第一言語   作:臆病なバンドリーマーX

3 / 8
三話

「戸山香澄! ギターボーカルやってます! キラキラドキドキしたいです!」

 

 ──と、お互いの自己紹介が終わる。ファミレスで七人、桜、私と、ポピパだった。昼ごはん代わりに注文をして自己紹介を終えたところ。料理が順々に届いているけど、誰も手をつけていない。ポピパはみんな一緒に食べるんだろうか? 

 

「アタシたちもボーカルだ! ボーカルどうし、仲良くしようね」

「はい! あ、そうだ。実はガルパでボーカルのグループがあるんですけど、入ってくださいよ!」

「勿論!」

 

 で。なんでこんなことになっているかと言うと、Roseliaに《ガールズバンドパーティ》に誘われたからだ。サークル、というライブハウスでのガールズバンド・ライブイベント。五バンド合同でやっていたそれに、ラッパッパも参戦するわけだ。Afterglow(アフグロ)poppin′ Party(ポピパ)、Pastel✼Palette《パスパレ》、ハロー! ハッピーワールド! (ハロハピ)。そして、私たち。計六バンド合同の一大イベントだ。

 

「他のラッパッパのみんな…………皆さんは?」

「あはは、敬語じゃなくていいよ、バンド仲間なんだし。他のみんなは用事があるってさ〜。全員の顔合わせの時は集まれるから、今日はとりあえずアタシ達が代表ってことで」

「そうですね!」

 

 元気いっぱいの戸山香澄だった。

 ポピパメンバーは全員が花咲川の二年生だ。私たちは高石高校三年、年上ということで気を使っている…………のだろうか? 何も分からない。

 まあ、人数分の自己紹介は聞けたし、緊張云々はどうでもいい。今日は、参加することに決めたガールズバンドパーティについて聞きに来たんだ。Roseliaは、ポピパがガールズバンドパーティを始めたと言っていたから。いや、メンバー集めをやってたんだったか。

 

「それで今日は…………」

「ガールズバンドパーティ、だよね! もちろん、大歓迎です!」

「あー、ちょっと、戸山さん? 少しの間、静かにしていただけます?」

 

 元気いっぱいに答える戸山香澄を市ヶ谷有咲(キーボード)が宥める。ほかのメンバーもそうだが、中学からの女子校育ちだけあってみんなお行儀が宜しいし、言葉遣いも女性的過ぎるくらいだ。きっと、放課後マックで、ストロー入れをクシャクシャにしたものにコーラをかけて芋虫遊びをした経験すらないんだろう。

 

「えーっと、私が説明しますね。参加については大歓迎です。まだ細かいことが決まってないのですが、セトリとか早めに決めておいて貰えるとスムーズかと思います。参加バンドは一応、いつも通りアフターグロウ、Roselia、ハロー! ハッピーワールド、pastel✼Palette、私たちpoppin′ partyですね、今の所」

「あ、そうそう。それで、セトリの事なんだけどさ──」

「どうしました?」

 

 桜が口を開く。

 有咲は丁寧に説明していたが、既にRoseliaから聞いていた話の通りだし、まだ何も決まって無さすぎる。そこら辺は決定後に聞けばいいと思ったんだろう。もしくは、私たちも演者として会議のようなものに出席するのかもしれない。

 

「Roseliaから聞いた限りだと、ガルパのコンセプトは名前の通り《パーティ》。歌う曲も当然それをイメージしたものになるって言ってたんだけど」

「そうですね。香澄……戸山さんが言い出した言葉ですが、今ではみんながそれぞれパーティって言葉を意識して曲を持ってくるので、自然と」

「アタシたちの曲にパーティっぽいのないんだよね。どれも神妙な感じでさ。恋愛話とか、サイコ・シリアスだったり、賛美歌っぽかったりするから……」

 

 桜は言いつつ、チラリとこちらを見る。ラッパッパの曲はどれも私が担当しているからだ。歌詞は私と桜のボーカル組が歌う度に別の意味を込めることが多い。音を使ったボーカルでは、こういった利点がある。が、解釈をほっぽり出しているのでどうしても曲調が他人に伝染してしまうのだ。私と桜の歌う曲が、客にとって同じ解釈をしていない。だからこそ、私と桜は客や友人から曲のイメージを聞いて、ライブハウス事にそれを使い分ける必要があった。

