――うへぇ……
今日の最高気温は三十二度。
そうディスプレイに映る天気サイトを見て、嫌な声が出た。これは気が参る。
季節はギリギリ春。場所によっては梅雨入りが始まったところがぽつぽつ出てきたばかりだというのに。
雨の日を見る前に夏の暑さを連日見ている。
――まあ、五月は初夏と言うみたいだけど。
それにしては夏の暑さが続きすぎている。
最早、初夏というよりかは真夏日だ。実際、ニュースでも真夏ほどの暑さだと言われている。
こんなに暑いと本当に参る。IS学園の中は空調が完璧で過ごしやすいが、外での授業はあるし、ISの訓練も外ですることの方が多い。
熱中症とかは気を付けているが、それでも暑いものは暑い。この様子なら一体……。
「今年の夏はどうなっちゃうんだろうね」
本当、それだなと頷いた。
――ん? んん……? あれ……?
あまりにも自然な会話のやりとり。しかし、突然のことでもあって脳が処理落ちした。
――今、俺は会話をしたのか……?
今現在、俺は自分の寮部屋にいる。一人部屋で誰も呼んでない。
IS学園の寮ともあってセキュリティーは最新鋭にして最高峰。そう簡単に突破できるものではない。
となれば、思い当たるのは一人しかいない。
――間違いなく束さんだ
この一瞬で確信すら覚えた。
突然のことに未だ完全には脳が状況把握に追いついてないが、このままというわけにもいかない。
聞かなかったこと……なんてことしたらどうなるやら。ゆっくり、声がした方を向いた。
「もう~ようやくこっち見てくれた! 無視されたらどうしようかとヒヤヒヤしたよ!」
いつもの楽しそうに笑う笑顔の束さん。
束さんがいたことにはビックリはしたものの、束さんが来てくれたのは嬉しい。会えてよかったと思う。
この人はいつも神出鬼没で、所謂お尋ね者。そう簡単に、それこそいつでも会える人ではない。まあ、会いたいって心の片隅にでも思えば、神出鬼没に表れるけども。
「会えて嬉しいだなんて! きゅ~ん! どうして君はこんなに束さんの乙女心をくすぐってくれるのかな! 束さんも愛しい君に会えて嬉しいよ!」
笑顔の束さんは頬を緩め嬉しそうにして更に笑顔の花を咲かせる。
太陽にすら霞むほどの眩しい笑顔だ。
俺はこんな人から愛を寄せられている。過激で深い深い愛を。
会えて嬉しいが気になることがあった。
――これ、いつもの流れじゃ……。
束さんが来るといろいろ意味で目立つ。
そうすると俺が所属するクラス担任であり、束さんとは幼馴染らしい一夏の姉、織斑先生に来たことがバレる。
流石は世界最強。察知能力も世界レベル。毎回かなりの速さで束さんが来たことを突き止める。で、ひと騒動あるのがいつもの流れ。
「他の女の話とは君もいい度胸だねぇ~……ってうそうそっ! そんなしゅんとしてないで! 心配してくれているのは束さんよく分かっているから。ちーちゃんなら、外で仕事中だよ。明日の昼まで帰ってこない!」
そうなんだと納得するしかない。
束さんははぐらかしたり冗談言っても嘘を言う人ではない。
織斑先生は休日だというのに外で仕事してるのか……ご苦労様ですと心の中で労うことしかできない。
でも、学園にいないということはいつもの流れにはならないはず。仕事を投げ出す人ではないだろうし。
束さんとの時間は守られる。織斑先生には悪いけど。
「そうだよ! 何人たりとも君と私との時間は邪魔させない。ちーちゃんだろうがこの世全てだろうが絶対にね」
俺の目を見つめて言う束さんからは絶対的な自身が伝わってきた。
なら、そういうものか。別の人のことを考えるのはここまで。束さんに集中する。
――じゃあ、質問続きにはなるけどもう一つ聞きたいことが……
重要度は織斑先生のことよりも低いが一際気になったことがある。
「いいよいいよ。どんなことでも聞いて全部答えてあげる。スリーサイズとか君との将来とか、ね」
それも聞きたくないわけじゃないが、別の機会にでも。
俺が聞きたいのは束さんの恰好の理由。
どうして、IS学園の夏の制服を着ているのかということを。
「学園に来るなら制服に着替えないとそれに今日も熱いからね。いつもの一人ワンダーランドだと気持ちも暑い~ってままだから。後最近、衣替えあったでしょ。それでだよ」
と可愛らしいウィンクのオマケ付き。
――なるほど……なるほど……?
