【同日 某時刻 刑務所内・面会室】
射命丸さんに連れられ……いや、半ば無理やり連れ去られるような形で刑務所までやってきたぼく達は、面会室で件の人物が現れるのを待っていた。
……しかし、ひどい目にあった。まさか本当に飛んでしまうとは。
遊園地の絶叫系アトラクションを遥かに超えるであろう重力をもろに食らったぼくは、情けない姿で気を失ってしまっていたようだ。
目が覚めた瞬間、もうすっかり暗くなった空を背景に、真宵ちゃんと射命丸さんが、笑いを堪えつつこちらを心配そうに見ている光景が目に入ったものだから、顔から火が出るような感覚がした。相当ひどい顔をしていたのだろう。
ちなみに、一方の真宵ちゃんはかなりエンジョイしていたようだ。「もう一回、お願いします!」と射命丸さんに迫るほどだから、相当甚く気に入ったのだろう。
……葉桜院の修行といい、綾里の人間の血は相当強いに違いない。何を食べたらそんな体が出来上がるのだろう。
ぼくもミソラーメンをたくさん食べたら強くなるのだろうか。……いや、一番あり得ないな。
過ぎたるは及ばざるが如し、を身をもって体感したという事実を振り返りながら、ぼくは射命丸さんが別れ際にくれた覚書きのメモと、新聞記事の切り抜きに目を落としていた。
「死刑囚ってどんな人なのかな……。ちょっと怖いよ」
横にいる真宵ちゃんはビクビクと震えている。彼女が恐怖を感じる基準が分からない。出会った頃は殺人現場に入るのを躊躇っていたな、と懐古する。
さておき、今から会う人物の情報だ。射命丸さんが速記したメモを改めて見る。
今から面会する鬼神正邪、という人物はどうやら天邪鬼だそうだ。個人的には、思っていることと反対のことを言う、いわゆるひねくれもののイメージがあるが、概ねそれで合っているとのことだった。
ただ、天邪鬼といっても、全員が全員毎回嘘をつくという訳ではなく、たまに本心を織り交ぜてくるような天邪鬼もいるそうだ。当然、その頻度については個人差があるわけだが、一般的には成長するにつれて、その技術を会得するのだという。真逆の事ばかり話していたら、世渡りができないからだろう。
逆に、子供の天邪鬼は反対の事ばかり言うことになるらしく、友達を作るのがきっと大変なのだろうな、と思う。人間の子供と似たようなものだな、とも思った。
ちなみに、“鬼”と種族名につくが、射命丸さん曰く、似て非なる妖怪だそうだ。
鬼神正邪は、常日頃から弱者による“下剋上”の野望を抱いていた人物らしく、目的の達成の為なら、血が流れることもいとわないとかなんとか。
自身に着けた二つ名は、「ひっくり返す者」だそうだ。少しかわいらしいネーミングセンスだなと思う。
彼女は、あまり力(物理的な意味の力と、妖怪としての存在感の力の両方)を持っていないらしく、妖怪の肩身が狭くなりつつあった幻想郷の中でも、さらに端のほうに追いやられているようなはみ出し者だったそうだ。
そんな中、弱者にも与えられた権利である、転生の権までもを掌握する部署が設立されたと聞き、反逆を決心したそうだ。設立したばかりで、きな臭いうわさが流れていないのにも関わらず襲撃を行ったのは、裏から情報を得ていたとされている。
結果として、部署の事務所内にいた職員数名を殺害し、人質を取って立てこもったそうだが、転生管理委員会の元締めによって退治されたらしい。この時、鬼道酒華は運よく逃げ延びられた、とのことだった。
以上が、射命丸さんからもらったメモに書かれていることだ。あの短時間でよくここまで書けるものだな、と素直に感心する。新聞記者として働く上での必須技能なのだろうが、それでいて達筆なのだからさらにすごい。
「……あ。なるほどくん。そろそろ来るよ。足音がする」
メモを読み終えるころ、真宵ちゃんが声を発した。緊張のせいで少し震えているように聞こえる。
それから十数秒と立たないうちに、仕切りの向こうの扉が開いた。いよいよ、死刑囚とのご対面だ。
「ほーう。死を待つだけの身の私と会いたいやつがいると聞いてみれば……。随分と洒落た髪のアベックだこと」
