【同日 午後3時15分 裁判所 被告人第2控室】
休廷後、ぼくと真宵ちゃんは、小町さんに連れられ、弁護士と被告人の控室に半強制的に連れて来られた。
先ほどの一件もあってか、紫さんにぼくたちを連れて行くように頼まれた時は、少しばつが悪そうな顔をしたが、移動中はこれと言って気まずい空気も流れず、むしろ何事もなかったように話に花を咲かせていた。こんな状況でも気さくにふるまえるのは彼女の気質のおかげなのだろう。
控室に着くと、小町さんはすぐに、裁判長……いや、四季検事の元に向かい、部屋にはぼくたちだけが取り残された。
控室も廊下やエントランスと同様に、部屋のほとんどが木で作られており、置かれている家具はモダンな雰囲気を漂わせる西洋風のソファなどだった。
……なんだかどっと疲れたな。
窓際に置かれているソファに腰掛ける。博麗神社から裁判所までの長い道のりを歩いたのに加えて、先程の出来事で精神的にも疲れてしまった。
今さらながら、団子屋に寄っておいて正解だったと思う。あそこで食事をとっていなければ、今頃もっと疲れていることだろう。
……検事と弁護士がいない法廷、か。
ついさっきまでの法廷の様子が目に浮かぶ。
あの裁判長の名前は、四季映姫と言うのだろうか。彼女は一体何がしたいのだろうか?
彼女の発言から考えるに、彼女は何かに固執しやすい性格なのだろう。決して裁判と呼べないような裁判をしていることが、何よりの証拠だ。
一体、彼女は何に固執し続けているのだろうか。
疲労でほぼ稼動していない脳をフルに回しながら考える。が、当然答えは出てこない。
うう、糖分を補給したい。みたらし団子、多めに食べておくんだったな。
ここに来て、昼食を取らなかったことが響いてきた。軽食を取ったとはいえ、みたらし団子三本では、たかが知れている。将棋の棋士は対局中にお菓子を食べて糖分を補給しないと頭が回らないとテレビで見たが、あれは本当なのだなと、今更ながら思う。
三年間弁護士として法廷に立ってきたが、糖分不足で苦しむことがあまりなかったのは、きっと自分自身の若さのおかげなのだろう。十年後はどうなっていることやら、今更ながら心配だ。
などと考えていた時だった。ソファの背もたれにだらしなくもたれ、上を向いていたぼくの視線の先に、スキマが開いた。
それと同時に、ぼくの頭上に何かが降って来たので、慌ててそれを受け止める。
スキマから振ってきたのは、かわいらしい花柄の風呂敷に包まれた何かだった。
開いてみると、そこそこの大きさのおにぎりが三つ入っていた。
「受け取れたかしら?」
その直後、頭上のスキマから声が聞こえたかと思うと、中から紫さんが這い出してきた。
「ふふふ、紫さん特製、愛情おむすび三点セットよ。ろくに食事もとっていないみたいだから、急いでこしらえてきたわ」
紫さんは、外の世界でも見せたような大人の女性の笑みを浮かべる。
「ゆ、紫さん……」
「改めて、お久しぶりね、弁護士さん。それに真宵ちゃん」
紫さんは、ぼく達二人の顔を交互に見てそう言った。
「……またお会いするとは思っていませんでした」
「あら。そんな怖い顔をしなくてもいいじゃない」
紫さんは、少し困惑したような顔になる。自分でも気づかないうちに、そんな険しい顔になっていたのか。力の入っていた顔の筋肉をほぐし、改めて紫さんの方を向く。
「どうして、ぼくを幻想郷に連れて来たんですか?」
単刀直入ではあるが、回りくどい言い方をする場面ではない。紫さんに質問をぶつけてみる。はぐらかされないといいのだが。
「どうして連れて来られたか、ね。申し訳ないけれど、今は言えないわ」
……やっぱりそう上手くはいかないか。
「今教えてあげてもいいのだけど、ほら、やっぱりお楽しみは最後に取っておいた方が楽しいじゃない。なぜあなたたちをこの世界に連れて来たかは、この事件が解決したら教えてあげるわ」
……じれったいな。
「それはそうと、もう時間が無いわ。早めに事件の資料を渡しておくわね」
そういうと紫さんは、さっき自分が出て来たスキマの中に手を突っ込むと、ゴソゴソといじくり中から法廷記録を取り出してぼくに手渡した。
「はい、どうぞ。急いで用意したから、情報が少し古い物があるかも知れないわ」
法廷記録を渡すと、紫さんはさっさとスキマの中に入る。
「私も、これから資料を読まないといけないから、これで失礼するわ。急に押しかけてごめんなさいね」
スキマの中で、紫さんがお嬢様お辞儀をすると同時に、スキマは徐々に収縮し、やがて消滅した。
「急に出てきて、資料とおにぎりを渡して、すぐ帰って……紫さんって忙しい人だね」
気づけば、真宵ちゃんがぼくの膝の上に置いておいたおにぎりをほおばっていた。いつの間に取ったんだ?
