……が、外来人?
聞きなれない言葉に、思わず小首をかしげる。外来人……外国人と言いたいのか?
いや、でもこの人はどう見ても日本人だから、ぼくのことを外国人というのはおかしい。では、外来人とは一体?
「……ごめんなさい、いきなり変なこと言ったから混乱しちゃったかしら?」
明らかに動揺しているぼくを見て巫女さんがそう言った。
「分かったわ。あなた、家に上がりなさい。詳しいことはそこで話してあげるわ」
そう言って、巫女さんはぼくの手を掴むと社殿の方へぼくを導く。手を引かれたぼくは、社殿の裏にある縁側に案内された。
「そこで待っていて頂戴。飲み物を持ってくるわ」と言って、ぼくを縁側に残して巫女さんはどこかへ向かった。一人取り残されたぼくは仕方なく縁側に腰掛ける。
縁側のすぐ目の前にある庭には、神社に来るまでの道にあった桜と同じ種類のものが何本か生えていた。まもなく、頂点に達する日の光が庭に差し込み、光を反射してより一層白く輝く。
不意に、桜の木々を優しく撫でるようなそよ風が吹いた。すると、花弁が何枚か宙を舞った。そんな光景を見ていると、自然と心が和む。
ここの神社に来る前にも似たような光景を見たが、その時は焦っていて綺麗とも何とも思わなかった。でも、今は風に揺れる桜の木々を見て心が和んでいる。少し気持ちに余裕が出来た証拠だ。
「お待たせ」
一人、物思いに耽っていたところに巫女さんの声が聞こえた。考えるのをやめて、声のする方を見る。
「粗茶ですが」と言って、巫女さんがお茶を出してくれた。湯呑を受けとり、両手で包み込む。今は四月だが、今日はやけに寒い。巫女さんが入れてくれたお茶は、湯呑越しにでもぼくの冷えた両手をじんわりと温めてくれた。
「さて、まずは私のことを話しておきましょうかね」
お茶を運んできたお盆を置き、縁側に座ると、巫女さんはこちらに顔を向けた。
「私の名前は博麗霊夢(はくれいれいむ)。ここ、博麗神社で巫女をしているわ。あなたの名前は?」
「ぼくは、成歩堂龍一と言います」
「なるほどう……なんか変な名前ね」
「はは……よく言われます」
「さて、自己紹介も終わったことだし、本題に入ろうかしらね」
霊夢さんは、自分用に持ってきたお茶を一口すすると話しを続ける。
「単刀直入に聞くわ。龍一さん、ここに来る前に妙な穴を見かけなかったかしら?」
「み、見ました。ぼくはその穴に落ちて、気が付いたらこの神社の近くで倒れていて……」
「なるほど。ついでに、その穴がどんな見た目をしていたかも話してもらえるかしら」
ぼくは、あの奇妙な穴の見た目について事細かく説明した。穴の中が不気味な紫色の霧に包まれて、そこに目玉模様が無数にあったこと。そして、その穴に真宵ちゃんが落ちてしまい、ぼく自身も誰かに押されて穴に落ちたことも話した。
霊夢さんはぼくの説明を、静かに、時折頷きながら聞いてくれた。そして説明が終わると、何かを確信したような顔つきになり再び話を続ける。
「……今の話で確信したわ。龍一さん、あなたは、“スキマ”というワープホールを操る妖怪によって、神隠しされているわ」
「か、神隠し……?」
「ええ、あなたはこことは別の世界からやって来た人間、通称 “外来人”に当たる存在になるわ」
外来人……さっきもそんなことを言っていたな……。
「龍一さん、これを見て」
霊夢さんはそういうと、懐から一枚のコインを取り出した。
「これに見覚えはないかしら?」
霊夢さんが差し出したコインをまじまじと見つめる。彼女が差し出したコインは、ぼくが見た事のないような模様があしらわれており、少なくとも日本で使われている硬貨ではないことが分かる。
ぼくが、「分かりません」と言うと、霊夢さんはため息を一つ吐き、話しを続ける。
「これは、この世界で使われている通貨なの。分からなかった、ということは、やはりあなたは外来人のようね」
霊夢さんは、握っていたコインを懐にしまう。
「それで、この世界は一体どんな世界なんですか?」
「ここは、“幻想郷”。あなたが住んでいる世界、仮に“外の世界”としておきましょうか。ここは、外の世界と結界によって隔離されている忘れられたモノ達の楽園。そして、ここは博麗神社。外の世界と、幻想郷の間にある結界を司る神社よ」
「忘れられたモノ、というと?」
「そうね。例えば、亡くなって、長い年月をかけて人々の記憶から忘れ去られた人や、流行が過ぎて忘れ去られた物なんかが、この世界に流れ着くわ。代表的な例を挙げるとすれば、妖怪なんかがそれに当てはまるわね」