 と言っても、そう何曲もない。即興で語るオトを曲として日記的に纏めだしたのは最近だ。手持ちの自作楽譜は五枚だ。

 

「別に、パーティって名前だからってパーティっぽくする必要ないんですよ? さっきも言った通り、みんなが勝手に曲のイメージを擦り寄せてるだけなので──」

「ううん、なら、尚更それを守るべきだと思うよ。だからね、アタシたちは、新曲だけで勝負するつもり。持ち時間にもよるけど、そう多くは作れないよ」

「ラッパッパ側がそういう考えなら止めませんけど、どうしても四曲程度にはなると思いますよ」

「どう?」

 

 桜は隣を──つまり私の方を──向いて首を傾げる。艶やかなサイドテールが視界に漆黒を添える。

 うむむ、と私は顎に手を当てて考える。四曲か…………。少し多い気がする。ていうか、明らかに多い。無理だ。

私はラッパッパの作曲担当な訳だけど、今回のライブコンセプト的に、今まで作ってきた作品たちのようにラブ一辺倒ってわけにはいかないと思う。新たな挑戦になる訳だ。

 それに、私は受験生でもあるわけだから。テスト近いし。──あまり気乗りしない風の作曲に時間を割きたくないというのもある。

要するに面倒だ。

 

が。

桜はこちらを期待した目で見ている。

 

「何とかする」

 

 

 

 ライブの細かいことが決まったさしあたって重要なのは一バンドで五曲、系三十曲で決定したことだ。四曲って言ったじゃんか。歌う順番は最後。ポピパ、Roselia、アフグロ、パスパレ、ハロハピ、そして私たち。もう、既に練習は始まっていた。勿論、各バンドとの顔合わせは済んでいるし、曲の入ったCDも貰っている。練習は、各バンドと同じ日程で行う。ポピパ、Roselia、ハロハピ、アフグロ、パスパレ。週に一回ずつの合同練習だ。なんで一緒にするのかって、私は五曲をそれぞれのバンド歌にしようと思っているからで、その取材だ。こんなにも多くのバンドと週一で練習できるのも、五バンドのメンバーが揃いも揃って花咲川か羽丘の生徒──どちらも女子校で中高一貫なのでお嬢様学校って感じだ──だからだろう。世界が狭い、といった感想しか出てこない。

 

「ちょっと休憩にしましょうか」

 

 と、アフターグロウのボーカル&ギター担当美竹蘭が言う。アフターグロウの面々は口々に一息ついて、張り詰めた重い肩を落とす。私たちも同様、いや、もっと酷い。普段から猛練習しているであろう三人組は涼し気な顔をしているけど、桜は椅子にもたれかかって空を──天井だが──仰いでいる。相当疲れたらしい。かく言う私も、膝を肘置きにして前のめりに俯いていた。さすがに五曲続けては息が苦しい。練習曲にそれぞれのバンドの曲を希望したのは間違いだったかも。

 

「佐藤さん、さっきの、サビのところのアレンジ、すごく良かったですよ。あんなのいつ考えたんですか?」

「あ! それ思った! めっちゃカッコよかったですよ!」

「こう、ズガシャーンって感じでしたね」

「ズガシャーンじゃダメじゃない……?」

 

 ギターボーカル美竹蘭、ベース上原ひまり、ドラム宇田川巴、キーボード羽沢つぐみ。なんとドラムの巴は宇田川あこの姉らしい。本当に世間の狭いことだ。その頃、ギター担当の青葉モカはおやつに持ってきていたのか、カバンから漁ったパンをぱくついていた。商店街の、『山吹ベーカリー』で買ったんだろう。山吹ベーカリーはかなりの人気店で、山吹沙綾の実家という話だった。なんだか、この街にいると少し歩けば知り合いの影がある。

 

「──うん? ああ、アレ…………。いい感じだったなら良かった。まあ、二度は出来ないけどね」

「即興でしたか…………。なんだかポピパのボーカルみたい」

「でもめっちゃいい雰囲気でしたよ!香澄にあの音は出せないんじゃないか?」

 

