第一言語   作:臆病なバンドリーマーX

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四話

「あ! いたいた。おーい! こっちだよー!」

 

 高山高校──高山高等学校の正門前、他校であることに加えて男子も通う共学校で、女子校の花咲川の制服に身を包んだ燐子と香澄は大変に注目を集めていた。女子校生、と言うだけで目立つのに、燐子と香澄は縄張りのほど近いバンドマンとして多少は目に触れるし、何より、香澄の《ネコミミ》と大きな声と動径いっぱいに往復する腕の影響で余計に目線が集まっている。本人は《お星様》だと言っていたが、燐子は言葉通りに受け取ってはいなかった。香澄がそう言うからにはそうなんだろうが、燐子にとっては《ネコミミ》なのだ。そう思ってみれば、香澄の気分によってしなだれたり張り詰めたりしているようにも見える。ただの首の動きだが、そうやって考えた方が燐子は何となく癒される。兎に角、ただでさえ自他(燐子・あこ)ともに認めるコミュ症の燐子は置かれた状況に頭が《やられて》しまい、ネコミミをただただ見つめるくらいでしか意識を保つ方法がなかった。

 

 一方、香澄はと言えば、何も考えていない。ただただ楽しいだけである。他校、と言うだけでキラキラドキドキして、興味本意でに走り出しそうになるのを燐子の手前、手を大きく降って大声を出すことで妥協していた。彼女は外部生であり、燐子と比べて男という種に対して慣れがあるからこその状態である。もっとも、燐子と比べてしまえば、人への慣れもそこに加算されるのだが。

 

 学校の玄関を抜けて出てきた佐藤桜と綸(いと)は並んで歩きつつ、ゆっくり香澄たちの前にやってきた。二人とも、それぞれの楽器を抱えている。

 

「二人とも、練習は大丈夫だった?」

「今日は休み! ポピパとロゼは?」

「ポ、ポピパも休み!」

「Roseliaも……今日はないです」

 

 良かった、じゃあ、ホリデイ仲間だね。と、桜は快活に笑う。香澄が、仲間ー! と両手を挙げたので桜も一緒に挙げる。燐子は終始怯えて、記憶が飛びそうだった。

 綸(いと)は燐子に遠慮したのか、両手を挙げなかった。

 

「じゃあ、今日はどこに行くの?」

 

 と、歩き出しつつ桜が問う。燐子の顔色は青白かった。

 

「うーん、決めてない!」

「じゃあ、みんなどこにいきたい?」

「カラオケ!」

「…………一旦、喫茶店でも入ろう」

 

 クラクラと目を回し始めた燐子に肩をかしつつ綸(いと)が言う。ようやくその様子に気付いた香澄は『ごめーん!』と燐子に抱きつこうとして桜に阻止され、燐子を支える係を綸(いと)と交代する。

 

「ごめん、なさい…………。私…………」

「ううん、全然大丈夫だよ! むしろ、謝るのは私の方……。ごめんね?」

「いえ、そんな──」

「いやいや、本当に──」

 

 謝罪合戦を始めた燐子と香澄を連れ、綸(いと)は早速近くのファミレスを目指すべく、近くのファミレスまで目指して歩く。駐輪場まで自転車を取りに行った桜に、早く来て、と祈りながら。

 

 

 

 

「ごめんね、自転車置いてこさせちゃって」

「平気」

 

 香澄の謝罪に、綸(いと)は首を振って答えた。マイクをオンにしたまま喋る香澄との声の大きさの違いに、香澄自身、ちょっと面白いと思ってしまう。

 

 ──って、そうじゃなくって~…………。

 

 カラオケルームで、意図せず発生した香澄と綸(いと)だけの空間に香澄は焦っていた。桜が二人分の飲み物を持って部屋に戻ってくるまで、燐子が戻ってくるまで。あとどれ位、悩む時間があるというのだろう。薫、日菜からは『理由を聞き出せ』と()()()()頼まれている。しかし同時に、それが難しいかどうかの判断は副隊長に任せる、とも言われているのだ。香澄は、正直言って嫌だった。まだまだ綸(いと)とは親密な間柄ではないからだ。それに、本人すらもあまり意識していないが、綸(いと)が悩んでいるのなら今のうちに追いつくチャンスが、とも心のどこかで思っている。友達の力になりたい。でも、少し怖い。そんな風に悩む、普通の女の子だった。

