逆転裁判 ~東方法闘録〜   作:タイホくん

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探偵1日目 その3

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 【同日 午前9時37分 被害者の自宅前】

 今回の事件の舞台となった宴会場は、被害者の自宅でもあったそうだ。

 紫さんからもらった地図を頼りに、ぼくたちは人里を抜け、うっそうとした森の中を三十分少々歩いた。まだ被害者の自宅にはつかない。

 

 幻想郷に来てから、随分と歩かされている気がする。外の世界なんかだったら、現場には電車やバス、懐に余裕のある時はタクシーなんかを使ったり……いや、いつもうちの家計は火の車だったか。まあ、ともかく、外の世界には便利な乗り物があったが、この世界にはそんなものはない。カゴ屋の類は、人里を歩いているときに見かけはしたものの、昨日、魔女の子からもらったお金しか懐にないぼく達には高すぎる料金だったので、諦めて徒歩で行くことにした。

 

 ……そういえば、昨日の分の裁判の依頼料をもらっていないような気が……支払い請求、どこにしたらいいのかしらん。紅魔館? それとも紫さん? まあ、この世界のお金をもらったところで、外の世界に戻ったら使い物にならなくなってしまうし、もらったところでどうしようもない気はするが……。

 

 などと、くだらないことを考えているうちに、辺りがほんの少し明るくなった気がした。顔を上げると、先程までうっそうと生えていた木々がなくなり、開けた場所に出ていた。

 「あ、着いたみたいだよ、なるほどくん」

 真宵ちゃんが、指を指した先には小さないわゆる“庵”と呼ぶような小さな建物が経っていた。建物の周りは、雑に木の板を張り合わせた塀で囲われている。

 

 藁葺の屋根の庵は、木々の隙間を縫って降り注ぐ日の光に照らされて、どこか神々しい感じの雰囲気を放っている。建物を建てるときに、周囲の木を伐採した影響でこんなふうになったのだろうか。

 

 「こんな森深くで宴会をするなんて……どうせだったら、もっと人里に近いところですればいいのにね」

 真宵ちゃんがぽつりとつぶやく。

 「人里から離れていないと、騒音がひどいって、苦情が来るんじゃないか? ほら、アルコールが入ったら騒ぐやつとかいるだろう?」

 「ああ、ヤッパリさんとかそういうタイプだよね」

 ヤッパリ……か。あいつ、今頃何してるのかな……。

 

 「……あれ。あそこの角、誰かいるよ」

 再び真宵ちゃんが指をさす。その先を見ると、塀のそばで丸まっている人影が見える。

 あの全体的に青っぽい恰好は……にとりさんだな。

 

 にとりさんは地べたに正座しながら、昨日の法廷で出していたあのオウムのロボットに何やらいろいろと細工をしている。その表情はどこかおぼろ気で生気を感じられない。

 

 「大丈夫かな、にとりさん」

 「……さあ。どうだろう。関わったら面倒そうだ、ってことだけは確かだな」

 などと二人で話していると、突然、にとりさんがぐるりと、こちらのほうを向いた。

 そうするや否や、今度はオウムロボットを抱えたままこちらへずかずかと歩いてくる。

 

 「べ、べんごじざんんんん~!」

 ぼくたちのもとへたどり着いたにとりさんは、顔をシワシワにすると、今度は泣き出した。

 「聞いてくれよ~! 四季検事がさあ! 昨日の裁判に負けて機嫌が悪いからって、私たちに当たってくるんだよぉ!」

 おいおいと、人目もはばからず泣きじゃくるにとりさん。見かねた真宵ちゃんが、背中の方に回ると「どうどう」と言いながら背中をさする。

 

 「隙あらば、説教してきて……なんだよ、なんなんだよ、なんだってんだよ~!」

 「お、落ち着いてください! 愚痴なら好きなだけ聞きますから!」

 見ていてあまりにも不憫だったので、思わずそう言ってしまった。

 「ほ、本当に?」

 「え、ええ。好きなだけどうぞ」

  

 なんだか面倒なことになりそうだが、思わず彼女の勢いにつられてそう言ってしまった。

 それを聞いたにとりさんは、「ありがどうぅぅぅ~!」とまた泣き叫ぶと、そのままおいおいと声を上げる。……この人、素面だよな?