妖怪、か。そういえば、スキマを操る妖怪によって、ぼくはこの世界に連れて来られたんだったな。
「一つ気になったのですが。この世界には、忘れられたモノが集まるんですよね? と、いうことは、ぼくは世間から忘れられてしまったのですか?」
「いいえ、それは違うわ。確かに、この世界には忘れられたモノだけが辿りつく。だけど、スキマを通って幻想郷に来た時は世間からは忘れ去られないわ。だから、スキマ妖怪によって幻想郷に来ることを“神隠し”というの。忘れ去られてしまったら、そもそも神隠しとして認識されないからね」
「なるほど」
神隠しされて、異世界にやって来るなんて、最近、若い人の間ではやっている、ライトノベルみたいな話だな。もっとも、自分もその“若い人”に分類されるが、ぼくはそう言ったものには基本的に疎い。
「他に何か聞きたいことはあるかしら?」
「そうですね……そういえば、さっき、妖怪がこの世界にいると言っていましたが、この世界には本当に妖怪がいるんですか?」
「ええ、いるわよ。そうね……ほら、あそこに」
霊夢さんは、庭の奥の方に広がる森の方を指さした。
霊夢さんの指の先を、目を凝らしてよく見てみる。見つけるのに時間がかかってしまったが、木々の隙間にうごめく何かを見つけた。木陰のせいで暗くてよく見えないが、更に目を細めて動くものを追ってみる。
次第に目が慣れ、動くものの姿がはっきりと見えてきた。最初はどんな恐ろしい妖怪がいるのだろうかと、少し怖かった。
しかし、ぼくの視界には、妖怪とは程遠いものが映りこんだ。
霊夢さんが、「妖怪だ」と言って指差した先にいたのは、一人の女の子だったのだ。小学二、三年生程の幼い子で、どこからどう見ても人間であり、ぼくは女の子のことが妖怪だとは思えなかった。
「どう、見つかった?」
「……あれって、どう見ても人間の女の子ですよね?霊夢さんは、あれが妖怪だと言いたいんですか?」
「ええ、その通りよ」
「ぼくには、妖怪に見えないんですが」
「ふふ、外来人だから、そう思うのも当然よね」
霊夢さんは微笑を浮かべると話しを続ける。
「龍一さんは、“進化論”ってご存知かしら?」
「ええ、一応は。生き物が長い時間をかけて、姿形が変化していくことを説いた理論のことですよね?」
「そう。幻想郷の妖怪たちも、その進化論と同じように、年月をかけて進化してきたの。」
「妖怪が進化する、ですか」
「分かり辛かったかしら。そうね、詳しく説明するならば……」
霊夢さんは腕を組んで言葉を選ぶ。しばらく悩んでいたようだが、すぐに何かを思いついたようで、再び話を続けた。
「龍一さんは、妖怪って聞くとどんなものを思い浮かべる?」
「そうですね……ろくろ首や一つ目小僧。あとは、がしゃどくろとかですかね。全体的におどろおどろしいイメージがあります」
「なるほど。じゃあもう一つ質問。龍一さんが今思い浮かべた妖怪たちが、突然目の前に現れたら、あなたはどんな反応を取ると思う?」
「そりゃあ、びっくりして大声を上げると思います」
「そう。妖怪たちは人間を驚かすために、龍一さんが想像したような、おどろおどろしい見た目をしているの」
「……霊夢さんの説明は理解できます。妖怪たちは、人間を驚かせるために怖い見た目をしている。そこには納得がいきます。でも、幻想郷の妖怪は、人間と同じ容姿でした。これはムジュンしているのではないでしょうか? 人間を驚かしたいのであれば人間の姿になる理由はありません。一体なぜ、幻想郷の妖怪は、人間と同じ容姿をしているのでしょうか?」
「確かにそうね。幻想郷の妖怪たちは、みんな人間と同じような容姿をしている。だけど、これにはきちんとした理由があるの」
霊夢さんは、長く喋って乾いてしまった喉を、ぬるくなったお茶を流し込んで潤わせてから、話を続ける。
「さっきも話したけれど、幻想郷には忘れられたモノが集うわ。妖怪たちもその一つなの。彼らは、外の世界の認識が薄れたことによってここに来ているの。科学技術の進歩が一番の原因でしょうね」
科学技術の進歩によって、妖怪達の認識が薄れていく。確かにそうだ。昔は、色々な超常現象は、妖怪が引き起こしていると考えられていたと何かで読んだことがある。
だけど、科学技術の進歩によって超常現象は妖怪のせいではないと解明された。その影響で妖怪という存在が人々の間から薄れていった、ということだろう。
