大会1日目。本日行われるのは、アイス・ピラーズ・ブレイク(ペア)の予選と、ロアー・アンド・ガンナー(ペア)。アイス・ピラーズの方は今年から出場校9組に対して3つの予選リーグを行い、それぞれの1位3組が決勝リーグを戦う方式に変更されている。
朝一番、一高テントで大会本部の選手団向け情報ページにアクセスして作業を行っていた達也が、隣で一緒に作業する五十里に意識を向けてふいに口元を綻ばせた。
「競技時間が重なっていたら、五十里先輩にご迷惑を掛けるところでしたが」
「どうやらその心配は要らなくなったみたいだね」
達也がエンジニアとして担当する選手は、アイス・ピラーズでは雫、ロアー・アンド・ガンナーでは英美。つまり2人の試合時間によっては、五十里にフォローをお願いする可能性があったのだが、試合のスケジュールを見る限りその心配は無くなった。
元々どちらの競技も、試合中にエンジニアができることは限られている。なので技術スタッフが1人いればそれで充分なのだが、自分の担当している生徒を任せきりにするというのは達也としても気が引けたためホッとした。
ただでさえ色々と
――しんのすけの“元婚約者”か……。
前夜祭で出会った金有タミコと顔見知り(と表現して良いのか些か疑問だが)だったのは、しんのすけ以外に風間・ネネ・マサオ・ボーの4人。その4人も含めて事情を聞いたところ、浮かび上がってきたのは少々どころではない厄介な“因縁”だった。
しんのすけが口にした“元花嫁さん”というのは、風間達4人も認識している事実だった。
しかしそれは現在、事実ではなくなっていた。
彼女と出会ったのは、21世紀に入って少し経った頃。タイムマシンで未来からやって来た彼女はしんのすけの花嫁だと名乗り、未来のしんのすけが未来都市“ネオトキオ”の支配者である自身の父親・金有増蔵に捕えられてしまい、彼を救うためには5歳のしんのすけの力が必要なのだと語ると、その場にいた風間達4人も連れて未来の春日部にタイムトリップした。そこで何やかんやあって増蔵の企みを防ぎ、未来のしんのすけも無事に助け出して元の時代に戻ったのだという。
さて、ここで問題となるのが、未来における春日部、というより日本の状況だ。その時代は巨大隕石の落下により従来の都市が壊滅、更には天候の変化によって常に太陽が隠れた慢性的な寒冷化に見舞われていた。増蔵はその混乱に乗じて、大都市を事実上支配下に置くほどの権力を手に入れたわけだが――
――パラレルワールド、か……。前世紀からフィクションに留まらず度々議論されてきた概念だが、まさかこんな形で実在が証明されるとは……。
現在の日本では巨大隕石なんて落ちてないし、寒冷化こそあったものの都市の壊滅までには至っていない。そもそもタミコと増蔵の2人もしんのすけ達のことを認識しておらず、それこそ今までの話こそが作り話だと結論づける方が自然なほどだ。
しかし2010年頃、実際に巨大隕石が地球に最接近したことがあるとひろしやみさえの口から語られた。あわや衝突かというところでギリギリそれは回避されたわけだが、もし本当に衝突していたら前述の事態になってもおかしくないほどだったという。
しんのすけ達が出会ったタミコが、もし『巨大隕石が墜落したパターンの日本』から来たのであれば――
「司波くん、そろそろ向かった方が良いんじゃないかな?」
五十里に声を掛けられ、達也は時計に目を遣った。英美達のレースが1走目なのを勘案すると、確かにそろそろ選手と合流した方が良さそうだ。
「では、自分はこれで」
「頑張ってね。司波くんなら心配いらないと思うけど」
男子生徒にしておくのが勿体ない笑顔と共に、達也は五十里に見送られてテントを出た。
* * *
