【同日 午後6時48分 留置所】
「おおっと。慌てて駆け込んでどうした、弁護士さん?」
名琴さんから逃げる勢いそのままに留置所へと駆け込んだぼくを、小町さんの困惑した声が出迎えた。全速力で走ったにも関わらず、不思議とまだ走れるような気がした。体のリミッターが外れたままなのだろうか。
「ちょ、ちょっと色々ありまして……」
しかし、まだ走れそうな気がするとはいえ、あれだけ全力で走れば息も切れる。小町さんの問いに、まさしく息も絶え絶えといった感じで、ひとまず応答する。
「もーう。聞いてくださいよ、小町さん。なるほどくんったら、急に名琴さん……ええと、事件の関係者のことが怖いって言いだして。いきなり走って逃げだすし、私を盾にして隠れようとするし。影の所長として情けないね、まったく」
ぼくに引きずられた時についた土ぼこりを払いながら、真宵ちゃんが文句を垂れる。今回はぼくが悪いから、反論の仕様がない。甘んじて彼女の文句を受け入れた。
「なーんだ。私はてっきり、面会時間がぎりぎりだから慌ててきたもんだと思ったが。そうかい、あんた意外とビビリなんだね? これで飯のタネが一つ増えたってもんだ」
飯のタネ……? 頭に酸素が言っていないせいか、何を言っているのかいまいちよく分からない。小町さんは、ただカラカラと笑うだけだ。
「それで? 面会、していくかい? 今が最後のチャンスだろうけど」
「あ、ああ。お願いします」
小町さんにそう言われて、ハッとした。そうだった。名琴さんのせいですっかり忘れていたけれど、今はメディスンさんに会いに来たんだった。
差し出された紙に、必要事項をささっと書き込むと、部屋に通された。まだメディスンさんは来ていない。
「それで、なるほどくん。いったい何を聞くつもりなの?」
「……何を聞いたらいいのでしょう」
「……何かを判断するには、まだ情報が足りないかな」
真宵ちゃんに尋ねてみたが、受け売りのセリフで返されてしまった。そりゃそうだ。それを考えるのがぼくの仕事のなのだから。
……しかし、弱った。肝心の盃に関する情報が、明日になるまで提示されないというのは、少々困る。ぶっつけ本番で提示された証拠を捌いていくのは……まあいつもの事として。問題はその後だ。
華扇さんに毒入りの盃を手渡した人物が分かったとしても、その人物をどのように追い詰めていくかが問題だ。動機、具体的な犯行方法……解決していない点が多い。
特に問題は動機だ。被害者の素性が名前と種族以外、一切分かっていない。……あ、これを聞けばいいのか。
一人脳内会議の結論が下ったころ、タイミングよく仕切りの向こうの扉が開いた。やや目を細めて眠たそうにしたメディスンさんが入ってきた。子供のお眠の時間にしては、少し早くないだろうか。
「ああ、お疲れ様……。進捗のほうはどうかしら?」
声色まで眠たそうなメディスンさんだが、なんとか席に着いてこちらを向く。面会時間も残りわずかだし、さっさと終わらせて彼女を解放してあげよう。
「盃の話とかを聞いてきたのよね?」
「はい。……ですが、実はほとんど情報を得ることができなくて?」
「あら? 何かあったの?」
メディスンさんは、怒ることなく問いかけてくる。まさしく“れでぃ”の余裕だ。
「盃に関する情報は、裁判が始まるまでは外部に流すな、と口止めされていて……。その情報を得るためだけに動き回っていた結果、何も情報を掴めなかった、という訳です」
話していて、自分の体が徐々に縮こまっているような感覚がした。
「ふむむ。それで八方塞がりになったから、私のところに来たってわけね?」
「仰る通りです」
「なるほど……。分かったわ。時間ギリギリまで話しましょう。何か思い出せることがあるかもしれないわ」
「ありがとうございます……!」
メディスンさんが本物の“レディ”に見えたように感じた。なんだかんだで頭が切れるし、頼れる人なのだろう。
「さあ、聞きたいことがあれば何でも聞きなさい!」
メディスンさんは、小さな胸を張ってこちらの質問を待つ。さて、聞きたいことはもう決まっている。
「では、被害者のことについて聞かせていただけませんか?」
「被害者? ……ああ、そういえばあまり話していなかったわね」
「はい。盃に関する情報は諦めるとして、他に何かないかと考えた時、用意しておくべき証拠は動機に関するものと思って」
「それで被害者の事……筋は通っているわね。交流関係を洗い出すってところかしら?」
「ええ」
「分かったわ。でも被害者ねえ……。私は初対面だったから、正直何も……」