赤い瞳に、白と赤が混ざったメッシュの黒髪天邪鬼が、ぼく達の前に現れた。……こちらの髪型について、さらりといじられた気がするが、ひとまずそれは置いておこう。
想像以上にかわいらしい死刑囚のご登場に、ぼくも真宵ちゃんも少しあっけにとられていた。反逆者と聞くと、どうにも怖いイメージがあっただけに、意外としか言いようがなかった。
正邪さんは、椅子にわざとらしく音を立てて座ると、こちらを軽く睨みつけた。態度から、どことなくこちらを値踏みしているような感じを受けた。
「んじゃまあ、ひとまず。私は鬼神正邪。死刑囚、やらせてもらってるよ」
右手の親指を立てて、ビシッと自分のほうを指さし、自己紹介をされる。そんなに自信満々に言うことでもないと思う。
「ええと、弁護士の成歩堂龍一です」
「助手の、綾里真宵です」
一方のこちらは、やや尻込みながらの自己紹介となった。真宵ちゃんのおふざけも、今回は発動していない。
「弁護士……? ふうん。名前だけは聞いたことあるな」
少し新鮮そうに正邪さんは話す。こちらとしても、新鮮な反応だ。今日に入ってからずっと、会う人みんながみんな、面白おかしく書かれた新聞でぼくのことを知っていたからである。収監されているから、外の情報があまり入ってこないのだろう。
「ま、弁護士でも介護士でも保育士でもなんでもいいや。何の用だい。こちとら、冗談の一つも言えないただの天邪鬼なんだが」
背もたれにもたれながら、正邪さんはだるそうに話す。どれだけの情報を、どこまで彼女が知っているかは分からない。ましてや、相手は天邪鬼だ。目に見える態度や言葉がすべて本当と断言できないのが辛いところだ。
「……今日は、一つお尋ねしたいことがありまして」
「ほーう。なんだい?」
まずは、今日起きた事件のことについて話すか。
「鬼道酒華さん、という方をご存じでしょうか」
「…………」
正邪さんは黙ったままだ。ひとまず続ける。
「実は彼女……先日、何者かによって殺害されました」
「…………」
正邪さんはまだ動かない。眉毛がほんの少しだけ動いたような気もするが、ひとまずスルーして続ける。向こう側からの明確なアクションが出るまでは、こちらが話し続けることにしよう。
「十年前、あなたは鬼道酒華さんと徒党を組み、転生管理委員会を襲撃した」
新聞の切り抜きを仕切りの前に提示した。正邪さんはそれを一瞥する。が、それ以上の行動を起こさない。まだ動かないか。
「今日ここを訪れたのは、彼女を殺害した犯人を突き止めるためです。十年間逃げおおせた彼女が、殺害された。この事件が背後にあると考えるのが自然です。かつて仲間だったあなたなら、何か分かることがあるかもしれない。それを尋ねさせていただこうと思っている次第です」
結局、正邪さん側からのアクションはないまま、こちらの要件を伝えきってしまった。
正邪さんは、しばらくの間、切り抜きとぼくの顔を交互に見ながら、せわしなく目玉を動かしていたが、やがて目線がこちら側に固定された。重い口が開かれる。
「……確かに、十年前。私はここに押し入った。じゃなきゃ、こんな豚箱に詰め込まれていねえ」
溜息とともに語られ始めたその言葉は、事実なのだろうか。天邪鬼的な考えでこの言葉の裏を読むと、彼女はここを襲撃していないということになる。もしかしたら、冤罪の可能性だってあるかもしれない。
「……だが、この鬼道ってやつについては覚えていない。何人かと組んで押し入ったというのは確かだが、こんな名前の奴がいたかどうかは覚えていない。つまり、こいつが殺された事件がどうだ、という件について、私が話せることは何一つない。残念だったな」
正邪さんは、きっぱりと断言した。どこか不敵な笑みを浮かべながら、こちらを見つめる。この後の行動を見られているようだ。
「本当に何も知らないのですか?」
「ああ、知らない。そいつが殺されたって話も今初めて聞いた」
「新聞には彼女のことが、あなたの仲間として取り上げられていますよ?」
「それでも知らねえ」
ここまで言って、正邪さんは一瞬言葉を切った。そしてニヤリと微笑み、