言ってくれた理由は納得いくものだったが、今一つ疑問符が浮かんでしまう。
まあ、束さん相手に細かい事気にしたら負けだ。
――何より、似合ってるしな。
それだけで充分。あれこれ言うのは野暮ってもんだ。
つい一週間前ほど衣替えしたIS学園の夏の制服。女子は白のスクールシャツに赤いスカート。
女子はこれが基本系。ここから冬服と同じく自由にカスタマイズする。
束さんは派手なカスタマイズこそはしてないが、首元とその下もう一つボタンを開けて首元を露にしている。
ギリギリ胸元が見えないのが俺の理性をもたせる上では救いだったり、救いじゃなかったり、救いだったりする。
ちなみにいつもウサミミカチューシャはなく髪型はこんなにも暑いからかポニーテル。好みドストライクをついてくるのが束さんらしい。
――でも本当、美人は何着ても似合うというのはマジなんだな。
今身をもって実感している。
「えへへ~照れちゃうな。嬉しいっ」
束さんの夏の制服を見れたのはいい。
しかし、ここに来たってことはなにか用があるのだろうか。
「ううん、何もないよ。君に会いに来ただけ。それじゃあ……ダメ、かな」
そんなことはないと首を横に振る。
だが、折角来てくれたのだから何かした方がいいのか。
それこそ外へデートとかそういう。
「気を使わなくていいよ。束さんは君といられれば幸せなの。それに外暑いじゃん。束さんとゴロゴロしよ~えーい!」
そう言って束さんが押し倒してくる。
ベットの上に腰かけていたから転んだりはないが、束さんにマウントを取られる。
所謂、騎乗位。これ、ゴロゴロとはほど遠くないか。
「細かいことはいいの! ふふ~ん、可愛い旦那様が目の前。どうしてくれようか!」
見下ろす束さんは笑ってるのに目が獲物を捕らえた獣のよう。
――獣……束さんと言えばウサギだけど動物のウサギもこんな目をするんだろうか。
焦るべき場面なのに変に落ち着いてしまう。
やっぱり、落ち着いてしまうのはあるものに目を奪われるからだろうか。
下から見上げる束さんのは大きい。その……胸が。
前へと突き出る胸は正面から見た時よりも大きさがはっきり分かる。いつもみても綺麗な形している。
胸が大きすぎるのか、はたまた制服のサイズが小さいものを着ているのか、その両方なのか。兎も角、制服がぴっちり前へ張り出してる。
おかげでボタンの隙間から黒い下着のように布がチラチラ見える。
「あ~! えっちな目してる~! 君のココも何だか硬くなってるし、君ってば本当にスケベなんだから」
声は喜々として弾んでいるが言葉で攻めてくる。
――束さんがそれを言うんですか。自分からした癖に。
情けないがせめてもの抵抗。
押し倒してわざと見せつけてきているのは分かるが、目を離せないでいるのは俺自身。
そして、これだけのことで簡単に興奮してるのもまた俺自身。
――好きな人にこんなことされたらこうなるのは仕方ない。
もうやけくそだった。
「もうっ、いじけちゃダ~メ。正直な君にはもっとイイもの見てあ・げ・るっ」
何をするかと思えば束さん。
スクールシャツのボタンを一つ一つ外し始めた。
――ちょっ、束さん! 何を、して……。
抵抗するのは言葉だけ。
ボタンを外すという動作こそは普通のことなのに見入っていた。
しなやかな指でボタンを一つ一つ外すその様は何だか艶っぽい。
束さんのことだからそういう風に見えるようあえてやっているのは分かっていても目が離せない。
ボタンが外れると中が露になる。白い地肌……ではなく黒い布。肩ひもが付いていて胸から腹の下まで隠れている。
――これは……水着か。
水着は水着でも黒い競泳水着。
かなりうろ覚えではあるが、多分あっているはず。
「正解っ! その通り! 夏を先取りだよ! 束さんの下着姿、裸を見れなくて残念! ってわけでもなさそうだねっ、君のココも喜んでる! あんっ!」
わざとらしく束さんは言うけど、嬉しいのは事実だった。
下手に裸や下着姿とか露出が多い姿よりも今束さんが着ている競泳水着みたいに露出が少ない方がグッと来る。見えない部分の想像を掻き立てられるようで。
何より、競泳水着はぴっちりとしていて体の線が強調されてるのがまたいい。
「そんなに喜んでくれるのならオマケしちゃう」
騎乗位だった束さんは、俺に跨りながら両膝立ちするとスカートに手をかける。
――これはもしや……!