「おはようございます、あいさん」
「ご機嫌よう、ミスター・ローゼン」
ロアー・アンド・ガンナーの会場、その観客席の上部に位置する特別観覧室。
その部屋に足を踏み入れたエルンスト=ローゼンが、防弾ガラス越しに会場を見下ろせるソファーに座る酢乙女あいにフランクな口調で挨拶をした。あいもそれに対して笑みを浮かべて挨拶を返し、彼が自分の隣のソファーに腰を下ろすのを横目で眺める。
「随分とお早いお着きのようで。それだけ、この競技に興味があったということですか?」
「えぇ、そうですわね。何てったって、しん様が翌日に出場する競技ですもの。
やたらと『婚約者として』の部分に力を入れているのが気になったものの、エルンストは僅かに首を傾げるのみで追及することはしなかった。代わりに、豪華なインテリアで飾られた部屋をザッと見渡す。
「どうやら本当に、九島将軍はいらっしゃらないようですね。生ける伝説とまで言われた御仁に会えるのを、秘かに楽しみにしていたのですが」
「……そうですわね」
九校戦創設時から毎年欠かさず来場し、特別観覧室を実質独占していた人物――九島烈。
いつものように前夜祭で来賓者挨拶をするだろうと思っていた選手達が彼の欠席を知ったとき、少なからぬ動揺が会場で生まれたのは記憶に新しい。
「体調を悪くされた、と噂で聞きました。本当ならば、大事に至らなければ良いのですが」
「……そうですわね」
もちろん、それは真っ赤な嘘だ。おそらく先月のしんのすけに対する接待とも取れる一連の行動に対し、九島家がこれ以上彼と接触しないよう他の十師族が厳しく監視しているのが影響しているのだろう。あいとしては孫の
とはいえ、そのような事情を知っているのは一部の生徒、具体的には十師族と繋がりのある者に限られる。なので体調不良という噂がそれなりの真実性を伴って語られるのは致し方ないし、事実を知る者達にそれを訂正する気が無い以上、その噂が消えるのは自然消滅を待つしかない。
「おーおーおー! どうやら儂が一番遅かったようだな!」
と、やたらと大きな声をあげて金有増蔵が部屋の中に入ってきた。
「おはようございます、ミスター・カネアリ」
「ご機嫌よう、金有さん」
2人からの挨拶に、増蔵は「うむ、おはよう!」と横柄に見える態度で挨拶を返しながら、エルンストと挟むようにあいの隣のソファーにどっかりと腰を下ろした。2人共、彼のそんな姿に眉を顰めるが、あくまで内心での反応なので実際の眉が動くことは無かった。
もちろんそのような機微を増蔵が気づくはずもなく、部屋専属のスタッフとして常駐している基地の兵士に対し酒と摘みを要求していた。
「君達は何か頼まないのかね?」
「とりあえず、今のところは」
「私も遠慮致しますわ」
「そうかね、実に勿体ない。VIPルームはこれが醍醐味なんじゃないか! そうでなかったら、モニターで観られるものをわざわざ現地で観たりせんよ!」
増蔵はそう言い放ってガハハと笑い、兵士が持って来た酒と摘みを口に放り込んでいく。
そんな彼の姿にエルンストもあいもピクピクと口の端を引き攣らせながら、あいがサッと部屋を見渡して或る事に気付いた。
「ところで、娘さんはどちらに?」
「あぁ、アイツか……。――まぁ、若い者同士水入らず、というヤツだな」
「――あ、あのっ!」
スタジアム内の、一般客はあまり寄り付かない通路。そこを早足で歩いて選手控室へと向かっていた達也は、突然背後から若い女性の声で呼び止められた。
声を聞いただけで溜息を吐きたくなるのを堪えて達也が振り返ると、彼の予想通り、一昨日の煌びやかなドレスからカジュアルな装い(それでも生地の質から高級品なのが分かる)に改めた金有タミコと目が――合わなかった。