「生憎、私は鬼の知り合いがあまりいない。数少ない知り合いの中にいないんだ。私とそいつは、正真正銘赤の他人さ」と続けた。
掴めそうな言葉尻が、見計らわれたように現れた気がした。先ほどからの値踏みするような視線は、やはり気のせいではなかったようだ。
逃す手はあるまい、とわざとらしく差し出されたそれを、掴むように前のめりになりながら、正邪さんを問い詰める。
「鬼の知り合い……妙ですね。新聞には彼女の種族については書かれていませんが」
ぼくがそう言うと、正邪さんの眉がピクリと上がった。求めていた返答だったようだ。
「……ちょっと簡単すぎたかね」
正邪さんは、やや後悔の混じったような溜息をつく。やはり意図的に失言したようだ。
「第一試験合格だ。まあ、この程度は見抜いてもらわないと困るんだかね」
正邪さんが笑った。
「さて、お察しの通り、私は鬼道とは共に憎き是非曲直庁を襲撃した仲だ。認めよう」
手をヒラヒラとさせる。
「……しかし、だ。いくらあいつが殺されたからとはいえど、十年前と今回が結びついているという証拠はまだどこにもないよな?」
「そ、それは……。その通りです」
「それに、私にはなーんにも心当たりがないんだ。申し訳ないがねー」
やや演技臭い感じのする喋り方だ。これは、天邪鬼なことを言っているな、と直感が告げる。
「小さなことでも構いません。何か話していただけますか?」
「はあー。ちょっとしつこいね、あんた」
正邪さんはそっぽを向いて、また溜息をつく。が、直後にこちらを振り返ると、目をギラリとさせて、こう告げた。
「そんなに話して欲しいんだったら……あんた自身の手で、こじ開けて見な! この私の口をよぉ!」
思わず凄むような勢いの一言。それと共に、ガコンと音が鳴った。視界が暗くなるのと共に鎖が伸びてきて、それに赤い錠前が四つ付けられる。
来たか……サイコ・ロック!
「……お兄さん、顔つきが変わったね。ふふ、面白い」
正邪さんは笑う。その笑みは、心の底から来る混ざり気のないもののように感じ取れる。
「私が話せるのはここまでだ。……いつでも来な。相手くらいならしてやるよ」
正邪さんはそう言って立ち上がると、そのままスタスタと部屋を去ってしまった。近くで見張っていた看守が慌ててその後を追いかけていく。
部屋には、ぼくと真宵ちゃんの二人が取り残された。真宵ちゃんは、あれからもずっと緊張していたのか、結局一言も発することはなかった。
「え、ええと、なるほどくん。この後どうするつもりかな?」
真宵ちゃんの声は、まだ少し上ずっている。相当身を固くしていたのだろう。
「……転生管理委員会に行く。そこで情報を集めるんだ。鬼神正邪……。彼女は何か、大きな秘密を握っているに違いない」
そんな真宵ちゃんに対して、ぼくが出す答えは一つだった。彼女が、この事件の真犯人の動機につながる何かを持っていることは、その態度を見る限り間違いないだろう。
彼女の口を割らせるには……過去の事件と今回の事件、そして鬼道酒華の三つを結びつけなければならない。ならば向かう場所は一つ。十年前の事件の舞台、転生管理委員会だ。
「……よく分かんないけど、なるほどくんが考えた結果なら、それに賛成するよ。転生管理委員会だね。よし、すぐ行こう! 今すぐ行こう!」
真宵ちゃんは、身にまとわりついていた緊張を一瞬で吹き飛ばすと、いつもの調子に戻った。気持ちの切り替えが早いのはこちらとしても助かる。
……どうやら、この調査も終盤のようだ。最後に詰めるだけ詰め切ってやる。
決意を固めたぼくは、面会室を後にした。
……そういえば、転生管理委員会ってどこにあるんだろう?
どうも、タイホくんです。少し遅くなってしまい申し訳ありません。
今回は、法廷パートにおけるそこそこ重要な情報が出てきました。覚えておくとつきつけるのコーナーで有利になるかもしれません。
次回投稿予定日は、10月9日です。あと一カ月少々で3話の投稿開始から1年と考えると早いものです。時間の流れが恐ろしい。
未だに4話を一文字も書き始められておらず、結構危ない状況ですが、なんとか3話の完結までには1日目探偵だけでも書き上げたいと思います。
では。