逆転裁判 ~東方法闘録〜   作:タイホくん

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探偵2日目 その6

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 【同日 午後4時57分 たまりば】

 暴走しだした萃香さん達から逃げるようにのんべえを去ったぼく達は、逃げ出した勢いそのままに、今度はたまりばという居酒屋に向かっていた。

 道中、真宵ちゃんの目は、爛々と輝いていた。幻想郷に来て以降、一番の浮かれっぷりだ。スキップしながら、ぼくの手を引いてどこにあるかも分からない目的地に向かって猛進する。

 

 「ちょ、真宵ちゃん! 地図地図! 居酒屋の場所分かってないでしょ!」

 「大丈夫! 私には、ラーメンに特化したこの自慢の鼻があるから!」

 「……ちょっと信用できるのが怖い」

 鼻歌交じりでスキップする少女に手を引かれる、スーツを着た成人男性。傍から見たら異様すぎる光景だろう。うう……恥ずかしい。

 

 それからしばらく経つと、なんと真宵ちゃんは宣言通りに目的地の居酒屋へとたどり着いてしまった。

 「……本当についてしまった」

 「ね! 言ったでしょう! 私の鼻は伊達じゃないね!」

 鼻の下をこすって真宵ちゃんは自慢げに胸を張る。

 正直、ちょっと見くびっていた。真宵ちゃんへのラーメンへの執着心はいったいどこから湧いてくるのだろう。

 

 「よし、行くよ。なるほどくん!」

 真宵ちゃんは、息の上がったままのぼくに気を払うこともなく青色の暖簾をくぐった。

 

 「ミソラーメン二丁! 一つは硬めで!」

 「勝手に注文するんじゃありません!」

 店に入るや否や、真宵ちゃんは注文を飛ばす。慌てて止めたが、ノリのいい店員が対応してしまったようだ。厨房のほうから応じる声が聞こえた。ああ、遅かった。お金、少ないのに。

 懐から財布を取り出して開く。中には、最初に魔理沙さんからもらったお金しか入っていない。紫さんから受け取った宿代は、もう使い果たしてしまっている。……足りるだろうか。

 

 無銭飲食をしてしまうのではないかと不安になる。すると、突然空中から硬貨が何枚か降ってきた。上を見上げると、スキマから手だけが出た状態になっている。たぶん紫さんだ。

 突き出た手は、こちらに向かって親指を立ててグッドサインを送ると、そのまま奥に引っ込んでいった。……紫さん、ナイス。こちらも心の中でグッドサインを送った。

 お金の問題は解決した。さて、ラーメンをいただこう……と、いきたいところだが、他の目撃者たちを探さないと。

 

 店内をざっと見渡す。が、それらしい人影……いや、鬼の影は見えない。もう帰ってしまったのだろうか。

 一方の真宵ちゃんは、さっさと席についてピッチャーから二人分の水を注いでいる。準備万端だ。しまいには、ぼくの方に向かって手招きをして、「なるほどくん! 今は食べることに集中しなきゃ! 座って座って!」と、調査のことなんかすっかり忘れて、ラーメンにすっかり心を奪われてしまっている。仕方ない。思えばまだ食事をとっていなかったし、チャチャっと食べてしまおう。

 

 真宵ちゃんの真向かいにぼくも腰掛ける。すると、奥のほうの席に座っている客の頭から角が生えているのが見えた。鬼だ。恐らく、残りの目撃者に違いない。フロアがL字型になっているせいで、入り口から見えなかったのだろう。真宵ちゃんがここに座っていなければ、気づかなかったかもしれない。

 

 しめた、と思い席を立とうとする。が、その時タイミングよくラーメンが運ばれてきてしまった。

 「へい、お待ち。ミソ二丁。一つは硬めね」

 「あ、硬め私です!」

 真宵ちゃんは、目の前に現れた獲物にロックオンをかける。臨戦態勢だ。うむむ。話を聞きたかったが、来てしまった以上は先に食べておこう。麺が伸びたラーメンは正直マズいからな。

 