 絡まれた桜がこっちを寂しげに見ていた。気持ちはわかる。でも、よく見てみるとヤンキーって訳じゃない。

 美竹蘭は肩口で切り揃えた髪に赤くメッシュを入れてるし、宇田川巴は背も高く髪も赤みがかって染めてみえ、女子校育ちの割に言葉遣いも男の子でも荒っぽいと言えるだろう。単純に、怖い。でも、それは育ちと地毛の色の差だろう。ベースの上原ひまりは桃色っぽい髪色をしているけど恐らく地毛だ。青葉モカは銀灰色だが、根本まで同じ色なので多分ハーフとかクォーターとか。花咲川や羽丘に通うか弱い乙女達が共にライブしていて、楽しそうに紹介していたことから、物腰柔らかな人達なんだろうことも予想できる。怖がるものじゃない。

 

「やー、なんてーか、その…………。即興だけは昔から得意でさ。それだけが取り柄っていうか」

 

 と、桜は言うが。違う。

 桜の音楽には、個性がある。それこそ、周りと合わせられず、部員全員から退部を勧められるほど、強い個性が。それは私たちの中でさえ一際強く輝いている。演者を残さず平らげてしまうぐらいの強烈なモノ。それでいて違和感のない。ずるいと思う。桜は才能があるから。私が手を伸ばしたって届きっこない。

 

「――枝って、なんですか?」

「よく分からん」

 

 と、そんなことを考えていると、桜と宇田川さんの話はあらぬ方向へと飛んでいた。『枝』ってなんだ。

 

「枝は枝だよ。でしょ、いと?」

「うん、枝」

「大宮さん発案何ですか?」

「うん」

 

よくわからないけど、桜かをそう言うならそうだ。何がとかじゃなく『枝』なんだろう。

 

「へ~。そういえば、お二人はプロとか目指してるんですか?」

 

 

 プロとか良く分かんないかな、と曖昧に笑う桜

 

「やっぱり、音大に行くんですか?」

 

 その言葉で、場は凍った。

 いや、そう思ってるのは私だけだ。ほんの一刹那、顔から表情が消える。桜に《進路》は禁句だ──。

 

「あ、はは。それもよく分かんないかな……」

 

 一瞬、ほんの一瞬だけ、桜の顔に影がかかる。ほんの僅か、初対面の人には分からない程度に──。やっぱり、《まだ》なんだ。

 しかし次の瞬間には「いやー悩んでてさー?」とまた明るい声にもどる。アフターグロウの面々は、それに誰一人気付かない様子で、談笑を続けている。

私だけが、無表情に、まるで金縛りにでもあったかのように怯えていた――。

 

 

 

 

 

 

「──薫君は粒が荒く聞こえますね。演奏自体は上手いので、丁寧に演奏すれば大丈夫です! 

 ──はぐみちゃんは、所々音を落としてるから、楽譜をもう一度読み込んでみようか。演奏自体は上手いから。

 ──松原さんはちょっと力が弱いかな。もっと勢い良く叩いてみよ」

「「「はい!」」」

 

 ハロー! ハッピーワールド! の面々は素直に桜の指示を聞いていた。場所はハロハピのリーダー弦巻こころの自宅、応接間──かどうかはわからない。なんか、広い部屋──だ。なんと弦巻こころは世界に名を轟かせるあの弦巻グループのご令嬢らしく、家が馬鹿みたいに広い。大学とかそぬくくふふふふふふういう施設よりも広いと思う。

 輝く金髪、同色の眉毛、虹彩。若干子供っぽい顔立ちは本当に高校二年生、一歳違いだろうかと疑ってしまう。パートはボーカル。好奇心旺盛な性格、奇天烈な発想で、バンドスローガンと同じく人を笑顔にするために行動する。桜となにやら通じ合うことのありそうな感性をしている。

 

「いやー、やっぱり、凄いですね……。音楽やってる人から見た、客観的な意見ってなかなかないんで…………感謝してます、ほんと」

 

 ハロハピのメンバーに頼まれた桜の《指導》に、DJの奥沢美咲は代表して感謝を述べる。自分たちで黙々練習していても限界があってどこが間違っているか分からなくなるらしい。それで、私たちに音を聞いて欲しいと頼んできたのだ。ま、ハロハピは演奏より笑顔っていう考えなのでこちらも指摘がしやすい。

 

「みんなからはなにかある?」

「…………奥沢さん、動きにキレがない」

「ヴェ」

 

 恐らく疲れてきているんだろうが、彼女は本番ではクマの着ぐるみでパフォーマンスを行う。体力は必要だ。私がそう思った他には、ほかのメンバーからは何も無いようだった。相変わらず主張が少ない。いつも三人で相談して、自分たちのオトを手直ししている。