法廷記録をソファの上に置き、真宵ちゃんからおにぎりを一つ受け取り、一口ほおばってみる。少々塩がきつい気もするが、紫さんが忙しい中こしらえてくれたおにぎりは、愛情込めて母親が子供に作ったおにぎりと同じような味がした。
残った一つを真宵ちゃんにあげ、再び法廷記録を手に取った。開廷まであとどのくらい時間があるかわからない。確認できる情報は全て見ておこう。
法廷記録には、被害者の解剖記録に、現場の写真とその上面図。さらに凶器の情報が入っていた。
事件概要の情報が入っていないのが少し残念だが、急いで作られた資料に文句は言えない。裁判が始まれば冒頭陳述で説明されるし、問題はないだろう。
ひとまず、被害者の解剖記録を見ることにした。
解剖記録
・被害者 八ッ時茶太郎(やつどき ちゃたろう) ・死因 心臓をナイフで一突きにされ即死。
……得られる情報はこれだけか。
被害者の解剖記録には、死因と名前しか記入されていない。これだけでも貴重な情報ではあるが、正直なところ、もっと情報が欲しい。
仕方無く、現場写真を手に取る。
四十代前半くらいの痩せ気味な中年男性が、壁にもたれ掛かって倒れている。
解剖記録にもあったように、男性が着ている和服の左胸の辺りが刺された時に噴出した血で赤く染まっていた。正直見ていて気分が悪くなる。遺体が写っている写真はいつ見ても慣れないものだ。
そして、男性の胸元にはナイフが突き刺さっている。これが彼の命を奪った凶器だ。
刃や、プラスチックでできた柄の部分に、男性の血がベッタリと付着し、周囲の光を反射して、鈍く、そして怪しげに光る。
被害者の側には、もう一つ重要なものが写っていた。
遺体の足先に、血で何かが書かれている。写真を上下逆さまにみてみると、アルファベットで、“I・S”と書かれていた。事件の犯人を告発する、いわゆる“ダイイングメッセージ”というやつだ。
きっと、この“I・S”という名前は、あのメイドさんのことを指しているのだろう。
被害者自身による犯人の告発……状況はかなり厳しいのかもしれない。
……現場写真から分かることはこれぐらいかな。
こちら側にとって、不利そうな情報しか見つからなかったが、有利不利は関係ない。他の証拠品にも目を通しておくか。
最後に、ナイフの情報と、現場の上面図を取り出す。
凶器のナイフの情報
1科学調査の結果
・柄の部分に順手になっている被告人の指紋を検出。それ以外の指紋は検出されず。
・刃先の部分に、被害者の血液を検出。それ以外の血液は検出されず。
2その他の情報
凶器のナイフは、柄の部分と刃の部分が取り外せる仕様となっている。
また、柄の部分はプラスチック製、刃の部分は鉄製であることが判明済み。
凶器に被告人の指紋と、被害者の血液のみが検出、か。今朝の裁判の鉄パイプと全く同じ状況だな。
凶器のナイフの情報を確認し終えたので、今度は上面図を確認する。
現場となったのは、被害者が経営しているお茶屋で、店の名前は“いっぷく堂”と言うそうだ。
出入り口が二つあり、一つはお客さんが出入りする玄関口。もう一つは裏口だ。
店内の構造は、お客さんが食事をするフロアがあり、その奥に厨房のスペースがある。また、厨房のすぐ隣に厨房の半分もないくらいの大きさの部屋がある。恐らく被害者の自室だろう。遺体は、お客さんが食事をするフロアの端の方に倒れていたようだ。
……上面図から得られる情報はこれくらいかな。
あまり情報を得ることが出来なかった。少し落胆した気持ちで、取り出した二つの証拠品を法廷記録に戻した。
「どう、なるほどくん。なにか勝つための算段は見つかった?」
ぼくの隣でおにぎりを食べ終えた真宵ちゃんが、うな垂れるぼくの顔を覗き込む。
「いや、残念だけど情報が少なすぎる。肝心の事件概要の情報が無かったから、算段を立てたくても立てられないんだ」
「そっか……」
始まる前から状況は絶望的。いつものことではあるが、今回は訳が違う。