 湯気が昇るラーメンを一口すする。おお、けっこううまい。普段真宵ちゃんと行っている屋台のラーメンといい勝負だ。……それにしても、やけにナルトが多いな。六枚も入っているぞ。

 「うーん! おいしい! たまには違う店のラーメンもいいね!」

 真宵ちゃんも、この店のラーメンをすっかり気に入ったようだ。黙々と麺をすすり、スープを口に運んでいる。調査の時間をロスすることになるが、真宵ちゃんの嬉しそうな顔が見られたので、結局はプラマイゼロだな、と思った。

 

 およそ五分後、ぼくがまだ半分ほどしか食べられていない中、真宵ちゃんはぺろりとあっという間に完食してしまっていた。

 「……早すぎない?」

 「数週間ぶりのラーメンだからね。それに、おいしい物って、どんどん吸い込まれていくものでしょう?」

 「気持ちは分からないでもないけど……」

 体に障りかねないから、出来れば控えてほしいのが本音だ。

 

 さて、話を聞く時間が減ってしまう前に、ぼくもさっさと食べ終えしまおう。

 どんぶりに意識を集中させる。と、思ったその時、

 「おや、ここにきてラーメンだけを頼むとは。お二人さん、通、だね」

 机の真向かいのほうから声がした。顔を上げると、奥にいた鬼のうちの一人が、真宵ちゃんの背後に立っている。真宵ちゃんは驚いてしまって「きゃわわあああ!」と奇声を上げた。

 

 話しかけてきた鬼は、褐色肌にオレンジ色の着物を着ていた。背丈は真宵ちゃんほどで、額からは一本角が生えている。

 

 「いやいや。驚いた驚いた。まさか、私とおんなじ考えの奴と巡り合えるとは。嬉しいもんさね」

 嬉しそうに笑う小鬼は、懐から二本の棒付きキャンディー(いわゆるペロペロキャンディー)を取り出すと、真宵ちゃんの方に差し出す。

 「ん。食う? 口の中すっきりさせたいでしょう」

 「あ。ありがとうございます!」

 緑色の渦が巻いているキャンディーを受け取った真宵ちゃんは、ペロペロとそれをなめ始めた。

 「ああ、そういえばあいさつが遅れたね。私は陽皐瑠夏(ひさわ るか)。見ての通り鬼さね」

【挿絵表示】

 

 会話の糸口を向こうが作ってくれた。いいチャンスだ。このままこちらの身分を明かして、話を聞くとしよう。

 

 「ご丁寧にどうも。ぼくは、弁護士の成歩堂龍一と言います。この子は、助手の綾里真宵です」

 「弁護士……ああ、新聞に載っていたさね。もしかしなくても、あの宴会の事件の話を聞きに来たのかい?」

 「そうです。話が早くて助かります」

 「だったらこっちに来な。連れの話も聞かせてやるさね」

 瑠夏さんは、手招きして先に元の席に戻る。真宵ちゃんは、キャンディー片手にそれをペロペロと舐めたまま瑠夏さんの後を追う。慌ててスープと共に残りの麺を流し込んだぼくも、二人の後を追った。

 

 奥には、瑠夏さんの他にもう二人の鬼がいた。一人は男性だ。長身でやや黒味がかかった灰色髪の頭から二本の角が生えている。雪のように真っ白な肌が印象的だ。

 

 もう一人は、瑠夏さんよりもさらに幼そうな女の子の鬼だった。黒髪ボブの頭から、かなり短い角が二本生えている。角がなければ、パッと見ただけならば普通の女の子だが、彼女の容姿には特筆すべき点が一つあった。

 目が、いわゆるオッドアイなのだ。右目は猫のような黄色の目なのに対し、左目がなんと紫色だ。一瞬、カラコンの類を使っているのだろうかと思ったが、幻想郷にその類のものはまだ流れてきていないだろう。きっと、突然変異か何かなのだろうと、ひとまずは自己完結した。

 

 「おお、瑠夏。急に席を立ったと思ったら、どうした。その人たちは知り合いか?」

 「ああ。ほら、昨日、宴会で鬼がぶっ倒れた事件に遭遇したろう? 馬鹿なお前に端的に言うなら、それを調べている人さね」

 「ほーう。なるほど、バカな俺にも分かった。……って、一言余計だ!」

 男の鬼はノリツッコミをかます。

 

 「っと、一応身分は明かしておかないとな。俺、東雲璃月(しののめ りつ)って言います。よろしくッス!」

【挿絵表示】

 

 席から勢いよく立ち上がった東雲さんは、ノリのいい感じで素早くお辞儀をする。すると、彼の頭から何かが落ちた。これは……お面?

