「異議あり! 被害者が被告人のストーカーだった、果たして本当にそうだったのでしょうか?」
「……どういう事でしょう」
四季検事が反応した。
「河城さんが提出したコルクボードが全てを物語っています。四季検事、あなたの主張は、この証拠品と決定的にムジュンしている!」
「む、ムジュンですって?」
四季検事が少し顔を強張らせた。反撃される前に押し切る!
「普通、盗撮写真というのは、物陰に隠れ、気づかれないように撮影するはずです」
「いかにも。姑息な手段で撮影された盗撮写真……
「しかし……このコルクボードの写真は普通の盗撮写真とは少し違います。写真に写った、被告人の目線に注目してください」
「……写真の被告人は、すべてこちらを向いているわね」
目を凝らしながら写真を見て、紫さんがそう言った。
「そう。写真の被告人は、すべてこちらを向いて写っているのです。さて、ここで浮かんでくる当然の疑問があります。本当にこの写真は隠し撮りされたものなのでしょうか?」
「……まさか!」
痛いところを付かれたのか、四季検事が低い唸り声にも似たような声を上げた。
「先ほど説明した通り、盗撮写真は物陰に隠れ、気づかれないように撮影するものです。
被写体となる人物が撮影されているという認識が無い限りは、写真に写った人物がカメラ目線になることはあり得ません。しかし、このコルクボードに貼られている写真は、全てカメラ目線になっています。これが意味すること……もうお分かりですね?」
「被告人は、写真を撮られている認識がある?」
紫さんが、絞り出すような声色でそう言った。
「その通りです。撮影されている認識がある。つまり、この写真は任意によって撮影された物。言うなれば、極々普通の写真なのです。このことから、被害者は被告人のストーカーではないことが分かります。よって、被告人が被害者を殺害する動機は無かったということになります!」
「し、しまった……」
悔しそうな声を上げる四季検事。この裁判で、彼女の悔しそうな顔を見たのは初めてかも知れない。続けざまに、悔しそうに、拳を打ち付ける、こうしてみると普通の子どもなのにな……。
「……河城さん」
拳を打ち付けながら、不意に四季検事が口を開いた。
「今度からは……きちんとした捜査をして……もっとましな推理をしなさい!」
もう何度聞いたかわからない四季検事の怒号が河城さんに襲いかかる。今回に関しては、八つ当たりも交じっていると思うが……。
「ひぇぇ、すみません、すみません!」
何度も頭を深く下げ、謝罪の意を見せる河城さん。
しかし、怒りで半分我を忘れ、歯止めのきかなくなった彼女には、どんな謝罪も無意味なようだ。
突然、検事席を離れたかと思うと、証言台の前まで移動し、「そこに正座しなさい!」と、河城さんを土下座させ、お説教を始めた。
今が裁判の最中だということも忘れてしまっているのか、四季検事はただひたすらにお説教を滝のごとく、河城さんに浴びせ続けた。
至近距離で大声の説教を聞かされている河城さんは、鼓膜が破れないように、必死に耳を塞いで応戦している。
しかし、説教の声は耳をふさいだ程度では防ぎきれないのか、河城さんは最終的には耳をふさぐことを止めていた。もしかしたら、気を失っているのかもしれない。
説教は、四季検事の体力がなくなるまでの十五分間、ノンストップで続いた。
終わるころには、河城さんは泡を吹いて気を失いかけ、四季検事は、息を切らして、その場に座り込んでしまった。
遠くで聞いていた紫さんとぼくたちも、かなりのダメージを被ってしまった。まだ頭がガンガンするや……。
まるで、長距離走をした後のように汗をかき、息を切らした四季検事は、フラフラとした足取りで検事席に戻ると、深呼吸をした。
「はぁ……はぁ……まったく……あなたという人は……」
息を整えながらもなお、河城さんに説教をしようとする。
もうやめておけばいいのに……。
説教が終わってから数分、ようやく息切れが治ったようだ。四季検事は元の冷静な顔つきに戻り、河城さんも何とか意識を取り戻して証言台に戻った。
「河城さん」
四季検事が口を開く。それと同時に河城さんが小さな悲鳴を上げた。
「今月の給与査定、楽しみにしておくといいでしょう」
どこかで聞いたことのあるセリフを口にする。どこの世界でも、検事と刑事はこういった関係なのだろうか。
「うう、来月も生きて行く自信が無いや……」
河城さんはそう言いながら背中を丸め、物悲しそうにすごすごと法廷を後にした。
……河城さん、お気の毒に。
先の見えない来月の生活に不安を感じる河城さんの背中を見て、ぼくはそっと心の中で励ますことしかできなかった。
「さて、少々取り乱してしまいました」
先ほどまでとは打って変わって、落ち着いた口調で四季検事が話し始めた。
正直、“少々”の域をすでに超えていると思うのだけれど……突っ込んだらぼくまで説教を食らいかねない。心の中にしまっておくことにしよう。
「それでは、そろそろ次の証人を呼ばせていただきます」
……次の証人か。
「次の証人は、この事件の目撃者です」
目撃者、これまた重要な証人だ。改めて気合を入れ直さなければ。
「係官。目撃者の方を入廷させてください」
そう言ったのと同時に法廷の扉が開かれ、小さな女の子が入廷してきた。