 

「ところで……今日はミッシェルはどうしたんだい?」

 

 粒が荒く、という指摘を受けて演奏をさらに《儚く》しているギター瀬田薫が思い出したように言う。

 

「あはは、今日はお休みなんだ…………」

「そうなの、残念ね!」

「今日はいつも通り、代役ってことで」

 

 尚、その事は彼女曰く三バカ──ボーカル弦巻こころ、ギター瀬田薫ベース北沢はぐみ──には内緒、らしい。夢を壊したくないのだとか。三バカ、といえばここ数十分の練習の間だけでも個性が強い三人なんだと分かった。いったいどういう形でミッシェルを信じているのか分からないけど、口裏を合わせるくらいなら構わないと思った。

 

「ちょっと休憩したら、また通してみよっか」

 

 ドラム松原花音の声掛けで、メンバーは一斉に脱力する。私も楽器を持ち直して、少し休憩する。

 

「あ、はぐみ、コロッケ持ってるよ! 休憩中に食べようと思って持ってきたんだ!」

「それはいい。通し練習に向けて英気を養うため、コロッケパーティーと洒落こもうじゃないか」

「はぐみ、ナイスアイデアだわ! 今お皿と箸を持ってこさせるわね!」

 

 と、流れるようにコロッケパーティー? の流れが決まった。比較的まともな松原さん、奥沢さんに話を聞くと、いつも通りなようだ。最も、普段は弦巻家の用意した紅茶と茶菓子らしいが。

 

 弦巻こころが部屋の隅に待機していた黒スーツの女に指示を出す。黒スーツ女はすぐに部屋を出ていった。コロッケの大皿とそれぞれの取り皿を取りに行ったらしい。

 

 少し待てば、コロッケは直ぐに皿に乗って運ばれてくる。それぞれ箸を手に取って食べ始めた。私は油がついたら嫌なので遠慮しておく。

 

「──それにしても、先程の演奏は素晴らしかった。改めて礼を言うよ、ラッパッパの子猫ちゃん達」

 

 と、急に何かを《切り替えた》瀬田薫が振り返って、キザったらしいキメ顔で言う。桜の方が格好いいと思うが、このギターは度々、というか、常にそういう態度をとる。

 紫暗に近い色の髪をかきあげ、切れ長の目を細め、端正な顔を大真面目に引き締めて、長身に長い手足を存分に振り乱して格好をつける。根っからの役者なんだろう。額面通りに受け取ればただの変態だ。

 他人のことを《子猫ちゃん》と呼び、バンドメンバーを《お姫様》と呼び、シェイクスピアだかニーチェだかの言葉をたびたび引用する。紛うことなき変態である。

 ひょっとしたら、自信の無い人なのかもしれない。

 

「いや~、はは。そうかしこまって言われると照れちゃうよ」

 

 桜は照れたように笑う。他メンバーも同じようにする。

 

「やっぱり、練習もかなり厳しいんですか? 元吹奏楽部って話だし」

「私も気になるね」

「そんなことないよ。最近は毎日吹いてるけど、基本週三だし。ま、なんだかんだでみんな自主練してたりするけど」

「へー…………やっぱり、毎日吹くことが大事なんですか?」

「そうだね。10分だけでもやってると違うよ」

「なるほど、継続は力なり…………つまりそういうこと、だね」

 

 などと合間に言葉を交わす桜と奥沢、瀬田である。毎日練習とは、上手く言ったもんだ。毎日練習、なんてのは他三人についてのことで、私と桜はしてない。ただ、毎日テキトウに音を出して掛け合っているだけである。練習とはいわない。勿論、音楽教師を呼んだきちんとした練習は週三だが、それ以外は先生の都合もあって遊びのようなものだ。だからこそ、最近の練習量は少し辛いものがあるけど。そういうのもあって、桜は毎日練習しようと思いたったのだろう。少し見栄を張ったようだ。

 

「家では練習しているんですか? テスト中は部活ないですよね?」

「音をあまり鳴らすと、近所迷惑になってしまわないかい?」

「はは、家での練習は、ちょっと抑えてるよ。住宅街だしね。吹きたくなったら、外に出るんだ。公園とか」

 