 

 五分少々おいおいと泣いていたにとりさん。その間ぼくと真宵ちゃんは、泣きじゃくるにとりさんを必死にフォローする。やがて泣きつかれたのか、はたまた愚痴を吐き出し切ったのか、少しずつ彼女の呼吸が落ち着いてきた。

 

 それからしばらくして、にとりさんは赤くなった鼻をすすると、頬を両手でパンと叩く。それが気持ちを入れ替えるスイッチになったのか、すっきりとした顔になると、立ち上がった。

 

 「……いやぁ、お見苦しいとこをお見せしたね。ありがとう、こんな出会って間もない一河童の愚痴を聞いてくれて」

 「い、いえ、お気になさらずに」

 ……正直、あの状況で放っておけと言うほうが難しい。

 にとりさんは、ロボットのオウムを背中に背負ったリュックにしまう。そういえば、泣いている間、ずっと抱えていたけど……涙で壊れていたりしないだろうか。

 

 「さて、昨日の裁判で会って以降、話もしていなかったことだし、改めて自己紹介させてもらうよ」

 にとりさんは、帽子をかぶりなおすとキリリとした目でこちらを見る。

 「私は、河城にとり。刑事兼エンジニアさ。よろしく!」

 屈託のない笑顔でこちらに手を差し伸べてくる。

 

 「弁護士の成歩堂龍一です。改めてよろしくお願いします」

 差し出された手を握る。

 「私は、綾里真宵って言います! よろしくお願いします!」

 「成歩堂さんに、真宵ちゃんだね。がってん、ばっちり覚えたよ!」

 にとりさんは白い歯を見せて笑った。

 

 「それで、やっぱり二人は捜査のためにここに?」

 「ええ、紫さんに依頼されて」

 「ああ、あの人かー、つかみどころのない人だよなー」

 「ええ、まったくです」

 「調査の進捗は?」

 「それが、まだ始めたばかりで全く情報が……」

 「そうか……」

 

 それを聞いて、にとりさんは少し困り顔になり、ポリポリと頭をかく。

 すると今度はあたりをキョロキョロと見回す。誰か周りに人がいないのを確認しているようだ。ひとしきりあたりを見回したにとりさんは、今度は小さくかがむと、小声でしゃべり始める。

 「……少しでよければ、分けてあげようか? 情報」

 「え、いいんですか?」

 「さっき愚痴を聞いてくれたお礼だよ。多少なら、四季検事にも怒られないだろうしさ」

 「……ありがとうございます。是非聞かせてください」

 

 少しでも情報が多い状態で裁判に挑みたいのが本音だ。もらえるものは少しでももらっておこう。真実は意外とそういうところから顔を出す。

 

 「えっと……被害者の情報についてはさすがに知っているよね?」

 「ええ、紫さんから教えてもらいました」

 未だににとりさんはコソコソと小声で話している。相当四季検事に見つかりたくないのだろう。

 「だったら……被害者を死に至らしめた“毒物”についてはどうだい?」

 「毒物……名前ぐらいしか知らない情報ですね」

 「良かった。それなら答えられそうだよ」

 にとりさんはニシシ、と笑うとポケットから四分の一くらいに折り畳まれた紙を取り出す。

 

 「今回の事件で使用された毒物は、“鬼殺の秘薬”っていう、ちょっと特殊な毒なんだ」

 「鬼殺の……ああ、名前で何となく察しがつきます」

 「この毒物は名前の通り“鬼を殺す”毒なんだ。それ以外の種族には一切の反応を示さない」

「一切ですか?」

 「ああ、胃が満杯になるまでたらふく飲んでも死なない。ま、大分えぐみのある味をしているから、たらふく飲む気にすらならないと思うけど」

 「たらふく飲んでも死なないとは……それはまた、随分と限定的な毒ですね」

 「この毒は、鬼の血の濃さに応じて効果が強まるんだ。元鬼族で今は違う種族になっている奴や、遠い先祖のどこかに鬼の血が混ざっている者に対しては、せいぜい腹痛や吐き気を感じる程度ですむんだけど……純度百パーセントの鬼なんかになると、口にしたとたん毒が体中をめぐって、内臓出血を起こしちゃうんだ。おお、想像しただけで身の毛がよだつ……」

