第一言語   作:臆病なバンドリーマーX

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五話

「有紗、今日、有紗ん家泊まってっていい?」

「はぁ? いきなりだな…………。ばあちゃんがいいって言えばいいぞ」

 

 でも、どうしたんだ? 

 ──有紗は、いつもと違う様子の私を心配している風だった。そんな有紗の目の奥を見て私も、今はちょっと《違う》のかも、と気づく。キラキラドキドキって感じじゃなくて、ただ単に必死なだけなんだって分かった。

 それじゃダメ。努力とキラキラドキドキがセットでくっついてないと、音楽は奏でられない。

 

「いやー、ちょっとやる気になったっていうか…………!」

「お前、さては大宮さん達に影響されたな?」

「いや~、どうだろ、あはは…………」

 

 有紗は合点がいったように頷いて、私をジト目で見つめる。図星だ。あんまり良くないお星様だった。

 

「まっ、いいけど? ただ、あんまりミーハーだと、いつかお前が歯ギターとかやりそうで怖いけど」

「それはちょっとカッコイイ…………けどそんなことやらないよ~! ギターも可哀想だし、歯も痛そうだし」

 

 実はちょっと憧れているのは内緒。

 

「でも、なんで急にそんなこといいだしたんだ?」

「実は昨日、桜さんたちと遊んだんだ~!」

 

 カラオケで遊んだ後、時間が余って、どこに行こうかって言っていた時、綸(いと)ちゃんが練習を提案した。オフの日までって言うのはちょっと驚いたけど、まあ、あんまりすることも無かったし。燐子先輩も綸(いと)さんも、目的なく街を歩くのはちょっと苦手っぽかったからね。

 

「それで?」

「実は、その…………」

 

 んん、ちょっと言いにくい。

 

「さっさと言え」

「だって…………有紗、怒るし……………………」

 

 怖い。あと、そんなに顔を近づけられると照れちゃうからやめて。

 自分からじゃないと、スキンシップに照れが入るのは私のくせだ。

 

「…………分かった、怒らないから言ってみ?」

「今度の連休、合宿に誘われちゃって…………一緒に行くって約束したんだ」

「なんだそんな事か」

「それで、その…………その合宿でライブがあるんだけど、その時に私、アコギでジャズ弾くことになっちゃって」

 

 有紗は私の頭をぐりっとした。最近、こういうのが上手いから困る。

 お互いがお互いに慣れてきたって考えれば、嬉しいことかもしれないけど。

 

「そりゃあ、お前、弾けんの?」

「弾けないけどさ! でも、電気ギターの音は耳が痛いらしくって…………」

「へー…………。そういや、チャットでそんなこと言ってたな。大宮さん耳いいんだっけ」

「すっごく!」

 

 ものすごく耳がいい。確かに、すぐ隣とかでジャカジャカやってたら耳も痛くなると思う。文字通り『つんざく』ってやつ。

 

「んで? 連休明けまではそっちに集中すると」

「ていうか、ほとんどそっちにかかりきりになりそうかも」

「ん…………分かった」

「ごめんね、いつも無理させて」

「今回は事前に言っただけマシだ。ま、悪いと思うならもっと計画的に物事を進めるべきだな」

 

 なんて難しいことを言う有咲。そう言われても、ポピパの企画する係は有咲か紗綾が担当することが多いから私は分からないのに。

 

「ごめんね」

「いいよ、別に」

 

 むう…………ちょっとトゲトゲしい? 態度もどことなく引いた構えでいつものような抱きつく隙を感じないし、なんだかイライラしているオーラが見える、気がする。

 

「ほんとごめんって。私だって有咲がいなくて寂しいんだよ…………。紗綾もいないし」

「ふーん、そうなんだ」

 

 お、ちょっと機嫌が良くなった? 相変わらず有咲はチョロくて助かる! 

