ありがたいことに、およそ1年ぶりに10の評価をいただき、これまたおよそ1年ぶりにランキングに載ることができました。評価をくださった方、ありがとうございます。
さて、そこでふと、ランキングに載っている最中に投稿してみたらどんな風になるのだろう、と思ったので、今回、特別に投稿予定日ではありませんが、一本話を投下したいと思います。
ストックの関係上、今回投稿した分の埋め合わせを探偵パート終了時にさせていただくのでご了承を。
次回投稿予定日は、変わらず8月28日です。
では。
【同日 午後5時23分 治安維持地区 警察署前】
面会の終了時間である午後六時を目前に控えたぼく達は、大股で留置所への道を急いだ。
不運なことに、居酒屋たまりばは地区の奥のほうに位置しており、手前のほうに立っている留置所まで移動するのにはかなりの時間を要してしまう。普通に歩いて大体十五分ぐらいかかる距離だから、早歩きで行けば十分足らずで着くだろう。メディスンさんに聞くことは恐らくそんなに多くないだろうとある種高を括っているのもあり、意外と落ち着いた調子で歩けている。
……あの不吉な声が背後から聞こえてくるまでは。
「やあ、弁護士さん。もうすぐ日も暮れるっていうのに、精が出るねぇ?」
「どわあああっ!」
背後から微かに足音を感じるな、と思ったのもつかの間。後ろからにゅるり、と音が聞こえてきそうな動きでぼくの顔を覗き込んできたのは、被害者の自宅で会った名琴さんだった。
驚いたぼくは、その場で尻餅をつく。痛い。名琴さんは、ニコニコとこちらの痛みを意に介すこともなく、上から見下ろしてくる。
綺麗な顔立ちをしている彼だが、こうして夕日をバックに見下ろされると、何とも言えない威圧感を感じる。彼の背中から漏れた光が、細い目で反射しているのが、より一層気圧される雰囲気を増幅させている。
「ああ。ごめんねぇ。姿を見かけたから、つい話しかけちゃったよ」
名琴さんはそう言って手を差し伸べてきた。特に考えることもなく、反射的にその手をつかむ。彼の手の力は想像していたよりもずっと強く、少し手が痛い。その細い体のどこからそんな力が出るのだろうか。
そして、引き上げる力もこれまた強い。ぐい、といっきに持ち上げてくるものだから、勢い余ってぼくの頭と名琴さんの頭が、危うくぶつかってしまうところだった。服を脱いだら意外と筋肉質なのかもしれない、と邪推する。
「……やっぱり、君は面白い」
ぼくの頭が彼の口元辺りに来たその時、ふと彼がぽそりとこう呟いた。その声色は、普段の少し間の抜けた感じとは違う、どこか不気味な物に感じられた。勢いよく引っ張り上げてきたのは、これを耳元で囁くためだったのではないかと、跳躍した考えが脳裏をよぎる。
鈴くんが瑠夏さんに耳元で囁かれていたが、きっとこんな感じだったのだろう。彼が嫌がる理由もよく分かる。
妙に甘い声で囁かれたせいで思わず恐怖で鳥肌が立ったぼくは、掴んでいた名琴さんの手を払いのけて、近くにいた真宵ちゃんの背後に回り込んだ。情けないが、本能がそうさせた、と一人で勝手に言い訳しておく。
「ちょ、なるほどくん。どうしたの、急に!?」
縮こまりながら背後に回られたのもあって、真宵ちゃんは困惑した様子となる。傍から見たらすごく情けない構図だが、怖いものは怖い。彼から感じたある種の“霊的”な怖さに対抗するには、“霊の専門家”に頼るのが一番だ。うん。
「あはは。嫌われちゃったかなあ、ぼく」
名琴さんは、帽子越しに頭を掻きながら、いつもの調子で話し始めた。“どことなくけだるい喋り方だな“程度にしか認識していなかったが、今はこの話し方にさえ少し恐怖する。
「ちょ、なるほどくん。変だって。どうしたの?」
「……名琴さんが怖い」
「……はあ」
呆れた、と言いたげな声色だ。そう思われても仕方ない。いきなり成人男性が小さくなって自分を盾にしてきたのだから。
「いやー。なんかすみませんね~、うちのなるほどくんが」
真宵ちゃんは名琴さんに笑顔で取り繕ってそう言った後、ぼくの肩を掴んで、「ほら、離れる離れる! 大人でしょう?」と引き剥がしてきた。いつもと立場が逆転している。