 にとりさんはぶるぶると体を震わせる。

 

 「今回の被害者、鬼道酒華は純度百パーセントの鬼だった。この毒を口にした瞬間、即お陀仏ってわけさ」

 特定の種族にのみ作用する毒物か……ひとまず、情報をメモしておいたほうがよさそうだな。

 

―証拠品「鬼殺の秘薬」の情報を法廷記録にファイルした―

 

・鬼殺の秘薬

被害者を死に至らしめた毒物。鬼族の血の濃さに応じて毒性が変化する。

鬼族以外の種族には一切反応を示さない。えぐみのある味をしているらしい。

 

 「他に教えられる情報と言えば……。ああ、これは弁護側には不利になる情報だな……」

 リュックからファイルを取り出し、ページを何枚かめくったにとりさんは渋い顔をした。

 「不利になるような情報でも構いません。教えてください」

 ぼくの言葉を意外に思ったのか、にとりさんは一瞬目を丸くしたが、すぐに「分かった、教えてあげるよ」というと、該当のページを開いた。

 

「実は今回の事件なんだけど……毒物が“被害者の体内”からしか発見されなかったんだ」

 「被害者の体内のみ……妙ですね」

 「そうなんだよ。被害者の席にあったお猪口からはおろか、他のどんな場所からも検出されることはなかったんだ」

 「誰かが洗い流しちゃった、とかはあり得ないんですか?」

 「いや。鬼殺の秘薬は、洗い流しても“河童の技術力”を用いれば検出できるんだ。それはないよ」

 にとりさんは“河童の技術力”の部分だけ語気を強めてしゃべる。

 「さらに言うと、毒物の入っていた容器もどこからも見つからなかった」

 「なるほど……」

 「検察側の主張は、毒物はどこからも検出されず、かつ毒物の入っていた容器もない。つまり、犯行を行えたのは、毒を操る程度の能力を持つ被告人以外にありえない、としているみたいだね」

 「なるほど。……一つ思ったのですが、どのようにして被告人は被害者に毒を盛ったのでしょう」

 「ああ、それは簡単さ。被害者に直接触るだけでいい」

 「ちょ、直接?」

 「自分の体……手のひらなんかに毒を生成し、そのまま被害者の体に触れる。そうすれば、皮膚から直接体に毒が注入される、ってわけさ。偶然にも、被害者は事件当時、露出度の高い服を着ていた。服のある部分を狙えば、当然そこから毒物が検出されてしまうから、皮膚が出ている部分に直接触れたと考えられるよ」

 ……そういえば、留置所で真宵ちゃんがメディスンさんの手に直接触れた時も、毒で手がかぶれていたっけな。それと同じ要領で殺害した、ってことか。

 

 「この情報については、こんなもんかな。……話せる情報はもうこれくらいだ。さすがに、これ以上話すと、四季様に叱られちゃう」

 「いえ、十分です。ご協力ありがとうございました」

 「いえいえ」

 「……しかし、本当に良かったんですか? こんなに話しちゃって」

 「ああ、気にしなくていいよ。愚痴を聞いてもらったお礼さ」

 にとりさんはぼくの方を叩きながら、笑う。

 「それに、私たちはもう盟友なんだ。水臭いこと言わないでくれよ」

 「め、盟友ですか」

 「そ。めーゆー」

 口を大げさに動かすにとりさん。

 

 「あ。さては四季検事が怖いんだな? 安心しなって、今はあの人ここにはいないし!」

 「な、ならいいんですが……」

 「鬼の居ぬ間に洗濯ならぬ、鬼の居ぬまに情報共有ってね! はっはっは!」

 にとりさんは腰に手を当て、ガハハと笑う。

 「なるほど。……ところで、その鬼さんがあなたの後ろにいるようですが」

 

 「……ひゅい?」

 ぼくがそう言うと、にとりさんの顔は彼女の服のように青ざめた。

 ワナワナと体を軋ませながら、にとりさんはゆっくりと後ろを振り返る。

 そこには、ニッコリと笑顔を浮かべた四季検事。でも、背後から、般若のオーラが感じ取れる。まさに、鬼だ。

 

