【同日 午後11時25分 裁判所 被告人第2控室】
「この度は本当に、本当にありがとうございました。感謝してもしきれません」
閉廷後、控室に戻って来るなり、咲夜さんは深々と頭を下げた。ピッタリ四十五度だ。
「……そして、隠し事をしてしまったこと、深くお詫び申し上げます。私の勝手な一存で、成歩堂様に迷惑をかけてしまい、反省しております」
お辞儀の姿勢はそのままに、今度は角度を九十度に曲げた。三つ編みにした髪が、わずかに揺れる。
「そ、そんなに謝らなくて大丈夫です。結果として無罪判決を勝ち取ることが出来たので、問題ありません。ほら、“終わりよければすべてよし”ってやつです」
なるべく、優しめに声をかける。なんとなくだけれど、彼女は自分の失敗を、過剰に反省するタイプのように見て取れる。ここで、少しでも励ましておかないと、なんとなく気まずい。
「そう言っていただけると、幸いです」
咲夜さんそう言って、頭を上げ、にこりと微笑む。が、笑顔にまだ光が感じられない。やはり、まだ“彼女”のことが気になるのだろうか……。
「……やっぱり、お嬢様のことが引っ掛かって?」
「……はい」
わずかに視線をそらして頷く咲夜さんの目には、不安の色が見て取れる。彼女には、紅魔館の出来事は伝えていない。精神的に彼女をさらに追い詰めるのを危惧したからだ。
そこまでは良かったのだが、裁判が始まる直前、レミリアさんが咲夜さんと面会してしまった。
それ自体は悪いことではないが、面会中一言もしゃべらないレミリアさんの姿を見て、咲夜さんもなんとなく察したのだろう。一回目の裁判の後の面会では何ともなさそうだったのに、二回目の裁判の開廷前のときには、顔色が優れていないことがそれを示している。
「……先の事件の犯人のことが、私の中で渦巻いているのです。吸血鬼と人間、彼らは、一時的ではありましたが、共に同じ時間を過ごしていました。けれど、彼らの関係は破綻してしまっている。私は、そんな二人に、自分とお嬢様のことを重ねあわせて見てしまうのです。違う種族同士の共存は、やはり不可能なのか……そう、考えてしまうのです」
「彼らの関係は破綻してしまっていた……確かにそうかもしれません。でも、その関係は完全には壊れていなかったはずです」
「そ、そうなのですか……? なにか証拠があるのでしょうか」
「ええ。この証拠品が、それを教えてくれます」
―つきつける― 桜と茶太郎の関係が壊れていなかったことを示す証拠をつきつけろ!
【法廷記録】
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・弁護士バッジ【つきつける】
これがないと、
誰もぼくを弁護士として
みとめてくれない。
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・八ッ時茶太郎の解剖記録【つきつける】
・被害者 八ッ時茶太郎
・死因 心臓をナイフで一突きにされたことによる失血死。
・追記 ナイフの刺さりが甘かったことが再解剖で判明。よって、被害者は刺されてから数十秒の間生きていた可能性を認める。
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・現場上面図【つきつける】
現場の上面を記した図。
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・凶器のナイフの情報【つきつける】
1科学調査の結果
・柄の部分に被告人の順手の指紋を検出。それ以外の指紋は検出されず。
・刃先の部分に、被害者の血液を検出。それ以外の血液は検出されず。
2その他の情報
凶器のナイフは、柄の部分と刃の部分が取り外せる仕様となっている。
また、柄の部分はプラスチック製、刃の部分は鉄製であることが判明済み。
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・コルクボード【つきつける】
被害者の自室から発見されたもの。
咲夜の写真ばかりが貼られている。
すべての写真がカメラ目線になっている。
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・文々。新聞【つきつける】
4月9日づけの夕刊。
一面トップには爆破事件について書かれている。
※詳細
4月8日午後十一時五十分ごろ、霧の湖で謎の爆発が発生。
妖怪一名が負傷。
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・現場の土間について【つきつける】
現場の土間は、かなり柔らかく、軽い人がのっただけでも痕が残る。
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・黄ばんだ写真【つきつける】
茶太郎の自室に置かれていた黄ばんだ写真。
茶太郎の見た目が若いのに対し、
桜の見た目には変化がない。
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・カメラの記憶【つきつける】
朝霧が念写したカメラの記憶。
いっぷく堂開店当時の茶太郎と桜の姿が写っている。
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──────────────────