 

 裏側を向いて落ちたお面を拾い上げて、ひっくり返す。すると、どこかで見たことあるようなキャラクターのお面であることが分かった。うーん……なんだ、これ。

 

 「きゃわわあああ!」

 「う、うわあ! どうした、真宵ちゃん!?」

 すると、隣にいた真宵ちゃんがまたもや奇声を上げた。なんだなんだ?

 

 「どうしたもこうしたもないよ! ゼロだよ! ゼロ! “トノサマン・ゼロ”!」

 「と、トノサマン・ゼロ?」

 「そう! ファンの間では幻とされて、非公式で“ゼロ”と名付けられた、プロトタイプのトノサマン! 当初はこのデザインで企画を進める予定が、急遽デザインが変更になって、グッズは試作されたわずかな分しか存在していないの。……それが、まさか幻想郷にあるなんて!」

 改めてお面に目を落とす。ああなるほど。確かにトノサマンだ。

ぼくが見知っているトノサマンよりも、さらに近未来的なデザインだから分からなかったが、よく見ると現在のデザインの雰囲気が断片的に感じ取れる。

近未来な感じの雰囲気は、続編のトノサマン・丙に引き継がれているようにも思えた。

 

 「お! も、もしかして君、トノサマンファン?」

 共通の趣味を持つ相手を見つけて嬉しくなったのか、東雲さんは高揚した様子で真宵ちゃんに尋ねる。

 「はい! それはもう大ファンです!」

 「おおお! 数少ないと思っていたトノサマンファンにこんなところで巡り合えるとは……! 俺、感激っ!」

 「私もです! まさか、違う世界にもトノサマンがあったなんて!」

 すっかり意気投合した二人は、互いに握手しあう。

 

 「はあ。やれやれ。璃月ったら、まだそんな子供向け作品にはまっているのかい? もういい年だろう?」

 「子供みたいにペロペロキャンディーばっかり舐めてるお前にゃあ言われたくないよ! 俺は、トノサマンの並々ならぬ正義感にほれ込んだだけだ!」

 「その通り! トノサマンは誰もが憧れる正義のヒーロー! 今や、ナウでヤングな若者以外にも支持を集めているのです!」

 二人はなにやら変な決めポーズを取った。トノサマンが扇子を開く決めポーズだと記憶している。

 

「今宵の月……よく目に焼きつけておくがいい」

 「おヌシの見る、最後の満月となろう……!」

 「カクゴせいィッ! アクダイカーン!」

 決めポーズはそのままに、二人は交互にセリフを言い合うと、最後のセリフと共に瑠夏さんのほうを、ビシッと指さした。

 

 「……はいはい。私が悪かったさね。もうとやかく言わないよ」

 呆れた瑠夏さんは、舐めかけていたキャンディーを再び舐めはじめた。傍から見ると、ふざけた成人男性を子供が軽くあしらう、中々シュールなシチュエーションだ。

 

 瑠夏さんは、東雲さんが座っていた向かい側の席に着くと、もう一人の鬼の肩に手をかける。

 「ほら。あんたも挨拶しな」

 「い、いやだよ! 私なんかに構わず、二人で話していれば!」

 小鬼は、盃をその小さな手で包み込むように持ちながら、プイとそっぽを向いた。

 

 「……そう仰る割には、あんたの角は正直だねえ、鈴ちゃん?」

 瑠夏さんはニタリと不敵に笑うと、小鬼の横にするりと座った。そして、頭から生えた小さな角を指先でいじくりながら、耳元に口を近づけて、小声で囁き始める。

 