「え、えっと、これから試合ですか……?」
「はい、そうですが。何か御用ですか?」
「えっと……何というか、試合前の応援に伺いまして……」
自分から声を掛けたくせにタミコは地面と達也との間で視線をさ迷わせ、言葉を探るように達也との会話を繋げようと必死になっている。
これで彼女が頬を赤らめていれば恋する相手に頑張って声を掛けた健気な少女とも表現できるのだろうが、彼女のこちらを窺い見る目には恋い焦がれるような熱は一切無く、むしろ気まずさだとか申し訳なさといった自分を冷静に客観視したうえでの負の感情に満ちていた。
そんな彼女の様子を見ただけで、達也は大体の事情を察した。
前夜祭のときに金有増蔵が娘を推してたのはあくまで彼自身の意向によるもので、本人の意思は一切考慮されていないことを。
「そうですか、ありがとうございます。時間が無いので、これで」
そのまま踵を返して立ち去ろうとする達也に、タミコが「ま、待って!」と慌てて駆け寄った。
「こういうのに興味があって、その、見学させていただくことは――」
「部外者は立入禁止です。選手のメンタルにも影響しますので」
「えっと、そこを何とか――」
「無理です。お引き取りください」
ハッキリと拒否の意思を示しているにも拘わらず食い下がってくるタミコに、達也がもっとストレートな物言いをしようかと口を開きかけ、
「おっ? 達也くんにタミコちゃん、どうしたの?」
選手控室の方からやって来たしんのすけが声を掛けたことで、達也は口に出そうとしていた台詞を咄嗟に呑み込んだ。
一方タミコも、突然姿を現した彼に対して息を呑んで警戒を露わにした表情で向き直った。彼女にとっては初対面にも拘わらず旧知の仲であるかのように話し掛けてきた不審人物なので、そのような反応となるのも無理はないだろう。
「しんのすけこそ、どうしてここに?」
「オラはさっきまでエイミィちゃんとクーちゃんと一緒にお喋りしてたんだゾ」
ロアー・アンド・ガンナーの女子ペア代表である英美と
と、そんなことを考えていた達也が置いてけぼりな状態で佇んでいるタミコを視界の端に捉え、ふと思いついたことを口に出してみた。
「しんのすけ。この方はどうやら1人で暇してるらしい、相手してやってくれ」
「えっ?」
「タミコちゃん、そうなの? じゃあオラ達と一緒に観戦する?」
「いや、あの、私は達也さんと――」
「ほらほら、達也くんに迷惑掛けちゃ駄目でしょ」
達也に何度も視線を遣りながらしんのすけに引っ張られていくタミコを見送って、達也は軽く肩を竦めて選手控室へと歩いて行った。
「うわぁ、凄い人の数! やっぱり実際に見ると会場も凄く広いのねぇ!」
「テレビ等の視聴者を含めると、普通のプロスポーツと遜色無い盛り上がりを見せますからね」
スタジアムの観客席では、初めての九校戦に子供のようにはしゃぐななこに、風間が横から説明を加えているところだった。九校戦の生観戦歴でいえば1年しか違わないはずだが、その姿にはどことなく得意げな雰囲気が表れていた。
現在ここにいるのは、春日部組はひろし・みさえ・ひまわり・風間・ネネ・マサオ・ボー、魔法科高校組ではエリカ・レオ・美月・幹比古。そして初顔としては、春日部組はななこ、そして魔法科高校組では文弥・亜夜子・水波といった面々だ。ほのかと深雪は、アイス・ピラーズ・ブレイクに出場する雫に付いているためこの場にはいない。
「それにしても、初めてやる競技で出走順1番かぁ。俺だったら緊張で心臓バクバクだな」
「ですが見方を変えれば、他校のタイムを気にせず済むという利点もあります。明智先輩と
ひろしの言葉に答えるのは、彼のすぐ後ろの席に座る文弥だった。彼と亜夜子、そして水波の3人は、春日部の面々の中でもとりわけ野原一家の傍をキープして色々と説明する役割を、傍から不自然に見えないようさりげなく請け負っていた。