・鉄製ナイフの刃【つきつける】
鍛冶屋・一徹で売られている洋物ナイフの刃。
グリップと刃が取り外せるようになっている。
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・銀製のナイフの刃【つきつける】
咲夜が普段使っているナイフの刃。
幻想郷では貴重な銀が使われている。
鉄製ナイフの刃と同じ形をしている。
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・グリップ【つきつける】
咲夜が普段使っているナイフのグリップ。
投げナイフ用で少し特殊な形をしている。
刃の差込口が洋物ナイフのグリップと同じ形になっている。
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──────────────────
・ナイフ【つきつける】
鍛冶屋一徹でもらったもの。
鍛冶屋で保管されていたグリップと
ナイフの刃が組み合わさってできている。
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・ペアネックレスのかたわれ【つきつける】
鍛冶屋・一徹に落ちていたネックレス。
形から察するに恐らくペアネックレスと思われる。
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──────────────────
・紅魔館の防犯写真【つきつける】
紅魔館の魔法防犯システムが撮影した写真。
桜と思しき人物が写っている。
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《人物ファイル》
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・綾里真宵(19)【つきつける】
ぼくの助手。
倉院流霊媒道の使い手。今もなお修行中。
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・博麗霊夢(16)【つきつける】
博麗神社の巫女。
ぼくに幻想郷のことについて教えてくれた。
──────────────────
──────────────────
・八雲紫(??)【つきつける】
ぼくを幻想郷に連れてきた謎の妖怪。
スキマ、というワープホールを使うことができる。
──────────────────
──────────────────
・四季映姫(??)【つきつける】
幻想郷の裁判長。紫さんの挑発に乗って検事になった。
色々とフクザツな事情を抱えていそうだ。
──────────────────
──────────────────
・小野塚小町(??)【つきつける】
法廷係官。
サボり癖がひどく四季検事にいつも怒られている。
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──────────────────
・十六夜咲夜(16)【つきつける】
今回の事件の被告人。
紅魔館というお屋敷に務めるメイドで、
時を止めることができる。
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──────────────────
・八ッ時茶太郎(51)【つきつける】
今回の事件の被害者。
お茶屋『いっぷく堂』の店主。
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──────────────────
・河城にとり(??)【つきつける】
刑事兼エンジニアの河童。
機会を見つけては機械をいじくろうとする。
──────────────────
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・大妖精(??)【つきつける】
名前の通り妖精。
事件当夜、友達と人里に
遊びに来ていたらしい。
──────────────────
──────────────────
・レミリア・スカーレット(500)【つきつける】
紅魔館の当主。
咲夜さんのことを裏切り者だと話しているが‥‥?
──────────────────
──────────────────
・パチュリー・ノーレッジ(??)【つきつける】
紅魔館内の大図書館の管理人。
病弱体質、喘息もち。
──────────────────
──────────────────
・小悪魔(??)【つきつける】
大図書館の司書さん。
本名は不明。
──────────────────
──────────────────
・森近霖之助(??)【つきつける】
香霖堂店主。
人柄は良さそうだが、
商人にはあまり向いていなさそう。
──────────────────
──────────────────
・稲葉てゐ(??)【つきつける】
ウサギの耳が生えた妖怪。
いたずらっ子のようだ。
──────────────────
──────────────────
・餅田桜(??)【つきつける】
いっぷく堂の店員。
仲が良いという咲夜さんとは真逆の性格の持ち主。
被害者に恨みを持っている‥‥?