 「あんたが何かに興味を持った時は、必ずこの小さな角がピョンピョコするんだよ。前にも言ったさね? もっと自分に素直になりなって。仲間に入りたいんだろ?」

 瑠夏さんはそう言うと、口を尖がらせて小鬼の耳に向かってフー、と息を吹きかける。くすぐったさに耐えきれなかったのか、小鬼は思わず身震いした。

 

 「や、やだよ! 私の事は放っておいて!」

 小鬼はそれでもそっぽを向く。頑固な子供だ。イヤイヤ期というやつだろうか。

 

 「……はあ。分かったよ。そんなに言うなら、もう知らないさね。あんたは挨拶しなくていいよ」

 呆れた、と言いたげな感じで瑠夏さんは席を離れる。だが、小鬼のほうにまだ視線を送っている。まるで、何かが起こるのを待っているようだ。

 

 瑠夏さんに捨てるように突き放された小鬼は、両目に涙をいっぱい貯め、口を固く結んでプルプルしだした。冷たい態度を取られたのが嫌だったのだろうか。涙が店内の照明の光を受け取って、綺麗に輝く。珍しい色ということも相まって、まるで宝石のようだ。

 

 「むううう……! 瑠夏ちゃんの意地悪! もういい!」

 見た目通りの子供っぽさを全面に表した小鬼は、ブンブンと腕を振って抗議する。瑠夏さんはそれを見てケタケタと笑い、「ああ、ほんとお前はかわいいさねぇ」と言った。そんなにおかしいのか、顔が少し紅潮している。

 

 「むうう……! 嫌い、嫌い! 瑠夏ちゃんなんて大嫌い!」

 「ケケケ。私はあんたのことだーい好きさね」

 「きいいい!」

 小鬼は金切り声を上げる。耳が痛い。瑠夏さんはどこ吹く風、といった感じで受け流しながら、キャンディーをまた舐め始めた。

 その様子にますます怒ったのか、小鬼は頬をぷくりと膨らませたが、ぼくの視線に気づいたのか、こちらに向き直るとモジモジした調子で話し出した。

 

 「わ、私は鬼灯鈴(ほおずき れい)よ」

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 やや上目遣いで自己紹介を終えた鈴ちゃんは、恥ずかしさをごまかすように両手で持っている盃の中身をグイっとあおった。メディスンさんの時と言い、容姿がどう見ても子供にしか見えない子がお酒を飲むことに違和感を覚えまくる。たぶん、ずっと治ることはないだろう。

 

 「ああ、ちなみにそいつ、男さね」

 キャンディーを舐めながら、瑠夏さんが衝撃のカミングアウトをした。こ、この子が男?

 「い、いきなりなにを!? どう見ても女の子じゃないですか」

 容姿、声の高さ、一人称。どれをとっても、この子は女の子にしか見えない。頭が混乱しそうだ。

 

 「ケケケ。最初にこのことを聞いた奴は、みんなそんな反応をするよ。誰が何と言おうと、そいつは男。風呂に入るときは璃月と一緒に入っているさね」

 瑠夏さんはトノサマン談議で盛り上がる二人のほうを見る。視線に気づいた東雲さんが「ああ、その通りッス! 正真正銘男ッスよ!」と答える。ッス、と語尾に付けるせいで、頭の中にはイトノコ刑事の姿が浮かんだ。……元気にしているかなあ。

 

 鈴ちゃん……鈴くんと呼ぶべきだろうか。ともかく彼は、自身の秘密を暴露されたことに顔を真っ赤にして恥ずかしがっている。瑠夏さんのデリカシーのなさには呆れる。

 

 瑠夏さんはぼくが呆れているのに気づくこともなく、また鈴くんの隣に座ると顔を近づけた。

 「こーんなに可愛いのに男なんてビックリしたろう? まあ、そこがいいんだけど」

 頬をツンツンと突き始めた。……さっきの居酒屋の時と言い、ぼくはいったい何を見せられているのだろう。

 

 鈴くんは恥ずかしそうに目を瞑って、瑠夏さんから逃れようとする。

 「や、やめてよ瑠夏ちゃん……。離れて!」

 「ふふん。満更でもないくせに。やめろと言われたら余計にそそられるさね」

 ……何度でも言おう。ぼくは何を見せられているのだろう。

 