 

「有咲は私がいなくて寂しい?」

「別に、寂しくはないけど? …………それとも、香澄は私にそう言って欲しいの?」

「言って欲しいなぁ〜」

「仕方ねぇなぁ」

 

 うん、いつものポピパだ。

 

 

 

「戸山さん、大丈夫?」

 

 綸(いと)さんが進んで発言するほど、私は不安定なのかと心配になった。楽器を持っているのにポピパと一緒じゃないっていうのが新鮮って訳じゃない。確かに珍しいことではあるけど、それは今までもあったし、突発的にライブしたこともある。

 多分、お泊まりのせいだ。初めて紗綾の部屋に泊まった時、蔵で寝た時、私はいまと同じような気分だった。どこまでも高揚していく気持ちを誰かと分け合いたくて仕方ない感じ。でも、今はポピパメンバーもいないからあんまり調子が出ないってだけだ。有咲には寂しいかとか聞いておいて、一番に寂しいのは私だったのかもしれない。

 

「あはは、ちょっと緊張してるだけ! 

 ──ラッパッパの皆さんって、こういう車でライブに行くことってよくあるんですか?」

「たまに、かなぁ。バンドとして活動する時、部活として活動する時があるからね。部活として行く時は、先生が車出してくれるかな。学校に報告したら、移動費でるからさ」

「へぇ、いいですね、それ。どういう時に部活で活動するんですか?」

「先生の予定が無くて、車が動かせる時かな~」

 

 キャンピングカー(?)のソファはフカフカで、ライブで遠出をする時にこれに座れたら最高だな、と思った。その分ガソリン代がかかるらしいけど、ラッパッパの実力には学校にも何も言えず、黙ってお金を出してくれるらしい。実際、ラッパッパが学校で生演奏することが多いからってためだけに高石高校に入るって人もいるくらい(SNSでそんなコメントがあった)だし。結構凄いバンドだ。

 ポピパもラッパッパぐらい上手ければ、お祭りの時、予算もすぐに出たんだろうか。

 

『──香澄、君は案外、ピュアな所がある。気をつけた方がいいかもしれない──』

 

 あの時の薫さんの言葉が耳に蘇る。私だって、嫉妬しないわけじゃない。

 

「顧問の先生、優しいんですね」

「うん。優しい。優しいけど、顧問じゃあないかな」

「えっ」

「音楽の先生だからってことで副顧問的に軽音楽部見てもらってる。顧問の人は吹部の方で忙しいし」

 

 良く分からない話だった。

 

「でも、先生の方はそれでいいんですか?」

「いいんだよ。学校側はどうせ黙ってるだろうし、先生には補習の手伝いとかをよくやってるしね。先生の知り合いの音楽教室の手伝いとか、させてもらったりしてるんだ」

「へー、凄いですね! 先生と仲がいいんですか?」

「うんうん、そうなんだよ。それで更にはね──」

 

 更に聞き出そうとした時

 

「桜」

 

 綸(いと)さんがめをつむったまま(さっきまで寝てた?)、桜さんを呼んだ。

 

「海が見える」

「──うん? あ、ほんとだ」

 

 桜さんの声で、車内の全員の視線が窓に向く。その先には綸さんも言った通り綺麗な海。太陽の光を浴びて、表面がキラキラと輝いていた。

 

「綺麗…………」

「海、好きなんですか?」

「え? ──あ、ああ、ごめんね。

 うん、海は好きだよ。深海生物とか」

 

 へぇ、とまた新しい知識が増える。桜さんは海が好きなんだ。綸さんも海が好きなのか聞いてみると、「綸はどっちかっていうと爬虫類だよね。ヘビ飼ってるし」らしかった。今のは桜さんに綺麗な海が見えることを知らせただけだったみたい。でも、それくらいに綺麗な景色。

 

 ぼーっと海を眺めていると、地図を確認した桜さんがもう一度海に目を細めるのが視界の端に見える。

 

「さて、今夜の宿はもうすぐかな?」

「うん」

 

 そこから、キャンプに似会うコテージ(?)を見付けるまでは、桜さんと綸(いと)さんの会話をBGMに寝て過ごした。

 

 

 

ちょっぴりの寂しさを海に残して始まった合宿の日々は音符の羽で飛んでいるかのようにあっという間に過ぎていった。朝の8:00に起きたら朝食の後練習、お昼を挟んで練習、少し休憩の後にまた練習、夜ご飯を食べた後に少しだけ練習をして、お風呂の時間があり、その後は23:00の消灯まで自由時間だった。最も、これは私が決めたことであって、決められた練習時間は無かった。それぞれが勝手に練習する、といった感じ。もちろん、練習には先生が付き合ってくれるけど。皆自由に休憩をとっているみたいだった。特に綸さんは朝に弱いのか遅く起きることが多い。っていっても9:00くらい。