──────────────────
──────────────────
・朝霧純人(??)【つきつける】
河城さんの上司。階級は警部。
事あるごとに『幻想』という単語を使う。
──────────────────
──────────────────
・多々良一徹(??)【つきつける】
鍛冶屋『一徹』の店主。
被害者とは昔からの知り合いだったらしい。
常にお酒の匂いをプンプンさせている。
──────────────────
「これが、二人の関係が壊れていなかったことを教えてくれています」
「……? も、申し訳ございません、成歩堂様、私には少し理解ができません……」
「え、あれ、そうですか?」
あ、間違えたかも……。
「な、なんにせよ、二人は事件が起きるその時まで、共に過ごしていました。関係が壊れていたとは言えないでしょう」
「……確かにそのようです。しかし、せめて、話し合う猶予はなかったのでしょうか?」
「……それが、この事件の悲しいところです。茶太郎さんは、殺害される直前、抵抗するそぶりを見せていませんでした」
「朝霧様の記憶写真のことですね」
「ええ。……これは、ぼくの推測にすぎませんが。恐らく、茶太郎さんは自ら殺される道を選んだと思うのです。“桜さんにつらい思いをさせた自分は、殺されても仕方がない“。彼は、死の間際にそう思ってしまった、だから抵抗しなかったのでは、と思います」
「そ、そんなことが……」
「あくまでも推測ですが。ただ、もしこれが事実だとするならば、ぼくはこの考えは間違っていると思います。結果的に、桜さんは殺人の罪で捕まってしまいました。もし、もう一度彼女と向き合っていれば……こんな結果にはならなかったと思います」
「…………」
咲夜さんが俯いた。わずかにのぞく顔からは、深刻な表情が見て取れる。
「……だからこそ、咲夜さん。あなたは、もう一度レミリアさんと向き合ってください。きっと、話し合えばわかるはずです。それに彼女はあなたのことを……」
「弁護士さん、ちょっといいかい?」
ぼくが話していると、小町さんの声が聞こえた。
「あんたの依頼人と面会したいって奴がいてさ。今時間あるかい?」
「え、ええ。まあ」
「そうか、よかったよかった。それじゃあ後は頼んだぞ」
手をひらひらとさせて、小町さんは部屋を後にする。取り残された、面会人は、やや恐縮しながら、おずおずと姿を現した。
「……お嬢様!」
特徴的な黒い翼が扉から覗いた瞬間、まだ顔すら見えていないのに、咲夜さんが面会人をレミリアさんだと言い当てた。思いがけない人物の登場に、彼女は狼狽してしまっている。
レミリアさんは、怖々とした様子のまま、少しずつ、扉の陰から姿を出した。
そして、意を決したのか、突然扉の陰からバッと飛び出したかと思うと、咲夜さんの前まで走って来て、
「ごめん、なさい」
と、小さく言った。
しばしの間、気まずい沈黙が流れる。そんな中、咲夜さんが口を開く。
「……お嬢様が謝られる必要はございません。全ては、私の不手際で起こった出来事。むしろ謝るべきなのは私なのです」
咲夜さんがレミリアさんの視線よりも低くなるように、膝をつく。そして、そのまま頭を下げた。
「お騒がせしてしまい、誠に申し訳ありませんでした」
レミリアさんは、謝罪の言葉を述べる咲夜さんの頭を見つめる。
「……顔を上げて、咲夜」
その言葉に反応し、咲夜さんがゆっくりと顔を上げる。
「繰り返すことになるけど、ごめんなさい。私が謝るべきなの」
咲夜さんの目をじっと見て話す。決意を固めた、強い眼差しで。