被告人であるメイドさんの明確な逮捕理由が分からないのが痛い。
逮捕理由さえ分かれば、そこからどのように展開を広げるかの算段は、情報が少なくてもある程度は立てることが出来るが、それが無いとなると、真宵ちゃんにも言ったように、全くと言っていいほど打つ手だてがない。
……参ったな。
この状況をどうにかひっくり返す策を考えようとした時だった。
「失礼します」
透明感のある綺麗な声と共に、控室の扉が開かれた。
見ると、被告人のメイドさんが、小町さんに連れられてやって来ていた。
「それじゃあ、私はこれで。後は弁護士さんとお喋りでもしておきな」
「はい。ここまで案内してくださって、恐悦至極に存じます」
メイドさんは、小町さんに深々と頭を下げた。
「そんなにかしこまらなくていいよ。私は頼まれたことをしただけだから」
手をひらひらとさせ、“気にするな”といったような身振りをして、小町さんはその場を立ち去った。
廊下で頭を下げ続けるメイドさん。しばらくすると、小町さんの姿が見えなくなったのか、頭を上げて、今度はこちらに近づいて来た。
「お初にお目にかかります。紅魔館というお屋敷でメイドを務めさせていただいている、十六夜咲夜(いざよい さくや)と申します。この度は、私の弁護をお引き受け下さり、恐悦至極の思いでございます」
再び、深々と頭を下げる。ピッタリ四十五度だ。
「そ、そんなに頭を下げなくてもいいですよ。もっと気楽にして下さい」
「かしこまりました」
咲夜さんは頭を上げると、ニコリと笑う。
「あっ、ご挨拶が遅れました。弁護士の成歩堂龍一です。いろいろあって、外の世界から幻想郷にやって来ました」
「まあ、外の世界から御出でになったのですか」
すこし、驚いたような表情を浮かべた。
「私は、綾里真宵って言います。なるほどくんの助手兼見習い霊媒師やっています!」
「霊媒師をなさっているのですか。外の世界では、大変珍しい職業だと伺っております」
「そんなに珍しいのかな。結構いると思うんだけどな、霊媒師」
……ぼくはそうは思わないぞ。
それから、しばらくの間、お互いのことについて話し合った。
「……そういえば、一つ聞きたいことがあったのを忘れていました」
会話の途中で、重要なことを思い出した。
被告人である彼女なら、なぜ逮捕されたかの理由くらい知っているはず。情報を引き出せるかもしれない。
「私に答えられることであれば、なんなりと仰ってくださいませ」
一礼する咲夜さん。
開廷まで、あとどのくらい時間が残されているかもわからない。早めに聞いておくべきだな。
「今回の事件について聞きたいのですが……咲夜さんが逮捕された、具体的な理由を教えてもらえないでしょうか。手渡された情報に、逮捕の具体的な理由が書かれていなかったので」
「なるほど。逮捕された理由ですね。私が逮捕された理由は、いくつかあるようですが、一つに絞るとすれば、私の”能力”が原因かと」
「の、能力……ですか?」
意外な言葉に思わず小首をかしげる。
「そういえば、成歩堂様は外の世界から御出でになったので、能力についてご存じなかったのですね。申し訳ございません。ご説明するのを忘れていました」
深々とお辞儀をして謝罪の意を示す。能力、か。なんだか嫌な予感がするな。
「私でよければ、簡単な説明をして差し上げますが……いかがいたしましょう?」
「あ、お願いします」
「かしこまりました。では、まず能力の存在について、お話しさせていただきます。この幻想郷には、“程度の能力”と呼ばれるものが存在し、一部の人間や妖怪などが能力を持っています。能力は生まれた時から持っている者と、ある時突然目覚める者の二通りの例があります。能力は、さまざまなものが存在し、一人一つ、能力を持っています。今回の事件は、私の“程度の能力”が一番の要因だと考えられます」
「そ、その能力とは?」
「私の能力は、“時間を操る程度の能力”でございます」
時間を……操るだって?
