視カメラの目をかいくぐるうちに、ある場所にたどり着いたのです」

 「……食品輸送用エレベーター」

 裁判長が、そうつぶやいた。

 「そのとおりです。エレベーターを見つけたあなたは、それに飛び乗ったのでしょう。

そして、校舎内に侵入した後、屋上に逃げ込み、時が過ぎ去るのを待ったのです」

 ぼくはそこまで言うと、一息ついて、また話を続ける。

 

 「しかし、そこで問題が起こってしまった。屋上に、被害者……もとい本物の管椎名さんが入って来たのです。監視カメラの映像に彼女の姿が写っていないことから考えると、恐らく、彼女は校舎内の見回りをしていたのでしょう。見つかってしまったあなたは、動揺したはずです。その時、あなたの目に、鉄パイプが映り込んだ」

 ぼくは、机の上の鉄パイプを指さした。

 「恐らく、その時から鉄パイプは足場から外れていたのでしょう。それを見つけたあなたは、すぐにそれを手に取り被害者を殴った。口封じ目的で」

 「な、なんという……」

 裁判長が絶句した。

 「あなたは焦ったはずです。衝動的とはいえ、人を殴ってしまったと。このままではいずれ捕まってしまう。そう考えたあなたは、偽装を企んだのです」

 亜内検事は何も言えずに、ぼくの方を見ている。反論されることは無そうだ。このまま話を続けよう。

 

 「まず、あなたは返り血の跳んだ服を何とかしようと考えた。その時に、自分の服と、被害者の服を入れ替えることを思いついたのです。幸か不幸か、被害者とあなたの身長差は、そこまでありませんでした。あなたは服を入れ替えることで、返り血をごまかすことにしたのです」

 「それで、被害者の服だけに、血がついていたんですな」

 裁判長が納得した表情で頷く。

 「しかし、この時あなたは一つミスを犯した。胸ポケットの中に、盗んできたネクタイピンを入れっぱなしにしていたのです。しかし、焦っていたあなたは、それに気づかずに服を交換してしまった」

 「ぐぬ……」 

 管さんが、さらに苦しそうな表情を見せる。

 

 「そして、いざ服を交換しようとしたときに、あなたはもう一つ重要なことに気づいた。被害者にまだ息があったのです。それに気づいたあなたは焦ったでしょう。もしも、被害者が目覚めてしまったら、自分のことを話してしまったら、と。その瞬間、あなたの中に再び殺意が芽生えた。屋上から突き落とし確実に殺害することで、二度と口を開けないようにしたのです」

 「なんと、むごたらしい……」

 裁判長が、度し難そうな顔をした。

 

 「そして、あなたは意識のない被害者をそのまま屋上から投げ捨てた。この瞬間、被害者は絶命しました。その後あなたは、殴った際に使用した鉄パイプの指紋を念入りに拭い取った。この時、工事現場の人達の指紋も拭い取られたのです」

 法廷中の人たちが、ぼくの話に耳を傾けていた。

 「そしてあなたは、管椎名に成りすまして、何食わぬ顔で、学校から脱出しようとした。その時です。あなたの目に、ある人物の姿が映りました。そう、被告人の岡瑠波さんです。あなたはたまたま、工事現場の足場を使って屋上へと向かう被告人を目撃したのです。その時、あなたの中に悪魔が舞い降りた。“瑠波さんを犯人に仕立て上げよう”あなたの中の悪魔はそう囁きました。そして、あなたは、その場で思いついた案を実行しました。まずあなたは、敢えて、全ての監視カメラに自分の姿を映しました。警備員が、見回りをしているように見せかけるために。そして、全てのカメラに映ったあなたは、その後警察に通報をした。“学校で倒れている人を見つけた”と、さも、自分が目撃者であるかのように見せかけて」

 「ぐぉぉ……」

 傷口をナイフでえぐられる時のような、低く今にも息が止まりそうな呻き声を上げる証人。

 

 「一方、屋上に着いた被告人は、鉄パイプを見つけたはずです。そして、思わずそれを拾い上げてしまった。この時、被告人は曲がっている方の先端。被害者が殴られた方を持ったのです。恐らく、指紋を拭きとった時に、一緒に血も拭きとられたのでしょう。元々そこに血がついていたことを知らなかった被告人は曲がっている方を触ってしまったのです」

 「なるほど……鉄パイプの指紋が付いている場所がどうにもおかしいと思っていましたが、そんな理由があったのですね」

 裁判長が頷く。

 「そして、被告人が鉄パイプを手に取った瞬間、警察が屋上に乗り込んで来た、というわけです。これがこの事件の全容。ぼくの最終結論です」

 

 ぼくがそう言い終えると、シン、となった。誰も口を開かず、あっけにとられたような顔をしている。ただ一人を除いては。

 