「お兄ちゃん、控室に行ってから戻ってこないね」
「そろそろ始まりそうな雰囲気だけど――」
「ほほ~い! おまた~!」
「あっ、やっと戻ってきた! 遅いわよ、しんの……すけ……」
ブンブンと手を振って姿を現したしんのすけに皆が一斉に顔を向け、そしてその隣にいる同年代の少女の姿に一斉に目を丸くした。
パラレルワールド内での出来事とはいえ、かつてしんのすけの花嫁だったらしい金有タミコと直接接点を持つ羽目になったという事実に、文弥と亜夜子が周りに誰もいなければ頭を抱えて崩れ落ちたくなる衝動に駆られた。しかも彼女の困惑した表情を見る限り、しんのすけが無理矢理連れて来たというのがより拍車を掛けてくる。
「ちょっとしんちゃん、その子って――」
「いやぁ、控室に行って戻ってくる途中に達也くんとバッタリ会って、相手しといてくれって頼まれたから一緒に連れて来たんだゾ」
「……あぁ、そういうことね」
エリカが納得いった様子でタミコへと視線を向け、彼女はそれにビクッと肩を震わせた。ちなみにエリカに彼女を責める意図は無く、むしろ色々な意味で彼女に対して同情的だった。
「まぁ、せっかくここまで来たんだし一緒に観ようぜ」
「それもそうね。――ほら、タミコちゃんだっけ? こっちにいらっしゃい」
この中では一番の年長者であるひろしとみさえがそう言ったことで、一瞬にしてタミコを受け入れる雰囲気が出来上がっていった。
「え、えぇと……。それじゃ、失礼します……」
タミコが戸惑うように彼らに混じって席に着くのと同時、選手入場を知らせるアナウンスが会場中に鳴り響いた。
「何だ、あのゴーグルは?」
「一高……アイツか。また妙な小細工を」
三高の本部天幕にてモニターを眺めていた技術スタッフからそんな言葉が漏れ、自身が担当する選手のCADをチェックしていた吉祥寺がそちらへと目を向けた。
彼らが注目しているのは、国東という選手が付けているゴーグルだ。それには小さなカメラが取り付けられ、そこから読み取った映像を基にレンズにナビが表示される仕組みとなっている。
「あれって、レギュレーション違反じゃないの?」
「いえ、機械に関する制限は『水上を走る無動力の乗り物を使うこと』であって、動力以外の電子機器に関する制限は設けられていません。大会側もそれを認めたからこそ、ああしてスタートラインに立てているのでしょう」
3年生女子のスタッフに説明する吉祥寺の顔には、隠し切れない悔しさが滲み出ていた。
そんな彼の肩に、将輝の手が背後からポンと置かれる。
「
「……そうだね。ごめん、少し意識し過ぎていたみたいだ」
吉祥寺がそう言って頷くと、将輝も力強く頷き返してモニターに集中した。新競技に達也がどう対応したのか、自分達も参考にするためにもしっかりと見届ける必要があると判断したのだろう。
そうして会場にいる観客以外にも大勢の注目を集める中、3つのスタートシグナルが次々に灯り、そして一斉に消えたその瞬間、一高のボートがスタートダッシュを切った。
「おっ、速いな」
「でも1週目は的の出ない
「どこまでスピードを出せるか試してるんだろう。その証拠に、転覆しても構わないくらいのスピードで飛ばしてる」
「確かに有効な戦術だ。俺達も真似させてもらおう」
スタッフ達が口々に一高の作戦を議論していると、ボートはコースの周回を終えて2週目へと突入した。ここからは乱数プログラムに従って水面上を自走する的を射抜きながらコースを周回し、的中率とそのタイムによって算出されたポイントで競うこととなる。
そしてその瞬間、モニターを注視していたスタッフ達の平静が崩された。