 

「あ、あのさ!」

「ただいま~──て、あれ、ごめんね?」

 

 その戦いが丁度決着した頃、香澄の勇気と良心もむなしく、扉前に近づく足音に気付いて扉を開けた綸(いと)によって阻まれてしまう。開いた扉の先には桜が二つコップを持って立っており、すなわち猶予時間の終了を意味していた。

 

「待って! なんで分かったの!? 今ノックも何も無かったよね!?」

「ああ、綸(いと)耳いいからさ」

「凄い!」

「…………カラオケは、少し聞き取りにくい」

「ほんとだ! カラオケだここ! 凄い!!」

 

 なんて、香澄が驚いている間に、桜がさっさと曲を入力してしまった。

 

「いやー、カラオケ久しぶりだから緊張するー」

「桜は上手いから、大丈夫」

「そう?」

 

 慌てて思考を切り替える香澄を置いてけぼりにして、ラッパの二人はデュエット曲を入力してしまった。しまった! と、香澄は思う。でもその時にはもう曲のイントロは始まっていて、香澄と綸(いと)の間の空気感など一片たりとも残っていない。香澄は今日の作戦の失敗を自覚した。

 

 ──ま、まあ、今日は仲良くなるのが目標だし! 落ち込んでたら意味ないよね! 

 

 前向きに考えていくのは香澄の得意とする所で、いつもと同じように、今日とてそのポジティブシンキングに香澄自身が救われる。副隊長として、燐子に──かなり情熱的に──お願いされた自分がここで凹む訳にはいかなかった。それに、燐子は極秘ミッションのことを何も知らない。落ち込んでいられない、と香澄は考える。

 

 楽器の豊かな音が二つ聞こえる。歌うんじゃないんだ、と心の中で突っ込んだ。

 

 ──今は、楽しむだけだよね。

 

 ミス一つない、正確な音を聴きながらそう思い直した香澄は、テーブルの上のタンバリンを手に取った。

 

 

 

 

 

 コツン、と石ころを蹴った。部活をサボった帰り道、日は高く、汗が滲み出してくる。同じパートの皆に酷いことを言われるからだ。先月までは手放しに褒めていたのに、急に自分の演奏が気持ち悪いなどと言い出した。

 その子達の演奏を聞いて、思うところがないわけじゃない。でも…………。練習もせずに嫉妬だけは一人前な、どうしようもない人たちなら、もっと罪悪感も少なかっただろう。必死に練習しても、届かない人達がいる。そんな嫉妬の対象になってしまったんだ。自惚れでもお調子でもなんでもない確かな実感は、中学生には重い。重すぎる。

 そんな思いをしてまで吹奏楽部に居る意味は無かった。確かにコンクールには出たいけど、それ以上に、自分はストレスなく楽器を吹きたい。思い切り、澄んだ心で吹きたい。じゃないと、嘘だ。音楽なんて簡単に嘘になってしまう。彼女に追いつけない。

 ──明日には退部届を書こうか。もう、変な執着も心残りもない。さっきはちょっと落ち込んだけど、それも石ころと共に川に落としてきた。そういう人間関係のアレコレは、高校に行った時、今度こそ向き合う、でいいだろう。今はただ、音楽を見詰めるだけで──。

 

 石段をリズムよく登る。歩幅を意識して軽快なステップ。体を好きなテンボで揺らす。それらを全て別々に行い、体全体で一曲を、オーケストラを再現する。

 

 楽器の入った手提げ袋を強く意識する。歩きなれた、同じ地域地区の家を目指して歩く。一刻も早く吹きたいと、体の全部が焦っている。




過去の話、結構書き足したりしてます。
見る分には問題ないかと
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