「その後、存在を忘れられそうになった妖怪達の中には、人間のような姿を取るものも現れはじめたわ」
「なぜわざわざそんなことを?」
「妖怪たちは、初めは人間たちの想像から生まれた。彼らは人間が“妖怪はこの世に存在している”と認識することで初めて生きることが出来るの。けれども、妖怪など存在しないと人々が思い始めたことによって、彼らは生きていくことが難しくなった。妖怪達にとって、存在を認めてもらえないということは、死に値する。人間達の認識があることで、妖怪は存在できるからね」
「そこで、妖怪達は存在を認めてもらうために進化した、というわけですね」
「そのとおり。人間達と同じ容姿になって生活の場に溶け込むことが出来れば、自然と妖怪という存在が認識されるようになる。こうすることで、彼らは今も生きているの」
ぼくは再び森の奥にいる妖怪の子の方を見る。妖怪の子は楽しそうに、落ちている枝を振り回して木の実を取ろうとしていた。
「そういえば……」
不意に霊夢さんが口を開いた。
「龍一さん、一緒にいた女の子を探していたみたいだけど、探さなくていいの?」
……あ。
「……すっかり忘れていました」
「もう、何やっているの。さっきまで必死に探していたのに」
霊夢さんは、苦笑し、少し落胆した声色で話す。
「す、すみません」
「まあ、いいけど。ところで、その女の子ってどんな格好なのかしら?もしかしたら、力になれるかもしれないわ」
ふむ。ここは霊夢さんの力を借りるべきだな。ぼくは、この世界に来てまだほんの数十分しか経っていない。下手に動くよりは、霊夢さんの協力を仰ぐべきだろう。
ぼくは、霊夢さんに真宵ちゃんの服装などについて、なるべく細かく説明した。
「うーん……悪いけど、心当たりが無いわね」
腕を組み、懸命に記憶をたどりながら、話を聞いていた霊夢さんだが、どうやら何も知らないようだ。
参ったな。これじゃあ八方塞りだ。何か手はないものだろうか。
その時、不意に霊夢さんが、何かを思い出したような表情になった。
「そういえば妖怪達がさっき人里の方で、女の子が倒れているって、言っているのを小耳にはさんだわ。その話が確かなら……その女の子は、紫色の着物を着ていたらしいわ」
紫色の着物を着た女の子、確かに真宵ちゃんの服装と一致する。
「もしかしたら、その子かも知れません。その人里というのは、どこに?」
ぼくがそう言うと、霊夢さんは懐から紙を取出し、その場に広げてみせた。そこには、博麗神社周辺の地図が書かれていた。ぼくは、地図をじっくりと見つめ、人里までのルートを記憶する。
霊夢さんに地図を貸してあげる、とも言われたが、なんだか気が引けるので断った。
一度も口を付けておらず、いつの間にか冷え切ってしまったお茶を慌てて流し込むと、「ありがとうございました」と、言って縁側を後にする。
慌てているぼくを見ていたたまれなくなったのか、霊夢さんは、鳥居の前までついて来てくれた。
「大丈夫? 真宵って人の話をしてから、やけに慌ただしくなったみたいだけど」
「真宵ちゃんは、ぼくが側にいてあげないといけないんです……」
「……そんなに大事な人なのね」
霊夢さんは少し真剣な眼差しになった。
「ええ、放っておくと、何をするか分からないような子なので、早く見つけ出さないといけないんです。人様に迷惑かけていないか、心配で、心配で」
「……応援しようと少しでも考えた私がバカだったわ」
ぼくの発言に、がっくりと肩を落とす霊夢さん。まるで、何かに期待していたけど、思い通りに行かなかったような顔だ。
「ぼく、何か変なこと言いましたか?」
「……何でもないわ。それよりもほら、早く行かないといけないんでしょう?」
霊夢さんが、ぼくの肩をポンと押す。押された勢いのまま、ぼくは階段を下り、途中で霊夢さんの方を向いた。
「色々とありがとうございました!」
数段ほど降りたところで振り返り、霊夢さんに手を振ってから、博麗神社を後にした。
以下、作者後書き
どうも、タイホくんです。
今回は幻想郷に関しての説明回になりました。
「逆転裁判 ~東方法闘録を読むにあたって」にも書いたように、当作品は原作の設定からかなりかけ離れた独自の設定を採用しています。
その為、今回説明した”なぜ幻想郷の妖怪達は人型なのか”という説明に関しても、原作との設定に矛盾が生じているかも知れません。
また、この先にも原作とかなりかけ離れた設定が登場することになっています。
あらかじめご了承ください。
では。