「何だ、あの速さ!」
「まるで散弾じゃないの!」
彼らが驚いたのはボートのスピードではなく、
いったいどのような魔法を使っているのか、とスタッフが必死に目を凝らしてモニターを見つめていると、ふいに女子のスタッフが目を丸くして大声をあげた。
「やっぱり! 見て! 的の周囲にも着弾してる!」
吉祥寺が即座にモニターを操作し、水面の的が魔法の射撃によって沈んでいく瞬間の映像を切り取った。
すると確かに、的の周辺の水面にも散弾状の着弾跡ができているのが確認できた。しかし着弾跡が発生しているだけで、個体や液体の弾丸らしき物はどこにも見当たらない。
となると空気弾の類か、とスタッフが思い始めたそのとき、
「間違いない……。あれは
吉祥寺の言葉に、その場にいる全員が驚愕した。
それは“加重系統プラスコード”を利用した加重系魔法であり、対象のエイドスを改変することなく直接圧力そのものを書き加える効果をもたらす。圧力のみを改変するため魔法式が小さくて済むが、作用点を直接視認する必要があるため遮蔽物があると防がれてしまう。
そしてこの“加重系統プラスコード”は吉祥寺が発見したものであり、もちろん“不可視の弾丸”も彼の発明によるものだ。そんな彼が、その魔法を別のそれと見間違えるはずが無い。
「しかもあの魔法……、アレンジが施されている」
「アレンジ?」
「僕が開発したのは、あくまで一点を狙う狙撃型。でもあの魔法は、複数のポイントに作用する散弾型だ。散弾型の“不可視の弾丸”をループ・キャストで繰り出すことで、散弾のマシンガンと言うべき弾幕を作り出している。的を外してもペナルティの無いこの競技に適応したアレンジだ」
ギリッ、と歯を食い縛る音が聞こえた気がした。
「やってくれるやってくれるやってくれる! 僕の“不可視の弾丸”を再現しただけじゃなく、改造までしてくれるなんて!」
吉祥寺に掛ける言葉を誰も見つけられない沈黙の中、一高ペアは優勝予想ラインを大きく上回るタイムとスコアを叩き出した。
* * *
アイス・ピラーズ・ブレイク自体は去年の九校戦にも存在したが、ペアになったことで最も戦術が変わった競技と言えるだろう。
基本的にペア競技の場合、片方が攻撃担当、もう片方が防御担当となる。しかしここで注意しなければならないのが、互いの魔法の効果範囲が被ってしまうと、その部分で魔法の相克が発生してしまい、魔法の効果を十全に発揮できなくなってしまうという点だ。
本戦のペア代表選手である花音と雫も、最初はそれに苦慮していた。攻撃担当である花音の“地雷原”による振動が自陣の氷柱にも影響を及ぼし雫の情報強化を揺らがせ、花音もそれを気にして本気で魔法を放てない悪循環に陥っていた。
それに対して、達也が採った策は――
「花音、本当にその格好で出るの?」
「そうよ。可愛いでしょ?」
花音がクルッと回ってみせた。カラン、と
彼女の現在の服装は、一言で表すなら“夏祭りでよく見る浴衣姿”だった。濃い青に花火の柄をあしらった大人っぽいデザインの浴衣に下駄まで揃えた拘りの衣装である。確認のために記すがここは軍事基地であり、今まさに九校戦の試合へと赴くところである。
ちなみにペアの相手である雫も、赤紫の生地に同系統の色で目立たぬよう花火模様をあしらったデザインとなっている。季節的に正統派でありながら、少女から女性へと移り変わる時期特有の色気を醸し出していると言えるだろう。
もちろんこの衣装に、達也や五十里の意思は微塵も介入していない。アイス・ピラーズ・ブレイクが純粋な魔法技術の勝負であり衣装のルールが定められていないのを良いことに、特に女子の方で一種のファッションショーの様相を呈していることに疑問すら覚えている。