ここまで練習漬けの日々の日々は私になかったから、指が痛くて痛くて仕方なかった。だとしても、ライブは待ってはくれない。私だけが特別に多く練習メニューを設定しているのは、まだまだ目標が『ミス無く、滑らかに弾けるようになる』だからだ。五人は、既にそんな所にはいなくて、表現力だとかアレンジだとかをそれぞれ磨いているのだった。

だからこそ休憩時間が重要なんだとも思うけど、やっぱりみんな、何も言わなくてもそれなりにハードな練習を課している。綸さんと桜さんなんて、休憩中ですら何かしらの曲を演奏している。聞いてみると『休憩でしょ?』と言われたけど、私はその時ばかりは二人が怖くなった。

とはいえ、その甲斐もあって、私の指に巻かれたテーピングの数だけミスは減っていって、他のことを考えるだけのスペースも生まれた。

 

綸さんの演奏が、日に日にやせ細っているのがわかったのはそんな時。それまで指の運びしかなかった私の頭も少し休める場所を見つけた、じゃないけど、息抜きも必要ということで、私はその問題に改めて取り組んでみることにした――。

 

 

 

「何してるの」

 

 と、そんな声が足音に混じって聞こえる。綸(いと)さんの声だ。

 

「桜さんはいないんですか?」

「お風呂…………」

 

 何故か残念そうに呟く綸さん。一緒に入れなかったからだと思う。私も、泊まりの時くらい有紗とかポピパのみんなとかと入りたい気持ちはあるし。

 

「一緒に入るってわけじゃないんですね」

「……恥ずかしいからダメだって」

「それ、私に言っていいやつですか?」

「嘘。恥ずかしいのは私」

「あんまり変わらないような……」

 

 さすがに一緒にお風呂にははいらないのか、と聞いてみると、『今日は戸山さんと三人もいるから』と返ってきた。二人きりじゃないから、自重しているらしい。

 

「…………戸山さんは」

「星を見てました」

 

 私は先にお風呂を頂いていて、湯冷ましにコテージのベランダに出ていた。何となく空を見上げてた。お風呂上がりは、無性に星を見たくなる。

 

「角がない」

「お星様です!」

 

 へえ。

 そう、興味なさそーに呟いて、断りをいれてから私の隣に座る。同じように星を見上げた。

 

 ──キラキラドキドキする。星の鼓動。

 ドク、ドク、ドク。

 聞こえてくる。

 

 綸さんは夜空に手を伸ばした。

 細い、白い、お風呂上がりでちょっと色がついた手が夜空に浮かぶ。マンガみたいに細長い指が星を絡めとるように動いて、ぐっと手前に引き寄せられる。

 分からないの視界からはそのまま、フェードアウトする。

 

 星を掴んだのだろうか。近付いたのだろうか。

 

 同じように手を伸ばす。ギターを弾く時は指をぐにゃぐにゃにしてしまうので、ギターを持つ前とは違って柔らかくなった指。血が出て、少しずつ硬くなっていった指先。

 

「まだまだ、届かないなあ」

 

 どれだけそれを伸ばしたとして、届かない。私はただ、星の鼓動を聞いているだけだった。

 

「星に手が届くようなちっぽけな世界にはいたくない」

 

 突然、綸さんが呟いた。

 

「受け売りだけどね」

「…………あの」

 

 今しかない。そう思った。

 

「最近の綸さんの演奏…………なんか、ちょっと」

「いや、十分上手いんです。誰も届かないくらいに上手いんですけど……なんか………………。えっと。

 ──本当に、キラキラドキドキしてますか」

 

 聞いた。

 聞いちゃった。

 

 なのに、質問とは反対に、私は綸さんの演奏の違いが良く分からない。桜さんはいつも通りにキラキラドキドキでいっぱいだけど、綸さんの演奏が何か違う、と言われてもよくわからない。いつも通り、機械以上に正確な演奏だ。最近はちょっと調子が悪いらしいってのは分かるけど、そこまで心配することでもない気もする。