 正しくは、一週間前からない。高山高校のレベル自体が高いこともあって──私と桜は学力入試だったのだが、正直落ちたかと思った──、私たちも勉強に時間を多く割いている。十分、というのはテスト期間中、私たちが二人で音を合わせている時間だ。

 

「へー。……どういった練習内容なんです?」

「私も気になるな。今後演劇部で管楽器なんかを演奏しないとも限らない。後学のため、教えて欲しい」

「ん~? 吹部と変わんないよ?」

 

 つまり、走ったりする。

 

「へー…………。今度、ウチの吹部覗いてみよっかな──」

「それがいいかもね。

 ……そろそろコロッケも終わりにして練習始めよ!」

 

 パン、と手を叩いて大きな声で宣言した桜に、奥沢美咲は慌てて給水を済ませる。コロッケをパクツイていたので口元の油も慌てて拭き取っている。

 

「そうか、つまり……………………」

 

 瀬田薫のうかない表情を私の視界にだけ残し、練習は再開する。

 

 

 

 

「凄いです! プロの伴奏と遜色ないですよ!」

 

 とは、アイドルバンドPastel*Palettesドラム大和麻弥の言だ。

 

 彼女たちは生演奏バンドを売りにしたアイドルである。ボーカル・ふわふわピンク担当の丸山彩、ベース担当の元子役白鷺千聖(しらさぎちさと)、ギター担当の地底人? 氷川陽菜、キーボード担当のブシドー・アンド・ブシドー若宮イブ、そしてドラム担当の大和麻弥の五人。実は密かにファンをやっていたりする。

 中でも、大和麻弥はパスパレ一の機材・音楽オタクとして知られている。機材全般が好きで、話すと撮影しているのも忘れ止まらないこともしばしばある。その知識……教養の高さは全国に点在するファン一同や果ては専門家なども認めるほど。仕事柄、プロの伴奏に合わせて演奏することも多いことも考えると、大和麻弥の賞賛には一定以上の信憑性があった。

 

 嬉しい。わざわざお金を払って現場に行く程ではないが、それでもテレビに出ている時は録画予約をする。気が向けばキーホルダー代わりにグッズの購入をする時もあった。そんなアイドルの人に褒められて、多少は嬉しいんだ。

 ちょっと、ドヤ顔をした。

 

「イトさんは、どうして自分たちを推してくださるんですか?」

 

 そんなことを言われる。

 困る。馴れ初め──というのもおかしいか、ファンの欠片の始まりを話すのは構わないけれど、私は『推し』と呼べるほど貴方達を愛していないから。そこまで熱心なファンという訳でもない。SNSでフォローする程度の、『憧れ』とでも言うのが正しい。

 

「…………人付き合いが上手くないから、憧れる」

 

 そうだ。私がちゃんと喋れる相手と言えば桜くらいで、後はドモってしまったり言葉に詰まったりが多い。とは言っても、その桜相手にでさえ明るく話せるとは言えない状況だし、高校生になってからは話す時に緊張してしまうようになった。

 そんなわけで、私はコミュニケーションが苦手だ。コミュニケーション障害、とでも言えばいいのか。そこまで大袈裟ではないかもしれないけど、問題を視認するにはそれくらいの方がいいか。そんなだから、テレビの前で歌って踊ってのアイドルには元々惹かれるものがあった。自らの容姿を客観的に見つめて、武器ではなく商売道具として使うその姿勢にも好感が持てる。

 

「デビューの時の…………。その、悪い言い方になるかも知れない。ごめんなさい。

 ──デビューの時の、あの事件で知って、その瞬間にダメだと思ったけど」

「あ、あのときですか…………」

 

 大和さんはポリポリと頬をかいて恥じらった。

 というのも、パスパレのデビューの時の事件についてだ。パスパレは生演奏バンドとして売り出していたが、お披露目ライブの際、機材トラブルによって音が消えてしまい、口パクがバレてしまったのだ。来場者数一万人を騙し、その瞬間に嘘がバレてしまった。その時のことは今でも動画サイトに纏められている。私も当時、動画サイトのトレンドで見た。音楽を聞いていて、たまたまアイドルバンドの様子を公式生放送していたから、開いてみると、どうだ。口パクだというのは聞いた瞬間分かった。口の形が明らかにズレている。指も全然だった。多分、楽器をかじったことのある人なら分かる。まあ、よくある事だ。でも、音響トラブルで音が消えたから、暗黙の了解とも言えない状況になっただけで。

 