 事件の話を聞きに来たというのに、真宵ちゃんと東雲さんはすっかり意気投合してトノサマン談議に興じているし、残る二人は何やらじゃれあい始めて……。もうめちゃくちゃだ。

 

 「あ、あのお~。そろそろ事件の話を聞かせていただきたいのですが……」

 気持ち腰を低めにした声色で、ゆっくりと尋ねてみる。

 東雲さんは話に夢中ですっかり気づいていないようだが、瑠夏さんの耳には言葉が届いたようで、名残惜しそうに頬を突くのをやめると、こちらに向き直る。

 

 「ああ、そういえばそうだったさね。……続きはあとでじっくりやってあげるさね、鈴ちゃん?」

 「わ、私ツンツンされるの嫌いなの! もう二度としないで!」

 「はいはい。……言葉ではそう言ってるけど、角がピョンピョコしてるさね。ケケケ」

 「むうう……! 嫌い! 嫌い! だーい嫌いっ!」

 鈴くんは、両手で角を隠して叫び散らした。瑠夏さんはその批判を意に介さずぼくに応対し始める。

 

 「ああ、それで事件の話だったさね。答えられる範囲でよければ話すさね」

 「助かります」

 「ほら、璃月! いーつまで話し込んでるんだい! あんたもこっちに加わるさね!」

 東雲さんが怒鳴りつけられる。鈴くんへの対応とは大違いだ。真宵ちゃんは、まだ話足りないのか、残念そうな顔をしたが、「また後で話せばいいッス。まずはするべきことをするッス!」と東雲さんに言われ、諦めがついたのかぼくの隣にやってきて着席した。

 

 それを見て東雲さんは満足げに頷くと、瑠夏さんの隣に座った。

 「あーあ。全く、鈴も俺も同じ男だっていうのに、ひどい扱いだこと。どこで差がついたかねえ」

 「あんたみたいな男に興味はないさね。これっぽちも可愛くない」

 「おお、手厳しい。俺も可愛く生まれたかったもんだ」

 東雲さんは苦笑を浮かべた。だが、あまり不快感は感じていないように見て取れた。

 鈴くんも、椅子をもってこちらに近づいてきた。ふう。これでようやく話が聞ける。

 

 「では、少しお話を伺わせていただきます」

 改めて、こちらの要件を伝える。かなり脱線してしまったので、自分の中に“話を聞くぞ”と意識をもう一度植え付けるためだ。

 

 「では最初に……宴会中に何か怪しいものを見ませんでしたか?」

 「怪しい物……アクダイカーンの手下とかッスか?」

 「バカか! このスカポンタン。……いや、元からお前はバカか」

 「うるせいやい」

 二人は、漫才みたいな調子の掛け合いをする。結構付き合いが長いのだろうか。

 

 「怪しいもんねえ……私は見てないさね」

 「俺も見てないッス。もし見つけたなら、この俺の正義の拳が黙って……」

 「黙るべきはあんたさね。何も見ていないなら、そう言うだけに留めるこった」

 「ちぇ」

 瑠夏さんは徹底的に東雲さんに対して辛口だ。呆れたような目で彼のことを見ている。かと思ったら、鈴くんのほうに向きなおると、今度は一転して優しそうな目になる。

うーん。露骨すぎるえこひいきだ。

 

 「鈴は何か気づいたことあるか?」

 東雲さんが聞く。

 「え、えーっと……」

 鈴くんが頭を抱えて悩みだす。

 

 「あー。無駄無駄。多分何にも覚えてないさね」

 そこに瑠夏さんが横やりを入れた。

 「何も覚えていない、とは?」

 「鈴はあんとき人見知りを発動して、周りなんか見えていなかったさね。一人で黙々と酒を飲んでいただけさね」

 だろ? と瑠夏さんは鈴くんのほうを見る。彼は、肯定とも否定ともとれるような、あいまいな首の振り方をした。自己紹介の時にややためらい気味だったのは、人見知りを発動していたからだろう。今もまだその効果が続いているのか、こちらに見向きもせず、空中をぼーっと眺めている。