「詳しく教えてください!」
「かしこまりました。私の能力は、その名の通り時間を操ることが出来る能力です。簡単に例を挙げますと、時間の流れを遅くしたり、時を止めたりすることもできます。警察の方々は、私が能力を使用し、時間を止めて犯行に及んだと考えられているそうです」
時間を止めて犯行に及ぶ……外の世界ではまず考えられない話だ。どうやって、そこを崩せばいいのだろうか。
「ちなみに、能力を発動するためには、この懐中時計を使わなければなりません」
彼女ははそう言って、ポケットから小さな懐中時計を取り出した。
「これを使えば、誰でも時を止めることは可能なのでしょうか」
一つ疑問に思ったことをぶつけてみる。時計があれば、彼女以外の人物でも、時を止めて犯行に及ぶことが可能かもしれないと思ったからだ。
「いいえ。この懐中時計で時間を操ることが出来るのは、能力者である私のみです。普通に時計としてならば、他の方でも使用することは可能だと思われますが」
他の人物が時を止めることは不可能か。咲夜さん以外の人物が時間を止めた可能性を示しながら戦おうと思ったが、どうやら難しそうだ。
「私がお話しできることは、これくらいでしょうか」
懐中時計をポケットに仕舞いながら、咲夜さんが言った。
時を止められる殺人事件の容疑者……推理小説でも出てこないだろう。仮に出て来たにしても、本当は時を止められないというのが関の山だ。
しかし、今回は違う。今、目の前にいるメイドさんは、本当に時間を止められるのだ。
にわかには信じがたいが、何でもありの幻想郷だから、信じざるを得ない。
何というか……とんでもない人の弁護を引き受けてしまったな。まあ、あの状況で彼女を見捨てる事なんて、ぼくには出来ないのだが。
「おーい、弁護士さん達! あと五分ちょっとで開廷だよ! 急がないと四季様に怒られるからな!」
それからしばらく経った後、小町さんが間もなく開廷すると告げに来た。
あと五分で開廷……結局十五分しか経っていない。こんなので大丈夫だろうか……。
「さて、メイドさん。あんたは私についてきな」
小町さんは部屋に入って来るなり、咲夜さんの手を引く。その時、彼女は一瞬それを拒否した。小町さんが、どうしたのかと不思議そうな顔になる。
「あの、成歩堂様……」
咲夜さんがぼくに話しかけてきた。その顔は、先程までとは違い、不安げだ。
「どうかされましたか?」
「あの……私、助かることができるのでしょうか。……成歩堂様の腕を疑っているわけではございません。しかし……この状況から逆転無罪を勝ち取ることが出来るのか。今さらながら不安になって来て……」
咲夜さんは少し俯いた。さっきは動揺することもなく落ち着いた状態で法廷に現れていたが、内心はかなり焦っていたのだろう。やはりどんな人間であろうとなにかの罪に問われて裁判にかけられるとなれば、落ち着いていられなくなるのだろう。
不安に苛まれる咲夜さんに、ぼくは一言、声をかける。
「では、咲夜さん。一つ確認させてください。あなたは、やっていないんですね?」
その問いに、彼女は迷うことなく首を縦に振った。
「なら大丈夫です。咲夜さん、ぼくはあなたのことを信じます。だから安心してください。必ず、救い出してみせます」
少し胸を張って言った。不安になっている依頼人にはこちらが堂々とした姿を見せて、少しでも不安を取り払うようにいつも努めている。
「……分かりました。私も、成歩堂様のことを信じます」
ぼくの思いが通じたのか、咲夜さんから不安そうな気配が消え去った。元通りの、落ち着いた顔に戻っている。
「……どうやら、まとまったみたいだね。よし、じゃあ改めて行こうか」
小町さんが再び咲夜さんの手を引いた。今度は拒否することなく、素直に応じる。
二人が部屋を出る。その時、咲夜さんが振り返った。
「どうか、御武運を……」
一言そう言って、彼女は部屋を去った。ぼくと真宵ちゃんが部屋に取り残される。
「よし、なるほどくん。今回も、イッチョやるよ!」
真宵ちゃんがガッツポーズを作った。ぼくも心の中でガッツポーズを作った。
……これから、現実には有り得ない、幻想郷の裁判が始まる。
先に、何が待ち受けているかはわからない。だけど、ぼくのすることはただ一つ。
依頼人のことを信じて、戦い抜く。ただそれだけだ!
どうも。タイホくんです。
幻想郷最初の裁判は咲夜さんが被告人です。
今話は紅魔組がメインのお話です。
次回から裁判に入って行きます。
では。