「散々な言われようだったのに、ずっと頑張ってた。何よりも、」

「そういうところ。努力、というより、それを支える心が、しっかりしててカッコイイ…………と思う」

 

 思ったよりちょっと恥ずかしい。私、なんで好きなアイドルの前で好きになった理由を語ることになってるんだろう? 桜は、と見渡すが、練習スタジオにはいなかった。麻耶さんと話していたからだろうが、私は何も聞いてないのに……。

 

「──いやぁ、なんか、照れますね。そこまで持ち上げられると謙遜するのも失礼かと思ってしまいます」

 

 本当に思っていることだ。頑張っている人を冗談でここまで突き上げるほど私の性格は悪くない。でも、それをちゃんと伝えられないあたり、私もまだまだだ。

 

「フヘヘ…………。因みに、五人の中で一番好きな方は誰ですか?」

 

 その質問にどう答えればいいのか、悩んでいる私に休憩中の丸山さんと白鷺さんもやってくる。氷川陽菜さんはスタジオにはいなくて、席を外しているようだった。

 

「彩さん」

「やったぁっ! えっ! 本当に!?」

「彩ちゃん、喜ぶのはいいけれど、驚くのと逆だわ……」

 

 白鷺さんが丸山さんにツッコミをいれる。どうやら、テレビなんかで見る二人の関係性はまんま、舞台裏でも行われているらしい。白鷺さんが私の前ということを意識していなければ。してるんだろうなあ。

 

「大宮さんの目から見て、彩さんの心が一番しっかりしているように見えた、ということですか?」

 

 頷く。

 

「同じボーカルだから、っていうのも、あるけど」

 

 でも、だからこそ、丸山さんの輝きたいと願う心っていうのが伝わってくる。

 

「心…………。しっかり、しているかしら?」

「してるよっ! もうっ! 

 ──さあ、休憩は終わりにして練習しよう! 私たちは、ただでさえスケジュールの関係で他バンドに迷惑かけてるんだから!」

「あははは…………しっかりしてますね、彩さん。そうと決まれば、練習しましょう!」

「日菜ちゃんと佐藤さんがまだだけど…………先に始めましょうか」

 

 と、丁度いいタイミングで扉がコンコンと叩かれる。桜だ。広いスタジオの中を歩いて扉を開けると、ノックリズム通り桜がそこに立っていた。練習再開の雰囲気に気付いてすぐに髪を揺らしつつ席に戻る。それを見て、私も席に戻った

 

 続いて、日菜さんが入ってきた。足音的に、廊下で合流したとかだろうか。日菜さんもすぐに練習モードに入ってギターのショルダーベルトを肩にかけて、集中する前に、私の方を見る。

 

「大宮ちゃん、今度は手抜かないでね?」

「……………………――は?」

 

 悪気はないだろう、純粋な質問が、パスパレ事務所の練習スタジオに響く。私は知らず、涙を流したらしい。

 私を庇う桜の冷たい声だけが頭の中に響いている。

 

 

 

 ──────────────────────

 叶わないなぁ…………。

 初めての演奏を終えた感想はそんなものだった。正確さという点に置いて彼女にかなうものはいない。自分でさえダメなんだから。彼女は存在自体が音楽みたいなもので、その頭の中にはきっと音が溢れていた。そんなのに、勝てない。

 

 中学の時の音楽発表会で、どうしようもなく、彼我の《差》を思い知らされた。嫌というほど《理解》させられた。努力だとか才能だとか、そういう現実的な側面とは逆位置で、彼女と触れ合い、その境界を知った。

 

 手元の楽器に映る自分の目を見つめる。自分は《音楽》じゃない。あくまで《音楽》が好きなだけだ。

 暗く沈んだ瞳。自分の目とは思えないくらいにドロドロに濁っている。

 

 周りの人は、自分に「負けてない」という。──だから頑張れと。

 そんなこと、自分が一番よく分かっている。長所と短所くらい。《負けてない》ことも分かる。でも、それはあくまで巨視的視点で見た、客観的なまやかし。ある部分で《負け》ているのに、他の部分の《勝ち》で慰めているだけ。

 

 そしてその構図は、自分が頑張って《勝ち》を維持する限り、彼女が頑張って《勝ち続ける》限りは、絶対に変わらない。そういう風にできている。

 

 ああ、だから、もう。

 

 追いかけるのは、やめようか? 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。