 

 「瑠夏さんはどうですか?」

 「……残念ながら、何も覚えていないさね。隣のバカの話に散々付き合わされていたから」

 「バカとはなんだと! トノサマンはなあ、すっごいやつで……」

 「その話はあとにするさね。いい加減しつこいよ、あんたは」

 先ほどよりも語気を強くして叱られた東雲さんは、縮こまってしまった。漫画でよく見るどんよりとした効果線が目に見えるようだ。

 

 うむ……しかし参った。誰一人、怪しいものを目撃していないとは。まあ、こっちはあくまでもついでだ。メインは次の質問なわけで。

 

 「では、次に……お猪口の柄についてお聞きしたいのですが」

 「おっと、あんたもその話ッスか」

 「あんたも……ということは、やはり取り調べでそのことを聞かれましたか」

 「そうッス。検事? とか言う人に聞かれたから答えたッス」

 「怪しいものは見ていないのに、お猪口の柄だけ覚えているっていうのも妙な話だけれど……なぜか三人とも、うまい具合にそのことは覚えていたさね」

 「もしよければ、そのことを教えていただけないでしょうか?」

 「……申し訳ないけれど、それは無理ッス。裁判で証言するまでは誰にも言うなっていう指示ッス」

 「そうですか……」

 予想はついていたが……まあ、仕方ない。こればかりはどうしようもない。裁判になれば、嫌でも知れるんだ。気持ちを切り替えていこう。

 

 「では、もう一つ。被害者の鬼道酒華さんのことについて聞かせていただけますか?」

 「被害者ねえ」

 瑠夏さんは、被害者の名前を聞くと少し機嫌が悪そうになった。膝に肘をついて、頬杖をする。あまり、いい印象がなかったのだろうか。

 

 「被害者と皆さんは、顔見知りだと聞いていますが」

 正確には違うのかもしれないが、メディスンさんの話と推測を信じて尋ねてみる。

 「ああー。まあ、確かに顔見知りは顔見知りさね。この三人とアイツを交えて四人で飲んだことも何度かあった。ただ、関係はそれっきり。情報を期待しているならば、申し訳ないけれど、彼女の素性については、これっぽっちも知らないさね」

 瑠夏さんは機嫌が悪そうな調子で話す。わざわざ自分たち三人と被害者を分けて扱っているところを見るに、彼女は被害者のことをあまりよく思っていないのだと察する。

 

 瑠夏さんが不機嫌になったのを東雲さんも同様に察したようで、言葉を継ぐ形で、彼が説明をする。

 「実は彼女……鬼道酒華には少々悪癖があって……」

 「悪癖、ですか?」

 「ええ。彼女、一緒に飲んでいる相手がちょっと目を離したり、席を立った隙を狙って、相手の酒を奪い取って飲む、って癖があったんすよ」

 ふむ……地味ながら、絶妙に不快感を与えてくる癖だ。確かに、悪癖と言うにふさわしい。

 

 「全く。あいつはほんとにふざけた野郎だったさね。あろうことか、厠に立った鈴の酒を奪い取りやがって……。鈴は気にしていないっていっていたけどなあ! 私は許さないぞ。あいつは殺されて当然のことをしたさね。死んで清々したさね」

 「……瑠夏」

 東雲さんが、かなり低い声で瑠夏さんをたしなめた。語気を強めて押さえつけた、といったほうが正しいかもしれない。

 瑠夏さんは、言いすぎてしまったと察したのか、「すまない」と、謝った。空気が若干、重苦しくなる。

 

 「あ。……えっと、皆さんって結構仲よさそうですよね。どれくらいの付き合い何ですか?」

見かねた真宵ちゃんが助け舟を出した。どうしたものかと悩んでいたので、非常に助かる。

 