 まあ、燐子先輩も、日菜さんも、薫さんも口を揃えておかしいと言うからにはおかしいんだろうけど。それならなんで自分で聞かないんだろうってことになって、答えが出ないから考えないことにしている。

 

 単純に考えよう。

 ラッパッパの助けになれるなら、それは嬉しい。

 うん、そんなもんでいい。

 

「戸山さんは」

「……──ううん、なんでもない」

 

 一瞬だけ、綸さんの瞳に、優しく強い星が見えた気がする。

 それを逃さないように、私は「ちょっとまってて下さい」と言い残して、ベランダからコテージの中に入る。少し冷えてきたけど、寒いからだとかそういうことじゃなかった。

 

『──香澄、綸を笑顔にするには、一緒に演奏をすればいいわ! 綸は桜と演奏している時、いちばん綺麗な笑顔を見せてくれるもの! 

 それに、なんとなく、演奏なら気持ちが伝わる気がするの! ──』

 

 こころんのそんなアドバイス。正直、上手くいくかどうかは分からない。でも、

 

『──心配しなくても大丈夫だよ。香澄ちゃんがきっかけでガールズバンドパーティは始まったんだから、今回もきっと大丈夫。──』

 

 日菜さんの言う通り、私たち25人は音楽の下に集った。今回もきっと、音が夢を叶えてくれる! 

 

 私は部屋の隅に置かれていたギターのバッグ、【いと】と名札の付いた楽器ケースを手に取る。ギターは、ケースから出しちゃっていいかな。

 

 と、慌ててベランダにかけ戻る。

 

「これ! どうぞ!」

「うん」

「あのっ、一瞬に、演奏しませんか?」

 

 伝われ、私の思い──! 

――

 演奏が終わったあとも、綸さんは暫く楽器を構えたままだった。

 

 すう、と息を吸って、詰まる。なんて言おう? 

 話すことなんて考えてない。どうしよう…………。

 相変わらず、こういう真面目な話は苦手だ。どんなに必死になったって言葉が出てこない。どういう風に自分の気持ちを伝えたらいいのか良く分からない。薫さんや白金さんはこういう時は私の出番、みたいに言ってたけど、それはやっぱり違う。私じゃなくて薫さんならもっと多くの言葉でしゃべれたし、例えばこころんなら真っ直ぐ相手の目を見てありのまま自分の気持ちを喋ったはずだ。私には、そんなことは出来ない。

 

「私は」

 

 ふっ、と笑った綸さんが手を下ろし、楽器を片付けつつ話し出す。

 私の気持ちが伝わったなら良かった。音楽の力だ。

 かつてないほどキラキラドキドキした演奏が、私たちの気持ちを繋いでくれた。この合宿に来て、一回の演奏に十箇所くらい指摘されて、私の演奏はずっと『かつてないほどのキラキラドキドキ』を更新し続けていた。

 

「桜が好き」

「……うん、それは知ってるよ?」

 

 というか、気付いてないと思ってたの? 

 綸さんって意外と天然なのかも。

 

「すごく好き。本当に好き。物凄く、大好き」

 

 う、うん…………。なんだか、聞いてて恥ずかしくなる話。

 でも、聞かずに、とはいられない。私が話してって《言った》から。

 

「香澄は、有紗が好き?」

「好きですよ」

 

 有紗が嫌いなわけが無い。

 

「大好きです。私が、ギターを始めたきっかけで、いつもキラキラドキドキをくれるんです」

「ギターが好きだから有紗が好き? キラキラドキドキのない有咲は嫌い?」

「ううん──それはきっかけですよ! こんなこと想像するのは嫌だけど──もしポピパがなかったとしても、有紗のことが大好きです」

 

 もしポピパが喧嘩して解散して、二度と会いたくなくなっても、次の日、私はギターを担いで蔵に行くと思う。

 アフターグロウじゃないけど、《いつも通り》、ギターをいじりながら有紗と話をする。有紗は放っておくと蔵に根を張っちゃうからたまに連れ出して、カラオケにでも行って……。山吹ベーカリーでパンを買って、ついでにりみりんにチョココロネを買って、帰ったらいつの間にか蔵に居たおたえとハンバーグを作る。

 結局、そういう風に離れられないんだな、と思う。音楽が繋げてくれた絆だけど、もう、音楽だけじゃ表せないくらいのものになっている。

 