「昨日の晩、あなたが殺人で捕まったと聞いて、私は意味もなく憤慨してしまった。良く考えもせず、ただ自分の身勝手な思いだけで。けれども、そこの弁護士さんに諭されて思い出したわ。あなたは、私の顔に泥を塗るような子ではないと。私が外出のたびに、人間達から避けられても、咲夜だけはずっと側にいてくれた。それどころか、励ましの言葉さえかけてくれた。使用人としてではなく、一人の家族として接してくれていたと。
……それを思い出したら、あなたを信じなきゃって思った。私に出来ることをしなきゃ、って思えた。
留置所では、嫌な思いをさせたわね。私になりに、言葉をかけようと思ったのだけれど、上手く言葉が出くて、最後にやっと一言、出せたかどうかも分からないくらいの声しか出せなかった。そのことをがずっと気になっていて、今、こうして謝りにきたの。……ごめんなさい、何もできないで……主として失格ね」
レミリアさんの話を、咲夜さんは俯いたまま、黙って聞いていた。が、彼女が話し終わるや否や、顔を上げた。
「……お言葉ですが。お嬢様のお話には、一つ決定的な“ムジュン”があるかと」
「ムジュン?」
「お嬢様が何もできなかった……それは違います。裁判の最中、有罪判決が下る直前に、状況を逆転させる証拠品を持ってきてくださったのは、お嬢様に他なりません。あの証拠品が無ければ、私は、今頃檻の中でしょう。どうか、自信を持ってください、お嬢様は、
私のことを救ってくださいました。何もできなかったわけではありません」
レミリアさんに負けないぐらいの真剣な眼差しで、咲夜さんが言った。
「……そう言ってくれると、気が楽になるわ」
レミリアさんが、咲夜さんに向かって、ゆっくりと手を差し伸べた。顔が少しはにかんでいる。
「……私たちは、違う種族同士だわ。だから、この先もまた迷惑をかけるかもしれないわ。
……それを承知の上の話になるけれど……もう一度、私の側で、メイドとして……いえ、家族として暮らしてくれるかしら?」
咲夜さんのことを一瞬でも信じることが出来なかった、罪悪感のせいか、はたまた、こんな状況でも、真摯に接してくれる、咲夜さんの姿を見て、思わず涙が出そうになるのをこらえているのだろうか、レミリアさんの手は、小刻みに震えている。
そんな手を、咲夜さんは両手で優しく包んだ。
「謹んで、お受けいたします。お嬢様……いいえ、レミリア様」
「……ありがとう。咲夜」
二人は、しばらくの間、手を握ったまま、動かなかった。沈黙が再び流れる。でも、それは、先程までのギクシャクとした雰囲気とは違い、温かい静寂だと思えた。
「レミィ、もう大丈夫かしら」
また、扉の方から声が聞こえた。見ると、図書館で出会った二人がいる。
「パチェ……」
「その分だと、仲直りできたようね。ほら、そろそろ帰りましょう。私たちの紅魔館へ」
「……そうね。行きましょう。咲夜」
レミリアさんは、咲夜さんの手を取ったまま二人の方へ向かう。が、途中で振り返ると、ぼくに向かって一礼した。
「今回は、色々と助けてもらったわ。ありがとう、弁護士さん。咲夜を救ってくれて。御恩は忘れないわ。また、紅魔館に遊びに来て頂戴ね。いつでも歓迎するわ」
頭を上げると、レミリアさんはそのまま部屋を立ち去る。
「帰ったら、咲夜の無罪判決祝いね」
パチュリーさんが言った。
「そうね」
レミリアさんは、その言葉に賛同すると、廊下の窓から外を見つめる。
「こんなに月も綺麗だし、楽しい夜になりそうね」
外からの光に照らされるレミリアさんの顔は、月の光のように明るく、輝いていた。
ぼくはそう言って、法廷記録から二つの証拠品を取り出した。
「それは……ネックレスに、写真ですか?」
「ええ。この二つの証拠品は、茶太郎さんと桜さんの“思い出の品”です。茶太郎さんは、この写真を自分の部屋に飾っていました。それも、写真が日焼けして黄ばんでしまうほどに」