瞬間、次の展開を察した。
そして、現実となった。スカートのホックを外すと、するりとスカートが下へ落ち、競泳水着の下部分を目の当たりにした。
V字型の裾口からは太ももの付け根がくっきりと見え、そこから伸びる太ももはむっちりたわわとまったく見事なものだ。
露出が少ない方がなんて思ったが、実際こうして直に見るのもまたグッと来る。鷲掴み頬摺りしたくなる衝動に駆られる艶めかしさがあった。
「……っ」
太ももばかりに目が行っていたが、不思議な息使いが聞こえ、束さんを見た。
頬を赤くして、唇をきゅっと結ぶ束さんは恥ずかしがっている様。
束さんでも恥ずかしがることあるんだな。
「か、勘違いしないでよね! パンツじゃないから恥ずかしくないもん!」
何処かで聞いたことのあるような台詞。
束さんなりの照れ隠しだろうか。
「こほん! 沢山、サービスしちゃったから今度は束さんがサービスしてもらおっかな!」
束さんの様子を楽しんでいたのも束の間。
両肩の横に束さんが手をついて、逃げ場をなくしてくる。
すぐ目の前には束さんの顔が。何をされるんだろう……酷いことはされないだろうが、先の読めなさがちょっとした恐怖。
窓を開けているので部屋の暑さはマシだったが、こんなにも近くだと背筋に汗が。
「取って食べたりはしな……いや、がおー食べちゃうぞ~性的な意味で!」
やっぱり、そういう。
若い男女が同じ部屋で二人。しかもこんなにも近くに居たら、そりゃそうなるか。
「いきなりメインディッシュもいいけど……まずは前菜から」
そう言って、束さんが覆いかぶさってきた。
必然的に胸板と束さんのたわわな乳房が当たる。束さんが上で重力の関係上、胸が押し潰れてるのが分かる。水着越しなのがまたえも言えぬ感触。
そして、ようやく感じた束さんの体温は思っていたのと違っていた。
――束さんの体、冷たいな。
人よりも少し冷たいとかそういう次元ではない。
例えるなら、まるで死人のような冷たさ。失礼な例えなのは分かっているし、死人を触ったことなんてない本当の冷たさを知っているわけじゃない。
だが、この例えが一番合っている気がする。
「ぎゅ~」
束さんに抱きしめられ、伝わり続けてくる体温。
ついさっき感じた冷たさは気のせいだったようだ。
束さんの体は暖かい。だから、こうしてひっついていれば自然と汗が出てくる。
「暑いね。溶けちゃいそう」
それは暑くてだろうか。
束さんが言うと別の意味にも聞こえる。
暑い中、こんなにも近くにいると暑さで互いの境界線が曖昧になり、一つになってしまいそうになる、みたいな意味。
それに束さんはそういう割には全然平気そうだ。むしろ、涼しげにしてる。俺の方が暑くて汗かいているから、匂いとか気になる。
「気にしなくて大丈夫。君はいい匂いだよ……私の大好きな匂い。ん~味もバッチし!」
首筋に束さんが鼻を擦りつけ、大きく深く匂いを吸い込んだ。
かと思えば、喉に滴る汗を舐めとられてしまった。
思わず、情けない声をあげてしまったのが情けない。
普通、こういうのは男女逆じゃないか。
「ふふ~ん、はぁ~幸せじゃ~」
束さんはそんなことお構いなし。
幸せそうならそれでいいか。束さんの幸せが俺の幸せだ。
――もっと束さんを幸せにできる男になりたい。
相手は世界を股にかける人。そんな人に俺が出来ることは少ないのかもしれないけど、それでもそう強く思う。
「ん~! 君は本当っに束さん心をくすぐる天才だね! なら、幸せにしてもらおっかな! 寒さなんて忘れるぐらいに」
不思議な台詞を聞いた。
そして、思い出した。一瞬だけ感じた束さんの体の冷たさを。
束さんの温かさがあまりにも自然だったから気にならなかったが、あの冷たさは本当だったんだ。
「あちゃ~気づかれてたか。束さんとしたことがらしくないミスを。君の前だと自分を上手くコントコールできないや。死人みたいに冷たさだったでしょう? やな気持ちにさせちやったのならごめんね」
驚きはしたけどそんなことは全然ない。
むしろ、体が心配だ。
「病気とかそういうのじゃないから心配無用! 元気元気! こんな日、今もちょっぴり寒いかなってぐらいだから」
笑みを浮かべて束さんはなんてことのないと言わんばかり。
また強がり。
なら、俺がするべきことは一つ。
「え……?」
束さんは驚いた。無理もない。
俺から束さんを抱き寄せ、抱きしめた。
寒くないよう。暖めるように。
――束さんが寒いのなら自分が暖めます。
束さんを愛しているからこそ、俺が出来る数少ないこと。
子供じみたことなのは充分承知。
「そんなことないよ。気持ちは嬉しいけど、今日こんなに暑いじゃん? 束さんは平気だけど君が暑くて汗だくになっちゃう」
確かに今日は熱い日。
もう最高気温の時間になっているだろう。
外ほどではないだろうけど部屋の中も暑い。こんなに束さんとくっついていたら汗も出てる。
だと、しても束さんを離したくはない。
――束さんと汗をかけるのなら悪くはないですね。
こんなに暑いのならいっそのこと汗をかきに行くのもアリだろう。
束さんとならいい汗流せそうだ。
「何だかえっちだなぁ……でも、ありがと。お言葉に甘えちゃおうかな!」
部屋に差し込む日の光が作る二人の影が一つとなる。
早く訪れた暑い日ではあるけれど、そんなもの目じゃないぐらい束さんと燃え上がった。
…
『天災兎の愛は重い』の作者であるふろうものさんからリクエストを頂きました。
この話は『天災兎の愛は重い』をリスペクトさせもらい書いたものです。
ふろうものさん、ありがとうございます。