【同日 午前10時17分 被害者の自宅】
被害者の自宅は畳二十畳ほどの部屋が一間あるだけの作りになっており、あとはその奥に、台所があるのと、明かりをとるための障子が何枚かある程度の簡素な作りだった。
「いやあ、見事に散らかっているね」
「いくら現場保存のためとはいえ……こうもまるっきり放置されると、足を踏み入れづらいな」
現場は、事件が起こった直後の状態で放置……いや、保存されているので、酒瓶や、つまみの料理の類が、そのままにされていた。あたりに散乱した箸や、酒がこぼれてできた畳のシミが妙に生々しい。……真ん中にある刺身の盛り合わせは腐りかけてるな。……ハエがたかっちゃってるよ。
恐らく、土足禁止の部屋だと思われるので、玄関で靴を脱ぎ座敷に上がる。それに伴い、鼻をつく悪臭がより強くなった。……さっさと終わらせて、帰りたい気分だ。
「よし。それじゃあ始めようか」
改めて、あたりをざっと見まわす。座敷の中央あたりには料理が置かれており、それを挟み込むように、座布団が敷いてあった。一列につき五枚。それが二組。つまり、全部で十枚の座布団が敷いてある。名琴さんから教えてもらった宴会の参列者の数と一致する。
「そして、被害者が座っていた席は……ここか」
玄関側の列の左から二番目が被害者の座っていた席だったようだ。彼女が倒れてあった位置に、白いロープが置かれている。
「やっぱりいつ見ても慣れないね、この白いロープ」
「全くだよ」
やや顔を群青色にした真宵ちゃんの意見に賛同する。
頭部があったであろうと推測できる場所には、被害者が吐いたであろう血が、畳に赤黒いシミを作っている。確か、鬼殺の秘薬は摂取すると、内臓出血を起こして死に至るんだったな。その時に吐いてしまった血なのだろう。
ロープのそばには、お猪口と徳利も落ちている。被害者はこれを使っていたのだろうか。
ポケットから白手袋を取り出し、お猪口を少々確認する。
ごく一般的な作りのお猪口には、牡丹と、鶯色の鳥が描かれている。結構小洒落たお猪口だ。
……普通の毒殺事件なら、こいつから毒物が検出されるのが普通なんだろうけど、今回は違う。にとりさんの話が確かなら、毒物は被害者が使っていたであろうこのお猪口からも検出されないことになる。……一体誰がどうやって被害者に毒を盛ったのだろうか。
……ひとまず、情報をメモしておこう。
―証拠品「被害者のお猪口」のデータを法廷記録にファイルした―
・被害者のお猪口
被害者が座っていた席に置かれていた。
牡丹と鶯色の鳥が描かれている。
「……誰ですか。あなたたち!」
被害者のお猪口を調べ終え、それを元の場所に戻した瞬間、背後から声がした。女性の声だ。振り返ると、桃色髪を頭の左右で、お団子状に結んだ女性が立っていた。
右腕全体には包帯がぐるぐるに巻かれている。
「忘れ物を取りに戻ってきてみれば……ここは関係者以外立ち入り禁止のはずです。しかし、見たところあなたたちは関係者ではないように見受けられます。名を名乗りなさい! さもなくば追い出しますよ!」
どことなく四季検事に雰囲気が似た桃色髪の女性は、警戒した身構えでこちらの正体を尋ねてくる。
「えっと、ぼくたちはこの事件で犯人として捕まった人の弁護をしようとしてる者で……」
「弁護、ですか?」
「ええ、そうです」
「弁護……ああ、あのカラス天狗の新聞に書いてありましたね。なるほど、確かに妙な“ギザギザ”頭をしているようです」
ぎ、ギザギザ頭って……随分と好き勝手に書かれているみたいだな。
「ふむ。その特徴的な髪形をしているならば間違いないはなさそうです。確か、お名前は成歩堂、とおっしゃりましたか」
「ええ、その通りです」
……もはや、ぼくはこの世界で自己紹介をする必要はないのかしら。
「分かりました。あの人形の子を弁護するために調査されている、という訳ですね。それなら問題ないでしょう。突然の無礼、失礼いたしました」
桃色髪の女性は、一礼して謝罪する。
「いえ、お気になさらず」
「私は、仙人の茨木華扇(いばらき かせん)と言います。お見知りおきを」
華扇さんは顔を上げると、微笑を浮かべた。
「華扇さんもやはり、この事件の関係者なのですか?」
「ええ、そうなりますね。……偶然にも被害者の隣に座っていましたし」
ふむ。名琴さんが言っていたのはこの人で間違いないようだな。
……そして、本人が話している通り、彼女は事件当時“被害者の隣”に座っていた。
話を聞いておくべき人物だな。
「あの、もし差し支えなければ、お話を聞かせていただいてよろしいでしょうか」
「え、話ですか?」
「何分、情報が少ないもので……」
こちらの依頼を受けた華扇さんは、右手を顎に当て、しばらく考え込む。
おお、肩のほうに至るぐらいに包帯がぐるぐる巻きになっている。過去に相当ひどい怪我をしたのだろうか……。