うーん、と腕を組み、目を閉じながらメディスンさんは考える。少し、無理な質問をしてしまったかもしれない。
メディスンさんは、宴会参加者の名前をぶつぶつと呟きながら考える。宴会での会話の事でも思い出しているのだろうか。
しばしの間ぶつぶつと呟いていた彼女だったが、やがてまぶたをゆっくりと開くと、腑に落ちないような顔つきでこちらを見る。
「ねえ。一つ聞きたいのだけれど」
「なんでしょう?」
「被害者の名前って、何だったかしら?」
「ひ、被害者ですか? 鬼道酒華、ですが」
意外な角度からの質問に思わず困惑する。一方のメディスンさんは、何かを思い出したようで、ニヤリと顔つきが変わった。
「何か、彼女の名前に聞き覚えが?」
「いいえ。彼女の名前は裁判と取り調べくらいでしか聞いたことがないわ」
「裁判と取り調べだけ……? 宴会の場でも聞いたのでは」
「そこがミソなのよ」
メディスンさんは、ビシッと指をこちらにつきつけた。
「今思い出したのだけれど……被害者の彼女、宴会の場で“偽名”を使っていたわ」
「ぎ、偽名?」
「柿戸秋(かきど しゅう)って名乗っていたわ」
「かきどしゅう……」
きどうしゅか、のアナグラムだろうか。
「それに彼女、自分の種族を“人間”と偽っていたわ」
「に、人間、ですか」
「ええ。鬼特有の角が生えていなかったから、その言葉を信じ込んでしまったけれど。取り調べや裁判で彼女が鬼として扱われていたから、すっかり忘れていたわ」
メディスンさんは、手をヒラヒラとさせた。
「被害者は偽名を使い、そして種族まで偽っていた。これは……」
「かなーり、きな臭いわね?」
「ええ。何か裏がある可能性がある」
ぼくの心を読んだように、メディスンさんが言う。
「私、つい最近生まれたばかりだから、彼女が何者なのか全然知らないけれど……。過去の事件の調書を漁ってみたら、出てくるかもしれないわね。彼女の名前」
こちらが言おうとしていることを、彼女は先取りする形で次々と話していく。……大人の“れでぃ”になりたいと言っているが、こういった面においてはもう十分その域に達しているのではないだろうか。
「よし。そうと決まれば善は急げだ。真宵ちゃん、行こうか」
「よし! また警察署だね! にとりさんの居場所ならもう分かってるし、ちゃちゃっと行っちゃおう!」
真宵ちゃんは元気よく立ち上がると、「先に言ってるねー」と言って、部屋を後にした。時計を見ると、時刻は丁度六時になろうとしているところだった。裁判前にメディスンさんと会えるのはこれが最後だ。
「それでは、これで失礼します」
「明日の裁判……期待しているわ。頑張ってちょうだい」
メディスンさんの檄を受けたぼくは、はやる気持ちを押さえつつ留置所を後にした。
……これで被害者殺害に至った動機が分かるかもしれない。うまくいけば、真犯人に関する手掛かりにも届く可能性もある。ここが、調査の正念場。今は前に進むんだ、成歩堂龍一!
どうも、タイホくんです。探偵パートは今回辺りで折り返しに入ります。
ちょっと前にアンケートをいくつか設けさせていただきましたが、最近の投稿作品から見つけてくれた方の割合はたったの一人でした。トップページに長い間留まるというのは、読者数増加にそこまで影響がないのかもしれません。
そして、やはりこの作品に辿り着く人は逆裁側から来た人が多数の様です。
一個目のアンケートでは、「逆転裁判」と検索して遭遇したという人が一番多く、二個目のアンケートでは、逆裁を知らないと答えた人が誰一人いませんでした。
東方についても知っている人がほぼ多数を占めておりました。こちらは東方自体がそれなりに有名なのでガチの東方オタの方の割合は低いかもしれませんが…一定数、東方関連のワードで辿り着いている人もいるので一概にそうとも言えないかもしれません。
色々と書き連ねましたが、読者の大半がやはり逆裁ファンということが分かったので、目の肥えた皆さんに満足していただけるような作品を書かねば、と改めて思いました。タクシューさんに挑むのはかなりハイレベルですが…あの人はマジで神。脳みその情報コピーさせてほしい。
そういえば、なんとなく設けたその他、に5つほど票が入っていたのがちょっと気になりますが…どうやって見つけたんだろう。もしよければ教えていただければ嬉しいです。
次回投稿予定日は9月11日です。偽名を使っていた被害者の正体に次回以降の回では迫っていくこととなります。お楽しみに。
では。