【同日 午後6時37分 大図書館】
あれから、ぼく達はパチュリーさんに連れられ、紅魔館の地下にある大図書館と呼ばれる場所に来ていた。
「大きな図書館だねぇ……」
真宵ちゃんが思わず感想を口にする。
大図書館、という名前に相応しい大きな部屋には、館の門よりも大きな本棚が無数に立ち並び、種類ごとに分けられた本が一ミリの隙間も無く収納されていた。
さらに、東西南北の方向にそれぞれ階段が設置されており、そこから二階に上がれるようになっている。
二階部分は、壁に埋め込まれるように本棚が備え付けられていた。部屋全体を本棚で囲っているといえば分かりやすいだろうか。
部屋のほとんどが本棚で出来ていると言っても過言ではない大図書館は、本好きにはたまらない内装だと言える。
「ここで待っていて頂戴。レミィをベッドに寝かせて来るわ」
大図書館のほぼ中央にある大きな机の前にぼく達を案内すると、パチュリーさんは、レミリアさんを抱きかかえたままその場を後にした。
どうすることも出来なくなったぼくたちは、仕方なく適当な椅子に腰かける。
……レミリアさんは、一体何を考えているのだろうか。
パチュリーさんが戻って来るまでの間、先ほどの出来事について、少し考えてみることにした。
会話の中で、レミリアさんは、咲夜さんのことを“自分の顔に泥を塗った裏切り者”と話していた。これは残念ながら認めざるを得ないことだ。事実、彼女は殺人犯として逮捕されている。もっとも、ぼくは咲夜さんが犯人だとは思っていないが。
人間と仲良くしたかったレミリアさんにとって、今回の事件はかなりショックだったのだろう。
吸血鬼だというだけでも人間から恐れられるのに、その従者が人間を殺したともなれば、人間と仲良くすることなどできるわけがない。
だから、レミリアさんは咲夜さんのことを自分のメイドではないといった。ここまでは納得がいく。
しかし、レミリアさんは本当にそう思っているのだろうか?
たった一度だけではあるが、彼女はムジュンした発言をしていた。
“今、家の自慢のメイドがいなくてね”と。
本当に心から咲夜さんのことを裏切り者だと思い、嫌いになってしまっているのならば、このような発言が飛び出るのはおかしい。
レミリアさん、本当は咲夜さんのことを……。
「ま、待たせたわね」
背後から声が聞こえた。
見ると、十五歳ほどの赤い長髪の女の子に肩を貸してもらいながら歩くパチュリーさんの姿があった。
「だ、大丈夫ですか?」
「え、ええ。持病の喘息でちょっと苦しいだけだから、大した問題でもないし、気にしないで……」
肩で息をしながら、何とか笑顔を作り彼女はそう言ったが、苦し紛れの笑顔でそんなことを言われても、全く大丈夫そうには見えない。
「パチュリー様、無理は禁物ですよ。ただでさえお体が悪いのですから」
赤髪の女の子はそう諭すと、パチュリーさんをゆっくりと椅子に座らせた。
「ムキュ……気を付けるわ」
机に突っ伏し、一言そう告げると、パチュリーさんは息を整えようと深呼吸をし始めた。
まさか、喘息もちだったとは。レミリアさんの攻撃から守ってもらった時の身のこなしからは想像もできない。
せめて、運ぶのを代わってあげるべきだったと今さらながら後悔する。
思えば、レミリアさんを運んでいる時から、彼女は少し苦しそうな顔をしていた気もする。廊下が暗かったとはいえ、どこか自分でも見て見ぬふりをして、パチュリーさんに押し付けてしまっていたかもしれない。反省だ。
「……ふぅ、落ち着いたわ」
それから二、三分後、パチュリーさんが何とか調子を取り戻したようだ。顔を上げ、もう一度深呼吸をすると、落ち着いた顔つきに戻り、こちらに向き直る。
「自己紹介がまだだったわね。私はパチュリー・ノーレッジ。この大図書館で魔法に関する研究に携わっているわ」
魔法の研究、ということは、彼女は魔法使いということか。
パチュリーさんは、髪と同じ色の、紫色のゆったりとした寝巻のような服を身に着けており、初見では、彼女が魔法使いだとは思えなかった。どうも、ぼくの中で魔法使いというものは、団子屋で会った女の子の様な服装のイメージしかないようだ。
「ほら、あなたも自己紹介しておきなさい」
すぐ側に立つ赤髪の女の子に、パチュリーさんが促す。
「分かりました。私は、小悪魔と申します」
「小悪魔、ですか」
妖怪、吸血鬼と来てさすがに新しい種族は出てこないだろうと思ったが……今度は悪魔と来たか。
「この子は私の使い魔で、図書館の本の整理、いわゆる司書さんをやってもらっているわ」
使い魔。日本で言う式神というやつだろう。
「悪魔と言っても、人を取って食ったりはしないから安心して」
「それならいいのですが……」
吸血鬼同様、悪魔という単語には少し警戒心を抱いてしまう。今日一日幻想郷の色々なところを回ってみて、ここに住んでいる妖怪なんかが、危害を加えて来ないということは十分に理解できたが、固定概念というものには抗えないようだ。
悪魔と聞くと、馬鹿でかいフォークのようなものを持って、人を串刺しにしてしまう印象がある。もっとも、目の前にいるこの女の子がそんなことをするような子には見えないのだが。
「それで、貴方達の名前は?」
「ぼくは、成歩堂龍一と言います。職業は弁護士です」
「私は綾里真宵。修行中の霊媒師てす」