 管さん……いや、証人だけが、ぼくの話を聞き終えてから、一人唸り声を上げていた。頭を抱え、髪を掻き毟り、憎悪の念を辺りに放ちながら下を向いていた。

 「ま、まだだ……」

 唸り声が止み、証人が口を開いた。

 「まだ、終わっていない……」

 ゆっくりと顔を上げる証人。髪はぼさぼさになり、目は瞳孔がくっきりと見えるほど見開かれ、まるで戦場から帰って来たかのような風貌へと変化していた。

 「ま、まだ終わってはいない!」

 ゆっくりと顔を上げた証人は両手を大きく広げ、後ろにのけ反り、咆哮と呼ぶのが最も似つかわしいほどの大声を上げた。

 「まだだ……お前の推理には、穴がある!」

 「どこに穴があるというのですか?」

 なるべく冷静に答える。ここで下手に刺激したら、何をされるか分かったものではない。慎重に対応せねば。

 「被害者の女が、本物の警備員、管椎名だった証拠はない……それが無い限り、お前の推理は破綻する……!」

 もう力の無い声で証人が喋る。

 「簡単です。学校に行って、直接調べてみれば……」

 「駄目だ……」

 ぼくの言葉を証人が遮る。

 「今、ここで証明してみせろ……本当の管椎名の正体を……さもないと、俺は認めないぞ……」

 「……分かりました。今この場で証明してみせましょう」

 被害者が管椎名さんだと分かることが出来る証拠品……答えは簡単だ。被害者の身分を示すものがあればいい。そして、それは今この法廷内にある!

 

 ぼくは、弁護席を離れると、証人の元に向かう。

 徐々に近づいて来るぼくに、証人は、肉食動物に怯える小動物のような眼をして、逃げようとする。が、逃げる前に、ぼくは彼の体を抑え込んだ。

 そして、彼のワイシャツの胸ポケットから、一枚のカードを取り出した。ぼくがカードを抜き取った瞬間、証人の目が変わった、全てを失ったような光の無い目に。

 ぼくは、カードを確認する。こちらには何も書かれていない。こちらは裏面だからだ。

 ぼくはカードを裏返し、表の面を確認する。

 カードを確認し終えたぼくは、そのカードを証人の前に突き出した。

 「これが、その証拠品です。一切のムジュンもない、完璧な」

 

 ぼくが突きつけたカードには、警備員証明書と書かれており、名前の欄に“管椎名”と記載されている。

 そして、その隣に写真が貼ってある。証明写真機で撮影された、どこにでもあるような写真。

 そこに写っていたのは……被害者の女性だった。

 鼻先に被害者、管椎名さんの警備員証を突きつけられた、証人は、絶句した。

 

 「う……」

 法廷中の人が、その様子を固唾を飲んで見ていた。

 「嘘だぁ!」

 絶叫しながら、証言台に、頭を何度も叩き付ける証人。

 裁判長の指示で、係官が抑えに入るが、今の証人には効かない。

 「あああ、あああああ……!」

 何度も、何度も頭を打ち付ける。

 「ああああああああああああっ!」

 何十回も頭を打ちつけ、証人は大きく両手を広げ、咆哮した。

 勢いよく腕を広げたせいなのか、腕の先から証人の服が裂けていく。服が裂け切ると同時に、証人の咆哮も止まった。

 「あ……」

 上半身は裸で、白目を剥いたまま、証人は背中から力無く倒れた。どうやら気絶したようだ。

 法廷に静寂が戻る。事件は、今、解決した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「亜内検事、証人はその後どうなりましたか?」

 数分後、係官によって搬送された証人の容体を裁判長が亜内検事に聞く。

 「き、気絶しているだけのようです。先ほど、緊急の逮捕状が作成されました。直に身柄を拘束されるかと……」

 「分かりました」

 裁判長は、その言葉に頷く。

 「どうやら、これですべてが解決したようですな。弁護人には、感謝しなければなりません。危うく、未成年の子供を、殺人犯に仕立て上げてしまうところでした。これで、心置きなく私も判決を言い渡せます」

 そう言って、裁判長は木槌を鳴らすと口を開いた。

 「それでは、被告人、岡瑠波に判決を言い渡します」

 緊張の一瞬。ぼくたち弁護士は、無罪という言葉を聞くまで、一切の油断は出来ないのだ。

 裁判長が口を開いた。

 「無罪!」

 ……勝った。勝ったんだ。

 「やったね、なるほどくん! 私たち勝ったんだよ!」

 真宵ちゃんがぼくに飛び付いて来た。

 ……良かった、本当に良かった。

 傍聴席からも、歓声が聞こえる。裁判長は、その様子を微笑ましそうな目で見ている。そして、しばらく経つと口を開いた。

 「本日はこれにて閉廷!」

 裁判長が木槌を鳴らし、裁判は幕を閉じた。

 それと同時に、午前十一時を告げる鐘の音が鳴り響く。ぼくたちを祝福するかのように、煌びやかな音色を響かせて。

 

   

 


 

 

 

 

 

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