ぼくは、弁護席を離れると、証拠品が置かれているテーブルの上から、一つの証拠品を取り上げた。
「これが、その証拠品です!」
証拠品を管さんの鼻先につきつける。
それを見た彼の顔が引きつる。どうやら気づいたようだ。
最初にこれが提出された時はなんとも思っていなかった、正体不明の謎の証拠品。コイツはきっと、この時のために、ここに存在したのだろう。
ぼくが突きつけたのは、冒頭陳述の時に亜内検事が提出した証拠品の一つ。“謎の紋章”だ。
「この証拠品は裏門の近くに落ちていたそうです。この謎の紋章……管さん、あなたはこれに見覚えがあるはずです!」
「ぐっ……!」
管さんは突きつけられた紋章に怯んで帽子を握りしめた。
「……人という生き物は正直です。無意識のうちに、自分の弱点を守りたがります。そう、今あなたが握りしめている帽子。それこそがあなたの弱点です!」
「ど、どういう事ですか?」
裁判長が尋ねてくる。
「管さん、その帽子を貸してください」
「そ、それは……」
管さんは帽子を手渡すことを渋る。
その様子を見かねた裁判長が木槌を慣らし、「証人、帽子を弁護人に渡すように」と言ってくれた。
管さんは仕方なくぼくに帽子を差し出す。
乱暴に差し出された帽子を受け取ると、ぼくはその帽子を裁判長のほうへ掲げた。
「裁判長、この帽子を見て、何か違和感を覚えませんか?」
「ふむ……よく見ると、帽子の真ん中の辺りがなんだか寂しいような気がしますね」
裁判長が目を細め、帽子を凝視しながら答る。
「そのとおりです。この帽子の真ん中には、何かをはめられるようなくぼみがあります。
さて、このくぼみに、これをはめ込むとどうなるでしょう?」
ぼくは白手袋を着け、ビニール袋の中から紋章を取出し、帽子のくぼみに近づけた。
すると、紋章は帽子のくぼみにぴったりとはまった。それを確認したぼくは、もう一度帽子を掲げる。
「ご覧のとおり、この紋章は帽子にぴったりとはまりました!」
「ぐぐぐ……」
管さんが、苦渋の表情を浮かべる。
「このことから、この紋章は、帽子の部品だったことが分かりました」
ぼくはそういうと、帽子を管さんに返して、弁護席に戻る。
「先ほど言った通り、この紋章は学校の裏門から発見されました。それを踏まえた上で、学校の見取り図を見てください。この紋章は裏門に落ちていました。そして、この裏門から少し離れた場所に、食品輸送用エレベーターがあります」
「た、確かにそうです」
裁判長が言う。
「そして、食品輸送用エレベーターに行くためのルートは一つしか存在しません。その道の途中に裏門があるのです。ここまで言えば、もうお分かりですね?」
「証人がエレベーターに向かった時に、この紋章が落ちたということですか…?」
ずっと黙っていた亜内検事が口を開いた。
「その通りです」
ぼくは、両手で、机を勢いよく叩く。
「この紋章こそが、管椎名さん。あなたがエレベーターに向かったことを示す、何よりの証拠品なのです!」
「ぐはぁっ!」
まるで、ナイフで刺されたかのような声を上げ、管さんが後ろに思いっきりのけ反る。
傍聴席からどよめきが聞こえる。
(すげーよ、あの弁護士!ピンチだったのに、一気に反撃しやがった!)
(やっぱり、あの人が犯人なのかしら?)
傍聴人たちの話を聞く限りでは、こちらの心証は回復したようだ。良かった、何とか態勢を整えることが出来た。
「違う、俺は犯人ではない!」
管さんはまた証言台に拳を打ち付けると、荒々しく反論する。
(あの人、まだ抵抗するつもりなの?)
(さっさと罪を認めちゃえばいいのに……)
傍聴席から、管さんに対する非難の声が上がる。
「うるさいぞ、おまえら! 寄ってたかって人を犯人呼ばわりしやがって!」
管さんは、今にも傍聴人たちに跳びかかりそうな勢いで怒鳴る。その声に圧倒されたのか、傍聴人たちが一斉に静まった。
「最初からそうやって黙っておけ!」
管さんは、首元のネクタイを緩める。
「……まだ食い下がるつもりですか?」
「当たり前だ! お前の推理は、まだ完璧とは言えない!」
証言台を荒々しく叩き、管さんは続ける。
「二つだ。お前の推理には、欠けている点が二つ残っている。一つは、俺の犯行への動機。そしてもう一つは、“指紋”だ!」
「し、指紋ですか…?」
「ああ、被害者を殴った鉄パイプに、ベッタリと付いた、そこの女の指紋のことだ!」
管さんが、被告人席の瑠波さんの方を指さす。
そうだ。いくら彼が怪しく見えても、瑠波さんに不利な事実を潰していかないといけないんだ…管さんを追い詰めることばかり考えて、盲目的になってしまっていた。
「どうですかな、弁護人。今現在解き明かされていない、二つの事実。あなたに答えられますか?」
裁判長が、少し心配した眼差しでぼくを見ながら、問い掛けてきた。
……ここが、本当の正念場。管さんが提示してきた、解明されていない二つの事実。これを解かなければ、瑠波さんの無罪に繋がらない。
「どうせ立証できるわけがない、聞くだけ無駄だ!」
ネクタイを緩めて、だらしない格好になった管さんが、吐き捨てるように言った。
……“立証なんてできない?” そんなことは問題じゃない。“立証する”それしかないじゃないか。
―それがぼくのやり方なのだから!
「いつまでたっても答えはなし、か。その沈黙がお前の返答ということだな!」
「異議あり!」
精一杯の“異議あり”をぶつける。
「ぼくが、立証できない。……それは違います」
ぼくは机を、目いっぱい叩いた。
「……立証してみせましょう。一つも欠けていない、完璧な立証を!」