 東雲さんは真宵ちゃんが助け舟を出したことに気づき、それをとっかかりに話し始める。

 「お。そこに気づいたッスか、真宵さん。どれくらいの付き合いだっけ、俺ら?」

 「さあ。まだ鬼の四天王が君臨していたくらいからじゃあないかね?」

 「そうか。そんくらいか。まあ、長さは関係ないッス。大事なのは、友情の深さッス。だよな、お前ら!」

東雲さんは立ち上がると、二人の後ろに回り込みそのまま引き寄せる。

急な出来事に面食らったのか、驚いた様子を二人は見せる。ここまで人見知りを発動して、一切喋っていなかった鈴くんが、少しうれしそうに「ふふふ」と笑みをこぼした。

 

 「ちょ、やめるさね、璃月」

 「やーだね。ほらほら、照れるんじゃないよ」

東雲さんは、二人の髪をぐしゃぐしゃに撫でる。瑠夏さんはやめろ、と言いながらもどこか嬉しそうにしていた。鈴くんも変わらず、嬉しそうにしている。

 

 「……仲、いいみたいだね」

 「そうみたいだ」

 ぼくと真宵ちゃんは、その様子を見て心が少し温まるのを感じた。

 

しばしの間、そうして三人でわちゃわちゃとしていたが、やがて東雲さんは満足したように二人を解放した。

 「全く……慣れないことをするんじゃないさね。気分が悪くなる。なあ、鈴?」

 「う、うん。璃月、気持ち悪いから、もうしないでよね!」

二人して東雲さんに文句を垂れる。傍から見ている限りだと、二人ともとてもうれしそうに見えた。多分照れ隠しだろう。

東雲さんもそれは分かっているようで、文句を垂れる二人に怒ることもなく、その様子を笑ってみていた。

 

 「……うう。本当に気分が悪くなってきたさね。やっぱり飲むんじゃなかった」

突然、瑠夏さんの顔が青ざめた。さながら、彼女の着物のような色だ。瑠夏さんは、慌てて懐から何かを取り出す。それは、陶器でできた細長い容器だった。徳利……とはまた違ったもののように見える。

徳利は、底のほうが丸くなっているが、この容器は途中で丸くなっていない、純粋な円柱型だ。

瑠夏さんは円柱の蓋と思しき部分を外し、それをひっくり返すと、中に入っている液体を注いだ。蓋はまるでお猪口のような形をしている。机の上に置いたら、ぱっと見どれがこの容器の蓋か分からないのではないだろうか。

 

「んぐっ……。んぐっ……」

瑠夏さんは注がれた液体をためらうことなく、一気にあおった。勢いあまって口から零れた液体が、彼女の頬を伝う。

見かねた鈴くんと東雲さんは二人で一緒に、瑠夏さんの背中をさすった。

 

「あの、大丈夫ですか?」

真宵ちゃんが心配そうに尋ねた。

「ああ、大丈夫ッス。ただの酔い止めッスから。……尤も、全然効果を示さないんッスけど」

「酔い止め?」

真宵ちゃんが疑問符を浮かべた。もちろんぼくもだ。勇儀さんといい、萃香さんといい、鬼は酒に強いはずだ。なのになぜ?

酔い止めを飲み切った瑠夏さんは少し息を荒くしながらこちらを向く。まだ顔が少し青ざめている。

 

「ははは……恥ずかしい話、私は鬼のくせに酒にめっぽう弱いんさね。この店にも、酒が目当てじゃなく、ナルトたっぷりのラーメンを目的に来たぐらいさね」

「それが、何を思ったのかこいつ、今日は試しに飲んでみたいって言って飲んじまったんッスよ。そしたら、盃数杯分でこのざまッス」

「うるさい。璃月」

そういいつつも、瑠夏さんは東雲さんの体にもたれかかっている。かなり重症なようだ。

「宴会の時も酔い止め飲んで、無理やり乗り切ろうとしていたろう? 気づかれていないと思っていたみたいだけど、バレバレだったからな。まったく、何で効果がないのに飲み続けるかね」

「だからうるさいって。それに、昨日は度数の低い酒しか飲んでいないさね。キツイ酒なんか飲んだら、間違いなくぶっ倒れるから。そんな無謀な真似はしないさね」

「ならいいんだが。……それにしても、いつの間に回収していたんだ」

「河童刑事に直接声をかけたら返してもらえたさね。いっぺん警察署に運ばれた証拠はなかなか帰ってこないって聞いたことがあったから……うぇっぷ……」

東雲さんは軽く瑠夏さんを叱る。喋らなければいいのに、瑠夏さんはその言葉に対して返事を返していた。

 