このまましがみつき続けるのもさすがにと思い、やむを得ず真宵ちゃんから離れた。名琴さんは、なおもニコニコとこちらを見ている。怖い。
「弁護士さんたち、調査の進捗はどんな感じかなぁ?」
帽子のつばの角度を調整しながら名琴さんが尋ねてくる。
「まあ、ぼちぼち、ですかね。名琴さんは、なぜここに?」
ぼくがそう尋ね返すと、名琴さんは眉をピクピクとさせながら、警察署のほうを指さした。
「ちょっと、荷物を受け取りにと思ってねぇ。だけど、管理がずさんなせいで、すぐに見つからなかったから、しびれを切らして出てきたところだよ」
荷物……要は押収された物か。何か気になる物品があるかもしれない、尋ねておくか。
「ちなみに、その荷物っていうのは何ですか?」
ぼくの質問を受けた名琴さんは、一瞬その細い目をうっすらと見開いた。こうしてみると、やはり切れ者顔だ。……性格は割と真逆だけれど。
「うーんとねぇ……水筒だよ」
「水筒?」
「そう。陶器でできたやつさ。新聞の定期購読の特典でねぇ。結構気に入っているんだ。柄は一種類しかないみたいで、“どれが届くかお楽しみ!”みたいなくじ引き的な面白味はなかったのだけれどねぇ」
陶器でできた水筒……ああ、瑠夏さんが持っていたやつか。なるほど、新聞の特典だったか。確かに、二人ともぼくのことは新聞を読んで知ったと話していたな。
「しかし、なぜ宴会に水筒を? お猪口が用意されていたはずですが」
「ああ。中身は酔い止め。僕、結構お酒弱いから」
ハハハ、と軽く名琴さんは笑う。中身が酔い止め、という点も共通しているときたか。偶然にしては、一致している要素が多い気もする。
「結構効果が強い酔い止めでねぇ。重用しているんだぁ」
名琴さんはそう言うと、警察署のほうを振り返る。
「しかし、つくづくずさんな管理体制だねぇ。さっさと持ち帰りたかったのに」
口調こそいつも通りだが、ややその言葉に苛立ちが含まれているようにぼくには感じられた。意外と短気なのかしら。
……瑠夏さんに続いて、宴会当時の持ち物がまた一つ判明した。あとでメモを取っておくことにするか。ひとまず今は、記憶に焼き付けるのにとどめておこう。メモを取る余裕すら、今のぼくにはない。
―証拠品「名琴の水筒」の情報をひとまず脳に焼き付けた―
・名琴の水筒
名琴が宴会の時に持参していた水筒。中身は酔い止め。
現在は警察の管理下に置かれている。
「ま、そんなことはどうでもいいや。それよりも弁護士さん。どこかへ向かっていた最中なんだろう? 引き留めて悪かったねぇ」
「い、いえ」
なぜか恐縮してしまった。彼に対する恐怖心がまだ少し拭えていない。
「……ふふふ。それにしても君は、いや人間は本当に面白いねぇ」
「……人間が、ですか?」
「そう。人間は妖怪なんかよりも、ずっと情緒豊かであり、そして遥かに愚かでもある。そんな人間たちを見ては、それを物種に書き物をする。まさしく僕の天職だねぇ」
自身の仕事の魅力について、名琴さんは語り始める。
「そんな中でも、君は最高に面白い。なぜ外の世界から来た君は、すぐにこの世界に順応し、それどころか他人のために奔走する? なぜ君は妖怪が話に絡んでこようとも、それを気に障ると感じることなく行動する? ああ、面白い面白い。もっと君のことを知りたい。そのためなら、僕は、僕自身のいかなることでも喋ってしまいそうだよ」
早口でまくし立てるように、名琴さんは続ける。次第にその目は何かに憑りつかれたように焦点がぶれ始める。そして、しまいにはこちらにフラフラと両手を広げながら近づいてきた。このまま抱き着かれたら、永遠に離されないような気がしてならない。
「そ……それではこれで失礼します!」
耐えきれなくなったぼくは、真宵ちゃんの手を掴んでその場を走り去った。振り返るな、走れと再び本能が命令している。彼との話で少し時間をロスしてしまったが、これだけ早く走っていれば、それがすべてチャラになるだろうな、と頭の片隅で思った。
「ああ……君は本当に面白い。……成歩堂龍一」
……なにげに重要な回だったりするんすよね、今回。