しかし九校戦がこういった“お遊び”の要素を含めて世間に受け入れられていること、そして当の選手が楽しんでやっていることから、殊更それに対して何か言うことはしなかった。
「そろそろ時間です。2人共、練習通りに」
「オッケー」
「任せて」
力強い返事を残し、花音と雫がフィールドへと向かっていった。
20世紀の女子高生辺りが着てそうなセーラー服姿の七高選手との試合は、試合開始前から色々な意味で白熱していた観客を更に熱狂させる展開となった。
開始早々、花音の“地雷原”によって、七高陣地の氷柱(重さにして約2トンだ)が次々と破壊されていった。しかし七高選手もただ見ていただけではなく、前列4本が破壊された辺りで8本の氷柱が最前列中央にズリズリと集まって一塊となっていく。
防御の陣形を完成させた七高選手が、反撃に転じた。1本、2本、3本、と抵抗の様子も無く次々破壊されていく一高の氷柱に、一高の応援席から悲鳴が、七高の応援席から歓声があがる。
しかし8本まで倒したところで、七高の猛攻がピタリと止んだ。最後列4本が先程までとは嘘のようにビクとも動かず、あからさまに焦りを見せた七高の防御担当の選手が攻撃に加わった。
まるでその瞬間を見計らっていたかのように、花音の“地雷原”が炸裂した。地面を介して固体に強い衝撃を与えるこの魔法にとって、氷柱を1ヶ所に集めるのは単純に的を1つにするのと同義だ。一塊になった氷柱がそれに耐えられた時間は極僅かであり、一際激しい轟音と共に8本の氷柱がまとめてその場に崩れ落ちた。
「最後に4本残ったのは……、もしかしてわざとか?」
その試合をモニター越しに見つめていた三高の技術スタッフが、懐疑的なニュアンスを含ませながら自身の考えを口にした。
北山雫は去年の新人戦で、あの司波深雪の“
そして次の対五高戦でも同じように4本の氷柱を残して勝ったのを見て、その考えが正しいものであることが明らかとなった。
「自陣の氷柱が1本でも残っていれば負けにならない……とはいえ、最初から8本も捨てて掛かるなんて、随分と思い切った作戦だね」
そう答えるのは三高技術スタッフの要である吉祥寺だが、その声はどこか精彩を欠いていた。午前中のロアー・アンド・ガンナーで“不可視の弾丸”の改造版を使われたショックが未だに癒えていないのかもしれない。
「しかし彼女は、何故わざわざそんなことを? 12本全部の氷柱を守り切るだけの魔法力はあるはずだろ」
「確かに将輝の言う通りだ。もしかしたら北山選手ではなく、攻撃担当の千代田選手に原因があるんじゃないかな?」
「千代田選手に? だが彼女だって、去年の優勝者だぞ?」
将輝の問い掛けに、吉祥寺は徐々に調子を取り戻していく感覚を味わいながら説明する。
「彼女が使う“地雷原”という魔法は、地面を振動させるという性質上、効果範囲を指定することが事実上不可能なんだ。おそらく“地雷原”と防御用の情報強化が干渉し合うのを防ぐために、あんな作戦を採っているんだろう」
「だとしても、あの魔法は脅威だな。こちらが一高に勝つには、向こうの“地雷原”がこちらの氷柱を破壊し尽くす前に北山選手の防御を破る必要がある。何か良い方法は無いか?」
将輝の問い掛けは他の技術スタッフも共通のものなのか、答えを待ち構えるかのようにジッと吉祥寺を見つめていた。
それを感じながら、吉祥寺は即座に頷いた。
「あるよ、良い作戦を思いついた。ディフェンス担当の佐久間先輩にとって難しくない魔法だから、今からでも充分間に合うと思う。明日までにプランと起動式を揃えておくよ」
「さすが吉祥寺くんね!」
先輩の女性スタッフが賞賛の声をあげる中、将輝が怪訝そうな表情を浮かべる。