 「もうすぐ裁判の時間だと伝えに来てみれば……。河城さん。何の居ぬまに情報共有、ですって?」

 「あ、いやあ。それは……」

 視線を四季検事に合わせまいと、にとりさんは目をそらす。

 

 「……そこになおりなさい」

 「は、ははははい!」

 四季検事が声色を低くし、それに応じて、にとりさんは高い悲鳴を上げる。

 ああ、あわれ、にとりさん。と、ぼくは思った。

 

 「……と、普段なら言うところですが」

 ところがどっこい、四季検事はその場にいた皆の予想を百八十度裏切る言葉を発した。

 「ひゅ、ひゅい?」

 お説教されると身構えていたにとりさんの裏返った声がする。

 

 「……確かに、少々いらだって、周りに当たっていたのは事実です。今回は私に非があるでしょう」

 四季検事は、ばつが悪そうな顔をした。

 「じゃ、じゃあ、怒っていないんですか?」

 にとりさんがすがるように、四季検事のほうを見た。

 

 「……ええ。怒っていません。私が悪かったです。辛い思いをさせましたね。ごめんなさい」

 四季検事は、素直に頭を下げた。

 「これ、もしよければ、お詫びの品です」

 かなりしおらしい態度になってしまった四季検事は、持っていたカバンを漁ると、中から緑色をした細い物体を取り出す。きゅうりだ。

 「きゅ、きゅうり! いいんですか?」

 「ええ、どうぞ」

 「やったー!」

 

 おもちゃを買い与えられた子供のように、にとりさんははしゃぎまわる。

 「いやーよかった。ほんと、ごめんなさいね? 鬼なんて言っちゃって」

 「ええ、構いません。そこについては怒っていません。そ・こ・に・つ・い・て・は、ね?」

 「そ、そこについては……?」

 すっかり調子を取り戻して、キュウリをポリポリとかじっていたにとりさんの顔色が変わった。

 

 「河城さん、あなた、私に許可も無く、この弁護士に情報を流しましたね?」

 「そ、そそそそれは……」

 「鬼の居ぬ間に情報共有、でしたっけ? 随分と勝手な真似をしてくれましたね?」

 「あ、あわわわわわわわ……」

 

 四季検事は先ほどのしおらしい態度をどこかへひっこめ、再び声色を低くする。

 「……ここでのあなたの仕事は、これで終わりです。先に署へ戻っていてください。その後は……分かっていますよね?」

 怒りが混ざった笑みを四季検事は浮かべる。

 それを見てにとりさんは子犬のように、ガタガタと震える。

 「ひゅ、ひゅひゅひゅ……ひゅいいいっ!」

 四季検事の笑顔に耐えきれなくなったのか、にとりさんはたまらず逃げ出してしまった。

 ……かわいそうなにとりさん。

 

 一目散に逃げだすにとりさんを見て、四季検事はため息をつく。

 「まったく、あの子は……。まあ、彼女に渡した情報は大したものではない。お説教は軽めにしておいてあげましょう。悔悟の棒も使わないでおいてあげますか」

 四季検事は、手に持った悔悟の棒と呼ばれた板を頭にぺちぺちと当てると、眉間にしわを寄せた。

 

 「それで。あなたがここにいるということは……やはり、今回の事件を担当するのですね?」

 四季検事は、今度はこちらに鋭い目線を向ける。……怖い。

 「え、ええ。一応そうです」

 なるべく視線を合わせたくないと思ったぼくは目をそらす。

 「ほう。なるほど。……まさか、こんなに早く再戦の時が訪れるとは……嬉しいのか、悲しいのか」

 四季検事は、こちらを向き直ると、手にした悔悟の棒をこちらに向ける。

 

 「成歩堂弁護士。今回は、以前のようにはいきません。覚悟しておくことですね」

 四季検事は、そう言ってその場を立ち去った。

 

 「……幻想郷の人って、皆やっぱり嵐みたいな人だね、なるほどくん」

 「……そうだね」

 隅に隠れていた真宵ちゃんの意見に、ぼくは思わず賛同したのであった。

 

   

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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