少女は、一つの能力を持っていた―――

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幸運の対価

 ある日、ある所にとある能力を持った子供が生まれた。

 その子供の名前は小桜(こざくら)由衣(ゆい)。特筆する点と言えばその能力と圧倒的に幸運であるというだけだった。

 実際、少女自身も特異性になんてまるで気付いていなかった。しかし、その少女は小学校に通う年頃のある日己の持つ能力を知ることになる。少女が願った人が幸運になったのだ。例えば父が宝くじを当てたり、母親が子を授かることになったり。

 最初はただ運がよかったというだけで済んだ。けれど父親のそれが数回続けばどうだろう。結果として、確かな考える力を育んだ少女は能力に自覚を持った。

 

 ()()()()()()()能力は『他人に幸福を伝染させる』というもの。言ってしまえば、自分の幸運の影響を他の人とも共有ができるという能力だ。

 それを自覚した少女は世のため人の為にその力を使った。

 母親が欲しいと願ったものが手に入るように、父が働かなくとも暮らすために。両親とより長い時間を過ごすために。

 少女にはまだ人の()が理解できていなかった。もしその能力について知ったのがもっと後…それこそ、社会人となってからならば、彼女はこんな使い方はしなかっただろう。

 しかし少女は使ってしまった。

 いつしか気が付いたら銀行の口座に巨額の日本円が入るようになった。それを知った父は働かず、家で酒を浴びるように飲み始めた。

 使っても減らない金に母はブランド物の衣服やアクセサリを買いあさり、豪遊を始めた。

 二人とも、自分の利を優先して少女と生まれていた少女の妹には目をくれなくなった。

 

 だが、そんな生活にも終わりが訪れた。二人が豪遊の味を覚え、もう戻れなくなったころに口座から金が無くなったのだ。

 なんてことはない、少女の与えていた幸運が尽きただけのこと。しかしその二人はもう普通になど戻れず、高校を卒業したころの少女とその妹を置いて旅立った。

 取り残された少女はどうにか妹と二人でどうにか暮らせる程度の収入で過ごしていた。

 求められれば幸運を与えてしまう少女は少しずつ、少しずつ多くの人に幸運を渡すようになっていた。

 幸運を与えていた少女は時折不運としか言いようのないドジを踏むことがあった。

 たまたま車に鳥の糞が落ちてくるだとか、道端で小石を踏んで転びそうになるだとか、そんなレベルだった不幸も年を重ねるごとに酷くなっていった。

 

 

 ―――さて、世の中において『対価なしに幸運を別の誰かに付加させる』などということは可能だろうか。

 

 無論、不可能だ。常に世の中は等価交換によって成り立っている。なにかを得るということはなにかを失うということ。

 少女は幸運を渡していたのではない。己の幸運と他人の不幸を交換していたのだ。

 だから他人は幸運になっていった。始めこそ余りある幸運が少女を守っていたが、それも尽きた。

 残ったのは、不幸にまみれた人生だけだった。

 

 否、幸ならばある。幸福ならばある。

 少女の妹だ。その少女は妹の為にと妹の笑顔を見るためにと不幸ながらに尽力した。

 しかしその少女の妹の人生とて、妹一人の物ではない。人生とは常に誰かへ影響を与えながら、与えられながら歩むものなのだ。

 

 では、その妹の人生は誰の影響を受けるのか。丁度いるではないか。すぐ近くに、特大の影響力を抱えた人間が。

 少女は決して悪人ではない。むしろ世にも珍しいような善人だ。

 少女は決して間違ってなどいない。むしろ道徳的にはとても正しいことをしたと言えるだろう。

 だがしかし、世界とは理不尽なものである。

 

 

 どうしようもなく、理不尽なのだ。

 

 少女の妹は事故に遭った。なんてことはない、世界各地で常に起こっていると言っても過言ではないような事故にただ()()()当たってしまっただけ。

 その不幸が誰かの影響を受けたのかは、それこそ世界だけが知っている。否、世界しか知り得ない事柄だった。

 少女は妹の事故を知った。自らの影響力を知っていた。だからこそ、わかった。わかってしまった。

 妹の事故の原因を。そして助かるかどうかという確率にすら影響を及ぼしかねないことを。少女は重傷で、危険ながらも手術をしなければ確実に両親と同じところに旅立ってしまう。

 けれど、その手術の成功率は決して高くはない。安心するには不安の残る確率だと言われた。

 では、その確率に少女の現在抱えてしまっている、特大の不幸が合わさればどうだろう。

 少女にはわかってしまう。確実にこれから自分を襲うであろう未来が。

 少女の幸運はすでに尽きていた。妹の不幸を受け取ろうにも対価となる幸運がない。

 自分がいれば確実に妹が旅立つが、自分の能力の影響がなければ高確率で妹が旅立つだろう。

 そんなどうしようもないジレンマが少女を襲う。少女はかつてないほどに思考を回す。どうすれば妹を助けられるのかを。どうすれば妹が笑えるのかを。

 切羽詰まった状況で、思考が上手く纏まらない中、少女は必死に考えた。

 考え、その末に一つの可能性が導き出される。それは己の能力の使用。ただ、少しばかり想定外であろう使い方。しかしすでに少女のブレーキは壊れている。

 もとより襲い掛かる不幸を妹という細い柱で倒れないように支えていたのだ。妹が旅立つとなれば、当然その先に待つのは真っ暗闇な未来だけ。だから少女は妹を助ける。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 少女は能力を使い、妹と自分の持つものを交換する。

 結果を見れば妹の手術は成功し、そして裕福とは言えない生活ではあるが、妹は生きることができた。

 

 ―――()()

 では、姉である少女はどうなったのか。これは能力によって交換した対象が分かれば、おのずと見えてくる結果だ。

 能力を持って交換したものは『妹の死』と『自分の生』。少女は生を失い、何の前触れもなく旅立った。

 妹は持つ死が限りなく小さく、遠くなりこれから先はそれこそ年齢が三桁に届いたとしても生きることができるだろう。

 運命付けられた『死』はその時以外の旅立ち(『死』)を許さないだろう。

 生けるものの世界に()()()()()()妹は太陽の隠れ、灰色に染まった世界を歩くだろう。

 灰色の厚い雲に覆われた空から一つ二つと白く、冷たい雪が降り、大地はその一切を溶かすことなく受け止める。冷気を伝えるそれは静かに熱を持っていた彼女の全身を冷やす。

 ともすれば彼女のその心からも、少しずつ熱を奪い去る。彼女に残されたものは、遥かに遠い『死』だけだった。


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