「大丈夫か、ジョージ? 明日はロアガンに出場するんだろう? 一高からは野原しんのすけが出場するし、しかも担当エンジニアはあの司波達也だ」
「確かに、厳しい戦いになるだろうね……」
でもね、と吉祥寺は不敵な笑みを浮かべて、こう続けた。
「僕だって、やられ役に甘んじるつもりは無いよ。どちらも僕らが優勝して、彼に一泡吹かせてやるさ」
* * *
第一高校、初日の成績。
英美・国東ペアのロアー・アンド・ガンナー女子ペア、1位。60ポイント獲得。
同じく男子ペア、3位。20ポイント獲得。
花音・雫ペアのアイス・ピラーズ女子ペア、大会3日目の決勝リーグ進出決定。
同じく男子ペア、同様に決勝リーグ進出決定。
初日に80ポイント獲得となれば、上々の滑り出しと言って間違いないだろう。現に選手やスタッフが集まっての夕食会でも、大体のテーブルが朗らかな雰囲気に包まれている。
しかし幹部席――あずさ・服部・五十里・花音・達也・深雪が顔を合わせる一角では、深刻とまではいかなくとも真面目な顔つきで反省会が行われていた。
「七高があそこまでロアガンを仕上げてくるなんて予想外でしたね」
「当校が男子3位、女子1位に対して、七高が男子1位、女子2位か……。さすがは“海の七高”といったところか」
「術式の精度はそんなに負けてなかったと思うけど、選手の練度が凄かったね」
あずさの言葉に服部が答え、五十里がしみじみと自分の感想を口にした。
そして服部は、彼の言葉に反応しなかった。聞いていなかったわけではない。彼の感想を耳で受け付けてはいたものの、頭の中で繰り広げていた星勘定を優先したのである。
七高の予想外の活躍もあって、対抗馬筆頭である三高は男子2位、女子3位で合計60ポイント。今日時点で一高の方が20ポイント上回っている計算となるが、まだ1日目なので今後の展開次第では簡単にひっくり返せる点差だ。
「明日は確か、アイス・ピラーズのソロ予選とロアガンのソロだっけ」
「はい。俺はしんのすけのCADを最終調整した後、深雪の方に行かせてもらいます」
「それなんだけどさぁ、達也くんにはしんちゃんの方についてもらった方が良いんじゃない? 司波さんなら、誰が担当したって優勝するだろうし――」
「千代田先輩」
花音が提案を言い終わるよりも前に、深雪が文字通り凍てつくようなプレッシャーと共に呼び掛けた。反射的に身構える花音だったが、深雪を達也が、花音を五十里が抑えることで幸いにも場外乱闘には至らなかった。
「ロアガンは一発勝負、対してアイス・ピラーズは予選で3回戦います。合間の調整のためにも、俺がそちらについた方が合理的ですよ」
「……確かにその通りなのは分かってるけど、それでもアタシとしてはロアガンの方が心配なのよ。海の七高もそうだけど、三高の代表選手はあの
吉祥寺は達也に対し、同じエンジニアとして並々ならぬ対抗心を抱いている。おそらく明日のロアー・アンド・ガンナーも、より一層本気で挑んでくるだろうことは想像に難くない。
だからこそ花音は、明日の結果がそれ以降の九校戦を左右する重要な局面になる、と考えていた。そしてそれは彼女だけでなく、何ならこの場にいる全員が抱いている思いだった。
と、そのとき、
「おっ? なんでみんな、そんな辛気臭い顔してるの?」
両手にオレンジ色の液体の入った瓶を持ったしんのすけが、鼻歌混じりに服部の隣にあった空席に腰を下ろした。
「まぁまぁはんぞーくん、1杯どうぞ」
「あぁ、悪い。――念の為に訊くが、まさか酒じゃないよな?」
「…………」
「おい」
「ダイジョーブ、ただのオレンジジュースだゾ」
しんのすけに注がれたジュースを若干怯えた表情で口にする服部を横目に、花音がしんのすけへと問い掛ける。