「ううむ。大した情報ではありませんが……それでも良ければお話ししましょう。取り調べの時に、誰かに情報を流すな、と言われたわけでもありませんし。検事様も特に仰っていませんから、大丈夫でしょう」
華扇さんは快く了解してくれた。
「ありがとうございます!」
「ではまず……宴会の場で何か気になったことはありましたか?」
「気になったことですか……うむむ。いざ言われると思いつかないものですね……。宴会中は、料理を食べるのに夢中になってしまっていたので」
「……はあ」
「いや、お恥ずかしいです。私の好物がたくさん並んでいたものですから、つい食べるのに夢中になってしまって。ほら、皆で集まって食事をするのって楽しいものでしょう?」
「……そうですね」
うーん……被害者の隣に座っていたから、何か重要なものを見ていると思ったのだが……そう上手くもいかないのかな。
「あ、でも一つだけ、何か違和感を覚えたような気が……」
「違和感ですか?」
「ええ。ただ、それが何かまでは、はっきりと……うう、少し羽目を外して飲みすぎたのがたたったようですね……」
華扇さんは頭を両手で抑えて、悩む。
「何かきっかけがあれば思い出せそうなものですが……。……申し訳ないですが、今はどうにも……」
「問題ないです。思い出してからで構わないので」
「面目ないです……」
うむ。この分だと、メディスンさんのことも覚えていなさそうだな。被害者の肌に触れていなかったか、なんて感じのことを聞こうと思ったのだが……情報も得られなさそうだし、やめておくか。
「……あ。そういえば、さっき入り口で会った名琴という人に聞いたのですが」
ここで名琴さんの話を思い出した。確か、華扇さんが宴会中に少し席を立ったという話だったな。何か理由があったのかもしれない。ついでに聞いておこう。
「なんでしょうか?」
「華扇さんが、宴会の途中に一度席を立ったと聞きました」
「席を……ああ、そういえばそんなこともありましたね」
華扇さんは一瞬こちらから目をそらした。尋ねられて困るような質問だったのか? ……少し怪しいな。
「……なぜ、席を立ったのか、差し支えなければ教えていただけますか?」
「そ、それは……」
……明らかに動揺している。何か隠しているに違いない! 華扇さんが、こちらからそらした目が若干泳いでいる。その時だった。
ガコン、と音が鳴るのと同時に、華扇さんのみを残してあたりが真っ暗になる。続けざまに、四方八方からジャラジャラと鎖が伸びてきて、ぼくと華扇さんの間を隔てる。そして、鎖が伸び切ると、おしまいにと言わんばかりに、赤い錠前が二つ取り付けられた。
……サイコ・ロックか。よほど隠し通したいことがあるようだ。
ポケットから勾玉を取り出すと、淡い緑色に光っている。
「……話せないことなんですか?」
華扇さんに問う。
「……いえ。話せないというわけではありません。ただ、少し吐き気がして席を立ったんです。それ以上でもそれ以下でもありません」
華扇さんは、一見素直に答えたように見える。しかし、ロックは解除されない。まだ隠している事実があるようだ。被害者の隣に座っていた人物のロックだ。解除しておくべきだろう。……だけど、今はまだ情報が足りないかもしれない。もう少し情報を集めてから、出直してみるか……。
「……分かりました。聞きたいことは、これで全部です。ありがとうございました」
ひとまず、華扇さんにお礼を言う。
「……いえ、お役に立てたなら何よりです。では私は一旦外に出ていますね」
華扇さんは、話が終わったのを確認すると、自分が宴会中に座っていた所から、四角い木で作られた箱(恐らく升だろう)を回収すると、そそくさと部屋を後にした。
……華扇さんのロック、調査が終わるまでに解除しなければ。
やることが一つ増えたと実感すると、なぜか自然とため息が出てしまった。
どうも、タイホくんです。
今話が今年最後の投稿となります。今年もありがとうございました。
投稿二年目に突入し、多くの方からお気に入り登録や、評価をいただきました。
今年の三月には日刊ランキング13位も達成したりと、嬉しいことがたくさんありました。
相変わらずの亀更新となりますが、来年も読んでくださると幸いです。
余談ですが、pixivの方でもこの作品の投稿を開始しました。あちらでは、こちら側に追いつくまでの間は、一週間おきに投稿していくつもりです。
これで少しでもこの作品を見つけてくださる方が増えるといいのですが…向こうはユーザーの分母が多いみたいなので、少し期待していたりします。
改めて、今年もありがとうございました。よいお年をお迎えください。
次回投稿予定日は、今回のみ特別に一週間後の1月2日とします。
では。