この写真は、朝霧さんからもらったものなので、黄ばんではいないが、まったく同じ写真が被害者の自室に飾ってあったのをぼくは見ていた。
「そして、こっちのネックレスも同様です。もし、桜さんが茶太郎さんのことを心から恨んでいなければ、このネックレスは今頃処分されているでしょう。二人が、互いのことをまだ思っていた証拠だと思います」
「……確かにそのようです。しかし、せめて、話し合う猶予はなかったのでしょうか?」
「……それが、この事件の悲しいところです。茶太郎さんは、殺害される直前、抵抗するそぶりを見せていませんでした」
「朝霧様の記憶写真のことですね」
「ええ。……これは、ぼくの推測にすぎませんが。恐らく、茶太郎さんは自ら殺される道を選んだと思うのです。“桜さんにつらい思いをさせた自分は、殺されても仕方がない“。彼は、死の間際にそう思ってしまった、だから抵抗しなかったのでは、と思います」
「そ、そんなことが……」
「あくまでも推測ですが。ただ、もしこれが事実だとするならば、ぼくはこの考えは間違っていると思います。結果的に、桜さんは殺人の罪で捕まってしまいました。もし、もう一度彼女と向き合っていれば……こんな結果にはならなかったと思います」
「…………」
咲夜さんが俯いた。わずかにのぞく顔からは、深刻な表情が見て取れる。
「……だからこそ、咲夜さん。あなたは、もう一度レミリアさんと向き合ってください。きっと、話し合えばわかるはずです。それに彼女はあなたのことを……」
「弁護士さん、ちょっといいかい?」
ぼくが話していると、小町さんの声が聞こえた。
「あんたの依頼人と面会したいって奴がいてさ。今時間あるかい?」
「え、ええ。まあ」
「そうか、よかったよかった。それじゃあ後は頼んだぞ」
手をひらひらとさせて、小町さんは部屋を後にする。取り残された、面会人は、やや恐縮しながら、おずおずと姿を現した。
「……お嬢様!」
特徴的な黒い翼が扉から覗いた瞬間、まだ顔すら見えていないのに、咲夜さんが面会人をレミリアさんだと言い当てた。思いがけない人物の登場に、彼女は狼狽してしまっている。
レミリアさんは、怖々とした様子のまま、少しずつ、扉の陰から姿を出した。
そして、意を決したのか、突然扉の陰からバッと飛び出したかと思うと、咲夜さんの前まで走って来て、
「ごめん、なさい」
と、小さく言った。
しばしの間、気まずい沈黙が流れる。そんな中、咲夜さんが口を開く。
「……お嬢様が謝られる必要はございません。全ては、私の不手際で起こった出来事。むしろ謝るべきなのは私なのです」
咲夜さんがレミリアさんの視線よりも低くなるように、膝をつく。そして、そのまま頭を下げた。
「お騒がせしてしまい、誠に申し訳ありませんでした」
レミリアさんは、謝罪の言葉を述べる咲夜さんの頭を見つめる。
「……顔を上げて、咲夜」
その言葉に反応し、咲夜さんがゆっくりと顔を上げる。
「繰り返すことになるけど、ごめんなさい。私が謝るべきなの」
咲夜さんの目をじっと見て話す。決意を固めた、強い眼差しで。
「昨日の晩、あなたが殺人で捕まったと聞いて、私は意味もなく憤慨してしまった。良く考えもせず、ただ自分の身勝手な思いだけで。けれども、そこの弁護士さんに諭されて思い出したわ。あなたは、私の顔に泥を塗るような子ではないと。私が外出のたびに、人間達から避けられても、咲夜だけはずっと側にいてくれた。それどころか、励ましの言葉さえかけてくれた。使用人としてではなく、一人の家族として接してくれていたと。
……それを思い出したら、あなたを信じなきゃって思った。私に出来ることをしなきゃ、って思えた。