「ギターより、ポピパが好きです」

「ポピパの中で、一番好きなのは?」

「それは…………決められないです。みんな大好きで」

 

 うそ。本当は、有紗って言おうとした。だけど、私の中で微笑むポピパの皆が、その言葉を口の中に留める。

 

「《愛の告白》、《桜》、《存在》、《いとの向こう端》、《恋文》、《揺れる心》、《私を見て》──。

 既存曲はもちろん、新曲だって全部、私が桜に歌った曲。私は、桜に聞いて欲しいから」

 

 やっぱりそうですよね! とは言えなかった。ココ最近、練習で何度か一緒に演奏する中で気付いたことは、あんまり口にはしにくいことだった。綸さんたちが共学校に通っているのを知っていたからだ。歌詞を持たないけれどもどこか艶やかな、《落ち着いたドキドキ》、《ゆっくりとしたキラキラ》を私に聞かせた音は、男のコへのラブソングだと思っていた。

 私が中学生までの男の子しか知らないのもその一つの原因だった。高校生の男の子って大人っぽくて、憧れだったから。大人な雰囲気な曲に自然と連想したんだ。

 綸さんは可愛い。私でさえ中学の時何度か想いを告げられたことがある。綸さんは、その何倍もの想いを伝えられたことだろう。そのどれかを選んでいたとして、不思議はない。これは、私以外のガルパメンバーでは決して分からないことだろう。

 

 でも、その予想はは今の瞬間に霧散した。綸さんが誰かと付き合うことは無い。桜さんとそういう関係にならない限りは。あるいは、付き合うことを桜さんに勧められてって事はあるかも知れない。

 

「桜が悩んでる時は私も苦しいし、桜が楽しい時は私も楽しい」

 

 共鳴みたいなものなの──。

 良く分からなず聞いている私が聞いたまま受け取るには、そうらしい。物理の先生が鉄のU字を叩いているのを思い出す。片方が鳴れば、もう片方が鳴るんだっけ? 

 

「桜さんが本当に好きなんですね」

 

 言えたのはそれくらい。

 

「桜の怒りは、私の怒り。桜の悲しみは私の悲しみ。桜の悩みは私の悩み」

 

 その言葉には確かに、感情が篭もってる。でも、なんで? なんでそんなに桜さんを──。

 もし、私が有紗だけだったら? 紗綾だけだったら? 蔵と自宅しか知らなかったら。山吹パンしか買わない人だったら。

 それはそれで楽しいんだろうけど、ちょっと窮屈だ。ポピパのみんなにも心配かける。妹の明日香だっているし、両親も。何人も大切な人がいるのは、欲張りなのかな。

 

「──私はラッパッパよりも何よりも、桜が好き」

 

 だからその言葉は、かなりの衝撃だった。私はバンドメンバーが好きって言った直後だったのもある。そんなに簡単に、人の好き嫌いを天秤にかけることも。

 

 ──♪ 

 

 綸さんは再び演奏した。口笛で。その音の中に交じる葉擦れの音と共に、タヌキのような動物が三匹、顔を出してくる。適当な場所に座り、リズムにのって体を揺らしていた。

 

「好きなんだ──」

 

 口から指を離し、酷く落胆した様子で綸さんは言う。動物は一つ礼をして、茂みの中にまた、帰っていったようだった。ちいさな観客の反応に綸さんも満足したのか、そのままベランダから部屋の中へと入っていった。翌朝、桜さんのベッドで発見されることだろう。

 

 私はと言えば、また暫く、星を眺めていた。

 日中の演奏でも怒られてばかりなのに、今度はよく分からない問題を抱えてしまった。

 でも、悪い事だとは思わない。星みたいに、全部繋がってることだから。

 それに、事情を聞いた以上はなんとかしなきゃだし、何とかしたい。

 でも、何をしたら。

 合宿に来ているのは分からないだけ。日中に電話するとしても込み入った話をする時間はないし、明日からは追加のメンバーも来るらしい。夜のこんな時間にみんなに電話する訳にも行かない。ついでに言うと、こんなややこしいことを文字で伝えられる自信もない。

 

 私はもう一度、夜空を見あげる。星が輝いている。その鼓動は輝きを運ぶだけで、何も語りかけてはくれない。

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