「ほう、霊媒師」
霊媒師、という単語に少し興味を示したようだ。魔法使いである手前、そのようなオカルト系の話が好きなのだろうか。
お互いに自己紹介を終えると、パチュリーさんは、小悪魔さんに紅茶を入れるように頼み、そのまま話を続ける。
「それで、貴方達はここに何をしに来たのかしら?私が駆け付けた時は、あまり穏やかな空気ではなかったみたいだけれど」
少し怪訝そうな表情で問いかけてくる。
「それが……」
レミリアさんに押し返された岡持ちを取り出すと、ここまでの出来事について、事細かく説明した。
留置所で、咲夜さんに血の補給用にブラッドケーキを届けて欲しいと頼まれたこと。
いざ、レミリアさんにケーキを届けると、苛立った様子でケーキを押し返してきたこと。
そして、レミリアさんに、少し無理なお願いをしてしまったことについて話した。
「はぁ、レミィったら、素直じゃないんだから」
話を聞き終えると、パチュリーさんは吐く息とともに言葉を漏らした。
「素直じゃない、というのは……?」
「そのままの意味よ。あの子、変なところでムキになるところがあるの。本当は咲夜が人を殺すなんて信じていないのに……」
「やはり、そうでしたか……」
「やはり、というと?」
「レミリアさんが、会話の中で“今、家の自慢のメイドがいない”と話していたんです。だから、本当に咲夜さんのことを嫌っていないのでは、と考えたのです」
「ほう」
パチュリーさんは小さな息を一つ吐くと、なにかを考えるような顔つきになった。
長い時間を共に過ごしてきた親友として、何か思うことがあるのだろう。もう少し、レミリアさんについての話を聞いておきたい気持ちもあったが、今聞く場面ではないと判断し、黙っておくことにした。
何とも言えない沈黙が、ぼく達を支配する。
パチュリーさんは頬杖をついて、なにかを考え込み、真宵ちゃんは、ぎくしゃくした空気が苦手なのか、少し顔を強張らせていた。
……気まずい。
この状況を変えようにも、パチュリーさんに話しかけるのは少しためらいがある。かといって、真宵ちゃんとも話す話題がない。
この状況で、どう振る舞えばいいかわからず、一人縮こまる。……その時だった。
銃声にも似たような音を立てて、大図書館の扉が蹴破られた。
「な、なんだ!」
反射的に声を上げ、音のした方を見る。が、ぼく達が居るリビングスペースは、本棚に囲まれているため、入口の様子は分からない。
「……はあ。懲りないわね。あの子も」
パチュリーさんが、呆れた声色を出す。
「あの子、というのは……?」
「あなたは気にする必要のない話よ」
そう言って、立ち上がると、パチュリーさんはリビングスペースを後にしようとする。
「う、動いたら危ないんじゃ?もしかしたら強盗かも知れないし!」
「心配しないで。ネズミを懲らしめて来るだけだから」
心配した真宵ちゃんの訴えかけを気にも留めず、パチュリーさんはぼく達の元を去った。遠くの方で、何かの煙が上がっているのが見える。あまりにも勢いよく扉を蹴ったがために生じた煙だろうか。
「み、皆さんご無事ですか!」
小悪魔さんが、息を切らしてリビングスペースに駆け込んできた。その手には、お盆が握られ、ついさっき入れられたであろう紅茶が人数分用意されていた。
「お、落ち着いてください。ぼく達は無事です」
息を切らす小悪魔さんに声をかける。
「そ、それならよかったのですが……」
と、小悪魔さんが息を整えながら、何とか声を絞り出す。慌てて走って来たせいで乱れたであろう髪の毛を整えると、小悪魔さんは運んできたティーカップを一つ手に取ると、一気に飲み干した。
「そういえば、パチュリー様はどちらへ?お姿が見えませんが……」
「パチュリーさんなら、“ネズミを懲らしめる“と言って、奥の方へ行きましたが……」
そう返した。すると、小悪魔さんが、また焦った表情を見せた。
「た、大変、急いで止めないと!」
持っていたティーカップを乱暴に机の上に置くと、パチュリーさんが向かった方向へ駆けて行った。
「な、何が起こっているの?」
残された真宵ちゃんが、不安そうな声を上げてこちらに近寄ってきた。
「分からない。ただ、大変なことになっているのは確かだ」
どこかからか、言い争う声が聞こえる。恐らくパチュリーさんと“ネズミ”だろう。
今、ここで何が起こっているか、完全には把握できないが、強盗が入って来たということは察しが付く。真宵ちゃんには分からない、と嘘をついてしまったが、素直に強盗が入ってきたかもしれないとうっかり口にしてしまえば、真宵ちゃんを不安がらせるだけだと思い、敢えて口にはしなかった。“嘘も方便”と言うやつだ。
「どうするの、なるほどくん……」
「危険な状況であることは間違いないと思う。とりあえずはここで待機しておこう」
不安がる真宵ちゃんを一度椅子に座らせて、もう一度奥の方を見る。
先ほどまで昇っていた煙はどうやら晴れたようだ。しかし、言い争う声はいまだに絶えない。それどころか、どんどん激しくなっているようにも感じられた。
「なにが起こっているんだ?」
為す術がないぼくは、そう言葉にするのが精いっぱいだった。
あけましておめでとうございます、タイホ君です。
今年もどうぞよろしくお願いいたします。
それだけです。
次の投稿は1月25日になります。
では。