留置所では、嫌な思いをさせたわね。私になりに、言葉をかけようと思ったのだけれど、上手く言葉が出くて、最後にやっと一言、出せたかどうかも分からないくらいの声しか出せなかった。そのことをがずっと気になっていて、今、こうして謝りにきたの。……ごめんなさい、何もできないで……主として失格ね」
レミリアさんの話を、咲夜さんは俯いたまま、黙って聞いていた。が、彼女が話し終わるや否や、顔を上げた。
「……お言葉ですが。お嬢様のお話には、一つ決定的な“ムジュン”があるかと」
「ムジュン?」
「お嬢様が何もできなかった……それは違います。裁判の最中、有罪判決が下る直前に、状況を逆転させる証拠品を持ってきてくださったのは、お嬢様に他なりません。あの証拠品が無ければ、私は、今頃檻の中でしょう。どうか、自信を持ってください、お嬢様は、
私のことを救ってくださいました。何もできなかったわけではありません」
レミリアさんに負けないぐらいの真剣な眼差しで、咲夜さんが言った。
「……そう言ってくれると、気が楽になるわ」
レミリアさんが、咲夜さんに向かって、ゆっくりと手を差し伸べた。顔が少しはにかんでいる。
「……私たちは、違う種族同士だわ。だから、この先もまた迷惑をかけるかもしれないわ。
……それを承知の上の話になるけれど……もう一度、私の側で、メイドとして……いえ、家族として暮らしてくれるかしら?」
咲夜さんのことを一瞬でも信じることが出来なかった、罪悪感のせいか、はたまた、こんな状況でも、真摯に接してくれる、咲夜さんの姿を見て、思わず涙が出そうになるのをこらえているのだろうか、レミリアさんの手は、小刻みに震えている。
そんな手を、咲夜さんは両手で優しく包んだ。
「謹んで、お受けいたします。お嬢様……いいえ、レミリア様」
「……ありがとう。咲夜」
二人は、しばらくの間、手を握ったまま、動かなかった。沈黙が再び流れる。でも、それは、先程までのギクシャクとした雰囲気とは違い、温かい静寂だと思えた。
「レミィ、もう大丈夫かしら」
また、扉の方から声が聞こえた。見ると、図書館で出会った二人がいる。
「パチェ……」
「その分だと、仲直りできたようね。ほら、そろそろ帰りましょう。私たちの紅魔館へ」
「……そうね。行きましょう。咲夜」
レミリアさんは、咲夜さんの手を取ったまま二人の方へ向かう。が、途中で振り返ると、ぼくに向かって一礼した。
「今回は、色々と助けてもらったわ。ありがとう、弁護士さん。咲夜を救ってくれて。御恩は忘れないわ。また、紅魔館に遊びに来て頂戴ね。いつでも歓迎するわ」
頭を上げると、レミリアさんはそのまま部屋を立ち去る。
「帰ったら、咲夜の無罪判決祝いね」
パチュリーさんが言った。
「そうね」
レミリアさんは、その言葉に賛同すると、廊下の窓から外を見つめる。
「こんなに月も綺麗だし、楽しい夜になりそうね」
外からの光に照らされるレミリアさんの顔は、月の光のように明るく、輝いていた。
以下、作者後書き
どうも、タイホくんです。
「閉廷後 その1」をお届けしました。
比較的、もの悲しいお話の今回ですが、いかがでしたでしょうか。
救いのないお話になってしまった気がして、少しやりすぎた気がします。
証拠品つきつけのあたりが、少々蛇足気味なように感じましたが……まあ、ここまで来たら、徹底的に救いのないお話にしようと思った結果です。はい。
さて、次回分の「閉廷後 その2」で二話は本当に完結いたします。
次回は、三話以降に向けてのお話し(と言っても、たかが知れてますが)を書いて、終わり、となっています。
最後の最後に、ちょっとしたサプライズ的なものが待っているのでお楽しみに。
では。