「しんちゃんはさ、明日のロアガンに達也くんが付いてた方が良い?」
「えっ? 深雪ちゃんの方に行くんじゃないの?」
「ほら、えっと……。しんちゃんも、達也くんがいた方が心強いでしょ? 何てったって相手はカーディナル・ジョージなんだから」
再びプレッシャーを放ち始める深雪に内心ビクビクしながらも、花音はそれが自分の役割だと信じて台詞を言い切った。
しかし決死の(本人からしたらけっして誇張ではない)質問に対し、しんのすけはキョトンとした顔で首を傾げた。
「誰、その“活気ある商人”って?」
「カーディナル・ジョージ! 三高の吉祥寺真紅郎よ!」
「…………?」
「ほら、一条将輝の隣にいた」
「あぁ、あの大食い選手と同じ名前の人!」
達也の助け舟でようやく思い出したしんのすけに対し、花音は「どういう憶え方してるのよ!」とテーブルに突っ伏す勢いで項垂れた。そんな彼女の姿に色々と気が削がれたのか、深雪もいつの間にか苦笑いを浮かべるようになっていた。
「心配いりませんよ、千代田先輩。しんのすけは、こういう奴です」
「……そうね、達也くん。深雪さんも、悪かったわね」
「いえ、私の方こそ、申し訳ありませんでした」
どうやら色々と丸く収まったようで、幹部席は他のテーブルと同じ朗らかな雰囲気に包まれた。
「…………?」
ただ1人、しんのすけを除いて。
達也の部屋に深雪が泊まっているのは半ば公然の秘密とはいえ、現場を見られるのは色々とマズい。なので達也の友人達が彼の部屋に集まるわけにはいかず、かといってロビーやカフェで大っぴらにお喋りするのも外聞が悪い。各校の応援メンバーがホテルに宿泊できる人数は制限されており、残りのメンバーは基地の外に分散して宿泊している現状、そんな場所に長時間居座っていたなら冷ややかな目で見られること請け合いだ。
そこで達也のグループが雑談場所に選んだのが、CAD調整用の作業車だった。北山潮からの寄付によりキャンピングカーへと変貌を遂げたその作業車ならば、ルーフからオーニングテントを伸ばして屋根を作り、付属の折り畳み椅子に座り、備え付けのキッチンでコーヒーを沸かすこともできる。彼らの中で“お茶会”を執り行おうという提案が挙がるのは、むしろ自然なことだった。
「いやぁ、すっかり遅くなってしまいましたなぁ」
当然それに誘われていたしんのすけだが、始まりの時間を大分過ぎた頃にホテルのロビーを早足で歩いていた。別に何てことは無い。ホテル最上階のVIPルームで春日部一行と談笑したり、ホテルの風呂でゆっくりと汗を流したり、携帯端末でアクション仮面の動画を観たりしている内に、約束の時間を過ぎていたのに気付いただけのことである。
夜もすっかり更けた、と表現できる時間帯ではあるが、ロビーには魔法科高校の制服を着た者がちらほらと見受けられた。とはいえそれは彼のような選手ではなく、駐車場に停めているであろう作業車でCADの調整を行っている技術スタッフがほとんどだろう。まぁ、彼がこれから向かう場所もそこではあるのだが。
そうしてしんのすけが後1歩で外に出ようとした、まさにそのとき、
「失礼、野原しんのすけくんではありませんか?」
その直後、背後から名前を呼び掛けられ、しんのすけは後ろを振り返った。
顔の彫りの深さや髪の色から、明らかに日本人の容姿ではない。それなりの年齢に見えるが体を鍛えているため中年太りとは無縁の体型だが、あくまで健康維持を目的としたものなのでホテルで偶に見掛ける軍人と比べると筋肉量が物足りない。
「あんた誰?」
「これはこれは、失礼しました。私はエルンスト=ローゼン、ローゼン・マギクラフトという企業の日本支社長です」
ビジネススマイルを絵に描いたような笑顔と共に、エルンストがそう自己紹介した。