 ……宴会の時にもこの水筒を携帯していた、か。ここにきて、初めて宴会参加者の持ち物について知ることができた。これも重要な情報になりえる。メモしておこう。

 

―証拠品「陽皐瑠夏の水筒」の情報を法廷記録にファイルした―

・陽皐瑠夏の水筒

陽皐瑠夏が宴会の時に持参していた水筒。中身は酔い止め。ただし、彼女には効果がない。

蓋と容器がそれぞれお猪口と徳利のような形状をしている。

 

「……まったく。無理して飲む必要はないんだぞ」

東雲さんは本気で心配している。眉尻が下がりに下がりまくっているのが何よりの証拠だ。

 

「ほっとくさね。酔い止めを常備しないといけないくらい重症だってのは承知しているさね。……でも私は、お前らと一緒に盃を交わしたい。練習の一つぐらいさせておくれ」

青ざめていた顔が、ほんの少し赤くなった気がしたのもつかの間、吐き気が襲ってきたのか、瑠夏さんは軽くえずく。

 

「……申し訳ない、お二方。今日は、これで勘弁してほしいッス」

鈴くんと共に背中をなでながら、東雲さんは申し訳なさそうにした。

 

「いえ、お気になさらず。聞きたいことはいい感じに聞けましたし。それよりもお大事になさってください」

「……助かるッス」

東雲さんが頭を下げる。伴う形で鈴くんも頭を下げた。

 

ぼく達も頭を下げると、居酒屋を後にする。後ろで真宵ちゃんが「お大事に」と言ったのが聞こえた。

青色の暖簾をくぐって、外に出る。日はもうすでに傾き始めていた。調査に充てられる時間もあと少ししかない。

 

……聞きたいことは聞けた。それは嘘偽りない事実だ。しかし、それでも情報が圧倒的に足りない。お猪口の情報については、恐らく法廷で開示されるだろう。しかし、今ある情報だけで、お猪口の交換が行われたことを証明することは恐らく不可能だ。

仮に証明が可能だったとしても、真犯人に至ることができるかどうかは確約されていないし、真犯人がいたとして、なぜ犯行に及んだのか、その動機が分からない。調査が不足しているのは、どう見ても明らかだ。

 

……ひとまず、留置所に戻ろう。面会終了の時間が近づいている。最後にもう一度、メディスンさんの話を聞いておきたい。その後のことは……そこで考えるとしよう。

 

 陽光が山の向こうへと消えていく。それと同時に夜がやってきて辺りはいずれ闇に包まれる。その闇に足をからめとられ、身動きが取れなくなる前にすべき事をなさねばと自分を鼓舞し、真宵ちゃんと共に留置所への道のりを辿るのだった。

 

   

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




どうも、タイホくんです。今回も作者が大暴れした結果、無駄に長くなってしまいました。

オリキャラ3人の初登場回でした。今回はこれ以上オリキャラの登場はありません。
名前遊びに少し力を入れたキャラがいます。気づける人はいるかな……?

ちょっとしたアンケートを今回も設けさせていただきます。
読者の皆さんがどれだけ原作を知っているかを知りたくなったのです。
お手数でなければ回答してくださると幸いです。

次回投稿予定日は、8月28日です。

では。

※新キャラ紹介のコーナー※

・東雲璃月(しののめ りつ)
トノサマンオタク。残念なイケメン。
真面目な時は真面目なタイプ。
陽皐がダウンしたときは代わりにまとめ役になる。

・陽皐瑠夏(ひさわ るか)
紅一点。鈴くん大好き。
3人の中のまとめ役。鬼にしてはかなり酒に弱いタイプ。

・鬼灯鈴(ほおずき れい)
鬼、オッドアイ、ロリっ子に見せかけた男の娘と属性モリモリ。
常に陽皐にベタベタされている。
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